提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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強気メガネと弱気ロング

 

 10月某日、昼過ぎ。

 

 ー鎮守府の正面海域ー

 

「見えてきましたよ、二人共。あの建物が私たちの鎮守府……そして今日からあなたたちの鎮守府でもあります」

 

 護衛艦隊旗艦として先頭を駆ける赤城の言葉に、すぐ後ろにいる二名の艦娘は『あれが……』と声を揃える。

 

 するとその片方はワナワナと肩を震わせた。

 

「うぉ〜! あれがあたしらの鎮守府か〜! くぅ〜!」

 

 鎮守府を確認するなりその場で両手をあげて喜びを爆発させるのは、綾波型駆逐艦五番艦『天霧』。

 メガネを掛けた知的な見た目とは裏腹に江戸っ子気質な強気の子。出会いを大切にしているので、早く鎮守府に着いて艦娘たちや提督と挨拶したいらしい。

 

「天霧姉さん、もう少しで着くんですからあとちょっと我慢してください……」

 

 その隣で苦笑いを浮かべて天霧を注意するのは、同型駆逐艦六番艦『狭霧』。

 彼女は見たままお淑やかで物腰の柔らかい艦娘。趣味は料理や掃除という、実に家庭的な子である。

 

「あはは、やっぱ天霧ネキは元気ですな〜♪」

「元気ってレベルじゃないと思うけど……」

「でもこれくらい賑やかな方がアタシは嬉しいかな♪」

「そうだね。それにまたお姉ちゃんが増えて、私は嬉しいな♪」

 

 そんな天霧と狭霧の二人を第七駆逐隊の面々はそれぞれ楽し気に見つつ、並走していた。

 曙も口ではああ言うものの、心の中では姉の着任を喜んでいる。

 

「喜ぶのは結構ですが、着くまでは気を緩めないように。鎮守府の制海権といえど、慢心は身を滅ぼします」

 

 そして艦隊の最後尾を駆ける加賀が注意を促すと、天霧は「了解で〜す♪」と相変わらずだが、狭霧の方は「す、すみません」と謝るのだった。

 加賀は決して怒った訳ではないが、いつものクールフェイスで言われると、狭霧みたいな子は萎縮してしまうだろう。

 

「加賀さんは怒ってないから謝らなくても大丈夫だよ、狭霧ちゃん」

 

 そんな狭霧を見て、潮がすかさずフォローする。

 

「え……本当?」

「うん。加賀さんはとっても優しいんだよ♪」

「今のだって本当にただ注意を促してくれただけよ。だから安心しなさいな」

 

 潮と曙の説明、そして朧と漣がそうだよというように笑みを向けると、狭霧はホッと胸を撫で下ろし、改めて加賀に向かって今度は笑顔で「ありがとうございます」と一礼するのだった。

 それを見た加賀は潮たちのフォローを心の中で感謝し、あとでみんなへおやつにお手製のクッキーを焼いてあげようと決めた。

 

「ま、加賀さんは()()()()()()で怒ってても表情には出さないでオーラで怒るから、そこはおいおい慣れていけばオケ!」

 

 しかし漣の余計な一言のせいで加賀は漣にだけ唐辛子入りのクッキーを2、3枚仕込もうと心に決める。

 

……ほら見なさい、あれが怒ってる加賀さんよ

 

 加賀の様子を見た曙がそっと狭霧へ耳打ちし、狭霧は確認するためにチラリと見ると思わずビクッと肩を大きく震わせるのだった。

 

 そんなこんなで護衛艦隊は速度を少しだけ上げ、鎮守府へと急ぐことにした。

 

 ーーーーーー

 

 その一方、鎮守府の埠頭では綾波と敷波が桟橋から護衛艦隊の帰りを今か今かと待っている。

 桟橋から少し離れた場所には提督と能代、矢矧の姿もあり、みんなして帰りを待っていた。因みに阿賀野は今、酒匂と出撃中である。

 

「提督、椅子に座ってなくて大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だぜ、のしろん。いつもみんなが少し過保護なだけで、こうしてる分には何も問題ねぇよ」

「でも痛み出したら遠慮なく言ってね? 着任早々変なところを見せる訳にもいかないでしょう?」

「のしろんどうしよう。やはぎんがイケメン過ぎて惚れそう」

 

