11月1日、朝。泊地は月の初めに相応しい快晴に恵まれ、そんな秋空の下で艦娘たちはそれぞれ訓練、任務へと向かい、朝の慌ただしい時間帯は過ぎていった。
提督も工廠で艤装開発を済ませ、執務室へ帰ろうと歩いていると、胸ポケットに入っている通信機のバイブレーション機能が発動。
誰からだと思いながら、提督はその通信に応答するのだったーー
ー執務室ー
所変わり、こちらでは阿賀野型姉妹が揃ってそれぞれの役割をこなしていた。
「提督さん遅い〜……ついて行けば良かった〜……」
しかし書類整理をしている阿賀野は提督電池切れの様子で机に突っ伏している。
「そろそろ帰って来るわよ」
「今日は書類もそこそこあるのも知ってるし、みんなと話に夢中になってなければ、ね」
優しくなだめる能代に対し、矢矧はそろそろ許容タイムリミットが過ぎるため少々棘のある言い方だ。
「でもいつもなら帰ってきてるのに、今日は遅いねぇ〜……
一方で資料のファイリングをする酒匂はソファーに腰掛けて提督のことを心配している。それに対して矢矧は「それなら連絡くらいしてくるんじゃない?」と返すと、酒匂も「それもそっか〜」と納得した。
すると、
「悪ぃ、少し遅くなった」
提督が戻ってきた。そんな提督に対して阿賀野は「おかえりなさ〜い♡」と飛びついたのは勿論、能代たちも提督へ『おかえりなさい』と笑みを送る。
しかし提督は珍しく苦笑いに近い笑顔を返し、ドカッとソファーに座り、阿賀野を自身の膝上に抱えた。
「提督さんどうしたの、元気ないよ? 提督さんの元気ないと、阿賀野悲しい……」
提督の心配し、その頬を優しく撫でながら声をかける阿賀野。
「元気がねぇ訳じゃねぇよ。ただついさっき
例のヤツというフレーズを聞いて、阿賀野たちも思わず苦笑いを浮かべた。
例のヤツとは提督と同じ泊地で鎮守府を預かる提督のこと。
その者も提督と同じく大佐であり着任して二年半。歳も同じで、保育所生から海軍学校卒業まで一度も別々のクラスになったことがないという何とも凄い縁を持った幼馴染みだ。
「アイツ、今日は暇だからってこっちに嫁さんらと来るんだと。酒匂〜、悪ぃが変態ロリコン警報発令しといてくれ〜」
提督の気怠そうな言葉に、酒匂は敢えて明るく返事をしてから変態ロリコン警報を知らせるスイッチを押した。
すると鎮守府全体へロリ声(文月の声)で「う〜♪」という警報音が鳴り響く。
『全員に告ぐ〜♪ これより鎮守府にロリコンがやってきま〜す♪ 外にいる駆逐艦や海防艦、潜水艦の子たちは寮へ逃げてね〜♪』
ロリ声の報せに外で遊んでいたり、訓練している該当艦たちは速やかに寮へ戻った。
この『変態ロリコン警報』とは提督の独断と偏見により提督がその者を変態と判断したら発令され、これにより該当艦たちは寮へ避難するのだ(龍驤、瑞鳳、大鳳、春日丸も念のため避難する)。
この他にも『変態セクハラ警報』、『変態キチガイ警報』なども存在する。
それからーー
ー正門前ー
「やっほー、しんちゃん! 来ちゃった〜!」
「お邪魔しま〜す♪」
「こんにちは〜♪」
一〇〇〇を過ぎた頃、提督の幼馴染みは嫁艦(ケッコンカッコカリのみ)である如月改、如月改二と共に手を繋いでやってきた。
見た目は中性的で優しげな草食系顔で身長も約180センチと限りなくイケメンの部類に入るが、自他共に認めるロリコンという残念なイケメンである。
「よく来た……なぁっ!」
そんな幼馴染みに提督は挨拶と共にその締まりない顔へ張り手を見舞う。
提督も相手が普通の人物ならばこんなことはしないし、駆逐艦とケッコンしているだけで変態ロリコン警報は発令したりしない。
では何故かと言うと、
「んぁっ♡ やっぱりしんちゃんの張り手って一味も二味も違うね!」
ドが付くほどのマゾヒストであるからだ。
幼馴染みの名前は
「てめぇ、いつもこっちの都合を考えてから来いって言ってんだろ?」
提督としては珍しく絶対零度のニッコニコな笑みで幼馴染みの肩を掴んでいる……が、それでも幼馴染みはどこか恍惚な表情を浮かべていた。
見かねた如月たちが彼の脇腹を両サイドから小突くと、虎之進はやっと正気に戻ったかのように口を開く。
「えぇ〜、前からいきなりでもオッケーだったじゃん!」
「それは実家での話だろうが! それにそれは気がついたらてめぇが俺の部屋にいるからだからな! そもそも近いからって窓伝いで部屋に入って来んな! 入って来ていいのは美少女の幼馴染みか美人な女神様や宇宙人って相場が決まってんだよ!」
