1月某日、夜。小寒の時期となった泊地は、晴れていても日中の気温は一桁で潮風も合わさって鎮守府の寒さはより厳しい季節になってきた。
「阿賀野〜……俺、寒いからもうちょいこっち来ねぇ?」
「うん、いいよ♡ ギュ〜ッ♡」
そして提督夫婦の部屋の寝室では、風呂も済ませた夫婦がいつものピロートークに花を咲かせていた。
二つの布団を敷いているのに結局一つの布団で寝るこの夫婦は、相も変わらずイチャイチャと爆発しろ状態である。
「ん〜、慎太郎さんに包み込まれるの好き〜♡」
阿賀野は提督の胸板に頬擦りをしながら、愛する人の体温を感じていた。対する提督も阿賀野の艷やかな黒髪を優しく手で梳き、片方の手では阿賀野の腰を優しく抱いて自分の方へと引き寄せている。
「阿賀野はいつもフカフカであったけぇなぁ〜」
「えへへ、ならもっともっと強く抱きしめてぇ♡」
提督に抱きしめられて既にトロ顔を晒す阿賀野。そんな可愛い妻を提督は愛おしく思いながら、腰に回した手に力を込めた。
「んっ……んぅ、はぁ♡」
「流石に苦しいか?」
「ううん、平気……でも」
「でも?」
「慎太郎さんのことをもっと
その声と共に潤んだ瞳を向けられた提督は、体の奥から何とも言えない昂りを感じる。
「阿賀野……」
「慎太郎さん……♡」
互いの名前を呼び合うと、二人は磁石でもついているかのように口づけを交わし、艶めく夜戦へと抜錨していくのだった。
ーーーーーー
夫婦が甘い夜を過ごしている最中、艦娘たちは思い思いに寮で仲間たちと心休まるひと時を送っている。
ここ軽巡洋艦寮の3号室では、風呂も済ませた艦娘たちがトランプゲームをして楽しんでいた。
「はい、私の勝ち」
そう言って誇らし気に最後に揃った手札を捨てた五十鈴。対する鬼怒は「また負けた〜!」とちゃぶ台へ顔を突っ伏す。
そんな鬼怒に「あはは〜、相変わらず鬼怒っちは弱いな〜」と北上はケラケラ笑いながら容赦なく言うと、矢矧が「可哀想でしょ」と注意していた。
本来、3号室は五十鈴・多摩・鬼怒・北上の部屋割になっているのだが、今夜は交換宿泊で矢矧が多摩と入れ替わって3号室へお泊りに来ているのだ。
因みにその頃、4号室では……、
「えぇ!? じゃあ、多摩ちゃんは提督さんと一緒のベッドでお昼寝したの!?」
「そうにゃ……改二になったお祝いに、寝てくれたのにゃ♡ その時の提督は温かくて柔らかくて最高だったにゃ〜♡」
デヘヘヘと怪しい笑い声で自慢話をする多摩に、由良は勿論だがLOVE勢である夕張も「羨ましい〜!」と枕をギュッと抱きしめる。
「それにそのあと提督が凄くて……♡」
「何それ、kwsk!」
「独り占めはいくないわ!
