仮面ライダーAP   作:オリーブドラブ

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第18話 スクナヒコナ作戦

 ――194X年8月30日。

 鎮守府近海第1防衛線。

 

「これが……アグレッサー……!」

「……予想以上の、迫力です……!」

 

 澄み渡る青空。太陽の輝きを帯びた、その夏空の下。天を衝くように聳え立つ、禍々しい飛蝗の改造人間。

 見るからに不安定なその体格から漂う不気味さは、最初に彼の者を発見した第3水雷戦隊に衝撃と動揺を与えていた。

 作戦会議で巨人型の「第3形態」の存在は知れ渡っているが、情報を持っていても実物を前に揺らがない保証にはならないのだ。

 

 榛名と霧島は、生理的嫌悪感に訴えるアグレッサーの凶悪な面構えに旋律を覚え、立ち尽くしてしまう。

 自分達があの試練で見た「仮面ライダー」と同じ「改造人間」だとは、どうしても思えない。自分達が知っている南雲サダトとは、あまりに違い過ぎる。

 ――根底から、隔絶している。

 

「榛名、霧島! ボサッとしてると踏み潰されるよ! ほら、牽制しつつ後退!」

「……了解ッ!」

「大丈夫です! 作戦通りにやれば、必ず勝てる相手です! さぁ、榛名さん!」

「……はいっ!」

「殿は那珂ちゃんにお任せーっ!」

 

 川内と神通の呼びかけにより我に返った二人は、砲撃を交互に放ちながら後退を始める。防衛線を後退させていく四人の最後尾は、那珂が死守していた。

 

 アグレッサーは第3水雷戦隊の牽制砲撃など意に介さず、ただ悠々と海上を歩いている。砲弾も魚雷も通じない生体甲冑の防御力に、川内は軽く舌打ちした。

 

「チッ、蚊に刺された程度にも感じてない! 神通、那珂、榛名、霧島! とにかく第2防衛線まで引き下がるよ! 神通、南雲君はもう動いてる!?」

「先ほど出撃したと大淀さんから連絡がありました! 約2分後に第1機動部隊と合流する模様です!」

「よぉーし……こっちに近づいて来てるのは間違いないみたいだし、このまま作戦通りに誘導していくよ!」

 

 絶え間無く攻撃を続けながらも、彼女達第3水雷戦隊は後方へと退却していく。その影を捉えた、遥か遠方の第2防衛線――第2支援艦隊が、動き始めた。

 

「来マシタ来マシタ……! 比叡、一気に行くネーッ!」

「はいお姉様ッ!」

 

 先陣を切り、第2支援艦隊筆頭格の金剛と比叡が、艦隊前方に進み出て艤装を展開する。発射準備を整えた二人の砲身が、唸りを上げてアグレッサーの影を捉えた。

 

「なんかムカつく面ァしてるネ……。比叡、遠慮なしにぶっ放すデースッ!」

「はい……! 気合い、入れてッ!」

「バーニングッ――ラァアァヴッ!」

 

 35.6mm連装砲の同時斉射。轟音と共に放たれた砲弾は、爆炎を上げてアグレッサーの顔面に着弾した。

 だが、アグレッサーに怯む気配はない。ゾンビのような覚束ない足取りで、彼の者は海原を掻き分けるように歩みを進めていく。

 

「こ、ここまで攻め立ててもまるで通じてないなんて……!」

「まだ『排泄』に至る『外的刺激』には及んでいない、ということデスネー。ノープロブレム、この程度は想定の範囲内ッ!」

「金剛さん! 3水戦の子達も間も無く合流よ!」

「オッケー瑞鶴! (あかつき)(ひびき)! 私達も後退ネー、3水戦を連れて第1機動部隊と合流デース!」

「りょ、了解!」

「……了解!」

 

 瑞鶴と駆逐艦「暁」、「響」の三人は金剛の支持に応じて後退を始める。牽制砲撃を繰り返しながら、比叡もその後に続いた。

 

「あんなの……勝てるのかな……」

「比叡、勝てるのかな、じゃないデース。――何が何でも、絶対に勝つ。その必勝の信念なくして、勝利はやって来まセン」

「お姉様……」

「この私が保証しマス。……我が妹の目に、狂いはない。南雲君は、絶対にやってくれるデース!」

「……はいっ!」

 

 その胸中に滲む不安。それを振り払わんと、姉は大仰な口調で鼓舞して見せた。

 相変わらずの全力投球。だが、その無鉄砲さに今まで何度救われてきたか。

 比叡は金剛の言葉を、大切にしまい込むかのように胸に手を当てる。そして、強い眼差しでアグレッサーを睨み上げ、反転した。

 

