11月某日、夜。
激しい任務を終え、束の間の休息となるこの時間は心休まる一時である。
「慎太郎さん♡ そっちに行ってもいい〜?♡」
夫婦の寝室では湯浴みも済ませ、二人だけの時間に。
湯上がりの阿賀野は薄紅色の浴衣姿で、ほのかに桜色に染まる谷間が艶やかに晒されている。
「さ、寒いならもっと厚着したらいいんじゃね?」
「ぶ〜、どうしてそんな意地悪言うの? 阿賀野の気持ち知ってるくせに〜」
最近は大本営から次なる大規模作戦の発表があり、艦隊はその準備で忙しく夫婦の営みがご無沙汰だった。
提督は数多くの書類や資料の確認で精神的疲労が多く、出来れば遠慮したい……が、阿賀野はスルスルと提督の布団に潜り込み、熱っぽい視線を送る。
「慎太郎さん、疲れたでしょう?♡ だから阿賀野がい〜っぱい気持ちよくしてあげるぅ♡」
そう言って提督に覆い被さると、阿賀野は提督の耳を甘噛み……しかしそうしたかと思えば、すぐに舌先でチロチロと耳たぶを転がす。
提督はくすぐったくて肩を小さく震わせると、阿賀野は「可愛い♡」とつぶやいてまた同じ作業を繰り返した。
「ぷはぁ……慎太郎さ〜ん、まだその気にならないの〜?♡ 阿賀野切ない〜♡」
「…………」
阿賀野のおねだりに黙ったままの提督。しかし阿賀野は自分の下腹に何やら熱を帯びた感触を感じた。
「あれれ〜?♡ 慎太郎さん、これなぁに?♡」
「…………」
バレたと感じた提督はそっぽを向くが、阿賀野は嬉しそうに笑い、提督の首筋や頬に小さく口づけを何度も何度もしていく。勿論、提督の主砲で手遊びしながら……。
「慎太郎さんがその気になってくれて嬉しいな♡」
「阿賀野のせいだ……」
提督のほんの僅かな反抗に阿賀野は「じゃあ、責任取りま〜す♡」と答えると、そのまま提督とめくるめく二人の夜戦へと抜錨するのだった。
ー軽巡洋艦寮4号室ー
その頃、この寮の一室ではほのぼのとした空間が流れていた。
「このお香、いい香りだね〜♪」
「龍田さんから貰ったの♪」
お香を焚いてリラックスしているのは名取と由良。
「その匂いを嗅ぐと体が熱くなったりする?」
その隣では夕張が何やらいかがわしい質問をするが、由良はしないしないと首を横に振る。
「すぅ……すぅ……」
そしてベッドの所では矢矧が自分用のベッドで既に夢の中。疲れていたのもあり、お風呂から帰ってきて横になったらすぐに眠ってしまったのだ。
「矢矧ちゃん、もう寝ちゃったね」
「そうね、補佐艦様はお疲れなのよ。私がいつでも代わってあげるって言ってるのに〜」
由良はそう言うと八つ当たりなのか、眠る矢矧の側まで行ってその頬をプニプニと突く。
「ん……んぅ……て〜とくの、ばかぁ……」
寝返りを打ってそんなことを言う矢矧に、由良は何やら思いつたような怪しい笑みを浮かべた。
すると由良は、
「提督さんのことしゅき〜?」
そっと矢矧の耳元へ質問する。
「うん……しゅき〜……」
「どれくらいしゅき?」
「とってもらいしゅき〜……っ!?」
ハッと目を覚まし、ガバッと起き上がる矢矧はすぐ隣でニヤニヤする由良にしてやられたと頭を抱えた。
しかし由良や名取、夕張は自分が提督のことを好きなのは既に知られている。
「普段もそれくらい素直になればいいのに〜♪」
「う、うるしゃいわにぇ……」
「厳しくしてるだけじゃ愛は伝わらないわよ〜?♪」
「そ、そんにゃこと、しってゆし……って、いつまでほっぺいじってるのよ!」
やっと覚醒した矢矧に由良はきゃ〜とわざとらしく悲鳴をあげて名取の背中へと逃げた。
矢矧は大きなため息を吐いてベッドから腰を上げると、みんなのところへのそのそとやってくる。
「ごめんね、由良ちゃんが起こしちゃって……ほら、由良ちゃんも謝りなよ」
「ごめんねごめんね〜♪」
全然悪びれる様子のない由良に矢矧は少々イラッ☆としたが、名取の顔を立てて許すことにした。それに由良のこうした行動は今に始まったことではないので慣れてしまったのだ。矢矧としても、こうして冗談をし合えるのは上っ面な友情ではないと思っているので、さして問いただすことはない。
