学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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なんか調子がいいので投稿します。


第二十八話 界龍での新生活

 早朝。部屋の中にウィンドウが現れ、目覚ましのアラームが鳴り響く。するとその音に反応し、一人の少女が目を覚ます。そしてすぐさま起き上がりアラームを止めた。

 

「う~~~ん。朝、ですか」

 

 少女はベッドから出て伸びをする。そして部屋の中を一望する。実家の和室とは違う部屋は、まだ少々慣れぬ所があるが、時間が経てばその内慣れるだろう。

 

 ふと隣のベッドを確認する。そこには同室に配属されたルームメイトがまだ眠りの中にいた。

 一瞬、起こすかどうか悩む。先日も遅くまで勉強していたことを知っているからだ。しかし、起こさないと後で文句を言われてしまうので、さっさと起こしにかかる。

 

 少女はルームメイトを起こすため、肩を軽く揺さぶる。

 

「留美ちゃん、朝だよ。起きて」

「……………うぅ、ん」

 

 しかし軽く反応はするが目覚めない。仕方ないので、もう少し強く揺さぶってみる。

 すると留美と呼ばれた少女が反応した。

 

「………おかあ、さん?」

「お母さんじゃないよ。ほら、起きて」

「……………う、ん」

 

 ルームメイトはまだ完全に目覚めていないようだ。最も少し前まで二人とも実家で暮らしていた身だ。間違えるのも無理はないのかもしれない。そして少女は苦笑する。自分も少し前に同じことをしてしまったな、と。

 そんなことを思っていると、ルームメイトの目が開かれ少女へと話しかける。

 

「………………き、りん?」

「そうだよ。おはよう、留美ちゃん」

「……うん、おはよう。綺凛」

 

 二人の少女―――刀藤綺凛と鶴見留美。

 界龍第七学園に入学して二週間が経った早朝の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「留美ちゃん、大丈夫?」

「………うん、大丈夫」

「まだ寝ててもいいんだよ。学校までは時間あるから」

「……やだ」

 

 綺凛は寮の廊下を歩きながら隣の留美へと問いかける。しかしその問いは否定された。絶対に一緒に行くという意思が感じられる。

 その頑なな態度に綺凛は苦笑する。彼女がそこまで頑張る理由は一つしかない。しかしルームメイトとしては彼女の体調が心配だ。彼女が毎日夜遅くまで勉強しているのを知っているからだ。

 

 一階に降りて寮の扉を開ける。季節は九月。日が昇るのが遅くなってきた影響で日はまだ昇っていない。真夏の暑い日を多少過ぎたが、まだまだ日中の暑さは続いている。しかしこの時間は多少涼しさが感じられるため、さほど問題はない。

 

 二人駆け足で目的地へと向かう。身体を動かす内に眠気が多少覚めてきたのか、留美の方も足取りが軽くなってきた。そして数分後、二人は目的地へと到着した。

 

「―――お待たせしました!」

「……お待たせ」

 

 目的地には二人の人物が待っていた。その二人へ朝の挨拶を交わす。

 

「おはようございます! 八幡先輩! 陽乃先輩!」

「……おはよう、八幡、陽乃さん」

「おう、おはよう」

「おはよう、二人とも―――あら?」

 

 陽乃が何かに気付いた。

 

「留美ちゃん。眠そうだけど、大丈夫?」

「どうした、ルミルミ。寝不足か?」

「……大丈夫です、問題ないから。っていうか、ルミルミ言うな、バカ八幡」

 

 留美がつっけんどんに八幡に答える。その答えに綺凛は補足する。

 

「えーと、昨日遅くまで勉強してたみたいです。それで少し眠気が……」

「治療院の勉強? あんまり無理しちゃだめだよ。まだ小学生なんだから、ちゃんと寝なきゃ駄目だよ」

「………うん。分かった」

 

 陽乃の問いに素直に頷く留美。疑問があった八幡は留美に尋ねる。

 

「楽しいか、治療院は?」

「―――うん、楽しいよ。今はまだ簡単な治療しかさせてもらえないけど。先生が言ってたんだ。私の能力は、知識が増えれば怪我だけじゃなくて、病気も治せるかもしれないって」

