提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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妻としての余裕

 

 9月某日の昼下がり。残暑と呼ばれるこの時期、空は曇っていてもモワッとした暑さが鎮守府一帯を覆っている。

 

 ー執務室ー

 

「こんな日は執務室で涼むのが一番だよね〜♪ ね〜、大井っち〜♪」

「そうですね、北上さん♪」

 

 そんな中、執務室に我が物顔で居座るのは球磨型三番艦、重雷装巡洋艦の『北上』と四番艦『大井』。

 北上はいつも飄々としているがやる時はやる頼もしい艦娘。提督のことは信頼していてよく懐いている。

 一方の大井は北上や姉妹のことをいつも第一に考えている思いやりの()()()()()艦娘。提督のことは阿賀野一筋でいい男と思っているので、基本的に従順で限りなくLOVE勢に近いLIKE勢。時間が合えば阿賀野と提トーク(提督談義)をしながらお茶をしたりする仲。

 

「て〜とく〜、お菓子〜……」

「多摩にはシロップジュース〜……」

 

 北上、大井に負けず劣らずソファーにグデーンと座り込んでいるのは、球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』と二番艦『多摩』だ。

 球磨はオンオフがハッキリしていて面倒見のいい艦娘であるが、提督の前では構ってちゃんになる甘えん坊。LOVE勢の一員であるが見守り勢……しかし酒に酔うとキス魔になって提督だけを襲う。

 多摩はお昼寝が大好きな艦娘で昼寝好きの者たちと日々お昼寝スポットを開拓している。でも一番のお昼寝スポットは提督の膝の上というLOVE勢。自分を振った提督への報復にわざと阿賀野のヤキモチを誘い、その嫉妬で提督がてんやわんやしてるのを見るのが好きな、ちょっと腹黒い一面も……。

 

「すまねぇ……提督、阿賀野、矢矧……」

 

 そしてその中で提督たちに対して、とてもとても申し訳なさそうにドアの側で縮こまって佇んでいるのが、あの木曾である。末っ子故にこれは宿命とも言えるだろう。

 

「なっはっは、気にすんな! 木曾は勿論だが、球磨型姉妹にゃ大規模作戦で目一杯お世話になったんだからな!」

「そうだよ〜、支援に出撃に輸送ってみんなして頑張ってくれたんだから♪」

 

 謝る木曾に対して提督と阿賀野は笑顔で返す。二人が言ったようにこの前の大規模作戦で球磨型姉妹は大車輪の活躍を見せ、艦隊の任務遂行に大きく貢献した。

 休み週間は終わったが、大規模作戦で任務に出ずっぱりだった艦娘たちは今が本格的な静養週間。なので球磨たちは執務室に来てリラックスタイムを過ごしているのだ。

 それもちゃんと提督が休み時間になったのを見計らって来ているのだから流石である。

 

「ほれ、いつだったかお前が食いたがってたどら焼き」

「覚えててくれて嬉しいクマ〜♡」

 

「んで、多摩がシロップジュースな。ちゃんと座って飲めよ?」

「にゃ〜♡ 提督の言うことは絶対にゃ♡」

 

「提督〜、もっとガンガンに冷やして〜」

「んな涼しそうな制服なのに、これ以上冷やしたら体に毒だろ」

「そうなったら私が北上さんを看病するので大丈夫です♪」

「いや、そういう問題じゃなくてよぉ……」

 

 球磨や多摩の世話を焼きながら北上と大井の相手も忘れない提督。こういうなんだかんだ構ってくれるところがみんなは好きなのだ。

 

「北上と大井は麦茶で良かったわよね? 木曾もいつまでも立ってないで座れば?」

 

 矢矧が木曾の分の麦茶もちゃんと用意してそう促すと、木曾は「本当にすまねぇ」と言って大井の隣にちょこんと座る。

 

「そういえばこの前さ〜、ちくわをストロー代わりにしてお茶飲んだら予想以上に口の中にお茶が入ってきてむせたんだよね〜」

「何やってるのよ、貴女は……」

 

 ケラケラと笑いながら報告する北上に矢矧は呆れ気味で返した。

 

「あ〜、阿賀野もしたことあるよ〜♪ ストローより穴が大きいから、少し吸うだけで沢山飲めるのよね〜♪」

 

