学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

4 / 40
お待たせしました。気付けば一万字を突破してしまいましたが、何とかできました。

では、続きをどうぞ。



第四話 語られる過去とそれぞれの想い

「私たち界龍第七学院は、あなたを特待生として推薦します」

 

 雪ノ下陽乃から発せられたその言葉は、八幡にとって予想外もいい所であった。

 思わず絶句し押し黙る八幡。その間にも陽乃の話は続く。

 

「ちなみに界龍の特待生は授業料免除、奨学金の支給、食堂の料金割引などの特典があります。

 基本的に生徒は寮に入ることが多いけど、もし嫌なら、申請すれば近くのマンションに住むことも可能だよ。あ、界龍系列のマンションなら生徒には家賃割引してくれるから結構お得だね」

 

 楽しそうに特待生について語る陽乃。話が続く中、黙っていた八幡もようやく再起動する。

 

「……あの、雪ノ下さん」

「うん、どうしたの?」

「確認したいことがあります」

「いいよ。何かな?」

 

 八幡にとってはとても信じられない話だ。聞き間違いかと思い尋ねてみる。

 

「俺の聞き間違いじゃなければ、俺を特待生として推薦するって聞こえたんですが」

「そうだね。その通りだよ」

 どうやら聞き間違いではないようだ。しかし、納得できないことがある。

 

「……アスタリスクの推薦は、普通大会で活躍した人達が選ばれるものじゃないんですか?」

「基本的にはそれで合ってるよ。大会で優勝した人を中心にスカウトが推薦してくるからね。

 ただ、特待生は特別でね。各学校によって微妙に違う所があるんだよ」

 面白そうに続きを話す陽乃。

 

「例えば、アルルカント・アカデミー。ここは研究が盛んな学校だから本人の強さより

 煌式武装作成などの技術力が評価の基準になってるね。

 聖ガラードワース学園は強さと高潔さの両方を兼ね備えた人物が求められるから

 少しでも素行が悪かったらアウト。

 逆に、レヴォルフ黒学院は強者が全ての学校だから、強ささえあればどんな悪党でも受け入れる。

 クインヴェール女学園は知ってるかもしれないけど、生徒がアイドルとして活動してるから

 強さより容姿やスタイルが重要視されてるね。星導館学園は……まあ、ここは特徴がないかな。

 強さがあれば、多少の素行が悪くてもOKって所かな」

 なるほど、確かに学校によって微妙に違うようだ。しかし、肝心な学校が抜けている。

 

「…界龍はどうなんですか?」

 自身を特待生として推薦したと学校について尋ねる八幡。

 彼自身には、先程挙げられた条件を満たしているとは思えなかったからだ。

 

「何だと思う?」

 逆に問い返される八幡。少し考え……

「………分かりません。俺に当てはまる条件があったとは思えません」

 

「界龍の基準は………面白いかどうかだよ」

「……は?」

 意味が分からなかった。呆れる八幡の様子に陽乃はクスクスと笑いながら話を続ける。

 

「やっぱりそういう反応するよね。比企谷くん、界龍に関して知ってる事はある?」

「いえ、星武祭は見たことがありますが、中華風の学校だなぐらいしか」

「まあ、普通はそんなものだね。

 界龍でも、通常の推薦クラスだと星導館と基準はあんまり変わらないかな。

 ある程度の強さと、極悪人じゃなければスカウトの目に留まるね。

 ただ、特待生となると話が変わってくる。界龍の序列一位、范星露。通称 万有天羅。

 特待生は彼女が見定めて、面白いと判断された人物にしか認められていないよ」

 

「つまり、俺はその万有天羅って人に認められたって事ですか?

