学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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明けましておめでとうございます。
頑張った結果、今回は速めに更新が出来ました。

今年もよろしくお願いします。



第六話 兄妹喧嘩

 それは幼い頃の出来事だった。

 

「おにいちゃ~~ん」

「どうした、小町?」

「みてみて!これ~」

 

 小町は八幡に駆け寄り手に持った物を見せる。

 

「これは……煌式武装か」

「そうだよ!おとうさんにかってもらったの!みてて!」

 

 そう言うと小町は煌式武装を発動する。

 

「……ハンドガンタイプの銃か」

「うん、わたしこれがきにいったんだ~」

 

 銃でポーズを取りながら嬉しそうにする小町。

 そんな彼女を見て八幡はある不安がよぎる。

 

「なぁ小町」

「なぁに~~?」

「……鍛錬辛くないか?お前がやりたくないのなら、お父さんには僕から言ってみるぞ?」

 

 少し前から小町が鍛錬を開始した。

 今は楽しそうにしているが、それがずっと続くかは不安が残る。

 

「だいじょうぶだよ!わたしにはもくひょうがあるんだから!」

「目標?」

「うん!おとうさんとおかあさんって、しごとからかえってくるのおそいじゃん?」

「そうだな、毎日夜遅くまで仕事をしているからな」

「だから、わたしがアスタリスクにいって、ゆうめいになって、おとうさんたちにらくをさせてあげるの!」

 

 誇らしげに語る彼女に八幡は頭を撫でてあげる。

 

「そうか、偉いな小町は」

「えへへ~」

 

 嬉しそうにする小町。そんな彼女の様子を見て八幡は決意する。

 

「……じゃあ、お兄ちゃんも小町の事を応援するぞ」

「ほんとっ!!」

「ああ、例え何があっても、何が起こっても、小町の事を応援する。だから頑張れ」

「うん!!」

 

 幼い頃に兄妹で交わした小さな約束。

 無邪気な笑顔を浮かべた妹が、両親のために頑張ると決意したあの日。

 兄は不安に思いながらも、妹を応援すると決めた。

 

 そして時は流れ……

 

 兄の懸念は的中し、妹の様子がおかしくなり始める。

 小さな大会で優勝したことが切欠で、両親の期待は圧力へと変貌した。

 圧力はプレッシャーを生み、知れず内に妹に影響を及ぼす。その結果、妹の成績は伸び悩んだ。

 そして成績の伸び悩みが両親の圧力を更に強くしていく。

 

 それでも妹は頑張った。

 勉強の時間を増やし鍛錬の密度を上げた。星脈世代のコーチの元で修行し大会にも参加し続けた。

 

 だが結果が出ない。

 

 結果が出ない事に妹は焦り、焦りは余裕なくしていく。そして余裕のなさは表情に表れるようになる。

 

 妹の顔から笑顔が消えてしまった。

 

 両親に訴えたが一蹴され相手にされなかった。

 落ちこぼれの星脈世代は彼らにとって価値がなかったのだろう。

 

 兄は後悔した。妹の代わりになりたくても変わることが出来ない。

 自らの行いのせいで妹に全責任を押し付けてしまった。

 

 だから妹に敵視されてもしょうがないと思った。それだけの事をしたのだから。

 

 だが例え妹に邪険にされようとも、嫌われようとも、兄としての行動は変わらない。

 

 

 兄が妹を守るのは当然の事だから……

 

 

 

 

 

 

「……何で?」

 

 比企谷小町は自らの内に抱いた疑問を思わず口に出す。だがその問いに答える人はいない。

 彼女自身も答えを期待しているわけではない。

 

「……何で?」

 

 再度繰り返す。目の前の光景は本当に現実なのか?

