学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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長らくお待たせして申し訳ありません。久方ぶりの更新です。


閑話 少女たちの過去。そして現代へ

 それは偶然だった。

 

「おい。ちょっといいか」

「何だ、急に。今忙しいんだが」

 

 いつもの様に実験を終えて部屋に戻る。その途中、通路の曲がり角の向こうにいる研究者の話を立ち聞きしたのは。

 

「……聞いたか? 次の研究予算大幅に削られるって話」

「え、まじで!今の研究結構上手くいってたのに、そんな話が出てるのかよ!」

「ああ。その連絡を受けて上司たちも大慌て。これから会議だってよ」

 

 自分には関係ない。そう思い、立ち聞きを止めて部屋に戻ろうとする。

 だが―――

 

「多分研究は縮小か廃棄。どちらかになるんじゃないか?」

 

 ―――動きが止まった。

 

「……じゃあNO.150と151はどうなるんだ?」

「さぁ、どうなるかな?フラウエンロープに引き取られるか……処分されるかのどっちかだろうな」

 

 身体が震える。処分。その単語の意味が分からないほど愚かではなかった。今まで同じような処置をされた同胞がいることを知識として知っていた。

 

「今の所どうなるかは未定だ。その辺りも含めて会議で議題に出るだろ」

「だろうな。あ~~俺たちの今後もお先真っ暗だな。次は何処に飛ばされるやら」

「そんなのは上の意向だ。俺たちが考えることじゃない」

「分かってるよ。ったく、どうしてこんな事になったんだ? 急すぎだろ。今まで特に問題なかったのによ」

 

 身体の震えは収まらない。だが思考は生きている。少しでも情報を集めるんだ。

 

「上司に少し聞いたが近くの研究所。あそこに今後は予算が回されるらしいぞ」

「近くってアレか。常人を後天的に星脈世代にする研究してる所か。あそこは何の成果も上がってなかったはずだろ?」

「……それが最近研究が成功したという噂があった。それが事実だったんだろうな」

 

 近くの研究所? 常人を後天的に星脈世代? 役に立つかは分からない。だが何でもいい。もっと情報が欲しい! 

 

「マジかよ!?……でも、ウチだって一応は成功しただろ」

「……上司が伝手を使って向こうのデータを確認したそうなんだが、彼方とでは性能面で比較にならないそうだ。それに急遽決まったってことは、上がそう判断したんだろ」

「あ~それを言われると確かに困るな。直接的な戦闘力はNO.150と151は通常の星脈世代と比べても普通だからな」

「だが、別の方面であれらの個体は有用だ。上司もその線で上を説得すると言っていた」

 

 少女は直感的に感じる。その説得は恐らく不可能だ。統合企業財体は有益な方を選ぶに決まっている。

 

「せめてどっちかだけでも引き取ってくれねぇかな。うちの最大の研究成果だろ。アイツらは」

「確かに。自分たちの研究成果がまとめて処分されるのも忍びない。せめて片方は生かしたいな」

「だな。しかしこれから会議か。出席メンバーは?」

「主だったメンバーは全員出席だ。30分後に第一会議室だそうだ。遅れるなよ」

「ああ。分かった」

 

 話が終わり二人が別れる。それを聞き耳していた少女もまた、部屋へと足を進める。

 

「処分。このまま此処にいては……」

 

 己の半身を思い出す。大事な大事なたった一人の家族。自身はどうなってもいいが、彼女が死ぬのだけは看過できない。

 

 ―――考えろ。考えろ。生き残るにはどうすればいい。このままでは二人とも処分される! 