 でも、どうしてです?俺は大会に出た事すらありませんよ。

 何故、そんな…………まさか!?」

 ここ連日出会った雪ノ下陽乃。その訪問の意図にようやく気付いた。

 

「分かった?そう、私は何の目的もなく君に毎日会っていたわけじゃない。

 最初はいたずらのつもりだったんだよ?偶然君を見かけて隠形をして話しかけようとした。

 そしたら、君はいとも簡単に見つけちゃうんだもん。びっくりしちゃったよ。

 それから毎日少しずつ難易度を上げて、どこまで君ができるか見極める事にした。

 そして今日………」

 そこで一旦言葉を区切る陽乃。

「……私は本気だった。今の私が持てる技術を全てつぎ込んだ星仙術。

 でも、君はそれすらクリアした。そんな君だからこそ、スカウトにするのに相応しいよ」

 とても真剣な表情で話す陽乃。どうやら冗談ではなさそうだ。

 

「さて、比企谷くん。この推薦を受けてくれるかな?」

 こちらに手を差し伸べ同意を求めてくる陽乃。

 だが答えは決まっている。

 

「……お断りします」

「理由を聞いてもいいかな?」

 断りの返答に間髪入れずに問いかけてくる。彼女のとっては予想通りの内容だったのだろう。

 

「雪ノ下さんが俺なんかを評価してくださるのは嬉しいです。

 でも、俺にはそんな実力はありませんし、何よりその推薦を受ける理由がありません」

 

「それはアスタリスクに興味がないから?妹の小町ちゃんに悪いと思うから?それとも……」

 

「……昔と違って、今の君に星辰力がほとんどない事かな?」

 陽乃の台詞に比企谷家の事情に詳しいことを悟る。

 

「……こちらの事情に詳しいようですね」

 皮肉気に問いかける八幡。それに対して陽乃は涼し気に答える。

 

「スカウト対象だからね。悪いけど調べさせてもらったよ」

 陽乃は携帯端末を取り出し、目の前に空間ウインドウを開く。

 空間ウインドウの中身を確認し読み上げる。

 

「比企谷八幡。非星脈世代の両親を持つ比企谷家の長男。

 妹の比企谷小町も兄と同じく星脈世代。兄は幼いころから膨大な星辰力を持ち

 両親の希望により四歳の時に刀藤流千葉支部に入門。

 メキメキと才能を伸ばし 五歳の時に剣聖 我妻 清十郎に弟子入り。

 本人の才能もあり頭角を現し、その将来を期待されるも、突如七歳で道場を辞める。

 この時には星辰力はほとんど無くなっているね」

 空間ウインドウを閉じこちらを見る陽乃。どうやら本格的に調べられているようだ。

 

「君が剣術をやっているとは思わなかったよ」

「……両親に無理やり入れられただけです。星脈世代の推奨プログラムの一つでしたから」

「刀藤流は有名だからね。でも、随分と活躍してたみたいだね、比企谷くん。

 我妻 清十郎。この人の名前は私も知ってるよ。

 非星脈世代でありながら剣聖の名を冠する存在。相当な強さみたいだね」

「……俺は一度も勝てませんでしたよ。化物とはあの人みたいな事を指すんだと、今はそう思えます」

「へぇ、それは興味深いね。私も一度、お手合わせ願いたいね」

「難しいと思いますよ。あの人は引退して道場でもほとんど剣を交えた人はいませんでしたから」

 八幡は過去の記憶を思い出す。

 あの師匠は、自身との稽古以外は素振りや型稽古をして一日の殆どを過ごしていたからだ。

「そんな数少ない内の一人が、直弟子の君というわけだね」

「……まあ、そうです」

「ねぇ、比企谷くん。そんな君がどうして道場を辞めたの?

 君ほどの才能の持ち主が自分から剣を捨てたとは思えないし、周りがそれを許すとも思えない」

 

「……別に。飽きたから辞めただけです。ご存知の通り、星辰力がなくなりましたから。

 両親も特に止めはしませんでしたよ」

 特に表情を変えず興味なさげに理由を述べる。

 その口調からは本当に飽きて辞めたのだろうと思ってしまうだろう。

 

「比企谷くん」

 だが、目の前にいる人物は魔王である。

 

「そんな嘘でお姉さんを誤魔化せるとは思ってないよね?」

 魔王であるこの人の前では、半端な嘘は通用しない。

 

 そして彼女は突きつける。

 

「君、自分で星辰力を封印したね」

 

 ……隠し続けた真実を

 

 

 

 目をそらさずこちらを見つめる陽乃。

 互いが互いを見つめあい、しばしの時が経つ。だが、お互いに目をそらさない。

 その沈黙に耐えられず口を開いたのは八幡であった。

 

