女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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前回の女剣闘士見参!

蒼の薔薇大・勝・利


一方ナザリックは

セバス「なんか木が生えました」
アインズ「有効利用したろ」



第17話 都市長のおしごと

 アゼルリシア山脈の麓に広がるトブの大森林。木々が密生して育つこの森はどこへ行っても同じ景色が広がり、立ち入る者の方向感覚を狂わせる。

 

 だが今は少し様子が違う。この厖大な面積を誇る天然の迷宮のど真ん中に高さ100メートルはあろうかという巨大な木が聳え立っていた。

 

「これはすごいな。似たようなモンスターなら見たことがあるが、ここまで大きいのは初めてだ。」

 

 ミニチュア模型の箱庭の中に実物大のものを投げ込んだみたいで、眺めていると遠近感がおかしくなりそうだ。そういえば昔、似たシチュエーションの童話を読んだ記憶がある。チャックとモミの木だったか。

 

(ていうか思ってたよりヤバイな。倒すのは容易だが、それを馬鹿正直にやったら目立ちすぎる。…良いことを思いついた。)

 

 甲冑姿のアインズ=モモンが巨大樹を見上げながら、共をさせているアウラとマーレ、ソリュシャンに話しかける。

 

「どれくらいあそこにいる?」

 

「存在が発覚してから4時間20分です。」

 

 ソリュシャンが少しの間も開けず答える。自分達も報告したかったアウラやマーレは頰を膨らませるなど、露骨に不機嫌な顔をした。

 

「なぜ移動しない? イビルツリーか何かの亜種なら動き回れるはずだ。」

 

「どうやらあの巨大樹は周囲の養分を吸収しているようです。十分に養分がある間は移動する必要がないのではないでしょうか。」

 

 アインズはソリュシャンの説明にふむふむと相槌を打つ。食い物があるうちはあくせく動く必要はないということか。行動原理は割と生物の本能によるところが大きいのかな。

 

 とはいっても巨大樹もただじっとしているわけではない。今しがた見ている限りでも、本体から伸びる触手が蠕動し、土煙を巻き上げている。触手の長さは300メートル。規模が規模であるので地形を変えてしまうほどの影響がある。その動きはなるほど周りの食糧を掻き集めているようにも見えた。

 

「ほう、興味深いな。ああするために本体の大きさに比べて遥かに長い触手が備わっているのか。…ということは、周りに養分が無くなればいずれ移動し始めるということか。」

 

 それは困るな。少なくとも宮廷魔導師アインズの準備が整わない間にどっかいかれたら計画が破綻する。いや、計画といってもついさっき思いついたやつなんだけど。何か手は、と。

 

「マーレ、あいつの足止めを行え。できるか?」

 

 アインズはマーレに指示を出す。森祭司(ドルイド)の力を使えば、あの巨大樹をコントロールできないかと思ったのだ。直接操ることはできなくても、無限に木を生み出し、供給し続けることでこの場に釘付けにするなど、いくつか方法はありそうだ。

 

「は、はい。え、ど、どうでしょう…。」

 

 マーレは口ごもった。曰く、あのペースで食事をする巨大樹を満足させるには大量の木々が必要で、足止めという目的に対して自然魔法の行使という手段は効率が悪く、MP切れが懸念されるとのこと。

 

 そうして、せめて期限を設けて貰わなければ、可能かどうかは分からないとした。

 

「ちょっとあんた!アインズ様の御勅命にそんな後ろ向きでどうするの!」

 

「でもぉ、お姉ちゃん…。」

 

「ハッキリしなさいよ!あんたはいっつも…。」

 

 踏ん切りがつかない弟を窘める姉。とても微笑ましいと感じたが、このままではマーレが少しかわいそうに思えたのでアインズは助け舟を出す。

 

「まあまあアウラ、そう怒るな。自分の限界を素直に報告するのは悪い事ではない。出来る出来ると豪語しておきながら結局失敗するよりそちらの方が断然良いではないか。よし、ではこうしよう。」

