学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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何とか完成したので投稿です。


第二十九話 秋の休日。そして決断

 図書館の片隅の一角に八幡はいた。設置された椅子に座って、本のページをペラリと捲る。続けて書かれた文章をペースを上げて読んでいく。

 今読んでいる本は推理小説だ。生き残った数人の生存者の中、主人公が今回の事件の概要を説明している最中だ。此処まで来れば舞台は終盤。残った容疑者の中、犯人を導き出すのはそう難しくない。

 

「……犯人はやっぱソイツか。今回は当たってたな」

 

 思わず独り言をポツリと呟く。文章の中では、主人公が犯行のトリックを説明していた。このトリックは彼が予想していた犯人しかありえない。当たっていてなりよりだ。

 

 そして全ての謎が解け、犯人は自供した。動機は過去の怨恨。学生時代のトラブルからだった。あり触れた話ではあるが、作家の技量が高いため中々面白い話に仕上がっていた。

 

「ふぅ~~」

 

 本から顔を上げて上を見る。適当に選んだ本であったが、偶にこのような名作に巡り合えるから、本は良いものだ。余韻に浸りながらそう思った。

 

「……喉が渇いたな。何か飲み物買ってくるか」

 

 時刻は14時前。休日を利用して、図書館で数冊の本を読みふけっていたが、喉が渇いてきた。席を立ちあがり出口へと向かう。

 

 今日は日曜日のため授業はない。そして珍しいことに鍛錬もなしの完全休養日だ。なので朝からのんびりと過ごしている。街に出るのはめんどくさい為、気晴らしに界龍内にある図書館へとやってきたのだ。

 

「…………もう秋か」

 

 季節は秋真っ盛り。窓の外を見れば紅葉が色づき、成長の早い紅葉はもう散り始めている。

 図書館を出て近くにある自販機へと歩く。自販機の目の前で販売してるラインナップを見る。残念ながらMAXコーヒーはなかった。

 

 何を買うか迷い―――何となく紅茶を選択し購入する。購入したそれを取り出し、さっそく飲んでみる。

 

「普通だな……やっぱりあの味には勝てないか」

 

 悪くはないが所詮は市販品。あの部室で飲んだ味には遠く及ばない。そう思いながら紅茶をまた一口飲む。

 

「………色々、あったな」

 

 もうすぐ総武を離れてから一年が経つ。あの日は本当に色々あった。妹と戦い、銀行強盗と戦い、雪ノ下陽乃と戦い―――そして范星露と戦った。

 

「よく生きてたな、俺……」

 

 また一口紅茶を飲む。一歩間違えれば死んでいたのは間違いないだろう。

 その後の出来事は今でもはっきりと思い出せる。星露との生活。家族との別れの決断。冬の山での修行。そして先生との再会。

 

「それからアスタリスクに来たが、到着早々トラブルにもあったな」

 

 アスタリスクに到着してからも大変だった。雪ノ下陽乃との再会。グリューエルの救助。歌姫との遭遇。そして警備隊長との戦い。

 

「……アレは陽乃さんに完全に嵌められたな。しかし警備隊長は強かった。今でも勝てる気はしないな」

 

 そして界龍での生活が始まった。戦闘狂と連日戦えるのはある意味贅沢で、肉体的には過酷な日々だ。だが別に辛くはなかった。戦いの日々は成長を実感させてくれるからだ。

 

 そして精神的には穏やかな日々を送っている。総武時代とは違いこの学園の生徒はマトモである。厄介ごとを持ち込んでこないし、こちらを蔑んでもこない時点で比べるまでもない。

 

「……少しは変わったか、俺?」

 

 脳裏に浮かぶ二人の人物。趙虎峰とセシリーウォン。木派と水派を統括し、冒頭の十二人でもある重要人物だ。同じクラスの縁もあってか何かと気を掛けてくれている。八幡も気を許している二人だ。

 

「―――友達。そう思ってもいいんだろうか?」

 

 二人との関係は何か? 他者から見ればクラスメイト、友人、仲間。そう呼ばれる関係なのだろう。そしてあの二人もそう思ってくれてるのかもしれない。一緒にご飯を食べ、一緒に鍛錬をする。共に喜び、悲しみ、笑いあう。そんな関係を友人と呼ぶなら間違いないのだろう。

 

「…………本物、か」

 

