女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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前話の状況を補足するための裏で何が起こっていたかを描写する回。

多少の政治的会話が有りますが、にわか知識で書いてあるのでおかしい箇所を発見したら優しく教えてください。


第18話 げに悲しきは世襲カリスマ

「ゴウン殿!」

 

 会議を終え、冒険者組合から出たアインズに駆け寄ってきたのは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだった。

 

「やはりゴウン殿は凄まじいな。あんな魔樹さえ打開する方法をお持ちであるとは。」

 

「いや、私の得意分野がたまたま有効であっただけですよ。それにまだ成功すると決まったわけではありません。」

 

 腰低く謙遜してみせるアインズにガゼフはいつかカルネ村でやったようにその手をがっしりと握り、早口で賛辞を捲し立てる。

 

「とんでもない!帝国の化け物魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもこんなことはできまい。あなたは紛れもなく最高の魔術師だ。」

 

 手を握ったままぶんぶんと上下に振るガゼフ。ひどく興奮しているようだ。

 

 …なんかすごく馴れ馴れしくないか?

 

 こんな人物だっただろうか。もっと大人の距離感を守るイメージがあったが。まさか自分がモモンとして活動し、王都を離れている間に何か心境の変化があったのか。

 

 

 ーーー

 

 

 アインズはつい2週間ほど前のことを思い出す。セバスから巨大樹の一報を受けたアインズは自分の影武者を置こうと新しくシモベを生み出した。わざわざ召喚アイテムを使って上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)を作ったのだが、ここで問題が起こった。

 

 ドッペルゲンガーは具体的な指令を与えていれば忠実にそれを実行するのだが"人が来たらなんか良い感じに対応して"というザックリとした命令は上手く処理できないようだった。

 

 試しに自由に行動させてみたら召喚者のカルマ値や人格に基づいた行動を取るらしいことがわかった。つまり"中身が超絶凶悪思想持ちの慎重派凡人(カルマ値−500の鈴木悟)のドッペルゲンガー"というよくわからないものが出来たのだ。

 

 どうやら"智者"等といった製作者の限界を超えた設定が反映されるのは手ずから作った拠点NPCに限られるようだ。念のため2回ほど別個体で試したが結果は変わらなかった。

 

 とても接客を任せられるものではなかったのでアインズは泣く泣く自分の黒歴史を呼びつけて、自分のいない間は代わりに留守を任せることにしたのだった。まだこっちの方がマシだろう。

 

 その3、4日後、エ・ランテルの騒ぎが王国まで到達した時点でアインズは行動を開始した。まず王子に会いに行き、巨大樹討伐を具申する。これだけはNPCの暴走が怖いので自分でやるしかない。

 

 こうして自ら王子に会いに行ったアインズ。説得の可否は計画の進行速度を直接に左右するので、アインズとしてはかなり緊張して臨んだのだが、寧ろ拍子抜けするぐらいの早さで成功裏に終わった。

 

「ここで巨大樹討伐に貢献したとなれば、王子の継承権争いの地位はより磐石になりますよ。」

 

 なんてテキトーな事を言ったらトントン拍子に話が進んで、討伐指令と兵が与えられたのだ。なんとも打算的というか直情径行というか。決断の早さだけは鮮血帝といい勝負だ。

 

 王子が首を縦に振るまで巨大樹騒ぎを継続させようと思っていたアインズにとっては勿怪の幸い、願ったり叶ったりの対応だった。

 

 これで名を上げる舞台が整った。

 

 そうして下準備をしていくと同時に、巨大樹をどう処理するか、合間合間にアウラやマーレと実験を行う。

 

 魔法による洗脳が可能であれば演出が途端に楽になるのだが、精神系魔法に耐性を持つ植物系モンスターにそれは叶わない相談だ。アウラのテイムや吐息も試してみたが、対象が大き過ぎて範囲指定がうまくいかず、不可能であると結論付けられた。

 

 結局、マーレの森祭司(ドルイド)能力による誘導作戦が一番有効だと思われた。道なりにエサとなる植物を生成して行く、題して馬の前にニンジン吊り下げ作戦が決行されることとなった。

 

 それに加えて、巨大樹は意外なことに視覚に依存した景色の認識をしているらしく、環境に依存する(カモフラージュ)タイプの幻術は一定の効果が認められた。そこで幻術が使えるシモベを総動員し、進行ルート外は枯れ地であるよう見せかける事で逸れる可能性を減らす。そして同時に幻術で対外的に恰もアインズが巨大樹を誘導しているように見せるのだ。

