学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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今回は早めに出来ました。


第二十七話 休日とお出掛け

「――――退屈じゃ」

「いきなりどうしたの、星露? はい、次はこれね。それは急ぎだから今日中だよ」

「………まだ増えるのか」

 

 目の前に書類が一山追加され、星露が項垂れる。置いた張本人、雪ノ下陽乃はそれを気にせず別の書類に取り掛かる。

 

「ほら、口の前に手を動かす。夏休みだからって、鍛錬しすぎたせいで書類を溜めた自分が悪いんでしょ」

「それはそうなんじゃが……おかしい。いつもは此処まで溜まらぬのに。何故じゃ?」

「その答えは簡単。虎峰がいないからでしょ。夏休みで帰省中なの忘れたの?」

 

 陽乃の返答に手をポンと叩く。

 

「……おお! すっかり忘れておった。どうりで書類が溜まるわけじゃ」

「私が言えた義理じゃないけどさ。もう少し虎峰に優しくしてあげなよ。ただでさえ胃薬の世話になってるんだから、あの子」

「むぅ、確かに一理ある……って、ちょっと待て、陽乃! 儂に責任があるのは事実じゃが、虎峰に関してはおぬしに言われる筋合いはないぞ」

 

 陽乃の言い分には納得できない。星露が虎峰に負担を掛けてるのは事実だ。しかし歓楽街で暴れまわったり、女装させたりで虎峰に負担を掛けているのは陽乃も一緒だ。

 

「だから今手伝ってるじゃない。ほら、生徒会長の判断が必要な書類はこっち。サインだけでいい書類はそっちだから。ほら、頑張る頑張る」

「はぁぁ、仕方ないのう」

 

 二人は黙って手を動かす。

 現在、夏休みのため生徒会の主だったメンバーは殆どが帰省中である。残ったメンバーは少人数だが、それで書類の量が減るわけではない。

 

「暁彗がいないのも痛いわね。彼、今何処にいるんだっけ?」

「さぁのう。武者修行すると言って出ていったからな。国内にはいると思うが」

「あらら、それはまた運の悪い」

 

 現有戦力は星露と陽乃の二人しかいない。暫くはこれで凌ぐしかない。

 

「はぁ、八幡くんが無事なら手伝ってもらってもよかったんだけどな~何処かの誰かさんがやり過ぎたせいで、まだ寝込んじゃってるしな~」

「わ、儂とて反省おるのじゃぞ! しかしあの驚異の粘りを見てるとつい興が乗ってしまったのじゃ。仕方ないではないか!」

「ま、夏休みだし。気持ちは分かるけどね~」

 

 二人は話しながらも手は止まらない。八幡は今が成長期だ。打てば響くとばかりの反応に、やり過ぎてしまう気持ちは理解できなくもない。

 

 ――――そして二人が書類に没頭し一時間が過ぎた。

 

「……………あぁっ! もう飽きたのじゃ! これ以上はやらんぞ、儂は!」

 

 書類仕事に飽きたのか星露が叫びだす。直ぐにでも部屋から飛びしそうな勢いだ。

 

「あらあら。ほら、もうすぐ終わるんだから最後までやりましょう」

「もう嫌じゃ! これだけやれば充分じゃろう!」

「……まあ、よくやった方か」

 

 書類の山を指さし星露は咆える。書類全体の約八割方が終了しているので、今日はこの辺で切り上げてもいいだろう。そう思っていると、ドアからノックの音が聞こえた。

 

「はーい、どうぞー」

「……誰じゃ、いったい」

 

 部屋に入るよう促す陽乃。不貞腐れる星露。

 そして入って来たのは――――

 

「ふゎぁ~、失礼しま~す」

 

 のんびりと欠伸をしながら入って来たのは八幡であった。

 

「おお、八幡!起きたのか!」

「あら、八幡くん。具合はどう?」

「……何とか。動くのに支障ありません。ただ、今日の鍛錬はもう勘弁してほしいですけど」

「だってさ、星露」

「……分かっておるわ」

 

 バツが悪そうに顔を背ける星露。それに苦笑しながら、陽乃は壁にある時計を確認する。時刻の針は13時を指していた。

 

「うーん。まだ時間はあるか。二人とも、ちょっといい?」

「……何ですか?」

「どうした、陽乃?」

 

 二人が陽乃を見る。陽乃はニコリと笑いながら二人に言った。

 

「せっかくだからさ。三人でお出掛けしない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 星導館の生徒会長室で書類整理をしているクローディア・エンフィールド。冷房の効いた涼しい部屋で作業していた彼女のもとに、突如部屋の入り口からノックの音が聞こえてきた。