 

 そう言いながらアインズは懐から緑色の指輪を取り出す。全体が翡翠で出来ており、一つの原石から削り出して作られているようだ。

 

「これはMP自然回復(リジェネ)速度上昇を付与するアイテムだ。効果中は使用MP減少も同時に発動する。使い捨てだから耐久値には気をつけるように。」

 

「わぁ、いいんですか?あ、ありがとうございます!」

 

「勿論だとも。私が命じたんだ。必要物資はこちらで用意するさ。」

 

 はにかみながら恭しく両手で指輪を受け取るマーレ。至高の御方に物を下賜される事は望外の喜びである。ほくほく顔のマーレにまたしてもアウラの檄が飛ぶ。今度はアインズも標的だ。

 

「ちょっと!その程度で貴重な消耗品を…!。アインズ様もマーレに甘すぎです!」

 

 図らずも、ねだる子供に父親がおもちゃを買い与え、それを母親に注意されるシチュエーションに良く似た恰好になってしまった。そういえばたっちさんも妻に浪費を叱られたとよく愚痴っていたなあ。アインズはアウラが将来家庭を持って、細かく家計簿をつける様を連想した。

 

「アウラはいいお嫁さんになりそうだな。」

 

「!!!」

 

「えっ、それって…。」

 

 アインズのいきなりの発言にアウラは完全に固まってしまった。いついかなる時もポーカーフェイスを気取れるソリュシャンでさえも鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっている。

 

 そうした中、自分の言った言葉の重大さをあまりよく理解していないアインズは続けて指示を出す。

 

「アウラは補佐を、他のモンスターが巨大樹を刺激しないように見張りを頼む。足止めの期間は…今はわからないが、なるべく頻繁に連絡を入れようと思う。」

 

「は、はい!アインズさま!」

 

 アウラは別世界へ飛んでいきそうになる意識を引き戻し、どうにか返事をする。守護者統括殿ではこうはいかないだろう。

 

「どうした?熱でもあるのか?」

 

 耳の先まで真っ赤に染まって、ゆでダコみたいになったアウラをアインズは心配そうに覗き込む。

 

「大丈夫です!私はいつでも大丈夫です!」

 

「そ、そうか?無理はするなよ?」

 

 なんか若干会話が噛み合ってない気もするが、強い口調で断定されたのでこれ以上の追求は控えておこう。ちょっとアレな時のアルベドやシャルティアと同じ様な気迫を感じて怖い。

 

「さて、私は王都に戻るが…。ああ、そうそう、これをやっておかなければな。」

 

 そう言って、アインズはあるマジックアイテムをソリュシャンに投げてよこす。手の平に収まるほどの、黒っぽい箱型の機械だ。

 

 

「良い感じにやってくれ。…この辺か? ハイチーズ。よし、ではさらばだ。」

 

 仕込みを終えたアインズはここでやる事は終えたとばかりに早々に<転移門(ゲート)>で王都に帰って行ってしまった。

 

「お嫁さん…。お嫁さん…。」

 

 残されたのはブツブツと同じ単語を繰り返し呟くアウラとポカンとしたマーレ、それに神妙な顔つきをしたソリュシャンだ。

 

「これはシャルティア様に報告しておいた方がいいかもしれないわね。」

 

 

 ーーー

 

 

 城塞都市エ・ランテル。国境近くの要所であるこの都市に有史以来最大の危機が迫ろうとしている。

 

 この都市の最高責任者パナソレイ都市長は、今が自分の人生で一番忙しい時期だろうなと顧慮していた。毎年行われる帝国との戦争にも頭を悩まされていたものだか、それが可愛く見えてしまうほどの未曾有の事態だ。

 

 2週間前、トブの大森林に巨大な樹のモンスターが現れたのだ。もはや神話の産物としか言いようのないそれが、もしこの都市に襲いかかって来るようなことでもあればと思うと気が気でない。

 