 

「……どうしたの、姉さま?」

「っ!?」

 

 いつの間にか部屋の前まで来ていた。そして目の前には己の半身がいる。どうやら部屋の前で待っていてくれたようだ。

 

「実験終わった?」

「ええ、終わったわ。どうしたの? 態々部屋の前で待ってるだなんて」

「……寂しかった」

 

 そう言うとこちらに抱き着いてくる。この子は寂しがり屋なので、こんな事はしょっちゅうだ。こちらを抱きしめながら見上げてくる。

 

「……何かあった?」

「……どうしてそう思うの?」

「何かいつもと違う。そんな気がする」

「…………」

 

 こちらの異変にも気付かれた。己の半身は長年一緒にいるせいか、こちらの変化にも目敏い。だが丁度いい。今から話すことは二人にとって重要な問題だ。とことん話す必要がある。

 

「大事な話があるわ。とりあえず部屋に入りましょう」

「……分かった」

 

 こちらの真剣さが伝わったのか、妹は素直に頷く。そして部屋の扉を開け一緒に部屋に入る。己の半身を見ながら少女は決意する。

 

 ―――残された時間は少ない。でも諦めない。絶対に生き残ってみせます! 

 

 そして数日後―――偶然の事故を利用し二人は研究所を脱出した。

 

 

 

 

 

 

「わーい。わーい。それっ!」

「うわっ! つめたぁーい!」

「やったなー! えいっ!」

「…………えいっ」

 

 孤児院の子供たちが雪合戦をして遊んでいる。それを部屋の中から少しだけ眺め、そして自身の手の動きを加速させた。そんな彼女の元に一人の人物が近づいてきた。ここ最近では嫌でも目に付く女。この国の第一王女であるユリスであった。

 

「一緒に遊ばないのか、グリューエル?」

「雪玉をぶつけるだけの行為に、意味があるとは思えません」

 

 グリューエルに話しかけるユリス。だが返ってきた素っ気ない対応に彼女は苦笑する。

 

「グリュンヒルデは子供たちと一緒に遊んでいるぞ。姉のお前も一緒に遊んであげたらどうだ?」

「お断りします。身体を動かすのは嫌いですから」

 

 ユリスの誘いを一刀両断する。そんな事をする暇があるなら別のことをする方がよほど意義がある。

 

 ―――自分たちには何もかもが足りない。情報も、力も、資金も。ありとあらゆるものが足りない! 

 

 グリューエルは空間ウィンドウを操作しながら思いを馳せる。ネットを駆使し、ハッキングで得られた情報をもとに株などで資金を多少調達できた。だが二人で生きていくにはまだまだ不足だ。

 

 現状出来ることと言えば、自身の生活環境の向上として孤児院に多少の金銭を援助することぐらいだ。その為にカモフラージュとして全部の孤児院に援助をしている。統合企業財体は孤児院の現状など気にしないが、特定の孤児院だけ援助すれば怪しまれるかもしれない。だが全部の孤児院を対象にすれば、金持ちの気まぐれだろうと思われる確率は高い。

 

 ユリスのことなど気にせず、空間ウィンドウを忙しなく動かす。そして暫く時が過ぎ、本日の作業を終える。軽く溜息をつき全ウィンドウを閉じる。

 

 そして隣をチラリと見ると―――ユリスがグリューエルを見つめていた。

 

「うん? 終わったか。これを飲むといい」

「…………どうも」

 

 ユリスからカップを渡されて、とりあえず受け取る。カップには紅茶が入っており、時間の経過で多少冷めてしまっている。だが作業の疲れからか身体は水分を欲している。その欲求に赴くまま紅茶を飲み干した。

 

「どうだ、味の方は? 今日のは上手く入れられたと思うんだが」

「……まあ、悪くはありません」

「そうか。よかった」

 

 ユリスが隣で微笑む。そんな彼女を見てグリューエルは苦悩する。初めてユリスと会ってから約二週間。彼女の強引さにグリューエルは手を焼いていた。

 

 どれだけ拒否しても、どれだけ拒絶しても、彼女はまったく気にせず、そして諦めることを知らない。それは彼女の起こした行動が証明していた。

 

 初めてユリスと会って三日後。突如、孤児院長から孤児院を移動するように言われた。それ自体は問題ないのだが、案内人として寄こされたのがユリスだった。

 

 ―――グリューエルはユリスの姿を見た瞬間から嫌な予感が止まらなかった。

 

