本日も鎮守府は大きな被害もなく、いつも通りに任務を終え、夕方を迎えた。
そして今日は節分に伴い、艦娘たちによる豆撒きが実施されている。
『鬼は〜内〜! 福は〜内〜!』
掛け声と共にみんなして炒り豆を思い思いに投げ、その投げ込まれた豆を妖精たちがせっせと集め、それは肥料として加工して花壇などに使う。
ここで普通の豆撒きと違うところは『鬼は内』という点だ。
これは地域によってそういう掛け声なのではなく、国防軍ならではのルール。
大きな理由としては総司令官の名字が『鬼山』ということ、鬼神や海戦の鬼と呼ばれる異名がある提督がいるという二つの理由があって、鬼の力を借りて日本を守ろうという思いが込められているのだ。ただ敵にも鬼と付く者がいるが、そこは割り切っている。
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豆撒きが終われば、あとはみんなお待ちかねの手巻き寿司パーティが幕を開ける。
「はい、提督さん♡ 阿賀野が巻いた手巻き寿司、どうぞ〜♡」
「指に海苔が巻かれてるだけに見えるんだが?」
「えへへ〜、阿賀野のこと……た・べ・て♡」
「いただきます……はむっ」
「あん、阿賀野の指、提督さんに食べられちゃった〜♡」
しかし、この夫婦はいつも通りのシュガーワールド全開。一方でLOVE勢やガチ勢はそのラブラブっぷりに入る空きを探っているため、夫婦の挙動を見逃さないように監視見守っている。
「………………」
そして矢矧も夫婦のラブラブが変な方向にいかないように鋭い視線を向けていた。
「……矢矧、そんなに睨んでないで、あなたも食べなさいよ」
「そうだよ〜、さっきから矢矧ちゃんわさび巻きでしか食べてないよ?」
能代と酒匂が苦笑いで矢矧に声をかけるが、
「だってあんなにくっそ甘い雰囲気で手巻き寿司食べてるのよ!? わさび巻きでも食べてなきゃ、こっちが桜でんぶ吐くわ!」
などと謎の反論をしてくる始末。
そんな矢矧に能代たちは『気持ちは分かるけど……』と思いながら、やはり矢矧にもちゃんと手巻き寿司パーティを楽しんでもらいたい。
なので、能代は酒匂に目配せして最終手段に打って出る。
その最終手段とは、
「矢矧、大和たちと豪華な手巻き寿司作って食べない?」
「今年は涼月も着任したんだし、去年よりも豪華な物をみんなで作るわよ」
かの仲間たちでの緩和作戦である。
矢矧にとって大和たち天一号作戦に関わる仲間たちは、数ある艦娘の中でも人一倍仲良しなので、能代たちはこういう時にその仲間たちの力を借りて矢矧をちゃんとしたパーティの輪に入れるのだ。
大和と霞に手を引かれた矢矧は先程とは打って変わって嬉しそうにその手を握り返している。
「そ、そうね……涼月のために具を全部入れた特大手巻きを作りましょう!」
「いや、んなことしたら口に入るはず……ふごっ!?」
矢矧の提案に朝霜が野暮なツッコミを入れようとしたが、浜風と初霜に口を塞がれて最後まで言えなかった。浜風たちとしては、ここで変なツッコミを入れられたら和んだムードが台無しになると思っての措置だ。
「もがふご〜!」
「場の雰囲気を乱すのなら……」
「今度は磯風さんの手巻きをお口に入れますよ?」
「………………」
二人はそう言って絶対零度の笑みを浮かべると、朝霜は無言で敬礼して野暮なことは言わないと誓う。
「磯風も前に比べれば変な物は出さないんだが……」
「まぁまぁ、それで雰囲気が壊れないならいいじゃないですか♪」
そんな朝霜たちのやり取りを見た磯風は解せぬと言わんばかりに渋い顔をしたが、雪風のフォロー(?)で変な雰囲気にはならなかった。
「皆さんとこうして贅沢に手巻き寿司を頂けるなんて夢みたいです……」
涼月はそう言って薄っすらと涙を浮かべると、霞ママが「ほらほら、泣かないの」と優しく背中を叩いて、笑ってみせる。
「今はあの時と違うのよ? やることは変わらないけど、あの時よりは全然幸せな時代なんだから」