 一方で阿賀野が共感すると北上は嬉しそうに頷き、大井はクスクスと口元を手で押さえて笑った。しかし矢矧はその隣で頭を抱えていて、そんな矢矧を木曾は同情あふれる眼差しで見守っている。

 

「て〜とく〜、球磨と多摩の間に座れクマ〜」

「今はみんなの提督にゃ〜」

「ほいほい……」

 

「んへへ〜、提督の腕は抱き心地が最高だクマ〜♡」

「お膝も心地良い弾力があって天国にゃ〜♡」

 

 球磨も多摩もそれぞれ提督に頬擦りして、かなりご満悦の様子。しかし提督の真正面に立っている阿賀野の笑顔は、とてつもなく冷たくて火傷しそうな程。

 

「ね、姉ちゃん……提督が困ってるし、阿賀野も睨んでるぞ……」

「これくらいで嫉妬しててはダメにゃ。妻の余裕を見せるのにゃ」

 

 木曾の忠告にも多摩は本物の猫のようにのらりくらりとかわす。球磨に至っては甘えモードに入っているので阿賀野が視界に入っていない。

 

「にしし、阿賀野っちも大変だね〜♪」

「でもこれだけみんなに慕われてる提督の奥さんが阿賀野っていうのも凄いことよね♪」

 

 北上も大井もこの手の状況は大好物なので笑いが止まらない……しかしちゃんと大井が阿賀野のことをヨイショしたので、

 

「でへへぇ〜、そうかなぁ〜?♡」

 

 阿賀野は嫉妬の炎に取り込まれることはなかった。

 

 するとドアがトントントンとノックされる。それに対して矢矧が「どうぞ」と返すと、

 

「只今戻りました」

「ただいま〜♪」

 

 大淀へ書類を提出しに行っていた能代と酒匂が戻ってきた。

 更には、

 

「失礼します、司令官♪」

「お邪魔しや〜す♪」

「こんにちは、司令官さま、皆さん♪」

「こんにちは〜♪」

 

 四名の駆逐艦たちが入室してきた。

 入ってきた順に吹雪型駆逐艦一番艦『吹雪』、陽炎型駆逐艦十九番艦『秋雲』、夕雲型駆逐艦二番艦『巻雲』、秋月型駆逐艦二番艦『照月』の面々だ。

 吹雪は真面目な子で敬愛する提督のために一生懸命な頑張り屋さん。しかし少しおっちょこちょいなところもあり、パンチラしてしまうことが多いそうな。

 秋雲はいつもスケッチブックを持ってイラストを描くのが趣味の艦娘。提督のイラスト集はいつも三十分ほどで完売する。

 巻雲はいつもチョコチョコピョコピョコと小動物のように歩く可愛い眼鏡っ子。提督のことがLIKEの意味で大好きな忠犬勢。

 照月は明るくて笑顔を絶やさない艦娘。提督お手製の『男の丼飯』が大好物で夜食におねだりすることも。着任してから食べ物は美味しい物ばかりで食べ過ぎてしまうので、最近はちょっと節制しているんだとか。

 

「おぉ、吹雪たちも一緒か。シロップジュースあるぞ?」

 

 提督がそう言うと、吹雪たちは『頂きま〜す♪』とシロップジュースが入っているピッチャーへまっしぐら。

 駆逐艦の四人はこれから能代たちと遠征へ赴く……なので、その前に英気を養いに来たようだ。

 

「遠征先に変更ありませんよね?」

「おう、長良たちが戻ってきたらバトンタッチしてくれ」

 

 能代の質問に提督が笑顔で返すと、能代は「了解しました」と笑顔を見せる。

 

「遠征前だけど、食べるならお菓子もあるから食べてね♪」

 

 阿賀野が吹雪たちにお菓子の入ったバスケットを差し出すと、吹雪たちは嬉しそうにお菓子を選ぶ。

 

「休憩時間はいつも賑やかだね〜、ここは」

「それが鎮守府(うち)のいいところですよ、北上さん♪」

「ちっとばかし騒がしい気もするが、こういう騒がしさは嫌いじゃない」

 

 北上、大井、木曾はそう言って笑みをこぼす。

 

