提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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ガチ勢は仲良し

 

 9月某日、朝。艦娘たちはそれぞれ訓練、任務へと向かい、朝の慌ただしい時間帯も過ぎて時計は一〇〇〇を過ぎた。

 提督も工廠からの艤装開発を終え、中庭を突っ切って本館へと向かっていた。

 

 鎮守府の本館は埠頭側にあり、埠頭を一番右側とすると中庭が中央、工廠が左側である。

 なので提督が歩いているルートは最短ルートではあるが、中庭には大抵誰かしらがいるので提督はその艦娘と軽く会話しようとこのルートを毎回選んでいるのだ。

 これは提督が日頃から大切にしている艦娘とのコミュニケーションであるため、少し帰るのが遅くなっても矢矧は黙認してくれる。しかし仕事が山積みの時や時間オーバーの時は、矢矧からのハリセン制裁が待っている……のに提督はみんなと話すのに夢中となり、高い確率で怒られるという。

 

「提督、足元に注意してくださいね?」

 

 そんな提督の隣には工廠で艦載機の整備をしていた祥鳳が一緒に歩いていた。

 提督が工廠を出る時に祥鳳も丁度寮へ戻るところだった。しかし義足に慣れたといっても提督の一人行動が心配で仕方ないため、祥鳳は提督を本館に送り届けようと付いてきたのだ。

 

「でぇじょぶでぇじょぶ。これくらいいつも通ってる道なんだからよぉ」

「慢心はいけませんよ。それに私と別れたあとで提督が転んで怪我をしてしまったら、私は阿賀野さんや皆さんに顔向け出来ません……」

「大袈裟だっての。やはぎんなんて容赦なく俺の頭しばくぞ?」

「それはその……提督が変なお戯れをなさられるから……」

「俺は遊びに真面目だが、不器用な男でもあるのさ……」

 

 提督が意味不明のことを爽やか笑顔で放つと、祥鳳は「提督ったら……」と苦笑いを浮かべる。

 祥鳳としても提督が自分たちとの触れ合いを大切にしてくれているのを理解しているので、矢矧みたいには強くは言えないのだ。仮にも提督がこれまでのように自分たちに接してくれなくなる……なんて考えただけで、祥鳳の心は寂しい気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「あ、提督だ〜!♡」

 

 中庭を歩いていると、提督の目的通り何者かに声をかけられた。

 声をかけたのは瑞鳳で、その周りには綾波や漣といった綾波型姉妹たちもいた。

 

 そんなみんなへ手を振りつつ提督が近寄ると、みんなの足元に落ち葉が集められている。

 

「みんな掃除してくれてたのか。ありがとうな」

「えへへ、どういたしまして♡」

「やはりこの季節はすぐに落ち葉が散乱してしまいますから」

 

 綾波の言葉に提督は「秋だからな〜」と中庭にある桐木を見上げた。

 

「でもこれで漣たちは美味しいことをする予定なんですよ、ご主人様♪」

 

 含み笑いをしながら漣がそう言うと、周りのみんなもニコニコと笑みをこぼす。

 みんなの反応に提督が小首を傾げていると、背後から「お待たせ〜♪」と弾んだ声が聞こえた。

 

 提督が振り返るとそこには青葉と衣笠がいて、青葉は大きめな手提げを持ち、衣笠は一斗缶を持っていた。

 

「青葉の司令官♡ 今日もお会い出来て光栄です♡」

 

 提督を見た瞬間にテレポートでもしたのかと疑うくらいの速さで提督の側までやってきた青葉。その後ろから衣笠は「おいてかないでよ〜!」と小走りしている。

 

「なんだ、十時のおやつにみんなで網焼きパーティでもすんのか?」

 

 衣笠を気にしつつ提督が青葉へそう質問すると、青葉を始めとしたその場にいる全員がコクコクと頷いた。

 

「司令官もご一緒にどうですか?♡ そろそろ鎮守府も秋刀魚祭りが大本営から発表される頃ですし、青葉たちと一足早い秋の味覚を堪能しましょう!♡」

「そうしたいのは山々なんだがなぁ……」

 

 歯切れの悪い提督に青葉が小首を傾げていると、やっと合流した衣笠が「お仕事があるんでしょ?」と、言い難そうな提督へ助け舟を出した。

 衣笠の言葉に提督は申し訳なさそうに頷くと、青葉はズ〜ンっとうなだれてしまう。

 

