仮面ライダーAP   作:オリーブドラブ

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第17話 核の手は借りない

 ――194X年8月28日。

 鎮守府工廠。

 

 艦娘達へのサポートのため、日夜研究開発が進められている科学の砦。夜の帳が下りた今も灯火の光を放っているその門を、長門が潜ろうとした瞬間。

 溌剌とした面持ちで汗を拭う、緑髪の少女が出迎えた。

 

「長門秘書艦、お疲れ様です」

「夜分に済まないな、夕張。――アレは、間に合いそうか?」

「バッチリですよ。明朝までにはバリバリで運用出来る状態に仕上げておきます。見てみますか?」

「ああ、是非」

 

 夕張は微笑を浮かべる長門に向け、力強いVサインを送る。そんな彼女の後を追い、工廠の奥へと歩を進める長門は、やがて――

 

「……これか。確かに、あきつ丸が提供してくれた金型通りだな」

「でも色合いはオリジナルです。この方が、南雲君っぽいでしょう?」

「確かに、『あの姿』には似合うかも知れないな。目立つ色だが……まぁ、こそこそ隠れる意味のない作戦だ。構わないだろう」

 

 ――赤一色に塗装された、九五式小型乗用車を目撃する。陸軍から手に入れた設計図を使いつつ、大和型の艤装を素材にして創り出された、この世界でただひとつの水陸両用車だ。

 通常の九五式と寸分違わぬ丸みを帯びたフォルムであるが、その車体は大和型の強度と重量を秘めている。てこでも動かない重さと、砲弾でも破れない防御力はすでに保証されているのだ。

 

「原子炉プルトニウムの出力に見合う車体を、我々の技術で最小限のサイズに収めるにはこれしかない……ということか。あんな軽量な二輪車でよく今までバランスを維持できたものだ」

「シェードは許せない連中ですけど、その科学力だけは本物です。私も、負けていられません」

「お前が創った、この『アメノカガミノフネ』が奴らの切り札を倒す礎になるんだ。南雲殿が勝利した瞬間、お前の技術はシェードをも超えたことになる」

「えへへ……じゃあなおさら、南雲君には頑張って貰わなきゃなりませんね!」

「……ああ、そうだな」

 

 長門は「アメノカガミノフネ」の車体に歩み寄ると、ボンネット部に優しく手を添える。滑らかな曲線を描くボディは、彼女の掌に冷ややかな感触を与えた。

 感慨深げに車体を撫でる彼女を、夕張は静かに見守っている。その胸中を、察しているのだ。

 

「……使わずに、済んだな」

「ええ。使わずに……済みました」

 

 微笑み合う二人。互いの脳裏には、核エネルギーに纏わる懸念が過っていた。

 

「原子炉プルトニウム。それに秘められた膨大なエネルギーは、大量破壊兵器にもなりうる力だ。提督はそれを知りながら情報を上に漏らすことなく、単純な兵器としてこれを行使しない決断に踏み切って下さった」

「この力に飲まれてはならない。我々は我々の力で、海を守らねばならない。提督は、そう仰ったのですね」

「ああ。……『(ネコ)の手は借りない』、だそうだ」

「核兵器をネコ呼ばわりなんて、思い切った御人ですね」

「全くな。――だからこそ、信じられる」

 

 もし、提督が他の軍人達と変わらない凡百の男だったなら。

 核兵器になりうる原子炉プルトニウムを接収し、上層部に引き渡していただろう。それをダシに、出世の道に踏み込もうとしていたに違いない。

 

 一度、核兵器というものを軍が兵器として使ってしまえば。その絶対的な威力に取り憑かれた者達が、確実に正道を踏み外す。

 人を悪魔にしないために。提督は、核の力を知った上で、その力を兵器として使わない決断を下したのだ。

 

「……だが、その代わり。原子炉プルトニウムには破壊兵器ではなく、大和型の重量を持つこの『大飯食らい』を転がす動力源として、大いに働いてもらう」

「ですね。いくら飛ばしてもバテない大和型……って思うと、それだけでも破格の性能ですけど」

「だから上層部がこれに感づく前に、この件を片付ける必要がある。提督が作って下さった時間と作戦、決して無駄にはしない」

 