 

 そうした実験を行う中、アインズはマーレについて一つ気になったことあった。アインズが渡した指輪を()()()()()()()()()()()()左手薬指にはめていたのだ。そこにはいつもリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをしているが、流石に外に持ち出せないので所在なさげにしていたところ代わりが見つかって上機嫌といった風だった。

 

 アイテムは装備しないと意味がないぞと老婆心で教えてやったのだがマーレは慌てた様子で首を左右へ振り、一生大事にしますと言ったのでアインズは頭上にクエスチョンマークを浮かべる他なかった。

 

 

 

 そんなこんなの2週間の準備の間にパンドラズ・アクターから何度か来客があったと報告を受けていた。計画に支障はないとのことだったのでスルーしたが、今思えば詳細を聞いておくべきだったとアインズは後悔する。もしやあの黒歴史がガゼフが訪問した時に良からぬことをしたのではあるまいか。

 

 アインズは1人やきもきしていた。

 

 

 ーーー

 

 

 ガゼフ・ストロノーフは興奮を隠せないでいた。やはりゴウン殿は王国の救世主となるお方だ。深謀遠慮で慈悲深く、そして国のために率先して行動をなさる。

 

「それにひきかえ自分はまだまだ至らぬ所が多いな。」

 

 ガゼフは自嘲気味に小さく笑みを浮かべると、先週の出来事を思い返す。

 

 自分はカルネ村の一件からアインズを召抱える事を王に強く進言していたので、はじめ、アインズが王国に手を貸してくれると聞いた時は飛び上がるほど喜んだ。比喩でもなく万の軍勢を得た気分であった。しかし、その期待はすぐに裏切られた。

 

 アインズは王に仕える気は無く、主君に選ぶのはバルブロ第一王子だというのだ。その事に酷くショックを受けたガゼフは暫くの間、蟠りを抱えていたが、先週ついに、いても立ってもいられず真意を問いただしにアインズのいる部屋へ踏み込んだのだった。

 

 ガゼフが扉を開けた時、アインズは何やら腕輪の形をしたマジックアイテムを磨いている途中だった。アインズは突然の来訪に怒ることもせず、腕輪を空間に開けた穴の中に仕舞うと、動じた様子もなく落ち着いた対応を見せる。そこにガゼフは一も二もなく単刀直入に話を切りだした。

 

「何故、第一王子なのだ。王に直接力を貸してはくださらぬのか。」

 

 その第一声でガゼフの意図を察したアインズは、ガゼフの気迫に一歩も引くことなく、むしろ堂々とした態度で口を開いた。

 

「貴方は王国の未来を考えた事はあるか。」

 

 普段であれば問いに問いで返された事に激昂し、声を荒立てようものなのだが、言葉を発したアインズのおよそ魔法詠唱者(マジック・キャスター)に似つかわしくない威圧感が、いつもの柔和な態度との差異と相まって、ガゼフを半ば萎縮させる形で会話の主導権を奪った。

 

 ガゼフは相手の問を飲み込み、その答えを紡ごうとする。そしていつも王が頭を悩ませている事を口にする。

 

「…確かに経済は苦しい。帝国との泥沼の戦争も終わりが見えない状態だ。だが…。」

 

 アインズは大仰に腕を上げ、話を遮った。ゆらりとガゼフに近づき、真っ直ぐに目を見据える。

 

「もっと具体的な、近々起こるであろう未来の事だ。」

 

「具体的な…。未来…。」

 

 アインズは言葉に窮するガゼフを尻目に、ガゼフの心を抉り、心胆を寒からしめる科白を吐く。

 

「王は高齢だ。これがどういう意味がわかるか?貴方は現王に剣の誓いを立てたのだろうが…。」

 

「…。」

 

「ハッキリ言おう、現王が崩御なされた後はどうするつもりなのだ。自分の職務は終わったと、今の立場を放棄するつもりか。自分の仕える者は居なくなったと、後はどうなろうが知った事ではないとするつもりか。」

 

「自分より先に…王が、お亡くなり、に…。」

 

