仮面ライダーAP   作:オリーブドラブ

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第11話 紅き一蹴、紅き一閃

「はあっ!」

 

 エチレングリコール怪人は、両腕から無数の毒液を放ち、牽制を試みる。二人はそれを巧みにかわし、コンピュータの物影に飛び込んだ。

 

「あの毒液、まともに浴びれば痛いじゃ済まされないようだ」

「俺が注意を引きます。あなたはその隙に!」

 

 サダトの変身するAPソルジャーは、物影から飛び出すと、勢いよく怪人の傍を駆け抜け、すれ違い様に斬り付けていった。

 

「ちぃ、量産型風情が小癪なっ!」

 

 その隙を、吾郎の変身する仮面ライダーGが狙う。

 

「――そこだ!」

 

 一気に物影から飛び出し、APソルジャーに気を取られて背を向けていたエチレングリコール怪人の背後を、ソムリエナイフを模した剣で切り付けた。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 背後からの攻撃に、怪人は思わぬダメージを受け、後ずさる。

 

「もらった!」

 

 そこへ追い撃ちを仕掛けようと、APソルジャーはAPナイフを構え、一気に怪人に襲い掛かる。だが、いつまでも同じ手を食う相手ではない。

 

「貴様――生かしてはおかん!」

 

 その瞬間、APソルジャーの首がエチレングリコール怪人に掴み上げられてしまった。

 

「ぐあっ!?」

「忘れるな…私が本気で戦えば、貴様など数分も生きられないという事をな!」

 

 APソルジャーを締め上げる音が、徐々に強くなっていく。

 

「ぐ、あ、ああ……!」

「――させん!」

 

 そこへ、Gの剣が閃いた。切っ先が怪人の腕に届くと、そこから火花が飛び散る。

 

「ぐわぁっ!」

 

 手の先にほとばしる痛みに、エチレングリコール怪人は思わず手を離してしまう。そこへ、APソルジャーが再び斬り掛かった。

 

「らあああッ!」

 

 力の限り、APナイフを振るい続ける。どんなに疲れたって、傷付いたって構わない。自分の体の事なんて、奴を倒してから考えればいい。

 全ては、終わってからでいい。

 

 その思いが、ひたすらAPソルジャーを戦いへと駆り出していた。しかし、その思いとは裏腹に、彼の攻撃はさほど怪人には通じてはいないようだった。

 

「貴様の攻撃など――無駄だと何故わからないか!」

 

 何度目だろうか。APソルジャーは、またしても強烈に吹っ飛ばされてしまう。

 

「うわぁッ!」

 

 量産型の域を出ないAPソルジャーの火力では、決定打に至らない。戦況からそう判断した吾郎は、サダトが持たなくなる前に手を打つべきと行動を起こす。

 

「ならば受け取ってもらおう。僕の――悪と正義のマリアージュを!」

 

 悪の体と、正義の心。

 その融合から生まれる必殺の一撃を放たんと、Gは自らのバックルに収められたワインボトルの近くにあるパーツを押し込んだ。

 

 すると、そこからパワーソースが胸のGの意匠へと充填され、更に左足のエネルギーラインへと繋がっていく。

 

 ふと、彼の脳裏に、7年前の戦いの際に応援に駆け付けた、10人の戦士達の激励が蘇る。

『この世界を守れるのは――君だけだ』

『立ち上がれ!』

『愛の為に、戦うライダー!』

『G!』

 

(――そうだ。僕は戦わなければならない。例え孤独でも、命ある限り、愛がある限り戦い続ける。それがきっと、「仮面ライダー」だから)

 

 そして、彼の左足にワインボトルから解き放たれたエネルギーが凝縮された。

 狙うは――眼前の敵。

 

「まさかッ……ええぃ!」

 

 Gが仕掛けようとしている事に感づいたエチレングリコール怪人は、退避を始めた。だが、その行く手をAPソルジャーが阻む。

 

 APナイフの攻撃が、怪人の動きを止めていたのだ。

 

「ちぃ! 貴様、何度打ちのめされれば気が済むと――!」

「いつまで経っても済まないさ、あんたに勝つまではな!」

「ぬかせぇっ!」

 

 息の根を止めようと、怪人は腕を突き出す。

 

「らあぁ――ああああっ!」

 

 しかし、間一髪それをかわしたAPソルジャーは――ワインボトルのパーツを押し込み、Gに続くようにベルトのエネルギーを、上半身を通じて右腕に充填させていく。

 

(今の一発をかわした!? この小僧、戦いの中でここまで成長してッ――!)

 

 その渾身の力を込めた右手には――逆手に握られた一振りの剣。

 

FINISHER(フィニッシャー)! EVIL(イヴィル) AND(アンド) JUSTICE(ジャスティス) OF(オブ) MARRIAGE(マリアージュ)!』

「スワリング――ライダービート!」

 

 紅い電光を放つAPナイフを翳した彼は、遠心力を乗せるように体を回転させながら――水平に一閃。脇腹についた微かな傷跡を、その斬撃でメスのように切り開く。

 

「がはっ――!? ば、馬鹿な!」

 

 たかが量産型。そう見くびっていた者の、戦士としての末路だった。そして何かを思い出したように、エチレングリコール怪人は背後を振り返る。

 

 ――そう、そこには正に今、必殺技を放とうとする仮面ライダーGの姿があったのだ。

 

「やっ――やめろォォオ!」

 

