提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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秋の鎮守府と修羅場

 

 10月某日、お昼過ぎ。

 夜も肌寒くなってきたこの頃、秋一色となった泊地。各鎮守府は秋刀魚漁の支援、護衛に明け暮れているが、それ以外は至って平常運転。

 当鎮守府もそれは同じで、中庭ではお昼休憩中の提督が喫煙所で食後の一服中。いつもなら阿賀野なり矢矧なりが一緒にいるが、二人は今仮眠中でたまたま一人なのだ。

 

「………………」

 

 秋の空に浮かぶはうろこ雲か、はたまたいわし雲か……提督はタバコの煙で出来た巻雲を散らせつつ、再び肺へ煙を入れるのだった。

 

 そんな提督の背後に忍び寄る小さな四つの影。頑張って気配を消しているものの、小石を踏む音でバレバレである。

 提督はその人物が誰であるのかある程度予想し、吸い終わったタバコを側に設置してある吸殻入れに入れつつ、様子を伺うことに。

 

 四つの影は三方向へと分かれ、徐々に提督との距離を詰めていく。しかしそれでも提督は敢えて動こうとはしなかった。

 

 すると卯月が提督の真ん前に素早く現れる。

 そして、

 

「砲雷撃戦、開始するぴょん♪」

 

 と叫ぶと、

 

「それ! ど〜ん♪」

「そして、ワンツー♪」

「本気で行くよ〜♪」

 

 後ろから大潮、右から舞風、左からリベッチオ、そして最後は正面から卯月と、それぞれ提督にダイブ。

 そんな卯月たちの攻撃に提督は「ぐあぁぁ〜」と、棒読みだがやられるフリをする。

 

「しれいか〜ん、降参するぴょん?」

「お〜、降参するよ〜」

「なら罰として暫くこのままだぴょん♪」

 

 降参したらしたで更にギュ〜ッと抱きついてくる天使たち。駆逐艦大好き(KENZEN)な提督にとっても提督に甘えたい盛りのみんなにとっても、これは最良だろう。

 

「リベは寒くねぇのか?」

 

 そんな中、提督はリベの服装を見て気遣った。何しろリベの二の腕はとてもひんやりとしていたから。

 リベの制服はノースリーブのワンピースなので、他のみんなに比べてかなり涼し気なのだ。

 

「ん〜……肌寒いな〜って思うけど、みんなと遊んでると暑くなるから平気!」

「それはそうかもしれねぇが、一枚くらい羽織る物持ってたっていいんじゃねぇか?」

 

 提督の意見にリベは「だって〜」と眉尻を下げる。

 

「去年、俺と阿賀野が買ってやった緑のカーディガンあるだろ?」

「そ〜だけど〜……」

「穴でも空いちまったのか?」

「むぅ! そうじゃないもん!」

 

 頬を膨らませてしまったリベに提督は謝るが、本題のカーディガンを着ないという理由に行き着かない。

 すると二人のやり取りを黙って見ていた舞風がニヤァと含み笑いをした。

 

「リベちゃんは〜、それを着るのが勿体無くて今年はまだ着れないんだよね〜?♪」

 

 舞風の言葉に提督は「勿体無い?」と小首を傾げるが、リベの方は頬を少し赤く染めて俯き、モジモジしている。

 

「大好きなお二人からの贈り物だから、特別な日に出しいんですね!」

「ぷっぷくぷ〜♪ 女の子ならではの拘りだぴょん♪」

「気持ちは嬉しいがよ〜……そんで風邪引いちまうと俺も阿賀野も悲しいぞ?」

 

 リベの気持ちを尊重しつつ、自分の気持ちを伝える提督。リベの頭を撫でる手も、いつもと違って髪を梳くような手つきだ。

 提督の気遣いにリベは顔を上げると、

 

「じゃあ、今出してくる!」

 

 と提督の目をまっすぐに見つめて告げ、立ち上がる。

 いつものリベならここで走っていくところだが、リベは「その前に」と提督の軍服の袖を引っ張った。

 

「どうした?」

「えっと、その……あのね……」

 

 またもモジモジと体をよじらせるリベ。そんなリベを見て、提督はそっとリベの腰へ手を回し、自分の方へ抱き寄せた。

 

「大丈夫。リベが戻ってくるまでの時間はある。ちゃんと待ってっから」

 

 抱き寄せたリベの耳に提督が優しく約束をすると、リベは「うん♪」と元気に頷き、自分も提督の首に手を回して改めて提督にギュ〜ッとハグをして、更に提督の頬に自分の頬を擦り付ける。