 

「……何で当たらないの!?」

 

 自らの叫びに従い引き金を引く。煌式武装の銃口から光が収束、弾丸となり撃ちだされる。

 撃ちだされた光弾は狙い通りに目標へと突き進み―――――

 

 八幡の振るう木刀により後方へ弾かれていく。

 

 幾度も撃ち放たれる弾丸が弾かれる度に、彼女の心に混乱が巻き起こる。

 ある程度予想はできていた。アスタリスクの一校から推薦状が来てるのだから、兄に実力がないわけがない。スカウトもそこまで馬鹿ではない。彼女自身もそのぐらいは理解できる。

 

 だが、一方的に百発以上撃ち続けているのに掠りもしない事実は、彼女の理解を超えていた。

 

 そしてその事実が比企谷小町に恐怖心を抱かせる。

 

 ――――やはり自分の実力は大したことがなかったのか?

 ――――それとも、目の前にいる兄はそこまで恐ろしい存在だったのか?

 

 二つの思いが彼女の心を蝕む。壊れた心がさらにかき乱される。

 

「うわぁぁぁあぁぁっっ!!」

 

 叫び声と同時に銃型の煌式武装の引き金を引く。同時に煌式武装から光輝く弾丸が発生。

 目標に向かい発射される。

 

 着弾。

 

 地面に激突した光弾が土を抉り土煙が舞う。だが目標には命中していない。

 

 ――――――だったら何度でも撃てばいい。

 

 感情の赴くまま何度も、何度でも引き金を引く。その度に光弾が発射され目標に突き進む。

 やがて目標の姿が完全に土煙に覆われ姿が見えなくなった。

 

 だがそれども止まらない。

 泣きながら、叫びながら、彼女は引き金を引き続けた。

 

「はぁっはぁっはぁっはぁっ」

 

 目を閉じ両手に持った煌式武装を下に降ろして、肩で息をする。

 感情に身を任せ撃ち続けた結果、星辰力を大量に消費してしまった。

 

 ゆっくりと目を開ける。前方は土煙が周囲を完全に覆いつくしており、中の様子は伺えない。

 一分ほど時が過ぎた。まだ土煙は晴れない。兄が動き出す様子もない。

 

「……やったの?」

 

 つぶやいた瞬間。

 

 突如、前方からの風を感じた。風は突風へと変化し土煙を吹き飛ばしていく。

 吹き飛ばされた土煙は周辺へと広がり、小町の方にも迫ってくる。

 右手を顔付近に持っていき少しでも土煙を防ぐ。

 

 突風が収まり土煙が徐々に晴れていく。右手を降ろし前方へと視界を移す。

 

 そこに見えたのは―――

 

 無傷の兄がこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「長くは持たないな……」

 

 自らの周囲が土煙が立ち込める中、比企谷八幡は今の状態を分析する。

 妹の攻撃を防ぎ続けてはいるものの、そこまで余裕があるわけではない。

 

 右手に持った木刀を見ればそれは一目瞭然だ。

 

 柄から上の部分はヒビだらけになっており、辛うじて原型を保っている状態だ。

 後何発耐えられるかどうか分からない。手持ちの武器が無くなる前に打開策を考えなければならない。

 妹の状態はおおよそ予想が出来ている。

 精神的に追い詰められた事により、ストレスが限界を超え錯乱状態になっている。

 

 あの時もそうだった。

 

 ―――――おにいちゃんばっかりずるいよ。

 

 ズキリと心が痛む音がする。過去と同じ過ちを繰り返しているのかと心の中で自問自答しそうになるが、それを無視する。後悔など妹を助けてからいくらでもすればいい。

 

 あの時と同じく錯乱状態になっているなら同様の対処をすればいい。が、現状ではそれも難しい。ここから妹がいる場所まで距離は約10m。距離を詰めれば詰めるほど迎撃するのが難しくなる中、接近するのは容易ではない。

 

「……どうする?」

 

 焦りが声に出る。

 妹の精神状態、木刀の破損具合。そして何より―――――

 

「くっぅぅ!!」

 

 先程から、星辰力を使用する度に胸の中で蠢くものを感じる。

 何かが飛び出してくるのを奥歯を噛みしめ、必死に堪える。

 

 時間がない。この何かが出てくれば全てが終わる。

 そんな確信めいた予感が止まらない。

 

