バレンタインデーを迎えた鎮守府では昼下がりを迎え、食堂では多くの者たちが間宮たちによる本日限定のサービス、チョコレートフォンデュでおやつタイムを過ごしていた。
「はい、司令官! 睦月たちからのバレンタインチョコだよ〜!」
「チョコと言ってもチョコクッキーにしたのよ♪」
そしてお茶を飲みに提督が矢矧、天龍型姉妹と一緒に訪れると、多くの者たちが提督へバレンタインデーの贈り物を渡す。因みに今は睦月と如月が姉妹を代表して渡しているところだ。
他のところはどうなのか知らないが、ここは艦娘の数も多いため、型によって、またはグループとしてひとつの贈り物をしている。でないと提督の体に毒となってしまうからだ。
提督は睦月たちからの贈り物を笑顔で受け取ると、丁度睦月たちが最後らしく、受け取りタイムが終わった。
「いやぁ、バレンタインデーって学生の頃はお菓子会社の陰謀とばかり思ってたが、いざ自分も貰えるようになると嬉しいもんだなぁ」
テーブルに座り、貰った物の中からひとつを手に取って頬を緩める提督。
すると
「でもなんだかんだ結構な数になってるわね……提督、あまり食べ過ぎないでよ?」
矢矧がそう注意すると、提督は「阿賀野にも言われてるし、大丈夫」とキリッとしたいい顔で返すのだった。
「にしても、今年のバレンタインデーは平和だよなぁ」
「そうね〜。去年は由良ちゃんとか鹿島さんとか青葉さんとかすごかったのに〜」
ホットチョコレートを飲みながら天龍たちがそうこぼすと、提督と矢矧は『平和が一番』と声を揃えて返す。
提督が鎮守府に着任して初めて迎えたバレンタインデーはまだそこまで在席する艦娘の数も少なかったので、平和にみんなして食堂でチョコレート作りをして仲良く食べたいい思い出であるが、去年は艦娘の数も大きく増え、提督が油断していたのも重なってとてもカオスなことになった。
そして今年は去年の惨状から学び、阿賀野が出撃任務で今は席を外しているので、天龍と龍田に護衛を頼んでいる状況なのである。
「オレは由良の胸の型で作ったおっぱいチョコが忘れらんねぇよ……」
「私は青葉さんがチョコレートリップを唇に塗って、提督の唇を奪ったやつが忘れられないわ〜」
「私は鹿島さんの口移しチョコレートかしら……」
「やめてくれ……思い出しただけで胃に穴が開きそうになるぅ……」
天龍、龍田、矢矧の回想に提督は机に顔を突っ伏して力無く言葉を返す。
三人が回想した他にも、金剛からの媚薬入りチョコレートティーや陸奥のチョコレート味の鉄兜(隠語)、武蔵の『私がチョコレートだ!』作戦、加賀の媚薬ボンボンショコラなどなど……あげたら切りがない。
しかし、こうしたことも提督が艦娘たちといい関係を築いていると前向きに捉える他ないだろう。
「そういや、ガチ勢からもらったチョコ……ていうかブツ? あれはどうしたんだ?」
天龍が提督ではなく、敢えて矢矧にそう訊ねた。
「そんなの、全部阿賀野姉ぇが消し炭にしたわよ」
「え……じゃあ、オレたちが普段から顔を合わせてる武蔵は二人目の武蔵……なのか!?」
「あぁ……言い方が悪かったわ。武蔵さんに至っては阿賀野姉ぇのげんこつで終わったわよ」
「戦艦も怯む正妻の一撃って怖いけど見てみたいわ〜」
「どこかの暴走ゲリオンみたいで私は怖かったわ……」
ふと視線を逸らし、ハイライト先輩を消して矢矧がつぶやくと、流石の龍田も苦笑いを浮かべてしまう。
すると、
「提督!」
「司令官さん!」
「提督〜」
榛名、羽黒、筑摩の三人が現れた。
矢矧や天龍は三人の本性本心を知らないので、「モテるな〜」「慕われてるわね〜」とのほほんとしているが、鋭い勘を持つ龍田だけはニコニコしながらも警戒態勢を厳とする。
そんな中で、提督が「お〜、三人もくれるのか?」と分かりきったことを訊ねると、三人共に笑顔で頷いて口を開く。
「はい! 去年は金剛お姉さまが大変なことをしてしまいましたし、今年はそのお詫びも兼ねて姉妹全員で作って、榛名が代表で渡しにきました!」
榛名はフンスフンスと気合十分に目を爛々とさせ、
「ね、姉さんたちと作って、羽黒が代表できました……」
羽黒は顔を赤くしてモジモジしながらもちゃんと提督へ熱い眼差しを送り、
「利根姉さんと私からの日頃の感謝の気持ちです♪」
筑摩は優しく微笑みながらもその目はとてもマジだった。