 そんなリベに提督は「秋服の可愛いリベを見ねぇと、気になって仕事出来ねぇからな!」と、いつもの提督節を発揮。リベはまた元気に頷くと今度こそ提督から離れ、寮へ向かって走り出すのだった。

 

 リベの背中に提督は「転けるんじゃねぇぞ〜!」と声をかけたが、リベはそのままその場から走り去っていく。

 

「本当に転けねぇか心配だな……」

 

 小さくなっていくリベの背中を見つつ、提督がそうつぶやく。

 

「五月雨じゃないから転けないぴょん♪」

「それは五月雨ちゃんに失礼じゃないかな〜?」

 

 舞風のツッコミに卯月は「聞かれてないから大丈夫!」と、キリッとした顔で親指を立てる。

 

 するとそこへ、新たに二人の艦娘が現れた。

 

「あら、あらあら〜♪」

「みんな温かそうね〜♪」

 

 それは陸奥とイタリアで二人して浴衣姿での登場だった。

 

「お〜、二人共〜。元々のべっぴんさんが浴衣美人たぁ、眼福だ」

 

 提督の挨拶に続き、卯月たちも挨拶をすると、すかさず陸奥は先程までリベが陣取っていた場所に座る。

 

「浴衣なんて着てどうしたんですか?」

「お出掛けするならうーちゃんたちも連れてけぴょん!」

「出掛けないわよ〜。私は静養日で、せっかく大本営が直々に浴衣を用意してくれたから、この機会に着てみただけ」

 

 陸奥が大潮と卯月にそう説明すると、大潮はふむふむと頷き、卯月はな〜んだとどこかつまらなさそうに返した。

 

「私は陸奥が着てるのを見て私も着たいな〜って思ったから、陸奥に付き合ってもらって酒保でレンタルしてきたの♪」

 

 そう言ってイタリアはその場でクルリと回り、提督へ「どうですか?♡」と感想を訊ねる。

 

 イタリアの浴衣は藍色地にピンク色の大きな雛菊があしらわれた柄の物。髪型は普段と変わりないが、髪留めにミモザの花を集めたような大きな飾りが目を引く。そして桃色帯の上側の縁にだけ控えめな白いフリルが施されていた。

 

「あぁ、世辞抜きによく似合ってるぞ。より美人に見えるぜ?」

 

 見たまま思ったままを提督が伝えると、イタリアは恍惚な表情を浮かべてヘブン状態。

 

「提督〜、私には?」

 

 すると当然、同じくガチ勢の陸奥も褒めてほしくて、「待ってるんだけどな〜」と少し拗ねたような言い方をする。

 

「あ、あ〜……陸奥だって美人だぜ? 普段より肌が隠れてる分、いつもより色っぽい」

「今言い淀んだ〜!」

「褒め言葉を探してたんだよ!」

 

 提督の褒め言葉がイマイチお気に召さない陸奥。やはり女心というのは難しいものである。

 

「リベちゃんにはあんなロマンチックな言葉をかけたのに、陸奥さんにはそっけないね〜」

 

 するとそこへ舞風が爆弾を投下。

 

「陸奥さんは司令官にとってそれくらいってことだぴょん!」

 

 卯月もフォローどころか援護射撃の勢い。

 

 それにより陸奥はズーンと重たい空気を放ちながらうなだれてしまう。

 

「お、おい陸奥……」

「提督にとって私は火遊びですらないのね……私はいつもいつも提督のことを想ってるのに」

「だから……」

「もう提督に見限られたのなら、私……!」

 

 すると提督は陸奥の口を人差し指で押さえつけるようにして、陸奥の言葉を遮った。

 

「勝手にネガティブに捉えて、勝手に暴走すんな」

 

 いつになく真剣な眼差しの提督に陸奥はコクコクと頷きを返す。

 

「お前は俺の仲間で家族だ。それだけは忘れんな」

 

 陸奥の目をまっすぐに見つめ、その言葉を言い聞かせるようにゆっくりと陸奥へ伝える提督。

 陸奥としてはちょっと悪ノリしたつもりだったが、こうしたことでも提督は真剣に捉えてしまう純粋さがある。陸奥は提督のこういうところが好きなのだ。

 そんな好きな相手からそんな言葉を言われたのだから、陸奥はもう頷くしかなく、うっとりと提督の目を見つめたまま「はい♡」とだけ返すのだった。

 

「むぅ〜、なんか私除け者みた〜い」

「イタリアさんのターンは終わったでしょ〜?」

「ちょっと意外な展開になったけど、今は陸奥さんのターンだぴょん」

 

 舞風と卯月に注意されるたイタリアは「仕方ないわね〜」と折れた。

 