 ――絶対に、諦めない。サダトと、自分達の勝利を信じる。

 その決意を抱き、海上を走る比叡を含む第2支援艦隊は、第3水雷戦隊を引き連れて最終防衛線へと移動を開始するのだった。

 

「……来ましたね。ここまでは予定通りです」

「ここからも、ですよ。私達の手で、作戦を完遂させましょう。加賀さん」

「ええ、そうですね……赤城さん」

 

 その影と、天を衝くアグレッサーの巨体を視界に捉え。虎の子の一航戦を擁する、第1機動部隊が動き出す。

 同時に弓を引き絞る赤城と加賀は、互いに強く頷き合い――放つ矢の群れを九九艦爆の編隊へと変えて行った。

 

 けたたましいエンジン音と共に、数多の飛行機が「妖精さん」を乗せてアグレッサーの頭上へ舞い上がる。

 直後。彼の者の頭上に、必殺の信念を帯びた爆撃が、絶え間無く降り注がれた。

 

 その時。

 

 空間を揺さぶるような絶叫が、大気を震わせ波を荒立たせた。

 その叫びを浴び、近海に集結しつつある全艦隊に衝撃が走る。心構えが甘ければ、一瞬にして戦意を刈り取られてしまうような咆哮だ。

 

 雄叫びを上げたアグレッサーは、上体を大きくよろめかせながら前進していく。その僅かな変化を、一航戦は見逃さない。

 

「全弾命中を確認。外皮への損害は確認出来ず。――しかし、動きが変わりました」

「南雲さんの渾身の体当たり(スワリング・ライダーブレイク)には及ばずとも、それに近い『外的刺激』は与えられつつあるようですね。作戦通り、全艦隊でアグレッサーを包囲します」

「了解。……ここは、譲れません」

 

 赤城はアグレッサーの周囲で牽制砲撃を続けている第3水雷戦隊と第2支援艦隊を一瞥し、背後に控えている第1機動部隊の部下達に指先で支持を送る。

 

「い、いよいよなのです……!」

「大丈夫よ電、私がいるじゃない!」

「油断するなよお前達、ここからが正念場だ」

「さぁ……って! あの無性に憎たらしいツラ、私達で吹っ飛ばしてやろうじゃない!」

 

 部下の駆逐艦「雷」「電」、及び重巡洋艦「那智」「足柄」の計四名の艦娘は、彼女の指示に沿うように、扇状に散開していった。アグレッサーを、囲う形に。

 

 ――この「スクナヒコナ作戦」の第1段階は、具体的な位置が掴めていなかったアグレッサーを索敵することにあった。

 第3水雷戦隊、第2支援艦隊、第1機動部隊。この選りすぐりの精鋭艦隊を、3段階の防衛線に配置して索敵の網を張る。

 そして3艦隊のいずれかに「引っかかった」瞬間、アグレッサーを陽動して全艦隊で包囲。全方位から、徹底的に叩く。

 その作戦第2段階が終わり、最終段階に入る時こそ。本作戦の切り札が、動き出すのだ。

 

「全艦隊、砲撃用意!」

「3水戦砲撃用意急げ!」

「第2支援艦隊、砲撃準備完了!」

「こちら3水戦準備完了!」

 

 赤城が第1機動部隊に指示を送り、僅か30秒。第2支援艦隊及び第3水雷戦隊を含む連合艦隊が、アグレッサーの全周を包囲し――砲撃準備を整えていた。

 

 その様子を赤城からの通信で聞きつけていた長門は、深く頷く陸奥と大淀を一瞥して――通信機を口元に近づけ、厳かに命ずる。

 

「……我々の力、思い知らせてやれ。全艦、砲撃開始!」

 

 彼女が下した、一斉砲火の命。その指示に応じ、アグレッサーを包囲する全ての砲門が火を噴いた。

 砲弾の直撃。上空からの爆撃。機銃掃射。

 精鋭揃い艦娘達が、必殺の信念の下に放つ猛攻。その全てが、飛蝗の巨人に注がれて行く。

 

 硝煙と炎が辺りを包み込み、青空さえも暗雲が滲む。彼女達を取り巻くこの世界すらも飲み込むほどの「余波」が、近海全域に波及するほどの斉射だった。

 

 ――だが。

 

 煙が晴れた先には、傷一つないアグレッサーが立ちはだかっている。

 その光景に、誰もが戦慄を覚えたが――それでも、希望は捨てる者は一人もいなかった。

 

