提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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鎮守府の日常

 

 択捉の着任パーティの翌日。鎮守府の朝はいつも通りの日常に戻っていた。

 

 基礎訓練用の野外グラウンドで走り込みをする者たち、海上訓練用の海域で砲撃や対潜訓練をする者たち、空母専用の弓道場で鍛錬をつむ者たち。

 そして他鎮守府との演習や遠征へ続々と埠頭から抜錨していく者たちと様々だ。

 

「さて、阿賀野たちも書類仕事しちゃおっか♪」

 

 任務に赴く者たちを執務室の窓から見送った阿賀野は、そう言って補佐艦である妹たちに声をかける。

 みんなはその言葉に笑顔を返し、それぞれの役割をこなしていった。

 

 阿賀野は秘書艦なので提督が確認すべき重要書類を最優先のものから順に整理し、自分でも処理出来る書類と分けていく。

 第一補佐艦である矢矧は経理。第二補佐艦の能代が勤務表の作成、調節。第三補佐艦の酒匂は姉たちのお手伝い兼相談役といった分担で……この四姉妹の息合った仕事がこの鎮守府を支えているのだ。

 

「司令、工廠に行ったまま帰ってこないね〜。途中でお腹(ポンポン)イタいイタいになっちゃったのかな〜?」

 

 工廠に出向いたまま、まだ戻らぬ提督を心配する酒匂。しかし阿賀野は「そんなことないよ〜♪」と笑って、窓の外へ目配せした。

 

 酒匂が窓の外を見ると、埠頭に提督の姿があり、遠征艦隊の者たちと話している。

 

「また仕事サボって……」

「まあいいじゃない。みんな提督に声をかけられるのは嬉しいんだから」

 

 矢矧の苦言に能代がフォローすると、矢矧は小さくため息を吐いて自分の見るべき書類へ視線を落とし、他の姉妹も自分の仕事へ戻るのだった。

 

 ーーーーーー

 

「いつもの遠征任務だが、油断だけはすんなよ? 常に厳戒態勢で事にあたれ」

 

 提督の言葉に艦隊のみんなは『はい!』と返事する。そして一人の艦娘が提督の肩に手を回した。

 

「んな、ことよりよ〜。次は出撃させろよな? ん〜?」

 

 そう言うのは天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』。

 着任当初は提督と意見が合わずによく口論していたが、()()()()()()をきっかけに提督の言葉には素直に従うようになった。

 

「天龍ちゃんが行くなら、私もよね〜?」

 

 そんな天龍とは反対側からニッコリと笑って言うのは、天龍の妹である天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』。

 普段は天龍のストッパーを務める頼もしい妹。無茶をする天龍を変えてくれた提督には人一倍の忠誠を誓っている。

 

「あぁ、分かってる。お前らも俺の頼れる仲間だからな。ちゃんと見せ場を用意してやるさ」

「さっすが♪ お前は話が早いぜ♪」

「その時はいつも以上の戦果を期待していいわよ〜♪」

 

 提督の言葉に嬉しそうに返す天龍、龍田。

 すると、遠征隊の二人が三人の前にやってくる。

 

「三人していつまで話してれば気が済むわけ?」

 

 そう言う一人は綾波型駆逐艦八番艦『曙』。

 着任当初は提督をクソ呼ばわりしていたが、天龍の一件でクソを撤回。

しかしまだまだ提督には素直になれないところもある、ちょっと不器用な艦娘。

 

「そうよ。時間押してるんだから、話が終わったなら遠征に行かせてくれない? アンタだって自分の仕事があるでしょ?」

 

 もう一人は朝潮型駆逐艦十番艦『霞』。

 この子も最初は提督をクズ呼ばわりしていたが、やはり天龍の一件でクズと呼ぶのを止めている。

改二乙となっても自分にも周りにも厳しい子だが、その厳しさの裏に霞なりの愛情があるのをみんな知っているので、一部の艦娘たちからは『霞ママ』と呼ばれているんだとか。

 

「お〜、悪ぃ悪ぃ」

「まったく……人に注意される前に気付きなさいよね」

 

 ぶつくさと苦言を言う霞に、提督は苦笑いを浮かべる。

 

「まあまあそう言わず、そろそろ遠征に行こうや」

「そうよ。今度は注意してて時間が無くなるわよ」

 

 そんな提督をフォローしたのは陽炎型駆逐艦三番艦『黒潮』と夕雲型駆逐艦三番艦『風雲』。

 どちらもフランクで親しみやすいおまとめ役だ。

 

 見て分かるようにこの艦隊の駆逐隊はバラバラ。提督は毎回敢えて駆逐隊はバラバラに任命している。

 そうしている理由は『どの艦娘と組んでも連携を取れるように』という意図があるから。

 

