今日は1月の最終日の昼下がり。
昨晩は海辺にある鎮守府でも雪が積もるほどで、冬の寒さも本番を迎えた。そんな中でも元気な者たちは雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりと外で今年の雪を楽しんでいる。
そんな中、埠頭では敵補給船団の殲滅任務から帰ってきた艦隊が桟橋に上がろうとしていた。
此度の編成は矢矧・球磨を基幹に据えた白露・天津風・雷・清霜という水雷戦隊だ。
艦隊の帰投に桟橋で待っていた提督は皆が無事に帰ってきたことに安堵の表情を浮かべている。
「作戦終了。艦隊帰投したわ」
今回の旗艦を務めた矢矧がみんな整列したのを確認してから敬礼して報告すると、提督は「お疲れさん」と返しながら敬礼した。
簡単な報告が終わると、矢矧たちは艤装を妖精たちに任せ、自分たちはドックで傷を癒やしに向かう。
「ドックから上がったらちゃんと補給しろよ〜!」
ドックへ向かうみんなへ提督が手を振って言うと、みんなは『はーい!』と返事をする。それを見ると、提督はウンと頷いて自分は執務室へと戻るのだった。
ーーーーーー
「ふぅ〜……生き返るクマ〜♪」
誰よりも早くドックの湯船に浸かったのは矢矧の補佐役として出撃した球磨。球磨は頭に畳んだ手ぬぐいを乗せ、まるで温泉にでも入っているかのように心地よさそう。
艦娘は大なり小なり出撃すれば必ず傷を負ってしまう……しかしドックの湯船には妖精たちが配合した艦娘の傷を癒やす特別な湯が注がれているので、傷が大きければ大きいほどその湯は心地いいように出来ているのだ。決して怪しいお薬が入っていたりはしないので、そこは安心してほしい。
この鎮守府のドックは改装に改装を重ね、今では6人同時に入渠することが可能。前までは最大4人しか入渠出来なかったのだが、深海棲艦との戦いが激化してきたために大本営が一定数の戦果をあげた鎮守府に対して6据えまで改装出来る許可を出している。因みに各泊地の中央鎮守府は普通の鎮守府とは規模が段違いなので、その数も12据えや18据えになるそうだ。
「球磨さん、清霜のせいで被弾させちゃってごめんなさぁい……」
球磨の隣の湯船に浸かる清霜が申し訳なさそうに謝るが、球磨は「生きてるから問題ないクマ〜」と間延びして返す。
清霜は最後の戦闘で敵重巡洋艦からの砲撃が直撃しそうになったところを、球磨に守ってもらったのだ。
「反省して、次に活かせば大丈夫だよ。清霜ちゃんなら出来るよ!」
その隣の湯船に浸かっている白露が清霜をそう励ますと、清霜は「うん!」と元気に返した。どうやら気持ちを切り替えることが出来たようだ。そんな白露と清霜を見て、矢矧や天津風、雷は小さく笑って二人のことを見ていた。
しかし、
「
清霜のなんの悪気もない言葉に温まったムードが一気に急降下してしまう。
白露は時雨、夕立、村雨、江風と妹たちの改造が先に施され、球磨に至っては一人だけまだ改二になっていない。もう一度言うが、清霜は球磨と白露を褒めている。決して他意はないのだ。
清霜の言葉に矢矧たちは『デリケートな話題なのにどうしてそうサラッと言っちゃうの……』と心の中で嘆いた。
球磨も白露もネームシップでありながら、未だに大本営から改二許可が下りない。球磨たちだけでなく、高雄や青葉、天龍、阿賀野といった名だたるネームシップたちもまだである。しかしこればかりは大本営の許可が下りるのを待つしかないのだ。
矢矧たちはなんとかフォローしようとしてかけるべき言葉を探していると、
「フッフッフ〜、改二にならなくても球磨は優秀だクマ♪」
「まぁ、あたしは一番艦だからね〜♪」
二人はいつもと変わりない笑顔で言葉を返した。
他の鎮守府の二人はどうか分からないが、ここの二人はあまり気にしていないようだ。
球磨と白露の言葉や表情に矢矧たちはホッと胸を撫で下ろすと、天津風が口を開いた。
「球磨さんは気にしていないだろうと思ってたけど、白露まで気にしていないのは、こう言ったら悪いけど意外ね……」
天津風がそう言うと、白露は「いやぁ、あはは」と苦笑いする。その苦笑いに天津風は勿論、雷や清霜も小首を傾げると、白露は「妹たちやみんなには秘密だからね? 特に時雨と夕立!」と前置きする。するとみんなは大丈夫と頷いてみせた。
それを確認した白露はゆっくりと苦笑いした理由を語りだす。
「……実はさ〜、あたし、最初はすっごく悔しかったの。村雨の改二が決まったのは嬉しかったけど、それと同じくらい『あたしは一番艦なのに!』って思っちゃったんだ」
「そしたらね、提督があたしを相談室に呼んで、あたしにこう言ったのーー」
『先に妹たちが改二になろうと一番艦はお前だ……時雨たちの姉はお前しかいねぇ。一番艦として、ネームシップとして胸を張れ。俺はお前が頑張ってることをちゃんと知ってるから』
「ーーってね。そう言われたら、悔しさなんかどっかに行っちゃったんだ!」
清々しい笑顔で白露が話すと、みんなはその話に感動して大いに頷く。