ワイワイキャッキャとガールズトークならぬテイトークに由良たちが花を咲かせる中、
(矢矧ちゃんがいないと止める人いないから、今日のお話はディープだな〜)
名取はミルクココアを飲みながら、三人が盛り上がっている風景を眺めて楽しんでいるのだった(止めても三人を止められる気がしないので諦めている)。
ところ戻り……、
「んが〜! 鬼怒ばっか負けてて悔しい〜! 他のにしようよ〜! もうポーカーやだ〜!」
「他のね〜……でも何やっても鬼怒っちは顔に出ちゃうからにゃ〜」
多摩の真似をしながら北上が指摘すると、鬼怒は「そんなことないもん!」と強く否定する。
「ならちょっと新しいトランプゲームをしましょうか。この前龍田から聞いたのよ」
五十鈴はそう言うと、トランプの山から各マークの6〜2までのカードを抜き、山札を32枚にした後にそれを慣れた手つきでショットガンシャッフルした。
そして各自の前にカードを裏にしたまま8枚ずつ配り終えると、口を開く。
「今からやるのは『ローリング・ストーン』っていうゲームよ。このゲームは、自分の持ってる手札を早くなくした人が勝者なるわ」
更に五十鈴は丁寧にこのゲームのルールを教えた。
まずプレイする順番をジャンケンなどで決め、最初の人は好きなカードをテーブル上の場に出す。
次の人は、出されたカードの数字には関係なく、出されたカードと同じマークのカードを出し、順番にカードを出していって、全員が同じマークを出せた場合は、その回はひとまず終わり。そして場に出されたカードは、次の回からは使わないのでまとめてテーブルの脇などに置いておく。
次にカードを出す人は、この回で一番順位の高いカードを出した人。
カードの強さの順位は、
4人の時はA - K - Q - J - 10 - 9 - 8 - 7
5人の時はA - K - Q - J - 10 - 9 - 8 - 7 - 6 - 5
6人の時はA - K - Q - J - 10 - 9 - 8 - 7 - 6 - 5 - 4 - 3
で、Aの方が高い順位のゲームとなっている。
再びゲームをはじめ、さっきと同じように出されたカードのマークと同じマークのカードを順番に出していくが、もし自分の順番の時に同じマークのカードを出せなかったらパスをし、最後にその場にあるすべてのカードを引き取らなければならない。この時、他にもパスをした人がいる場合、先にパスをした人がカードを引き取る。
カードを引き取ったら、次の回はカードを引き取った人から最初のカードを出して開始するという流れ。
勿論、最初に出すのは好きなマークのカードでいい。
「こんな具合にゲームを進めていって、最初に手札がなくなった人が勝ちで、ゲームは終了よ。分かったかしら?」
五十鈴が実演しながら分かりやすく説明してくれたので、みんなは了解というように笑顔で頷いく。
こうして五十鈴たちはローリング・ストーンを始めるのだった。
ー1回目ー
各自の最初の手札状況
五十鈴:♡A−♤A−♤Q−♢J−♢10−♤9−♧8−♢8
矢矧 :♢A−♡K−♡Q−♤J−♧10−♧9−♢7−♡7
鬼怒 :♢K−♤K−♧K−♧J−♡9−♢9−♡8−♧7
北上 :♧A−♧Q−♢Q−♡J−♤10−♡10−♤8−♤7
順番は五十鈴→鬼怒→矢矧→北上
「んじゃ、私からね……はい、クラブの8」
五十鈴から始まったこの回は、まだ序盤なのでみんなは難なくクラブを出していく。
そして次の回はクラブのキングを出した鬼怒からとなった。
ー2回目ー
「ん〜……」
(マークだけを気にすればいいシンプルなゲームだけど、鬼怒の手札はスペードが1枚しかない!)
悩みながら鬼怒はとりあえずクラブの7を出す無難な選択。
しかしクラブを持ってなかった五十鈴が捨てたカードを全て引き取ることになった。
ー3回目ー
「それじゃあ、また私からね〜……」
五十鈴から始まったこの回。五十鈴は手札が一番多い状態なのでクラブの中から適当なカードを出す。
すると今度は矢矧が出せず終いだったが、2枚を加えるだけで事なきを得た(北上はクラブのエース持っていたがあえてパスした)。
ー4回目ー
「………………」
矢矧はかなり長考する。やってみて思ったが、これはかなり奥の深いゲームだからだ。
しかしだからこそ楽しめるし、こうして考えている間もいい頭の運動となっている。
(とりあえず、五十鈴はかなりの確率で出せるわよね……となると、鬼怒と北上のどちらかはもう無いマークがあるはず。それを私が……)
(いや、待つのよ矢矧。ここは誰もが出せそうなマークを選んで、みんなにカードを出させたあとで引き取らせてカードを増やす方がいいわ。幸い私はエースを持ってるし、次も私のターンにすることは可能なのよ!)