 提督は戦艦が海戦の"花"ならば、駆逐艦は"土"と言っている。

 例えどんなにいい花を手に入れても、それを植える土が良くなければその花はすぐに枯れてしまう。

それと同じでどんなに強い戦艦がいても、それを護衛する駆逐艦の練度、連携が低くては海戦にならないということだ。

 なので提督は駆逐艦の練度は常に気に掛けており、そんな過酷な状況に置いている駆逐艦たちを常に気遣っている。

傍から見ればそれはそういう趣味な人だと思われがちだが、提督は駆逐艦の子たちに対して最大限の労いの気持ちを持って接しているが故の接し方なのだ。

 そんな提督の気持ちを駆逐艦たちは十分理解しているので、提督はみんなから慕われている。

 

 黒潮たちの言葉に霞は口を閉じ、提督に「じゃあ、行ってくるから」とだけ告げて海へ降りた。

 すると他のみんなも提督に笑顔で挨拶して海へ降り、陣形を組んで意気揚々と遠征へ向かった。

 

 提督がそんな天龍たちを見送っていると、

 

「だ〜れだ?♪」

 

 何者かに後ろから手で目を塞がれ、声をかけられた。

 

「ん〜……んなことすんのは、赤城か?」

「むぅ〜、どうしてバレてるんですか〜?」

「なんで正解したのにガッカリされんだよ……」

「だって〜、あっさり正解されて悔しいんですも〜ん」

 

 視界が開けると正規空母『赤城』が姿を見せた。

 鎮守府が誇る一航戦の一人であり、みんなの頼れるお姉さんである。

 

「だから私は止めたんですよ、赤城さん」

 

 そう言いながら現れたのは赤城の相方、正規空母『加賀』。

 もう一人の一航戦で正規空母では最古参に加えケッコンカッコカリ済のガチ勢。

 

「二人はこれから艦載機の整備か?」

「はい♪ そうしたら提督の姿が見えたのでご挨拶しにきました♪」

「提督は皆さんのお見送りですか?」

「おう。俺も工廠に行く途中で丁度遠征に向かう奴らがいたからな。つい声をかけちまったんだ」

 

 提督が屈託のない笑顔でそう答えると、赤城も加賀も『提督らしい』と言って笑った。

 

 ーーーーーー

 

 話の流れから提督は赤城たちと一緒に工廠へ向かうことになった。

 

 工廠には工廠妖精が住んでおり、艤装の開発は勿論、調整、修理、改造を担っている。

 ただ空母が扱う艦載機に至っては細かい調整は使う本人たちが行う。しかし空母の者たちだけでなく、艤装に何らかのこだわりがある者たちは自分の艤装は自分の手で調節、調整している。

 

「……あの、加賀さん?」

「何かしら? 私の顔に何か付いていて?」

「いや、お顔はとてもキレイよ? ただ……」

「ただ?」

「ちぃとばかし離れてくれねぇ?」

 

 提督の言葉に加賀は「なんのこと?」と言うように小首を傾げる。

 加賀は提督の左腕に抱きつくように歩いており、そのため自然と提督に身を寄せている形なのだ。提督としてはこうしてくれるのはとても嬉しいことだが、自分には最愛の女性である阿賀野がいるのでとても心苦しいのだ。

 

「今日は寒いのでこうしてる方がいいです」

「いや、今日めっちゃめちゃ晴れてるから。汗ばむ陽気だから」

「良純の予報なんて信じてません」

「いや、空見て。ちゃんと良純の言う通りになってるから」

 

 ああだこうだと言い合う二人を見ながら、赤城は加賀を止めることもせずに微笑んでいる。

 赤城としては加賀が乙女モードになっているのが見ていて新鮮で楽しいから。

 

「これから艦載機の整備やって、それから訓練だろ? そのうち暑くなるって」

 

 提督はそう言って加賀の手から逃れると、加賀は「むぅ……」と頬を膨らませる。

 

「俺のことはいいから。お前はいつも何かに打ち込むと周りが見えなくなる癖があるよな……」

「提督が心配しなくても、提督のことは念頭に置いています。公私共に♡」

「そういう心配じゃなくてだな……」

「良かったですね、提督♪ こんなにも加賀さんに愛されて♪」

「良かったと言いてぇが、お前は相方を止めろよ!」

「相方の恋を応援するのも大切ですから!」

 

 キリッといい顔で返す赤城に提督はもうダメだとばかりにうなだれた。そんな提督をよそに加賀はまた提督の腕にしがみついて、工廠までの道のりをルンルン気分で歩くのだった。

 

 ーーーーーー

 

 工廠に着いた提督はやっと加賀から解放された。加賀の心地良く柔らかい感触に少し寂しさを感じつつ、提督は二人と別れて艤装開発室へと向かった。

 

 工廠には開発室、整備室、改造室と大きく分けて三つの部屋がある。他にも妖精たちの寝所や休憩室も備わっている。

 開発室はその名の通り艤装の開発を請け負っている場所であり、工廠では一番広い部屋。その理由は数年前までは建造もこの部屋で行っていたから。

 ただ艤装開発だけでなく、艤装の解体、分解もこの部屋で行っている。

 