「……………何のためにですか?自分でわざわざ星辰力を封印するなんて

 何でそんな面倒くさい事を俺がしなければならないんですか?」

 普通に考えたらとんでもない暴論だ。星脈世代は特別な存在である。

 彼らが本気を出せば、車より早く走り星辰力を集中すれば銃弾すら防ぐことが出来る。

 そんな彼らは自らの力に誇りを持っている。

 星脈世代が自分の力をわざわざ減らすなど、普通ならありえない。

 

 そう、普通ならだ。

 

「でも、君をそれをした。方法は分からないけどね。

 ……けど、その原因を推測することはできるよ」

 自信ありげに、だがどことなく悲しそうに陽乃は語り始める。

 

「小町ちゃん。頑張ってるみたいだね」

 心臓を鷲掴みにされる感覚がした。

 

「非星脈世代の両親の中で生まれた兄妹の星脈世代。兄の星辰力は規格外で将来は有望。

 対して、妹は平均より星辰力が上だけれど兄には及ばない。

 そんな二人を見た両親がどちらを優先するか。それは言わなくても分かるよね?」

「……まるで見てきたかのように言いますね」

「……家も似たようなものだからね。家は両親とも星脈世代で、私たち姉妹も星脈世代。

 自分で言うのもなんだけど、私は雪乃ちゃんより優秀だったからね。比較はよくされたよ」

 

 そこで一度言葉を止める陽乃。一呼吸し続きを話し始める。

 

「君が剣を捨ててすぐ、妹の小町ちゃんが星脈世代の鍛錬を始めるようになった。

 剣の才能はなかったみたいだね。使用武装は銃型の煌式武装。

 最近では日本の各大会に出場したり、統合企業財体が主催する強化合宿に参加している。

 ……対して兄は、両親の期待を裏切った影響からか、その後家での扱いは悪くなっていった。

 家族で食事に行くときは置いていかれ、旅行に行くときも家に一人取り残された」

 

「……比企谷くん。君は大好きだった剣も、豊富な星辰力も、両親からの愛も

 約束された将来も全て捨ててしまった。それは、両親の関心を妹に向けさせるため。

 ただ……それだけのためにね」

 

 最後まで語った陽乃はとてもつらそうな顔をしていた。その瞳は揺れ今まさに泣きそうな表情をしていた。

 ……まるで自身の身に起こったかの様に。

 

「……違う……かな?」

 そんな彼女の表情を見ていた八幡は……

 

「……降参です」

 

 ついにそれを認めた。

 

 

 

 

 

 

「……どうして星辰力を封印しようなんて思ったの?」

「……どうしてでしょうかね?結果的にそうなっただけで俺としては狙ったわけではないんです」

「どういう事?」

 

 陽乃の問いかけに反応し、顔を上げ遠くを見つめる八幡。あの日の記憶を思い出し話し出す。

 

「……あの日、道場から帰ってきたら妹が泣いていました。訳を聞いても泣くのが酷くなるだけで

 全然理由がわかりません。何とか宥めて寝かしつけたんですが、眠る前に妹は言ったんです」

 

 ―――――お兄ちゃんばっかりずるいよ。

 

「最初は何のことか分かりませんでした。小町はそれだけしか言いませんでしたから。

 ただ、しばらくして気付きました。両親が俺の世話を一生懸命してくれる中

 小町はずっと両親を見つめていました……」

「……………」

「妹は寂しかったんだと思います。俺の面倒ばかり見る両親が自分を見てくれない事が。

 もちろん二人も小町を可愛がっていましたし、小町もそれを分かっていたとは思います。

 ただ、小町にはそれでも不満だったんでしょうね……

 アスタリスク行きを子供に願っていた両親は、どうしても俺の方ばかり集中してしまう」

「……それで君はどうしたの?」

「…………願いました」

「……何を願ったの?」

「はい。小さいころの俺には、小町の悩みを解決する手段が思いつきませんでした。

 自分の星辰力を減らすことなんて出来ませんから。悩みに悩んで何も思いつかなくて

 最後はひたすら願う事しかできませんでした。こんな力なんていらないと。

 こんな力があるから妹を泣かしてしまう。だから、こんな力をなくしてくれと……

 そして夢を見ました」

「夢?」

「……何もない空間に一人漂っていたら扉が見えました。

 その後扉が閉まり、その周囲にたくさんの鎖が絡みついていきました。

 鎖が増えていくたびに自分の星辰力が減っていくのを感じて

 ……目が覚めたら星辰力は今の状態でした」

 

