提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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提督の手料理

 

「漁船は水揚げ作業に入ったよ。これから帰還するね」

 

 朝7時、提督の通信機に夜間護衛任務に就いていた川内から連絡が来ると、提督は「気をつけて帰ってこい」と返して通信を切った。

 

 大本営より発令の『鎮守府秋刀魚祭り』により、提督は勿論だが艦隊は秋刀魚漁船の護衛任務を数多く請け負っている。その任務報酬は新鮮な秋刀魚で、貰えた分だけその鎮守府で消費していいという正に『秋刀魚祭り』だ。

 しかし昼間は昼間でその漁場へ深海棲艦が侵入しないよう防衛戦を展開するので、艦隊や提督の忙しさはかなりのもの。

 ただ阿賀野や矢矧、能代、酒匂のお陰で今年は寝る余裕もあるため、皆の体調は良好そのものである。

 

 なので提督は今、夜間任務に出ていた艦隊の労をねぎらうために鎮守府本館の簡易厨房で料理をしていた。

 

「司令! 言われた通り秋刀魚の処理が終わりました!」

「野菜もしっかりと言われた通りに洗って皮剥きを済ませたぞ」

 

 そんな提督の手伝いをしているのはあの比叡と磯風だ。二人共に着任当初は食べられる食材で殺人的な料理を作る料理下手だったが、提督や間宮たちの徹底した教育によって普通に作ること出来るようになってきた。未だに独断でアレンジをすると壊滅的な料理を作るため、アレンジをする場合は必ず誰かの意見を聞くことを義務付けている。

 

「ん、サンキュ。なら秋刀魚は5センチくらいのぶつ切りにして、野菜も大きめに切ってくれ。切り方はやりやすいのでいい」

 

 提督の指示に二人は元気よく返事をして、それぞれ行動を開始。

 その間に提督は大きな圧力鍋の準備に入る。

 

 すると厨房にたま新たに二名の艦娘がやってきた。

 

「提督、ご飯炊けましたよ♪」

「言われた通り、おひつに移して持ってきたかも……じゃなかった、持ってきたよ!」

 

 その二名は瑞穂と秋津洲で、二人は提督に頼まれて米を炊いて持ってきたのだ。おひつに入れ替えたのは、艦隊が戻ってくるまでに丁度良い熱さになるから。

 

 二人の言葉に提督はお礼を言うと、二人は笑みを返して邪魔にならないところへおひつを置き、そのまま比叡や磯風の手伝いに回る。

 

「そういえば、まだ聞いてなかったけど、今日は何を作ってるの?」

 

 にんじんを手に取った秋津洲が訊ねると、提督はフフンと鼻を鳴らして「比叡考案の秋刀魚カレーだ」と答えた。

 提督の言葉に比叡は嬉しそうにしながら物凄い早さで秋刀魚をぶつ切りにしていく。

 

「カレーに秋刀魚って合うの?」

「生臭さは少し残っちまうかもしれねぇが、それが食欲をそそる一品に仕上げるのさ」

 

 秋津洲の更なる質問に提督が答えると、瑞穂も秋津洲も『へぇ〜』と意外そうな声を出す。

 

「比叡が秋の秋刀魚は脂がのってて美味しいからカレーに入れみたら美味しいですかねって言ったからな。発想が良かったから俺なりにやってみたくなってよ」

 

 提督が楽しそうに言うと、発想を褒められた比叡は「えへへ……」と照れ笑いを浮かべた。

 

 そうしている内に今回用意した秋刀魚を全部ぶつ切りにし終わると、提督はその秋刀魚を圧力鍋に入れ、塩、オリーブオイル、ベイリーフ、しょうが、水を入れて火にかける。そうしててもちゃんと比叡や磯風に丁寧に説明しながらなので、二人もメモをとりながら聞き、瑞穂や秋津洲も興味深そうに聞いている。

 