「スワリング――ライダーキック!」

 

 円錐状に展開された真紅のエネルギーを纏い、Gの飛び蹴りが空を切り裂く。

 エチレングリコール怪人は、せめてもの抵抗に、そこへ向かってありったけの毒液を放つ。

 

 だが、円錐状のエネルギーは全くそれを通さない。

 

「うおおおおォォォォオッ!」

 

「がァあああッ!」

 

 Gの雄叫びと怪人の悲鳴がこだますると、研究所に激震が走った。スワリングライダーキックが――Gの一撃が、完全に決まったのだ。

 

「ぐわあああァァァアァアァアッ!」

 

 悲痛な叫びと共に、エチレングリコール怪人の体が吹っ飛ばされ、激しく壁にたたき付けられる。その衝撃で壁はひび割れ、彼はそこから剥がれ落ちるように倒れた。

 

「――やった、のか」

 

 APソルジャーは、その光景からGの強さを改めて思い知る。シェードの技術が生み出した、最強の改造人間。そのポテンシャルの、一端を。

 

「あんな人に、俺達は挑んでたのか……。ハハ、前座呼ばわりも納得だな」

 

 思わず、乾いた笑いが零れてしまう。――その時だった。

 

「お、のれ……!」

「!? まだ生きて……!」

 

 背後から聞こえた、年寄りのようなしゃがれ声が響く。APソルジャーは慌てて振り返り――戦いが終わっていなかったことに驚愕した。

 ――だが。彼の眼前に倒れている男は、もはやエチレングリコール怪人ではなかった。

 

「……!?」

 

 APソルジャーは、思わず目を見張る。彼らの前にいるのは、あの怪人の正体である……一人の若い男性だったのだ。

 

 怪人が人間態を持っている事自体は、別段珍しい事でもない。7年前のフィロキセラ怪人だって、織田大道という人間としての側面を持ち合わせていた。

 

 だが、シェードの改造人間との実戦経験がなかったサダトにとっては……人の身を持つ相手と殺し合いをしていた、という事実を初めて突き付けられた瞬間だった。

 Gはエチレングリコール怪人の人間態――ドゥルジを一瞥し、深く頷く。

 

「そうか、彼が……」

 

 南雲サダトを始めとするAPソルジャーの面々を苦しめ、Gを倒し、徳川清山さえ滅ぼそうとしていたエチレングリコール怪人の正体はやはり――独りの人間なのだ。

 

「あなたが……」

「く、ふふふ……いくら怪物を気取ろうと、一皮剥けば改造人間などこんなもの、か」

 

 人間としての姿になったエチレングリコール怪人――だったドゥルジは、自虐するように嗤う。その声には、怪人態だった時のような威風はかけらも見られない。

 

「俺はかつて――正義の為と信じ、シェードの人体実験に身を捧げた」

 

 息を整えた男は、静かに己の過去を語る。

 

「だが――俺は異形の怪物と化し、いつしかテロリストのみならず、人々までも襲うようになっていた。戦闘中の事故で洗脳が解けたあの時は、自らの罪深さに絶望したものだ」

 

 Gはそこまで聞くと、僅かに目を逸らしてしまった。共感する所があるからだ。

 ――彼自身、あのテレビ局のテロに荷担していたのだから。

 

「だが、それだけで俺は諦めなかった。――この力で、人々の為に働こうと決意してな。俺はこの力を以て、ある災害に苦しむ人々を助け出した。しかし……」

 

 顔を上げて過去の栄光を、精一杯の希望を振り絞るように語ったかと思うと、その表情は再び暗く沈んでしまった。

 

「彼らは俺を化け物と非難し、恩も忘れて迫害したのだ。俺の人としての心は、その日から失われた」

「……」

「脆いものさ。人間の、正義感なんてな。……仮に今から、あの娘の力で人間に戻ったとしても――この罪が灌がれることはない。ならばいっそと俺は――」

 

 APソルジャーは懸命に、彼に掛ける言葉を探す。その間に、ドゥルジは話を続けていた。

 

「――俺は、復讐を誓った。俺をこの体にした徳川清山を倒し、この世界を滅ぼすと」

「……」

「だが、結果はこの始末。いたずらに、侮れない敵を増やしただけだったようだな」

 

 すると――彼の体が、下半身から肉が焼ける音を上げ、溶解を始めた。体内の毒液を調整する機能が、戦闘で故障したためだ。

 刻一刻と、男に死が近づく。

 

「お前も同じだぞ、南雲サダト。人間の自由だ平和だと抜かしたところで、誰もお前に感謝などしない。誰も、お前を覚えない。――ヒーローなんてマネをやれるのはNo.5のように、その覚悟をしょってる奴だけさ」

「……俺も、あなたのようになるしか、ないのか」

「ああ、そうさ。地獄の底から、賭けてやってもいい。もしその時が来たら、そいつに処理してもらえ。俺のように――ブゴッ」

 

 言い終えることは、叶わなかった。すでに上半身、首と来ていた溶解は口元まで及び、肉と血に塗れた泡が、ドゥルジの言葉を飲み込んで行く。

 やがて血の匂いを纏う泡は、最後に残った頭さえ埋め尽くし――人の形をした跡だけを床に残して、男の存在を抹消してしまった。

 

 誰一人、語る者はいない。異形の姿を持つ者もいない。変身を解いた南雲サダトと吾郎だけが、生気を持たない闇の中に取り残されていた……。

 


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