 次に大きな部屋が整備室。各艦娘の艤装、予備の艤装が用途別に保管されており、艤装にもどれが誰の物かすぐに識別出来るようにそれぞれ名前が彫られてある。

 まだ艤装の数が少なかった頃は一つの艤装を数人で使い回していたりしたが、提督の努力もあってようやっと艤装も数が揃ってきた。

 

 最後に改造室だが、ここは艦娘の改、改二といった改造は勿論、近代化改修を施す部屋。工廠の中では一番精密機器が揃っているので一番厳重に扱われており、かつ一番こじんまりとした部屋だ。

 

「お〜っす、みんな。お疲れさ〜ん」

 

 開発室に入って提督が妖精たちへ声をかけると、妖精たちはワラワラと提督の足元へ集合してくる。

 妖精たちはみんな20センチほどの身長しかなく、基本的に喋ることはしない。喋るのは限られた妖精で、その妖精は羅針盤妖精だ。しかし妖精たちは頷いたり首を振ったりはするので意思疎通に大きな弊害は指してない。

 羅針盤妖精たちは出撃の際に旗艦が必ず連れていく義務があり、その妖精たちに従って進軍するのだが、ちょいちょい進路を外れることもあり、一部の艦娘や提督たちからは『真のラスボス』とまで言われている。

 

「今日の艤装開発を頼みにきたんだが、いいか?」

 

 提督がそう訊ねると妖精たちは揃って胸を張る。それを見た提督は「よし」と意気込み、妖精たちに艤装開発を頼んだ。

 

 ーーーーーー

 

「ふぅ〜……あとは執務室に戻って書類仕事か〜」

 

 開発も無事に終わり、妖精たちに菓子折りを渡して工廠を出た提督。

 後に待っている書類の山を考えると、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「あ、司令官さんなのです♪」

「本当だわ! 司令か〜ん!」

「ちょ、暁姉、いきなり走らないで!」

 

 すると丁度良く暁型駆逐艦姉妹の三人と遭遇した。

 

 暁型駆逐艦一番艦『暁』は長女としてレディとして、常に妹たちのお手本になろうと努力する努力家。

しかしその努力はいつも方向性を間違えてしまって、妹たちからはその都度冷たい視線を浴びる。

 

 暁型駆逐艦三番艦『雷』は面倒見のよい頼れる元気っ子。

その一方で提督に頼られるといつも以上に張り切り、それが裏目に出てしまうことも。

 

 暁型駆逐艦四番艦『電』は艦隊最古参の艦娘であり、提督の初期艦。

大人しくて心優しい子だが、その戦果は駆逐艦の中で一位を誇る。

初期艦だったこともあり、電は駆逐艦の中で誰よりも提督や阿賀野から我が子のように可愛がられていて、電本人も油断すると間違えて『お父さん』『お母さん』と言ってしまうんだとか。

 

「お〜、三人でどうした? 今日は四姉妹揃って休みだろ?」

「響姉は昨日出撃したから、遠征だけだった私たちがこれから響姉の分まで酒保へお菓子を買いに行くのよ♪」

 

 提督の質問に雷が胸を張って答えると、暁も電もコクコクと頷いて見せる。

 

「そういうことか。んじゃ、駄賃をやろう♪」

 

 そう言って提督が五百円玉の入ったいつもの巾着袋を取り出すと、三人は『やった〜♪』と万々歳。

 そんな可愛さに提督は思わず目を細め、締りのない顔に。

 

「甘い物ばっか食って虫歯になるなよ?」

「そ、そんなこと、この暁がするはずないじゃない! そんなこと言うといくら司令官だってプンスカ(怒るという意)だからね!」

「悪ぃ悪ぃ♪」

 

「響の分も雷に預けるからな。響によろしく言っといてくれ」

「は〜い♪ 司令官のお願いなら何でも聞いちゃうわ♪」

「程々にな、程々に……」

 

「電にも、な。いっぱいうめぇ棒を買って、たくさん食べて美人になるんだぞ?」

「ほ、他のお菓子も食べたいのですぅ」

「それもそうだな♪」

 

 三人とそれぞれ会話をしながらお駄賃を渡し、優しく頭を撫でる提督。そんな提督に三人はギュッとありがとうという意味でハグを返した。駆逐艦からのハグなら娘からのハグということで阿賀野は怒らないのだ(一部の駆逐艦を除いて)。

 三人の天使からの抱擁に提督は思わず浄化されるが、

 

「て〜い〜と〜く〜!」

 

 遠くから自分のことを叫び、走ってくる矢矧を見つけた。

 矢矧は提督の帰りが遅いので迎えに来たのだが、提督が暁たちと戯れているので怒り心頭の様子。その証拠に矢矧の顔は控えめに言って般若みたいに怖い。

 

「きぃやぁぁぁぁっ! 般若がくるぅぅぅぅっ!」

 

「だぁれがっ、般若ですってぇぇぇぇ!」

 

 こうして鎮守府はいつも通り、平和に時が流れるのだーー。




今回は日常回って感じにしました!
説明が多かったことにはご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

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