 だが八幡にとってそれは軽く呼べるものではない。嘗て求めた理想。独善的で、独裁的で、傲慢で醜い自己満足な代物。それでもなお諦めずに追い求め―――だが、心の中では存在しないと決めつけているあやふやなものだ。

 

「―――雪ノ下。由比ヶ浜」

 

 その名を呼んで何も思わなくなったのは、本当に最近のことだ。同じ奉仕部の一員の二人。

 雪ノ下雪乃。一人は理想を掲げ、我が道を行き、孤高を貫く少女。由比ガ浜結衣。アホの子であったが、素直で優しさを持った少女。

 

「……どうしてるかね、アイツらは」

 

 最愛の妹、比企谷小町に関しては多少知っている。少し前に星露に聞いたら教えてくれた。両親が転職してブラック企業ではなくなった為、三人で過ごす時間が増えたそうだ……それなら兄がいなくても大丈夫だと、心の中で安心した。

 

 しかし雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣の情報は入ってこない。雪ノ下陽乃は両親と縁を切ったと言っていた。本人も総武に戻ることはないと言っていた。なので彼女らの情報は入ってこない。

 

「まあ、考えるまでもないな。逃げ出した部員のことなんて忘れてるだろう」

 

 あの二人も中学三年で受験生だ。居なくなった元部員のことなんてとっくに忘れてるだろう。特に雪ノ下はそういう人物だ。由比ヶ浜は成績が悪く受験で忙しいだろうから、こちらを気にする余裕もないだろう。

 

「……本音で語るか。結局はそれが足りなかったんだろうな」

 

 悩みに悩み、考えに考え、八幡が出した結論はそれだった。星露が言っていた通り、自分たち三人にはそれが一番足りなかったのだろう。

 

 奉仕部に集まった三人。出会いは偶然だろうが、三人には事故という共通点があった。

 

 ―――由比ヶ浜結衣は助けた犬の飼い主。しかし病院に見舞いに来ることもなく、気付いたのは一年以上後のことだった。

 ―――雪ノ下雪乃は事故に会った時の車に乗っていた。しかし彼女もそれをすぐには話さなかった。こちらがそれを知ったのは彼女の姉から聞かされたから。

 

「……なんだ。最初から無理だったんじゃねぇか」

 

 事故については勝手に助けたこちらの責任だ。それをどうこう言う気はない。だが隠す必要はないだろう。奉仕部で会った最初の頃に、こちらが気付く前に言ってくれれば何も問題はなかったのだ。

 

「期待しすぎたんだな……あの二人には悪いことをした」

 

 冷静にそう結論付けた。漸く、漸く二人に対して一つの答えが出たのだ。

 

 要するに自分は求めすぎたのだ。自身の考えを、自身の理想を、それを勝手に二人に求め、押し付けた。だからあの二人が自分を否定してもいい。信じなくてもいい。ただ縁がなかった。それだけの話だ。

 

「それにもう会うこともないだろう。あの二人がアスタリスクに来ることもないしな」

 

 このアスタリスクは欲望の街だ。金と名誉と強さ。主にこの三つを求める星脈世代が訪れる。あの二人がそれを求めるとは思えない。だからアスタリスクに来ることはないだろう。

 

「さて、この後どうするか? もう一回図書館に「八幡くーん!」

 

 遠くから雪ノ下陽乃の声がした。そちらを見ると彼女がこちらに向かって歩いてきた。

 

 ―――何故か段ボール箱を数箱持ちながら。

 

「ふぅ、ちょっと休憩っと」

「何ですか、そのダンボール?」

 

 置かれたダンボールに疑問を抱いた。

 

「う~ん、ちょっとね。八幡くんはどうしたの?」

「図書館に居たんですが喉が渇いたので、水分補給中です」

「へ~~あら? 紅茶? 珍しい」

「まあ、偶には飲みたくなる時もありますよ……偶にはね」

「…………そう」

 

 穏やかに話す八幡。その様子に陽乃も穏やかに笑う。

 

「市販の紅茶じゃそんなに美味しくないでしょ。わたしが紅茶入れてあげよっか?」

「陽乃さんが、ですか?」

「そうよ。これでも雪ノ下家では一番上手よ。秘書の都築直伝なんだから」

「そう、ですか。なら今度お願いしてもいいですか?」

「OK。任しといて」

 

 笑顔で陽乃は了承した。

 