 これすらも、作戦の一つなのだから。

 

「……! 目標、口部より蒼い発光を確認!」

「次元破断砲が動き始めた……! 作戦、最終段階に入ります!」

 

 黒煙の中から現れたアグレッサー。半開きになったその顎の間からは、蒼い輝きが漏れ出していた。

 その光景から、「外的刺激」による「排泄」が始まったと察知した赤城と加賀は、同時に後方を振り返る。

 

 旗艦である赤城のその反応から、状況を悟った部下四名は、示し合わせるように左右に「道」を開けた。

 

「……南雲さん、ご武運を!」

「はいッ!」

 

 ――その道を、「アメノカガミノフネ」が突き進む。赤城の激励に応える彼は、仮面の戦士としてこの海域に踏み込んでいた。

 全艦隊の包囲網を突き抜けるように、一直線に水を切り疾走する九五式小型乗用車。その車体を操るサダトは、仮面越しにアグレッサーを睨み上げながら、足柄や雷の傍を横切って行く。

 

(南雲君……!)

 

 その光景を遠巻きに見守りながら、拳を握る比叡。そんな彼女の視線を他所に、サダトはハンドルの隣に現れたワインボトルの差し込み口に、素早くボトルを装填した。

 

「……行くぞ、割戸神博士ッ!」

 

 刹那。

 

 アメノカガミノフネの車体は、赤い電光を纏い――爆発するエネルギーに、その身を舞い上げられて行った。

 

 大和級の艤装を素材に造られたボディは、生半可な重量ではない。にも拘らず、マシンアペリティファーに組まれていたスワリング・ライダーブレイクの射出機能は、アメノカガミノフネの車体すらも紙飛行機のように吹き飛ばしてしまったのである。

 原子炉プルトニウムが秘める超常的エネルギーは、超重量の水陸両用車すらも容易く宙に舞わせてしまうのだ。

 

「おおぉおぉおッ!」

 

 うつ伏せに倒れ込み、次元破断砲の発射体勢に入ろうとしていたアグレッサー。その顔面に、赤い電光を纏うアメノカガミノフネが、質量にものを言わせて激突する。

 その衝撃と轟音に、空気はさらに振動し海面の波紋が噴き上がった。仰け反ったアグレッサーの頭上を、アメノカガミノフネが通り過ぎていく。

 

「そこだッ!」

 

 だが、この一撃は今の状況を作るための布石でしかない。アグレッサーの頭上まで舞い上がった瞬間、アメノカガミノフネから二本の錨が打ち出された。

 鉄の錨はしなるように真下へ伸び――アグレッサーの二つの複眼に、突き刺さる。目に錨を刺された激痛に、巨人はのたうちまわるように首を振った。

 

「取ったッ!」

 

 サダトはそのまま、アメノカガミノフネをアグレッサーの後方に着水させる。大和級の重量が50メートル以上の高さから落ちてきたこともあり、その衝撃から舞い上がる水飛沫は雲に届くほどであった。

 そして、仰け反ったアグレッサーに錨を突き刺したまま。アメノカガミノフネは彼の者から逃げるように、最大戦速で動き出した。

 

 だが、その車体が前進することはない。錨と車体を繋ぐ鎖がどれほど張り詰めても、アグレッサーの複眼とアメノカガミノフネは、強固に繋がれたままとなっている。

 

 体勢を崩した状態から眼に錨を打ち込まれ、ただでさえ姿勢が不安定なのに後方に引っ張られては、さしものアグレッサーも思い通りの発射体勢には移れない。

 しかも自分を引っ張っているのは、半永久的エネルギーの原子炉プルトニウム。発揮できる力に限りがあるアグレッサーでは、抗しきれないのだ。

 

 斯くして、うつ伏せの発射体勢に移り、次元破断砲の「排泄」で包囲網を破ろうとしていたアグレッサーの狙いは、眼に突き刺された錨とそれを引っ張るアメノカガミノフネに積まれた原子炉プルトニウムの力により、破綻することとなったのである。

 真後ろに引っ張られ続けているアグレッサーは、正面を向くことさえ出来ず空を仰ぎ続けている。喉元を過ぎた次元破断砲のエネルギーは……もはや、抑えられない。

 

「……来ます! 全員、衝撃に備えてッ!」

 

 大口を開いたアグレッサーの顎の間から、蒼い光が溢れ出して行く。その閃光を目撃した赤城が、叫ぶ瞬間。

 

 次元を裂いたあの光が、一条の閃光となって天へ伸びていく。

 

 雲も、大気も、この世界の次元すらも、紙切れのように断ち切る絶対の破壊力。

 

 どんな命も、未来も、希望も。一瞬にして、塵のように消し去ってしまう不条理の権化。それが、艦娘達がこの瞬間に目撃した、次元破断砲の威力であった。

 

(次元破断砲の斉射時間は15秒……! その間、南雲君がアグレッサーを抑え続けていてくれれば「排泄」は空振りに終わる!)

