俺が中学生の頃、両親死んだ。死因は事故死。
居眠り運転していた大型トラックが2人の乗っていた車に信号を突っ切って衝突、ほぼ即死だったらしい。
その日は2人の結婚記念日で、俺は気を利かして2人だけで旅行に行ってきたらと告げていた。
中学時代バスケ部に所属していた俺はその日、突然青い顔をし顧問に呼び出され両親が事故にあったことを聞かされた。
その瞬間俺は部活中なのにも関わらずその場を飛び出し、両親が搬送された病院まで全力で走った。
病院で俺を待っていたのは、顔に白い布を被せられた2人の姿だった。
両親の通夜の日。親戚や知人らが集まっていた。
皆黒い喪服に身を包み、坊さんのお経を聞きながらじっと座っている。
中には2人の死を悲しみ、涙ぐむ人も数名いた。
お経が終わって通夜振る舞いが始まると、参加していた人達が俺に声をかけてきた。
2人の冥福を祈る人や、俺のこれからについて心配する人。
そんな人達を他所に、俺は内心何もかもがどうでもよくなっていた。
両親の亡骸を見て以来、感じる全ての事柄に虚無を感じていた。喜怒哀楽そのものが抜け落ちたかのようにさえ思っていた。そのせいか両親が亡くなったというのに涙が一滴も出なかった。
話はやがて俺のこれからどこで生活していくかについて変わっていた。
生憎祖父母はもう他界しており、行く宛がなかった。
親戚の家庭に養ってもらおうにも、皆家族のことで精一杯で俺を迎え入れるには多少の問題があった。
俺もそこは重々理解もしてたし、本気で悔しそうな顔を浮かべる親戚に感謝の気持ちさえ覚えた。
そんな感じで俺の将来について難航していると、1人の女性が俺に声をかけた。
『私、会社勤めで一人暮らししてるんですけど、人を受け入れる余裕もありますから。』
そう言ったのは、俺が姉と呼び親しんでいた人だった。
死んだ魚の目(本人には絶対言わないが)のような瞳が真っ直ぐ俺を捉え、その人は優しく微笑みながら俺の頭を撫でた。
『久しぶり、元気にしてた?って、今聞くことじゃないよね・・・。その、さ。もし君が良ければなんだけど、家来る?』
首を傾げながら聞いてくるその人に、俺は最初は迷惑になると渋った。
『気にしなくても大丈夫、これでも仕事頑張ってるから結構収入いいんだよ?それに、君の両親に言われてさ・・・2人になにかあったら君のことを頼むって』
『でも、本当に嫌なら断ってもいいよ。そこは君が決めるべき所だしね』
俺の頭を優しく撫で続けながら、言葉を告げ続けられる俺は、頬に暖かい感触感じた。
今まで出なかった筈の涙が、この瞬間に溢れ出した。
─本当に、大丈夫なのか─
『うん、大丈夫』
─迷惑をかけるかもしれない─
『君が小さい頃によく遊んであげてたけど、あの頃に比べたら大したことないよ。私のこと気遣ってくれるくらいいい子に育ったんだし』
─俺は貴女になにも返せない─
『いいよそんなの、私がしたくてしてるんだし。でもそうだね・・・君が立派な社会人になってうちの会社に来てくれたら嬉しいかな?なんて』
─・・・本当に、世話になってもいいのか─
『うん、いいよ』
俺はこの時、赤ん坊の頃以来に声を上げて泣いた。
その人はそんな俺を抱きしめ、子供をあやすように背中を優しく撫でてくれた。
こうして俺は、小林家の一員となった。
そして、今・・・・・・
午前6時、起床。
姉の寝ているベッドの横に出来た空間に敷布団を敷いて寝ている俺は、姉が起きないよう静かに立ち上がり、寝室を出る。
顔を洗って眠気を飛ばし、軽い朝食を作る。
トーストにバターをってパパッと腹に収めたら寝巻きからジャージ着替え、シューズを履いてマンションから出る。
毎日の日課の早朝ランニング、街をぐるっと回るように一周していく。
商店街に差し掛かると、早めに店の支度をしている人達が声をかけてきた。
「おう坊主!今日も相変わらず早起きなこったな!!今日も新鮮なの仕入れたからまた見に来てくれよ!!」
「あらおはよう!今日も元気ね~、若いっていいわぁ。またサービスしてあげるから来てちょうだいね!」
魚屋のおっちゃんに精肉店のおばちゃん、その他にも大勢の人達が俺に声をかけてくれる。
この商店街にはよく買い物で訪れ、毎回良くしてもらっている。
俺は挨拶を返しつつ、商店街を後にした。
マンションに戻ってきた俺は寝室に戻り、かいた汗をシャワーで洗い流す。
高校の制服に着替え、寝室で寝ている姉を起こす。
「ぅん・・・ふぁ~。おはよ~・・・」
瞼を擦りながら起きる姉に苦笑いしつつ、敷布団を畳んで部屋の隅に置いておく。
姉に顔を洗っておくよう伝え、俺は朝食の支度にうつる。
トースト2枚をトースターに入れ、フライパンを取り出してベーコンエッグを作る。
テーブルにそれらを並べていると姉がメガネをかけて椅子に座ったので、俺はモーニングコーヒーを姉の前に置いた。
「ありがと。・・・ん~、やっぱ君が淹れたコーヒーは美味しいなぁ」
インスタントだから誰が入れても同じだと笑うながら、俺は自分のコーヒーに牛乳を入れてカフェオレにする。まだ苦いものは俺には早い。
俺も姉の対面に座り、朝食を食べ始める。
朝食を食べ終え、姉と皿洗いをした俺は高校に行く荷物を整理していた。
あれからバスケはやめ、学問に集中するようになった俺は参考書や予習ワークを多く持っている。これも姉の務めている会社に入社するためだ。
二年後には進路が決まっている頃だが、成績も今のところはいいのでこの調子で頑張れば安定して入社に望めるかもしれないと先生のお墨付きを頂いた。
それらの内の数冊を鞄に入れた俺はリビングに向かう。
既にスーツに着替えた姉と目が合う。
「今日も遅くなりそうだから洗濯とかお願いね、あと晩御飯は魚が食べたいな~・・・なんて言ってみたり」
俺は笑いながら了承し、玄関に移動して靴を履く。
「今日も頑張るんだ学生よ~」
気の抜けた激励に笑いながら俺も姉を応援する。
玄関を出る前に、玄関先に飾られた両親の写真に手を合わせ、俺はドアを開けて学校に向かった。
小林春樹(はるき)、今日も姉のおかげで元気です。
主人公のセリフや名前呼びは次回から行います