 

「はい。どうぞ」

「失礼します、会長」

「あら、夜吹くん。どうかしましたか?」

 

 部屋に入って来たのは夜吹英士郎であった。

 

「いつもの定例報告ですよ。今時間大丈夫ですか?」

「――――そうですね。大丈夫ですよ」

 

 夜吹英士郎。星導館中等部三年で新聞部所属の彼だが、裏では別の顔を持っている。

 銀河の諜報工作機関《影星》の一員でもある彼は、クローディアと結びつきが強く、定期的に情報を報告しているのだ。

 

「では、報告をお願いします」

「分かりました」

 

 英士郎は報告を始める。星導館の情報。他学園の情報。そしてアスタリスクの情報等。多岐にわたる情報をまとめ独自の判断で報告していく。

 

「アルルカントが? それは本当ですか?」

「ええ。連中、数日前から大騒ぎですよ。正確な情報までは分かりませんが、相当殺気立ってますね、アレは」

「そうですか……どの勢力が騒動の中心かは分かりませんか?」

 

 アルルカント内部で大規模な抗争の兆しあり。英士郎からの報告で一番気になったのはそれであった。

 クローディアの質問に英士郎は首を横に振る。

 

「すみません、そこまでは調べきれませんでした。正直すべての勢力が怪しく見えます」

「……分かりました。また詳しいことが分かりましたら報告してください」

「了解です」

 

 そこで両者とも一息つく。

 

「しかし会長。夏休みだってのにそんなに仕事してるんですか?」

「ふふ、生徒会長はそれなりに忙しいんですよ」

 

 英士郎は目の前の机にある書類の山を見てげんなりとする。

 

「大変ですね~ちゃんと休みとってます?」

「あらあら、私の心配ですか。珍しい。でも大丈夫ですよ。こう見えてキチンとお休みをいただいてますから」

「そうですか。ならいいですけど」

「夜吹くんの方はどうです? 夏休み中に何処かに出かけたりはしたんですか?」

 

 クローディアの質問に英士郎は肩を落とす。

 

「……残念ながら何処にも。本業と新聞部で大忙しです。これが終わったら、また新聞部の方に顔出しですよ」

「あら、そちらも忙しいですね。夏バテしない程度に頑張ってください」

「大丈夫っすよ。メリハリをつけるのは得意ですから」

 

 夜吹は得意げに言う。そして彼は他に報告事項がないか考え―――信憑性がない情報を一つ思いだした。

 

「あ、そういえば会長。一つ気になった情報がありました」

「あら、どんな内容ですか?」

「裏取りを済ませてない情報なんで、ホントかどうか分かりませんが――――」

 

 リラックスした状態で報告を聞くクローディア。

 しかしそれは、続く夜吹の言葉で変貌することになった。

 

「――――刀藤流宗家のご息女が界龍に入学するって話。会長はご存じですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~なんで俺こんなとこにいるんだ……よりにもよってこんなリア充の巣窟の場所に」

 

 八幡は一人黄昏る。周りから感じ取れる陽キャの雰囲気に、拒絶反応が出そうになる。

 何故ここにいるのか? その原因は陽乃の提案が原因だった。

 

 ――――せっかくだからさ。三人でお出掛けしない? 

 

 陽乃の提案は三人で出かけることだった。しかし八幡は反対した。

 なぜこのクソ暑いのに出かけらなければいけない。折角の休みは冷房の効いた部屋でのんびりするに限る。

 

 しかし八幡の意見が通ることはなかった。それは陽乃の意見に対し投票が行われたからだ。結果は二対一で賛成派が勝利。八幡は民主主義という数の暴力に屈した。

 

 そして三人で来た場所が――――アルゴルドームの室内プールである。

 

 八幡は着替えが先に終わったのでプール際で一人待っていた。他の二人はまだこない。女性の着替えには時間が掛かるのだろう。

 

「………しかし本当に人が少ないな。陽乃さんの言った通りか」

 

 休みのプールは、通常時なら人がいっぱいで碌に泳げもしない。しかしアスタリスクでは少々事情が違う。夏休み中は大半の学生が帰郷の途に着くため、学生自体が少なくなっているのだ。

 

 その証拠にこのプール場にも人はまばらだ。むしろ観光客の方が多そうに見える。

 

「――――お待たせ~~」

「――――待たせたの、八幡」

 

 どうやら二人が来たようだ。八幡は声の方見て――――言葉をなくした。

 