 話し終えた八幡は、自らの右手を陽乃の前に掲げる。

 拳を握りしめ星辰力を集中するも、今朝と同じく微弱な星辰力しか発生していない。

 

「これが俺の限界です。あの日以降、星辰力が戻ったことはありません。

 残念ながら、雪ノ下さんの期待に応える事はできません」

 

 陽乃は目の前の八幡の右手を見る。彼の言う通り、その手には微弱な星辰力しか発生していない。

 これが全力だというなら確かに低すぎる。星脈世代の中でも最弱と言ってもいいだろう。

 

 だが、それは彼の想いの強さだ。妹の為に何も出来ない自分を嘆き、何が出来ないか考え

 最終的に自らを犠牲とした証だ。そんな考えを否定する事は陽乃にはできない。

 

 陽乃は目の前にあるその右手に自らの手を伸ばす。

 そして、その手を自らの手に取りそっと両手で包み込んだ。

 

「……雪ノ下さん?」

「比企谷くん。君は凄いね」

 言われた言葉の意味が分からず戸惑う八幡。そんな彼に対して陽乃は話し続ける。

「君は妹のために全てを捨てる事ができた。それがどういう結果になるのか分かっていながら。

 そんな君を私は本当に凄いと思う」

「……俺がした事はただの自己満足です。そんな大層なものじゃありませんよ」

 陽乃は首を横に振る。

「……そんなことないよ。私は自分の事ばっかりで、君のようには出来なかった。

 雪乃ちゃんのために、そこまですることが出来なかったから……」

 

 八幡は目の前に見る雪ノ下陽乃の姿を見る。

 その複雑な表情からは妹である雪ノ下雪乃への想いが見て取れた。

 大切な妹への愛情か、それとも後悔か、あるいはその両方だろうか。

 

 ……自分に似ていると少しだけそう思った。

 

「雪ノ下さん。聞いてもいいですか?」

「……何?」

「……雪ノ下の事はどう思ってるんですか?」

「雪乃ちゃんのこと?どうしたの急に?」

「……気になったんです。あなたの雪ノ下への接し方が。家族としての愛情があるのはよく分かります。

 ただ……それ以外にも何かある気がして……」

 

 言葉では上手く表現できない何かを感じた。

 

 雪ノ下雪乃と買い物に行ったときに初めて出会った時の事。

 由比ヶ浜結衣と祭りで歩いているときに貴賓席に招待された時の事。

 そして、文化祭の準備で相模を焚き付け委員会を混沌に陥れた時の事。

 

 いずれも、雪ノ下陽乃はその時仮面を被っていた。

 八幡と雪乃の仲を取り持ち、由比ヶ浜に牽制じみた言動を言い放った。

 一見、妹を想ういい姉の様に見える。だが、文化祭ではわざと雪乃に挑発を行っている。

 

 だが、仮面を外した今の姿からはそれを後悔しているように見えた。

 

 矛盾しているのだ。

 

 妹から好かれようとしているようにも見え、同時に嫌われても構わないようにも見える。

 だが、それらの行いを後悔しているようにも見えた。

 それがどうしても気になり、八幡は問いかけたのだ。

 

「雪乃ちゃんのことか……」

 八幡の問いに陽乃は呟く。

 

「もちろん大好きだよ、家族だし大切な妹だからね。でも……」

 

 

 

「同時にとっても大嫌いだよ」

 陽乃はとてもいい笑顔で告げた。

 

「私は雪乃ちゃんが大好き。昔から私の後を付いてきて、私の真似ばかりするあの子がとても可愛かった。でも、同時に雪乃ちゃんの事が大嫌い。私と違って自由になれるのに、それを勝ち取ろうともしない。私の事が嫌いなくせに、ずっと私の真似ばっかりするのが腹立たしかった」

 