 幸い何故か巨大樹は出現位置から移動していないようだが、今まで森を縄張りにしていたモンスターが巨大樹から逃げ出すように平原に出没するようになった。その中にはナーガやトロールといった凶悪なモンスターも含まれているのだ。

 

 そういったモンスター達は行きがけに人の住む村を見かけると、例外なくそれを襲うのだが、普通の村人に対処する手段は当然なく、這う這うの体で逃げ出すのが精一杯であった。

 

 一週間前あたりから難民が都市に流入しだし、関所がごった返す人の波で一時混乱状態に陥った。状況把握に忙しいというのに、入()手続きに余計に時間を取られ、パナソレイは一昨日から一睡もしていない。

 

「流石に一度休息を入れるか。このままだと痩せてしまう。…それは良いのか。」

 

 パナソレイは柄にもなく1人冗談を言う。そうでもしなきゃやっていられない状況だ。業務量もそうなのだが、対応が全て後手にならざるを得ないことが心労を更に募らせる。

 

 直接の原因の追求として、森の詳細な情報を早急に集めたいところなのだが、場所が場所だけにおいそれと人を送り込めない。頼りのミスリル級冒険者チーム──この都市では最高ランク──も偵察依頼には皆一様に渋い顔をするばかりだ。

 

 この事態にやむなくパナソレイは非常事態宣言を発布し、都市の存続を第一目標とした公権力の執行を可能にした。主な目的は食料、武器、防具等の戦時特需品を万が一の時のために備えることである。

 

 これは都市にとって苦渋の選択である。もちろんパナソレイは際限無く民の財を奪うつもりはない。それどころか一定の上限は明示した形で行うのだ。しかし、一度前例を作ってしまうと、例え平時であっても公権力により財産を接収されるおそれが常に付き纏い、都市に金持ちや商人が寄り付かなくなるのは避けようもない。

 

 ただ、国境の要所であるエ・ランテルを維持する事は即ち、王国領土を直接保全する事。その重要性を鑑み、今後の税収が少なくなるリスクと天秤にかけた結果、宣言に踏み切ったのだった。

 

 パナソレイの予想通り、発布時点での民衆の反応は反抗的なものが多く、特に富裕層は苛烈に抗議した。その時、槍玉にあげられたのは財を接収される事ではなく、むしろ外敵にどう対処していくのかという事だった。

 

 非常事態宣言を出して準備をしたとしても、エ・ランテルの兵士では心許なく、身の安全が確保されない以上、都市を離れると言い出す者が出て来ていた。

 

 冒険者組合でも同様の問題が起こっていて、少なくない冒険者が遠方の依頼──逃げ出す金持ちの護衛など──を受け、都市から脱出を図っている。

 

 ただ同時に冒険者の中には正義感の強い者達もいて、誰の指示を受けるでもなく積極的に都市に近づくモンスターを狩ってくれている。時には都市に向かう難民の一団を保護したり、混乱に乗じて悪事を働こうとする者がいないか街を巡回したりと、大いに都市に貢献してくれている。

 

「石の松明に漆黒の剣だったか。」

 

 パナソレイは活躍のめぼしい冒険者チームの名前を(そら)んじる。前者はいつだったかンフィーレア・バレアレ氏が誘拐された時、リカオン達と奪還に参加した5人組白金級チームだ。後者は今はまだ銀級チームだが将来有望な新進気鋭の4人組である。

 

「この一件が落ち着いたら、彼らには何か褒賞を与えなければな。基本的に行政と冒険者組合は相互不干渉だが、それぐらいは許されるだろう。」

 

 冒険者以外にもありがたい存在はいる。パナソレイ都市長の人望あってか、いくつかの商店から非常事態宣言に基づいた物資の提供が快く行われた。

 

 都市長の協力依頼にいち早く応じてくれたのは老舗の薬屋、リィジー・バレアレの店。そして意外な事に、最近エ・ランテルにやって来たヴラド商会を名乗る宝石商である。

 