「霞さん……」
「霞ちゃんの言う通りですよ、涼月ちゃん。だから、今を楽しみましょう。そして今度こそみんなでこの戦争を終わらせるの」
「……はい、大和さん!」
こうして矢矧たち天一号作戦組は、ほのぼのと楽しく手巻き寿司を作った。因みに豪華過ぎて涼月がアワアワし、その手巻き寿司を泣きながら食べた様子は、青葉がバッチリと映像と写真で残していた。(お値段は写真1枚・200円。動画・400円だそうな)
ーー
提督たちのテーブルでそんなことが起こっている中、白露型姉妹と雲龍型姉妹が揃って座るテーブルでは、例の三人がある意味で無双している真っ最中だ。
「姉貴……おかわり持ってきたぞ……」
「ありがとう、江風♪」
「ごくん……ありがとう」
「雲龍姉様、おかわりをお持ちしました」
「ありがとう、天城」
江風と天城がおひつをてんこ盛りにして酢飯のおかわりを持ってくると、海風と山風、雲龍は早速次の特大手巻きを目にも止まらぬ速さで作っては、これまた目にも止まらぬ速さで消費していく。
「相変わらずすごい量だな〜」
「しかもあの量が10分も掛からないで消えるんだよね」
涼風と五月雨は相変わらずの三人の食べっぷりに感心していた。
「でも、三人共美味しそうに作って食べるのよね〜」
「あの速さで見た目と巻く具材のバランスも絶妙ですからね」
村雨と春雨は三人の食に対するスキルの高さにも感心する中、時雨が「それに引き換え……」と海風たちの横を見る。
「玉子だけ手巻きサイコー!」
「桜でんぶ手巻きも甘くて美味しいっぽ〜い!」
白露と夕立はかなり自由に自分の好きな具材だけの手巻きを楽しんでいた。
基本的にどう食べてもいい手巻き寿司だが、この二人は偏り過ぎなのだ。
「まぁ、今はパーティなんだし、好きな物を好きなように食べさせてあげましょうよ」
葛城が時雨にそう言葉をかけると、時雨は「そうだね」と返しながら、明日はちゃんとバランスよく食べさせようと心に決めるのだった。
ーー
「くぁ〜っ、うっまいな〜!」
「これのために生きてるようなものよね!」
「次は東洋美人開けちゃうよ〜!」
そして酒飲み勢が肩を並べるこのテーブルでは、隼鷹や千歳、イヨの三人がすでに多くの
イヨが次に開けた『東洋美人』とは山口県の日本酒の名前であり、今回のは純米大吟醸だ。山口県の日本酒は某アニメ効果もあって獺祭の名がダントツの知名度を誇るが、日本酒が好きな人の間ではこの東洋美人もとてもメジャーなのだ。因みに提督が好んで飲んでいる加賀美人は石川県の日本酒である。
「日本に来るまでこんなに美味しいお酒を知らなかったなんて、艦娘人生を大きく損してました〜!」
「ウォッカの次に美味いと思うぞ」
「私はビールの方が好きだわ……でもたまにはいいかもね」
ポーラ、ガングート、ビスマルクの海外勢もその味に大いにご満悦の様子。
「ポーラ、あんまり飲み過ぎないでね?」
「ビスマルク姉様もですよ?」
「ガングートはお酒強いからそんなに心配ないね」
一方でザラ、プリンツ、響のお目付け役勢もお酒を嗜みつつ、三人の動向を見ている。ただ、響に至ってはガングートが深酒をするタイプではないので何も心配はしていない。
そして一番大変そうなのが、
「お姉、少しは抑えて飲んでよ〜。酔い潰れても部屋まで運んであげないからね」
「イヨちゃん、もうそろそろお水を飲んだ方が……」
千代田とヒトミの二人である。
酒癖の悪さでダントツなのはポーラであるが、ザラの
なので最近では千歳とイヨの酒癖の悪さが目立ってしまっている。
「まぁ、あたしもちゃんと見張ってるから大丈夫だって♪」
隼鷹が千代田たちへそう声をかけるが、二人共不安の色は隠せない。
すると、
「あの二人も十分出来上がってるし、そろそろお酒と水を入れ替えてもバレないでしょ……」
飛鷹がそんなことをつぶやいた。そして隼鷹を呼んで目配せすると、隼鷹は「あいよ♪」と返して予め用意しておいた水が入っている酒瓶を千歳たちへ渡す。
