仮面ライダーAP   作:オリーブドラブ

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第8話 たった独りでも

「ん……俺、は……」

 

 Gを救ったAPソルジャー。その殻の下には――南雲サダトの姿があったのだ。

 

「……! あ、あぁ……!」

 

 立ち尽くすサダトの姿を認め、アウラは涙を目に溜めて両膝を着く。

 

(私のせい……! 私のせいで、南雲様が……!)

 

 彼女にとっては、まさしく最悪な結果になっていた。自分と関わりを持ったこと――それ以外に、サダトが改造人間になってしまう理由など、考えつかなかった。

 

 できれば、そうあって欲しくはない。巻き込んでしまうことだけは避けたかった。そんな淡い願いさえ、現実は非情に打ち砕いてしまう。

 

「う、ああ……あ……!」

 

 零れ落ちる雫を、拭う余裕さえない。泣き叫んだつもりだったが、思った程の声が出てこない。罪悪感にうちひしがれた彼女の喉からは、声にならない叫びが僅かに漏れてくるのみだ。

 

 一方。Gに倒され変身が解けた他の4人も、はっきりと意識を取り戻そうとしていた。

 

「う……ん……」

 

「こ、ここは……」

 

 眠りから目覚めた彼らの瞳には、確かな生気が感じられる。考えられる結果は一つ。

 打ちのめされ変身を解かれたショックで、洗脳から解き放たれたのだろう。

 

 Gはその様子を静かに見守っていた。

 

 

「そうだ……俺は……あの時……」

 

「シェードに襲われ、て……」

 

 洗脳から解放された者達に待ち受けるのは、改造手術を受け、奪われていた記憶のフラッシュバック。

 

 人間として平和な日々を謳歌していた時代。シェードに囚われ、兵器の身体に成り果てた自分自身。

 ――全ての記憶が彼らに蘇り、五人衆は人間の心を取り戻した。

 

 呆然とした表情で、座ったままの彼らに、Gは優しく声を掛ける。

 

「洗脳から、解放されたようだな。もう、君達の心は君達だけの物だ」

 

 しかし、5人は全く反応がない。

 意識を取り戻してから、僅かに身を震わせるばかりだ。

 

「……記憶を取り戻したばかりだから無理もないか」

 

「お、俺達が……!」

 

「改造人間……!?」

 

 5人のうちの誰かが、恐怖と絶望に歪んだ表情で、口を開く。

 

 そこには、かつてGが記憶を取り戻した時に見せたような精悍な面持ちは、全く見られない。そこにあるのは、人間でなくなった者の悲哀だけだ。

 

「い、いやだ……」

 

「いやだぁぁああッ!」

 

 自分自身に起きた無情な現状に、彼らは泣き叫ぶ。

 

「俺は――もうすぐ結婚だったんだぞ!? 子供を持って、幸せな家庭を持って……!」

 

「なんで!? なんで俺達が!? 俺達が何をしたっていうんだよぉ!」

 

「返せよ! 返してくれよ俺の身体! 返せーッ!」

 

 異形の身体と人間の心の共存は、まさしく生き地獄だ。

 

 彼らはそばにいるGに泣き縋り、元に戻してくれと、涙ながらに懇願する。

 

 しかし、Gにそんな力がある筈がなく、シェードの科学力を以てしても、改造人間を人間に戻す事など不可能だろう。

 Gとしてはどうにか彼らの心を救いたかった。しかし、彼にはどうすることも出来ない。それが現実である。

 

 彼は唯一の希望であるアウラの方に目を向けるが――彼女は膝を着いて俯いたまま、動かない。どうやら、APソルジャーの中に知人がいたらしく、ショックに打ちひしがれているようだった。

 

(彼女が持ち直してくれる時を、待つしかないな……ん?)