「頑張ってるもんね、留美ちゃんは」

 

 留美は楽しそうに少し笑う。

 アスタリスクでは、治療系の能力者は直轄の治療院に集められる。それは、どの学園の生徒でも平等に治療が受けられるように考えられた制度である。

 その為、鶴見留美も例にもれず治療院に通うこととなった。だが毎日ではなく定期的にである。彼女はまだ小学生なので、無理はさせられないという治療院の方針だ。

 

「さて皆。出発しましょうか」

『―――はい』

「―――うす」

 

 陽乃の掛け声を皮切りに四人はランニングを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁっ!」

「おっと! 危ない、危ない」

 

 ランニングが終われば朝の鍛錬の始まりだ。綺凛は陽乃と対峙し、彼女に向かって刀で攻撃を繰り返す。しかし陽乃は軽やかに回避。明らかに余裕が感じられる。

 

「そこっ!」

「ふっ!」

 

 振り下ろした斬撃に対し半身をずらして避けられる。同時に刀の持ち手を押さえられ、動きが制限される。その隙に懐に入られ、顎下前に掌底を繰り出され五センチ前で止まった。これで決着が付いた。

 

「―――はい、わたしの勝ちだね」

「はい……ありがとうございます」

 

 また負けてしまった。今日だけで三連敗だ。悔しい気持ちを抑え、隣を見ると八幡と留美の稽古姿が見える。八幡は留美に向かってゆっくりと刀を振り下ろす。

 

「いくぞ」

「―――こう、かな?」

「そうだな。そのタイミングだ」

「そして―――こうっと!」

「ぐへぇ……」

「あ、ごめん」

 

 留美が八幡を投げ飛ばした。投げられた八幡は地面へと叩きつけられ―――辛うじて受け身を取れた。これも日頃の鍛錬の賜物だろう。

 

「……大丈夫、八幡?」

「ああ、大丈夫だ」

「ごめん、なさい」

「問題ないって。ほら、続きやるぞ」

「―――うん」

 

 二人は鍛錬を再開した。先程と同様に二人はゆっくりと動き出す。二人がゆっくり動いている理由は、留美の合気道の動きの確認と、武器に慣れさせるためである。留美は今まで同じ合気道の相手しか戦ったことがない。その為、武器への恐怖感を薄れさせるのが必要だからだ。

 

 二人の稽古を眺めていると陽乃が隣へと来た。

 

「綺凛ちゃん。ちょっと聞いてもいい?」

「はい、なんでしょうか?」

「綺凛ちゃんは体術を習う気はある?」

「―――体術、ですか?」

 

 陽乃の質問に思わず問い返す。

 

「そう体術。剣術に関してはわたしが言うことは何もないわ。むしろその年でその腕前なのが信じられないぐらい。近距離戦なら、わたしも近い将来追い抜かされるかもね」

「そう、でしょうか?」

 

 陽乃の絶賛に疑問を抱く。陽乃の実力は本物だ。このまま成長してもすんなり勝てるとは思えない。

 

「でもそんな綺凛ちゃんにも明確な弱点があるわ―――何か分かる?」

「そう、ですね……」

 

 陽乃の問いを考える。そしてこの二週間で戦った記憶を思い出す。八幡の言っていた通り、強い先輩ばかりで敗北ばかりしていた。その原因を幾つか考え―――

 

「やはり接近戦でしょうか? 師父に大師兄、それに趙先輩に陽乃先輩。皆さんに懐に入られて負けてます」

「正解。綺凛ちゃんが強いのは間違いないわ。その年でその強さなのが信じられないぐらいにね。だからこそ弱点は潰す必要がある」

「―――はい。でも、わたしは本格的な体術は経験がなくて……」

 

 綺凛は自身の経験を口に出す。彼女は今まで剣術しか体験したことがない。

 

「大丈夫大丈夫。重点に置くのは懐に入られた時の対処法よ。綺凛ちゃんの強さである剣術を歪ませるような稽古はしないつもりだから。例えば、懐に入られて投げられる。もしくは、さっきみたいに刀を抑えられたときの対処法とかね。習っておいて損はないと思うよ」

