この日の夜。食堂では今日着任した択捉の着任式と称したパーティが催された。
バイキング形式で好きな物を好きなだけ食べられる上、好きなだけお酒を飲んでも怒られない。
ただし、酔い潰れたり、酔って人に迷惑をかけた者は食堂で一ヶ月間のボランティア活動の刑なので、呑兵衛艦たちは節度ある飲み方を心がけている。
「はい、提督さん♡ あ〜ん♡」
「あ〜……ん♪ ん、まいう♪」
「うふふ……じゃあ、次は阿賀野にちょうだい♡ あ〜♡」
「ほいよ♪」
「はぐはぐ♡」
そんなパーティでも夫婦はラブラブ全開で、お互いに料理を食べさせ合っている。
「あんの馬鹿夫婦はまたイチャイチャイチャイチャイチャイチャと……」
そしてその夫婦を遠くのテーブルから見て、ワナワナと肩を震わせる矢矧。
「ほらほら、食べるか怒るかどっちかにしなさい」
「まだお皿にお料理余ってるよ♪」
矢矧にそう声をかけるのは能代と酒匂だ。
二人の言葉に矢矧はぶつくさと文句をたれつつ、骨付きスペアリブに怒りをぶつけるかの如くかぶりつく。
「提督と阿賀野は相変わらずだな」
「でも、あの夫婦がイチャついてないとこっちが拍子抜けしちゃうわよね♪ 私も提督とあんな風にラブラブしたいわ♪」
そんな矢矧たちの前の席ではあの長門型戦艦である、一番艦『長門』とその二番艦『陸奥』が談笑している。
どちらも落ち着いていてまさに大人な女性。
長門は提督に尊敬の念を常に置き、良い関係を築いているが、陸奥の方は提督にホの字なガチ勢。
「義理の妹さんたちの前でよくそんなこと言えるわね……」
その陸奥に苦言を呈するのは扶桑型航空戦艦二番艦『山城』。
この鎮守府に初めて着任した戦艦で、今でも提督が難解海域攻略の際には一番に選ぶ戦艦である。
山城も着任当初より自信を付け、今はネガティブな発言を一切しない。
「ふふ、恋は戦争と言うからね」
山城の隣でそうにこやかに言葉を発するのは山城の姉である、扶桑型航空戦艦一番艦『扶桑』。
山城の次にやってきた古参の戦艦で、この扶桑もやはり提督が大きな信頼を置く実力者。
物腰も柔らかく艦隊みんなのお姉様的存在だ。
「陸奥は提督のどこに惚れてるんだ? 酒の肴に聞かせてくれ♪」
陸奥にそう提案したのは艦隊唯一のロシア戦艦『ガングート』。
ソ連時代の記憶、感覚が残っており、少しみんなとズレているがそこも愛嬌の一つ。
提督からは親しみを込めて『ガン子ちゃん』と呼ばれている。
「あぁ、貴女はまだ着任したばっかりで知らないのね」
そんなガングートに声をかけるのはこれも艦隊唯一のドイツ戦艦『ビスマルク』。
少々高飛車で変にプライドが高いが、その扱いやすさは天下一品。
そして甘えん坊なところもあるため、一部の艦娘たちからは『じゃじゃ馬姫』と呼ばれているんだとか。
因みに提督はビスマルクが早くみんなに親しまれるよう『ビス子』と呼び、今に至る。
ガングートの言葉に陸奥は口で「え〜、恥ずかしいわ〜♡」と言いながらも、その表情は話す気満々である。
「そんな顔して心にも無いことを言うな。さっさと話せ」
陸奥の態度にうんざりといった感じに長門が言うと、陸奥は舌をぺろっと出した。
「私が提督を愛してる理由は簡単。提督は私を沈ませないって……そう言ってくれたからよ」
陸奥の言葉にガングートは「それだけか?」と訊ねると、陸奥は満面の笑みで頷いた。
「だって提督は過去の……艦だった頃の私じゃなくて、艦娘として生きている今の私を見てくれているんだもの。ライクやラブを抜きにすれば、提督のことを艦隊のみんなが慕ってるわ」
そう話す陸奥の顔はとても優しく、穏やかだった。そんな陸奥の言葉に長門や扶桑たちもうんうんと頷いている。
「ふむ……確かに提督は公平な目で我々を評価してくれているな。私は当時、日本の敵だったのにそんなことをまるで気にしていないかのように接してくれる」