「そういえば、八幡くんはこの後暇?」

「いえ、特には。暇だから図書館で本を読むぐらいですけど」

「そっか。じゃあわたしの用事に付き合ってくれない?」

「陽乃さんの? ……めんどくさい用事は御免ですよ」

「あははっ、そんなんじゃないよ」

 

 そう言って陽乃は床に置いたダンボールの蓋を開けた。

 

「……サツマイモですか。どうしたんですか、これ?」

「ふふん。食堂のおばちゃんから貰ったんだ~」

 

 サツマイモを手に取り陽乃は告げる。

 

「―――秋と言えば味覚の秋。焼き芋パーティーしよっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れてこられたのは界龍の外周付近。近くに小さな森がある広場だった。到着すると、既にそこには何十人もの生徒たちが待ち受けていた。殆どが初等部の小さい子たちだ。他には中等部、もしくは高等部と思わしき人が数人いた。

 

 陽乃の荷物を半分持ちながらそこに近付くと―――

 

「―――八幡」

「―――八幡先輩」

 

 鶴見留美と刀藤綺凛の二人が一緒にいた。

 

「二人もいたのか」

「うん。陽乃さんがよかったら参加しないかって」

「なんで準備を手伝っていました」

 

 二人の傍には別のダンボールが大量に置かれていた。さらにダンボールの上には焼き芋に必要なアルミホイルのケースが数本置かれている。そして少し離れた場所には落ち葉の塊が複数設置されていた。

 

「うん、これだけあれば充分かな。ありがとね、二人とも」

「いえ、わたしも楽しみです。久しぶりですから」

「わたしは初めて」

 

 二人の話を聞いて八幡は思い出す。

 

「ところで、落ち葉で焼き芋作るのって法律違反じゃありませんでしたっけ?」

「うーん。その辺りは地域によってバラバラみたいね。まあアスタリスクの学園は治外法権だから関係ないよ。警備隊も踏み込んでこないし」

「……それでいいんですか?」

「いいのいいの。上の許可は取ってるからね。問題ないよ」

「ならいいんですが……」

 

 許可が出てるなら言うことはない。きちんと管理すれば大丈夫だろう。

 

「さぁて、みんな! これからお楽しみの焼き芋パーティーを始めます!」

『はぁ~い!』

「うん、いい返事ね。じゃあその前に準備を始めるよ。サツマイモをアルミホイルで包みます……こんな感じにね」

 

 陽乃はサツマイモをアルミホイルで包んだ。

 

「それじゃあ皆でやってみよっか。分からなかったら、近くのお兄さんお姉さんに聞いてね。頼むわよ、アナタたち。フォローはよろしくね」

『はっ!』

 

 陽乃の問いに返事をする上級生。初等部の子たちを複数のグループに分けて作業を始めた。

 

「わたしたちもやりましょうか」

『―――はい』

 

 八幡たち四人も作業を始めた。ダンボールからサツマイモを取り出してアルミホイルで包む。それを繰り返し行っっていく。そしてしばらく時間が経った頃、全てのサツマイモを包み終えた。

 

「よし。準備OKね。みんなちょっと下がってね―――よっと!」

 

 陽乃は右手を左肩付近まで上げ―――そして真横に薙ぎ払った。

 すると、落ち葉の塊すべてに火が付いた。しかも同時にだ。火の勢いは強く高温で燃え盛っていく。

 

「わぁ~すごい燃えてる~」

「雪ノ下大師姉、すご~い」

「かっこいい!」

 

 子供たちは無邪気に喜ぶ。しかし八幡と綺凛は頬が少し引き攣る。今の現象である事実に気付いたからだ。

 

「八幡先輩。今のって……」

「言いたいことは分かる。複数の落ち葉を同時に発火。威力も同一にコントロールされてる。あれが実戦なら……」

「……任意の場所を複数箇所に渡って同時攻撃できるってことですよね」

「ああ、その通りだ。アレをいとも簡単にやってのけるから凄い人だよ、あの人は」

「そうですね。その通りです」

 

 二人で顔を見合わせ苦笑した。しばらく燃える火を観察していると、数分後に火が消えて熾火が完成した。熾火とは、炭や薪が燃え切って白くなりかけた状態のことだ。

 

「さて、じゃあサツマイモを入れましょうか。アナタたち準備をお願いね」

『はっ! 了解です!』

 

 上級生が包んだサツマイモを灰の中に入れていく。入れ終えたら、上から落ち葉を載せて蓋をする。すると隙間から煙が出てきた。後は出来上がるまで待つだけだ。

 

