彼(彼女)は、世界を歩いている。
とても、鮮やかな世界を歩いている。
だがしかし、彼(彼女)には、その世界が見えていない。
悲しいことに、その世界の美しさに気づいていない。
悲しいことに、その世界の残酷さに気づいていない。
良くも悪くも彼(彼女)は、視界が狭かった。
見ようとするものが少なかった。
だから、彼(彼女)は、世界の良さに気づかなかった。
だから、彼(彼女)は、世界の悪さに気づかなくてよかった。
いや、もしかしたら、すべて、気づいているのかもしれない。
世界が広がっていることにー
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盲目の少女は、最初から世界が見えていなかった。
だから、視界に写るはずのものが変化しても、気づけなかった。
これが、彼女が最初から持てなかったもの。
少女は、光が見えない。
だけど、人よりもずっと耳がよかった。
少女は、頭がよかった。
だから、少女は耳で聞いた世界《おと》を、しっかり理解できた。
良くも悪くも、理解できてしまった。
「大丈夫?チアキちゃん?」
ナオは、チアキと呼ばれた少女にもう一度問いかける。
チアキは、相変わらず目を閉じたままだ。
「はい。大丈夫ですよ?」
自分がなぜ心配されているか、よく解っていない?様子で返事を返す。
「それよりも、お腹が空いちゃいました。一緒に食べてもよろしいですか?リュウジさん。」
チアキの問いかけに、リュウジの存在に気づいたユウヒは、嫌そうな顔をしたが、空腹には耐えられないのか、はたまた、可愛い妹分たちの頼みからか、すぐさまその提案を蹴ろうとはしない。
お前もか!と感じながら、他の友達全員が良いって言わないと無理だ。と説明しようとして、リュウジは気づく。
(えっ?何でこの子は、俺の名前を知ってるの?)
名前を教えた覚えはない。
その事実と、教えてもいない自分の名前を知られていた恐怖に、リュウジは取り乱す。
「ちょ、ちょっと待って!何で君が、俺の名前を知ってるの?!」
少女に問いかける。
問われた少女は、さも当然のごとく、答えた。
「先程、ナオがあなたの名前を呼んでいましたから。」
先程。とは、リュウジがナオに食事をさせろと言われたときだ。
しかし、その時にチアキはおろか、ユウヒさえ見えないところにいた。
チアキが盲目のためどれだけ耳が良かろうと、ナオの声ならばともかく、全く聞いたこともない、会ったこともない男の声などを拾えるかと言われたら、まずあり得ないだろう。
しかし、チアキはそれをやってのけた。
リュウジは、驚きを隠せないでいると、後ろから肉が焦げる臭いがした。
慌てて振り替えると、リョウタが、大きく目を見開いて、固まっていた。
口は何かを言おうとして、開いたり、閉じたりを繰り返し、こちらに指先を向けている。
かすかに聞き取れた、リョウタの声に更にリュウジは、驚くことになる。
「ユ、ユウ、ヒ?」
やっと書けた。
疲れた。