提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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名前は大切

 

 10月某日、昼前。

 泊地では秋刀魚祭りが幕を閉じ、束の間の落ち着いた時が流れる中、当鎮守府では朝から慌ただしく艦隊が動き、艦娘たちはどこか浮足立っている。

 それは決して敵襲と言う訳ではない。仮に敵襲であればここの艦娘たちは冷静に対処出来る程の余裕を持っている。

 では何故なのかというと、

 

「早く来ないかな〜、()()()()()()さん♪」

「楽しみだよね〜、()()()()()()()さんたちの着任♪」

 

 フランス戦艦『リシュリュー』とイギリス空母『アーク・ロイヤル』が着任するからだ。

 

 桟橋に出てその着任を待つのは清霜とリベの二人。二人共に戦艦に憧れているが、空母も好き。しかもどちらも海外艦……ということで二人はフランス戦艦とイギリス空母の着任を心待ちにしているのだ。

 

「リシュシューではなくて、リシュリューですよ。清霜さん」

「リベッチオもちゃんと覚えて。これから来るのはアーク・ロイヤルよ」

 

 清霜たちにそう言い聞かせるのは、コマンダン・テストとウォースパイト。

 二人も同胞の着任なので出迎えに来ている。護衛任務でついて行っても良かったが、二人は敢えて残り、出迎える側を選んだ結果である。

 ただウォースパイトに至っては艤装に座り、優雅に紅茶を飲みながら待っているため、元々残るつもりでいた様子。因みに右膝に清霜、左膝にリベがそれぞれ座っている。

 

「リシュ、リシュ……」

「アールグレー……」

「そんなに難しいかしら?」

「まぁ、一度癖が付いてしまうと直すのは難しいですよね」

 

 イマイチ覚えられない二人にウォースパイトもコマンダン・テストも苦笑いを浮かべた。リベに至っては紅茶の名前になってしまっているので、ウォースパイトはしっかりと「アーク・ロイヤルよ」と教え込む。

 しかしウォースパイトの発音ではリベもこんがらがるばかりで、この場合は日本英語の発音でないとリベには難しいだろう。

 

「ーー……〜い!」

 

 そんなことをしていると、遠くから複数の影が見えてきた。

 今回の護衛艦隊の帰還である。

 

 ーーーーーー

 

『久しぶりですね、リシュリューさん♪ 会えるのを心待ちにしていました!』

『久しぶり、コマンダン・テスト。これからよろしく』

 

『待っていたわ、アーク。遠路はるばるお疲れ様』

『お待たせしました、オールド・レディ。これからこちらでもお世話になります』

 

 それぞれ同胞と握手やハグをして挨拶を交わす海外組。

 

 リシュリューは自信にあふれた戦艦らしい艦娘。あの『三銃士』で有名なアルマン・ジャン・デュ・プレシー・ド・リシュリューから名前を頂いているだけあって立ち振る舞いも堂々としている。

 一方、アーク・ロイヤルも英国淑女に相応しい立ち振る舞いで、その名に負けない艦娘だ。ただウォースパイトは女王気質なのに対し、アーク・ロイヤルは弓を持つ騎士のような、ウォースパイトとはまた違った凛とした艦娘である。

 

『ウォースパイトもいたのね。私の足手まといにならないようにしなさいよね』

『ふふ、手厳しいわね……でも、日本の海は我々が知る海とは違うわよ。慢心せずに、日々の努力を忘れないことね』

 

『貴女がフランスの水上機母艦コマンダン・テストですね。水上機母艦といえど、航空機を扱う者同士、ご指導ご鞭撻のほどよろしく頼む』

『はい、こちらこそよろしくお願い致します。お互いの祖国のため、日本のために頑張りましょう』

 

 そして今度はどちらも英語でスラスラと挨拶を交わす中、周りの面々は四人が何を話しているのかさっぱりといった様子……しかし、きっと挨拶的なことをしているんだろうな、という雰囲気は読み取れたので、変に声をかけずにただただ笑顔を浮かべていることにした。