「確かに。それはとても助かります……でも、皆さん自分の鍛錬があるのにお邪魔にならないでしょうか?」

 

 伺うように綺凛は問う。それに対し陽乃はきょとんとした顔を見せる。少し考え、何かに納得した陽乃は笑顔を浮かべる。そして綺凛の頭を撫でた。

 

「あ、あの。陽乃先輩?」

「あら。聞いてた通り、いい撫で心地ね」

 

 突然の行動に綺凛は驚く。そんな彼女に陽乃は優しく微笑む。

 

「大丈夫よ。可愛い後輩に教えるぐらいなんてことないわ。皆喜んで教えてくれる。勿論、わたしも含めてね」

「は、はい」

「ふふっ、綺凛ちゃんは可愛いわね~~」

 

 そのまま撫で続ける。綺凛は頬を紅くして成すがままの状態だ。

 八幡から聞いていた通り素直でとても良い子だ。この子なら他の人たちも力になってくれるだろう。

 

 陽乃は綺凛の頭から手を離す。

 

「ただし、稽古は厳しいわよ。覚悟はいい?」

「はい、もちろんです! よろしくお願いします!」

「うん、任されました。じゃあ続きいくよ」

「―――はい!」

 

 綺凛は元気よく返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の鍛錬が終わると一度部屋へと戻る。そして急いでシャワーを浴びてから制服に着替える。そして次は朝食の時間だ。寮には食堂があるので毎朝そこで食事をとっている。そして再び部屋へと戻ってから学校へと向かう。

 

「綺凛、準備できた?」

「うん。出来たよ」

「じゃあ、行こっか」

「―――うん」

 

 二人で寮を出て初等部へと向かう。寮から初等部へはかなり近い距離だ。界龍第七学園の初等部は小学一年生から通えるため、それに合わせた配慮だ。歩いて十分もしない内に校舎へと辿り着いた。

 

「今日の一時間目なんだったかな?」

「確か社会だったよ」

「あ、そういえば今日理科の小テストあるんだっけ」

「うん。まだ時間あるから後で確認しよう」

「そうだね」

 

 日常の会話をしながら教室へと向かう。アスタリスクの学校なだけあって生徒の殆どが星脈世代だ。通常、アスタリスク以外では非星脈世代が多く、星脈世代は少数の立場だ。その為、彼らは恐れられるか疎まれるか、もしくは苛めの対象になることが結構多い。勿論、みんな仲良く過ごしている子供たちもいるが、それは少数派だろう。

 

「おはよう綺凛ちゃん、留美ちゃん」

「おはよ~」

「おはよう」

「うん、おはよう」

 

 教室に入ると、同じクラスの女子生徒が話しかけてくる。男子は男子グループに、女子は女子グループに。それぞれに分かれるのは普通の学生と一緒である。

 

「今日も二人は朝から稽古してたの?」

「そうだけど」

「へ~~」

「ど、どうしたの?」

 

 女子生徒の目の色が変わる。何やら興奮しているようにも見受けられる。

 

「だって噂で聞いたよ。二人が年上の男の人と毎朝熱い時間を過ごしてるって」

「え、ええ~! な、なんでそんな噂が」

「……それ、本当?」

 

 その話を聞き驚く綺凛。しかし留美はその噂を疑い、女子生徒に詰め寄る。視線を鋭くして相手の目を見つめる。

 

「う、うぅぅ。ごめんなさい。嘘です」

「やっぱり。おかしいと思った。陽乃さんも一緒なのにそんな噂が流れるわけがない」

「あ、そうだよね。でもどうしてそんな嘘を言ったの?」

「………噂が流れてるのは本当よ。四人で毎朝稽古してるって。それに相手の二人は界龍でも有名人らしいじゃない。しかも一人は年上の男の人。だから気になるのはしょうがないじゃない」

「……趣味が悪い」

「あ、あはは」

 