「さて、後は待つだけよ。出来上がるまでちょっと時間掛かるから、それまでは待ってね。あ、飲み物は用意してあるから受け取ってね」

 

 陽乃がそう言うと、上級生たちがダンボールの中から飲み物を取り出して配り始めた。下級生たちはそれを喜んで受け取っていく。そして子供たちは飲み物を飲んだり、熾火を見物したり、友達と話し込むなど自由な行動を取り始めた。

 

 雑談をしながら時間経過を待つ。途中で一度、サツマイモの向きを変えて焼き加減を調節する。そして向きを変えてさらに時を待つ。

 

 ―――そしてついに焼き芋が完成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~おいし~」

「あま~い!」

「ホクホクしてる~」

 

 焼き芋を美味しそうに食べる子供たち。その様子を見ながら上級生たちも焼き芋を食べていく。

 八幡も渡された焼き芋を手に取り、アルミホイルを剥がす。そして食べようとしたが、熱くて食べられないことに気付く。

 

「ふーふーふー。はふはふ、うん。美味い」

 

 出来立ての焼き芋を食べたのは始めてだ。熱いのは難点だが、甘さが凝縮した感じでとても美味しい。

 

「……人が増えてきたな」

 

 大勢の人が集まっているのが気になったのか、他の生徒たちが大量に集まってきた。初等部から大学生、少年少女区別なくだ。陽乃が集めたスタッフが、忙しそうに新しい焼き芋を作っては渡していく。

 

「食べてるー八幡くん」

「陽乃さん」

 

 雪ノ下陽乃が傍にやって来た。

 

「ええ、いただいてますよ」

「そう、ならいいけど」

 

 満足そうに陽乃は笑う。

 

「………ところで一つ聞きたいんですが」

「うん? なに?」

「何で急にこんなイベントを? いや、美味いから別にいいんですけど」

「ああ、それね」

 

 陽乃は視線を巡らし辺りを見渡す。その視線を辿り八幡も辺りを見てみる。界龍の生徒たちが喜んで焼き芋を食べている姿があった。

 

「ねぇ、八幡くん。このアスタリスクにはどんな星脈世代が集まると思う?」

「……星武祭の優勝を夢見て。それが大半だと思いますが」

「そうだね。それが普通の星脈世代。星武祭の優勝で願いを叶えてもらう。そうでなくても、星武祭で活躍すればお金や名誉が手に入る。この界龍だと強さを求めてくる子たちも多いわ―――だけどね」

 

 初等部の子たちを見ながら陽乃は言う。

 

「初等部の子はね。親や親戚から見捨てられた、そんな子たちもいるのよ」

「………あんなに小さな子たちがですか?」

「そうよ。非星脈世代からすれば、わたしたちは化け物よ。親が子供を怖がって、厄介払いで界龍に子供を入学させる。そんなケースも結構多いのよ」

「それは………」

 

 陽乃の告白に言葉が出ない。それが本当なら救われないにも程がある。

 確かに星脈世代は化け物だ。普通の星脈世代でも、星辰力を集中させればマシンガンさえ通用しない。それだけの能力が星脈世代にはある。

 

「でも、この学園なら周りは殆ど星脈世代。子供たちも遠慮することはないわ……だからね。あの子たちにはこの日常を楽しんでもらいたいのよ」

「だからこんなイベントを?」

「そう。皆ではしゃいで、皆で遊んで、皆で楽しむ。そして少しでもいい思い出を作ってもらいたいわ。その手助けをしたまでよ」

「……そうですか」

 

 そう言った陽乃の顔はとても美しかった。子供たちを愛し、慈しみ、見守る。まるで女神のような―――

 

「おお! なんじゃこれは! このような催しをしておるとは聞いておらんぞ!」

 

 八幡が陽乃に見惚れていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あら、星露が来たわね。仕事終わったのかしら? ……どうしたの八幡くん? 赤い顔して?」

「っ!? い、いや、なんでもないでしゅ」

「? まあいいわ。わたしは行くけど八幡くんはどうする?」

「……俺も行きます」

 

 二人は星露の下へと歩いていく。当の本人はそれに気付いても、熾火の前から離れない。どうやら焼き芋の完成を待っているようだ。

 