「はい、矢矧の」
「ありがとう」
夕張がタイミングを見て矢矧専用の黄色いクマのキャラクターがプリントされているマグカップにお茶を淹れてあげると、それを受け取った矢矧はお茶を一口飲んでホッと一息吐く。
「そういえば、さっきまで丁度そのテーマパークの特集番組がテレビでやってたよ?」
「あら、そうなの?」
「まだ秋だけどもう冬の楽しみ方っていうテーマでね」
由良がそう言って苦笑いを見せると、矢矧は「テーマパークなんてそんなものでしょ」と返した。
そのテーマパークは泊地から行けない距離ではないので、既に何人かの艦娘たちは遊びに行ったりしているのだ。矢矧のマグカップもそこへ遊びに行った霞からのお土産だったりする。
「でも夢の国とか言ってて金取るとかどんだけよって思うけどね〜。私ならそのお金でゲームかアニメのブルーレイボックス買うわ」
「夕張はそうかもしれないけど、好きで行く人たちがいるんだからそれはとやかく言えないでしょ?」
「でもさ〜、ぶっちゃけ夢の国っていうより、黒ネズミの独裁国家でしょ?」
「も、もう止めようよ、何か話がとんでもない方向に行きそうだから……」
名取にそう言われると矢矧も夕張もそうねと頷き、とりあえずお茶を飲むことにした。
すると由良が「そうだわ」と何か思い出したかのように立ち上がり、自分の机の引き出しをガサゴソとしだす。
すぐに「見っけ」とつぶやいた由良は、それを持ってみんなの元へと戻ると、
「夕立ちゃんからこれ借りてきたの。どうせやることないし、みんなでやらない?」
何やらカードゲームのような箱をみんなに見せた。
「何これ?」
「ご、ごきぶりポーカー?」
「やなネーミング!」
由良が出したカードゲームのタイトルに複雑な表情を浮かべる矢矧たち。
それでも由良はテキパキとゲームの準備を進め、ルール説明をする。
「これは手札を揃えるポーカーじゃなくて、相手にカードを押し付けるポーカーなの」
「自分の手札を揃えるんじゃなくて、相手に押し付けるの?」
名取が小首を傾げると由良は「じゃあやりながら説明するわね♪」とみんなへカードを配った。
「このゲームの目的は自分以外の相手の前にカードを揃えさせるゲームなの。全部で8種類のカードがあって、その種類はカメムシ、カエル、クモ、コウモリ、ゴキブリ、サソリ、ネズミ、ハエよ」
「それでこのカードを自分の手札から相手に渡していくゲームで、カードを受け取った人はそのカードを自分の前に並べて、8種類のカードが揃うか同じカードが4枚揃うとその人の負け」
「そしてここからがこのゲームの面白いところで……例えば私が今、夕張にカードを1枚渡そうとするでしょ?」
そう言って由良はカードを裏にして夕張の前に差し出し、
「これはコウモリのカードよ」
と言って渡した。
「それで私はどうしたらいいの?」
「夕張はこのカードが本当にコウモリかどうかを当てればいいの。試しにやってみて」
「え〜っと……じゃあ、コウモリじゃない!」
「じゃあカードを表にしてみて」
表にしたカードにはコウモリの絵が描かれている。
「こうなると相手にカードを渡したことが成功したことになるから、夕張はそのコウモリを自分の前に表のまま置く。もし私の嘘を夕張が見抜けば、それは失敗で私がそのカードを受け取ることになるの」
由良の説明に矢矧たちはコクコクと頷き、由良はみんなの反応を見て次の説明へといく。
「次の順番はカードを受け取った人からになるから夕張からね。夕張は手札の中からカードを誰かに渡して」
「…………矢矧、これサソリよ」
「嘘ね」
矢矧の即答に夕張はガーンとショックを受ける。矢矧がそのカードを表にすると、そこにはカメムシの絵が描かれていた。
「やっぱりね……」
「この場合はカードを渡すことに失敗したから、このカードは夕張の前に置くの」
「トホホ……」
「次も夕張からね。そしてここでもう一つのルールなんだけど……夕張、また誰かにカードを渡してみて」