 手に持った木刀を見る。幼少の頃からの相棒はヒビだらけで今にも崩れ落ちそうな姿だ。

 

「すまない……もう少しだけ持ってくれ……」

 

 八幡は懇願するように木刀を見続け……

 

 ――――ある一つの光景が脳裏をよぎる。

 

 刀を持ち向かい合う自分と師匠の姿。

 正眼に構える自分。

 居合の構えをする師匠。

 

 そして――――

 

「懐かしいな……だがあれは……」

 

 苦笑し呟く。その後一瞬だけ逡巡するもすぐに決断する。

 残された時間は少ない。ならば。

 

「……やるしかないか」

 

 残り少ない星辰力を解放。全身に流れるように、次は木刀に星辰力を注ぎ込んでいく。

 木刀を真横に振る。振り払われた一撃は強烈な風を生み、土煙を吹き飛ばしていく。

 妹が驚愕の表情でこちらを見ているのが確認できた。

 

「先生……師匠……俺に力を貸してください」

 

 呼吸を整え全身の力を抜いていく。

 二人の師を思い出しながら居合の構えを取る。

 

 そしてつぶやく。

 

「刀藤流 抜刀術―――”折り羽”」

 

 

 

 

 

 

 八幡の姿が見えた時、比企谷小町の心は恐怖の感情のみが支配していた。

 その感情が次第に表面化し自然と身体が震えだす。特に煌式武装を持つ両腕の震えは酷く、照準がろくに定まらない。それでも何とか照準を八幡に向け――――

 

 ―――その八幡がいきなり真横から現れる。

 

「……え、何で!?」

 

 声を出すのが精一杯だった。突如現れた八幡に反応が遅れ真横からの接近を許す。

 そして、そのまま振るわれた木刀の一撃をその身に受ける―――

 

 ―――直前にその姿が霞の如く消える。

 

 理解不能の事態に思考が停止。だが小町の身体は遅れながらも反応し動いていた。

 揺れ動く身体を制御し視線を周囲にめぐらす。そして八幡の姿を発見し彼女は驚愕する。

 

 ―――比企谷八幡は居合の構えのまま動いてすらいなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「―――参る」

 

 星辰力を足に集中し駆け出した。

 

 刀藤流 抜刀術 折り羽

 

 刀藤流の本質は目線や呼吸、予備動作や仕草によって相手を誘導することにある。

 それを突き詰めたのが刀藤流の抜刀術―――抜いていないのに抜いたように思わせる虚像の剣だ。

 

 折り羽は自らの剣気を相手に飛ばし幻影を見せることで、相手の反応を誘い隙を作る技だ。

 さらに幻影に相手を攻撃させることで幻痛を引き起こし、強制的に動きを止めることも可能だが―――妹を相手にそんな事ができるはずがない。

 

 もっとも八幡がこの技を見たのは師によって体感させられた一度だけ。もちろん成功したのは初めてだ。その事に安堵しつつ妹に向かって進む。

 

 10mある両者の距離を詰めていく。だが星辰力が不足しスピードが出ないため予想以上に遅い。

 小町の視線がこちらを捉える。このチャンスを逃せば次はない。覚悟を決め速度を上げる。

 

 残り距離は―――あと半分。

 

 残り5m。

 小町の照準が再度こちらに向けられ発砲、乱射される。

 

 残り4m。

 目の動きと銃口の位置から射線を読み、射線上を木刀でガード。光弾を弾くも木刀の亀裂が深まる。

 

 残り3m。

 再度光弾を防ぐもその衝撃で木刀が砕け散る。次弾がすぐ目の前まで迫る。

 

 残り2m。

 首をそらして辛うじて回避するも体勢を崩す。次の弾は避けられない。次弾を予測し星辰力をピンポイントで集中する。

 

 残り1m。

 予想した場所に弾丸が直撃。防ぎきれずに苦悶の表情を浮かべる。だが痛みを無視し直進する。

 

 そして妹の傍にたどり着く。恐怖し怯える妹に手を伸ばし―――

 

 

 ―――その身体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 予想外の出来事に比企谷小町はその動きを完全に止めた。

 そして自らの状態に気付く。今、自分は兄に抱きしめられていると。

 それに気付いた小町は八幡から離れようとするも……

 

「なん……で……?」

 

 背中に回されている兄の手の力はとても弱い。離れようと思えばすぐ離れられるはずだ。だが身体が動かない。戸惑いと困惑が起こる彼女の心に生まれたのは二つの思いだった。

 

 ―――なぜ自分は攻撃されていないのか?

