提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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異議申し立て

 

 11月某日、夕方。

 夜間任務の者たち以外はそれぞれの部屋へと戻っていく中、執務室にはとある艦娘が提督へ詰め寄っていた。

 

「アトミラール、これはどういうことなの!?」

 

 興奮状態なのはビスマルクで彼女は1冊の本を提督へ突きつけている。

 

「ビスマルクさん、どうしたの?」

「なんでもあの絵本の内容が気に入らないんだって」

「私はあれはあれで好きだけど……」

「姉様がお騒がせしてすみません」

 

 矢矧の質問にレーベとマックスはそう答え、プリンツは深々と頭を下げる。中でもマックスに至っては無理矢理連れてこられたので、心底呆れた表情をしていた。

 

「ビスマルク、アトミラールに罪はない。そう責めてやるな。アトミラールが泣いてしまうかもしれないだろう?」

「いや、別に泣いたりはしねぇぞ?」

 

 一方でグラーフは提督を庇い、自身の胸に抱く。今は阿賀野が夕飯作りで席を外しているので、グラーフとしてはここぞとばかりにスキンシップをしているのだ。

 

「と・に・か・く! この絵本はおかしいわ!」

 

 目の前でイチャイチャ(グラーフが一方的に)する提督へビスマルクは問いただすと、提督は「どうしたもんかね〜」と頭をひねる。

 

 ビスマルクが先程から手にしているのはあの有名な童話『ヘンゼルとグレーテル』。

 しかしタイトルをそのまま読むと『ヘンゼルとグレーテル〜人間とは過ちを繰り返す〜』……などという穏やかではない文字が綴られている。

 提督はビスマルクからその絵本を受け取り、中をザッと読んでみることにした。

 

 ーーーーーー

 

ある森のそばに、貧しい木こりの一家が暮らしていた。

一家はその日のパンに事欠くほど貧しい生活をしていた。

そしてある時期から、一家は全くパンが手に入らなくなった。

そんな夜、母親は父親に子ども二人を森の中へ捨ててくるよう提案する。それをためらう父親だったが母親に責め立てられ、つい承知してしまうのだった。

 

その両親の会話を漏れ聞き、妹のグレーテルは泣き始めてしまうが、兄のヘンゼルは自分がなんとかするからとグレーテルをなだめ、ひとり外へ出て月の光を受けて光る石をポケットにいっぱい集めた。

 

翌日、両親に連れられてヘンゼルとグレーテルは森の中へ入っていくが、森の真ん中で両親はあとで迎えに来ると二人へ言い残して去って行き、そのまま夜となった。

泣き出すグレーテルの手を引いて、ヘンゼルは白い石を辿りながら夜通し森を歩き、朝になってふたりは家へと辿り着いた。

 

 ーーーーーー

 

「全く問題ねぇと思うが……」

 

 ここまで読んで何もおかしな点がないと提督が顔を上げると、ビスマルクだけじゃなく、他のドイツ勢は『そこまではいいの』と声を揃える。

 つまりこの先がおかしいということだ。

 ここまで来ると矢矧や能代、酒匂もどうなっているのかが気になり、手を止めて提督とその続きを読むことにした。

 

 ーーーーーー

 

父親は子どもたちが無事に戻ってきたことに大喜びするが、母親は表面では喜んでいるものの心の中では怒っていた。

 

それからまたパンがつきかけた頃、母親は父親が仕事へ行った隙きにヘンゼルとグレーテルを連れて二人が戻って来られない森の深くまで行った。

母親の意図を察したヘンゼルは石を集めようにも時間がなかった。

 

森の深くまで来ると母親は夜になったら迎えに来ると言い残して、その場を去ろうとした。

しかし母親が背を向けた瞬間、ヘンゼルはその母親の背中へ目掛け、父親から前にプレゼントされた小型のナイフを投げる。

それは真っ直ぐに母親の首へと刺さり、母親は声も出さずに即死するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「ただの殺人事件だな……しかも事情が事情だから非難しにくいっていう……」

「身の危険を感じたからこその犯行なんでしょうね」

「こればかりは何とも言えないわね……」

 