 ジト目になる留美と苦笑する綺凛。しかし女子生徒の言い分も分からなくはない。小学六年の自分たちが、毎朝年上の男の人と一緒というのは確かに目立つからだ。

 

「はーい。授業始めるわよ~」

「あ、先生来ちゃった。続きは後でゆっくり聞かせてもらうわ」

「え~と、話せることなら別にいいけど」

「綺凛、こういうのは真面に相手しちゃ駄目」

「そ、そうなのかな?」

「あはは、じゃあ次の休み時間にね」

 

 そういうとそれぞれ席へと戻る。そして午前の授業が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり昼休みの時間となった。生徒にとっては待望の昼食の時間だ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「うん。そうだね」

「今日は何食べよっかな」

「わたしは和食かな」

 

 クラスメイトと共に食堂へと向かう。いつも行くのは近場の食堂だ。その食堂は初等部専用で校舎からも近く、初等部の生徒には料金が発生しないのが特徴である。

 

 そして皆で向かう途中―――突如上空から人が降ってきた。その人物は空中でぐるりと一回転し、体勢を崩しながらもなんとか地面に着地した。

 

「くっ! あぁ、やばかった……」

 

 降ってきたのは范八幡だった。いきなりの登場にクラスメイト二人は固まってしまう。しかし綺凛と留美には見覚えのある人物だった。

 

「……八幡先輩?」

「……八幡、何してるの?」

「おお、綺凛にルミルミか。いや、ちょっとな」

 

 言葉を濁す八幡。そして八幡は辺りをキョロキョロ見渡し―――そして叫ぶ。

 

「やべっ! 見つかった!! 悪い二人とも。またな」

 

 そう言い残し、八幡は高速でその場を立ち去った。そして八幡の姿が見えなくなった直後、もう一人誰かが上空から現れる。すると綺凛と留美の前に空間ウィンドウが出現した。

 

『やあ、二人とも。元気~』

「―――アレマさん」

「―――どうしたんですか? アレマさん?」

 

 界龍の工作員 アレマ・セイヤーンの登場である。

 

『いやさ、最近八幡が相手しくれないからさ。ちょっと探してるんだけど、二人とも知らない?』

「え、えーとそれは……」

「八幡ならアッチに行ったよ」

 

 留美は素直に八幡の向かった方を指さした。

 

『おぉ、アッチか。ありがとね』

「うん。いいよ」

 

 礼を言うとアレマは素早く立ち去っていった。

 

「……よかったの、留美ちゃん?」

「八幡のこと?」

「うん。アレマさん相手だと午後の授業に支障が出そうだよ」

「大丈夫。八幡、隠れるの上手いから。アレマさん相手でも逃げ切れるよ」

「そ、そうなんだ」

 

 心配する綺凛に留美は大丈夫だと太鼓判を押した。授業が始まるまで逃げ切れば勝ちなので、八幡が勝つ可能性は高い。留美はそう判断した。

 

「ほら、いつまでも固まってないで。行くよ、二人とも」

「だ、大丈夫?」

「―――あ、うん。大丈夫」

「いきなり現れた光景に驚いて止まっちゃったわ」

 

 留美と綺凛が声を掛けると二人のクラスメイトが再び動き出す。

 

「ところで、留美ちゃん。あの男の人、誰? 知り合いなの?」

「………ないしょ」

「えー教えてよー」

「……駄目」

 

 留美を問いただすも要領を得ない。仕方ないので標的を変更する。

 

「じゃあ、綺凛ちゃん。教えて」

「えーと、うん。あの男の人が毎朝一緒に鍛錬してる人だよ」

「あーやっぱり! そうじゃないかと思った!」

「だよね! 二人とも、いつもと全然違ったもんね!」

「分かる分かる! 雰囲気っていうの? それが別物だったもん」

 

 興奮するクラスメイト。このまま放っておいたら、余計なことになりそうだ。

 

「いこっ、綺凛」

「え、う、うん」

 

 留美が綺凛の手を繋いで走り出した。嫌な予感がするため、一刻も早くこの場を離れた方がいい。

 

「あ~~まってよ、二人とも」

「そうよ! もっと詳しく聞かせてもらうんだから!」

 