 ―――なぜ自分はこんなにも安堵しているのだろうか?

 

 自らの胸の内に生まれる混乱をよそに、目の前の兄が口を開く。

 

「ごめんな……小町」

「……………なに……が?」

「お前が怒っている事……奉仕部の事……全てだ」

「……それ……は」

 

 ―――違う

 

「お前が苦しんでいるのは知っていた。だが俺は何もできなかった」

 

 ―――そうじゃない

 

「あいつらの事もそうだ。俺の身勝手な行動があいつらを失望させたんだ」

 

 ―――悪いのは

 

「……全部俺が悪いんだ」

 

 ―――全部自分なんだ!

 

「違うよ!!」

 

 気付けば叫んでいた。

 

「私が……私が悪いの!」

 

 本当は分かっていた。

 

「私が弱いのが悪いんだ……お父さんとお母さんの期待に応えたくて……でもそれができない自分が……情けなくて……」

 

 兄は何も悪くない。

 

「雪乃さんたちのこともそう……お兄ちゃんがあの二人を裏切るはずがない……何か理由があるって分かってたはずなのに……」

 

 だが止められなかった。

 

「だから……だから……」

 

 涙が溢れ言葉が途切れる。伝えたいことはたくさんあるはずなのに言葉が出てこない。

 そんな小町に八幡は抱きしめる力を強くすることで応える。

 

「もういいんだ……」

「でも……でも……」

「分かってる……だから大丈夫だ」

 

 ずっと一緒に過ごしてきた妹だ。何も言わなくても察することはできる。

 言葉はなくても想いを伝えることはできるのだ。

 そんな八幡に甘えるように小町は兄の胸で泣き続けた。

 

 

 

 かくして兄妹喧嘩は終わりを告げる。

 

 

 両者のわだかまりはなくなり無事に解決を迎えた

 

 

 

 ――――はずだった。

 

 

 

 

 

「……くぅぅううっっ!」

「……おにい……ちゃん?」

 

 突如八幡が苦しみだした。小町を抱きしめていた手を放し自らの胸を抱くようにして蹲る。

 

「……小町……離れろ……」

「え、でも!」

「いいから離れろ!!」

 

 八幡が小町を突き飛ばす。

 突き飛ばされた小町が八幡から離れた瞬間―――

 

 比企谷八幡の身体から膨大な星辰力と……黒い何かが溢れ出す。

 溢れ出た星辰力が巨大な柱となり闇夜の空へと立ち上がっていく。

 それと同時に星辰力を犯すように黒い何かが浸食を開始。八幡を中心として周囲に溢れ出ていく。

 

「お兄ちゃん!」

 

 兄の異変に小町が駆け寄るが近づけない。黒い何かが壁となり行く手を阻む。

 

「お兄ちゃん!しっかりして!!」

 

 それでも諦めない。目の前の壁を叩きながら兄に呼びかける。

 だが―――

 

「きゃあぁぁ!!」

 

 その呼び声を拒絶するかのように目の前の壁が形を変える。圧縮され黒い塊となり小町へと襲い掛かる。かろうじて星辰力で黒い塊を防ぐも衝撃までは防げない。衝撃が小町を吹き飛ばし、彼女の身体が地面を何度も跳ね、転がっていく。

 

 そして比企谷八幡が起き上がる。

 

「……う……うぅ……うっぅ……」

 

 呻き声を上げる小町。吹き飛ばされた時の打ち所が悪かったのか、起き上がることができない。

 何とか薄目を開け視線を上げ兄を見て―――朦朧とした意識の中、彼女は気付く。

 