「お〜、嬉しいぜ。サンキューな」
三人からのチョコを提督はお礼を言って受け取ると、
「? なんだ、三人して指でも切っちまったのか?」
つい三人の指……しかも左手薬指に絆創膏が貼られていることに気がついて、そんな言葉をかける。
「あ……えへへ、ちょっとチョコレートを刻む時に切ってしまったんです……」
榛名がそう言ってお茶目に舌を出してみせると、羽黒も筑摩も『実は私も……』と告白した。
「おいおい、ちゃんと注意してくれよ? お前らには出撃任務以外で傷ついてほしくねぇんだからよ」
三人の傷ついた指を順番に優しく撫でながら、提督が優しい言葉をかけると、三人は顔を真っ赤にしながらも全神経を薬指に集中させ、しばらくはこの指を洗わないと心に誓った。
こうして三人はまるでスキップでもするのような足取りで食堂をあとにする。龍田は三人のチョコレートに多かれ少なかれナニが入っていると確信したが、それは指摘しないことにした。しかし仮に三人のチョコレートを食べた提督が何か体に異常をきたした際には罰を与えようと心に誓うのであった。
ただ、あの三人はとてもしたたかなので仮にナニを入れたとしてもそれは微量。何故ならそれで提督に何かあっては本末転倒だからだ。三人としてはほんの数ミリでも愛する提督の体内に自分のナニかが混ざってくれれば、それが今出来る至高の一手なのである。
と言ってもこれは憶測なので本当にナニが入っているかは不明だ。
ーーーーーー
提督一行がお茶を終えて執務室へ戻ると、執務室のドアの前に複数の艦娘が立っているのを見つけた。
それは暁型姉妹と第六戦隊の面々で、提督を見つけるなりみんなして提督へ笑顔で手を振ってくる。
「司令官、青葉待ってましたよ〜!♡」
中でも提督へ飛びつこうとする青葉だったが、龍田がすかさず槍の切っ先を笑顔で向けると、青葉は「危ないですよ〜」と涼しい顔でそれを避ける。
傍から見ればのほほんとしているが、矢矧や天龍はその素早い二人の動作に内心恐怖を感じた。これで二人は手を抜いているからだ。
「あら〜、危なくないと警告にならないでしょう? 今の私は阿賀野ちゃんの代わりに提督を護衛してるんですもの」
「青葉は愛する司令官にハグをしようとしただけですよ〜?」
「その唇についてる茶色い物を拭いてからなら許すわよ〜」
龍田に指摘された青葉は返す言葉もなく、そのまま無言で唇に塗ったチョコレートリップをポケットティッシュで拭き取った。
それを龍田がしっかりと確認したあとで、ハグの許可が下ると、青葉は阿賀野がいないのをいいことに提督の胸にこれでもかと顔を埋める。
「ふへへへぇ……愛する司令官の濃厚なか
「おいおい、あんま嗅がないでくれよ……」
そうお願いする提督に、青葉は「無理です」と即答すると、だんだんと青葉の息遣いが怪しくなってきたので、矢矧が強引に割って入って止めた。
するとタイミングを見計らっていた暁たちがちょこちょこと提督の元へやってきて、
「レディの私と妹たちが作った特製チョコよ! 司令官にあげるわ!」
「みんなで頑張って作ったんだよ」
「司令官のためにお豆腐を使った低カロリーなマフィンに仕上げたわ!」
「味もバッチリ、なのです!」
四人して天使の笑顔で可愛くラッピングされたバレンタインデーの贈り物を渡す。
これには提督も浄化され、「ありがとう、神棚に飾るから」と受け取った。
「いやいや、食えよ。せっかく作ってもらったのに……」
「そうですよ〜、食べてあげなきゃ可哀想じゃな〜い」
天龍と龍田が注意すると、暁たちも『ちゃんと食べてほしい……』と言うように目で訴えてくる。
そんなみんなへ提督が「ちゃんと食うから心配すんな」と返すと、暁たちは『良かった♪』と声を揃えて笑みをこぼしたので、提督はまた浄化された。
「提督〜、衣笠さんたちからもちゃんとあるの忘れないでね♪」
「加古と衣笠と、私で作りました!」
衣笠と古鷹はそう言うと、加古の背中をトンッと軽く押す。するとLOVE勢である加古は頬を微かに赤く染め、モジモジしながら、オズオズと可愛らしくピンクのハート型の箱に赤いリボンを結んだ箱を提督に差し出す。
「ちゃ、ちゃんと気持ち込めたから……受け取ってくれ♡ あ、味は古鷹たちと一緒に作ったから、大丈夫……なはず……♡」
しっかりと自分の思いをのせて贈り物を手渡した加古。