「まだかのう? まだかのう? もういいのではないか? うむ、いいに違いないぞ」

「まだ早いわよ。後ニ十分は待ちなさい」

「なんじゃと! 儂のお腹はもうペコペコじゃ。何とかならんのか、陽乃?」

「無理だって。それより星露。仕事終わったの?」

 

 陽乃の問いに星露の身体がピクリと動いた。

 

「ま、まあ少し休憩を取っておるところじゃ。これを食べたらまた戻る。それで問題はなかろう」

「―――星露」

「どうした八幡? 何故そのような目で儂を見る」

「―――後ろ、見てみろ」

 

 星露は言われるまま後ろを見る。すると、一人の少年がこちらに猛ダッシュで向かってきていた。

 

「師~~父~~!!」

 

 趙虎峰の登場である。ダッシュで星露の下へ駆け寄ってきた。

 

「やっと見つけましたよ、もう! 急ぎの書類がまだ残ってるんです! 早く部屋に戻ってください!」

「い、いや。儂は今休憩中じゃから、な?」

「そんな暇はありません! 今すぐ戻りますよ!」

「くっ! このまま捕まる儂ではない。ここは一先ず「だ~め~だよ~」なっ! セシリーっ!」

 

 脱出を図った星露だが、後ろからセシリーに肩を掴まれる。そして虎峰とセシリーが星露の両脇を抱えて持ち上げた。

 

「さて、戻りますよ。師父」

「急ぎだからごめんね~師父」

「は、八幡! 儂を助けるのじゃ! 頼む!」

「………すまん」

「儂の焼き芋~~!!」

 

 星露はそのまま二人に連行されていった。それを眺めていた八幡は、隣の陽乃へと提案する。

 

「……陽乃さん。次に焼き芋出来たら持っていきたいんですけど、いいですか?」

「ええ、分かったわ。持っていきなさい」

 

 お土産に焼き芋を持っていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これだけあれば足りそうだな」

「八幡くん? ちょっと量が多くない?」

 

 八幡が持った焼き芋の量に陽乃が疑問を抱く。彼の持つ焼き芋の量が多いからだ。ビニール袋二つには大量の焼き芋が入っている。

 

「途中で差し入れしていくので、多分このぐらい必要かと」

「差し入れ? いったい誰に?」

 

 八幡は視線を辺りに巡らす。少し離れた先にある草むら、近場の建物の角、遠くの建物の屋根の上。それらを一瞥し確信を得る。

 

「うん、これぐらいあれば足ります」

「………ああ、なるほど。そういうことね」

 

 少し遅れて陽乃も気付いた。

 

「よく気付いたわね。じゃあ、冷めないうちにいってらっしゃい」

「はい。それではいってきます」

 

 八幡は焼き芋を持って歩き出した。最初の目的地は近場の建物。その角まで歩き話しかける。

 

「―――アレマさん」

『なに? 何か用?』

 

 何もない空間からアレマ・セイヤーンの姿が現れた。

 

「お仕事中すみません。これ、差し入れです」

『ちょっと数が多くない? あたい一人じゃ食べきれないよ』

「いや、皆さんの分です。これだけあれば足りると思ったんですが」

『……………は?』

 

 辺りを見渡しながら、片方のビニール袋を渡した。目算で見る限り一人一個はあるはずだ。

 それに対し、アレマの反応は遅れる。言われた台詞をすぐには理解できなかった。

 

「多分一人一個はあると思いますが、足りてますか?」

『………そういうこと。大丈夫、足りてるよ』

「それはよかった。じゃあ、俺はこれから星露の所へ持っていきますので」

『ああ、待たね』

 

 アレマは立ち去る八幡を見送る。そして彼が見えなくなった途端、彼女は笑いだす。

 

『ああ! ほんと面白いね、八幡は! 最っ高だよ!!」

 

 彼が渡した焼き芋の量。それは外回りで学園を見張っている暗部。その人数分は入っている。暗部の居場所と人数をいとも簡単に言い当てられた。普通の学生が出来ることじゃない。

 

『さっすが星露ちゃんが選んだ子だ。暗部に差し入れだなんて常人の発想じゃないよ』

 

 アレマはそのまま機嫌よく笑い続ける。戦闘以外でこんなに面白いのは久しぶりだ。彼女はしばらく笑い続け、そして外回り全員にメッセージを送った。

 

『―――全員集合。オヤツの差し入れだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレマと別れて、そのまま生徒会室までやって来た。中に人の気配はある。恐らくまだ仕事中だ。ノックをして部屋に入る。

