――2016年12月12日。
東京都稲城市風田改造被験者保護施設跡。
施設のほとんどが瓦解し、建物としての体裁を成していない風田改造被験者保護施設。その廃墟同然と化した建造物らしきものの近くには、タイガーサイクロン号の残骸が散乱している。
さらに辺りには火の手が上がり、黒煙が絶えず昇り続けていた。
「ぐ、う……!」
その渦中である敷地内の庭園。そこに倒れていたサダトは、混濁しかけていた意識を持ち直して何とか立ち上がる。
「……ぬ、ぁ……」
一方、それと同時に――黒ずんだ鉄塊の蓋を開け、羽柴も身を乗り出してきた。
噴き上がる黒煙の中から現れたその姿は、蒸し焼きにされた影響であちこちが焼け爛れ、さながらゾンビのようになっている。
ボロボロになったトレンチコートを脱ぎ捨てシェード特有の迷彩服姿になった彼は、歪に焼け爛れた面相のまま庭園の上へ降りてきた。
彼が黒の軍靴で踏んだ草花が焼け落ち、黒ずんだ炭になっていく。彼がそこに存在しているだけで、この地の自然は焼き尽くされようとしていた。
例えるなら、この世の最果て。そんな戦場の中心で再び相対した二人は、満身創痍のまま睨み合う。
「……詫びねばならんな。貴様を見くびっていたことに」
「詫びというものを知る頭があるなら、さっさと降伏しろ」
「降伏、か。俺がもし人間だったなら、それも有りだったのかも知れん」
「……」
自嘲するように嗤う羽柴は、懐から一本の酒瓶を取り出した。
昭和時代の日本酒に使われる、その瓶には――達筆で「
それに呼応するように、サダトも懐からワインボトルを引き抜いた。比叡達から貰った力は、先程の追突で失われている。
もう彼には、この一本しか残されていない。
だが、そのボトルには――「GX」という見知らぬ字が刻まれていた。そんなボトルは、サダトは使ったことがない。
しかし彼は、直感でそれが何の力を秘めたボトルなのかを見抜いていた。
強化改造され、目覚めたあの日から自分が持っていた、この力。
これこそが、今の自分の「新しい体」の力を完全に引き出す鍵なのだと。
「ようやく、俺の餞別を使う気になったか」
「貴様のモノを使うのは癪だが、他にアテもなくてな」
羽柴は迷彩の上着を、サダトは黒のライダースジャケットをはだけて、その下に隠されているベルトを露わにする。
互いのそれは一見同規格のようにも見える形状だが、羽柴のベルトは木製と見紛うようなカラーリングとなっていた。日本酒を模した起動デバイスに合わせたデザインとなっている。
「勝てば官軍、負ければ賊軍。世界は、その真理に対しては実に正直だ。お前に如何程の大義があろうと、ここで俺に屈せば賊軍の徒労に終わろう」
「……終わりじゃない。俺と同じ理想を抱えている人がいる限りは……まだ終わらせない」
「ならば検証してみるか。お前の正義が、いつまで持つか!」
そして両者は同時に、ベルトにそれぞれの起動デバイスを装填した。ワインボトルと酒瓶が同時にベルトに収まり、電子音声が流れ出す。
『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
『
軽快なサウンドと共に流れるサダトの音声に対し、羽柴の方は野太く重苦しい音声が轟いていた。さながら、怨嗟の声である。
続いて、両者は同時に変身のための動作に入った。
サダトはタクトを振る指揮者のように滑らかな動きで、左手の人差し指と中指で「a」の字を描くと――最後に、その指先を顔の正面に立てた。
一方、羽柴は剣を上段に構えるように両手の拳を天に掲げ、青眼の構えのように顔の正面へゆっくり下ろしていく。
「変身ッ!」
「……変身!」
その動作が終わる瞬間、二人は「変身」のコールと同時にベルトのレバーを倒した。双方のベルトに装填されているワインボトルと酒瓶が反応し、その内側に秘めたエネルギーを持ち主の全身に循環させていく。
そうして、サダトの全身を漆黒の外骨格が覆い尽くして行く。だが、その姿は従来の仮面ライダーAPからは逸脱した外見に変化していた。
金色の複眼を囲う意匠は師と同じ「G」の字となり、胸のプロテクターは真紅の「X」となっている。さらに両肩には鋭利に突き出た紅蓮の肩鎧が装備され、その左右両端に「A」と「P」の字が刻まれていた。
風に揺れる純白のマフラーは、その武骨な甲冑姿に見合わない優雅さを漂わせている。
それだけではない。彼の手には、これまで使っていた「P」字型の柄から伸びる片手剣ではなく――「G」の形の柄から伸びた大剣が握られていた。
「破邪大剣GXキャリバー」である。
――これこそ、羽柴の手で強化改造された南雲サダトの、「新たな体」の実態。
「仮面ライダーAP-GX」なのだ。
一方。
