提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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重い思い想い

 

 8月某日、時は夜の二〇〇〇過ぎ。

 泊地全域では夜になっても全く涼しくなる気配がなく、当鎮守府も同じく熱帯夜に見舞われている。

 すぐ側に海があり、潮風はあってもやはり暑いものは暑い。

 

「うぅ……せっかくお風呂入ったのに、部屋に着くまでにまた汗かいちゃうわ〜」

 

 へばり気味で不満の声をもらし、入浴セットを持ちながら重巡洋艦寮の廊下を歩くのは、高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕』。

 

 スキンシップが激しく、提督にもよく抱きついては阿賀野や高雄に注意されているが全く改めないお転婆娘。提督のことは好きだがライクなので阿賀野も強くは言わないんだとか。

 

「全くですねぇ……早くエアコンの効いたお部屋で涼みたいですぅ」

 

 そんな愛宕の隣を歩くのは青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』。

 

 索敵、砲雷撃戦が得意な心強い存在。普段は週刊誌『見ちゃいました』という情報誌を出すためにネタ探しをしている。勿論ゴシップ記事等は載せず、取材対象の許可を得た記事だけを載せる真っ当な雑誌だ。

写真が趣味でたまに阿賀野には内緒で提督の隠し撮り写真集を出しており、ガチ勢やLOVE勢にかなり好評。

そんな青葉自身も提督にベタ惚れで、本当のお宝写真は自分だけで堪能しているそうな。

 

「あら、青葉さんはその前に提督の写真でハスハスするのではなくて?」

 

 後ろから青葉にそんな言葉を見舞うのは最上型四番艦軽空母『熊野』。

 青葉は熊野に対して「勿論です♡」と返し、口角をニヤリと歪め、情愛と影が入り乱れたような笑みを浮かべた。

 

 熊野は立ち振る舞いなどは淑女そのものだが、砲雷撃戦の掛け声などはとっ散らかっているちょっと変わった子。

改二そして軽空母にまで育ててくれた提督が大好きなガチ勢ではないが、今はケッコンカッコカリをするのが目標のLOVE勢。

今は軽空母だが元々は重巡洋艦なので寮はそのままである。

 

「そんなことを言うくまのんも、そうするのですよね?」

 

 そしてその隣を歩く三隈の言葉に熊野は「わたくしは眠る前だけで十分ですわ♪」と清々しい笑みで返す。

 

 この四人は寮で同じ部屋であり、先ほど寮のお風呂(同時に五人入れる規模のお風呂)で今日の疲れを洗い流してきたところだ。

 

 鎮守府の寮は駆逐艦寮以外の部屋割りは全て着任順で決まっている。

 何故そうなのかというと駆逐艦以上のクラスは訓練などで常に姉妹で行動するので、平時はそれぞれとの交流をすることが連帯感をより強く出来るだろうと提督が考えたから。

 

 一方で駆逐艦は人数が多く、訓練や任務では姉妹固まって過ごすことが少ない分、駆逐艦寮だけは姉妹でまとめている。

 

 例

 綾波型1号室

 綾波・敷波・朧・曙

 綾波型2号室

 漣・潮

 

 仮に姉妹で一人だけもれてしまったりした場合はもう一人姉妹が着任するまで一時的に同型姉妹の部屋に入ってもらうため、駆逐艦寮の間取りは他の寮よりはゆとりがある。

 

 例

 陽炎型4号室

 野分・嵐・萩風・舞風・秋雲

 

 ただ例外もあり、それは島風だ。この場合はレーベたちが来るまではあえて部屋を決めず、ベッドが余っている部屋を好きなように使わせていた。その方が姉妹がいなくても寂しくないからと提督が考えたからで、そのため島風は日替わりでそれぞれの部屋で過ごしており、孤立することなく馴染めた上に駆逐艦のみんなと仲良くなれた。

 

「二人は相変わらず提督のことが大好きなのね〜♪」

 

 愛宕が二人にそう言うと、二人は満面の笑みで頷く。

 

「提督はこの熊野をここまで育て上げた大変優秀なお方……それはまさしくわたくしへ対する愛が成せたことですわ♡」

「提督はもう阿賀野さんが居ますのに、くまのんは肉食ですね〜」

「あら、正妻は狙ってませんわよ? わたくしはあくまでもケッコンカッコカリをして頂ければ満足ですの♡」

 