 ヴラド商会に関して、さらに驚いたのは高価なマジックアイテムの類を無償で貸し出してくれると言うのだ。

 

 多くは戦闘に関する付与魔法(エンチャント)が施されたもので、ざっと冒険者10チーム分ぐらいある。

 

 数もさることながら、効果のほどもお墨付きで、魔術師組合長テオ・ラケシルに鑑定してもらったところ、どれもこれも最上級のマジックアイテムであることが判明した。都市を守る冒険者に是非貸与したいところだ。

 

 ここで一つ問題が。そんな高価なマジックアイテムを貸し出すとのことであったが、もし紛失や持ち逃げがあったとき都市長ではとても責任を取りきれないのだ。

 

 自分の首だけでことが済めば良いのだが…と言うパナソレイにヴラド商会は「どのマジックアイテムについても探知することが出来る。そのような心配はない。破損させた場合も故意でなければ法外な請求はしない。」と回答した。

 

 破格の条件にパナソレイは一瞬訝しんだが、背に腹は変えられない。ヴラド商会の態度は特に悪意を感じられなかったので申し出を受ける事にした。

 

 今思えば、マジックアイテムの効果より、対象を探知できることの方がもの凄い事のように感じる。一体あの見目麗しい謎の集団は何者なのか。

 

「なんにせよ、ありがたい事だ…。」

 

 パナソレイはそうひとりごつと2日ぶりの微睡みに身を委ねた。

 

 

 ーーー

 

 

「都市長!」

 

 2時間の休息を取って、再度仕事に取り掛かろうとしたパナソレイの耳に飛び込んで来たのは、アインザックの焦った声であった。

 

「どうしたのかね、都市の側にトロールでも出たかね。」

 

「冗談を言っている場合ですか。王都から巨大樹に対抗すべく援軍が来ましたぞ。至急責任者とお会い下さい。」

 

 その報告にパナソレイは顔をほころばせた。今は猫の手も借りたい状況なのだ、人員が増えるのは嬉しい。

 

「蒼薔薇か。ダメ元で出した依頼がこんなに早く実を結ぶとは。」

 

 アインザックは渋い顔をする。

 

「いえ、援軍は王都軍です。それも第一王子直轄隊が。」

 

「は、まさか、嘘だろう?」

 

 普段王族や貴族は派閥争いに躍起になっている。誰かが私有兵を動かせば、やれ他人の領土を狙っているだの、何処かの資源を独り占めしようとしているだの、互いに牽制しあっていて、頼み込んでも来ないのに。どういう風の吹き回しか。

 

「本当です。それに、ガゼフ戦士長もおいでになられていますよ。」

 

「ストロノーフ殿が! それは心強い。」

 

「相手方は早急に対策会議をしたいと申し出ております。組合の会議室に控えてもらっていますが、こちらに呼びますか?」

 

「私が行こう。ここは散らかりすぎている。」

 

 パナソレイは早速準備に取り掛る。書類の山に埋もれている部下に一つ二つ指示を出すと、自分のしていた仕事を全て任せ、即座に館を後にした。すまんな、今月の私の給料の1割あげるから。

 

「リィジー・バレアレ殿とセバス・チャン殿も物資提供の件で組合に来ています。」

 

「そうか、どうせなら同席してもらおう。これから密に連携をしていかねばならん。それに、商人であれば顔を売っておくいい機会になるだろう。少しでも恩に報いねば。」

 

 パナソレイの館から冒険者組合までは歩いて10分ほどだ。

 

 パナソレイは冒険者組合の扉をくぐる。室内はいつもより活気が少ない気がした。その大きな理由は掲示板(クエストボード)の前にたむろしている低ランク冒険者が軒並みいなくなっているからだと思われた。

 

 今組合が斡旋する依頼は大抵が巨大樹関連のものだ。低ランク冒険者では少々荷が勝ちすぎる。よって、彼らのほとんどは職がない状況なのだ。これを放置するのはマズイだろう。非常事態宣言によって貧困層が増えたとあっては、ただでさえない行政の信用が地に堕ちてしまう。