 兄に覆われたものが――――闇であることに。

 そして闇に覆われた兄の状態が理性をなくし正気でないことに。

 

「……おに……い……ちゃ……ん」

 

 薄れゆく意識の中で、比企谷小町が最後に見たものは……

 

 ―――こちらに歩み寄り自身を見下ろし

 

 ―――右手に黒い刀のようなものを掲げ

 

 ―――それを振り下ろす兄の姿だった

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下陽乃にとって実家とは安らげる場所ではない。

 総武市に戻ってから母親の意向により実家に住んではいるものの、その気持ちは強くなるばかりだ。今日の夕食は久しぶりに母娘三人の食事だったのだが……

 

「……美味しくなかったな」

 

 自室のベッドに寝転がり、陽乃はつぶやいた。

 元々会話が多い母娘ではない。妹の雪ノ下雪乃も自分も母親が苦手であり、積極的に話しかけることはない。必然と母親から話を振られることになる。

 

「……本当にあの人は家のことばっかり」

 

 自身の母親の変わらなさに失望する。

 雪ノ下家は統合企業財体である『銀河』の下部組織の一つだ。

 国家が衰退したことで企業の連合体、統合企業財体が台頭しているこの世の中では、当然企業の考えが時代の風潮となる。結果、企業の営利主義的な考えが重視される。そして自身の母親もその影響に染まりきっている。

 

 妹の雪ノ下雪乃が食事の席から退席した後、母親から言われたことを思い出す。

 

 ――――なぜ星導館ではなく界龍に行ったのですか?

 ――――界龍を辞めてこちらに戻ってきなさい。

 ――――范星露ですか……あのような化物と付き合うのはやめなさい。

 

 今の自分は界龍第七学院の一員だ。

 そのことに誇りを持っているし、自身の師を馬鹿にされて怒らないほど雪ノ下陽乃は腐っていない。結果、口論による大喧嘩が発生した。

 母親にあれほど逆らったのは初めてだったが……悪い気分はしなかった。

 自身の変化に戸惑いつつも、嬉しく思っていたその時だった。

 

「……!!何、この星辰力!」

 

 遠くで放たれた膨大な星辰力を感じ取りベッドから飛び起きる。

 急いで窓を開けその身を乗り出し、周囲を見渡して方向と距離を確認する。かなり遠くだ。

 アスタリスク以外でこれほどの星辰力を感じたのは初めてだ。

 

 通常の星脈世代も自身以外の星辰力を感じ取れるが、その範囲は狭い。

 この距離で気付けたのは、雪ノ下陽乃が優秀であることに他ならない。

 

「……行ってみるか」

 

 すぐに決断した。自身の星辰力を最小限解放し窓から飛び降りる。音を立てずに着地。

 そして家の誰にも気付かれる事なく雪ノ下陽乃は走り出した。

 

 

 

 

 

 

「……何を……何をやっている……俺は!?」

 

 八幡が振り下ろした黒い刀は小町を避け、すぐ傍の地面に刺さっていた。

 彼が理性を取り戻したのは、自身の右手が刀を持ち妹に向かって振り下ろす直前だった。

 考えるより速く、左手で右手を押さえ強制的に刀の軌道を修正したため、何とか事なきを得た。

 だが、あと少し遅ければ妹を殺していた。八幡はその事実に愕然とする。

 

「……これは星辰力?……それに……この黒い刀は一体何だ?」

 

 そこでようやく自身の状態に気付く。膨大な星辰力を身に纏い、右手に黒に染まった刀らしきものを持っていた。だが彼に心当たりはない。

 手持ちに持っていた武器は木刀のみであり、その木刀もさきほど柄の部分を残して砕け散ってしまった。右手に掴んだ刀らしき物から手を離す。すると、八幡の手を離れた刀は最初から無かったかのように黒い光の粒子となって消える。その現象に一つだけ心当たりがあった。

 

「……《魔術師(ダンテ)》の能力か」

 