 この問いはガゼフに対して余りにも残酷なものだ。全てを王に捧げ、王の剣として王の為に死ぬ事を誓った彼の人生を真っ向から否定しにかかるかのごとき所業。しかし、その可能性(主の不在)は目を背けられるものではなく、そしてその時が訪れたのならば自分が取るべき行動──周りから期待される役割──は限られてくる。

 

 ガゼフよ。お前が誓いを立てたのはランポッサIII世という()()なのか。それともリ・エステリーゼ王国の統治者である()なのか。ガゼフは問いをそのように解釈した。

 

 もちろん私兵ならば、あるいは一代限りの主従関係で許されたかもしれない。しかし自分は王国戦士長という分不相応な位を戴き、その職務を全うするよう期待されているのだ。他ならぬ我が王に。

 

 もし…、もし、その時が来たならば主はなんと言うだろうか。おそらくは少し申し訳なさそうに"国を頼む"と仰るだろう。その光景は想像に難くなかった。

 

 ガゼフは今の今までただ戦場で戦う事だけを思い生きて来た。その考え無しの行動のツケを支払う時が間近に迫っている事を気付かされたのだ。

 

「本当に王国のために、王のために尽くすのならば、次の世代に目を向けておかなければなるまい。そうだろう?」

 

 この段になってくるとガゼフの激情の炎は鎮火され、肩を怒らせながら部屋にやって来た時の剣幕はすっかり無くなっていた。

 

「ゴウン殿の仰りたい事は充分に理解した。それでは、…ラナー殿下はどうなのだ?」

 

 ガゼフはささやかな抵抗を試みる。言外にバルブロは王の器ではないと匂わせていた。ラナーならば民衆の支持も厚く、ガゼフ自身も叶う事ならばラナー()()の誕生を夢見ている。

 

「ダメだな。」

 

 アインズは完膚無きまでにぴしゃりと言ってのけた。ここまで明確な否定が返って来るとは思っていなかったガゼフは半歩下がってたじろぐ。

 

「な…何故だ。」

 

「正()性の問題だ。ラナー殿下がいかに優れた統治者であろうと、2人の王子を差し置いて王位を継承する理由にはならない。」

 

「そんなもの、国が抱える危機の前では下ら…。」

 

 ガゼフはそこまで言いかけてハッとなり、辺りを見回した。何処に聞き耳があるか分からないのだ。不用意な発言は控えた方が良いだろう。

 

「ははは、魔法で盗聴対策をしているから心配はしなくていい。それに、私の部屋にきている時点でよくない噂が立つ事は避けられまいよ。」

 

「それは、いろいろ面目無い。」

 

 ガゼフはすっかり縮こまってしまった。アインズは苦笑しながら話を元に戻す。

 

「国が危機に直面しているからこそ、制度は厳格に守られなければなるまい。ラナー殿下が即位するようなことがあれば、混乱のどさくさに紛れて王位を簒奪したなどという謗りを受けかねん。」

 

「それでも、バルブロ殿下よりは…。」

 

 ガゼフはアインズがバルブロに拘る理由が全く分からなかった。民のことを思えばこそ、王に相応しいのはラナーではないか。その疑問が口を衝いで出てくる。

 

「ガゼフ殿、統治に必要な要素はなんだと思う?」

 

 今日何度目かのアインズの問い。学生にでもなって、課題を出されている気分だ。ガゼフは少し上に目を泳がせて、どうにか考えを捻り出す。

 

「王に能力や信頼があること、だろうか。」

 

 アインズは満足そうに頷いた。生徒が自分の授業を理解した上で、会話のレールに乗ったのを見た教授のように。

 

「素晴らしく的を射た答えだ。統治が成り立つのは統治される側が、統治する側の支配を甘受出来る理由が存在する時であり、確かにそれらも要素の一つになる。しかし、一番優れた答えではないな。」

 

 続けてガゼフは模範的な生徒のように、知識、武力、機能的な行政といった意見を出すが、どれも満点は与えられなかった。

 

「答えは、特定の個人や時期に属さないものだ。つまるところ"伝統"だよ。」

 

 誰しもが多かれ少なかれ社会常識に縛られて生きていて、伝統は権威と強い結びつきがある。往々にして伝統は合理性の範疇を超えて存在するもので、統治を達成するための費用対効果(コストパフォーマンス)(すこぶ)るいい。

 