 

 それに、彼らは金がないので都市から出ていったりはしない。そうした者が金欲しさにワーカーになったり、ひいては犯罪に手を染めることになれば都市の治安にも影響が出る。

 

 簡単な公共事業でも紹介するか。土木業者に仕事を依頼して、人足を冒険者から集めるようにすれば角も立つまい。

 

 そんなことを考えてる間も、受付嬢の案内に従って階段を登り、人を待たせている応接室に向かって行く。受付嬢は二階の廊下の突き当たりで止まり、右の扉をノックした。

 

「レッテンマイア様が御到着なされました。」

 

 部屋の中に声をかける受付嬢。どうぞ、と返事を受け、扉を開きパナソレイを部屋に招き入れた。

 

 応接室には見知った顔、ラケシル魔術組合長にガゼフ王国戦士長がいた。その他に上等な黒いローブを纏ういかにも怪しげな魔術師然とした仮面の人物がいた。その体格からして男だろう。

 

「おくれてもうしわけない。としちょうのぱなそれい・ぐるーぜ・でい・れってんまいあです。このたびはおあつまりいただき、かんしゃもうしあげる。」

 

 社交辞令から入るパナソレイ。見知らぬ人間がいるので外面(いつもの感じ)で話す。仮面の男を伺うが、これといったリアクションは無く、感情の機微は捉えられなかった。

 

(ふむ。彼が王子の兵の責任者か。見たところ魔法詠唱者(マジック・キャスター)のようだが、王国では魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位は高くない。ぽっと出の人物でコネがあるようには思えんから、余程の実績があるのだろうか。)

 

「お初にお目にかかる都市長殿。私はアインズ・ウール・ゴウンと申します。バルブロ王子の命で巨大樹の打倒のために参りました。大変失礼なこととは存じていますが、この仮面は並々ならぬ事情がある故外せませぬ。何卒ご容赦願いたい。」

 

 パナソレイは少しだけ目を見張って、アインズと名乗った男の仮面をまじまじと見つめる。その様子で怪しまれていると感じたのか、ガゼフが横からフォローを入れる。

 

「この御仁の人格と実力は私が保障しよう。この仮面はゴウン殿の使われる魔法の都合により常にかぶっておらねばならぬのだ。」

 

「すとろのーふどのがそこまでいうなら、わたしからもなにもいうまい。」

 

「ありがとうございます。」

 

 アインズとガゼフは揃って頭を下げる。そうして挨拶を終えると、アインザックが会議の進行役を買って出た。

 

「では状況の説明に入りたいが、その前に物資面で協力してくれる方々も呼びましょう。よろしいですかな。」

 

 全員の同意が得られると、隣室からリィジー・バレアレとセバスを呼び出した。リィジーは仮面の怪しい男を見て眉根を寄せたが、落ち着いた様子で席に着いた。セバスは畏れ多いと立ったままで会議に参加すると言い、座ることを丁寧に、されど固く断ったので本人の希望通りにさせる事にした。

 

「さて、我々はエ・ランテルの危機に集まったのだが、最終目標は当然巨大樹をなんとかする事だ。だが、直近の目標は森から出て来たモンスターの討伐だ。」

 

 アインザックがテキパキと会議を進め、次のことが示された。

 

 一つ、都市の周辺に出没する可能性のある危険なモンスターはトロールをリーダーとするオークやゴブリンの集団、これによる被害が一番大きい。それにナーガや森の賢王と呼ばれる魔物が確認されている。

 

 二つ、難民の流入は落ち着きを見せたものの、都市の許容できる人口を超えつつある。エ・ランテルの貿易は停滞しているので、今のような状態が続けば物資がやがて枯渇する。

 

 三つ、巨大樹に対抗する術を今のところ見いだせていない。

 

「ぶっしはもって1かげつだ。それいじょうはむりだな。」

 

「期限は1カ月か。」

 

 と、パナソレイとラケシルの言。場に重い空気が漂った。そこにリィジーの追い討ちがある。

 