 

「うわぁ〜! すご〜い!」

「知らない言葉をペラペラ喋ってる〜!」

 

 ただし、清霜とリベはそんなことお構いなし。だって目の前で海外の戦艦たちと空母、水上機母艦が笑顔で握手をしているのだから、軍艦好きな二人としては興奮するのだ。もしここにアイオワ、ビスマルク、イタリア、ガングート、大和なんかが揃えば、二人は興奮し過ぎてその夜は眠れないだろう……。

 

 そんな清霜とリベに向かってリシュリューとアーク・ロイヤルは、ちゃんとした日本語で礼儀正しく挨拶する。

 駆逐艦に対しても礼節を忘れない……日本とは礼に始まり礼に終わる国と祖国で習い、来日して大本営での待遇に心底感銘を受けたから。

 

「これからよろしくね! ()()()()()()さん!」

「よろしくね〜! ()()()()()()()()さん!」

 

 しかし清霜もリベも盛大に二人の名前を間違えてしまった。

 これには二人も思わず顔をしかめてしまうが、すかさずウォースパイトとコマンダン・テストが『この二人には難しい発音なのよ』と説明し、双方をフォローする。

 艦隊もこれ以上ボロが出ないようにするため、旗艦を務めた酒匂がリシュリューたちを執務室へ誘導し、他の面々は清霜とリベを補給へ向かうついでに適当な手伝いを頼んで連れ出すのだった。

 

 ーーーーーー

 

 執務室前に着いた酒匂だったが、その笑顔は珍しく硬い。

 何故なら執務室へ来る途中、数名の艦娘たちとすれ違ったのだが、その多くが二人の名前をちゃんと言えなかったからだ。

 リシュリューの方は日本語だと言い難いのが災いし、アーク・ロイヤルに至ってはまだ名前が浸透していないのでイマイチな反応だった。

 

『人の名前も言えないなんて、なんて艦隊なのかしら!』

『会う前に失礼だが、この様子ではそれを率いる者も期待は薄いな……』

 

 二人の言葉に付き添っていたウォースパイトたちも必死にフォローするも、何度も間違えられてはいい気分はしないだろう。加えて提督は見た目があれなので、第一印象はあまりよろしくない……酒匂は小さくため息を吐くと、気を取り直して執務室のドアをノックした。

 

 トントントンとノックしたあとに、いつも通りの提督の声で「入れ〜」と間延びした返事が返ってくる。そのあとにスパーンと豪快な音が鳴り響いたが、酒匂もウォースパイトたちも『いつもの提督だ』とどこか安心して執務室へ入室する。

 

 ー執務室ー

 

 入室すると椅子に座る提督の後頭部ら辺から煙のようなものが立ち込めているが、提督の顔は至って真面目。酒匂たちから見て右側には阿賀野、能代、矢矧と整列し、矢矧の手にはハリセンが握られている。

 

「この人があたしたちの提督だよ」

 

 酒匂がそう言って二人に紹介すると、二人は提督の前へ横一列に整列した。

 

「座ったまま失礼する。俺がここの鎮守府を任されている興野慎太郎だ。俺の詳しいプロフィールは大本営で見たろうから、細かな自己紹介は省かせてもらうが、二人の着任を心から歓迎する」

 

 真面目モードの提督の挨拶に酒匂やウォースパイトたちはホッと胸を撫で下ろす。

 

「え〜、んじゃ、俺の挨拶はこの辺にして二人に挨拶してもらうか」

 

 そう言うと提督はリシュリューの方を見て「君は……」と前置きすると、リシュリューは心の中で「こいつも私の名前は言えないでしょうね」と思っていた。

 

 しかし、

 

「Richelieuからお願いしよう」

 

 フランス語の正しい発音で名前を呼ばれた。これにはリシュリューも胸の奥がドキッと跳ね、頬もどこか紅潮してしまった。

 