「ふむ、水着というのは中々に動きやすいのう。しかしこれは少し可愛らしすぎではないか?」

「そんなことないって。似合ってるよ、星露」

 

 星露と陽乃、二人が水着姿で現れた。

 星露の水着は水色を基調としたワンピースだ。そして単調な水色だけではなく、複数の色の模様が散りばめられており、彼女の可愛らしさをアピールしている。

 

 そして陽乃の方はというと――――色々と凄かった。

 彼女は黒のビキニを身に着けていた。しかしそのシンプルな水着は、彼女の魅力をこれほどと言わんばかりに引き出していた。しかも陽乃のスタイルはモデル並みだ。彼女の美貌とスタイル。その両者が合わさった結果、その場いる人を悉く魅了していた。

 

 八幡はその姿を見て――――すぐさま目を背けた。頬が熱くなるのを抑えきれない。

 そうして悶えている八幡の様子に陽乃は気付く。

 

「あらら~どうしたのかな~八幡くんは」

「い、いえ。な、なんでもないでしゅ」

 

 陽乃が八幡の顔を覗き込んでくる。すると自然に彼女の水着が目に入り、さらにそっぽを向く。それが面白かったのか、陽乃は向きを変えて何度も覗き込んでくる。

 

「何じゃ照れておるのか、八幡は。ほれほれ、儂の水着はどうじゃ?」

「――――うん。いいと思うぞ」

「うーむ、褒めれるのはいいのじゃが、陽乃とは随分反応が違うのう」

 

 八幡の反応に星露な納得がいかない。

 

「まあ、それはその」

「そりゃ、そのペタンコじゃ無理もないでしょ」

「なるほど! それもそうじゃな」

 

 カラカラと星露は笑った。すると陽乃が八幡の両頬を手で押さえ顔を覗き込んでくる。二つの大きな塊が目に入るがこれ以上は逃げられない。

 

「それで、お姉さんの水着の感想がまだなんだけど。どうなのかな?」

「その、ですね。ま、まずは離れてください! それから答えますから!」

「だ~め。このままの状態で答えなさい」

 

 頬が熱い。陽乃の顔と、水着と、二つの大きな塊。その全てが視界に入り頭がクラクラする。

 

「………あ、あの、その………と、とても」

「とても?」

「………お、お似合いかと思います」

 

 それはとても陳腐でありふれた答えだった。しかし陽乃の反応は顕著だった。満開に咲く花のような笑顔を浮かべ彼女は言った。

 

「――――うふふ、ありがとね。八幡くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~気持ちいい………プールなんて久しぶりだな」

 

 プールで仰向けになりながら浮かぶ。最初は反対したが、まあ来てよかったと思えなくもない。

 そんな八幡に星露が近付いてきた――――何故かビート板を装備して。

 

「おお、八幡。此処におったか」

「……何故にビート板?」

 

 それがまず頭に浮かんだ。

 

「泳げるとは伝えたのじゃがな。監視員に危ないからと渡されたわ。まあ、この身長では仕方あるまい」

「そ、そうか」

 

 その監視員も仕事とはいえ、万有天羅にビート板を渡したとは思うまい。

 

「しかし、プールとは中々に趣があるものじゃな。初めて訪れたが悪くはない」

「来たことないのか。一回も?」

「ないな。昔はそのような施設はなかったからな。泳ぐなら川か湖、もしくは海しかない。それにこのような施設では思いっきり泳げぬでな。性に合わん」

「な、なるほど」

 

 言われてみれば納得する。彼女なら泳ぐと決めたら全力で泳ぐに違いない。ふと様子を見れば、ビート板に両手をのせ上手くその場に浮かんでいる。笑みを浮かべている所を見るに、それなりに楽しんでいるようだ。

 

「そういえば陽乃さんを見ないが何処に行ったんだ?」

「陽乃かえ? アヤツならあそこにおるぞ」

 

 星露はとある方向を指さす。そちらを見てみると――――元気に泳いでる陽乃が見えた。

 

「……楽しんでるな」

「楽しんでおるの。まあよいことじゃ」

 

 星露が柔らかな笑みを浮かべる。

 

「アレも昔に比べれば随分丸くなったものよ。張り詰めたころに比べれば、よい表情をするようになった」

「昔の陽乃さんか……初めて会った時は思ったぞ。凄い仮面だってな」

「ふっ、懐かしいものよ。あの若さでアレだけの仮面は中々に拝めたものではないからの。驚くのも仕方あるまい」

「……他にもいたのか」

 

 あの仮面クラスの持ち主が他にもいるのか、少し気になった。

 

