季節は移り変わり、秋一色となった10月。鎮守府では大本営から発令された『鎮守府秋刀魚祭り』に伴い、本日は鎮守府から提督を始めとした複数の艦娘が地元の港町の漁協組合へ挨拶をしに訪れていた。
この任務は夜間の秋刀魚漁に対する護衛任務と昼間に深海棲艦の漁場侵入を阻止する任務で、漁協とは細かなスケジュールの共有が不可欠なのだ。
中には軍や艦娘に拒否反応を示す者もいるが、自分たちの仕事と命の両方を軍が守るというのだから大抵の者は至って協力的。
そんな中で軍との協力を拒否したことにより、深海棲艦に漁船が襲われるといったことも起こっている。その際に左派から寄せられる批判は『軍が民間人を見殺しにした』という、全く持って変な言い分なのだから、軍としても拒否されても漁船の動向を見張るしかない。どんなに罵声や怒号を浴びせられても……。
ー漁協事務所ー
「ではでは、今年もよろしくお願いします」
挨拶とスケジュール共有を済ませた提督と組合長。組合長は提督と艦娘にとても協力的で、今年も興野提督の鎮守府はなんら問題なく任務遂行出来そう。
この組合長は自身が深海棲艦に襲われた時に提督の艦隊に救われた経験があるので、軍や艦娘に対してとても好意的なのだ。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。秋刀魚漁に至っては深海棲艦の脅威にされられる海域での漁ですしね」
「いえいえ、普段から漁船の護衛も頻繁にしてもらってますし、こちらとしては感謝しかありません」
組合長の言葉に提督は「それが我々の使命です」と返し一礼すると、組合長はニコニコと笑いながら「うちの地域に鎮守府があって良かった」と満足そうに言った。
本当ならばこれで挨拶は終わりなのだが、組合長はまだまだ提督と話をしたいようで解放する気はなく、次々と話題が出てくる。提督も地域住民の言葉はちゃんと聞きたいと常日頃から思っているため、嫌な顔を一切見せずにこやかに会話していった。
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まだまだ提督が解放されない中、事務所の外では提督の護衛任務として付いてきた艦娘たちが待機している。
嫁である阿賀野やお目付け役の矢矧がいるのは当然だが、当時組合長を助けた神通と電も一緒に訪れていた。
神通と電は組合長にとって命の恩人……なので毎回こうして組合へ来る時には、組合長直々のご指名で二人は必ずこの場へ赴く。
「組合長さんからまたお菓子頂いちゃったのです……」
「ありがたく受け取りましょう。せっかくのご厚意なんですから」
組合長からお菓子を受け取った電に神通がそう言うと、電は「はいなのです」と少々硬い笑みを見せる。
それもそのはずで、電が組合長から貰ったお菓子は色んなお菓子の詰め合わせで、電が両手で抱える程の量だからだ。神通にも同じ量が送られたが電としては持つのが大変な量である。
「良ければ青葉が持ちますよ、電ちゃん」
「あら、なら私が持ってあげるわよ」
そして電にそう言ってお世話を焼こうとしているのが、半ば一方的に護衛任務へ就いた青葉と由良のガチ勢。二人は親切心で言っているが、その裏には提督に一番可愛がられている電のお世話をすることで提督に褒めてもらいたいという気持ちも無きにしもあらず。
それが分かっているので、電は「自分で持って帰ります」とそれとなく二人の厚意を断る。もし自分がどちらかへ任せてしまうと、そのどちらかが提督に褒められ、褒められなかったどちらかと阿賀野が嫌な気持ちになってしまうと考えたから。
「二人共、もう少し声を抑えて。まだ提督はお話中なんだから」
矢矧に注意された二人は『は〜い』と返事をして、また姿勢を正した。ここで反抗しては提督に迷惑がかかるからだ。
それからまたみんなして静かに待機したが、提督が解放されたのはお昼近くになってからだった。
組合長は最後にまた神通と電に感謝の言葉と握手をし、提督たちへ激励の言葉をかけて送り出してくれた。