ガングートが小さく笑い、そう言いながらウォッカの入ったグラスを傾けると、その背後から一人の艦娘が「それを言うならミーのこともよ!」と言ってヌッと顔を出した。
この艦娘はアメリカ戦艦『アイオワ』。
アメリカ人らしく誰とでもすぐに仲良くなり、ハグもする艦隊のムードメーカー。
当時は敵だったが今では仲間……提督には『アイちん』と呼ばれ、阿賀野が提督へハグを許している艦娘の数少ない中の一人だ。因みに阿賀野は、駆逐艦や海防艦のように見た目の幼い者たちがハグするのは娘枠なので何も言わない。
「あぁ、最初来た頃のお前はどこか他人行儀な感じだったもんな」
「イエス♪ でもアドミラルに『あの戦争は終わった。今は世界が手を取り合う時であり、我々が団結することこそ意味がある』って言ってくれたわ♪」
長門の言葉に対してアイオワが提督から言われたことを話すと、その場にいるみんなが提督らしい……と思って声を出して笑った。
「ねぇ〜、だから私は提督を愛してるのよ〜♡」
あの陸奥がデレデレしながら言うと、他のみんなは苦笑いを浮かべる。
「まぁ、優しい提督だというのはみんなが理解してるな。だからみんな付き従っているのだろう」
「小柄で小太りなところもマスコットキャラクターが持ってる独特な愛嬌って感じで、親しみやすいわよね」
長門と扶桑が提督のことを言うと、みんなして『分かる〜♪』と同意の声が上がった。
着任して日が浅いガングートも「優しいというのは私も同感だな」と頷いた。
「提督は私がロシア艦でも仲間として接してくれる。訓練が上手くいかなかった時や戦闘で傷付いた時……いつも優しい言葉をかけてくれて、その時は歌も歌ってくれるぞ」
ガングートがグラスに入ったウォッカを揺らしながら、嬉しそうに語る様子をその場にいるみんなは微笑ましく聞いている。
すると酒匂が「どんな歌を歌ってくれるの?」と訊いた。
「? 提督のように上手く歌える保証はないが、確か……」
「……めげな〜い♪ しょげな〜い♪ 泣いちゃだめ〜♪ いけいけガ〜ン子ちゃ〜ん♪」
ガングートが「という具合だ」と笑みを見せると、その場のみんなが何とも言えない困った笑顔を見せた。
唯一拍手をしたのはアイオワのみ。
確かに提督はガングートを励ますために心を込めて歌っただろう……しかしアイオワ以外の艦娘全員が『どうしてその曲をチョイスした!?』とツッコミせざるを得なかった。
「ま、まぁ、提督は優しい……うん、優しいわね」
そんな中でやっと能代が言葉を発すると、みんなもそうだそうだと便乗するのだった。
「矢矧もそんな提督が好きだから、ついお節介を焼いちゃうのよね?」
すると突然、山城が矢矧に剛速球を投げ込んできた。
その剛速球に矢矧は思わずスペアリブを喉につまらせる。
能代が急いで矢矧に水を渡すと、矢矧はそれを一気に飲み干し、山城を睨んだ。
「そんなに睨んだってホントのことでしょう? そもそも補佐艦制度を導入したのは貴女が発端な訳だし」
「それはあの馬鹿夫婦がイチャイチャするからです!」
「でも仕事をしっかりこなしたあとでしょ? 二人共、仕事は出来るんだから」
「執務室でするからです!」
山城の意見に矢矧はその都度反論。しかしそれに見かねた能代が口を開く。
「矢矧が二人のことを考えて提案したのは事実なんだから、そう頑なに否定しなくてもいいじゃない」
「ちょ、能代姉ぇ!?」
「二人が夫婦としての時間を少しでも多く過ごせるようにって、考えたんだよね♪」
「酒匂まで!?」
姉妹の言葉に矢矧は先程までの勢いが無くなり、長門たちからは生暖かい視線を浴びた。
提督の秘書艦は当然ながら阿賀野である。
秘書艦は提督の補佐役であるが、今の時代の『提督』という職務は艦隊指揮だけでなく、鎮守府の運営、作戦考案に加え、艦娘の訓練カリキュラム作成、勤務日程調整から健康管理までしなくてはならない。