 熊野がケッコンカッコカリで満足している理由は、提督が深海棲艦との戦争が終わっても自分が死ぬまで軍人でいると言ったから。

 戦争が終わっても軍にいるのならば、正式な結婚でなくても提督とはずっと結ばれている……そう考えた熊野はケッコンカッコカリで十分幸せなのだ。それに好いた提督を困らせるのはしたくないという奥ゆかしい想いもある。

 

「今の青葉があるのは司令官のお陰です。そんな方を諦めろというのが無理なんですよ。伊達にソロモンの狼と呼ばれていた訳ではありませんから!♡」

 

 フフンと鼻を鳴らす青葉に三人はふふふと優しく笑みを返す。

 

 青葉が提督に惚れた理由……それは青葉が失意のどん底に陥ってしまった時のこと

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 時はまだ艦娘が人権を認められてからまだ日が浅い頃のこと。

 新聞やテレビでは深海棲艦との戦況が連日取り沙汰されており、中でも艦娘がまだ艦だった頃の艦歴を紹介したりするワイドショーも多かった。

 

 青葉はそこで自分の艦時代の再現ドラマを観た。それもマスメディアによって捻じ曲げられた艦時代を……。

 

 その番組では『ワレアオバ』のことや『ワレ曳航能力ナシ、オ先ニ失礼』といった事実ではあるが、その時の戦況や背景を見せずに報じ、

 

『活躍もしなかったが沈没もしなかった』

 

 などというコメントで締めくくる放送だった。

 

 それを観てしまった青葉は第六戦隊の仲間である古鷹、加古は勿論のこと、祥鳳、熊野、吹雪といった仲間たちへ顔向けが出来ないと自らの心の闇に引きこもってしまった。

 同じ第六戦隊で妹の衣笠に至ってはこの頃はまだ着任してなかったため、ギクシャクせずに済んだ。

 後にちゃんと衣笠にも青葉は謝ったが衣笠は笑顔で「なんのこと? 変な青葉♪」と笑い飛ばした。

 

 そしてそんな青葉を救ったのが、

 

『お前を恨んでる奴なんざいねぇ。お前は最後まで戦い抜いた……これほどの大戦果を上げた艦はそういねぇぞ』

 

 提督の言葉だった。

 

 勿論、最初は青葉も提督の言葉に否定的で聞く耳すら持たずにいた。

 

 確かにサボ島沖海戦では、乱戦や情報の誤りがあったとは言え、油断が招いた海戦であることは否めない。

 

 しかしそれでも提督は青葉に言葉をかけ続けた。

 

『お前はソロモンの狼とまで言われた不滅艦だ。あの時みたいに前を見ろ』

 

『過去は覆せねぇ……でも今のお前には未来がある』

 

『俺にはお前の力が必要だ。一緒に進もう』

 

 毎日毎日ただ息だけして、魂が抜けたような青葉に提督は必ず会いに来て、必ず何かしらの言葉をかけた。

 その言葉一つ一つが青葉の目に、心に魂を呼び戻させたのだ。

 

 青葉はそうして自分と向き合い、提督の優しさで本来の自分を取り戻すことが出来き、艦隊のみんなとも笑顔で肩を並べることが出来た。

 そしてその頃から青葉は提督を愛するようになったーー

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 提督の話をしながら部屋へ戻った四人。因みに愛宕たちは重巡洋艦寮の4号室。

 青葉は早速自身のベッドの枕元に置いてある写真立てに一直線。

 

「ただいまです〜、司令官♡」

 

 提督の写真にそう言って、青葉はちゅっちゅっと何度も何度もキスをする。その一方で熊野は提督の写真に投げキッスをしていた。

 そんな青葉と熊野を愛宕と三隈は『またやってる』と思いながらも、あえて何も言わずに冷たい麦茶をそれぞれのコップへ注いだ。

 

「ほら〜、青葉ちゃん、熊野ちゃん。麦茶飲みましょ〜」

「アイスも食べるのでしたら冷凍庫に入ってますよ〜」

 

 すると二人は返事をしてテーブルに戻る。ただし青葉は写真立ても持って。

 

「アイスって何が残ってましたっけ?」

「ん〜、確認してないから覚えてないわ〜」

 

 青葉の言葉に愛宕がそう返すと、熊野がとりあえず確認に向かった。四人共どうしてもという物には自分の名前を書くが、それ以外はみんなでお金を出し合って買った物なので誰が食べても気にしないのだ。