 ユリスが最初にしたことは二人の名前を決めることだった。姉妹に名前がなかったのを余程気にしていたのか、再会してすぐに二人に幾つかの名前の候補を提案してきた。名前などなくても問題なかったのだが、ユリスのしつこさに観念して名前を決めた。

 

 そして二人の名前はグリューエルとグリュンヒルデと決まった。

 

 そしてその後もユリスは二人の世話を焼き続けた。何しろ二人は研究所で生まれ育った存在。一般世界の常識などないに等しい。ユリスは二日おきには来訪し、姉妹にもよく絡んでいた。そんなユリスを妹であるグリュンヒルデは邪険に出来なかったのであろう。徐々にではあるが、妹はユリスに懐きつつあった。

 

 だがグリューエルは違う。

 

「…………一つだけ聞いてもいいですか?」

「うん? なんだ?」

 

 ユリスの態度にグリューエルは苛ついていた。

 

「……アナタは何を考えているんですか?」

「ど、どうした。いきなり?」

 

 グリューエルはユリスを睨みつける。問われたユリスは質問の意図が分からず困惑し、そして気付く。人形のように無表情だったグリューエルに怒りの表情が見えたからだ。

 

「アナタの考えが分からない。アナタの行動の意味が分からない。アナタは私に、妹に、何を求めているんですか?」

「グリューエル? いったい何を?」

「いくら考えても分からない……分からないんですよ! 私もあの子も失敗作。所詮は廃棄されるはずだった存在。そんな私たちをアナタは引き取ると言った……何が目的ですか!」

 

 グリューエルは叫ぶ。ユリスの考えが理解できないから。価値がない自分たちを引き取る意味が、理由が。その目的が全く見えてこなかったからだ。

 

 ―――ユリスの善意は着実にグリューエルを追い詰めていた。

 

「……私の目的は最初に言ったとおり。お前たちを王宮に引き取りたい。それだけだ」

「それを素直に信じろと? そんなことをしてアナタに何の得があるんですか?」

「私はお前たちを家族だと思っている。家族が一緒にいるのは当たり前だ。そこに損得なんてものはない」

 

 ユリスは断言する。だがグリューエルにその言葉は届かない。その原因は彼女の生まれにある。

 研究所育ちの彼女は常に個体としての優秀さが求められてきた。結果が悪ければ叱責され、その度に扱いは悪くなっていく。それが彼女が生まれてからの日常であり、彼女にとっての常識であった。

 

 ―――故に、無償の優しさを与えてくるユリスという存在を彼女は理解できなかった。

 

「私たちが家族!? 私にとっての家族は妹ただ一人だけ! アナタはそこには含まれません!」

「…………グリューエル」

 

 グリューエルは叫ぶ。自身の理解に及ばない存在を否定するように。その表情は怒りを多大に含んでいるが、何処か苦しんでいるようにユリスには見えた。

 

 その様子を見たユリスはこれ以上の話し合いは不可能と判断し、一先ず諦め立ち上がった。

 

「すまない。今日の所は帰らせてもらう」

「………………」

 

 返事は返ってこない。だがそれを気にせずユリスは言葉を続ける。

 

「また来させてもらうぞ」

「……………………もう来ないでください」

 

 グリューエルはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さま。大丈夫?」

「……大丈夫よ」

 

 ユリスが去ってから一時間後。遊びを終えて部屋に戻ってきたグリュンヒルデは姉の様子がおかしいことに気付く。自身が弱ってることはグリューエルも自覚していた。

 

「ヒルデ。今日は楽しかった?」

「……うん。雪は冷たかったけど……皆と一緒に遊んで楽しかった」

「そう。良かったわね」

 

 妹の返事にグリューエルは素直に嬉しく思う。この孤児院で過ごしていく中、妹も少しだけ笑みを浮かべるようになってきた。それはとてもいい傾向だと思える。

 

 だが―――あの女が来るのが気に入らない。

 

「あの……姉さま」

「うん? どうしたの、ヒルデ?」

 

 どうやら何か言いたいことがあるようだ。グリューエルは妹の顔を見つめる。

 

「…………姉さまに聞きたいことがある」

「なに? 何でも言ってみなさい」

「………………その、ユリス、さまのことを」

 

