提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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バカ野郎

 

 会議室から提督の悲痛な叫びが聞こえた瞬間、会議室へ駆けつける者たちがいた。

 

「那珂ちゃんすぐ出るよ!」

「由良も!」

「私も!」

「この武蔵の力も必要だろう」

「私の航空隊はいつでも準備出来ています」

「青葉の索敵能力も必要ですよね!」

 

 那珂、由良、陸奥、武蔵、加賀、青葉が口々に救援隊として志願するが、提督は動かない。

 いや、動けなかったのだ。

 今から行って助けることは不可能だと、軍人としての自分が理解してしまっていたから。

 

 能代も矢矧も酒匂も……みんな、涙を流して首を振る。

 

 ーーもう間に合わない

 

 と。

 

 その言葉に誰もが俯く中、ただ一人、那珂だけは声を張り上げる。

 

「まだ分かんないじゃん! 間に合うかもしれないじゃん!」

「那珂……」

「命令違反でもいい……解体されても構わない! 私は一人でも行くから!」

 

 那珂は艦時代、阿賀野の救援に向かい、間に合わなかった過去を持つ。だからこその叫びだった。

 また同じことをしたくない。数パーセントでも可能性があるなら、見込みがあるなら……私は助けに行く。

 

 那珂がそう言ったと同時にモニターから轟音が鳴り響いた。

 提督以外の面々はそのモニターに視線を移すと、防空棲姫が海へ沈んでいくところが映っている。

 やっと作戦が終了したのだ。

 

 しかし、この場からは喜びの声は聞こえない。

 

 

 

 

 ーーあー……やられた……提督さんたちに怒られる。やだなぁ……

 

 

 

 

 その声にみんなが耳を疑った。

 それでも獅子内艦隊からのモニターには、あの艦娘がちゃんと映っている。

 

『敵の砲撃でカメラとマイクが壊れたようだ。興野くん、君の奥さんは健在だよ。流石は泊地最強を誇る水雷戦隊の旗艦だ』

 

 大山の声に提督は夢でも見ているかのような気分だった。しかしモニターの向こうでは、阿賀野がボロボロになりながらもカメラへ手を振っている。

 

『すごかったわよ〜、阿賀野さん。カメラは壊れちゃったけど、魚雷で敵の足を止めて〜、それで最後は本隊がとどめを刺したのよ〜!』

 

 如月の報告に会議室からも周りに集まっている矢矧たちからも安堵のため息がもれた。

 阿賀野は生きてる。作戦も無事に終了。

 ここでやっと提督たちの歓喜の叫びが今度こそ勝利の雄叫びとなって響くと、興野艦隊は大山艦隊、獅子内艦隊は小山艦隊にそれぞれ護衛され、迅速に各鎮守府の埠頭へと帰還するのだった。

 

 ーーーーーー

 

 埠頭では行きと同じく、多くの者たちが艦隊を出迎えていた。

 泣きながら手を振る者、高らかに笑って出迎える者、酒をぶち撒けて天を仰ぐ者、凱旋する艦隊を写真に収める者、祝砲をあげる者……本当に多くの者たちが艦隊を温かく迎え入れている。

 艦隊はそんな皆へボロボロになりながらも手を振って応えると、本日一番の歓声と拍手が巻き起こるのだった。

 

「もう、ホントにホントに心配したんだからぁぁぁっ!」

「那珂の言う通りよ! どれだけ心配させたから分かってるの、阿賀野姉ぇ!?」

「や〜ん、ごめんなさ〜い!」

 

 桟橋に上がると同時に阿賀野へ駆け寄る仲間と妹たち。言葉は怒っているともとれるが、声色には優しさと安堵の色が強く出ている。しかし阿賀野からすれば、怒られているようにしか受け取れず、謝るばかり。

 その光景は確かにいつも通りの艦隊の光景だった。誰もが笑い、仲間を気遣い、支え合う、温かい光景だった。

 

「護衛、感謝する。本当に……本当に感謝する」

 

 提督は大山艦隊旗艦の愛宕と通信中の大山へ心からの感謝を述べる。愛宕も大山もそんな提督に『どういたしまして』と返すと、愛宕率いる大山艦隊の面々は提督やみんなへ一礼して中央鎮守府へと帰還していった。

 