「それはもうたんまりとな。上流階級には少なからずおるぞ。この島国もそうじゃが、昔の西の大陸なぞ酷いものじゃったぞ。あれらに比べれば陽乃なぞ赤子に等しい」

「………絶対に会いたくねぇ。陽乃さん以上が複数だなんて、考えただけでも恐ろしい」

「ほほほ、正しい判断じゃな」

 

 昔を懐かしむように星露は笑う。すると星露は右手の人差し指を一本掲げる。

 

「ちなみにじゃが、このアスタリスクにも一人おるぞ。若くして陽乃クラスの仮面の持ち主が」

「よし、教えろ。絶対にソイツには会わない。絶対にだ」

「星導館の生徒会長であるクローディア・エンフィールドよ。アレも中々の仮面の持ち主じゃぞ」

 

 その名には聞き覚えがある。

 

「千見の盟主か。パン=ドラの使い手の」

「そうじゃ。アレを好んで使うなぞ相当の変わり者。そして並外れた精神力の持ち主よ」

 

 感心したように星露は言う。

 

「代償、か?」

「そうじゃ。詳しく知りたいか?」

「酷いってことだけは分かる。それだけで充分だ」

「そうか。ならよい」

 

 星露は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、あの二人の調子はどうだ?」

 

 八幡は星露へと問いかける。それは星露に修行を頼んだ二人の少女のことだ。

 

「ふむ、あの二人か。まあ、可もなく不可もなく。といった所じゃな」

「……そうか」

「星辰力も並みじゃし、闘うことに関しての才も優れておらん――――じゃが」

 

 星露はニヤリと笑う。

 

「それでも根性だけは一人前じゃ。己の立場を理解し、学ぶことの意欲は儂の弟子たちにも劣らん。アレはひょっとしたら化けるやもしれんな」

「……思ったより気に入ってるんだな。正直無理に頼んだから、途中で飽きられる可能性も考えたんだが」

「ふむ、儂も最初はそう考えておった」

 

 二人との初邂逅が星露の脳裏に浮かぶ。

 

 自己紹介も早々に稽古を付けた。弱かった。論外だった。万有天羅の弟子になるには最低限の実力が必要で、二人はそれすらクリアしていない。しかしそれを除いても実力不足だった。

 

 そう考えると興が失せた。いくら八幡の頼みとはいえ、これでは問題外だ。だから少々きつい稽古を施した。立ち上がるたびに何度も打ち倒し、心を折りにいった。そうすれば直ぐにでも絶望し、諦めるだろうと踏んだ。

 

 しかし双子は諦めなかった。何度倒れても立ちあがり、その目の輝きだけは失われなかった。

 

 ――――解せぬな。何故そこまで立ち上がる。ぬしらの才は戦いのものではない。もっと別のものじゃろう。

 

 星露には理解できなかった。双子の才は戦いに向かず、本人たちもそれを理解しているはずだ。

 

 ――――ぬしらは弱い。戦いに関しては、そこらに落ちてる石となんら変わらん。努力しても玉には決して届かず、その時間は徒労に終わるじゃろう。何故そこまで抗う? 

 

 その問いに、簡単ですよと双子の姉は言った。

 

 ――――ただの石? だから何ですか。ただの石なら磨けばいい。磨き、研磨し、加工する。そうすれば少しは見栄えもよくなるでしょう。

 

 その言葉は星露の心理の意表を付く。そして双子の妹は言った。

 

 ――――私たちが弱いことは理解しています。アナタの貴重な時間を無駄に割くことに心苦しさも感じます。ですが――――

 

 そして二人は同時に叫んだ。

 

 ――――私たちは諦めない……助けてもらったあの人たちの為にも! 諦めるわけにはいかないんです!! 

 

 二人の魂の叫びは―――星露の心に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの二人に天性の才はない。それは確かじゃ。しかし別の才はあった。努力と言う名の才がな……儂としたことが見誤ったよ」

「あの二人が、か。そこまで根性があるとは思わなかった」

「儂としても自身の考えを改めさせられた。一見、才がなくともそれが全てではない、か………ふむ、機会があれば才なきものを鍛えるのも悪くないかもしれぬな」

 

 話を終えると、星露はとある方角に目を向ける。八幡もそちらに視線を送ると、こちらに泳いでくる人物がいた。その人物は近くまで来ると、泳ぐのを止め立ち上がる。雪ノ下陽乃だった。

 

「あら、二人とも。泳がないの?」

「あー俺は浮かんでるだけで充分です。泳ぐと疲れるので」

「ふむ、そうじゃな。せっかくじゃから、儂も少しばかり泳ぐとするか」

 