 提督や矢矧、能代がそう言葉を発する中、酒匂は「こんな童話だっけ?」と小首を傾げている。

 しかしグラーフは「それは始まりに過ぎない」とつぶやき、提督たちはそれに驚きながらもその続きに目をやった。

 

 ーーーーーー

 

母親を殺めたヘンゼルはその場へ穴を掘り、母親の死体を遺棄しようとすると、そこでなんと金塊を見つけた。それを出来る限りポケットへ詰めたあとで母親を埋めたヘンゼルはグレーテルへ、これは全部自分が勝手にしたこと。だからグレーテルは何も悪くないと伝え、ここへ来るまでにナイフでつけた目印を辿りながらグレーテルの手を引いて家へと導いたのだった。

そのヘンゼルの行動を見てグレーテルは、自分のために人生をも投げ打ってくれたヘンゼルへ胸の奥からこれまでにない強い感情が湧いた。

 

戻ってきたヘンゼルとグレーテルに父親は大喜びし、二人が持ち帰った金塊で一家は裕福になった。

一方で母親が帰ってこないと父親は嘆いたが、自分にはまだ愛する二人の子どもがいると自身を奮い立たせ、二人により深い愛情を注ぐのであった。

 

 ーーーーーー

 

「最大イベントであるお菓子の家が出てこねぇパターン……」

「グレーテルも何かに目覚めちゃったし……」

 

 そうつぶやく提督と矢矧だが、能代と酒匂に至ってはもう言葉すら出てこない様子で天井を見上げている。

 

「僕はその先が深くて好きだな〜」

「こうあってはならないっていう教訓よね」

 

 レーベとマックスの言葉に横にいるプリンツは「でも読んでて気持ちのいいお話じゃないよね」と複雑そう。

 それを聞いて提督と矢矧は続きを読み始めたが、能代と酒匂はもう読まない方がいいと判断して、とりあえずお茶汲みへ向かうことにした。

 

 ーーーーーー

 

裕福になった一家は都に小さな家を建て、そこで倹約的で穏やかな時間を過ごしていた。

ヘンゼルは母親への罪滅ぼしなのか、懸命に勉学に励み、大人になる頃には都一番の医者となる。

一方でグレーテルは都一番の美女になったが、あの時にヘンゼルへ生涯尽くすと決めたのでヘンゼルの助手をしながらいた。

 

そんなある日、父親の元へが自警団の一人がやってきた。この自警団員は父親があの時から出していた母親の失踪捜査報告に来たのだが、なんと母親の遺体を見つけたと報告したのだ。

 

驚きと悲しみに暮れる父親へ自警団員は母親の首に刺さっていた凶器を見せると、父親は愕然とした。

そう、あの時ヘンゼルは生きることで頭がいっぱいでナイフごと埋めてしまっていたのだ。

そこで父親はヘンゼルとグレーテルがどういう状況下にいたのか、どういう気持ちだったのかを自警団員へ熱心に伝えた。自警団員もそういうことな情状酌量もあるだろうが、全ては上が決めること決して軽い罪では済まないでしょうと言い残し、その日は去っていった。

 

後日、ヘンゼルは殺人と死体遺棄でその都の城へと連行された。裁判ではグレーテルや父親の証言を元に検討した結果、ヘンゼルは医師免許の剥奪と都追放が言い渡された。

グレーテルは全ては自分を守ってのことだと異議申し立てをしようとしたが、ヘンゼルは罪はいずれ償わなくてはならないとその罪を受け入れた。

 

ヘンゼルが都外へ追放される当日、グレーテルも自分もついていくと離れようとしなかった。ヘンゼルはやむなくグレーテルと共に都から遠く離れた森の中へと移り住んだ。

 

二人が都を去ったあと、残された父親は二人の手紙を頼りにその森へと向かった。

直接会うことは出来ないが、間接的に二人へ財産を残そうとその森の奥へ金塊を埋め、父親は最後の時まで二人のことを祈りながらこの世を去る。

 