その理屈もどうかと思う……とその場にいる全員が思った。そしてこのやり取りを見る度に、だから仲良しなんだ、とも思える瞬間である。
「……で? ドM78星雲にあるドMの国から遥々俺のところまで何しに来たんだよ、ドM虎マン」
「そんな言い方……僕としんちゃんの仲だろ? 遊びに来たっていいじゃんか〜」
「てめぇは仕事がねぇのかもしんねぇけどな、俺は仕事があんだよ!」
「う〜ん……あ、じゃあ何かお手伝いするよ♪ 何か僕に出来ることない?」
「じゃあそのまま帰れ。俺と俺の艦隊みんなのために」
提督がそう言い放つと虎之進は「や〜だ〜!」と駄々をこねる。
それを見て提督は盛大なため息を吐くと、気怠そうに自身の頭をガシガシ掻きながら応接室へ連れて行くのだった。
ー応接室ー
応接室に着き、好きなところへ腰掛けるよう促すと、三人仲良く一人用のソファーに掛ける。まず虎之進が座り、その膝へ二人の如月が腰掛けるという……もはやデフォ化した座り方だ。
対する提督と阿賀野は肩を寄せ合って正面に座っている。
「んで、マジでなんの用なんだよ?」
「……まぁ待て。お茶がまだ来てないじゃろ?」
何キャラかは不明……しかしその態度に提督はカチンと来たが、阿賀野が優しく微笑んで止めた。
提督は阿賀野に免じてもういいやと背もたれ体を預ける。
それからすぐに能代がお茶、矢矧と酒匂がお茶とそれぞれ持ってやってきた。
能代が虎之進一行へ「どうぞ」と笑顔で湯呑を渡すと、一行揃って『ありがとうございま〜す♪』と受け取る。
そして、
「きさちゃ〜ん、熱いから人肌に戻して〜♪」
幼馴染みは猫なで声でおねだりした。
改二の方の如月は「は〜い♪」と返して、そのお茶を口に含む。
すると飲み込まずに口の中でモゴモゴとお茶を人肌くらいの熱さに戻し、それを口移しで飲ませる。勿論、改の如月の方も。
口移しなのでそのままディープなキスまでし出す始末で、応接室内にはそこに似つかわしくない艶めいた淫らな音が響く。
提督はそれに目を背けてうざったそうにお茶をすする一方、阿賀野は「私もしたい〜」と思いながら見つめ、能代たちは苦笑いで窓の外へ視線を移していた。
この一行は提督夫婦を凌駕するバカップル……なので純粋な者たちには見せられないのだ。能代たちはもう慣れたのでなんともないが、初見だとほぼ吐き気(砂糖的な)がするだろう。
ーーーーーー
それからも雑談しつつ、嫁たちとところどころチュッチュしている虎之進。提督はフラストレーションが天元突破しそうになるも、阿賀野が絶妙に話題を逸らすことで血の雨は降らずに済んでいた。
「…………あのよぅ、マジで何しに来たんだよ」
応接室の壁掛け時計の針が一一〇〇を過ぎたのを見て、提督が本題を聞き出そうとする。
すると虎之進は「ん〜……」と煮え切らない言葉を返しつつ、軽く自身の右頬を叩いた。
それを見た提督は「んじゃ、ちょっと散歩すんぞ」と言って、半ば強制的に虎之進を応接室から連れ出すのだった。
そんな二人を阿賀野たちや如月たちは笑顔で見送り、自分たちは自分たちでお茶会という交流を深める機会にすることにした。
ー埠頭ー
虎之進と埠頭までやってきた提督。二人して桟橋に腰掛けると、提督が静かに口を開く。
「嫁さんらの前じゃ話し辛いことなんだろ? ここなら今は俺とお前だけだから、話してみろよ」
「なはは……しんちゃんには敵わないな〜」
「何年てめぇっていうオプションを幼馴染みにしてきたと思ってんだ? お前が困ってる時に頬を叩く癖だって嫌だが覚えちまってるんだよ」
言葉は悪いが穏やかな口調の提督はなんだかんだ言いながらも、虎之進を気遣っている様子。
すると虎之進は提督から海へと視線を移し、ゆっくりと口を開いた。
「次の大規模作戦、しんちゃんはどう考えてる?」
静かに口にした言葉に提督の眉はピクッと動く。
虎之進が言った大規模作戦は近々大本営からくだされると多くの提督が掴んでいる情報。
「僕は嫌だな……レイテ沖海戦なんて……」
両膝を抱え、憂うような仕草をする虎之進に、提督は敢えて何も声をかけずに次の言葉を待った。
虎之進は提督の無言を「理由を話せ」と言われていると捉え、そのまま思ったことを口にする。
「過去にあの海戦で多くの英霊、艦が海に沈んだ……あの頃とは状況が違うとは言っても、前のような作戦をするのはどうにも気が引けちゃってさ……」