 どうやら星露は泳ぐようだ。

 

「そう。私は一先ず満足するまで泳いだし、何か買ってこようかな。二人とも何か飲む?」

「なら俺も付き合いますよ。星露は何がいい?」

「そうじゃな……烏龍茶と適当に摘まむものを頼む」

「分かった」

 

 八幡と陽乃は岸へと向かいプールから上がる。

 すると―――

 

「―――八幡!」

「おっと」

 

 星露からビート板を投げつけられ、それをキャッチした。

 

「それは返しておいてくれ。もういらぬ」

「おいおい、本気で泳ぐなよ。周辺に被害が出るぞ」

「分かっておるわ」

 

 そう言うと、星露はゆっくりと泳ぎ始めた。

 

「じゃあ、行きましょっか」

「―――はい」

 

 二人は売店へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。何がいいかしら」

「MAXコーヒーは……ないですか」

「さすがに此処にはないわよ」

「むぅ………」

 

 ブレない八幡に陽乃は苦笑する。

 

「じゃあアイスコーヒーで。あ、砂糖とミルクに練乳多めでください」

「は、はい」

 

 代替品を頼んだら何故か店員が驚愕の表情をする。そして注文が終わり、少しして商品を受け取った。

 

「さて、買う物買ったしそろそろ戻ろっか」

「そうですね。戻ったらアイツを呼んで一緒に――――」

 

「キャアァァァァッ!!」

 

 唐突にプールの方から巨大な叫び声と水しぶきの音が聞こえてきた。どうやら何かトラブルのようだ。そして二人の脳裏には、ある人物が浮かび上がっていた。

 

「どう思いますか、陽乃さん?」

「……十中八九、間違いないと思うわよ」

「…………ですよね」

 

 二人は急いで戻ることにした。商品を持ち、早足でプールへと戻る。

 そして戻った二人が見た光景は――――

 

「もう許しませんの! このクソ餓鬼! こうなったら決闘ですの!!」

「ほう、よいぞ。受けてたとうではないか」

 

 范星露が見知らぬ少女に決闘を申し込まれていた。状況確認の為、二人は星露へと近付く。

 

「おい! どうしたんだ、し「おお! 八幡ではないか!」

 

 言葉が途中で遮られる。星露を見れば右の人差し指を伸ばし、口元に当てていた。どうやら名前を呼んでほしくないようだ。

 

「大したことではない。決闘を申し込まれたのでな。それを受けたまでよ」

 

 それは聞いたので知っている。知りたいのはそれに至った理由だ。星露に決闘を申し込んだ少女を確認する。

 

 白いリボンを両サイドに付けた、金髪ツインテールの少女。年齢は同じぐらいだろうか? 露出の多い水着を纏い、直視するのは目の毒だ。そして胸元には冀望の象徴たる名もなき女神「偶像」の校章。どうやらクインヴェール女学園の生徒のようだ。

 

「うーん。とりあえず状況を確認したいんだけど、なんで決闘騒ぎになってるの?」

 

 陽乃が当事者の二人に尋ねる。するとクインヴェールの少女が陽乃に対して睨み付けてくる。

 

「それはですの! このクソ餓鬼がわたくしを侮辱しやがったからですの!」

「なんじゃ。おぬしをプールマットから落としたことは、既に謝罪をしたではないか? まったく心が狭い輩よ」

「そ・こ・で・は・ありませんの! アナタ、先程わたくしに何を言ったか覚えてやがりませんの?」

「何ぞ余計なことを言ったかのう?」

 

 星露に心当たりはないようだ。しかしそれが余計に少女の心に怒りの炎を灯らせる。

 

「覚えてないんですの!? だったら思い出させてやがりますの! わたくしはクインヴェール女学園中等部、序列60位。崩弾の魔女の二つ名を持つ、ヴァイオレット・ワインバーグその人ですの!!」

「うむ、それは先程も聞いたのう」

 

 ヴァイオレットは己の名を大きな声で告げる。しかし星露の対応はそっけない。

 

「そのわたくしにアナタは言いましたの! 才能溢れるこのわたくしが冒頭の十二人になれないと。忘れたとは言わせませんの!」

「おお! 確かに言ったの。それに何ぞ問題があったかえ?」

 

 星露は不思議そうにヴァイオレットに尋ねる。

 

「問題しかありませんの! なんで界龍のクソ餓鬼にその様な事を断言されなければなりませんの!」

「ふむ、ごく当たり前の普通の意見を言ったつもりじゃったが。少なくとも今のままでは無理じゃな」

「まだ言いやがりますの、このクソ餓鬼!」

 