 心が凍る。妹からあの女の話題なんて聞きたくなかった。

 

「―――あの人が何?」

「姉さまは……ユリスさまの事が……嫌い?」

「ええ、嫌いよ」

 

 間髪入れずに答える。口調は自然ときつく固いものとなる。

 

「……どうして? ユリスさまはとても優しい。孤児院の皆にも慕われてるよ。それなのにどうして?」

「そうね。一国の姫なのに孤児院まで足を運び、孤児たちの面倒を見ている。国民からの人気も高く、庶民にもとても慕われている。それは認めるわ」

「なら、何故?」

 

 グリュンヒルデの疑問も当然であろう。彼女の行動を見ていれば嫌う方が難しい。

 だがグリューエルは彼女を嫌っている。理由はとてもシンプルだ。

 

「―――あの人が私たちの家族と。そう言ったからよ」

 

 グリューエルは妹を見据え、そう断言した。

 

 今まで二人で一緒に過ごしてきた。毎日の実験だらけの辛い日々を耐え、励まし合い、互いが互いのことだけを考え生きてきたのだ。研究所を脱出したこれからもそれは変わらない。孤児という立場でも、姉妹二人でいれば何の問題もない。そう思っていたのだ。

 

 ―――なのにあの人はその領域に土足で踏み込んできた。血が繋がってるだけの輩が、私たちの家族などと戯言を言ったのだ……許せるわけがない! 

 

 グリューエルにとっては初めて経験だった。心の奥底から湧き上がってくる負の感情に。ユリスが話しかけてくる度にその感情を抑えこみ、表に出さないようにしてきた。だが、妹が彼女に懐いていく姿を見ていくにつれ、段々と抑えが効かなくなっていった。

 

 ―――その感情の名が嫉妬だということを、彼女はまだ知らない。

 

「―――私はいいと思う」

 

 グリュンヒルデは口を開く。

 

「私はユリスさまのこと嫌いじゃない。いい人だと思う。それに―――」

 

 一息付いて彼女は言う。

 

「―――姉さまもあの人の嫌いじゃないはず」

「…………何を言ってるの。私はあの人の事が嫌い「それは嘘」

 

 妹は姉の言葉を否定する。

 

「姉さまが私のことを知っているように。私だって姉さまの事を知っている。だから分かる」

「………………」

 

 その言葉にグリューエルは思わず押し黙る。

 

「姉さまも本心ではユリスさまのことを嫌っていない「黙って!!」

 

 グリューエルは叫ぶ。

 

「違う! 違う違う違う!! 私はあの人が嫌い! 大っ嫌いよ!!」

「嘘を付いちゃ駄目。あの人の優しさが嬉しくて、あの人の思いが心地いい。私はそう感じてる。姉さまもそう感じてるはず」

「そんな訳ない!! 私は彼女をっ!!」

 

 言葉が途中で途切れてしまう。それは己の半身である妹の意見だからこそ、すべてを否定することが出来なかった。姉である自分は妹の事は何でも知っている―――そして逆もまた然りだ。

 

 こちらを見る妹の視線に耐え切れず、顔を背ける。思わず―――そうしてしまった。

 

「っ!!」

 

 一刻も早く此処を離れたい。突如そんな感情に心が支配され、グリューエルは孤児院から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、ひたすら走る。

 スピードが落ち、呼吸が乱れ、何処を走っているか分からない。それでも足を止めず走り続ける。しかしそれでも体力の限界は訪れる。身体が動かなくなりその場で足を止める。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! …………此処は?」

 

 周りを見渡す。すると辺りには生い茂る木々だけが見られた。

 

「森の中、ですか」

 

 どうやら此処は森の中。しかも森のかなり奥深くにいるようだ。顔を上げ空を見てみれば、雪はまだ降り続けている。しかし雪国であるリーゼルタニアでは日常の光景なので気にしてもしょうがない。

 

「何をやってるんですか、私は」

 

 口を開き項垂れる。妹の追及に耐え切れず逃げ出してしまった。あんな感情的で不合理な行動をしてしまうとは自分で考えたことがなかった。

 