 

 アグレッサーが次元破断砲を出し尽くし、力尽きたその瞬間。彼の者を討つには、その僅かな隙を狙うしかない。

 だが、次元破断砲が万一にも鎮守府に向かえば致命傷は免れない。アグレッサーに次元破断砲を撃たせる上で、その一閃を空振りに終わらせる必要があった。

 そのために提督が発案したのが、この作戦だったのだ。原子炉プルトニウムを兵器としてではなく足として使い、アグレッサーを屠る重要なファクターとして利用する。それが、スクナヒコナ作戦における提督の狙いだったのだ。

 

(あと10秒……!)

 

 空に亀裂を刻み続ける、蒼い閃光。それを見上げながら、加賀も拳を握り締める。

 たった10秒が、恐ろしく、永遠のように――永い。

 

(……8秒! とっととバテるネー!)

 

 常に豪快な笑みを崩さなかった金剛も、この瞬間だけは冷や汗を頬に伝わせている。

 

(5秒! 早く過ぎなさいよっ!)

 

 瑞鶴も、滝のように汗を滲ませながら弓を握る手を震わせる。

 

(……3秒。もう、もう終わるっ……!)

(まだ!? まだ尽きないの!?)

 

 榛名と霧島も、緊迫の表情で閃光を凝視していた。

 ――そして。

 

(……1秒! 南雲君ッ!)

 

 祈るように、比叡が目を伏せた瞬間。

 

 亀裂が走るアグレッサーの複眼が、妖しい輝きを放った。

 

「え――」

 

 次元破断砲の斉射が途切れる直前。生物的な本能に訴える、強烈な危機感。それを肌で感じた比叡から、一瞬で血の気が失われた。

 

 辛うじて、直立の姿勢のまま垂直に次元破断砲を撃ち続けていたアグレッサーが――突如、後方に倒れ込んだのである。

 ――否、倒れ込む寸前まで仰け反ったのだ。まるで、ブリッジでもするかのように。

 

 そうなれば、口から放射し続けている次元破断砲の射線も変わってくる。天を切り刻むばかりだった熱線は、弧を描くように鎮守府の後方へと狙いを変えていく。

 遥か沖の彼方まで、次元の亀裂が広がり始めていた。

 

 ――だが、アグレッサーの狙いは次元の傷を広げることではない。

 

 自分を苦しめているサダトを、この一瞬で消し去ることが目的なのだ。

 

 ブリッジのように真後ろへ仰け反ったアグレッサー。熱線を放っているその口は、自分の背後でアメノカガミノフネを走らせていたサダトの方へ向けられたのだ。

 

「なッ……南雲くぅぅうぅうんッ!」

 

 比叡がそれに気づいた時には。彼女が叫んだ時には。

 

 ――何もかもが、終わっていた。

 

 真後ろに狙いを変えた次元破断砲は、撃ち終わる寸前にアメノカガミノフネを破壊した。赤い車体から噴き上がる爆炎と、立ち上る黒煙が、その結末を物語っている。

 

 ……確かに作戦通りだ。

 アグレッサーは「排泄」として次元破断砲を放つも空振りに終わり、鎮守府にも艦娘にも損害は出ていない。

 

 しかし。

 予期せぬアグレッサーの対応は、アメノカガミノフネの焼失という結果を齎したのだった。……中の人間がどうなっているかなど、考えるまでもない。

 

「いっ……いやぁぁぁああ!」

 

 比叡の痛ましい悲鳴が、青空に轟いて行く。だが、返事はない。

 南雲サダトの身はすでに、海中へと没しているのだから。

 




 スクナヒコナとは、日本神話に登場する小さな神様のこと。御伽噺として有名な「一寸法師」の源流でもある神様です。
 アグレッサー第3形態とAPライダーの、同じ改造人間とは思えないほどの体格差にちなんで「一寸法師作戦」とし、そこから転じて今の作戦名になった。という設定。
 アメノカガミノフネという名前も、スクナヒコナが日本にやって来る際に乗っていた船の名前から取っています。

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