「だからあたしね、あたしが改のままで妹たちがどんどん先に改二になろうとみんなのお姉ちゃんでいられるように頑張ろうって決めたんだ……提督も改二になってなくても、ちゃんとあたし個人を評価してくれてるからね!」
その証拠に今回は水雷戦隊で出撃させてくれたし!ーーと付け加えた白露がガッツポーズをしてみせると、同じ駆逐艦の雷たちは『お〜』と感心し、矢矧と球磨はウンウンと感心して頷いた。
「司令官ってやっぱり言うことが違うなぁ! 清霜、これからも司令官に頼ってもらえるように頑張る!」
「私だってもっともっと頼ってもらえるように司令官を助けるわ!」
清霜と雷が白露に負けないように自分たちもそれぞれ努力しようと決意すると、
「天津風ちゃんも清霜たちと一緒に頑張ろうね!」
不意に清霜が天津風に話を振った。天津風は突然のことに狼狽えながらも、「ま、まぁやるだけやるわ……」と顔を赤くしながら返すと、駆逐艦たちは揃って笑顔の花を咲かせる。
そんな駆逐艦たちを見て、矢矧は提督って本当にみんなのことをちゃんと見ているのね……と感心していると、
「矢矧〜、顔がニヤけてるクマ〜。やっぱり好きな人が褒められると嬉しいクマ?」
球磨に痛いところを突かれる。知らないうちに表情に出ていたようで、矢矧は「べ、別に!」とそっぽを向いた。
「フッフッフ〜、そう照れなくてもいいクマ〜♪ 球磨だって大好きな提督が褒められて嬉しいクマ〜♪」
「だ、だから別に提督が褒められて嬉しかったから笑ってたんじゃなくて、白露たちが微笑ましかったから笑ってたの!」
「顔を真っ赤にしてて何を言うクマ。夕張的に言えば嘘乙だクマ」
「う〜る〜さ〜い〜!」
耳まで赤くしながら矢矧が強く否定すると、球磨は「じゃあそういうことにしておいてやるクマ」と含み笑いで返した。矢矧としてはその言葉も納得出来なかったが、ここで引かないと更なる追撃が予想されたのでグッと堪えて話を終わらせるのだった。
ーーーーーー
それから補給も済ませた艦隊は細かな報告を旗艦であった矢矧に任せて解散。矢矧は足早に執務室へと戻ると、執務室には丁度提督だけがいた。
「おう、やはぎん。おかえり」
「ただいま……阿賀野姉ぇたちは?」
「さっき三人でお茶菓子を買いに酒保に向かったぞ」
「そう……じゃあ、今の内に報告しちゃうわね」
矢矧がそう切り出すと、提督は「頼む」とだけ返して聞く体勢に入る。いつもならば報告を始める矢矧だが、今回は先程の球磨とのやり取りがあったせいで妙に提督のことを意識してしまって、目が泳いでしまう。
そんな矢矧を見て、提督は「どうした、何か問題があったのか?」と訊いてくるが矢矧はらしくもなくアタフタしてしまった。
「も、問題があったとかじゃないの……ただ……」
「ただ?」
「し、白露や球磨だけじゃくなて、私のことも見てくれてるかな〜……なんて」
「………………」
提督は目が点になった。そしてそれと同時にしおらしくモジモジしている矢矧を脳内メモリーに熱く保存する。
「……って、何言ってるのかしら私……あははーー」
「ーー大丈夫、ちゃんと見てるさ」
その言葉に矢矧は思わず「え」と小さく驚いてしまった。
しかし提督は『白露』というキーワードでどんな話か大体を察して、ちゃんと言葉にしたのだ。
「どんな話をしたのかは詳しくは聞かねぇけどよ……俺は矢矧が頑張ってることをちゃんと知ってるし見てるぞ」
優しく、安心させるように言われたその言葉に、矢矧は胸の奥から何とも言えない感情が湧き上がった。それは大きな嬉しさだ。
「…………ありがとう」
「何お礼なんて言ってんだよ、やはぎんらしくねぇな」
「ふん、お礼くらい素直に受けなさいよ、バカ」
「お〜お〜、さっきまでしおらしかったのに、いつものやはぎんに戻っちまったな〜」
「ハリセンでテンプルを殴打してもいいのよ?」
「暴力はいくない……いくないぞ?」
「全く……いつも一言余計なんだから」
矢矧はそう言いながら、小さく笑うとようやくいつもの調子に戻って報告をすることが出来た。
そして矢矧は、
(私もあなたのことをちゃんと見てるわ。大切なあなたのことを……だから、阿賀野姉ぇと末永く幸せに暮らせるように、これからも頑張るから)
心の中で優しく、提督につぶやくのだった。
報告を終えると、丁度阿賀野たちも酒保から帰ってきたので、みんなでそのままおやつ休憩に入った。
夫婦は相変わらずラブラブでお菓子を食べさせ合っていたが、今日の矢矧はにっがいお茶ではなく、普通にカフェオレを楽しみながら休憩時間を過ごせていたーー。
いつもよりちょっと短いですが、今回はこのような感じにしました!
白露ちゃんとか球磨さんとか青葉さんや高雄さん……そして電ちゃん、漣ちゃん、五月雨ちゃんの改二はまだですかね〜。改二してほしい艦娘ばっかりですが、気長に待つしかない……運営さん、早く!って感じです。
ということで、読んで頂き本当にありがとうございました!