弱々しい笑みを浮かべて提督へまた視線を移す虎之進。するとそこには呆れた顔で自分を見る提督の顔があった。
「な、どうしてそんな顔するのさ〜?」
「小難しく考えてんな〜と思ってよ」
小馬鹿にするような提督の言い草に虎之進は「酷い……」とショックを受ける。
しかし提督は、
「前は前、今は今。過去の教訓を糧に今回の作戦を成功させるのが、第一だ。過去に縛られていちいち難しく考えんな」
と柔らかい笑みで声をかけた。
「確かにお前の言葉も一理あるさ。実際、あの海戦で沈んじまった当人たちには辛い作戦だと思うしな」
「…………」
「でもよ、今回だけじゃなくて前に起こった大規模作戦を俺らはこれまでも完遂してきただろ? それによって前その作戦で沈んじまった艦娘たちは自信をつけたし、気持ち新たにしてきたんだ。俺らが間違えなきゃ、必ず全員生き残れんだよ」
「しんちゃん……」
「お前の下にいる艦娘はお前に命預けてんだ。そのお前が今のままでいいのか?」
「……良くない」
「なら答えは一つしかねぇだろ?」
提督の問いに虎之進は「うん!」と力強い返事をする。
確かに過去のことを今になってやるのはおかしいことかもしれない……しかし、あの時と状況の違う今だからこそ完遂させる意味があるのではないだろうか。
過去に縛られず、ただ仲間を信じて前を向け……そう言われた気がした虎之進はやっと心からの笑みを浮かべることが出来た。
「ありがとう、しんちゃん! やっぱりしんちゃんは僕の心の友と書いて心友だよ!」
真っ直ぐな眼差しでこっ恥ずかしいセリフを言う虎之進に、提督は「言ってろ」と返して虎之進の背中を叩いく。すると勢いが良過ぎたのか、虎之進は海へドボンと落ちてしまうのだった。
ー応接室ー
「あ、虎さん落ちちゃった」
「あ、本当ね〜♪」
「喜んでるわね〜♪」
窓から二人の様子を見ながら、お茶をしていたそれぞれの嫁たちや能代たち。
能代たちは急いでタオルを用意して現場へ急行するが、嫁たちは優雅にお茶をすすり、ずぶ濡れで帰ってきた幼馴染みには如月たちが優しく抱擁し、頬が腫れて帰ってきた提督には阿賀野が優しく慰めるというカオスな状況に。
その後なんだかんだお昼ご飯まで幼馴染み一行は過ごし、相変わらず三人仲良く自分たちの鎮守府へと帰るのだったーー。
ーおまけー
提督たちが散歩へ向かったあと、阿賀野たちは如月たちとこんな話をして盛り上がっていた。
「二人の司令は、あたしたちの司令の前だとああだけど二人の前だとどんな感じなの? 前に本人から『僕はこう見えても亭主関白なんだぞ!』って聞いたんだけど……」
酒匂の質問に二人の如月は腹を抱えて笑い出す。
何故なら、
「いつも夜戦(意味深)の時は『踏んでください』とか『いたしてもよろしいですか?』なんて言うのに〜♪」
「いつも夜戦の最中は敬語使うのが亭主関白なんだ〜♪」
本人の主張が実際とは全く異なっているからであった。
虎之進は人前では結構いい格好をしたいらしく、そう言っているそうだが、嫁である二人としては大草原不可避なのだ。
「だから、司令官が言うことはほぼほぼ嘘よ♪」
「司令官は私たちの手のひらで気持ち良く踊ってるだけなんだから♪」
嫁たちからの暴露に酒匂を始め、能代と矢矧も『なるほど』と苦笑いを浮かべるが、阿賀野は「本当に面白い人よね〜♪」と笑っていた。
そもそもこの二人は虎之進のどこが気に入ったのか不思議だが、本人たちが幸せそうだからこれでいいのだろうと能代たちは結論付ける他なかったーー。
ーーーーーー
ーおまけ2ー
「しんちゃん! 助けて!」
バシャバシャと水音を立て、海面から提督へ助けを求める虎之進。
「悪ぃ悪ぃ……ほれ、手」
謝りつつちゃんと虎之進へ手を差し伸べると、虎之進はしっかりと提督の手を掴む。
「キャッチ! キャッチしたよ! 早く引き上げてぇぇぇ!」
「キャッチ?」
「キャッチ! だからーー」
「キャッチしたらリリース!」
慈悲はなかった。しかしこれは幼馴染み同士の戯れなので、こんなことで二人の絆にヒビすら入らない。寧ろ虎之進的にはご褒美である。
その後、このやり取りを3回繰り返し、二人してスッキリした表情で応接へ戻るのだったーー。
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ということで、今回は提督の友人提督が訪れたという回にしました!
友人提督がかなりぶっ壊れてような気がしますが、そこはご了承を。
読んで頂き本当にありがとうございました!