 アメノカガミノフネから手を離した長門は、決意を新たにするかのように、勇ましく拳を握りしめた。

 そんな彼女はふと、設計図や工具で散らかった夕張の机の上に、一本のワインボトルが置かれていることに気づいた。

 

「……む? あれは南雲殿のワインボトルか。どうしてここに……」

「ああ、違いますよ長門秘書艦。あれ、私の作品です」

「夕張の?」

 

 サダトが変身の際にベルトに装填している、小さなワインボトル。それとよく似た「夕張の作品」には、「比叡」と達筆でしたためたラベルが貼られていた。

 それを手に取り、小首をかしげる長門。そんな上官の姿を、夕張は悪戯っぽい笑みを浮かべて見守っている。

 

「『比叡』と書かれているようだが……彼女と何か関係があるのか?」

「えぇ、勿論。これを使えば、作戦成功率はさらに高まります。飛び道具を持っていない南雲君には、たまらない一品ですよ」

「……?」

 

 ◆

 

 ――194X年8月28日。

 鎮守府波止場。

 

「……やっぱり、ここにいた」

「あ、比叡さん」

 

 月灯りに彩られた夜の海。その水平線を見つめるサダトの背後に、今となっては聞き慣れた声が掛けられる。

 静けさに包まれた波止場で、一際響く彼女の囁き。その声に振り返った先では、月光を色白の肌に浴びる絶世の美少女が微笑んでいた。

 

「南雲君がふらっと出掛けたって聞いてね。もしかしてって思って来てみたら、案の定」

「あはは……どうも、寝付けなくてさ」

「無理ないよ。私も、結構緊張してる」

「その、今日はありがとう。作戦会議の時、勇気付けてくれてさ」

 

 比叡から見ても、月を見上げるサダトの横顔は輝いて見えていた。そんな互いを見つめ合う二人は、はにかむように笑っている。

 

「……南雲君のこと、ちゃんとわかろうとしてなかった時の私なら、あんな風には言い切れなかった。私も、怖かったから」

「比叡さん……」

「でも、今ならわかる。南雲君は、割戸神博士とは絶対に違う。みんなのために剣を取れる『仮面ライダー』だって、今ならわかるから」

「……」

 

 その笑顔のまま。比叡は、機械仕掛けの手を取ると、白い両手で優しく包み込む。

 彼女の掌から伝わる温もりが、冷たい改造人間のボディを通して、南雲サダトとしての心に染み付いて行った。

 

「だから……信じることだって出来るの。仮面ライダーは、私達は、負けないって」

「……ありがとう」

「もう。それは、アグレッサーに勝つまで取っておいて。私の、やり甲斐なんだから」

 

 その温もりに導かれるように、自然と表情を綻ばせるサダト。比叡はその唇に指先を当てると、悪戯っぽい笑顔を浮かべてウィンクして見せた。

 そんな彼女の姿に、サダトが微笑を浮かべる――瞬間。

 

「よーし。いいネーその調子ネー。後はそこからガバッと抱き締めて濃厚なキッシュ! ひと夏の甘く切ないアバンチュール!」

「は、はわ、はわわ、榛名は、だ、大丈夫です……」

「ふむ。南雲さんはかなりのスケコマシのようですね。あの笑顔で数々の女性を誑かしてきたものと推測されます」

 

 物陰に隠れ、自分達をガン見している金剛型三姉妹。その顔触れが目に入った途端、サダトはなんとも言えない微妙な表情に一変した。

 

「おぉ……こ、これが男と女の夜戦かぁ……」

「も、もう帰りましょうよ川内姉さん……これ以上はいけません……」

「これは盛り上がってきた……! 那珂ちゃん、ちょ、ちょっとドキドキして来たよ……!」

「那珂ちゃんももうダメっ!」

 

 しかも、出歯亀は彼女達だけではない。金剛達からさらに離れた位置から、川内型三姉妹が双眼鏡でこちらを観察している。

 

「いーなー……いーなー……」

「ぶつくさ言ってないで、もう行くぞ足柄。これ以上、無粋な真似はしてくれるな」

「ちくしょー! こうなったら自棄酒よ自棄酒!」

「お、おい待て! 明後日には作戦なんだぞ、全く……」

 

 さらに夜道を歩いていた足柄も、一連の遣り取りを覗き見していたらしい。泣きながら酒場へ駆け出す彼女を、呆れながら那智が追い掛けている。

 