 星露の言い分にヴァイオレットは憤る。それを聞いた八幡と陽乃は互いに小声で喋る。

 

「陽乃さん。彼女、星露のこと気付いてないですよね?」

「そうね。気付いてたらあの反応はないでしょうね」

「なんで気付かないんでしょうか?」

「怒り心頭だからじゃない? 他に原因があるとすれば、万有天羅がこんな所で遊んでるだなんて普通は考え付かない、かな」

「……確かに」

 

 その理由に納得した。

 

「しかしいいんですかね、このままで?」

「う~~ん。いいんじゃないかな。バレたときの反応も面白そうだし。それに何より――――」

 

 雪ノ下陽乃はニヤリと笑った。

 

「――――自業自得でしょ」

「ま、そうですね」

 

 喧嘩を売られたのではなく、自ら万有天羅に喧嘩を売ったのだ。正に自業自得としかいいようがない。それに星露も楽しそうだし問題はないだろう。

 

「さあ、決闘ですの!!」

 

 ヴァイオレットは高らかに宣言した。これから自身に災難が降りかかるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プール中央にある浮島に、星露とヴァイオレットが移動する。決闘が開始することを知らされ、他の客は全員プールサイドに移動している。勿論、八幡と陽乃もだ。

 

「さぁて! 覚悟はいいですの! 小学生とはいえ、わたくしは手加減いたしませんの! 謝るなら今の内ですの!」

「何故に謝る必要がある? とっとと始めようではないか」

「い、いい度胸ですの! メタメタにしてやりますの!」

 

 そしてヴァイオレットが決闘前の宣言を開始する。

 

「冀望の象徴たる偶像の名の下に、わたしヴァイオレット・ワインバーグは汝――――」

 

 途中で宣言が止まった。ヴァイオレットに頬に一筋の汗が流れる。

 

「そ、そういえばアナタの名前を聞いておりませんでしたの。何てお名前ですの?」

「――――范星露じゃ」

「そ、そうですか。コホン!」

 

 自らの失態を誤魔化すようにせき込む。しかし対戦相手の名前を聞いても尚、彼女は自らの失態に気付かなかった。

 

「さて、気を取り直して。汝! ふぁんしんるーに決闘を申請しますの――――って、あれ?」

「その決闘。受諾するぞ」

 

 両者の校章が光る。そしてヴァイオレットは何か違和感に気付く。

 

「………ふぁんしんるー? ふぁん、しんるー? ……何処かで聞いた名前ですの? ………!? っま、まさか! 范星露ぅ!?」

「その通りじゃ。儂の名前は范星露じゃよ」

「え! え!? えぇぇ!? じぇ、界龍序列一位のば、ばばば、ば、万有天羅ですのぉぉぉ!!!」

「うむ。そうじゃな。さて、決闘の開始じゃ」

 

 ニヤリと笑い星露は告げる。

 

「――――お互いに楽しもうではないか。期待しておるぞ」

 

 ヴァイオレットはその笑みに死神を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しんでるわね~」

「楽しんでますね~」

 

 八幡と陽乃はのんびりと飲み物を飲みながら決闘を見学している。周りの観客も、決闘する一人が万有天羅と分かり、大盛り上がりだ。

 

 星露は実に楽しそうだ。プールの上を縦横無尽に駆け巡り、相手の攻撃を躱し続けている。かなり手を抜いているのか、観客の目にも辛うじて視認できている。どうやら時間を掛けてとことん楽しむようだ。その動きを見て観客は歓声を上げ続けている。

 

 対してヴァイオレットに喜びなどない。崩弾の魔女の二つ名通り、自身の周囲に複数の砲弾を精製。そしてそれを放ち続けている。彼女の心は絶望に苛まれ、叫びながら決闘を続けていた。

 

「どうしてこんなことになりましたの~~!!」

「ハハハッ! もっと楽しませるのじゃ!」

「ええい! 当たれ! 当たれですのぉ!!」

「甘い! 甘い! その程度では当たらんぞ!」

「コナクソですのぉぉ!!」

 

 叫びながら能力を発射し続けるヴァイオレット。その反応が楽しいのか、星露も笑顔で回避し続ける。

 そして八幡は―――ヴァイオレットを見ているうちに、ある事に気付く。

 

「――――あ」

「―――どしたの、八幡くん?」

「あ、いえ。ちょっと……」

 

 思わず口篭もる。ヴァイオレットの戦闘スタイルが、ある人物に似ていることに気付いてしまったのだ。

 