 クラスメイトの好奇心から逃げるように立ち去る綺凛と留美。その二人をクラスメイトは追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業が終われば後は自由時間だ。寮に帰るもよし、部活に専念するもよし、街に繰り出す選択肢もあるだろう。

 そして刀藤綺凛と鶴見留美の予定はもう決まっている。

 

「留美ちゃんは今日は治療院だっけ?」

「うん。今日は治療院でお手伝い。綺凛は木派だっけ?」

「ううん。今日は違うよ」

 

 綺凛は首を横に振る。

 普段の鍛錬では木派や水派を訪れることもあるが、今日は違う。

 今日訪れるのは―――

 

「―――今日は黄辰殿だよ。大師兄が相手してくださるみたい」

 

 刀藤綺凛は気合十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁっ!!」

「…………」

 

 気迫の掛け声と共に暁彗へと駆け出す。瞬時に距離を詰めての斬撃。相手の校章を狙い、最短距離で攻撃を仕掛ける。しかし暁彗に焦りはない。手持ちの棍を移動させ刀の攻撃を簡単に止めた。

 

「ふっ! はっ!」

「………………」

 

 棍から刀を引き連続突き。しかし棍の側面で受け流される。このままでは相手の防御を打ち崩せない。なら相手の隙を作るのみ! 

 瞬時にそう判断。さらに突きを繰り出す―――と見せかけ、今度は間合いを詰める。

 

「そこっ!」

 

 綺凛の視線は校章を捉える。こちらの狙いを校章と見せかけ―――綺凛の姿が消える。いや違う。膝を曲げ、腰を落として暁彗の視界から逃れる。そうして相手の意表を付いてからの下段攻撃! 

 

「くっ!」

「…………」

 

 しかしそれも無情に止められる。棍を地面へ勢いよく下ろし、下段攻撃を見事に防がれた。

 

「っ! ならっ!!」

 

 埒が明かずバックステップ。一端距離を取る。しかし暁彗は沈黙。その場で足を止めたままだ。

 

「ふぅぅぅぅ」

 

 綺凛は集中し星辰力が吹き荒れる。それらを刀へと集中。さらに少量の星辰力を脚部へ集める。少量なら今の自分でも扱える。そう判断してのことだ。

 

 これで勝負だ! 

 

「―――いきます!」

「………こい」

 

 宣言と同時に加速。瞬時に間合いを詰め―――最速のスピードで抜刀を放った! 

 

「………だめ、ですか」

「………」

 

 綺凛の必殺の一撃は、暁彗は棍の中心部分で受け止めていた。

 それを見届け、綺凛は再び暁彗から距離を取る。

 

 ―――強いです。本当に、本当に感服します。まさか此処まで通用しないなんて。

 

 界龍第七学園 序列二位 武暁彗 二つ名は覇軍星君。綺凛はその実力の一端に冷汗を流す。こちらの攻撃はすべて防がれ、かすり傷すら負わせることが出来ない。

 

 しかも相手はその場から一歩も動かずにだ。その実力には感嘆するしかない。先程まで攻めていたのは、こちらが押していたからではない。攻めさせてもらえただけだ。そしてこちらの攻撃は終わった。

 なら次は―――

 

「………今度はこちらの番だ」

「っ!」

 

 ―――武暁彗が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺凛もよう動く。じゃが暁彗には届かぬか。まあ分かっておったことじゃがな」

「…………」

 

 二人の戦いを見学しながら、星露は一人呟く。

 

「しかしあの綺凛の闘志は素晴らしい。そうは思わぬか?」

「…………う」

 

 星露は己の真下へと話しかける。そこには一人倒れている人物がいて、星露はそこへ腰かけている状態だ。彼女の声に反応し呻き声を上げる。

 

「ほれ、おぬしもしっかりと見学しろ。多少は回復したじゃろう、八幡」

「……うる……せぇ」

 

 呼ばれた八幡は立ちあがろうとする。しかしダメージが酷く起き上がれない。唯一動かせる顔を横へと動かし、二人の戦いに視線を向ける。その状態で呼吸を整え、回復を早める。