「は、はわわ、凄いのです……比叡さんも大胆なのです……!」

「こ、これがレディの逢引……!」

「もー……みんな帰るよー……明日も朝早いんだからぁ……」

「ハラショー……」

 

 その上、駆逐艦四人娘も夜中であるにも拘らず、月夜に照らされた二人の姿を凝視している。雷だけは眠そうにしているが。

 

「あらあら、比叡さんも大胆ですね」

「……ふしだらです」

「ふふ、加賀さんも照れ屋さんなんですから」

「……」

 

 挙げ句の果てには、一航戦の赤城と加賀までもが、通りがかったところで二人の姿を目撃していた。

 

「あ、あ、あ……!」

 

 サダトの表情からそれに気付き、後ろを振り返った比叡は。自分達に注がれていた眼差しを前にして、茹で蛸のように顔を赤らめて行く。

 

「――いやぁあぁあぁんっ!」

「どふぇっ!?」

「あ、あぁっ!? ご、ごめん南雲君っ!」

 

 その恥じらいのあまり、サダトを波止場から海に突き落としてしまったのは、その直後だった。

 

 我に返った彼女が、海に落ちたサダトを見下ろしながらわたわたと慌てふためく姿は、姉達を暫しほっこりさせていたのだが――翌日、出歯亀を働いた面子は全員揃って、ぷりぷりと怒る比叡に説教されたのであった。

 

 ◆

 

 そして、二日が過ぎた頃。

 

 彼らは運命の日を迎えることとなる。

 

「第1防衛線に展開している第3水雷戦隊が、巨大な人影を確認した模様! 間違いありません、アグレッサー第3形態です!」

「――来たか。第2防衛線の第2支援艦隊、及び最終防衛線の第1機動部隊は直ちに厳戒態勢に入れ! 現時刻1230より、スクナヒコナ作戦を開始する!」

 

 作戦司令部に届けられた通信内容に、大淀が声を上げる瞬間。長門は高らかに声を上げ、作戦の開始を宣言する。

 

 斯くして。艦娘と仮面ライダーによる連合艦隊は、仮面ライダーアグレッサーとの決戦に挑もうとしていた。

 

 ――194X年8日30日。

 鎮守府工廠。

 

「作戦が始まった……! 南雲君、用意はいいね!」

「はい、調整は万全です! 行きますよ、夕張さん!」

「オッケー! 派手にぶちかまして来てねっ!」

 

 サダトを乗せた、新たな仮面ライダーAPの相棒「アメノカガミノフネ」は。主が踏み込むアクセルに共鳴し、激しいエンジン音を上げる。

 そして、元気いっぱいにサムズアップを見せる夕張の目前を横切り――弾丸の如き速さで、工廠の外へと飛び出して行く。

 

 舞い飛ぶ先は、見渡す限りの海。その真上まで、勢いのままに車体が舞い飛ぶ瞬間。

 サダトは左手部分にあるレバーを、思い切り倒すのだった。

 

「『アメノカガミノフネ』、抜錨(ばつびょう)しますッ!」

 

 刹那。そのまま海に沈むかと思われた九五式の車体は、その紅いボディに備えられている四本のタイヤを――水平に変形させる。

 海面の上に乗せるように、横倒しにされたタイヤは「アメノカガミノフネ」の車体を海上で支えると、そのまま主を乗せて海の上を走り出して行った。

 

 夕張により開発された、核搭載水陸両用車。それが、本作戦の切り札「アメノカガミノフネ」なのである。

 

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』

「変身ッ!」

『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 

 その新たな相棒の乗り心地を感じつつ、サダトはワインボトルをベルトに装填し、素早くレバーを倒して変身に突入した。

 

 黒い外骨格に伝う、紅いエネルギーの奔流。その力の高まりを感じ、サダトは己を昂らせるようにアクセルを踏み込んで行く。

 

 激しい水飛沫を上げ、海面を爆走していく「アメノカガミノフネ」は、艦隊との合流を目指してエンジンをさらに唸らせるのだった。

 

「頼んだよ……仮面ライダー」

 

 もはや、自分に出来るのはここまで。後は、サダト達の奮闘に委ねるより他ない。

 夕張は指を絡め、懸命に祈りを捧げる。

 

 艦娘の。仮面ライダーの。

 勝利を……。

 


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