 すると遠くから「お〜い!」とリベの声が聞こえ、その声がする方へ目を向けるとリベの他に能代と矢矧も一緒にこちらへ歩いてくる。

 提督はいつもの習慣で一瞬だけ逃走本能が発動したが、矢矧の雰囲気がいつも通りなのでハリセンはない様子。

 因みに『逃走本能』とは提督が矢矧から逃げるために自然と身についた提督特有の固有スキルみたいなものである。

 

「おまたせ〜♪」

 

 リベが戻ってくると、それぞれ陸奥たちと挨拶を交わす。しかしその一方で提督や卯月たちは揃って小首を傾げた。

 何故ならリベはカーディガンを羽織ってなかったから。

 

「おい、リベ」

「ん、なぁに?」

「なぁにじゃなくてよ、カーディガンはどうしたんだ?」

 

 提督の問いにリベは「えへへ〜♪」と何やら含んだ笑い方をすると、大きくて赤い手提げ袋を提督に見せる。それは阿賀野がリベに縫ってあげた物で、リベの宝物が詰まっている手提げ袋なのだ。

 

「そこに入れてあんのか?」

「うん!」

「なら早く羽織れよ。本当に風邪引いちまうぞ」

「ん〜……じゃあ、提督だけリベとあの木の後ろに行こ?」

 

 リベの提案に提督はますます小首を傾げるが、リベはそんな提督に構うことなく、その手を引っ張ってみんなから見て桐木の裏へと連れて行った。

 

 ー桐木の裏ー

 

「どうしたんだよ、リベ?」

 

 提督の問いにリベはニコニコするだけで答えようとはせず、いそいそと手提げ袋からカーディガンを取り出し、提督の前で羽織る。

 その行動を提督が黙って見ていると、

 

「秋のリベを提督に一番に見てほしかったの♪」

 

 秋の肌寒さを吹き飛ばすほどの愛らしく屈託のない笑顔で、提督に告げるのだった。

 リベの行動に提督は「娘にしたい」と強く感じ、桐木の下でリベをギュッと抱きしめた。

 

 憲兵から見れば懸案事項だが、提督の人柄は多くの人に知られているため見つかっても問題はない。

 一部例外を除いて……。

 

 その例外とは、

 

「この〜木何の木気になる木〜♪」

 

「浮気現場の木ですから〜♪」

 

「信じていた〜のに〜♪」

 

「現場を見〜ちゃった〜♪」

 

 満面の笑みであの歌の替え歌を歌う聞き慣れた声。

 その声の主は矢矧より遅れて仮眠から戻った阿賀野だった。

 

 大きな木の下で提督と艦娘が抱き合っていれば、流石の阿賀野もそういう風に見えてしまう。加えて最近は秋刀魚漁の任務のせいで夫婦の時間が極端に少なくなっているので余計である。

 

「ああああ、阿賀野! これこれこれ、これは違うんだ!」

「あ、阿賀野さ〜ん♪ 二人に買ってもらったカーディガン着たんだ〜♪ 似合う?♪」

 

 狼狽える提督をよそにリベは至って平常運転。

 阿賀野はリベに「ちょっと提督さんの方を優先していい?」と言いながら、既に提督の肩を掴んでいる。

 

「え〜……買ってくれた阿賀野さんからも秋のリベの感想聞きたかったのに〜」

 

 リベが残念そうにつぶやくと、阿賀野の動きがピタッと止まる。それは阿賀野のシャイニングフィンガーが提督の目を貫く5秒前だった。

 

「提督に一番に見せて、その次に阿賀野さんに見てもらいたかったから……」

 

 両方の人差し指を突合せながら言うリベの言葉で状況を把握した阿賀野。すぐに提督の肩から手を離し、リベを「可愛い〜!」と抱きしめた。

 

「誤解が解けて良かったお……」

「ごめんね、慎太郎さん……阿賀野、どうかしちゃってた」

「いや、誤解が解けたならそれでいい。俺も次からは気をつける」

「うん♡ 慎太郎さん、大好き♡ 愛してる♡」

「っ……おう」

 

 こうして夫婦はいつも通りに戻ったが、

 

「でも〜、リベちゃんからそんなこと言われたら抱きしめるしかないわよね!」

「だろ!? 俺もだから抱きしめちまったんだ!」

 

 リベの天使さに先程までの修羅場は消え去っていた。

 

 そんな夫婦とリベのやり取りを、能代は苦笑いで眺め、矢矧はその場で頭を抱えるのであった。一方で卯月は面白いものが見れたとご満悦で大潮と舞風は夫婦が元通りになってホッとし、陸奥とイタリアは羨ましそうに夫婦とリベを眺めるのだったーー。




今回は秋刀魚漁から離れた話題にしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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