すると提督はそんな加古の頭をポンポンっと軽く叩くようにして優しく撫で、「おう、ありがとう。味わって食うよ」とニカッと笑って返した。
「っ…………うん、食べてくれ♡」
ニパッと満点の笑みを浮かべる加古に、提督は勿論、その場にいる全員がほんわかと心を温かくしていると、
「…………で、執務室前のあの大きな像は何かしら?」
矢矧がドアの前にそびえ立つ像を指で指す。その横で提督は『幻覚じゃなかったお……』と冷や汗を流した。
それは控えめに見積もっても高さ約180cm、横50cmくらいの
「気づいちゃいましたか? これは青葉たち
青葉は公正なジャンケンで勝ったので代表して渡しにきた……と付け加えて胸を張るが、
「でもこれ、提督にしては背高過ぎじゃね?」
「提督はもっと丸いしね〜」
天龍と龍田がそう指摘した。
その指摘に対して青葉は「青葉たちから見れば司令官はこれほど格好良く映っているんです!♡」と恍惚の表情で返す。
「あ〜、恋愛フィルターが掛かってるからか……」
「でも、ここまでいくと妄想の域よね〜」
「一刻も早く眼科と精神科へ受診すべきね」
三人が追撃の指摘をすると、
「あのさ〜! 俺も自覚はしてるけどさ〜! 本人を目の前にそこまで言う必要あるのかな〜!?」
提督がとうとう悲痛の叫びをあげた。
三人して『あ……つい』と言った表情を浮かべ、苦笑いして誤魔化すと、提督は暁たちへうわーんと泣きながら(嘘泣き)すがりつく。
「だ、大丈夫よ、司令官はとてもいい男性よ? 外見じゃなくて中身が大切なんだから」
「暁の言う通りさ。司令官はそのままでも十分魅力的な男性だよ」
「そうよ〜、ちゃ〜んと私たちは司令官の素敵なところをたくさん知ってるんだから!」
「お父さんはとても優しくて尊敬出来る人、なのです!」
「お前たち……」
「ありがとう!」『司令官!』と提督と暁たちが強く抱きしめ合って絆を深める横で、
「あれれれぇ? どうして青葉のところに来てくれなかったんです? です?」
「いいなぁ、あいつら……」
青葉と加古は羨ましそうに暁たちを見ていた。ただ、青葉に至ってはハイライト先輩がご出張を余儀なくされており、言葉遣いもちょっと危ない感じに……。
すると即座に龍田が機転を利かせて「そういえば〜」と話題を振った。
「このチョコレート像には、怪しいお薬とか入ってないわよね〜?」
その質問に青葉はすぐに「大丈夫です」と頷いて、言葉を続ける。
「去年は阿賀野さんに制裁を受け、愛する司令官にも多大なるご迷惑をお掛けしてしまったので、今年のは完璧媚薬、依存成分0の無添加チョコレートです!」
胸を張って言い放つ青葉の言葉に対し、矢矧たちは『カフェイン、糖質0みたいに言うなよ』と心の中でツッコミを入れた。
「私もそばで見てたし、大丈夫だよ」
「みんなはぁはぁしがら作ってたけど、変な物は入れてなかったよ……」
衣笠の笑顔の証言と古鷹の困ったような笑顔の証言により、ガチ勢の贈り物は無事に贈り物として提督の手に渡った。しかし、後に阿賀野から『提督さんはもっと格好良いから!』と嫁フィルターガッチガチのクレームが来ることを青葉たちはまだ知らない……。
ーーーーーー
その後も提督は無事に阿賀野が帰るまで変な騒動は起こらずに過ごせた。
阿賀野は天龍たちに深く感謝し、天龍たちは天龍たちで夫婦の役に立てたことに満足した。
そして、
「はい、慎太郎さん♡ 阿賀野の愛がた〜っぷり詰まったチョコレート、あ・げ・る♡」
仕事を終えて夫婦が部屋に戻ると、阿賀野が前もって用意していたチョコレートが手渡される。
それはシンプルなハートのチョコレートだが、それは阿賀野や極一部の艦娘だけが熟知している提督好みの甘さのチョコレートなのだ。しかもその大きさは八つ切り画用紙くらいで、なんとも阿賀野らしいチョコレートである。
「お〜、比べちゃ悪いが、やっぱ阿賀野から貰えるのが一番嬉しいぜ!」
「えへへ〜、じゃあその調子で、甘〜い阿賀野のことも食べてくれる?♡」
そう言った阿賀野が目をキラキラさせて提督へおねだりすると、提督は「美味しく頂くぜ!」と返して、夫婦の影は一つに重なるのだったーー。
はい、ということで今回はバレンタインデー回になりました!
実際に私はバレンタインデーは無縁ですが、世の中のカップルは幸せな一日になるといいですね!
読んで頂き本当にありがとうございました!