 矢矧のせっかくの心遣いに提督がちゃちゃを入れると、能代は「阿賀野姉ぇに聞かれたら怒られますよ」とたしなめる。一方で矢矧は「私だって提督のことは気遣ってるのに……」と、珍しく頬を膨らませて拗ねてしまった。

 

「悪ぃ悪ぃ。ついいつもの流れで……ありがとな矢矧」

 

 そんな矢矧を見て、提督はすぐに謝って矢矧の頭を軽く撫でる。すると矢矧は「わ、分かればいいのよ」とそっぽを向きながらも、その手を退けようとはしなかった。

 

「あ、司令官。艦隊が見えたよ」

「ふふふ、漣がこちらに手を振ってますよ♪」

 

 普通の人間である提督の視力ではまだ確認出来ない距離だが、艦娘である綾波たちが確認出来たのだから提督は桟橋までノソノソと移動し、敷波と同じ方向へ手を振った。

 

 ーーーーーー

 

 埠頭へ入ってきた艦隊は綺麗な陣形を保ちつつ、提督や矢矧たちへ敬礼する。

 提督たちもそれに敬礼し、艦隊は無事に帰投し桟橋へ上がった。

 

「旗艦赤城、護衛任務より帰還致しました。敵との遭遇も無く、快適な航行でした」

 

 ニッコリとお馴染みの笑顔で赤城が提督に報告すると、提督は「そいつぁ、何よりだ」と自分も笑顔で返す。

 すると、朧や漣に背中を押されて今回の主役である天霧と狭霧が提督の前へ整列。

 

「綾波型駆逐艦、天霧だ♪ よろしくな、提督!」

 

 臆することなく提督へニカッと笑って自己紹介する天霧。

 そんな天霧に対して提督は「いい顔で笑うじゃねぇか」と微笑み、今度は狭霧の方を見る。

 

「提督、あの、私……綾波型駆逐艦……狭霧といいます。お手伝い出来るよう、頑張ります」

 

 対する狭霧は少々オドオドしながらの挨拶だったが、提督は「肩の力を抜け」と優しく声をかけ、狭霧の肩をトントンと軽く叩く。すると狭霧は「は、はい」とはにかんで返事をするのだった。

 

「俺がここの鎮守府の提督で興野慎太郎だ。ここの生活に慣れるまで戸惑うところもあるだろうが、お前らが1日でも早くここの暮らしに馴染めるように、俺や艦隊がサポートする。心置きなく相談してくれ」

 

 提督の挨拶に天霧も狭霧も笑顔で返事をする。その様子を見て、綾波たちや矢矧たちも揃って微笑んでだ。

 互いに挨拶、そして能代からの大まかな鎮守府での説明を受けると、綾波たちが天霧と狭霧を連れて寮へと向かう。

 

「はは、二人して妹が増えたからか、お姉ちゃんお姉ちゃんしてんな」

「そうね……私も酒匂が着任した時を思い出すわ」

 

 綾波たちの背中を見送りながら、そんな言葉を交わしていると、

 

「提督、海の上は寒かったわ……温めてください♡」

 

 加賀が提督の背中に抱きついてきた。

 

「加賀さん相変わらずご主人様には押せ押せッスね!」

「ま、提督は普通の人よりムチムチしてるから、温かそうよね」

 

 キラキラしながら言う漣の隣で呆れたようなあざ笑うような表情でつぶやく曙。

 

「朧ちゃんはギュ〜ッてしないの?」

「し、しないよ! そもそも、みんなの前でなんて恥ずかしいし……こういうのは二人きりの時にゴニョゴニョ……

 

 乙女乙女してしまう朧に潮は思わずクスクスと笑ってしまう。そんな潮に朧は「笑わないでよぅ」と恥ずかしそうに注意すると、潮は「は〜い♪」とだけ返すのだった。

 

「加賀よ〜、寒かったのは分かるが、抱きつくのは勘弁してくれ……というか、背中に柔らかい感触がががが」

 

 狼狽える提督に加賀は「あててるのよ♡」と言いながら、更にギュ〜ッと提督にしがみつく。

 

「加賀さん、胸当てをいつの間に外したのかしら……?」

「ふふふ、流石は加賀さんですね♪ 一航戦の誇りは揺るぎません♪」

「そんなのでいいの、一航戦の誇りって……」

 

