ゆったりと進むのに飽きて、つい縮地スキルを使って時間短縮したのがいけなかったのだろうか。
「あなた、人間じゃないでしょう」
青い髪の女性から断言され、沖田はぼんやりとそんなことを思った。
「……ど、どういうことだ? この人、アンデッドなのか?」
緑の外套の少年が怪訝な表情で青髪の女性に尋ねる。
失礼な。沖田は憤慨した。
「この超絶美少女の沖田さんに対してアンデッド呼ばわりとはいい度胸ですね」
「す、すみません!!」
もの凄い勢いで謝られた。ただ流し目をぶつけただけだったのだが。
見れば金髪の女性に黒髪の少女も顔に恐怖を貼り付かせている。
なんだろう、何か怯えられるようなことをしでかしたのだろうか、と沖田が困惑していると。
「そうよカズマ、彼女はそんな寿命が尽きても卑しく現世にへばりつく窓ガラスのかびみたいな連中じゃないのよ?」
「あの、それは流石にアンデットに失礼だと思うんですが」
青髪の女性が、あんまりな決めつけを言ってきた。
沖田が苦言を呈すものの、女性は聞き入れず話を続ける。
「彼女は英霊よ。死後にその在り方が昇華され、輪廻転生の環から外れた者。世界の危機に颯爽と現れ、機械のごとく敵を殺してまた颯爽と消える。そんな存在よ」
少年らの眉間に縦皺が寄った。
「死後に在り方が昇華……? すまん、言ってる意味が全然分からん」
「リンネテンセイって何ですか?」
「死後と言ったが、それはつまりアンデッドということではないのか?」
「ちょっと待ってよ、そんないっぺんに質問されても答えられないじゃない!」
たじろぐ女性の横で、沖田は胸に手を当てて言った。
「ええ。まあ、大体この方の説明で合っていますよ。私は英霊。死後に召しあげられた、しがない人斬りです」
「それはそうと、どうしてこの世界に現れたの?」
女性が仲間からの質問のことごとくを「そういうものだと思いなさい」という魔法の一言で片付けると、沖田に尋ねてきた。
単なる世界観の押し付けとも言う。
「誰かから召喚されたんですよ。座で何やら声が聞こえてきて、ふと気がついたらここに立っていました」
沖田は頭をぽりぽりと掻いた。
「初めは聖杯戦争かなって、思ったんですけど」
女性の目が細まる。
「聖杯戦争~~? そんなん行われてる気配なんか微塵もしないし、大体あんた受肉してるじゃない。サーヴァントとして召喚されたわけじゃないのに、聖杯戦争が開催されてるわけないでしょ」
「まあ、そうですよね」
正直そんな気配はあった。
雰囲気といい、自分が受肉していることといい、これが聖杯戦争だって言うのなら余りにもイレギュラーすぎる。ルーラーの顕界がほぼほぼ確定とまで言っていいくらいだったろう。
召喚時にも、周りにマスターの姿が見えなかったし。
「しかし、それならどうして私は召喚されたのでしょう?」
沖田は首を傾げた。
先述したように、英霊というものは人間が召喚するには身に余る。余りすぎる。聖杯の力を借りなければ、召喚することすらままならない。
なればこそ、聖杯戦争が行われていると思ったのだが……。
「何言ってるの? そんなの決まってるじゃない」
何を当然のことを、という顔で女性は語る。
「この世界の危機だから。加えて言えば、この世界の人類の危機だからよ」
「……………………」
暫しの静寂。沖田はぽかんとしながら、女性の台詞を咀嚼していたが。
「じ、人類の危機!?」
沖田が頓狂な声をあげた。まあ無理も無かっただろう。
「でも、こんなに牧歌的で平和な雰囲気ですよ? 世界の危機だなんて、最も縁の無さそうな……」
「ところがどっこい、実際人類の危機なのよ。……ねえ皆?」
困惑する沖田に、女性が形のいい胸を張って仲間達に同意を求めた。
だがその仲間達は、
「……え? 人類の危機? 何かありましたっけ?」
「人類の危機……? 日々の暮らしに精一杯な俺にそんなこと言われても」
「人類の危機、というか世界の危機というか……。実感は薄いが、一応あるにはあるな」
「めちゃくちゃ反応薄いじゃないですか。本当に人類の危機なんですか?」
半目をぶつける沖田に、女性はばつの悪そうな顔を向けると。
「ちょっとちょっと。何皆忘れてんのよ。あるでしょう? ほら、人類の危機が!」
「待て、私は一応覚えているのだが」
仲間達の方に振り向いて、食って掛かった。
金髪の女性が何か言っていたが、気に留める様子はない。
「人類の危機っていったら! 魔王軍に決まってるでしょう!?」
その言葉に、少年がぽんと手を打ち。
「ああ、そういやそんなやつもいたなあ。すっかり忘れてたよ」
「あんたが忘れてどうすんのよーーッ!!!」
女性が少年に掴みかかった。
「や、やめろよ! 暴力はやめたまえ!」
「カ、カズマ!? そんなに動くと、ずり落ちてしまうのですが!」
首を絞めようとする女性の手を振り払う少年、そして少年に背負われたまま何かわめいている少女。
その様子をぽかんとしながら見ていた沖田だったが、やがて眉をひそめながら。
「ええっと。つまり、この世界には魔王軍ってのがいて、人類が何かヤバい感じになっていると。それが人類の危機ってことですか?」