「……戻りたくない」

 

 戻るのは簡単だ。しかし戻りたくない。今妹の顔を見るのは怖い。顔を見れば酷いことを言って―――妹を傷つけるかもしれない。

 

 近くにある木を背もたれにして座り込む。膝を折り曲げ、頭を膝の部分にのせて目を閉じる。

 今は何も考えたくなかった。

 

 自分のことも、妹のことも―――そしてあの人のことも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かを感じたような気がした。

 暖かく、心地よく、ずっと此処にいたい。そう思えるような何かを。

 

 まるで母の背におぶさっているかのように―――

 

 ―――何を馬鹿なことを。私に両親などいない。試験管で育った私にそんなものがいるはずがない。

 

 この状態が夢の中だと彼女は気付く。

 あるはずのない存在に、あるはずのない幻想。そんなものを求めても何の意味もない。それは自分が一番分かっていたことだ。

 

 ―――私の家族はあの子だけ。それ以外は必要ない。なのに……

 

 妹は否定した。あの人の傍が心地いいと。そして妹は言った。自分もその気持ちを持っているだろうと。

 

 ―――私は…………

 

 その答えを出す前に―――世界に光が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をやっているんですか、あなたは」

 

 目が覚めると同時にそんな言葉が口に出る。予想外の光景が目の前に広がっていた。

 

「気付いたか、グリューエル」

「…………ええ」

 

 気にくわない女。この国の第一王女 ユリスが自身を背負っていたのだ。

 

「随分と森深くまで来ていたな。お陰で探すのに苦労したぞ」

「そうですね……嫌なことがありましたから」

「……そうか」

 

 その理由は聞かずにユリスは歩き続ける。

 

「皆心配していたぞ。院長も、子供たちも……グリュンヒルデもだ」

「そう、ですか」

 

 その名を聞き腕に力が入ってしまう。彼女に連絡したのは妹だということに気付いたから。

 

「戻ったら皆にキチンと謝るんだ、いいな」

「――――――はい」

 

 そこだけは素直に返事をする。しかしその返事を聞くとユリスの顔がこちらを向いた。その顔を見れば何を考えているのか一目瞭然だ。

 

「何ですか。私が素直に謝るのはそんなにもおかしいですか?」

「あ、いや、そういうわけではないのだが」

「悪いと思ったことは素直に謝りますよ、私は……特に今回の行動は反省しています」

「そうか……」

 

 初めて会った時から意固地な態度を取っていた。相手の言葉を信じず、裏を読み、疑い続けていた。

 だが今は違う。素直に相手と言葉をやり取りしてみれば直ぐに分かった。

 

「―――アナタはただのお人よしなんですね」

 

 答えはとてもシンプルだったのだ。

 

「む、すまん。聞き取れなかった。何か言ったか?」

「ええ。言いました。国の第一王女であるアナタがこんな行動をとるなんて、考えなしにもほどがあります。王宮でも注意されませんか? 迂闊な行動を取らないようにと」

「そ、それは……ええい! お前を助けるために来たんだ! そんな事は気にするな」

 

 本人にも自覚があったのだろう。ユリスの口調がどもるが、勢いで誤魔化される。

 

 それを聞いて彼女は思う。少し前までは声を聴くだけで嫌な存在だった。しかしその実態はとても優しく、ただ不器用なだけの人だと分かった。

 

 だから彼女は―――この不器用な人を支えたいと思った。

 

「ユリス王女。あなたに確認したいことがあります」

「な、なんだ。いきなりどうした?」

「あなたはこの国 リーゼルタニアの現状についてどう思っていますか?」

「いきなりだな……」

 

 突如として国のことを尋ねる少女にユリスは訝しむ。しかしその口調が真剣だったため、彼女も真面目に答えることにした。

 

「お前が知っているかは分からないが、この国は統合企業財体の傀儡国家だ。良質なウルム=マナダイトが取れるからな。私の兄が国王だが実質的にはいるだけの存在。権限はないに等しい。複数の統合企業財体によって立ち上げられ間接的に統治された国。それがリーゼルタニアの現状だ」