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提督の運転するジープに乗って鎮守府へ戻る途中だが、提督は「昼飯とみんなへの土産買うぞ」と近くにある大型量販店へ車を走らせる。
みんなは久しぶりの外食と買物ということで大賛成で、青葉と由良に至ってはどさくさ紛れて提督へ『愛してる!♡』と叫んだ。
ー大型量販店ー
量販店へ着いた一行はとりあえずその中にあるレストランで昼食を取り、あとは各自自由行動となった。この地域では艦娘と人の交流は至って普通なので提督も安心して自由行動を出せるのだが、
「提督さん、早く行きましょ♡」
「時間が勿体無いですよ、司令官♡」
当然の如くガチ勢の二人が両サイドに侍り、阿賀野と矢矧はその後ろを歩く。阿賀野はドス黒い笑みを送り、前三人を見つめる中、その隣の矢矧は阿賀野のストッパーとして侍っているのだ。因みに神通と電は一緒にぬいぐるみコーナーへまっしぐら。
「二人共、んな急がなくても時間はまだあるぞ? それと両サイドから妙な柔らかい感触ががががが!」
「だって当ててるんだもん♡ 阿賀野ちゃんには負けるけど、私だってそれなりに大きいのよ?♡」
「司令官は重巡洋艦の良さをまだまだ知りませんからね〜♡ こういう時に青葉がちゃんと教えてあげます♡」
「いや、そういうんじゃなくてだな……」
提督はタジタジになりながら後ろを歩く阿賀野へ『すまねぇ』と謝るように視線を送るが、阿賀野はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
「阿賀野姉ぇ、気持ちは分かるけど……提督だって好きでああなった訳じゃないなのよ?」
「でも目の前でああされていい気分はしないもん」
珍しく矢矧がフォロー役に回るが、阿賀野はやはりヤキモチを焼いて取り付く島がない。
そんなことをしているうちに提督は二人と人混みに紛れてしまい、阿賀野と矢矧は見失ってしまった。
「ほら、阿賀野姉ぇが変な意地張るから」
「だって〜」
「はぁ……でもあの二人だって本当に阿賀野姉ぇから提督を奪うなんてしないと思うし、ここは提督と二人を信じて私たちは普通に買い物しない?」
「…………分かった〜。慎太郎さん名義で色んなの買っちゃうんだから!」
こうして阿賀野も吹っ切れて矢矧と買い物することにしたが、矢矧は「それはそれでどうなのよ」と苦言をこぼすのだった。
ー提督、青葉サイドー
「フッフッフ〜、司令官♡ 青葉と二人きりですよ〜♡ 嬉しいですか〜?♡ 青葉は嬉しいです♡」
「由良を探さなくていいのか?」
由良をも撒いた青葉は提督と二人きりで量販店内のカメラブースへ来ていた。ここでは新型カメラを実際に操作出来、その時に撮った写真をその場で現像してくれるのだ。
「司令官、早速これで一枚撮りましょう!♡」
「デジタル一眼レフか……こんなちっけぇのにこんな金かかるとか泣けるぜ」
「ですから使って試してみることが出来るんですよ〜♪ ほらほら、こうやってくっついて♡」
提督の肩を自分の方へ抱き寄せ、もう片方の手でカメラを向ける青葉。提督は青葉が楽しそうなので自分も自然と笑みを向けたが、
「隙きありです♡」
その言葉と同時に提督は自身の右頬へ柔らかい感触を感じた。それと同時にシャッターが切られる。
「お、おい……青葉……」
「えへへ♡ 本当なら唇と唇でしたかったんですけど、そうなると青葉が強制終了しちゃう(理性的にも艦娘としても)のでほっぺを頂きました♡」
満面の笑みでピースして提督へカメラの確認画面を見せる青葉。そこには提督の頬へ可愛らしい笑みでキスをする青葉と間の抜けた提督の顔が写っていた。
ガチ勢とは言え、提督が本当に嫌がることはしない……がこういうことをしてしまうのがガチ勢。よって青葉にとってはこの写真が今出来る最高の行動なのだ。
青葉は提督に「現像してきますね♡」と言ってその場から離れたが、その瞬間に提督は姿を消した。
ー提督、由良サイドー
「次は由良の番♡ ね、ね?♡」
提督をさらったのは由良で、由良は提督を連れて雑貨ブースに来た。
満面の笑みの由良に首根っこを掴まれて引きずられる提督は、傍から見れば鬼嫁にしょっ引かれている夫だ。
