仮面ライダーAP   作:オリーブドラブ

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第13話 変身

 ――194X年8月26日。

 鎮守府工廠前。

 

「ご、ごめんね南雲君。いつかは来るかなー、くらいには思ってたんだけど。まさかこんなに早く決闘みたいなことになるとは思わなくってさ」

「あはは……すみません夕張さん。……でも、凄いですね。急造って割りには、こんなにしっかりした物をすぐに用意出来るなんて」

「はは、まぁこれが取り柄みたいなものだから」

 

 あらゆる武器装備の開発、製造を行うこの場所の近くにある桟橋。サダトはそのそばで、両足に履いた特殊ブーツの力で海上に立っていた。艦娘と同じように。

 だがさすがに慣れないのか、何処と無くふらついている。そんな彼を、桟橋に立つ緑髪の少女が見守っていた。

 工廠での開発を主任務とする軽巡洋艦「夕張」である。サダトが今履いている特殊ブーツも、夕張が彼のために急造した装備の一つだ。

 

「でも、南雲君こそ凄いよ。新米の艦娘は直進どころか、まっすぐ立つのもままならないくらいなのに……初めてとは思えないくらい安定してる。やっぱり改造人間ってそういうところでも優秀なんだなぁ」

「いえ、そんな……。でも、やっぱり中々難しいですねこれ。水上でもバイクに乗れたら戦いやすいんだろうけど……こればっかりは慣れるしかないか」

「……うーん、水上で走れる乗り物、か……」

「……夕張さん?」

 

 大破したサダトのマシンアペリティファーも、彼女が預かっている。とはいえ、その車体はもはや彼女でも修復不能なのだが。

 自分でも直し切れないことへの悔しさからか、どうにかしてマシンアペリティファーより優秀な乗り物に作り変えてやろうと目論んでいた彼女は、サダトの一言で深く考え込んでいるようだった。

 ――水陸両用の車体。それなら、マシンアペリティファーより利便性で勝る乗り物を造れるかも知れない……と。

 

「い、いた! 南雲くーんっ!」

 

 その時だった。技術者としてのプライドで燃え滾っていた夕張と、そんな彼女に掛ける言葉を見つけられずにいたサダトの前に、比叡が駆け込んでくる。

 

「君は……ええと、比叡さん?」

「は、はぁっ、はぁっ……!」

 

 息を切らして駆け込んできた彼女は、肩を揺らしながら切迫した表情でサダトに迫った。そんなエースの珍しい姿に、夕張も目を見張る。

 

「比叡ちゃん珍しいね、そんなに慌てるなん――」

「――どうするつもりなの南雲君! このまま試練を受ける気!?」

「おわっ!」

 

 だが、夕張に構う余裕もないのか。比叡は桟橋から手を伸ばして水上のサダトに掴みかかり、その両肩をガクガクと揺さぶる。

 彼女の青ざめた表情は、一航戦の試練というものの凄まじさを物語っているようだった。

 

「わかってる!? 一航戦はこの鎮守府のトップエース! しかも筆頭格の正規空母が直々にテストするって言ってるのよ! 並大抵の実力じゃ、一分も持たずに海の藻屑にされちゃう!」

「比叡ちゃん……」

 

 徐々に涙ぐんで行く比叡に、夕張は掛ける言葉を見失う。彼女の中に渦巻く、複雑な感情が表情に現れていたのだ。

 

 信じていい人間かも知れない。むしろ、現状と人柄から判断するならその可能性の方が高い。だが、自分は安心し切れず不安を抱いてしまった。

 それが形となってしまったかのような今の状を目の当たりにして、焦燥に駆られているのだ。自分の懸念が、この事態を招いたのだと錯覚して。

 

 ――それを知ってか知らずか。彼女の手に掌を重ね、宥めるように見つめるサダトの表情は穏やかな色を湛えていた。

 

「……大丈夫。きっと、なんとかして見せる」

「わ、わかってない! わかってないよ! 一航戦の実力は半端じゃないのよ!? あなたも腕に覚えがあるのかも知れないけど、彼女達は強いなんて次元じゃ……!」

「そうだろうな。きっと、そうだろう」

 

 比叡の手を優しく握り、サダトは肩から手を離させる。そして、彼女達が待っているであろう方角へ、剣呑な眼差しを向けた。

 その凛々しい横顔に、比叡は無意識のうちに見入ってしまう。

 

「だけど、引き下がることだけは絶対にできない。彼女達は『力』以上に、俺の『覚悟』を見ようとしている」

「えっ……!?」

「ここで背を向けるようであれば、所詮その程度の『覚悟』。試練に敗れるようであれば、所詮その程度の『力』。彼女達はその二つに段階を分けて、俺の本質を推し量るつもりなんだ」

「……!」

「例え敗れたとしても、試練に挑めば『覚悟』のほどは汲んで貰えるだろう。直接あいつと戦う『戦力』に数えてはくれなくなるだろうけど、それでも協力はさせてくれるはず」

 

 やがて、サダトの手に握られたワインボトルが夏の日差しを浴び、照り返すように輝く。すでに腰周りには、それを収めるベルトが現れていた。

 

「――だが。それは本来なら無関係であるはずの艦娘の皆が、巨大飛蝗との戦いで矢面に立たされることを意味する。逃げ出すことも敗れることも、俺には絶対に許されない」

「南雲君……」

「でも、心配はいらない。俺だって、負けるつもりで挑むつもりは毛頭ないから。必ず勝って、一人でも多くの艦娘から信頼を得て見せる」

「……!」

 

 自分が疑っている間も、彼は信頼を勝ち得るために無謀な戦いに挑もうとしている。その気まずさから、咄嗟に比叡はサダトから目をそらしてしまう。

 そんな彼女を一瞥し、サダトはベルトにワインボトルを装填した。

 

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』

「だから、この一回でいい。見ていてくれ、俺の――変身!」

 

 電子音声が鳴り響く中、レバーを倒し。真紅のエネルギーを、漆黒の外骨格に循環させていく。

 金色の複眼が光を放ち、関節の隙間から蒸気が噴き出し、排熱完了と共に変身シークエンスは終わりを告げた。

 

『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 

 そして最後の電子音声と共に、「p」の字を象る柄から伸びる刃が、天の輝きを浴びて眩く照り返す。

 その剣を手にしたサダト――こと仮面ライダーAPが、特殊ブーツを頼りに水上を駆け出したのは、この直後だった。

 

「……南雲君……」

 

 もはやこうなっては、見ているしかない。そして、彼の宣言通りに勝利を飾ってくれることを、信じるしかない。

 彼の言葉を信じた長門や金剛達のためにも。――比叡自身のためにも。

 

(ちょっ……違う違う違う! 私は別に南雲君を信じてるわけじゃなくてっ……!)

「比叡ちゃん? 誰を信じてるわけじゃないって〜?」

「ひえぇえっ!? やだ、うそ、今の声に出てた!?」

 

 そんな胸中が、言葉に出ていたのか。夕張のからかうような囁きに、比叡は顔を真っ赤にして狼狽えるのだった。

 




 一航戦はアニメ版と同じく、鎮守府最強格として設定しています。大和や武蔵はいない設定なので。

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