(自分の名前をちゃんと呼んでもらえることが、こんなに嬉しいなんて思わなかったわ……)

 

 胸に手をあて、加速する鼓動を落ち着かせながら、リシュリューはゆったりと一歩前へ出る。

 

「Je suis vraiment ravie de vous rencontrer amiral. お逢い出来て嬉しいです、amiral♪ 戦艦Richelieu、参ります!」

 

 そして自然な笑みで提督へ自己紹介することが出来た。リシュリューの挨拶に提督も「Merci et au plaisir de pouvoir vous rencontrer」と返すと、リシュリューの鼓動はぴょんぴょんと高鳴った。提督はフランス語で「これからどうぞよろしくお願いします」と返したのだが、これだけでもリシュリューの好感度はかなり上がった。

 

 一方でアーク・ロイヤルはリシュリューがちゃんと呼ばれたので、自分もちゃんと呼ばれるのを今か今かと待っている。

 そこへ提督が「次はArk Royal頼む」とちゃんとした発音で伝えると、アーク・ロイヤルは目を輝かせて前へ出た。

 

「私は、Her Majesty's Ship Ark Royal. Admiral……貴方が……よろしく♡」

 

 提督をそのスカイブルーの綺麗な目で見つめ、どこか熱っぽい声色で挨拶するアーク・ロイヤル。その外国人特有のセクシーオーラに提督は思わず生唾を飲むが、

 

「私は阿賀野って言うの〜! 提督さんの秘書艦で妻で〜す!」

 

 女の勘がビンビンと反応した阿賀野が、提督を抱きしめながら自己紹介した。抱きしめるというよりは提督を自身の胸に収めるように抱きしめているので、この人は自分のだと言うような感じだ。

 

 そんな阿賀野を見て、矢矧は「せっかくいい感じに挨拶をし合ったのに……」と頭を抱え、能代は「これは仕方ないわよね……」と苦笑いを浮かべている。

 

「……貴女が、アドミラルのワイフ……ね」

「私、略奪愛は趣味じゃないのだけど〜?」

「二人は部下として提督さんを支えてくれればいいよ〜♪ あとは私が面倒見てるから〜♪」

 

 早速火花バチバチの三人。

 そんな中、提督は矢矧に「何がいけなかった!?」とアイコンタクトを送る。

 

 矢矧としては日本の艦娘ならば特に何もしないが、海外の艦娘の場合はしっかりとその艦の名前は祖国の発音をさせ、ある程度の挨拶は徹底的に叩き込む。

 何故なら海外艦は日本と同盟国の艦娘であり、少しでも粗相を晒すものならばそれが同盟のヒビになり得る可能性もあるからだ。

 しかしそうしたために今回のようなケースは矢矧も想定外なので、提督には開き直って潔くニッコリと笑顔を返すしかない。

 

「また賑やかになるわね」

「賑やかで済ませていいのでしょうか……」

 

 修羅場だというのに優雅にお茶を飲むウォースパイトにコマンダン・テストはオロオロしながら言うが、ウォースパイトは「馬に蹴られるのはごめんだわ」と返すだけ。

 

「司令って第一印象が悪い方なのに、今回は良かったね♪」

「良かったけど、阿賀野姉ぇにとっては良くなかったかもね……」

「まぁ、こんなこともあるわよね♪ 夫婦の試練ってことで!」

 

 義妹たちもそんな夫婦とリシュリューたちの修羅場を横目に開き直るしかなかった。

 それから提督が大声で「一旦整列〜!」と叫ぶまで、提督は阿賀野、リシュリュー、アーク・ロイヤルの谷間を転々とさせられたそうなーー。




今回は新しく実装されたリシュリューさんとアーク・ロイヤルさんの着任&修羅場という一幕を書きました!

早速二人はLOVE勢にしてしまいましたが、ご了承を!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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