10月某日の昼下がり。
艦隊は相変わらず忙しくも穏やかな日常を送る中、とある艦娘たちは提督から招集を受けて執務室へ参じた。
その面々は神通、雷、電、山風、天津風。
このメンバーを見て、神通たちは水雷戦隊の任務かと思い、気を引き締めて執務室へ入室した。
しかしそこに待っていたのは、
「お〜、来たな〜。悪ぃな呼び出しちまって」
いつも通りの提督の笑顔だった。
提督の表情に思わず神通たちは拍子抜けしてしまったが、提督に促されてソファーへとそれぞれ着席する。
何が何だか分からないといったように神通は近くにいる矢矧に「これは一体……?」と訊ねるが、矢矧もただニッコリと返すだけだった。
するとトントントンとノックする音が聞こえた。
提督は「みんな待ってるぞ〜」と返すと、静かに開いたドアからウォースパイトとアーク・ロイヤル(以降アーク)、そして阿賀野、能代、酒匂が配膳台を押しながら入室。
「みんな、お待たせ〜♪」
「今日はアークさんとウォースパイトさんお手製のチョコスコーンだっぴゃ〜♪」
阿賀野と酒匂の言葉で更に首を傾げる神通たち。すると提督が「それはな……」と口を開く。
「アーちゃんがお前らとお茶したかったんだと」
すると今度はアークがみんなの前にやってきて、姿勢を正して口を開いた。
「此度は新参者の私から誘うのもおこがましいと思い、アドミラルに手伝ってもらった。申し訳ない」
「しかし、私はそうしてでも貴女たちと一度でいいのでこうしてもてなしたかった……そのことをどうか分かってほしい」
そう言ってアークは神通たちに対して頭を下げる。しかし神通たちは戸惑うばかりだった。
「イギリスの艦娘は貴女たち……いえ、日本海軍に心から感謝しているの。だからアークは貴女たちへこうした機会を設けたのよ」
紅茶の準備する手を止め、ウォースパイトがそう付け加えると、やっと雷と電は『あぁ』と納得した様子で手を叩いた。
ウォースパイトが言った『日本海軍に心から感謝している』というのは、あのスラバヤ沖海戦後の敵兵救出活動のことである。
スラバヤ沖海戦は1942年2月27日から3月1日にかけて日本海軍と連合国海軍との間で勃発した海戦で、この海戦で日本は自陣駆逐艦一隻を大破させたものの、連合側の重巡洋艦一隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦五隻を沈める大勝を収めた。
その後、艦隊司令長官であった
この救助活動に参加するか否か、救助した敵兵の扱いについては各艦で温度差はあったものの、高橋中将が対米戦争回避派で且つ、自身もイギリスへ滞在経験があったことも影響した故の救助活動だった。
この救助活動は箝口令が敷かれていたため日本では全く知られてはいなかったが、救助を受けた連合側乗組員の証言により戦後明らかとなった史実である。
イギリスの海軍や艦娘の間ではこの救助劇のことが多く語られているようで、アークはそうしたことを学んで来日したのもあり、その時に多く名前を聞いた神通たちをお茶会へ誘ったのだ。
しかし、
「雷や電は分かるけど、私は特に何もしてもないわよ?」
と天津風が言った。
その声に神通や山風もコクコクと頷く。
「いいえ、貴女たちの名前も多く耳にした。だからこれは私のワガママになるが、同席してほしい」
「謙遜することないわ。貴女たちにも私たちは雷、電と同等の感謝を抱いているの」
アーク、そしてウォースパイトの言葉に神通、天津風、山風は揃って戸惑ってしまったが、矢矧から「人の厚意は受け取りなさい」と優しく諭されて姿勢を正すのだった。