羽柴の方も、酒瓶から迸る金色のエネルギーを浴びて真の姿へと変身していた。
曇り空の下に立たされてなおも眩い煌きを放つ、黄金の甲冑。
黒をスーツの基調としつつ、その暗さと対比させるかのような輝きを持った装甲が、全身の各関節部に装着されていた。
金色のマスクは仮面ライダーGを彷彿とさせる一方で、禍々しく吊り上がっている赤い複眼が、その心中の邪悪さを如実に物語っている。
はち切れんばかりの筋肉で膨張しているその手には、一振りの日本刀が握られており――刀の
――これが、シェード最古の改造人間。最後に残った「怪人」、羽柴柳司郎の真の姿。
「仮面ライダー
『AP-GX! GO FOR THE TRUTH KAMEN RIDER!!』
『
やがて。軽快な電子音声と呪詛の囁きが同時に、変身シークエンスの完了を告げる。
仮面ライダーAP-GXと、仮面ライダー羽々斬。南雲サダトと、羽柴柳司郎。
この戦場に立つ、二人の剣士の果し合いが始まった。
◆
――2016年12月12日。
東京都稲城市風田改造被験者保護施設跡。
廃墟同然と化した同施設を飲み込む、災禍の炎。その渦中を脱するべく、ライダーマンG――番場遥花。
彼女は地獄の淵の中で「生」を捨て切れない同胞達を引き連れ、施設の壁をパワーアームで破りながら脱出を目指していた。
「だ、だめ……もう、だめよ……!」
「諦めないで! 私も絶対、諦めない……からっ!」
何度も諦めかけた。死んだ方がずっと楽だとは、誰もがわかっていた。
だが、その合理性を以てしても。生存本能という人間の――生物の遺伝子に刻まれた欲求を、阻むには至らず。
助かる保証などないと知りながら、その足を進ませていた。
そのあまりにしぶとい生物としての在り方が、功を奏したのか。遥花の一撃に最後の壁が破られる瞬間まで、最後の生き残りから脱落者が出ることはなく。
「――だあぁあぁあっ!」
遥花が「変身」と引き換えに救った命は、施設の外へと解放されていくのだった。
瓦礫と黒煙を突き抜けた先に広がる、火の海。だがそこは紛れもない、施設という檻の外であった。
「た、助かったの……? 私達……」
「……あ、あれ……!」
だが、全てが終わったわけではない。
間一髪、崩れゆく施設から脱出した彼らの目には――火に囲まれた庭園の中で剣を交える、仮面の剣士達が映されていた。
遠巻きにその一戦を目撃した彼らは、揃って息を飲む。
鬼気迫る殺気を互いに迸らせ、切り結ぶ二人の剣士。火がなかったとしても、決して近寄れない圧倒的な迫力が、その空間から放たれているようだった。
「……仮面、ライダー……」
その剣士達のうちの、一人。仮面ライダーAPの姿を、遥花はよく知っていた。シルエットこそ少し違うが、人々のために振るわれてきたその太刀筋を、見間違うことはない。
彼女自身、彼に救われ、ほのかな憧れを抱き続けてきたのだから。
(……そうか、そうだったんだ。お父さんが、大丈夫だって言ったのは……こういうことだったんだ……)
父から受けた励ましの言葉。絶対に大丈夫だと言い切って見せた、彼の発言の意味を、遥花はここに来てようやく悟る。
――警察は、仮面ライダーとの協力に成功していたのだ。だから、父は仮面ライダーをここに連れて来れた。
だから、父は――大丈夫だと、言い切ったのだと。
「よかっ、た……これ、で……みんな……」
「あっ!? ちょ、ちょっと! ねぇ!」
その「答え」に、辿り着いた時。
ようやく手にした安心感から緊張の糸が途切れてしまい、遥花は変身を解き――意識を手放してしまう。改造人間としての適性こそ過去最高ではあるものの、14歳の女子中学生の体では、変身を維持するだけでもかなりの体力を消耗してしまうのだ。
力無く倒れこんで行く遥花。その小さな体に、周りの被験者達は慌てて手を伸ばすが――その細い肩を抱き止めたのは、彼らではなかった。
「あっ……!?」
「――御息女の身柄を保護。生存者、他に発見できず。これで……全員かと」
『わかった。……生存者の、救出を頼む』
「了解、しました」
突如現れ、気を失った遥花を受け止めた金髪の美男子。その人物が通信で連絡していた相手は安堵のため息を漏らし、彼に次の指示を送っていた。
美男子こと、ロビン・アーヴィングの頭上には――火の海を吹き飛ばすように猛風を巻き起こし、この施設跡に近づいているヘリが舞っている。
そこから吊るされたロープを伝い、救助隊員が生き延びた被験者を次々と回収している。「施設の警護」は禁じられているが、「火災現場からの救助」はその限りではない。
詭弁に過ぎないが、通信先からロビンに指示を送る番場惣太にとっては、それで十分だった。
やがて全ての被験者を救出し、ヘリは最後にロープを掴んだロビンを吊るしながら、遥か上空へ舞い上がって行く。