「ああ、そういう認識で間違いないが……。ところで、結局エイレイとやらは何なのだ?」
唯一手が空いていた金髪の女性に尋ねると、首を傾げられた。
「英霊……ですか。ええっと……」
沖田は顎に手を当てて考える。
簡潔に、簡単に。一言で説明するとしたら、一体どんな言葉が適切だろうか……。
○
「時空をまたにかける殺し屋、でしょうか?」
長考の末、少女はそう答えた。ダクネスは目を丸くして少女を見つめる。
赤い絵の具を限界まで水で薄めたような、透明感のある桃色の髪。膝丈と袖が極端に短いバスローブのような白い衣服に、黒いニーソ、サンダルのような履き物。さらに浅葱色のダンダラ羽織を羽織っている。
全体的に可憐で儚い印象を与える美少女である。恐らくダクネスよりも年下だ。
そんな少女が、殺し屋だなんて。
最も、めぐみんも彼女と同じかそれより年下だろうが、殺し屋というのはたかが冒険者とは訳が違う。
冒険者はせいぜいモンスターや賞金首を殺すのが関の山なのだが、殺し屋は人を殺す。日々生を全うし、色彩豊かに染められた人生を歩む人間に、死という終着点を与えてしまう。いわば、死神のようなもの。
こんな少女が、そんなものになっているだなんて。
先程アクアと何か話していた、ナントカ戦争というやつが関連しているだろうか。分からないが、これはダクネスとしては見過ごせない。
「時空をまたにかけるというのはよく分からんが、殺し屋というのは頂けないな」
「そんなこと言われても、成っちゃったものはしょうがないじゃないですか。私だってなりたくてなったわけじゃないんです」
少女は困ったように頭を掻くと、ダクネスなど意に介していないと言うようにぼそりと一人言を呟く。
「……しかし、人類の危機で魔王軍ですか。うーん。……どっからどう考えても、魔王をぶっ倒してこいと言われてるようにしか感じませんね。
どこのRPGだよって感じですが」
「あ、あーるぴぃじぃ?」
ダクネスは眉を寄せた。殺し屋の専用語だろうか。生憎ダクネスは殺し屋ではないので、専門用語を言われても分からない。
……と。
「RPG? 今、RPGって言ったのか?」
尚も掴みかかってくるアクアにティンダーで抵抗していたカズマが意外そうな声をあげた。
「カズマ? その、あーるぴぃじぃとやらの意味が分かるのか?」
ダクネスが尋ねる。カズマは何故かばつの悪い顔になって頷いた。
「意味が分かるっていうか、俺の国の言葉だよ。ドラクエとかFFみたいな、レベルを上げて魔王を倒すゲームのことで……って、あれ? ということはあんた、日本人なのか? ……よく見たら和風の格好してるし」
「ど、どらくえ? えふえふ?」
目が点になるダクネスを余所に、カズマは少女に尋ねる。
「ええと、カズマさん、でしたっけ? ……あなた何言ってるんですか」
少女は目を鋭く尖らせた。
ヤバい、何か気を損ねるようなことを言ってしまったのだろうかと、カズマの額に冷や汗が滲む。
「レベルを上げて魔王を倒すだけがRPGじゃないんですよ? マ○オRPGとか、ペル○ナとか、トル○コとか、シ○ンとか、反例はいくらでもありますからね?」
「ただのオタクじゃねーか。殺し屋としての仕事はどうした」
熱く語りだした少女にカズマが冷ややかな視線を向ける。
少女は何を言ってるんだこいつとばかりに、
「殺し屋っていうのは比喩みたいなもんですが、それはともかく。英霊なんて、基本的に暇なんですよ。召喚されなければ仕事なんてないですし。
そんなに暇なら、ゲームくらいするじゃないですか。スプラト○ーンのガチマッチにずっと潜ってランクカンスト達成するのも仕方のないことです」
「す○らとぅーんやらんくかんすととやらはよく分からないが、それは仕方のないことなのだろうか……」
ダクネスが呆れたような目線を向ける中、めぐみんが。
「ということは、つまりあなたは普段はニートをやっているということですか?」
「ちょっ!?」
沖田が吹き出した。ダクネスとアクアが驚いてめぐみんの方を見、カズマは瞳を不自然なまでに澄みあがらせる。
仲間が増えたとでも言っているかのようだ。
「いやいや、違います。ちーがーいーまーすー!
し、仕事が無かっただけなんですー! ニートじゃありませんー! 仕事が来るまで同僚と一緒にゲームしてただけなんですー!!」
それは一体ニートと何が違うというのか。アクアとダクネスとめぐみんが呆れた視線を向ける中、カズマが少女の肩をぽんと叩いた。
カズマはこの少女に、先程までは人間を超越した危険なモンスターかのような印象を持っていたのだが。最早その目は
「ちょ、そんな目を向けないでください! 私はニートじゃありません! 現にこうして顕界しているじゃないですか!」
と、そこまで喚いてから気が付いたのか、少女が再び大きな声を上げて。
「……って、ああッ! そうですよ、私が顕界を果たせたのは人類の危機だからじゃないですか!」
その後、落ち着くようにこほんと咳払いをしてから。
「……あの。ちょっと、魔王軍について教えてもらってもいいですか?」
カズマ達に向けて、誤魔化すように質問してきた。
時系列は二巻三章と四章の中間くらいと設定してます。