「鍋に圧力がかかったら弱火にして40分くらい加熱。火を消したらそのまま圧力が下がるまで待つ……こうすることで骨まで柔らかくなるし、生臭さも軽減される」

「なるほど……だから骨を抜かなかったんですね!」

「圧力鍋が無かったら秋刀魚の水煮缶使うなり、普通の鍋でじっくり煮込むなりすると出来るぞ」

「缶詰を使えば時間短縮になるということだな……」

 

 比叡も磯風も提督の一言一句をしっかりとメモ。その隣で聞く瑞穂と秋津洲も『なるほど……』と頷きながら調理法を見ていた。

 

「んじゃ、この間に野菜をオリーブオイルをひいたフライパンで玉ねぎがしんなりするまで炒める。二人共やってみ」

 

 提督に言われ、比叡と磯風はそれぞれ野菜を炒め始める。二人共野菜を焦がさないよう、丁寧に炒め、要所要所でちゃんと火加減を見てフライパンを振った。

 それを見て提督はうんうんと笑顔で頷いていると、瑞穂と秋津洲はその師弟の関係が微笑ましくて笑みがこぼれる。

 

「玉ねぎがしんなりしてきたらじゃがいもとにんじんも加えてくれ。じゃがいもとにんじんはサッとでいい。最終的には鍋で火が通るまで煮込むからな」

 

 提督の言葉に二人が『はい!』と返して、また丁寧に野菜を炒めていく。

 一通り炒めたら提督に確認してもらい、提督の許可をもらったら野菜をお皿に移す。

 

 少しして圧力が下がったのを確認した提督は二人に指示を出し、二人は鍋に野菜を入れる。

 そのまま煮込み、野菜に火が通ったら火を止めて、市販のカレールーを入れて味を調節すれば完成だ。

 

 比叡と磯風が提督や瑞穂たちに味見を頼むと、三人共にオーケーサインを出してくれたので二人は顔をほころばせる。

 

 すると丁度厨房へ矢矧が艦隊の帰投を知らせに来ると、提督は比叡と磯風の背中を軽く叩く。それに二人は頷き、執務室へみんなして料理を運ぶのだった。

 

 ーーーーーー

 

「おはようございます、提督」

「司令、おはようございま〜す♪」

『おはようございます』

 

 矢矧、酒匂の挨拶を始めに、帰投した艦隊が揃って提督へ敬礼し挨拶をする。提督はそれに返礼しつつ挨拶を返す中、比叡たちはみんなに声をかけるながら朝食の準備を進めていく。

 

 昨晩は阿賀野と能代が提督の代わりに作戦指示を行ったので、二人は矢矧たちと入れ替わるように仮眠室で休んでいる。

 

「報告はあとでいい。みんなお疲れさん」

 

 提督の労いの言葉に艦隊の面々は笑みを返すが、今回旗艦を務めた川内はどこか不満気でソファーでふて寝していた。

 

「どうした川内? 不完全燃焼か?」

「そんなとこ〜……だって一回も交戦しなかったんだも〜ん」

 

 ふてくされ、ソファーに置いてある魚雷型クッションに顔を埋める川内。それは昼間に出撃した艦隊の頑張りあっての結果だが、川内からすれば待ち望んだ結果ではないため拗ねているのだ。

 

「敵が出てこねぇことに越したことぁねぇだろ」

「でもイ級すら出てこないとか聞いてない〜」

 

 川内も漁船や味方のみんなが無事なのは嬉しい……しかしやっと回ってきた夜間任務が不発というのが拗ねている原因だ。提督は川内の側まで行き、突っ伏す川内の頭をポンポンっと軽く撫でる。

 

「そう拗ねんなよ。今夜も編成に加えてやっから」

「本当!?」

「本来なら夜間任務やったら静養してもらいたいが、お前のその様子じゃ問題ねぇだろ」

「やったやった! 提督大好き〜!」

 

 提督に抱きつき喜びを爆発させる川内。そんな川内を抱きとめる提督は駄々っ子をあやす父親のようで、そんな二人を艦隊や矢矧たちは微笑ましく眺めた。

 そんなことをしている間に比叡たちが朝食の準備を終え、みんなへソファーへ座るよう促す。テーブルに並べられたカレーライスにみんなは表情を輝かせ、すぐにソファーへ座る。