 

「……押されてるな」

「なすすべもない、と言った感じじゃな。実力差から見れば妥当な所よ」

 

 暁彗の攻撃を綺凛は辛うじて防いでる。だが長くは持ちそうにない。ましてや反撃に転じる隙などまるでない。

 

「このまま決まりそうだな……」

「そうじゃな―――――む」

「……どうした?」

 

 星露の目が細まる。そして何かに気付いた彼女はニヤリと笑う。

 

「……少々、風向きが変わるやもしれん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――はっ!」

「―――くぅっ!!」

 

 暁彗の棍の一撃を辛うじて弾く。しかし休み暇はない。次の瞬間には別の攻撃が目前に迫る。それを半歩ずれるように回避。だがその動きが読まれる。そしてまたもや顔面狙いの一撃。これを首を捻って辛うじて回避。身体が傾きそのまま体勢が崩れる。次の一撃―――間に合わない! 

 

 迎撃―――無理。回避―――無理。なら全星辰力を前面に集中! 防御態勢を取りダメージを減らす―――棍が腕に直撃。衝その衝撃で後方へと吹き飛ばされた。

 

「あぁっ!」

 

 身体が地面に叩きつけられる。直撃を僅かに避けたが、痛みが多少緩和されたに過ぎない。

 

「………終わりか?」

「…………………まだ、です」

 

 暁彗の問いかけを否定する。意識はある。身体もまだ動く。なら諦める理由は一つもない。痛む身体を無理やり動かし立ち上がる。動かすたびに手と足に痛みが走る。

 

 ―――このままじゃやられちゃう。相手の方が強いのは確実。わたしでは敵わない。ならどうする? 何が足りない? 星辰力? スピード? 技術? ううん。そうじゃない。

 

 綺凛は思考に耽る。もっと強くなりたい。もっと長く戦いたい。思考に深く潜り可能性を探る。

 

 ―――足りないのは反射神経。それがわたしには足りないんだ。ならどうする? どうする? どうすればもっと戦える? 

 

「―――これで終わりだ」

「……………」

 

 武暁彗が動く。こちらへ止めを刺さんと一直線に駆け出した。こちらはまだ動けない。もう駄目かと、そう思った時だ。

 その瞬間、視界が切り替わった。こちらに向かってくる暁彗の動きが突如スローに見えた。理由は分からない。だがお陰で状況に対応できる。

 

 突き出される棍の一撃を上から刀で抑えて流す。さらにもう一度、別角度から来る攻撃を今度は刀で払いのけた。暁彗が僅かに驚きの表情を見せる。

 先程まで碌に見えなかった攻撃が見える。対処が出来る! まだ戦える! 

 

 ―――わたしは、わたしは、もっと強くなりたい!! 

 

 綺凛は自身の瞳の奥がジリリと熱くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……動きが変わった?」

 

 八幡は思わず呟く。綺凛の動きが突如変わった。先程まで碌に対処できなかった攻撃。それを見事に対処できるようになってきている。だがこれは普通ではない。強くなったのはいいが、何処か危うさを感じる。

 どちらにせよ決着はもうすぐ付く。八幡はそう確信した。

 

 一方、綺凛の心中は忙しい。突如出現した自身の変化。それに対応しながら必死に戦っていた。

 

 ―――攻撃が見える。今まで以上にはっきり見える。こんな世界があったなんて。

 

 暁彗が放つ無数の棍の連撃。それに対しこちらも刀による連撃。結果、一歩も引かずにすべて払いのける。そして僅かに生じる隙。それに合わせ踏み込もうとする。が、しかし神速の棍の一撃に機先を制され、踏み込めない。

 

 ―――近づけない。まだ届かない。ならもっと早く! もっと深く! もっと先まで!! 