「………小町の戦闘スタイルに少し似ている気がしたんです」

「……ああ、なるほど」

 

 久しぶりに口に出したその名に――――嫌悪感は感じなかった。

 陽乃もそれに気付き、自身の考察を口に出す。

 

「ヴァイオレットちゃんは砲弾を精製し、それを複数同時に発射する能力。確かに小町ちゃんと少し似てるね」

「アイツは能力者じゃありませんけどね。似てるのは遠距離から仕留めるって所だけ……何故か思い出しました」

「………そう」

 

 嘗ての妹。比企谷小町のことを語る八幡を陽乃は観察する。表情は穏やかに、しかし内心は真剣にだ。表情、口調、声の大きさ、それらをあの時の彼と比べ――――一先ず問題はないと結論付ける。

 

「そろそろ終わりそうですね」

「ええ。ヴァイオレットちゃんも頑張ったんじゃない」

「本人は泣いてますけどね」

 

 もはや泣き叫びながら、能力を発動し続けているヴァイオレット。完全にやけくその状態だ。

 

「星辰力の密度が足りん、砲弾の数が足りん、着弾の正確性も足りんぞ!」

「うるさいですのぉ! 喰らえ喰らえ喰らえですのぉ!」

「だから甘いと言ってるじゃろ。ほれ、返すぞ!」

「っ!? 能力を掴んで投げ返すなんて反則ですのぉぉ!!」

 

 自身の能力を投げ返され、それがヴァイオレットの身体に直撃した。そのままプールの上を水切りの石のようにバウンドし、そして水の中に沈んでいった。

 

 ――――それが決着だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~楽しかったの~」

 

 満足しながら帰途の路を歩く星露。その表情は笑顔でいっぱいで、一目で機嫌がいいと分かる。

 

「しかし儂に決闘を挑むものがおるとは。うむうむ、実に愉快!」

「いや、わざと名前を教えないで決闘に持ち込んだだろう」

 

 八幡は思わず突っ込んだ。名前を言われたくなかった理由はそれしかない。最後の方は見てるだけで気の毒に思えた。彼女に何らかのトラウマが生まれてもおかしくない。

 

「なんのことかえ? 儂はただ申し込まれた決闘を受けた。ただそれだけじゃよ」

「まあ、その通りなんだがな」

 

 そもそも決闘を申し込んだのは相手からだ。それを言われたら返す言葉もないのも事実だ。

 八幡が考え込んでいると、今度は陽乃が星露に話しかける。

 

「ところで星露。ヴァイオレットちゃんってそんなに駄目だった? 結構面白い能力持ってたし、鍛えれば中々いい線いくと思うんだけど?」

「? なんのことじゃ?」

「いや、ほら。冒頭の十二人になれないってやつ」

「……ああ、そのことか。別に断言はしておらんぞ。今のままでは駄目とは言ったがの」

「ああ、なるほど」

 

 陽乃は納得した。

 

「星辰力、能力共にまだまだ未熟。伸びしろは残っておる故、クインヴェールの環境下でもある程度は成長するじゃろう。じゃが、冒頭の十二人になるにはまだ足りぬな」

「ふーん。じゃあ今後能力を鍛えて、弱点の接近戦を克服してもダメな感じ?」

「それも大事じゃが、本人の心意気が一番の問題じゃろう。アレは格上との戦闘経験が殆どない。それでは冒頭の十二人にはなれぬよ」

「そういうことね。それじゃあ無理かな」

 

 そして結論が出た。二人揃って恐ろしい観察眼だ。彼女の今後に幸あれと八幡は願った。

 

 気付けば時刻は夕方。界龍第七学園に向かって三人は歩いていく。

 そして帰途の途中、范星露がポツリと呟いた言葉を、聞いた人物はいなかった。

 

「――――しかし中々に興味深い。一芸に特化しておるという点も面白い相手じゃった。ふむ、少し真面目に考えてみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――どういうことですか?」

 

 夜も更け、深夜に差し掛かろうとする時間。

 クローディア・エンフィールドは暗闇の中、光り輝く空間ウィンドウを見て嘆きの声を上げる。普段の彼女の態度を知る人物がいたら、とても信じられない態度と声色だ。

 

「こんな事があるなんて――――流石に想定外です」

 

 何度もウィンドウに目を通し、そして確認する。しかし結果は変わらない。変わるわけがないのだ。

 

「―――刀藤綺凛さんが界龍に入学。まさか本当だったとは」

 

 自身の純星煌式武装《パン=ドラ》を睨み付ける。しかし何の反応もない。そしてクローディアは自身の心の苛立ちの感情を自覚する。

 