『いやぁ、それにしても作戦中は冷静な君が、あそこまで取り乱すとはね』

「うるせぇ……お前だって俺の立場ならああなるくせによ」

『どうかな……僕としてはきっと獅子内くんのカメラ映像が映ってる画面をすぐに確認すると思うな』

「…………」

『まぁ、奥さんのカメラが真っ暗になったんだ。冷静な判断をしろってのが酷な話だよね』

「そこまで理解してんなら言うな、バカ野郎」

『ははは、怖い怖い。それじゃ、僕はこの辺で失礼するよ。上に報告することが山ほどあるからね』

「こっちは今日休業すっぞ。あれだけのことをやらされたんだからな」

 

 そう言うと大山は勿論だよと返し、通信を切る際に一言だけ『本当に感謝するのは僕たちの方だ』と伝え、通信が終わった。

 すると提督はやっと肩の荷が下りたように、軽い気持ちで空を見上げた。

 

 その空は腹が立つほど青く澄んでいて、さっきまでの自分の不安を嘲笑っているように思えてならない。提督はそんな空に向かって「バカ野郎〜!」と叫んだ。

 

「ほら、提督もあんなに怒ってるじゃない」

「しっかり報告してきなさい」

 

 すると能代と矢矧が阿賀野の背中を押して、提督の前まで連れてくる。流石の酒匂もフォローのしようがない様子で、提督には「あまり怒らないであげてね」としか言えなかった。

 

「…………報告を、頼む」

 

 提督の第一声に阿賀野はビクッと肩を大きく震わせながらも、しっかりと敬礼して口を開く。

 

「旗艦阿賀野、及び第一艦隊全艦、帰還致しました。大破者5名と中破者1名という大きな被害はありましたが、敵中枢艦隊は予定通り沈黙。そして、当艦隊も囮任務を完遂しました」

 

 阿賀野の報告をしている間、提督はそれを黙って聞いていた。しかしその内容はほとんど右から左へ通り抜け、提督はただただ目の前に立つ阿賀野が生きて戻ってきたことに心を震わせていた。

 ボロボロになった制服や身体、艤装が戦闘の激しさを物語る。

 

 報告が終わり、二人の間に沈黙が流れ、それにより阿賀野は今回ばかりは本当に怒られるだろうと覚悟していた。

 すると提督がスッと今より一歩、阿賀野の元へ歩み寄り、更に両手が動く。

 阿賀野は思わずまぶたを閉じたが、自身の首元に何やら柔らかい感触が伝わり、まぶたを開くと、

 

 ーーおかえり。心配かけんじゃねぇよ、バカ野郎

 

 優しい愛する人の笑顔と言葉が待っていた。

 

「慎太郎さん……」

「このマフラー、二人で使うもんなんだろ? なのにお前がいなくなったら、使い道がなくなっちまうじゃねぇか」

 

 そう、さっきから首元に感じるものは阿賀野が編んだ二人用の長いマフラー。作戦前はあれだけ渋っていたのに、提督は帰ってきた阿賀野にマフラーを巻き、自分の首にもそのマフラーを巻いた上で、ギュッと抱きしめてくれた。

 

「ただいま、慎太郎さん♡」

「あぁ」

「えへっ、マフラー温かいね♡」

「……あぁ」

「これからも一緒に巻こうね♡」

「今日だけ特別だ、バカ野郎」

「じゃあ、二人っきりの時は?♡」

「…………」

「無言は肯定と取りま〜す♡」

 

 そう言った阿賀野は今度は自分から提督へ身を寄せ、夫婦は人目をはばかることなく口づけを交わす。傍から見ればそれはいつもの夫婦のイチャラブだったが、誰もその光景を見て砂糖を吐くことはなかった。

 

 ーーーーーー

 

 阿賀野たちがドックへ入渠している間、提督は執務室であの戦闘映像を観ていた。阿賀野のカメラからの映像ではなく、獅子内艦隊のカメラ映像を。

 

 防空棲姫の砲撃を阿賀野は自身の艤装を盾にして直撃を阻止した……が損害は小さくなく、大破してしまう。その時にカメラが壊れた。しかし接敵してきた防空棲姫へ阿賀野が残りの魚雷を至近距離で喰らわせ、これが決定打となり、そこへ本隊の第二次攻撃が炸裂したというものだった。阿賀野は神通がしっかりと離脱させたので巻き込まれることは無く、生還出来た。

 