「青葉、この埋め合わせはすっからよ。機嫌直してくれよ」

「それっていつですか? どうやって埋め合わせしてくれるんですか?」

「う〜ん……あ、今度秋刀魚祭りの件で地元の漁協へ挨拶しに行かなきゃなんねぇんだが、その時に青葉も連れてってやるってのはどうだ? 挨拶が終わりゃ少しくらい街で買い物出来るぞ?」

「二人きりで、ですか?」

 

 その質問に提督が答える前に衣笠が「それは無理でしょ」と苦笑いでツッコミを入れる。すると青葉は「ですよね〜♪」と明るい声色で笑った。しかし衣笠はその時の青葉の目が笑っていなかったのをバッチリと見てしまった……が、見てないことにするしかない。だって理由を考えたら怖いから。

 

「まぁ、二人きりは無理だけどよ……そういうことで手ぇ打ってくんねぇか?」

「…………分かりました。司令官を困らせるのは青葉としても不本意ですし、それで手を打ちます!」

「そうか。サンキュな」

 

 お礼を言って青葉の頭をポンポンっと優しく撫でる提督。それに対して、青葉はそれだけで恍惚な表情を浮かべているため、ご機嫌は直ったのであろう。

 しかし、

 

「んふふ、聞〜いちゃった〜♪ 聞〜いちゃった〜♪」

 

 背後から楽し気な声が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、そこには由良が満面の笑みで立っていたのだ。

 

「お、お〜、由良か。気配消して背後から声かけないでくれよ。結構ビビるんだよ、それ……」

「ふふ、ごめんなさい♡ でも提督さんが私以外の人と仲良くしてるから、驚かせちゃおうかなって思って♡」

 

 由良はそう言って提督の背後から腹の方に手を回し、ヒシッと抱きついた。それを見た瞬間、青葉にピシッとヒビが入った。

 

「由良さん、今司令官は青葉とお話中です。ととっとその手を離しやがってくださいませんか?」

「あら、みんなも一緒だし特段込み入ったお話じゃないわよね? ね?」

 

 両者共、涼しい笑みだが、互いに送る視線や声色は明らかに絶対零度なくらいに冷ややかだ。そんな二人に挟まれる提督は思わず腸がキリキリしだす。

 

「またLOVE勢の冷戦がはじまっちゃったにゃ〜♪」

「そう言ってる割には楽しそうよね、アンタは……」

 

 提督たちの一幕に漣はニヤニヤ顔が隠しきれない。そんな妹に曙はヤレヤレと肩をすくめる。

 傍から見れば一色触発の雰囲気だが、今に始まったことでもなければ日常的な風景なので外野は呑気なもの。

 その証拠に、

 

「落ち葉へ点火!」

「あぁ、ちょっと! まだバケツに水入ってないのに!」

「今私が入れてくるね♪」

 

 朧、敷波、潮はもう火の準備に取り掛かっている。

 ガチ勢の間では提督が悲しむことはご法度なので、どんなにヒートアップしても喧嘩をおっ始める様なことはしない。だから冷戦なのだ。

 

「祥鳳はどうする? 私たちと網焼きパーティすりゅ?」

「でも提督が……」

「提督なら大丈夫だよ♪ だって瑞鳳たちの提督だもん♡」

「瑞鳳、それ理由になってないわよ?」

「むぅ、いいの! それで祥鳳はどうするの!? 祥鳳の好きなホッケも焼く予定なんだよ!?」

 

 瑞鳳の"ホッケ"というキーワードに祥鳳は「食べりゅ!」と即答。そんな祥鳳の姿を目の当たりにした綾波は「姉妹ですね〜♪」と、思わずほっこりしてしまった。

 

「そもそも青葉さんだけ提督さんとお出かけとかズルいと思うのよね? ね?」

「それは司令官のご厚意です。由良さんがとやかく言うことではありません」

 

 提督を挟んで未だに相打つ由良と青葉。衣笠は必死に「まぁまぁ二人共〜」となだめているが、二人の耳に衣笠の声は届いていない。

 方やほのぼの、方や修羅場でかなり混沌としているが、

 

「ーーく〜!」

 

 遠くから聞こえてくる声でみんなはこの冷戦の終焉を予期出来た。

 何故ならば、矢矧が鬼の形相で両手にハリセンを持ってこちらへ猛ダッシュしているから。

 