電のイギリス重巡洋艦『エクセター(またはエクゼター)』の乗組員376名の救助や雷のイギリス駆逐艦『エンカウンター』等の乗組員422名の救助は有名であるが、神通たちの救助活動もイギリスの艦娘たちの間では語られている。
3月1日のこの日、天津風は病院船『オプテンノール』の護送で戦闘海域を航行していた。天津風はそこでエクセターの生存者多数を発見し、第二水雷戦隊旗艦の神通へ救助を依頼すると漂流者に対して「別に救助船が来る」と英語で告げてその場を去った。
神通はその依頼を受けて他の艦たちにも伝え、それによって798人の連合軍将兵たちは日本軍によって救助されたのだ。
その後、天津風の手によってボルネオ島バンジャルマシンに連行されていた病院船に引き渡された。
ここで先に記した電、雷の救助活動は勿論だが、山風もまたエクセターの乗組員67人を連れ、マカッサルでオランダ軽巡洋艦『ジャワ』の生存者と共に海軍陸戦隊へ引き渡された。
日本側も戦時中は取り返しのつかない失態を犯してしまったことはあるが、その話はイギリス軍では奇跡の救助劇として語り継がれているのだ。
「さ、美味しい紅茶も入った。作法など気にせず飲んでくれ」
「スコーンもどうぞ」
アークとウォースパイトが笑顔で神通たちにそう促すと、神通たちは笑顔で『いただきます』と手を合わせて紅茶を飲む。
「ん〜、美味しい〜♪」
「いい香り♪」
「美味しい……♪」
雷、天津風、神通はその紅茶にホッとし、
「これ、1個が小さいから食べやすい♪」
「電たちの手より大きいのに!?」
山風はチョコスコーンを紅茶を飲むかの如く食べ、電はそれに驚愕していた。
「あの子は食べるわよ?」
「心配はいらない。ちゃんと阿賀野から聞いて大量に作ってある」
矢矧がアークに耳打ちすると、アークは胸を張って答える。その証拠に配膳台の下にはスコーンがこれでもかと積まれていた。
それからアークは「アドミラルたちもどうぞ」と提督たちにも紅茶とスコーンを振る舞い、執務室では優雅なお茶会が開かれるのだった。
ーーーーーー
「へぇ〜、そんな風に伝わってるのね〜」
お茶会の話題は当然あの
「この頃の日本は『石油の一滴は血の一滴』と言われていました。艦内の真水を作るために造水装置も稼働させるために燃料を消費し、機関長たちは絶えず燃料節約に努め、乗組員たちも洗面や飲料水にも細心の注意を払っていました」
「その状況下で工藤艦長は敵兵救助のために艦の停発進もして、重油で汚れた敵兵みんなを綺麗にするためにアルコールやガソリン、真水も使って洗浄したのよね」
「それでガソリンやアルコールを使ったのが災いして、その兵士たちの体に水泡が出来てしまったけど、工藤艦長は主砲を使えなくしてまで全甲板に大型の天幕を張らせて、そこで負傷者を休ませたのよね」
神通、天津風、矢矧の言葉にアークはうんうんと目を輝かせ、雷はフフンと胸を張る。
「そういや、前にウォスパちゃんから貰ったこの本を書いた人が、工藤艦長の話を日本に伝えたんだよな〜」
そう言って提督は本棚から1冊の本を取り出す。
その本のタイトルは『My Lucky Life』と書かれ、この本の著者は当時エンカウンターの乗組員で雷に救助されたサー・サムエル・フォール卿である。
「その自伝の1ページ目に『この本を私の人生に運を与えてくれた家族、そして、私を救ってくれた工藤俊作に捧げます』って書いてあるのを読んだ時、こう……胸が熱くなった」
提督はまた改めてそのページを開くと、雷や電も『見せて見せて!』と提督の側へ近寄っていった。
「高橋中将もその雷の光景には『こんな光景は初めて見た』って唖然したのよね♪」
「はい。そして帰る雷にイギリス兵士たちは体全体を使って感謝を伝えた、と聞きました」