「ねぇ、比企谷くん。知ってる?愛と憎しみは表裏一体なんだよ」

 

 笑顔で告げる陽乃の言葉に嘘はないのだろう。そう八幡は感じた。

 仮面を取り外した状態で、先程までと変わらず穏やかに話していたからだ。

 

「ここまで話すのは君が初めてだよ、比企谷くん」

「……あなたが本心で話してくれるとは思いませんでした」

「そう?気付いていると思うけど、薄気味悪い仮面は外してるからね。

 全て本心で話しているよ」

「……大好きで、大嫌いですか。矛盾しているようですけど、その様子から見た感じ真実なんでしょうね。でも、雪ノ下に対して後悔しているようにも見えましたけど」

「……それは、雪乃ちゃんに対してじゃないよ」

「……え?」

 陽乃は八幡の手を放す。姿勢を正し八幡の眼を正面から見据える。

 そして……

 

「ごめんね、比企谷くん」

 雪ノ下陽乃は比企谷八幡に頭を下げた。

 いきなり頭を下げられた八幡は混乱した。あの雪ノ下陽乃が頭を下げているからだ。

 

「君の事は調べたって言ったよね。それは君の最近の状況も含めてなんだ。

 私が文化祭で余計なことをしなければ、今の君の状況はなかったはず。

 ……本当にごめんなさい。」

 深々と頭を下げたまま理由を述べる陽乃。

 理由は分かったが八幡の混乱は続いたままだ。確かにあの時の雪ノ下陽乃には違和感を感じた。

 

 相模を煽り委員会を混乱させ雪乃を挑発した。明らかにわざとである。

 だが、目の前の陽乃はその事に対して謝っている。その姿が嘘とは思えない。

 

 ならば何か狙いがあったはずだ。少し考えすぐ思いついた。

 雪ノ下陽乃が動く理由など一つしかないではないか。

 

 だが、それを聞く前にまず先にやる事がある。

 

「とりあえず頭を上げてください」

 

 魔王に頭を下げさせたままでは気分が悪い。主に精神的に。

 陽乃は頭を上げ八幡を見つめる。

 

「文化祭の事でしたら特に気にしていません。雪ノ下さんの介入があろうがなかろうが、あの結果に変わりはなかったでしょうから」

 

 雪ノ下陽乃がいてもいなくても結果に恐らく変わりはなかった。

 雪ノ下雪乃が文化祭実行委員長である自身を差し置いて委員会を仕切っていることに、相模南は不満に思っていた。本人の実力不足が一番の原因ではあるのだが。

 

 陽乃が来た事により委員会は混乱に陥いり、文化祭当日も委員長のボイコットがあった。

 だが、陽乃が来なくても恐らく相模南のボイコットはあっただろう。

 

 雪乃があくまで相模のサポートに徹していればまた別だっただろうが、相模南は最終的にボイコットしていた。早いか遅いかの違いしかなかったというのが、八幡の考えであった。

 

「……もし気にしているようでしたら、代わりに一つだけ教えてください」

 その問いに陽乃は頷く。

 

「実行委員会で雪ノ下を挑発したのはどうしてですか?あれはあまりにもあなたらしくない。あんな挑発で雪ノ下に一体………何を期待していたんですか?」

 

 あの時、陽乃は雪乃を挑発して、相模を煽り委員会を混乱させた。だが、それが最終目的ではないはずだ。八幡の考えが正しければ、妹である雪ノ下雪乃に何かを期待していたはずなのだ。

 

「………比企谷くんならいいかな」

 呟く陽乃。そして、次の放たれた言葉に八幡は驚愕する。

 

 

 

「私ね、雪ノ下家と縁を切ることにしたんだ」

 

 

「……それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。私は雪ノ下家を継がない。雪ノ下家とは完全に縁を切るつもりだよ。今はその準備中」

 

 雪ノ下家と縁を切る。言葉でいうのは簡単だが、それが許される立場とは思えない。彼女は雪ノ下家の長女なのだから。

 だからこそ考える。雪ノ下家と縁を切る。妹である雪ノ下雪乃への介入。準備中という言葉。

それらが指し示す意味は……

 