頭でかなり考え、百面相する矢矧。因みに五十鈴がどうして早々に1枚しかなかったクラブを手放したのかというと、あえてそうすることで自分は手札を揃え、他の人にカードを出させたあとに引き取らせる算段があるからだ。
「張っち(夕張のこと)から聞いてたけど、矧っち(矢矧のこと)の百面相ってウケるねw」
「慎重な性格の矢矧ちゃんらしいけどね〜」
「ま、まだまだ時間はあるんだし、ゆっくり楽しみましょう」
五十鈴の言葉に二人は『だね〜』と笑顔で返し、まったりと矢矧の百面相に大草原を生やしながら待つのだった。
ーーーーーー
なんだかんだローリング・ストーンで盛り上がり(矢矧の百面相でも)、あっという間に寝なくてはいけない時間になる。
「1回やるのも結構時間は掛かるけど、楽しかったね」
誰よりも早く歯磨きから戻り、ベッドに入った北上が戻ってきたみんなへそう言うと、みんなは同意するように笑って頷いた。
「でも3回やって、鬼怒は1回も勝てなかった〜」
「あんたは色々と気にし過ぎるのに、手が短絡的だからよ」
姉である五十鈴からの容赦ないツッコミに鬼怒は「くぅ……」と悔しそうな声をもらして姉を睨むが、五十鈴は「ぐうの音が出るなら大したものね」と平然と返す。
それがとどめとなったのか、鬼怒は「いいもんいいもん!」と拗ねて掛け布団の中に潜り込んでしまった。
「五十鈴、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「私たちの姉妹はこれが普通よ」
「ドライなこと言ってるけど、鈴っち(五十鈴のこと)は鬼怒っちのことを本人がいないところでよく褒めてるよね〜。頑張り屋な妹だとか、いつも元気なところがいいとか」
「ちょっと、本人がいる前でそういうカミングアウトやめてくれない? 恥ずかしいんだけど?」
北上の暴露に五十鈴はそんな言葉を返すが、言葉の割にはそんなに恥ずかしそうにしていない。五十鈴にとっては妹たちのことはみんないい妹たちと常に思っているので、暴露されてもそんなにダメージはないのだ。勿論、姉である長良のことは姉として尊敬し、頼りにしている。
一方で鬼怒はふて寝して、掛け布団の中に潜り込んでいたが、
「五十鈴姉はやっぱり優しいなぁ……くふふふふっ」
喜びを隠しきれないでいた。
布団の中から聞こえてくる鬼怒の笑い声に、五十鈴は「まったくもぉ」と苦笑いして肩をすくめたが、鬼怒の機嫌が直ったことに内心ホッとした。
「んじゃ、そろそろ電気消すわよ〜。矢矧は多摩が使ってるベッド使ってね」
五十鈴の声に矢矧は「了解よ」と返し、二段ベッドの上へ上がる(因みに下は北上)。
すると矢矧は「うわっ」と何か驚きの声をあげた。
それは多摩のベッドの中に提督の写真がプリントされた抱き枕があった上に、枕元に提督と多摩のツーショット写真が飾られていたから。
「お〜、いいリアクションだね〜、矧っち〜」
「……これ落ち着かないから下に置いていいかしら?」
ケラケラと笑う北上をよそに、矢矧は抱き枕を持って他のみんなへ訊くが、
「あら、矢矧は提督のことが好きだからって多摩がわざわざ置いていってくれたのに?」
五十鈴からそんな言葉が返ってきた。
その言葉に矢矧は狼狽しつつ、「そそ、そんなことにゃい!」と返したが、言葉を噛んだことでみんなに生温かい視線を送られてしまう。
「抱き枕だけどさ、提督といい夢見なよ、矧っち」
「気持ちは隠さない方がいいよ! 鬼怒は提督のこと大好きだからね!」
「まぁ、枕なら浮気でもなんでもないし、いいんじゃない?」
北上、鬼怒、五十鈴と矢矧に声をかけると、矢矧は渋々といった具合にその提督抱き枕を自分の隣に寝かせた。
そして五十鈴が電気を消し、みんなして就寝するのだった。しかし矢矧は抱き枕でも、提督の顔が近くにあってなかなか寝られずに悶々としてしまったそうな。
ーー次の日の朝、矢矧より早く目覚めた三人が矢矧を起こそうと矢矧が眠るベッドを見ると、そこには幸せそうに提督抱き枕を抱きしめて眠る可愛いやはぎんがいたという(密かに北上がそれを写メってたのは秘密だ)。
今回はこんな寮の風景を書きました!
読んで頂き本当にありがとうございました!