矢矧、神通は笑顔でそんな話をすると、山風は「そうなんだ」とクスクスと笑い、天津風も「そう聞くと何だか嬉しいわね」と小さく笑う。
「祖国にいるエクセターやエンカウンターもいつかは日本に着任したいと、そう願っている。もし実現したら、その時はどうか彼女たちとお茶してやってほしい」
「もしそうなったらお茶会じゃすまないと思うけどね」
穏やかな笑みで祖国にいる同胞たちのことを話すアークやウォースパイトに、雷を始めとしたみんなが笑顔で頷いた。
するとアークが「そういえば……」と何かを思い出し、口を手で押さえて笑い声をもらす。
ウォースパイトが「どうかしたの?」と訊くと、アークは「それが……」と切り出した。
「私がまだ祖国の鎮守府にいた頃、私の鎮守府から日本へ異動していったオールド・レディからエアメールが届きまして、その封筒にオールド・レディとその鎮守府の雷、電と一緒に撮った写真が同封されていたのを思い出したのです」
アークがそこまで話すとウォースパイトは「Uh hun」と苦笑いを浮かべた。しかし他のみんなは分からないのでアークの言葉を待っていると、
「『オールド・レディだけズル〜い!』ってエクセターもエンカウンターも悔しそうにしていた……あれには笑ってしまったよ♪」
と言ってクスクスとまた笑った。
「イギリスの鎮守府も日本の鎮守府と同じで賑やかなんだな〜」
「ふふふ、そうだね♪ なんか親近感湧いちゃう〜♪」
そんな話を聞いて提督や阿賀野が笑うと、神通たちや矢矧たちも同じく笑みをこぼした。
国は違えど過ごしている時間は同じ……それを感じられたのはどこかみんな嬉しかった。
その後もアークからイギリスでの鎮守府の話を聞き、そしてまた救助活動の時の話をし、その日は話題が絶えることはなかったそうなーー。
いつもより短かったのでおまけー
ー駆逐艦寮、暁型姉妹部屋ー
時は同日の夜。
夕食、お風呂を済ませた暁たちは部屋に戻ってくつろぎながらいると、雷と電が暁と響にアークからお土産に貰った紅茶を振る舞っていた。スコーンも貰ったが夜の間食を気にする乙女心で紅茶だけにした結果である。
「ん〜、いい香りね〜♪ まさにレディの就寝前にもってこいだわ♪」
「これは寝る前用のフレーバーティーだね。それも安眠効果があるカモミールティーだ」
響の解説に暁は「そうなんだ」と言いながら、今度はこれがカモミールの香りだと確認するようにまた一口含む。
「他にもジャスミンとかベルガモットのやつも貰ったのよ♪」
「無くなったら言えばまたくれるって言ってくれたのです♪」
雷と電の言葉に響は「二人のお陰だね」と微笑み、暁は「姉として鼻が高いわ♪」とご満悦。
「そういえば、今日の執務室では修羅場はあったのかい?」
ふと響が二人にそう訪ねた。早くもアークはLOVE勢入りしたと聞いている響としては、そちらの話の方が気になるのだ。
そんな響に暁は「またそんなこと聞いて……」と口ではたしめるものの、目は好奇心にあふれている。
「ん〜……特には無かったわね〜? 強いてあげればアークさんが司令官の側に行くと、絶対阿賀野さんが間に入ってたくらい」
「その様子をクワスク!」
食いついた響に雷は思わずたじろぐが、その先には暁が待っていたので話すしかなかった。
そんな姉たちを見て電は「電は何も聞いてないのです♪」と、それを止めようとはしなかったという。
おしまい
ーーーーーー
今回はイギリスと日本の大戦時の話を元に書きました!
イギリス艦が実装されてから、私は密かにエクセターやエンカウンターが実装されるのを待っているので……。
ということで、読んで頂き本当にありがとうございました!