 

「お疲れさん。調子はどうだ? ……まだ終わってないか」

「ああ、お疲れ様です。八幡」

「もうすぐ終わるよ~~」

 

 虎峰とセシリーが八幡に返事をする。そして残る一人は―――

 

「……八幡。この裏切り者め~~」

 

 恨めしそうにこちらを見ていた。しかしその反応は予想通りだ。手に持ったビニール袋を見せる。

 

「ほら、焼き立ての芋持ってきたぞ。終わったら食べていいから」

「なんと! それはでかした! すぐに終わらせるからな!」

 

 星露の作業がスピードアップした。残りの書類の量から見ても、そこまで時間は掛からないだろう。

 

「虎峰とセシリーもどうだ? 数はあるから、星露が終わったら一緒に食べるか?」

「食べる、食べる~」

「せっかくなのでいただきます。じゃあ僕はお茶入れてきますね」

「じゃあ、わたしは他の人呼ぶ~」

 

 そう言ってセシリーは端末を操作する。

 

「誰を呼ぶんだ?」

「双子たちだよ。今日は水派を任せてたからね~ご褒美だよ~」

「……じゃあ俺も人を呼ぶか」

 

 八幡も端末を操作し始めた。

 

「八幡は誰を呼ぶんですか?」

「梅小路先輩と大師兄だな……特に梅小路先輩は呼ばないと後が怖い気がする」

「あぁーなるほど。食べ物の恨みは怖いと言いますからね。いい判断です」

「じゃあ、みんなでオヤツの時間だ~~」

 

 みんなでオヤツを頂くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ! 秋といえばやはり焼き芋じゃ! この甘さがたまらん!」

「…………美味だ」

「あまり食べ過ぎないでください、師父。夕ご飯が食べられなくなりますよ」

「はむはむはむ。うん、美味しい~」

「なんの呼び出しかと思えば―――」

「―――焼き芋の差し入れとはね。まあ、悪くはないわ」

「焼き芋どすか。秋にぴったりどすなぁ」

 

 全員で焼き芋を食べていく。少し冷めてしまったが、美味しいので問題はない。

 そして食べてる最中に、星露はふとある事を思い出した。

 

「む、そういえば八幡。これを見て見よ」

 

 星露は空間ウィンドウを一つ八幡へと流す。

 

「なんだこれ……王竜星武祭参加申込書?」

「ああ、もうそんな時期ですか」

「そうだね~締め切りまで後少しだったはずだよ~」

「陽乃が申込みしてましたなぁ。えらい張り切っとったわ」

 

 渡されたのは、王竜星武祭の参加申込書だった。

 

「で、これを俺に渡されてどうしろと?」

「うむ、せっかくじゃ。おぬしも王竜星武祭に「やだ」

 

 星露が言いきる前に拒否した。

 

「なんじゃ? 嫌なのか?」

「当たり前だろ。あんな見世物の大会に出るのは拒否する。しかも全世界に放映されるだろう。ヤダヤダ、俺は出ないぞ」

 

 問答無用で拒否する。他者が出る大会を見るのをいいが、自分が同じ立場に立つのは絶対拒否だ。

 

「八幡、まあ気持ちは分かりますけどね」

「慣れれば大丈夫だよ~」

「そういえば、二人は前回の鳳凰星武祭に出てたんだったな……確か準優勝だったか?」

 

 八幡はふと思い出す。趙虎峰とセシリー・ウォンは前回の鳳凰星武祭で準優勝だった。八幡の問いに答えたのは黎沈雲と黎沈華だった。

 

「そうだよ。二人はとても頑張っていたけど―――」

「―――優勝はアルルカントに持っていかれたわ」

 

 双子の言葉に苦笑するしかない虎峰とセシリー。

 

「―――あの時は未熟でした。次は負けません」

「そうだよ~次に戦ったら絶対勝つよ~」

 

 次戦えば必ず勝つと断言する二人。それに笑みを深めた星露は両手をパンと叩く。

 

「話がずれておるぞ。さて八幡。あくまで王竜星武祭に出る気はないと?」

「ああ、俺にメリットがまるでないからな」

「優勝すればどのような願いも叶えてもらえるぞ?」

「いや、孤毒の魔女がぶっちぎりで優勝だろ、知らんけど」

 

 八幡の言葉に苦笑するのは木派と水派の面々だ。

 