 

「比叡考案、司令監修の秋刀魚カレーだ。みんな手を合わせてくれ」

 

 磯風の声にみんな揃って手を合わせる。それから提督が「食べてくれ」と言うとみんなは『いただきます』と声を揃えた。

 

「秋刀魚のカレーなんて初めて食べたけど〜、とっても美味しい♪」

 

 那珂の言葉に他の面々も頷きながら秋刀魚カレーを口に運んでいる。

 

「骨も柔らかくて食べやすいね♪」

「比叡さんの発想と司令官さんの料理の腕の賜物ですね♪」

 

 時雨と羽黒も料理を絶賛し、作った側の面々は笑みをこぼす。

 

「アトミラール、おかわり頂戴!」

「私もおかわりをもらいたい」

 

 中でもビスマルクとグラーフは大変気に入ったようで、早くも二度目となるおかわりを要求。すかさず瑞穂がよそると、二人してまた美味しそうに秋刀魚カレーを食べる。

 

「ビスまる子ちゃんやグーちゃんにも好評で良かったな、比叡」

「いえ、私が考えた物を司令が最高のお料理にしてくれたんです! 全ては司令のお陰です!」

 

 まるで飼い主に褒められて喜ぶ愛犬のように目を輝かせる比叡。その横でビスマルクはまた新しいあだ名が増えたわ……と思いながらも食べる手を休めなかった。グラーフに至っては提督から『グーちゃん』と呼ばれて、どこか嬉しそう。

 

「提督〜、那珂ちゃんもおかわりほしい〜♡」

「僕もほしいな♡」

「私もほしい、です♡」

「おう! みんなのためにたくさん作ったからな! 気が済むまで食え!」

 

 みんながカレー皿を提督に渡すと、提督は豪快に返してその皿へご飯を盛り、磯風や秋津洲がカレーをかける。

 那珂や時雨、羽黒は大食いではないもののおかわりするということは余程美味しいのだろう……加えて大好きな提督の手作りなら尚更だ。

 

「はぐっはぐっ!」

「川内、そんなに急いで食べなくても……」

 

 一方、川内は早く朝食を済ませ、お風呂に入って布団に入りたいため、大盛りのカレーを一心不乱に口に運んでいる。矢矧は川内がいつご飯を喉に詰まらせてもいいように水を用意しているが、川内も川内で詰まらせないように早くてもしっかりと素早く噛んでいるので詰まらない。そんな川内を酒匂は感心するように見入るのだった。

 

 ーーーーーー

 

 朝食を終えると、川内は報告を那珂に任せて自分はさっさと寝る準備に戻った。しかし那珂は勿論、他の面々も川内のそういうところには慣れているので何ら問題無い。

 

「ーー受け取った秋刀魚はちゃんと間宮さんたちに渡してきたよ♪ 報告は以上で〜す♪」

「ん……改めてご苦労さんだったな。ならみんな部屋に戻って休んでくれ。生活リズムには気をつけてくれな」

 

 提督の言葉にみんなは返事をし、提督たちに改めて『ごちそうさまでした』と告げると、笑顔で執務室をあとにしていく。

 すると比叡や磯風たちは食器等を片付け終え、提督の前に横一列に並んだ。

 

「司令! 皆さんたくさん食べてくれて良かったですね!」

「雲龍や山風たちではないのに、あの量が綺麗に無くなって驚いているが……作った甲斐があるな」

 

 嬉しそうに言う比叡と磯風に瑞穂や秋津洲も同意するように頷き、笑顔を浮かべる。

 

「そんじゃ、最後にみんなで洗い物すっか。やはぎん、さかわん、とりあえず昨日通達した通りに準備を進めておいてくれ」

「了解。昼間出撃予定の艦娘たちに伝えるわ」

「あたしは会議室でみんなを待ってるね♪」

 

 こうして鎮守府は今日も元気に任務遂行するのであったーー。




夜間任務後の風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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