「本当、阿賀野姉ぇじゃないと危なかったわね」

「あの土壇場まで魚雷を残しておくなんて、私には出来ないわ」

「阿賀野ちゃん、かっこいい〜!」

 

 共に映像を観ている能代たちも、口々に阿賀野を賞賛している。

 

「大規模作戦の時みたいにしっかりと段取りを整えることが出来てりゃ、今回みたいなことにはならなかったぜ……ったく」

 

 悪態をつく提督だが、頭の中は至極冷静であった。

 

 戦場ではいつ何が起こっても不思議はない

 相手がまだまだ未知数な敵ならばなおさら

 だからこそ次はこうならないように自分が映像を観て精査するしかない

 非力な自分には戦略でしか彼女たちを守れないのだから

 

 提督は改めて敵の強さを痛感し、更なる知略による努力を誓った。

 すると執務室のトントントンとノックされる。

 

「入れ」

 

 その声にガチャリと開かれたドアからは阿賀野と第一艦隊の面々が揃って姿を見せた。

 

「おぉ、入渠終わったのか」

 

 提督はみんなにそう言って時計を横目に見ると、結構な時間が過ぎていたことに驚いた。しかしバケツの使用許可も出したのでそれも当然かと納得する。それでも長いこと同じ映像を観ていて時間が経っているのを忘れていたのは驚くことだった。

 

 能代たちはみんなのためにお茶汲みを始める中、阿賀野たちは提督の前に横一列に整列する。

 ただその顔に提督は妙な違和感を感じた。

 阿賀野は相変わらず笑顔であるが、何やらデレデレした様子でいつもの締りがない。対して時雨と夕立の表情には不満の色が強く、神通・電・綾波に至っては苦笑いを浮かべている。

 

 みんなの様子にお茶汲みをしている能代たちも小首を傾げていると、時雨と夕立が机越しに提督へ詰め寄った。

 

「提督、僕ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」

「というか拒否権は無いよ!」

 

 二人の剣幕に押され、提督は首を縦に振る。そもそも夕立がこうした場で「〜ぽい」と言わない時は基本的に激おこの証拠だ。

 すると時雨が「じゃあ、これ観て」と阿賀野のスマホ画面を見せる。

 そこには、

 

『…………おい、嘘だろ?』

『阿賀野……阿賀野ぉぉぉぉぉぉぉぁあああっ!』

 

 先の作戦中、阿賀野のことで取り乱す提督の姿が映っていた。

 

「な、なんでこんなもんがあんだよ……」

「入渠してる間に()()()()()が阿賀野さんに送ってきたんだよ」

 

 時雨の説明に提督は『よし、今度殴ろう』と胸の中で決める。

 しかしその一方で提督はあることに気がついた。

 

 この映像はあのテレビ会議で泊地の全提督が観ていたはずだ……と。

 

「時計の針を戻せるなら戻したいお……」

 

 場合が場合なので提督がああなるのも無理はない。しかしその熱も冷めてから、あの時の自分をこうして見ると何とも言えないものが提督の中で込み上げてくる。

 その証拠に提督は両手で顔を覆い、机に突っ伏して身悶えていた。

 

「僕と夕立も大破したのに、提督は阿賀野さんのことしか目に入ってないんだね〜」

「夕立、いっぱい頑張ったのに〜」

 

 そんな身悶える提督に時雨と夕立のLOVE勢は容赦ない追撃を加える。神通たちや能代と酒匂も揃って二人をフォローするも、やはりLOVE勢の二人としては阿賀野ばっかりでズルいと譲れぬものがあるようだ。矢矧に至ってはやれやれと肩をすくめている。

 

「えへへ〜、提督さん♡ 阿賀野、とっても幸せ〜♡」

 

 阿賀野は幸せ爆発の様子で提督の背中に抱きついた。それは時雨と夕立の嫉妬の炎へ油……いや石油を投下するようなもの。

 当然、ヒートアップした時雨と夕立も阿賀野に負けじと提督に抱きつき、執務室にまたこれまでのような騒々しさが戻った瞬間だった。

 

 提督は身悶えるながらも、これからもこの騒々しくも退屈でない日々を送りたいと、心からそう願うーー。




ということで、ハッピーエンドで終わりました!
次からはいつも通りのほのぼのに戻ります故、ご安心を♪

読んで頂き本当にありがとうございました!

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