「………雪ノ下を鍛えるためですか?今まで色々してきたのは」

「正解。さすが比企谷くん。私が離れると雪乃ちゃんが跡取りだからね。その為にも色々と準備が必要なんだよ」

「……雪ノ下の様子を見る限り、進んでいるとは思えませんが」

「………そうなんだよね~君と出会って少しは成長してるかと思ったんだけど。見通しが甘かったかな?文化祭程度の混乱は軽く収めてもらわないと困るんだよね。雪ノ下家としても、私自身の為にもね」

「……そもそもあいつ自身がどう思ってるんですか?雪ノ下家を避けているようですけど」

 

 雪ノ下雪乃は、彼女自身の望みで実家を離れ一人暮らしをしている。自身の姉や母親を苦手としている為、家を継ぎたいようには見えない。

 

「それは大丈夫。口には出さないけど、あの子は父の仕事を継ぎたがっているから」

 これは内緒ねと、陽乃は自身の口の前に人差し指を出して八幡に告げた。

 

「……雪ノ下さんは、家を離れてどうするんですか?」

「……………知りたい?」

「……まあ、少しぐらいは」

 ありきたりだよと言って彼女は答えた。

 

「強くなりたいんだ。誰よりも」

 予想外の答えだった。

 

「星脈世代なら考えたことがあるよね、比企谷くん。誰よりも強くなりたいって。

 自分の力を高め、ライバルと競い合い最強を目指す。

 その為に私はアスタリスクにいるんだから」

 

 そう言うと、陽乃はアスタリスクでの生活の話を始めた。

 主に界龍の話が多かったが、どれも興味を引く内容ばかりであった。

 

 入学初日に范星露に挑みあっけなく倒され、弟子入りしたこと。

 見た目幼女の癖にとんでもない戦闘狂だそうだ。

 一部界隈ではロリババアと呼ばれていると教えてくれた。

 

 後日、アレマ・セイヤーンと一緒に闇討ちを行ったが、やはり返り討ちにあったそうだ。

 

 武暁彗というライバルがいて、お互い切磋琢磨していること。

 寡黙な青年だがからかいがいがあるらしい。

 

 趙虎峰っていう女の子の様な男の子がいて、セシリー・ウォンと一緒に女装させて楽しんだこと。

 趙虎峰は泣いて喜んでいたそうだ。可哀そうに。

 

 セシリーとその友人である梅小路 冬香とは3人でよくショッピングに行くこと。

 とある日、女装した趙虎峰と4人でショッピングに行ったが最後までバレなかったそうだ。

 男にナンパされた彼は、その日枕を涙で濡らしたそうだ。同情を禁じ得ない。

 

 黎沈雲と黎沈華の双子の兄妹が、常に相手を見下しているのが生意気で軽くしめたこと。

 今では多少性格がましになったそうだ。魔王に目を付けられたのが運の尽きである。

 

 他にも歓楽街のカジノで、他校の冒頭の十二人と出会ったこと。

 その時、違法カジノで荒稼ぎをしているのを見られ弟子入りされたそうだ。

 お互い妹好きなので話が合うらしい。

 

 違法カジノで荒稼ぎした際、いちゃもんを付けてきたマフィアを建物ごと潰したこともあるらしい。

 そして、その騒ぎに駆け付けた警備隊の隊長と深夜の大乱闘を繰り広げたこと。

 

 とんでもない内容が混じっている気がするが、陽乃はそれらをとても楽しく語った。

 よほど学園の生活が楽しいのだろう。

 仮面を付けていない彼女の笑顔はとても魅力的で、見ていて飽きない。

 

「界龍に入って私は変わった。最強の師と出会い、ライバルにも恵まれた。雪ノ下家の長女ではなく私個人を見てくれる仲間たちもいる。とても充実した毎日を過ごすことが出来ているんだ」

 

 陽乃は八幡の前に手を差し出す。

 

「比企谷くん、界龍に来ない?君の現在の状況を作り出した原因の一人である私が言うのもなんだけど、君はここに居るべきじゃない。界龍に入れば君ならすぐに強くなれるし、星辰力に関しても星露に見てもらえば、きっと解決する。うちの学校は自らの強さを求める子たちばっかりだから、君の同級生の様なくだらない連中もいないよ………だから、私と一緒に界龍に来てほしいな」