「それは巨大樹がこのまま動かないという希望的観測があってのことじゃろう。奴が今すぐにでも南進してエ・ランテルを襲ったらそれで終わりなのじゃからな。」

 

 リィジーはなにも未来を悲観してそう言ったのではない。楽観論を許さない厳格な性格なのだ。最年長の重みのある言葉が皆の表情をますます険しいものにする。

 

 アインズが静かに手を挙げた。自然と目が集まる。

 

「巨大樹は私がなんとかしよう。」

 

 ガゼフがおお、と声を出し嬉しそうな顔をした。他の人間はとても信じられないといった顔だ。

 

「しゅだんはどうするのだ?」

 

「私は使役魔法に心得がありまして、巨大樹を誘導して別の場所に誘導します。」

 

 アインズは仮面を撫でながら答えた。内容はもちろん嘘だ。

 

「それはあの化け物を君の胸の内一つで意のままに操れるということかね。」

 

 ラケシルが鋭い目つきでアインズを見る。

 

「朝飯前に、とは行きませんね。莫大な魔力を消費しますし、出来ることも移動に指向性を持たせる程度のものです。あなたの危惧している事にはなりませんよ。」

 

「どこにいどうさせるのだ。」

 

「カッツェ平野です。アンデッド達と()ち合わせましょう。」

 

「出来る保証は、成功率はどれくらいあるんじゃ?」

 

「高くはないでしょう。しかしそれ以外に方法があるとは思えませんが。」

 

「よろしい。ひとまずそれでいこう。」

 

「よいのですか都市長。それが可能だとしても、カッツェ平野など…帝国や法国が黙っていないのでは?」

 

「むしろそれがねらいだろう、ごうんどの。きょだいじゅをはくじつのもとにさらし、かれらにたいじさせようというのだろ?」

 

「…私は危険を遠ざけようとしているだけですよ?」

 

 アインズは話をはぐらかすように宙を見上げる仕草をした。ここでアインズはセバスにこっそり目配せをする。

 

「少しよろしいですか。」

 

 直立不動を守っていたセバスが突如口を開いた。懐から手のひらに収まるほどの黒い箱型の機械を出す。

 

「我々が巨大樹について独自に調査したところ、衝撃的な事実がわかりました。」

 

 そう言いながらセバスはラケシルに向かって機械を掲げ上部にあるボタンを押した。カシャリと音がなり、箱の下側から紙がジジジとせり出してくる。

 

「これは景色を封じ込めるマジックアイテム『レトログッズNo.23』と言います。このように。」

 

「レ・トゥルグ・ズですか…?」

 

 セバスが紙を示すとそこにはラケシルの驚いた顔が写っていた。珍しい機械に一同はどよめく。その中で一人アインズはさっきの会話で引っかかった点に思考を巡らせる。

 

(ん?今発音がおかしかったような。特定の固有名詞は翻訳されないのだろうか。少し気をつけたほうがいいな。)

 

「ここからが本題です。こちらもこれを使い、紙に景色を封じ込めたものなのですが。」

 

 セバスが次に示された紙には巨大樹とその上に浮かぶ、赤マントを靡かせグレートソードを背負う黒い甲冑が映されていた。

 

「これは、モンガ!」

 

「はぁ?モンガ?」

 

「そ、そうだ。最近エ・ランテルに出没した厄介なモンスターだ。私も直接見たことはないが伝聞と一致する。まさかこんなところにいるとは。」

 

(そういうことを聞いたわけでは。あっ、そういえばモモンっていうのはナザリック内での呼称で、対外的な名称じゃなかった。それにしてもモンガて…、ややこしい名前がついたものだ。名付けたやつ誰だよネーミングセンスなさすぎだろ。)

 

「そのモモン…ゴホン、モンガがそこに写っているということは巨大樹は奴が使役しているということなのですか?」

 

 アインズはわざとらしくセバスに問いかけた。

 