「……南雲君。アウラ様の願いは、君を在るべき『姿』に還すことにある。だから……必ず、生きて帰って来るんだ。君が愛した、織姫のために」
片手一本でロープに捕まりながら。ロビンは見下ろす先の火の海で、剣戟を続ける仮面ライダーに慈しむような眼差しを送る。
妹を救ってくれたアウラ。そんな彼女を地球に繋ぎ止めてくるた南雲サダト。
彼らに何一つ報いることが出来ない苦しみの中で。
ロビンはせめて、祈る。彼らにとって少しでも、望ましい未来が訪れることを。
(サダト様……過ちに塗れた私でも、どうか、あなたの幸せだけは……)
そんな彼を運ぶ、ヘリの中で。か細く白い指を絡ませるアウラもまた、愛する男への祈りを捧げていた。
数え切れぬ上、取り返しもつかない「過ち」を繰り返した今からでも、せめて――その人の幸せだけは叶うように。
◆
――2016年12月12日。
東京都稲城市風田改造被験者保護施設跡。
二人の剣士による剣戟は膠着状態となり、サダトも羽柴も互いに決定打を与えられずにいた。
「……計画外の戦闘だというのに、つい熱が入ってしまうな。どこまでも昂らせる男だ、お前は」
「……言っておくが。俺はこれ以上、貴様の計画とやらに付き合うつもりはない。――終わらせるぞ」
「あぁ。――年寄りには、その方が有難い」
だが、もう戦いがこれ以上長引くことはない。
サダトと羽柴は、ベルトに装填されたボトルと酒瓶を同時に押し込み――そこから高まるエネルギーの奔流を、自分の得物に集中させていく。
サダトが逆手に構えたGXキャリバーは、その奔流を浴びて紅い電光を放ち。羽柴が水平に構えた改進刀が、金色の電光を纏う。
『FINISHER! LET'S GO RIDER BEAT!』
『
互いの電子音声が、必殺技の発動を告げ――双方は電光を纏う剣を翳し、雄叫びと共に走り出す。
全てに今、決着を付けるために。
「スワリングッ! ハイパァアァアッ、ビィィィイィトッ!」
「
横一文字の一刀。逆手持ちの大剣。
双方の剣が、電光を迸らせ――激突する。
轟音と衝撃波が嵐の如く吹き荒れ、火の海さえかき消していく。
タイガーサイクロン号の残骸までもが横転し、大地が剥がれ、草木が吹き飛ぶ。
彼らという存在そのものが、嵐となっていた。
「おぉおぉおぉおぉおッ!」
「ぬ――あぁあぁあぁああッ!」
叫びが。魂からの叫びが、雲を衝き天を貫く。
地を揺らし。
風を巻き起こし。
命を燃やす彼らの絶叫が、神々の怒りの如くこの世界に轟いていた。
その命が――燃え尽きる、その瞬間まで。
◆
――それから、どれほどの時が経つだろう。
何もかもが吹き飛び、施設の跡らしき鉄骨だけが残った荒地。その中央に立つ、ただ一人の男は――足元で朽ち果てた老兵を、どこか憐れみを孕んだ眼差しで見下ろしていた。
「……」
その老兵の、墓標代わりか。
男は手にした大剣を、体重を預けるように大地へ突き刺す。暗雲から降り注ぐ豪雨は、そんな彼らの全身を絶えず濡らしていた。
『長い――旅だった』
それが、老兵が男に残した、最期の言葉だった。それはどんな旅だったのか。その旅で、何を得たのか。何を掴んだというのか。
今となっては、それを問い掛けることもできない。
瞳孔の開いた眼で、この世界の空を仰ぐ老兵は、何一つ語らず眠る。その表情は、どこか安らいでいるようにも伺えた。
「……」
男は片膝を着くと、そっと手を乗せて老兵の瞼を閉じさせる。
死んでしまえば、敵も味方もない。それだけが、彼に残されたただ一つの真理であり、正義だった。
(……俺は、生きる。まだ、何が正しいのかも、わからないままだから)
男は立ち上がり、空を仰ぎ続ける。激しく雨に打たれても、その雫を拭うこともなく。
どれほど水を浴びたところで、己の罪は洗い流せぬことを知りながら。それでも彼は、この雲が晴れるまで。
――荒れ果てたこの世界の果てに、虹が差し掛かる、その時まで。
青空になるこの世界を、見つめ続けていた。
今回出てきて速攻で退場したラスボス変身態。どうしてこうなった……。ちなみにモチーフはゴルドドライブです。
※仮面ライダー羽々斬
数十年に渡り傭兵として世界各地を転戦していた、シェードの最古参隊員「羽柴柳司郎」が変身した姿であり、日本酒の酒瓶を模したデバイスを介して変身する。専用武器は日本刀であり、その鎺には「改進刀」という銘が彫られている。
コードネームは「No.0」。「No.5(仮面ライダーG)」のプロトタイプであり、彼の元教官でもあった。旧式ながら新型を手玉に取る技量の持ち主であるが、すでに68歳の老体であり、肉体の「老朽化」が進行しつつある。
愛車はティーガーIを模した改造人間用重戦車「タイガーサイクロン号」。