 

 目の奥がさらに熱くなる。同時に相手の動きがさらに見える。棍の連撃が同時に放たれる。連撃の僅かな隙間に身体を入り込ませさらに進む。すると罠だとばかりに神速の一撃が飛んできた。

 

 その棍の一撃をまるで読んだかのように躱し―――踏み込んだ。

 

 

「―――そこまでじゃ!!」

 

 

 范星露の叫びが辺りに響く。そして二人の動きが同時に止められる。星露が両者の間に立って武器を掴んでいたからだ。

 星露はそれぞれの武器を離す。すると暁彗は何も言わずに引き下がった。星露は残った綺凛へと近付く。

 

「ご苦労じゃったな、綺凛。ほれ、少し屈め」

「………え? は、はい」

「よし、少し目を見させてもらうぞ」

 

 綺凛の瞼を軽く押さえて目を覗き込む。目の瞳孔を観察しながら綺凛と話す。

 

「さて、綺凛。先程の自身の状態をどこまで把握しておる?」

「えーと、相手の動きがよく見えました。攻撃の出どころ、速さ、そして……」

「流れが見えたか?」

「………はい」

 

 戸惑いながらも綺凛は頷く。

 

「―――よいか綺凛。先程感じたそれは、おぬしが近い未来に至る境地じゃ。しかし少しばかり早い。もう少し我慢せよ。その目に負担が掛かりすぎる故な」

「―――はい」

 

 星露の忠告に綺凛は深く頷いた。そして星露は観察を終え立ち上がる。

 

「ふむ、視神経が少しばかり傷ついておるな。治療院に行った方がいいじゃろう」

「そ、そうなんですか?」

「うむ、目に負担が掛かる技のようじゃなからな。とりあえず、今日の鍛錬はこれで終わりじゃ。この後治療院に行って医師に見せるとよい」

「分かりました」

 

 綺凛も立ちあがり部屋を立ち去ろうとする。

 

「ほれ、起きろ八幡。もう回復しておるじゃろう」

「………まだ駄目だ」

「ほう。そう申すか」

 

 轟音が鳴り響く。星露が八幡のいた場所へ拳を叩きつけた音だった。しかし八幡は回避していた。

 

「あ、危ねぇ」

「回復しておるではないか。折角じゃ、綺凛に付き添ってやれ」

「……は? いやまあ、それ自体は構わんが」

 

 八幡が綺凛を見る。

 

「―――いいのか?」

「は、はい! よろしくお願いします! 八幡先輩……あ、で、でも」

「あ、そういや先に汗流したいな。悪いが綺凛。その後で出発でいいか?」

「! はいっ分かりました!」

 

 八幡と綺凛は話しながら退出する。そんな二人を見て星露は愚痴る。

 

「やれやれ、世話の焼ける。それにしても―――」

 

 先程の綺凛の状態を思い起こす―――輝き始めた両の瞳を。

 

「才がありすぎて問題が起こるとは。やれやれ、これだから人は面白い」

 

 予想外の事態に楽しみながらも、思わず苦笑する星露だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~ん。視神経が少し傷ついてるわね。点眼薬を必要ね。帰りにも渡すから朝昼晩の三回使ってちょうだい。それを数日使用すれば問題ないわ」

「はい。分かりました」

 

 所かわって治療院にやって来た綺凛と八幡。綺凛は医師の治療を受けていた。

 

「では、お大事にね」

「ありがとうございました」

 

 綺凛が診察室を出て待合室へと戻る。すると、鶴見留美が八幡と一緒に待合室で一緒にいた。

 

「―――綺凛」

「あれ、留美ちゃん? どうして此処に?」

「俺が連絡した。丁度ルミルミの勤務時間が終わる頃だったからな」

「ルミルミ言うな。まあそういう訳。一緒に帰ろ」

「うん!」

 

 三人で界龍へ戻ることになった。外へ出れば時刻は夕方。最終下校時刻まであと少し。なので寄り道せず戻ることになった。帰りがてら先程の鍛錬の話で盛り上がる。

 

「そんな事があったんだ。綺凛、あんまり無茶しちゃだめだよ」

「鬼気迫る勢いだったな。正直驚いたぞ。大師兄と普通にやり合ってたからな」

 

 それを聞いて苦笑する綺凛。

 

「……残念ながらそこまでは。大師兄も全力ではなかったですから」

「……まあ、確かに」

 