 それに、伝統を曲げることは王国の歴史そのものの否定であり、自我の寄る辺を失くしてしまうことに等しい。少なくとも宮廷内での王家の威信は地に堕ちてしまうだろう。ラナーの即位は民衆の心証は良いかもしれないが、貴族達との抗争の中で王権が瓦解する可能性がある。それは最も危惧すべきことだというのがアインズの説明だった。

 

「…ラナー殿下が即位するとすれば、高順位継承者が軒並み暗殺され(不自然死を遂げ)る時だな。そんなことはあるまい?」

 

 アインズは皮肉気味に語る。ガゼフは隣国の皇帝のやり方を思い浮かべたが、黄金の姫に鮮血の業はどうやってもイメージ出来なかった。そして、そうなることを一瞬でも考えたことを自戒して顔を歪める。

 

「だから私はバルブロ殿下にお仕えする。微力を尽くして次王の後見人を担うつもりだ。王子に近づく貴族(悪い虫)にも目を光らせられるしな。」

 

「そこまで深い考えをお持ちとは…。」

 

 ガゼフが納得したのを確認すると、アインズは態度を崩し、口調を一段柔らかいものに変える。

 

「今はガゼフ殿は王の側で力を振るえ。その間は私が王子を見守ろう。役割分担と行こうじゃないか。」

 

 ガゼフは生涯の友を得た気分であった。王国の未来を担う同志がいることがこんなに心強いとは。

 

「突然の訪問、真に失礼した。また相談に乗ってくれれば助かる。」

 

「いつでも。」

 

 アインズは芝居掛かった風に踵を揃え、一つ鳴らしてみせた。

 

 

 ーーー

 

 

 エ・ランテル第一城壁の外に混成の武装集団によるキャンプが設営されている。

 

 この集団の数は全部で400余り。多くはエ・ランテル衛兵隊で約8割を占める。残り2割は様々なランクの冒険者と第一王子直轄の一隊、そしてガゼフ・ストロノーフ率いる中隊規模の騎兵たち。平原のモンスターを討伐するために編成された部隊だ。

 

「我々の撃破目標は都市に近づくトロール集団及び数匹のナーガである!」

 

 ガゼフが先頭に立ち、整列する一団に対して号令を発する。話し合いの結果、隊の指揮者は満場一致で武力と肩書きを兼ね備えたガゼフに決定した。ガゼフとしてはアインズと共に対巨大樹選抜部隊に同行することを望んだのだが、大隊指揮が出来る者が他にいないので適材適所といったところだ。

 

「これより、索敵班の行動を開始する! 作戦中は各班、連絡を密にし…。」

 

 400人を前にしてもよく通る大きな声で、的確な指示が次々と下されていく。ガゼフの威厳を前にして、例え彼の部下ではない者だとしても今はだらけた姿を見せたりしない。

 

「やっぱりすごいな…。王国戦士長は。」

 

 そう発言したのは、ペテル・モークという青年。銀級冒険者チーム漆黒の剣のリーダーである。

 

「ああ。気迫がここまで伝わってきやがる。」

 

「もし兵士になるなら、あの様な将の下で戦いたいのである。」

 

 漆黒の剣のチームメンバー、野伏(レンジャー)のルクルットと森司祭(ドルイド)のダインも同意の声を上げた。彼らが私語を出来るのは、漆黒の剣が対巨大樹部隊に選ばれ、本隊から離れた場所にいるからだ。

 

「3人とも、遊びに来たんじゃないですよ。」

 

 魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャが3人を窘める。銀級冒険者チームにすぎない彼らがこの大役に抜擢されたのは最初期の巨大樹騒ぎの時の働きが認められ、信頼できると組合から直々の推薦があったからだ。ここで気の抜けた態度を見せていては自分達の体裁を汚すばかりか、組合の面目も潰しかねない。

 

 それに今から向かうのは強大な魔樹が鎮座し、その上殺気立ったモンスターがうじゃうじゃいるトブの大森林。浮かれた気持ちでいられる筈もなかった。

 

「ああ、そうだな。」

 

 真面目なペテルはニニャの言葉でいつもの調子を取り戻し、キッと顔を引き締める。そこに背後から女性の野太い声が掛けられた。

 

「ガゼフに見とれちゃって、俺たちと一緒じゃ不満なのかぁ?」

 