 

 ユリスの説明が終わる。その口調から彼女が統合企業財体に思う所があるのはすぐに理解できた。

 

「なるほど、酷い国ですね。では、その国の王族であるアナタは、自分の国の現状に満足していますか?」

「―――するわけないだろう」

 

 ユリスはきつく断言する。

 

「ウルム=マナダイトによって確かにこの国は豊かになった。しかしそれは統合企業財体に連なるものだけだ。この国の国民にはその恩恵は与えられない。国民の生活は貧しく、苦しくなるばかり。その影響で孤児の数も増える一方だ。そんな現状に不満を持たないわけがないだろう!」

 

 ユリスの口調が荒れる。この国の現実が痛いほど分かるから。王族の一員なのに何の権限もないから。心優しい彼女は胸が張り裂けそうなほど苦しんでいる。

 

「……下ろしてください。もう歩けます」

「ああ……」

 

 ユリスに頼み背中から下ろしてもらう。そのままユリスと向き合い―――グリューエルは問う。

 

「ユリス王女。アナタはこの国をどうしたいですか?」

「……どういう意味だ?」

「この国の今後のお話です」

 

 グリューエルは尋ねる。ユリスを試すかのように。

 

「このまま統合企業財体のいいなりのまま、今まで通りの日々を過ごしていくか。それとも彼らの意向に逆らい、この国における統合企業財体の影響力を排除する道を選択するか、ということです」

「……統合企業財体に逆らうつもりはない。私が何かしても潰されるのが落ちだ」

 

 ユリスはキッパリと断言する。統合企業財体の力は絶大であり、一個人でどうにかできるレベルではない。

 その答えにグリューエルは頷く。少なくとも現状分析は出来ていることに満足しながら。

 

「では、現状をよしとすると?」

「いや、そのつもりはない」

「ならどうするおつもりですか? 何の権力もないアナタに出来ることはありませんよ」

 

 グリューエルはユリスを睨み付けてその考えを探る。世間知らずのお姫様の考えを知るために。

 ユリスは少しだけ口を開くのを躊躇ったが、やがて自身の考えを口に出した。

 

「―――学戦都市アスタリスク」

 

 その都市の名前をグリューエルは思い出す。研究所に居たときに、暇つぶしで集めたデータの中にその都市のデータがあったことを。

 

「……星武祭ですか」

「ああ、その通りだ。星武祭で優勝さえすれば、どんな願いでも統合企業財体が叶えてくれる。私はその願いの一つで、この国の実権を望むつもりだ」

「それは……統合企業財体の影響を完全に排除するという願いですか?」

「いや、そこまでは望んでいない。それが出来ればベストだがな」

 

 ユリスは苦笑する。疲れた笑みを浮かべながら。

 

「残念だが、この国から統合企業財体の影響を完全に排除するのは不可能だ。私の願いは、この国の国民が幸せに暮らせるように、ある程度の実権を兄上が持つことだ。これなら統合企業財体も文句は言うまい」

「なるほど……」

 

 それなら確かに不可能ではない。問題は彼女に優勝する実力があるかどうかだが、それは彼女の頑張り次第だ。

 

「しかしその案だと時間が掛かりすぎませんか? 今すぐアスタリスクに行くわけではないですよね?」

「ああ。今の年齢では星武祭に出られない。それに現状の実力では、星武祭の優勝など不可能だろう。だが数年後には向かう予定だ」

「なるほど。分かりました」

 

 ひとまず納得することにした。そしてユリスにお礼を言うために頭を下げる。

 

「今日は助けていただきありがとうございます。そしてこれまでの無礼の数々、大変失礼しました」

「気にするな。お前たちが無事ならそれだけでいい。それにそんな堅苦しい口調は止めてくれ―――私たちは家族なのだから」

「それは……」

「返事は今すぐでなくてもいい。私も少々急ぎ過ぎたようだからな。後日返事を聞かせてくれ」

「……分かりました」

 

 話を終えた二人は孤児院へと戻っていった。

 