 赤城の言葉に思わずこめかみを押さえてツッコミを入れる矢矧。しかし赤城はそれでこそですとでもいうような清々しい笑みを見せたので、矢矧はキーンとした頭痛に苛まれた。

 

「加賀……そんなに押し付けるな! バランス崩して倒れちまうよ!」

「寧ろ好都合です♡ 倒れたら私がそのまま提督と一つになるだけですから♡」

「何それ怖い! てか海に落ちるだろ!?」

「大丈夫です♡ 提督はただ空を眺めてさえいれば事は済みますから♡」

 

 加賀の猛烈アピールに提督は「話を聞いてくだしゃ!」と訴えるが、何か起こる前に能代と矢矧が加賀を止めのは言うまでもない。

 しかし加賀のアピールに思わずだらしない顔をした提督は、矢矧から阿賀野の代わりにハリセン制裁を喰らうのだった。

 そんな光景を見ていた漣たちは『今日も鎮守府は賑やかだな〜』とのほほんとしていたそうな。

 

 ー駆逐艦寮ー

 

 その一方で、綾波と敷波は天霧、狭霧を連れて一緒に過ごすことになる寮室へと案内していた。

 

「ここが二人のお部屋ですよ」

「といっても、アタシたちと同じ部屋なんだけどね〜」

 

 部屋に入った天霧たちは、新生活を送る部屋をキョロキョロと見渡す。その目は好奇心にあふれ、天霧に至っては既に部屋の中を物色している。

 

「あたしここの棚でいいか?」

「いいよ〜。じゃあ、狭霧は残ってるこっちの収納スペースを使ってね」

「分かりました」

「何か必要な物はあるかな? ある程度は揃ってるけど、枕カバーとか細かい物は自分で買い揃える必要があるから」

 

 綾波の言葉に狭霧は「ではどんな物があるかだけ見に行きたいです」と答える。一方の天霧は自分の収納スペースを見たまま返事がない。

 

 それを見て綾波はクスクスと笑っているが、敷波は「返事くらいしなよ〜」と天霧の背中を軽く叩いた。

 

「ん、あぁ悪ぃ。ちょっと写真見つけたからよ〜」

 

 天霧の返答にみんなは『写真?』と小首を傾げると、天霧が「これこれ」と1枚の写真をペロンとみんなへ見せる。

 その写真は提督が写真いっぱいに写っていて豪快に笑っているところを隠し撮りしたような1枚だ。それを見た綾波と敷波は『あぁ〜』と何やら意味深な声を出した。

 

「これは朧のだね」

「ん? なんで朧の写真がここにあんだ?」

「二人が着任するまで、朧はここの部屋だったから。昨日、隣の部屋に曙と一緒にお引っ越ししたの」

 

 綾波の説明に天霧はへぇ〜と納得するが、狭霧の方は「でもどうして提督の写真を朧ちゃんが?」と疑問をぶつけると、敷波は「あぁ、それは」と口を開く。

 

「朧は司令官のことが好きなんだよ」

 

 敷波の言葉に狭霧は「えぇ!?」と驚くが、天霧は「ほほ〜♪」とニヤニヤする。

 

「朧がまだ着任したての時に初の出撃で失敗しちゃったの。朧は自分の不甲斐なさに泣いてたんだけど、それを司令官が豪快に笑って元気付けてくれたんだって。その時から朧は司令官のことが好きになったみたい」

 

 綾波が簡単に説明すると天霧は「ほぅほぅ」とニヤつき、狭霧は「そうなんだ〜」と頬を赤く染めた。

 

「二人も実感しただろうけど、司令官は見た目は怖いけど、いい人だからさ。安心して過ごしなよ♪」

「ただ、いい人過ぎて色んな人から好意を受けて、お嫁さんの阿賀野さんに睨まれてたりするけど、鎮守府は至って平和だからね♪」

 

 二人の説明に天霧たちはコクコクと頷くと、それからは提督の話題で暫く持ちきりだった。

 

 ー執務室ー

 

「ふぇ〜っくしゅっ!」

「わぁっ、提督、大丈夫ですか?」

「埠頭に立ってたから体が冷えたのかしら?」

「でぇじょぶでぇじょぶ。多分阿賀野が俺の噂でもしてんだろ♪」

 

 提督の返答に能代はクスクスと笑ったが、矢矧は有り得そうと苦笑いを浮かべたそうなーー。




今回は天霧ちゃん、狭霧ちゃんの着任回にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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