 

 ふと、Gの目にある光景が留まる。

 5人の中で唯一、叫ぶことも嘆くこともしない者がいたのだ。

 

 彼は悲しみを表に出さず、自らの胸に閉じ込めているようだった。

 

 そう――かつての自分のように。

 

 

 その人物――南雲サダトは、自分の身に起きた現実を享受したまま、アウラの方を静かに見つめていた。

 

「……」

 

「あっ――な、南雲、様……」

 

 その眼差しを感じてか、アウラは思わず顔を上げ――不安げな表情のまま、想い人と視線を交わす。

 

「……あはは、助けに来てくれたのか? たくもう、家から出るなって言ったのに。まぁでも――ありがとう」

「え……? な、なぜお怒りにならないのですか。わ、私は、あなたを巻き込んで……!」

 

 そして、改造された後とは思えないほど相変わらずな笑顔を向けられた彼女は――今にも泣き出しそうな面持ちのまま、自分の罪深さを訴える。

 

「前にも言っただろ? ――正しい人を責めたくは、ない。体が変わったって、俺の心は、変わらないよ」

「……!」

 

 だが。

 それでも彼は、赦していた。どれほどアウラが自罰を下そうとしても。己を卑下しても。彼はその全てを受け止め、受け入れてしまう。

 

「あ、ぁあぁあっ……なぐ――サダト、様ぁあぁあ……!」

「――よく頑張ったよ、アウラ」

 

 もはや――彼女の心に、逃げ道はない。彼の優しさに、身と心を委ね――少女はその胸に飛び込み、幼子のように啜り泣く。

 そんな彼ら2人を、Gの複眼が穏やかに見守っていた。

 

 

 

「アウラ。早速で悪いんだけど、彼らを元の人間に戻してあげて欲しい。彼らはただ操られていただけだし、今すぐ戻せば何事もなく復帰できる」

「はい。では、まずはあなたから――」

「――いや、俺は一番最後でいい」

「えっ……」

 

 アウラは早速、サダトを生身の人間に戻そうと、その逞しい胸板に手を当てる。だが、彼女の白い手が緑色の優しげな光を放つ瞬間。

 サダトは彼女の手を掴み、その光を止めてしまった。待ち望んだ瞬間を止められ、アウラは上目遣いでサダトを見遣る。

 

「この身体だからこそ、出来る事もある。まだ全てが失われていないなら、失われていないものから新しい大切なものを、見つけだしたい。俺は……そう思うんだ」

「さ、サダト様……まさか!」

「君は他の4人を助けてあげてくれ。俺は――カタを付けてくる」

 

 それが、今のサダトが求める願いだった。それを察したアウラは、言葉が出るよりも早く腕に全力でしがみ付き、引き止めようとする。

 だが――改造人間のパワーを前にしては、何の足止めにもならない。

 

「サダト、様……」

「――大丈夫。絶対、帰ってくるからさ。信じて、待っててくれ」

 

 加えて、そう言い切られてしまっては。もう、アウラには見送ることしかできない。APソルジャー専用のバイクに跨る彼の裾から、名残惜しげに少女の手が離れて行く。

 

「君は……これから何処へ向かうつもりだ」

 

 そんなサダトに、Gは背後から声を掛ける。

 

「ここから少し離れた所に、食前酒計画を進めていた地下研究所があるんです。奴はそこにいるはず」

 

 サダトは、Gの様子を伺うと、一つ付け足した。

 

「あなたは手を出さないでください。これは俺達……APソルジャーの問題です」

 

 

 それだけ言い残すとサダトは独り、廃墟を後にしていく。そこにはアウラとG、そして4人の元APソルジャーが残された。

 

「……」

 

 何も言わず、Gはサダトが旅立った方向を眺めている。

 

「サダト様……」

 

 一方。アウラは、独り戦いへ赴いて行くサダトの背を視線で追い、祈るように指を絡めていた。

 Gはそんな彼女をしばらく眺めると、彼らに背を向け、自らのバイクに跨がる。

 

「君の帰りを待っている人がいる……なら僕は、君を死なせるわけには行かない」

 

 エンジンが火を噴き、彼のバイクは猛烈な勢いで廃墟を飛び出していく。あの青年の向かう、地下研究所を目指して。

 


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