 綺凛の意見に同意する八幡。序列上位勢の実力はまさに化け物。二人は特にそれを実感している。

 

「皆凄すぎてわたしには区別がつかないよ。綺凛も八幡も充分強いのに」

「身内が凄すぎて、俺が強いなんてとてもじゃないが言えんぞ、ルミルミ」

「あはは、わたしもです。皆さん強い方ばかりですから」

 

 八幡は真顔で、綺凛は笑顔でそれぞれ否定する。両者共にまだまだというのは共通意見だ。

 

「さて、もうすぐ界龍だな。二人とも夕飯はどうするんだ?」

「いつも通り食堂に行く予定だけど?」

「そうか、なら黄辰殿へ寄ってかないか? 今日はお好み焼きの筈だから、二人が増えても問題ないぞ」

 

 八幡の提案に二人は顔を見合わせる。

 

「……わたしは別にいいけど」

「じゃあ、お邪魔させてもらってもいいでしょうか?」

「ああ、多分量は多いから沢山食べていいぞ」

「そんなには食べない……八幡はデリカシーが足りない」

「じゃあ遠慮なくいただきます」

 

 そんな雑談を交えながら三人は黄辰殿へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ、こんなものかな」

 

 ノートから目を離して一息つく。これで今日の宿題は終了だ。

 夕食を食べてお風呂も済ませた。そして宿題も終わったので後は寝るだけだ。

 

「……留美ちゃんはどう? もう寝れそう?」

「うん。あと少し」

 

 綺凛は隣の机を覗く。すると治療院の教材を熱心に読み込んでいる留美の姿があった。

 

「昨日も遅かったから今日は寝なきゃ駄目だよ」

「……大丈夫……もうちょっと」

 

 生返事をする留美。それを聞いて綺凛は駄目だと判断。留美が読んでいる本を取り上げる。

 

「あ……」

「今日はもうおしまい。もう寝るよ」

 

 留美が抗議の視線を綺凛へ送る。その視線に真っ向から反抗する綺凛。二人が睨み合い―――勝ったのは綺凛だった。

 

「………分かった。今日はもう寝る」

「うん。ありがとう、留美ちゃん」

 

 そして二人は寝ることになった。ベッドへと入り明りを消す。

 

「お休み、綺凛」

「お休み、留美ちゃん」

 

 瞼を閉じて寝る体勢にはいる。だがすぐには眠れない。鍛錬のときに感じた興奮がまだ収まらないからだ。

 

 ―――今日のアレはなんだったんだろう? ……凄かった。まるで世界が変わったかのようだった。

 

 未だ体感したことのない世界。アレを使いこなせればさらに強くなれる。そう確信が出来るほどに。

 

 ―――ううん、だめだめ。師父も言ってたじゃない。まだ早いって。だから焦っちゃ駄目。

 

 首を横に振ってその考えを否定する。そしてふと気付く。そんな考えに至れるほど、自身の心のは余裕があることを。

 

 実家では自主鍛錬が主であった。故に自身がどれだけ強くなっているか、どれだけ強くなればいいか判断することが出来なかった。だから焦った。自身の心に余裕がなかった。

 

 だが此処では違う。

 

 強い人たちがたくさんいる。戦ってくれる人がたくさんいる。笑顔で笑いあえるクラスメイトも。気の合うルームメイトもいる。そして……好きだと思える人もいる。

 

 ―――明日も楽しみだな。明日は誰と……戦え……

 

 明日への楽しみを心に思いながら眠りにつく。微笑んだその寝顔は、彼女の満足具合を表している。

 

 ―――刀藤綺凛の生活は充実していた。




二学期突入。刀藤綺凛と鶴見留美の日常をお送りしました。

原作・アニメを見て思いましたが、綺凛ちゃんって案外界龍が合ってるとふと思いました。
序列一位は最強で確実に弟子になれる。戦闘狂揃いで戦う相手には不足しない。
彼女が界龍なら原作以上の強さになっていたと思います。

そんな考えが浮かんだので、綺凛ちゃんの界龍入りが決まりました。
案外悪い考えではなかったと思います。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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