二人は上機嫌にその酒(水)をコップになみなみと注ぎ、飲み干してはご満悦の表情を浮かべるのだった。
「ね、大丈夫でしょう?」
飛鷹が爽やかな笑顔と共に千代田たちへ声をかけると、二人はやっと安堵の色を浮かべて自分たちもパーティを楽しむのだった。
ーー
しかし、最もカオスなテーブルが存在した。
それは漣や朧、不知火、若葉たちが集まるテーブルだ。
「ファーイ! アワビのロースでしょって言う! ラァー! シィークレットソードトゥー……売れんかいな!」
「誠☆CCO! ユアーハードボローンしてみぃ!」
漣と朧が意味不明な言葉を叫びながらコントを披露しており、元ネタを知っている者もそうでない者もお腹を抱えて笑っている。
二人が披露しているコントは大人気某アニメの英語版で、そう言ってはいないけれど言われてみるとそう聞こえるという空耳を披露しているのだ。
「許せカツオッ! 胃もたれ的にカレーライスパウダー夢のロース、売れんかいな! 売〜れんかいな! 夕べのロース!」
「ふにゃあああああああああああああ! 誠師匠! お金返してーや!」
次に不知火と若葉が披露しているのも、大人気某アニメのスペイン語版の空耳である。
「あっはっは、はぁー、もうやめてくれ〜」
「空耳なのに会話が成立している不思議」
笑い転げる深雪の隣で初雪が冷静に評価するのも、このテーブルのカオスさをより増強していて、みんな手巻き寿司どころではなかった。
そして極めつけは、
『土器☆土器☆デコ割れそう 先輩♂全裸 ヘイ!』
漣たち+朝潮で送る、某アニメの空耳ソングである。
朝潮は普段は真面目であるが、不知火たちと同じようにニッコリ動画という動画サイトが好きなので、そこにアップされているこの歌が歌えてしまうのだ。
「私、あのアニメ好きなのになぁ〜」
「でも、本当にそう聞こえるのよね……悲しいことに」
「キスより凄い豚で世界を作ろうってホントにすごい空耳よね……一回きりのスペシャル心不全とか……」
満潮、霞、曙の三人は元ネタが好きなタイトルだけに複雑そうであったが、結局は笑いを堪えられずに肩を盛大に震わせるのであった。
ーー
「いっひっひ……隣のテーブルすげぇ盛り上がってんな!」
その隣のテーブルでは択捉型姉妹が手巻き寿司を楽しんでいる。
佐渡が隣の様子を見ながらそばに座る松輪へ声をかけると、松輪は「そ、そうだね……」と苦笑いを浮かべていた。
一方で対馬は先程から炒り豆とにらめっこしている択捉へ「さっきからどうしたの?」と訊ねている。
「え……あ、いやその……私たちはいくつこのお豆さんたちを食べればいいのかなって、考えちゃって……」
択捉がそう返すと、対馬も「あら、言われてみればそうね」と小首を傾げた。
「やっぱり、進水日から今の年まで数えて食べるのが普通なのかな?」
「それだと結構な量を食べるわね……」
二人してうーんと悩んでいると、
「提督が言うには20個食べればいいって話よ」
同席していた陸奥が二人の疑問に答えてみせる。
「え……20個でいいんですか?」
「あぁ、艦娘は駆逐艦だろうと海防艦だろうとお酒は法律上飲めるようになっているからな。だから最低でも20個食べることにしているそうだ」
寧ろ食べなくてもいいかもしれないがな……と長門が二人へ説明すると、二人してなるほど〜と頷いた。
すると、
「進水日から数えると、みんな70個以上は軽く食べなきゃなんねぇもんな!」
佐渡が笑ってそんなことを言い放つ。
すると陸奥が「ん"?」っとビッグセブンオーラ全開で佐渡へ睨む微笑んだので、佐渡は「に、20個食べるだけなら楽だよなぁ」と声を震わせて、誤魔化すように炒り豆を頬張るのだった。
その後も飲めや歌えやの手巻き寿司パーティは続き、みんなして良い年になるように努力しようと一丸となるであったーー。
遅れましたが、今回はセツブーンの回にしました!
色々とネタを盛り組んだことにはご了承を。
読んで頂き本当にありがとうございました!