由良の言葉に頷いた夕張は今度は名取へ「カエル」と言って渡した。
「カードを渡された人はこれまでの嘘か本当かの他にパスすることも出来るの」
「その場合はカードを受け取らなくていいの?」
「ううん。パスしたらそのパスした人が渡されたカードを確認して、そのカードを他の人へ渡すことになるの。この時、手札と交換は出来ないわ。渡す時は今まで通りよ」
「因みにパスされたやつをまたパスすることも可能なの。でも最後の人はその人以外絵柄を見てるからパスが出来ず、嘘か本当かを当てなくちゃいけないの」
みんなして頷き、名取は言われた通りにして今度は由良へ「ハエだったよ」と言って渡す。
「それじゃ、私もパス♪」
由良は確認したあとでそれを矢矧へ「ゴキブリよ」と渡すと、矢矧は苦渋の表情を浮かべる。
全員が全員違うことを言ったのだから何なのか判断が難しいのだ。
「これはハエでもカエルでもなかった。ゴキブリよ」
「…………由良の目が笑ってる。だからそれは嘘ね!」
そう言ってカードを表にすると、そこにはゴキブリの絵が……。
「なん……ですって!?」
「え〜ん、矢矧から酷いこと言われた〜(棒)」
「うわ〜、由良可哀想〜(棒)」
「だ、だってこういう騙し合うゲームって疑うのが普通じゃない!?」
「あはは……」
こうして一通りルール説明も終わり、仕切り直して一から始めることになり、負けた者は罰ゲームをすることになった。
「じゃあ、由良からで」
「は〜い。それじゃあ……名取姉さん、これサソリよ」
矢矧の言う通りに由良から始まり、名取が最初の標的となったが、
「違う」
と即答。そのカードはカメムシで早速由良の前にカメムシが鎮座してしまう。
「うぅ、やっぱり名取姉さんは見抜くわよね〜」
「由良ちゃんは嘘つけない子だもん♪」
姉妹のやり取りにほんわかするはずが、矢矧も夕張も由良のどこをどう見て見破ったのかが謎でそのやり取りは眼中になかった。
「じゃあまた私からね……矢矧、これはハエ」
「ハエ……ハエ……」
(練習の時、由良は真実を言ってた。でも今回は本番……そう何度も同じ手にかかる私じゃないわよ!)
(…………でも待つのよ矢矧。由良は提督が絡まなければ正直者。こうしたゲーム自体は苦手なはず……でも、でもでも!)
「まだまだ序盤なのにすごい悩んでるね、矢矧ちゃん……」
「百面相しててウケるwwww」
「写メ撮って提督さんと阿賀野ちゃんたちに見せよ♪」
矢矧が考え込んでいる間、由良と夕張はその矢矧の反応を楽しみ、名取は苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後もゲームは進み、矢矧は性に合ってなかったのか負けたので罰ゲームをすることに……。
ーーーーーー
次の日の朝。
「あ〜……腰が痛ぇ……」
「えへへ、阿賀野も〜♡」
夫婦の表情は対照的だが昨晩お楽しみだった二人は仲良く食堂まで腕を組んで歩いていると、
「て、てて、提督! 阿賀野姉ぇ! お、おはようございますにゃん!」
お顔が真っ赤っかの矢矧が二人の前に現れた。しかも猫耳カチューシャにゴシックメイド姿で……。
そんな矢矧に提督はあんぐりと大口を開けて固まるが、阿賀野は「矢矧可愛い〜♪」と大絶賛。
「ば、罰ゲームなの! だから気にしないで、ほしい、にゃん……」
矢矧はこうなった経緯を手短に二人へ説明すると、由良からの罰ゲームだということが分かった。由良としては矢矧の可愛い姿を提督に見せて、少しでもその可愛さを脳裏に刻もうというお節介な意図があるのだ。
その思惑通り、提督は可愛い矢矧を見れたのであとで由良にスペシャルパフェ券を贈呈しようと心に決めた。
一方、阿賀野は阿賀野で今度の夜戦(意味深)に着てもいいかなと考えていたそうな。
その光景を建物の影から見届けた由良たちは揃ってグッと親指を立てるのだったーー。
ついこの前友人にごきぶりポーカーを教えてもらったので、それをネタに書いてみました!
読んで頂き本当にありがとうございました!