「もうダメだ……お終いだぁ……」

 

 先程までは腸がキリキリしていた提督だったが、矢矧を見た途端、ドッと冷や汗があふれ出す。

 

「由良さん……」

「えぇ、分かってるわ」

 

 青葉と由良は互いに頷き合い、提督からそっと離れ、提督を庇うように前へ出て肩を並べた。

 

「青葉……由良……」

 

「提督さん、お出かけする時、由良も連れてってね♡」

「…………今は逃げてください。青葉と由良さんで司令官が逃げる時間を稼ぎます」

 

「そんなことしたら……!」

 

「大丈夫です! 大丈夫……司令官、お出かけする時は司令官の時間を少しだけ青葉にくださいね♡」

「…………提督さん、早く!」

 

 由良の声に提督は出来る限り早くその場をあとにした……心の中で青葉と由良へ感謝の言葉を何度も言いつつ。

 

「退きなさい、二人共!」

 

 提督がその場から退いた後、青葉と由良は矢矧と対峙していた。矢矧の眼光は鋭く光り、自分たちの後ろにいる提督をしっかりと捕捉している。

 

「愛する司令官のために!」

「由良たちは退けないの!」

 

 先程までの冷戦の嘘のよう……しかしこれがガチ勢なのだ。愛する者ためとなれば手を取り合い、守る……なんて美しい物語だろう。

 

「ホッケ焼けたよ〜♪」

「はい、祥鳳さん♪」

「ありがとう、漣ちゃん」

 

 そんな横では瑞鳳、漣、祥鳳がホッケを食べてのほほんムードであり、

 

「網焼きじゃがバター完成♪」

「ホクホクしてて美味しそう!」

「火傷しないようにしなさいよ? 誰もアンタの分まで食べたりしないから」

 

 綾波、潮、曙はじゃがバターをハフハフと頬張ってまったり中で、

 

「網で焼くイカってどうしてこんなに美味しんだろう……」

「あはは、確かに♪」

 

 朧、敷波は焼きイカに舌鼓を打ってご満悦。

 

「いくら矢矧さんでも青葉と由良さんを一気に相手するのは厳しいですよ?」

「そうね……でも退かないならーー」

「ぶつかるしかないわよね!」

 

 先手必勝とばかりに由良は飛び出すが、矢矧は由良の目の前にスパンッとある物を見せつける。

 

「これ、な〜んだ?」

 

 不敵な笑みを見せて質問する矢矧。

 矢矧が見せているのは提督の写真……だが、これはただの写真ではない。何故なら提督が湯船に浸かり、極楽気分且つカメラ目線でピースしているから。

 これは矢矧のガチ勢対処法の一つで、ちゃんと阿賀野からも許可を得た写真を使った懐柔策だ。

 

「こ、これをどうやって……!?」

「言い値で買います!」

 

 ガチ勢としては喉から手が出る程のお宝写真。故に二人は顔は真剣だが鼻や口からはLOVEがあふれ出している。

 

「阿賀野姉ぇ秘蔵の提督これくしょん、よ……欲しい?」

 

 そう訊かれた二人は写真から目を離さず、一心不乱にコクコクと頷く。

 

「じゃあ、先に提督を捕まえて私のところへしょっ引いてきた人にあげるわ」

 

 矢矧の言葉が言い終わる前に、二人の姿は既に消えていた。矢矧はふぅと一息吐くと、近くのベンチへ座り込む。

 

「お疲れ様♪ はい、ホッケ焼き♪」

「ありがとう」

「ご主人様が来るまで一杯やってくだせぇ、姐御♪」

「お茶でお願い。あと漣、お願いだから姐御はやめて」

 

 こうして矢矧はお役目を果たし、少々の休憩時間を取るのだった。

 その数分後、青葉にお姫様抱っこされて提督は連行され、矢矧からハリセン制裁を喰らう。その後ろでは由良が悔しそうに両膝を突き、潮たちがじゃがバターで慰めるのだったーー。




今回はドタバタな感じに仕上げました!
キャラ崩壊が著しい娘もいますが、何卒ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

お知らせ
作品に新艦娘以外は全員登場させたつもりが、瑞穂さんを出していませんでした。
申し訳ありません。
瑞穂さんは『命と言葉の重み』に付け加えですが、書き足したのでご了承お願い致します。

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