「いや、八幡。そうハッキリ言うのは問題が」

「雪ノ下大師姉が出るのよ。アンタ」

 

 双子が思わず突っ込みを入れる。双子からすれば怖いもの知らずにもほどがある。本人が聞いたらどんな反応をするか分からないから余計に怖い。しかし八幡は双子の考えを否定する。

 

「陽乃さんは気にしないんじゃないか。むしろ燃えるタイプだぞ、あの人は」

「そうじゃな。八幡の言う通り、陽乃は気にせんじゃろう。敵が強ければ強いほど燃えるじゃろうな」

「あー分かります。大師姉はそうでしょうね」

「それでこそ陽姉だね~」

 

 陽乃の反応が想像出来たのだろう。面々の脳裏に、いい笑顔の陽乃が浮かび上がった。

 

「しかし八幡。先程メリットがないから出ない。そう言うたの?」

「あ、ああ。まあ、そう言ったな」

「ふむ、じゃあこれを見てみよ」

 

 星露がもう一つウィンドウを送ってきた。そしてそれを見た瞬間―――八幡の動きが止まった。

 

「………おい、これってマジか?」

「マジじゃよ。優勝は出来なくとも、活躍した生徒には報酬が支払われる。まあ当然のことよな。で、どうじゃ? 出る気になったか?」

「くっ、いや、しかし……」

 

 考え込む八幡。先程拒絶したとは思えない態度だ。

 

「何見てるんやろか? 星武祭出場経験があるお二人さんは分かるん?」

「あー心当たりは一応あります」

「多分これだよ~~」

 

 セシリーは右手を上げ、親指と人差し指で輪っかを作った。その形が何を意味するかは一目瞭然だ。

 

「………い、いや、やっぱり駄目だ。報酬が合ってもデメリットの方が大きい」

「なるほど、じゃあこれならどうじゃ?」

「ぐぅっ、こ、こんなにか……いや、しかし……」

 

 ウィンドウが修正され報酬がさらにアップした。その報酬を見て、八幡の心は揺れ動く。

 

「うわー悩んでますねー」

「時間の問題だね~」

「そんなに報酬いいの? 星武祭って?」

「まあ統合企業財体がスポンサーだ。おかしくはないと思うよ、沈華」

 

 外野は文字通り見学気分だ。しかし皆、八幡が落ちるのは時間の問題だと思った。

 

「ふむ、まだ駄目か。仕方ない。奥の手を出すとしよう」

「ど、どんな条件出されても俺は出ないぞ」

「さて、これを見てその台詞が言えるのなら儂も諦めよう」

 

 星露はさらに別のウィンドウを開く。そして八幡へと送りつけた。

 そのウィンドウを八幡は渋々確認し―――その目が見開いた。そしてすぐさま星露へ宣言する。

 

「―――出るぞ、王竜星武祭」

「ほう! よく言った。では、申し込みはこちらで済ませておくぞ」

「ああ。その条件を満たせばいいんだな?」

「その通りじゃ。万有天羅の名に懸けて必ず実行させよう」

「よし、分かった」

 

 言うなり八幡は立ちあがる。それを見ていた他者は驚いた。あんなに反対していたのに、いきなり手の平返したからだ。しかも本人のやる気が凄い。その姿には闘志が満ち溢れていた。

 

 驚く面々を気にせず―――八幡は宣言する。

 

「―――絶対に勝つ」

 

 そう宣言し八幡は部屋を出ていった。その姿を星露以外は呆然と見送った。流石に気になったのか、暁彗を始めとして質問が飛んだ。

 

「……師父。彼にどのような条件を?」

「そうだよ師父~教えてよ~」

「あんなにやる気に溢れる八幡は初めて見ます」

「あんなに嫌がってたのにあの変わりよう―――」

「―――よほど凄い条件を出されたのね」

「えらい気になるなぁ。星露はん。教えておくれやす」

 

 答えを知りたがる面々。

 星露はその反応に満足し、八幡に送ったウィンドウを拡大して皆に見せた。それを見た面々は大いに納得する。

 

 そこにはこう書かれていた。

 

 ―――王竜星武祭ベスト8以上を条件に、界龍第七学園校内にMAXコーヒー専用自販機を設置する、と。




八幡の王竜星武祭参戦決定のお話でした。
この主人公。自主的には出そうにないので、金とマッ缶で釣りました。
此処まで条件を出せば流石に出るはずです。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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