 ペテルが振り返るとガガーランが目に入った。声音とは裏腹に顔には笑みを浮かべている。緊張している新人達を和ませようと、持ち前の面倒見の良さを発揮してからかったのだ。

 

「い、いえ!とんでもないです!」

 

「そんなに気負う必要はねぇぞ。お前らはサポートなんだから。荒事は先輩達に任せて置きゃあいい。」

 

 ペテルは辺りを見回す。ここには漆黒の剣の他にも、同じく組合の指名を受けた冒険者達がいる。白金級の石の松明、ミスリル級のクラルグラだ。彼らはペテルと目が合うと、笑顔を見せたり、手を振ったりと好意的な仕草をしてくれた。ただ1人、クラルグラのリーダーのイグヴァルジはそっぽを向いたまま不機嫌そうな顔を崩そうとはしなかったが。

 

「その、光栄です、憧れの先輩達と一緒に仕事ができて。その上、蒼の薔薇や…雀蜂の皆さんも。」

 

「すずめばち?」

 

 耳慣れぬチーム名にオウム返しをするリカオン。そのような冒険者がこの場に居ただろうか? その疑問への答えが横から飛んでくる。

 

「君達のことだ。」

 

 アインザックが本隊との連絡調整を終え、アインズとセバスを伴ってやって来た。彼らは支援物資の配分作業を行っていたのだ。

 

「私達のことぉ?」

 

「そうだ。黄髪と黒髪、刺突武器を得意とする2人組の女性。冒険者の間では君達のことをそう呼ぶ者が多い。」

 

「うえぇ、カワイくないよぅ。いつからそんな風に呼ばれてたの?」

 

 これ以上ないというぐらい顔をくしゃくしゃにした渋面を作りながら、両手を広げるリカオン。体全体で信じられないという感情を表したポーズだ。

 

 通り名が凶暴な昆虫など、可憐で儚い乙女(キュート&プリティーガール)である私達にはとても不本意なことだ。謂れなき誹謗中傷である。これはそのような名を広めた犯人を吊るし上げなければなるまい。

 

「墓地のズーラーノーン騒ぎの時からだ。ほら、レイピアとスティレットで暴れまわってたじゃないか。」

 

「あー、あれ?でも確かあの時一緒に居たのって。」

 

 リカオンは白金級冒険者の5人をロックオンした。ビコーンという効果音が聞こえてきそうだった。

 

「オマエラカ。」

 

 針で刺すような視線を向けられて、油のささっていないブリキ人形のようにギギギと首を回し、露骨に目をそらす石の松明のメンバー。

 

「怒らないから、正直に言お?怒らないから。」

 

 それ怒る人の常套句じゃねえか、とは口が裂けても言えず、ただじっとリカオンの視線に耐える石の松明のメンバー。釈明の言葉すら出ず、汗がジワリと滲んで喉の奥がうくっ、と変な音を鳴らした。

 

 これは選択肢を間違えるとヤられる奴だ。冒険者としての勘がそう告げていた。畜生、神にでも祈りたい気分だ。

 

 

「そういうとこだよ。ぴったりじゃねえか。」

 

 ガハハと豪快に笑うガガーラン。

 

「ぶー。笑い事じゃないよ。」

 

 ガガーランがヘイトを稼いだお陰でリカオンから解放される石の松明。流石アダマンタイト級の(タンク)。彼らは心の中でガガーランに感謝と賛辞を送った。

 

 

 ーーー

 

 

「なあ。」

 

「なんだ?」

 

 リカオン達の喧騒を眺めていた漆黒の剣のルクルットがペテルに話しかける。

 

「俺はなんだかんだ言って弁える時分は分かってる男だけどよ。」

 

「──ああ。」

 

 一瞬、そうでもないぞ、という意見が頭をよぎったが、ルクルットがいつになく真剣な表情を見せていたので話を合わせてやる。

 

「こんなに沢山美女がいて、アタックかけないのはむしろ不自然だよな。」

 

 やっぱりそうでもないじゃないか。

 

「お前ホントやめとけよ。色々ヤバイって。主に漆黒の剣の今後とか。」

 

「止めてくれるな。ここで行かなきゃ俺が俺で無くなっちまうんだ。」

 

「そんな傍迷惑なアイデンティティなんか無くなっちまえ!」

 

 彼らの話し声は隊の明るい雰囲気によって幾らか緊張が解され、自然と声も大きなものになっている。

 