勿論報告書などの地味な仕事も合わせればその仕事量はかなりのもの。
それでもここの提督は阿賀野と協力して艦隊を円滑に回してきた……そしてそれが終わると二人の時間を過ごした。どんなに夜遅くなっても。
矢矧はそんな二人のために自分たちが出来る範囲で提督の補佐をする『補佐艦制度』を導入したのだ。
そして矢矧は勿論、能代、酒匂が提督と阿賀野の補佐艦となり、他にも補佐艦とまでいかなくとも多くの者が提督たちを手助けしている。
これも提督が艦娘たちと築き上げてきた絆の賜物だろう。
そのことを聞いたガングートが「いい提案じゃないか」と言うと、矢矧は恥ずかしそうに目を逸らし、今度は誤魔化すようにスペアリブを頬張るのだった。
すると食堂の中央からどよめきのような声が上がる。
矢矧たちがその方向を見ると、そこには小さなお立ち台に択捉が困ったような笑顔を浮かべながら立っていた。
これは新しく着任した者、全員が通る道であり、着任パーティでは恒例行事である。
提督が発案した行事で、その名も『鎮守府へ行こう! 新人の主張』という謎なものだ。
艦娘の中には内気で自分のことをなかなか話せない艦娘もいる。
なので提督は荒療治ではあるが、その者に自分が話さねばならない環境を作ることで、自分がどういう気持ちで艦隊にいるのか、どういう性格なのか、どんな目標を持っているのかをみんなに言えるようにしているのだ。
提督曰く『何事も言葉にしなきゃ伝わらん』ということで始まったこの行事だが、このお陰でみんなと話せるようになった艦娘は多い。
「え、えっと、こんばんは……新しく着任しました、択捉型海防艦、一番艦の択捉です。皆さん、よろしくお願いします」
択捉の挨拶にみんなは拍手喝采。出来る者は口笛まで鳴らすほどの大盛り上がりだ。
するとお玉をマイク代わりにして、阿賀野が択捉へ「今後の目標はなんですか?」と訊ねる。
「目標ですか……えっと……」
択捉が悩む中、みんなは「ゆっくりでいいぞ〜♪」、「みんなちゃんと待ってるから〜♪」と優しく声をかけた。
すると択捉は自分のそばに立つ阿賀野に「何でもいいんですよね?」と確認すると、阿賀野はニッコリと笑顔を返す。
「決めました! 私は背が小さいので、大きくなりたいです!」
択捉の言葉に一同『お〜♪』と声を上げる。
中でも大きくなりたいと同じことを思っている複数の駆逐艦たちからは「一緒に頑張ろう!」、「協力するわ!」と声をかけられ、その者たちは既に択捉を中心に円陣を組んでいる。
拍手喝采の中、択捉は満面の笑みでお立ち台から降りていくと、次の種目『食堂の中心で提督に愛を叫ぶ』が始まる。
これはガチ勢が始めたことで、この場で提督に愛を叫び、あわよくば提督に頂いてもらっちゃおうというぶっ飛んだ行事だ。
提督としては艦娘の好意はありがたいが、その間の阿賀野の微笑みが怖くてしょうがないんだとか……。
「トップバッター! 長良型軽巡洋艦、四番艦、由良♪ 行きま〜す♪」
パチパチパチパチ!
「提督さ〜ん!♡ 由良の愛を今夜こそ受け取って〜!♡ 阿賀野ちゃんより、由良の方が提督さんを愛してるんだから〜!♡」
ヒューヒュー♪
「続いて、長門型戦艦、二番艦、陸奥よ♪」
パチパチパチパチ!
「提督〜!♡ 今夜の私はふわとろよ〜!♡」
キャーキャー♪
「陸奥が叫ぶのならば、この武蔵も叫ぶしかないな♪」
オォーー!
「提督よ……今夜こそ、お前を食べに行くぞ!♡」
ワーワー♪
その後もガチ勢は提督に自分の想いを叫んでいったが、
「提督さんは阿賀野だけだよね〜?♡」
「も、もひろんらお……」
愛する嫁、阿賀野に満面の笑みで頬をつねられ、まったくデレデレする余裕は無かったーー。
着任パーティの様子を書きました!
読んで頂き本当にありがとうございました!