 

 とても惹かれた。その問いにすぐ了承の返事を出そうと思ったほどに、魅力的な提案だった。

 比企谷八幡をここまで高く評価し、欲してくれる人は今までいなかった。

 

 目の前に差し出された手を見つめる。

 この手を取れば変わる事が出来るのかもしれない。あの日諦めた強さをもう一度取り戻すことが出来るのかもしれない。そして……彼女のように本物を見つける事が出来るのかもしれない。

 

 

「俺は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、小町。たくさん食べなさい」

「そうよ。他にも何か食べたいものがあったら、遠慮なく言いなさい」

「……ありがとう。お父さん、お母さん」

 

 日が沈み夜に差し掛かった頃、比企谷小町は両親と一緒にレストランで食事をしていた。

 彼女の目の前にはたくさんの料理が並べられており、一人では食べ切れないほどである。

 

「……それにしてもびっくりしたよ。合宿先まで来るなんて」

「小町のためだからな。気にしなくていいぞ」

「ふふ、小町を驚かせようと思って、お父さんと一緒に考えたのよ」

 

 合宿とは星脈世代の強化合宿の事である。

 星脈世代の合宿には大小色々あるが

 今回彼女が参加しているのは、統合企業財体の一つ銀河が主催したものだ。

 

 星脈世代の中から希望者を募り選考に掛け、合格者には合宿の参加資格が与えられる。

 参加者には銀河傘下の社員が指導してくれるという特典もあって応募にはかなりの人数が申し込んでいた。

 

 対象は主にスカウト漏れしている中から選ばれているが

 有望な人材と判断された学生には銀河が運営している学校、星導館学園からスカウトされる事もある。

 

「それより合宿の調子はどうだ、小町?」

「銀河の方が教えてくれるんですもの、小町にもきっといい経験になるはずよ」

「………うん、大変だけど頑張ってるよ」

 

「今回の合宿が終わったら、いよいよ大会も近いからな」

「そうね。この大会は日本で一番大きい大会だから、スカウトもきっとたくさん来るわ」

「じゃあ、ここで活躍すればスカウトの目に留まるかもしれないな!」

「ええ!小町には頑張ってもらわないと!」

 

 両親が楽しそうに話し合い盛り上がる中、小町は逆に気落ちしていた。

 

 今回参加した合宿もそうだが、参加を決めたのは彼女自身ではない。

 両親が彼女の知らない間に申し込み、半ば無理やり参加をさせられたからだ。

 

「小町にはいい成績を残して、アスタリスクに行ってもらわないと」

 

 それが両親の本音である。

 

 両親から愛されているのは分かる。

 だが、両親からの期待は重く小町の重荷となっていた。

 

 比企谷小町は争うのが嫌いだ。彼女は自身の身の程を弁えているつもりである。

 自身の星辰力は普通の星脈世代より上だが

 トップクラスに比べたら些細なものであるし《魔女》のような特殊能力もない。

 

「………何で私ばっかり」

 

 その呟きは互いの話に夢中な両親には届かない。

 

 兄である比企谷八幡は何もしていないのに、妹の自分だけが辛い思いをしている。

 学校が終われば武術の稽古に合宿の参加。友達と遊ぶどころか家でのんびりする時間すらない。

 そんな生活を物心ついた頃からずっと続けてきたのだ。

 

「小町ならきっとアスタリスクに行けるさ、なあ母さん」

「ええ、きっと行けるわ。期待してるわよ、小町」

「………………うん」

 

 両親の期待に応える。

 比企谷小町の道はそれしかないのだから。

 

 

 

 

 

『……それでスカウトは失敗に終わったのか、陽乃よ』

「少し考えさせてほしいと言ってたから失敗ではないね。完全に拒絶されると思ってたから。そう思えば、初回の手応えとしては上々だよ」

 

 雪ノ下陽乃は、報告のために界龍に通話をしていた。

 目の前の空間ウィンドウに見えるのは一人の童女。范星露の姿が映っている。

 

『しかし面白い小僧じゃな。比企谷八幡と申したか?星辰力を自ら封じながら、お主の星占術に気付くとは。只者ではないのう。今から会うのが楽しみじゃ。陽乃よ、必ず連れてくるのじゃぞ!』