そんなことを知る由もないヘンゼルとグレーテルは、貧しい生活を余儀なくされる中でも()()()()()()に恵まれ、今日を生きていくのだったーー。

 

 ーーーーーー

 

「なるほど……こうして負の連鎖は続いていくということか」

「グレーテルが母親の愛を知っていれば断ち切れる連鎖なのかもしれないわね」

 

 絵本を読み終え、何とも言えない気持ちになる二人。

 しかし、二人の読んでみた様子を見たビスマルクは不満の色を隠せない。

 

「何を二人して納得してるのよ! こんなのおかしいじゃない!」

「でもこれはこれでいい教訓本だと思えばーー」

「そういう問題じゃないの!」

 

 提督の言葉を遮るビスマルク。矢矧は「じゃあどういう問題なの?」と訊ねると、

 

「童話なのに夢も何もないじゃない! こんなのただのサスペンスよ! そもそもこの童話はドイツ発祥なんだからねっ!? これでは祖国を小馬鹿にされているみたいだわ!」

 

 凄く真っ当な意見が出てきた。しかし、

 

「本当は?」

「メインイベントのお菓子の家と魔女が出てこないなら、ヘンゼルとグレーテルじゃくてもいいじゃない! それが楽しみで読んでたのに〜!」

 

 グラーフの一声にビスマルクは本心を吐露してしまう。

 ハッとしたビスマルクは「よってこれは童話の本棚に適してないわ!」と勢いで誤魔化す。そんなビスマルクにレーベたちは揃って苦笑いを浮かべるが、提督はちゃんと真剣に受け止めた。

 

「ん〜……確かに童話じゃぁねぇわな。んじゃ、これはあとでちゃんとサスペンス物の棚に入れよう」

 

 そう言って提督は「それでいいか?」とビスマルクへ訊くと、ビスマルクはコクコクと強く頷いた。ビスマルクとしてはあっさり自分の意見が通ったので、内心拍子抜けしてしまったのだ。

 

「お話終わった〜?」

「お茶淹れてきたから、一息入れましょう? ビスマルクさんたちにはコーヒーを用意したんですけど……」

 

 そこへ空気を読んで能代たちが声をかけると、みんなして頷き、その後はほのぼのとした時間が流れた。

 

 ーーーーーー

 

 ビスマルクたちが戻ったあとで、提督はグ〜っと座ったまま背伸びをして一息吐く。

 

「お疲れ様でした、提督」

 

 矢矧が困ったような笑顔を浮かべて声をかけると、提督は「おう」と苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱ、これは童話の棚に合わなかったな〜。絵本だから童話の棚に入れちまった俺のミスだ」

「それを言うならそれに同意した私たちにも落ち度があるわ」

「絵本だからって安易に決めつけちゃダメね……」

「今度から気をつけなきゃだね〜……」

 

 それぞれ反省するが、

 

「いや、そもそもオータムクラウド氏に任せたのが間違いだった気がするお」

 

 提督が最大の反省点を上げると、一同納得したような声をもらす。

 

 この作品は提督が秋g……オータムクラウド氏という作家へ絵本を書いてもらうよう依頼した代物。提督も童話の絵本なら大丈夫と見込んでの依頼だったが、上がってきた内容がこれでは童話にしてはヘビー過ぎる。

 これからは依頼したら内容も自分で監修しようと提督は決め、矢矧は更にその提督の監修を監修しようと決めるのだった。

 

 その後、例の作品はしっかりとサスペンスの棚に移したのだが、艦娘たち(主に駆逐艦たち)から見つけにくいと苦情があがり、提督は案外駆逐艦たちに好評だったことに驚きながら、ビスマルクをバームクーヘンで釣って丁寧に説得して結局元の棚へと戻したそうなーー。




今回はちょっと重過ぎる改変童話の回を書きました!
ヘンゼルとグレーテル好きな読者の方には申し訳ありませんでした。
これも二次創作の一つしてご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

※お知らせ
来週からリアルの方が忙しくなるので、投稿スピードが落ちます。
最低でも週一では更新出来るようにしますので、何卒ご了承ください。

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