 《魔術師(ダンテ)》

 星脈世代の中でも数少ない、生身で万応素とリンクできる異能者である。女性ならば《魔女(ストレガ)》、男性ならば《魔術師(ダンテ)》と呼ばれている。

 

 そんな知識が頭をよぎるが彼に心当たりはない。自身は星脈世代ではあったが魔術師ではない。少なくとも幼い頃はそうだった。

 

「……小町……くっぅぅう!!」

 

 目の前に横たわる妹の状態を確認をしようと顔を見た瞬間、再び能力が暴れだす。

 能力が星辰力を犯し塗りつぶしていく。そして妹への殺意が湧き理性が削り取られる。妹から視線を逸らし必死に殺意を抑え込む。

 

「……ぅ………うぅ……」

 

 そこで小町の呻き声が聞こえてきた。どうやら息はあるようだ。詳しく確認をしたいがそれはできない。ここにいれば妹を確実に殺してしまう。

 

「……小町……すまない」

 

 後ろ髪ひかれる思いで妹に背を向け、立ち去る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

「……これで……いいか」

 

 八幡は路上の壁に背を預け、携帯端末を操作する。

 妹から逃げるように立ち去り、しばらくした後、救急車を呼ぶことを思いつき電話を掛けた。

 人の顔を見るとどうなるか分からない為、音声ONLYで場所を伝えた。少なくともこれで妹は大丈夫のはずだ。

 

「……しかし……人が……いないな……何か……あったのか?」

 

 夢中で歩いているときには気付く余裕がなかったが、周りを見渡しても人が一人もいない。

 おかしくは思ったが自身には好都合だった。

 目視できるほどの圧縮された莫大な星辰力を纏い、能力まで発動している今の状態を見られれば、確実に警察を呼ばれてしまう。

 

「……何だ……メールか?」

 

 そこで自身にメールが届いているのを気付く。空間ウィンドウを開きメールを確認する。

 

「……銀行強盗……そういう……ことか」

 

 届いたのは、総武中からの全生徒に対してのメールだった。

 市内の銀行に強盗が入っているとの事だ。街の様子がおかしいことに納得がいった。

 

「……これは……動画か」

 

 そこで幾つか浮かんでいたウィンドウの中に一つの動画を見つける。

 タイトルからすると、今起こっている銀行強盗の動画の様だ。

 ウィンドウをクリックし動画を再生する。

 

 その動画は銀行の外からの建物の様子が映し出されていた。

 

 銀行の窓から漏れる煌式武装と思われる光。建物内部から聞こえる悲鳴。

 銀行内から外へ逃げる人々。だが、強盗達に取り押さえられ建物の内部に連れ戻されていく。

 その中に一人の少女が映っている。そしてその少女を比企谷八幡はよく知っていた。

 

「……ルミ……ルミ?」

 

 夏休みに出会った少女、鶴見留美の姿がそこにあった。

 

 




第六話 兄妹喧嘩 いかがでしたでしょうか?

初の戦闘シーンという事で気合を入れました。
作者の文章力全てを注ぎ込んだつもりで書いたので、今の私にこれ以上の戦闘シーンは書けません。

少しでも楽しんでいただければいいのですが。

小町ちゃんの心の葛藤と精神の危うさ。八幡の焦りと妹を助ける決意。その辺りが伝われば作者的に成功です。

ちなみに折り羽に関しては、アニメ準拠で書いたつもりです。
……表現が微妙な気がしますが、勘弁してください。

そして最後にルミルミ登場です。セリフはまだないけど。

俺ガイル x アスタリスク小説で、殆ど見た事のない彼女を登場させる事は割と早く決まっていました。

さて、次回は銀行強盗のお話です。
今回のお話で急展開を迎えましたが、次回以降はさらに荒れる予定です。色々と……

そして次回更新は確実に遅れます。
気分的にようやく正月を迎えた気がしますので、作者はこれから幻想郷に不思議を探しに行きます。

……元ネタ分かる人いるかな?

では、次回もよろしくお願いします。

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