「提督さんに、由良に似合うリボンを選んでほしいの♡」
「げほっ……なら普通に連れてきてくれよ」
首が折れるかと思ったお……と思いながら提督は由良に注意するが、由良は「提督さんに怒られちゃった♡」とどこか嬉しそう。
「つうかリボンだけでも結構あんだな……」
「そうよ? 生地やデザインも種類豊富なんだから♡ だから提督さん好みのリボンを選んでほしいの♡」
「俺好みねぇ……」
「それで、そのリボンを体に巻いて提督のお布団に入っててあげる♡」
「おい」
「ふふふ、冗談よ♡ 半分だけ」
「ん? 後半が聞き取れなかったが……」
提督の言葉に由良は「何でもない♡」と返し、提督にリボンを選ぶよう催促した。提督はそこは深く考えず、素直に由良に似合うリボンを一つ一つ由良の髪に合わせて選ぶことにした。
「やっぱ由良の髪にはえんじ色のがいいんじゃねぇか? これなんてどうよ?」
シルクのえんじ色一色でシンプルなリボンを由良に勧めた提督。すると由良は嬉しそうにクスクスと口を手で押さえて笑った。
「どうした? なんかマズったか俺?」
「ううん、ごめんなさい……ただ、私もそれがいいなって思ってて、提督さんがそれを勧めてくれたから嬉しくなっちゃったの♡」
由良の言葉と表情に提督は思わずドキッとした。すると由良が「あ」と声を出したかと思うと、
「阿賀野ちゃ〜ん、こっちこっち〜♪」
手を振って阿賀野と矢矧をこちらへ呼んだ。
阿賀野と矢矧が側へ来ると、由良は「提督さん返すね♪」と提督の背中を押して阿賀野の前へ押しやる。
すると由良は矢矧に「矢矧ちゃんもリボン買おうよ♪」と強引に矢矧を夫婦から離れさせるのだった。
二人きりになったのはいいが微妙な空気が漂い、二人は互いに言葉が出ない。
「……その、悪かった」
先に提督が頭を下げて謝ると、阿賀野は何も言わずそのまま提督を見つめる。
提督は阿賀野がかなり怒ってると思って顔色を伺おうと顔をチラリと上げると、そこにはいつもの阿賀野の優しい笑みが待っていた。
「阿賀野……」
「ふふふ、私もごめんね。二人に盗られちゃったから、少しだけ意地悪したの♡」
「阿賀野〜……」
「今からは阿賀野と一緒に回ろうね♡」
阿賀野の言葉に提督は勿論だと頷くと、阿賀野は提督の左腕にギュッと抱きついた。お互いいつも通りになったからか、自然と笑みがこぼれる。
「慎太郎さんって背が低いから、なかなか見つけられなかったな〜」
「悪かったな、背が低くてよ」
阿賀野の口撃に提督は素直に謝るが、
「ふふっ、でもそのお陰で慎太郎さんと同じ目線の世界を歩けるから、阿賀野は幸せよ♡」
愛らしい笑顔と下げて上げるという巧みな術中にまんまと引っかかってしまった提督は、それにより鼓動が大きな音を立てて鳴り響いた。
「…………なら言うんじゃねぇよ、一応気にしてんだからよ」
「照れてる慎太郎さん、可愛い♡」
「うるせぇうるせぇ」
阿賀野の口撃に耐えられず提督は早足になるが、阿賀野が左腕にピッタリとくっついているので歩く早さは変わらなかった。
「慎太郎さん、だ〜いすき♡」
「俺もだよ……」
「え〜、聞こえな〜い♡」
「…………」
「ねぇ、慎太郎さん?♡ なんて言ったの?♡ ねぇねぇねぇ〜?♡」
「お、俺も……」
「うんうん♡」
「阿賀野を愛してるよ!」
無理矢理言わせた愛の言葉はそのホールに響き渡り、周りから生温かい視線が注がれた。
提督は足早にそこから離れたかったが、阿賀野がそれを許してはくれなかった。
それから集合場所へ一番最後にやってきた夫婦。提督は顔がとても真っ赤で、心配した神通や電はぬいぐるみを持ったまま駆け寄るが、
「なんでもねぇ……」
「なんでもないよ〜♡」
と夫婦は同じ言葉でも違った反応を見せるのだった。
そんな夫婦を見て矢矧は頭を抱え、青葉はその夫婦の様子をカメラに収め、由良はニヤニヤしていたーー。
秋刀魚祭り発令直後の一幕ということで書きました!
甘さはちょっぴり多め!
ニヤニヤしてしまった方は『末永く爆発しろ!』とご感想に書いてください♪←書かなくてもOK
ではでは、今回も読んで頂き本当にありがとうございました!