 

「えっと……間宮アイスのバニラとチョコに伊良湖モナカジャンボ……あとはガルルル君のソーダ、コーラ、ラムネ、梨とありますわ〜」

「ならば、青葉はガルルル君のコーラ味で! 今日、司令官がその味食べてましたから!♡」

「私はバニラアイスにしようかしら〜♪」

「三隈はチョコアイスがいいです♪」

 

 三人がそれぞれ食べたい物を指定すると、熊野は「分かりましたわ♪」と返してそれぞれを持ってテーブルに戻った。

 

「くまのんは伊良湖モナカジャンボにしたんですね♪」

「また今度酒保で買い足しておかなきゃいけないわね〜」

「でしたら青葉が買ってきますよ♪ 明日は任務も訓練もないので、司令官に会う以外は用事がありませんから♪」

「あ、でしたら、ハーゲンメイデンのトリプルショコラがありましたら買ってきてもらえないかしら?」

 

 熊野が青葉にそうお願いして自分の財布から五百円を差し出した。青葉は「了解です♪」と返して受け取る。

 

「レシートはちゃんともらってきてね。あとで精算するから」

「勿論です♪」

「ですけど、前みたいに変なアイスは嫌ですよ? 比叡カレーバーとか磯風ダークアイスとか……」

「あれはもう思い出したくもありませんわ……名前を聞くだけであの時の味が……」

「だ、大丈夫ですよ! そもそもあれはもう販売されてませんし!」

「でも青葉ちゃんは珍しいものなら買っちゃうから心配だわ〜」

 

 愛宕がそう言うと青葉は「愛宕さんまで!?」とショックを受けた。しかし愛宕に「冗談冗談♪」とからかわれただけだった。

 

 ーーーーーー

 

 それからそれぞれアイスを食べ終えて適当に雑談していると部屋のドアがノックされた。

 そして外から「お〜い、慎太郎だけど青葉はいるか〜?」と提督の声がした。

 

「は〜い、司令官〜♡ 青葉はここにいます〜♡」

 

 いち早く反応した青葉は、帰ってきた飼い主に走り寄る子犬のようにドアへ駆け寄った。ポニーテールが尻尾みたいにピコピコ揺れているのも、それを彷彿とさせる。

 

 ガチャリとドアを開け、青葉は提督を部屋へと招き入れようとしたが、

 

「あぁ、そこまで入用って訳じゃねぇんだ。前にお前が言ってたコピー用紙の入荷の件で、確認しに来たんだ」

 

 とのこと。青葉は「そうですか……」と返すが、その声はさっきとは大違いでショボンとしている。

 

「んで、入荷すんのはこのリストのでいいか?」

「…………はい、大丈夫です。わざわざありがとうございます、司令官」

「気にすんな。夜の散歩ついでに確認しに来ただけだからよ」

 

 そう言って提督は笑顔で青葉の頬を優しく撫でた。提督は青葉より背が低いので、頬を撫でる方が提督的に良い位置なのだ。

 撫でられている青葉は「はにゃ〜♡」と幸せそうな声をもらしており、それを愛宕たちはあらあらぁと微笑ましく眺めている。

 

「っ!? 青葉、ちょっと助けてくれ!」

「どうしたんですか?」

矢矧(ヤツ)が来る気を感じる! 匿ってくれ!」

 

 キリッとした良い顔で言うが、そのセリフは何とも言えない。しかし青葉は笑顔で頷き、提督を部屋へ招き入れる。

 

「夜の散歩じゃなくてサボってたのね〜」

「あたごん、それは人聞きが悪ぃぞ。矢矧が花を詰みに行ってて席を外してから、阿賀野にちゃんと言ってから来たんだからな!」

「何と言ってお越しになられましたの?」

「休憩がてら青葉のところに行ってくる」

「いつ頃執務室を出てこられたんですか?」

「一九三〇過ぎだな……そん時ここに来たら、みんなの反応がなかったから高雄たちの部屋でお茶飲んでた……」

「矢矧ちゃんが怒るのも仕方ないわね〜」

 

 愛宕に正論を言われた提督は「だから隠れるんだよ!」と隠れる場所を探す。

 すると青葉が冬用のうさぎの着ぐるみパジャマを出して提督に着せた。ゆったりパジャマなので提督が着るとムッチリとしたぬいぐるみにしか見えない。

 そんな提督を見て愛宕たちは思わずキュンとしてしまう。

 