「…煩いぞ。」

 

 ドスの効いた声がした。声の方向を恐る恐る振り返ると、イグヴァルジが明確な敵愾心を露わにしてこちらを睨んでいる。実力を示し、叩き上げでミスリル級冒険者になったイグヴァルジの威圧感は銀級の2人を黙らせるのに十分だ。

 

「お前らナメてんのか? 特に野伏(レンジャー)のガキ、こんな時にデレデレしてんじゃねえ。」

 

 トブの大森林ではフォレストストーカーであるイグヴァルジが先導する。責任重大な仕事を控え、多少ぴりぴりするのは仕方の無い事だろう。それにイグヴァルジは神経質な性格で知られており、ペテルとルクルットは彼の周りで巫山戯たことを自分達の落ち度として反省した。

 

 イグヴァルジは鼻を鳴らすと、再びそっぽを向いた。気まずい空気が流れる。他のクラルグラのメンバーは手の平を合わせるジェスチャーで粗暴の悪いリーダーの詫びを入れていた。

 

「イグヴァルジさん。ちょっといいかしら?」

 

 カツカツとサバトンの音を鳴らしてラキュースがイグヴァルジに近づく。

 

「なんだ。」

 

 イグヴァルジは不機嫌な顔をやめて、相手に向き直って返事をした。彼はいつかアダマンタイトに登りつめる事を夢見ている。先駆者であるラキュースには多少なりの敬意を払って接するつもりらしい。

 

「貴方のフォレストストーカーとしての手腕を直で観れる機会があるなんてとても嬉しいわ。期待してるわよ。」

 

「俺を知っているのか?」

 

 驚きを込めた口調。

 

「当然。王国のミスリル級以上の冒険者は全員把握してるわ。特に貴方みたいなのは。」

 

 貴方みたいなの、には複数の意味が込められていたが、イグヴァルジは好意的に捉えたようだった。必死に隠そうとしているが、雲の上の存在であるアダマンタイト級冒険者に名を知られていて欣喜雀躍とした表情をしている。ラキュースはイグヴァルジの死角でこっそりウィンクをした。

 

「出た。鬼姫リーダーの社交ジツ。あれで堕ちない男はホモしかいない。」

 

 すっかり機嫌が良くなったイグヴァルジにクラルグラのメンバーもほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「ちぇ、イグヴァルジさんもデレデレしてるじゃないっすか。」

 

 そう悪態をついたルクルットに対し、漆黒の剣の3人は周りに見えないよう後ろ手で強めにルクルットを小突いた。

 

「お前ら、行動開始は本隊の偵察第一陣が帰って来て安全が確認されてからだ。それまで英気を養っておけよ。」

 

 締めるところは締める、組織の長アインザックの言。一行は了解の意を示すと、早めの昼食の準備にかかった。

 

 

 ーーー

 ーーー

 

 

 食事のあと。クレマンティーヌは1人離れたところで佇むリカオンを見つけて声をかける。

 

「今回はノリ悪いじゃん。どったの?」

 

 戦闘の前は大体テンションの高いリカオンだが、今回に限って沈んだ様子である。それほどモンガと戦うのが嫌なのだろうか。

 

「私はね、クレア。」

 

 不自然に長い沈黙。

 

「自殺行為は好きだけど、自殺は嫌いなの。」

 

 リカオンの脈絡のない言葉。

 

 クレマンティーヌはリカオンの態度に違和感を覚えた。それはまるでふわふわと上空を漂っていたものが、突然自分と同じ地面まで降りてきた感覚。クレマンティーヌは手を伸ばそうとした。

 

「なーんてね。」

 

 そう言って優しく微笑むリカオン。

 

 まただ。クレマンティーヌは尻尾を捕まえ損ね、相手は遥か上に行ってしまった。

 

 思えばクレマンティーヌはリカオンのことを殆ど何も知らない。あなたは何者なの。どこから来たの。何をするためにいるの。

 

 あなたはぷれいやーなの。

 

 リカオンがいつか夢まぼろしのごとく消え失せて、どこか遠い所へ行ってしまうような気がしてくる。

 

 クレマンティーヌは寒さに凍えるように、両腕で自分の身体を抱き寄せた。

 

 

 

 

 




話全然進んでないじゃないか(憤慨)
フラグを撒きまくると話が進まないの法則。あると思います。

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