「分かってるよ、星露。それで、彼の星辰力の事なんだけど」

『ふむ、恐らくではあるが星辰力を戻す事はできるじゃろう』

「ほんとに?」

 星露の返答に問いかける陽乃。

『うむ、他人が施した封印ならいざしれず、本人が自ら封じたのなら条件としては簡単じゃ。

 ただし、本人が強く望めばの話になるがのう』

「……やっぱりそうなっちゃうんだ」

『お主も予想できていたであろう、陽乃よ。まあ、儂が封印を解く事も出来るかもしれぬから、まずは界龍に連れてくることじゃな。儂が行ければ話は早いのじゃがのう』

「星露が動くのは統合企業財体がうるさいからね、しょうがないよ」

 

 范星露は界龍学園内から基本的に出る事はない。本人にあまり外出する気がないのもあるが、統合企業財体との契約により自由に動ける立場ではないのだ。

 

『そうじゃの。まあ、儂としては強き者は大歓迎じゃ。お主の見立ては確かじゃからのう。

 比企谷八幡が界龍に来たら儂の弟子にして鍛えねばならん。さて、どんなメニューにするかのう』

「気が早いよ、星露。でも、比企谷くんと修行するのは楽しそう。私も混ぜてね」

『勿論じゃ、お主も儂の弟子じゃからのう』

 

 八幡の様子からして後何回か接触すれば、落とせるだろうと陽乃は踏んでいた。

 陽乃は八幡を逃す気はさらさらないし、星露も八幡が学園に来たら強制的にでも弟子にするつもりだ。

 遠くない未来に起こりうる学園生活に心躍らせる二人。

 

 

 だが、万有天羅と称される范星露でも、魔王である雪ノ下陽乃でも予想できない事はある。

 

 

 両者の予想を反し、予想できない形で運命は交差し比企谷八幡と出会うことになる。

 

 

 

 そんな運命の日が訪れるのは………後数日。

 




第四話。いかがだったでしょうか?

スカウトの話と明かされる過去。
恐らく読者にとっては、情報量が多く突っ込みどころ満載な話だったでしょう。

以下、解説です。

・特待生に関して
 作者の完全な妄想です。
 各学校の校風から、こんな感じかなと想像して決めました。

・刀藤流
 皆さんご存知、あの刀藤流です。
 原作には刀藤流は支部が大量にあるとあったので、そこから採用しました。
 星脈世代の推奨プログラムという言葉で、分かった方はいたでしょうか?

・我妻 清十郎(あがずま せいじゅうろう)
 オリジナルキャラです。ただ、原作を知っている方はご存知でしょうが
 我妻は刀藤流分家の名字なのは原作通りの為、この方は分家の方です。
 ちなみに、八幡自身に宗家のあの子とは面識はありません。

・大会や合宿に関して
 これも作者の妄想です。正確には大会は原作でもあるみたいですが
 日本の大会に関しては情報はなかったはず。合宿に関しては適当に決めました。 

そして、ダイジェストでお送りした魔王はるのんの界龍学生生活。
魔王はるのんは、雪ノ下家の枷から解放されてフリーダムになっています。

その結果

・双子をしめて性格を矯正した。木派と水派のトラブルが減りました。
 虎峰のストレスは多少減りました。

・万有天羅に稽古相手が増えました。武暁彗さんも大喜びです。
 だけど、場所を選ばず仕掛けるため修繕費が増えました。
 虎峰の書類仕事が増えました。

・魔王の数々のトラブルにより虎峰のストレスは増大しました。

虎峰が苦労人がよく似合うと作者は思っています。

界龍は色々原作と異なっていますが
クロスオーバーの醍醐味は、クロス先にキャラを投じる事により変化が起こり
その変化を楽しむものだと作者は思っています。

ゆえに界龍はこの様に変化しました。ご了承ください。


さて、長々と解説しましたが次回から話は大きく動きます。
どれだけ時間が掛かるか作者にも分かりませんが、気長にお待ちください。

筆が進むときは進むけど、進まないときはホントに進まないのが難点です。

では、次回もよろしくお願いします。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。