「落ち着きなさい、クローディア・エンフィールド。慌てても事態は解決しません」

 

 深呼吸をして落ち着きを取り戻す。感情的になってもいいことは一つもないのだ。

 

「まずは状況を整理です。今日の昼、夜吹くんから刀藤綺凛さんの情報を聞かされました。それが彼女の界龍への入学。そして緊急案件として夜吹くんに調査を依頼。そして今、結果が返ってきた……」

 

 その結果が――――刀藤綺凛の界龍第七学園入学確定の事実だ。

 

「ははっ、本当にどうしましょうか?」

 

 全身の力が抜け、思わず自身に問いかける。そんな無意味な行動を取るほどに、彼女の心は乱れ切っていた。

 

 ――――少女は自身の計画の破綻を自覚していた。

 

「……起こったことは仕方がありません。しかし問題なのは―――」

 

 クローディアはパン=ドラを持ち上げる。そして起動すると双剣が現れた。

 

「パン=ドラが見せる未来は絶対です。しかしコレが故意なのか、そうでないのか。それが問題です」

 

 パン=ドラは保有者に数秒先の未来を見せる。しかしその代償は厳しい。その代償は、夢という形で未来に起こり得る数多の死を体験させられる。しかも眠りに付けば必ず発動し、逃れる術はない。

 

 その代償故にパン=ドラの保有者は数が少ない。そして過去の保有者で無事な者は一人としていない。全員精神が病むか、崩壊してしまっているからだ。クローディアが無事な時点で、彼女の精神力の強さが伺える。

 

「今まで見た未来で、刀藤さんの界龍入学はなかった。数多の未来を見てきましたがそれが事実、でした」

 

 クローディアはパン=ドラの代償を逆手に取った。悪夢という形で未来の死を垣間見る。しかし数多の未来を見れば、その中で確定した未来がいくつか存在することに気付いたのだ。

 

 ――――その中の一つが刀藤綺凛の星導館入学だった。

 

 来年の春、刀藤綺凛は叔父を伴って星導館に入学する。そして一ヶ月以内に、序列一位を獲得。それが確定した未来―――のはずだった。

 

「この子は本当に意地悪ですね。これが故意なら許せませんよ」

 

 純星煌式武装は意志を持つ。それはある程度知られた事実だ。そしてクローディアは、パン=ドラの意志は意地悪で捻くれ者。そう思っている。

 何しろ毎夜、数多の死を見せてくる純星煌式武装だ。それも数多の人物、数多の方法で殺しに来るのだから、そう思っても仕方がないだろう。

 

 そしてこのパン=ドラは、クローディアが希望を持つこと嫌っていると考えられる。それは自身の親しい人ほど悪夢の出現率が高いからだ。そんな手段を用いて、クローディアの心を折りにくる。今回もその手段の一つだろう。

 

 ――――パン=ドラはこの未来を知っていた。しかし態と私にその未来を見せなかった。その可能性が高いですね。

 

 故意ならばいつもの事。しかしそうでないならパン=ドラ以上の力が働いていることになる。流石にそれはありえない。

 

「はぁぁぁぁーー。ふぅぅぅぅー」

 

 クローディアは大きく深呼吸をする。そして身体を動かそうとする。しかし全身の力が入らない。希望は薄れ、そして絶望の心に押しつぶされそうになる。

 

 ――――しかしクローディアは諦めない。彼女には大切な夢があるから。

 

 パン=ドラの柄に無理やり力を入れる。そしてパン=ドラを睨み付けて宣言する。

 

「この程度で諦めると思いましたか? 残念ですね。私は必ず自身の望みを叶えてみせます」

 

 彼女には夢がある。望みがある。小さい頃から願い続けた、たった一つの小さな願いが。それを叶えるためなら、それこそどんな手段でも用いる覚悟がある! 

 

 そう決断すれば後は早い。自身の思考を一度クリアにして冷静さを取り戻す。そして目的を再確認し、不足しているものを確認する。今の季節は夏。来年までまだ時間が残っているのは、不幸中の幸いだ。

 

「―――刀藤さんのことは諦めるしかありません。ならば代わりの人物の選定です。今日から徹夜続きですね……でも、私は諦めませんよ」

 

 クローディア・エンフィールド。

 

 ――――彼女の悲願への道は果てしなく遠い。

 




三人でお出掛け。
ヴァイオレット、万有天羅に喧嘩を売る。
クローディア、ハードモードを自覚する。

以上三点でお送りしました。

今回の話で夏休みは終了。次回からは二学期です。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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