「んぉ? いつの間にかかなり人が集まってるクマ〜」

「ホントだにゃ……」

 

 対するLOVE勢コンビはようやっと周りに気付いた様子……でも提督からは離れようとしない。

 

「提督〜、いい画だね〜、ちょっちそのまま動かないでよ〜♪」

「また秋雲のスケッチ癖が始まりましたね〜」

「あはは、でもそれが秋雲ちゃんだよね♪」

 

 巻雲の苦言に吹雪が笑って言うと、照月も「確かに♪」とクッキーを頬張りながら頷いた。

 そうしている間にも秋雲はラフだが綺麗に素描していく。

 

「ぴゃ〜……秋雲ちゃんはスラスラ描けて凄いね〜」

「秋雲は毎日何かしら描いてるものね」

「イラストも訓練と同じで、毎日コツコツやるのが大切なのよ〜。時間が無くても簡単な物でもいいから欠かさず描くようにしてるんだ〜」

 

 酒匂と能代の言葉に秋雲はそう返しつつも、手は休めない。

 

「あ、そうだ秋雲。次の提督のイラスト集っていつ発売する予定なんだクマ?」

「順調にいけば来月の頭かな〜。日程の確定はもうちょい待ってて〜」

「球磨と多摩でそれぞれ三冊ずつ予約するにゃ」

「予約は受け付けてませ〜ん。その日に酒保で整理券を貰って、それから買ってくださ〜い」

 

 秋雲の事務的な返答に球磨も多摩もぐぬぬ……と苦い表情を浮かべた。最初の頃は秋雲も予約を受け付けていたが、LOVE勢は基本的に保存用、ハァハァ用、ニヤニヤ用と最低でも三冊は求めるので、印刷代が馬鹿にならない。今ではLOVE勢も増えたというのもあり、生産数を最初から決めておかないと秋雲のお財布が赤字になってしまうのだ。これは秋雲個人がやることであるため、経費で落ちないのである。

 

「因みに今回は何部印刷するの?」

「200の予定〜。今回は過去作も全部50ずつ追加する予定だから〜」

 

 照月の質問に秋雲が返すと球磨と多摩は大規模作戦中のようにギュンギュンと脳内計算を始める。

 

「最初は30部で済んでたのに、凄いことになってるのね」

「良かったね〜、提督〜。モッテモテ〜♪」

「モテモテって言われてもなぁ……」

 

「30、50、100と来て今じゃ200だからね〜、いやぁ提督には感謝感謝だよ〜♪」

 

 ケラケラと笑って秋雲がお礼を言うも、対する提督はなんと返せばいいのか分からず苦笑いを浮かべるしかない。寧ろ、ここで「だろ〜?」なんて言えば、ただのナルシストみたいになってしまう。

 すると、

 

「そういえば、阿賀野っちは旦那のイラスト集の販売に対してはうるさく言わないよね〜?」

 

 北上がふとした疑問を投げた。その疑問に阿賀野はニコニコしながら、

 

「だってあくまでもイラスト集で提督さんが誰かに買われちゃう訳じゃないもん♪」

 

 と平然と返し、続けてーー

 

「それにみんなはイラストだけど、阿賀野は本物の提督さんがいつも側にいるも〜ん♡」

 

 ーーまさに妻の余裕を見せつけるのであった。

 そんな阿賀野に対して提督は自身の右頬を掻き、緩みそうになった頬を誤魔化す。

 

「お〜、相変わらずここぞという時は嫁の顔をするね〜」

「それが阿賀野だからね♪」

(提督も嬉しそう♪)

 

 北上と大井の言葉に阿賀野は「そっかな〜?♡」とデレデレする。すると他の面々は夫婦に対して揃って『ご馳走様』と手を合わせるのだった。

 そんなこんなで休憩時間が終わり、みんなそれぞれ執務室をあとにすると、

 

阿賀野……愛してる

 

 提督は阿賀野の耳元でささやき、それに対して阿賀野は『愛してる♡』と言うように提督の頬へ小さく口づけを5回するのだった。

 

『(甘ぁぁぁいっ!)』

 

 そしてそれはみんなにしっかりと見られていたというーー。




今回もとある昼下がりの風景を書きました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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