「それであとは青葉がこうして司令官を前から抱きしめればぬいぐるみにしか見えません!♡」

「あっちぃ……だがこれなら大丈夫だろう。少しだけ辛抱してくれな、青葉」

「はい♡ 寧ろ永遠にこのままでも青葉は平気ですぅ♡」

「それは俺が勘弁願いてぇ。気持ちだけ受け取る」

「んもぉ、司令官は照れ屋さんですねぇ♡」

 

 そんな話をしていると、

 

「夜にごめんなさい。こちらに提督は来てるかしら?」

 

 矢矧の声が聞こえてきた。

 

 提督はすかさず口をつぐみ、青葉はギュッと提督を抱きしめる。それもちゃんと呼吸出来るように。

 そして三隈がドアを開け、

 

「先ほど来られまして、そのあとに工廠に用事があったんだと仰られて出て行かれましたわ」

 

 提督が逃げる時間も考慮した絶妙なフォローを熊野が入れた。

 矢矧はそう……と頷くが、ふと般若の顔に変わる。

 

「念のため部屋の中を確認してもいいかしら?」

 

 凄まじい迫力の矢矧だが、愛宕たちは「どうぞどうぞ」と平然と返す。

 

 部屋へ入り、ぐるりと見回す矢矧。そして収納スペースの戸へ手をかけると、

 

「ま、待ってください矢矧さん! そこは開けないでほしいです!」

 

 青葉が必死に止めた。しかし青葉はぬいぐるみ(提督)を抱っこしているので阻止出来ず、矢矧にそこを開けられてしまった。

 

「あわわわ〜……」

「その……青葉さん、ごめんなさい」

 

 戸を開け、思わず謝る矢矧。何故なら収納スペースの一部分にだけ、明らかに隠し撮りであろう提督の写真がビッシリと貼られていたから。

 

「こうなるかもしれないから、私は自分のベッドの天井にだけ貼ればって提案したのに〜」

「だ、だって〜……それだけじゃ足りないんですもん……」

 

 愛宕に言われた青葉は恥ずかしそうにモジモジし、ぬいぐるみ(提督)を強く抱きしめる。しかしそのせいで提督は思わず「くぇっ」と変な声をあげてしまった。

 

「? 今のは何?」

「あ、それはこのぬいぐるみです♪ ここら辺をこう押すと……」

「くぁっ」

「……ね?」

「へぇ、そんなぬいぐるみもあるのね……とと、つい脱線したわ。とりあえず私これで失礼するわね。色々とごめんなさい」

 

 こうして矢矧は愛宕たちに一礼して部屋をあとにした。

 

 ーーーーーー

 

「ぷはぁっ……あ〜、苦しかった〜」

 

 矢矧の気配が消えたところで提督はやっと青葉の胸から顔を上げた。

 

「す、すみません、司令官……さっきは少しアクシデントがあって、つい力が入ってしまって」

「はは、気にすんな。ありがとうな、青葉♪」

「えへへ……これからも青葉におまかせです♡」

 

 提督に褒めてもらえて大満足の青葉。それから提督は、

 

(しかし、やはぎんは青葉たちの部屋で何を見たんだろうなぁ)

 

 と小首を傾げながら執務室へコソコソと戻るのだった。

 

 ーその日の夜中ー

 

「あ〜、青葉は今、司令官に全身を包み込まれていますぅ〜♡」

 

 青葉は提督に着せた着ぐるみパジャマを身にまとい、恍惚な表情を浮かべて身悶えていた。

 大好きな提督の匂いと若干の提督の汗……そして自分の匂いが混ざり合う。それだけで青葉は気持ちが昂り、あられもない状態になる。

 

「はぁ……はぁ……司令官♡ 青葉は……青葉は……うふふふ♡」

 

 完全にヘブン状態の青葉。こうなった青葉は暫くこの状態なので、愛宕も熊野も耳栓をして眠りに就く。ただし三隈はそんな中でも平気で寝れる。

 

「司令官好き〜♡ 青葉のすべてを司令官に捧げますぅ〜♡」

 

 そして次の日の朝、青葉はキラッキラの笑顔を振り撒いていたーー。




青葉さんがちょ〜っとヤンデレっぽくなりましたが、ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!

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