「わかりません。ですが争いあっている様子もないことからその可能性も少なくないでしょう。」

 

「奴の支配下にあるとすれば奴をなんとかしない限り、巨大樹の誘導は無理ですね。」

 

「そんな! 都市の防衛だけで手一杯なのに、モンガ討伐隊も捻出しなければならんとは。集団指揮の取れるガゼフ殿は都市防衛に当てたいが…。くっ、ここにリカオン君とクレマンティーヌ君がいてくれれば。」

 

 アインザックの言葉にアインズはピクリと反応する。できれば会いたくない奴の名前が出た気が…。払拭するように話を切り出そうとする。

 

「大丈夫です。そちらの方も我々が…。」

 

「会議中すみません!」

 

 

 しかし、アインズの発言は応接間に響く受付嬢の声で掻き消された。受付嬢はとても興奮しているが、どことなく嬉しそうだ。

 

「皆さん!救援を要請していた蒼の薔薇御一行様が到着なされました!」

 

 同時にドカドカと入り込む7人の集団がある。

 

「待たせたわね!蒼の薔薇、推参!」

 

(げえ!)

 

 ラキュースが無駄に高いテンションでセンターを陣取り決めポーズを取った。他のメンバーもそれに追随する。さながらギニュー特戦隊のようだったがよく見るとラキュース以外にやる気のあるメンバーは一人だけだった。

 

「おお! 来てくれたのか!」

 

「水くさいですわアインザックさん。王国の危機とあらば即参上致します。おっと、ご挨拶遅れました、レッテンマイア様。」

 

 パナソレイは軽く手を挙げて返事をした。そのやりとりの横からリカオンがひょいと顔を出す。

 

「皆さんお久しです、元気してました? …て、あ。」

 

 リカオンは懸命に顔をそらす仮面の男に目を止めた。

 

「なんだ、しりあいなのかね。」

 

「いや、どこかで見たことある仮面だなと思って。」

 

「初対面、初対面です!」

 

「え、…でもどこかで。」

 

(<伝言(メッセージ)>!!)

 

『…聞こえますか…。今、あなたの頭の中に直接話しかけています…。』

 

『アイエッ!ナンデ!?』

 

『私とあなたは今日初めて会いました。互いに見覚えは無いし、私のことはこれからゴウンと呼んでください。いいね?』

 

『アッハイ。』

 

(神器級装備一式(いつもの)じゃなくてよかった。まだ辛うじてこっちはバレてないみたいだし、今後アインズと名乗るのは控えたほうがいいな。公式の場とかじゃどうしようもないけど、それはまた考えよう。)

 

 当事者2人以外は何故か変な間が出来たことに首を傾げたが、気を取り直して遅れて来た蒼の薔薇に状況説明が行われた。

 

「…と、いうわけで蒼の薔薇の諸君にはモンガ退治に出向いて欲しいのだ。」

 

「まっかせてください!いいでしょ?みんな。」

 

「おー。」

 

(あかん。)

 

 反論の余地が(ラキュースに)無いので、生返事をする一団。アインズは内心気が気でない。このままじゃモンガ(俺)が俺以外の奴に倒されてしまう。ただ、当のリカオンは乗り気じゃないようだ。

 

「いやー、厳しいんじゃないかなー。木の方だけなんとかしようよー。ほんとに。」

 

「何を言っているのかね。君がそんなことでどうする。」

 

 エ・ランテル側としてはここまでカードが揃っているのだから面倒ごとはまとめてケリをつけたい。

 

「こいつはやばい奴なんだって。世界を滅ぼす魔王なんだって。喧嘩売るのは絶対ダメだよー。」

 

「その言葉はリーダーに逆効果。」

 

「魔王をなんとする! 世界を救うのは私達だッ!」

 

「その意気だぞラキュース君!」

 

 始まった当初と打って変わって会議は盛り上がる。裏事情を知る2人だけは頭を抱えていた。

 

 

 

 




蒼の薔薇の芸人化が止まらない。誰か何とかして。

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