 そしてこの日から一週間後―――二人の少女の王族入りが発表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、ユリスお姉さま。本日はこの辺りで」

「ユリス姉さま。今日は楽しかったです」

「ああ、私もだ。こうして三人で過ごすのは久しぶりだったからな」

 

 三人は朗らかに笑いあう。仲の良い姉妹三人の時はあっという間に時間が過ぎていった。

 気付けば日はとっくに落ちている時間だ。門限もあるので、急いで帰らなければならない。

 

「その怪我について詳しくは聞かないことにする。だがくれぐれも無茶はするなよ、二人とも」

「ええ、分かっています」

「大丈夫ですよ。絶対に無茶はしません」

「分かった―――と、素直に言えればいいのだがな」

 

 ユリスは知っている。この二人が平気で無茶をすることを。だが説得は不可能だろう。誰に似たのか妙に頑固なのだ、この二人は。

 

「それはお姉さまに似たからですよ」

「そうです。私たちは姉妹ですから。似ているのは当然です」

「む、顔に出ていたか?」

「ええ、とても分かりやすいですよ」

 

 クスクスとグリューエルが笑う。妹二人は姿格好ともよく似ているが、細かな所では相違点がある。

 誰にも愛想よく笑顔で対応が出来るグリューエル。対して、知らない人に話しかけられるのを苦手とするグリュンヒルデ。性格一つでも違いが出てくるものだ。

 

 会計を済ませて三人で店を出る。妹二人は所属する学園が違うので此処でお別れだ。

 

「ではグリューエル、ヒルデ。またな」

「はい、お姉さま」

「姉さま、ごきげんよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったわね、ヒルデ」

「はい、姉さま。ユリス姉さまもお元気そうで何よりです」

 

 尊敬する姉との語らいに二人の機嫌もよくなっていた。

 

「今日は例の日だったわね。少し早いけど向かいましょうか」

「はい、分かりました」

 

 そして二人は歩き出す。

 所属する学園であるクインヴェール―――ではなく、再開発エリアへと向かってだ。

 

「姉さま。そういえばヨルベルト兄さまからメールが来てましたよ」

「あら、そうなの? 見せてちょうだい」

 

 グリュンヒルデがウィンドウを開き、グリューエルへと渡した。

 渡されたウィンドウに目を通し内容を確認する。アスタリスクでの生活を心配していること、リーゼルタニアの変化のない毎日に退屈する兄の愚痴、孤児院の近況。一つ一つの内容は大したことはない普通の文章だ。

 

 ―――しかし姉妹二人が読めば意味は別の内容へと変化する。

 

「あら、駒がまた一人増えたのね。いいことだわ」

「はい。これでまたリーゼルタニアが少し良くなります」

「油断は禁物よ、ヒルデ。お兄さまにもありがとうと伝えといてちょうだい」

「分かりました―――文章はいつも通りでいいですか?」

「ええ。いつも通りでいいわ」

 

 それは姉妹だけの秘密のやり取り。ユリスにすら隠している二人だけの秘密だ。

 

 二人の姉妹は王族に入る前、一つの誓いを立てた。姉のユリスがリーゼルタニアの現状を憂い、それを解消するべくアスタリスクを目指している。ならば私たちも姉の力になろうと。そう二人は誓ったのだ。

 

 姉の道は正道の道だ。正当な方法で問題を解消しようとしている。

 だが姉妹にはその道は不可能だ。それは二人が誰よりも自覚している。そこで二人は考えた。

 

 ―――姉の道は正道。なら自分たちの道は邪道でいいと

 

 フラウエンロープによる星脈世代製造計画。その計画より生み出された二人だが、その力は研究者たちを落胆させた。平均的な星辰力。発現しない能力。投入した莫大な資金に見合わぬ成果に、二人の少女の処分は時間の問題だった。

 

 だが一人の研究者がある事実に気付き、計画の延長が決定した。

 

「今回の駒はソルネージュですか。役職は煌式武装開発課 営業部部長。中々のお偉方ね」

「それで姉さま。この駒にはどの情報を渡しますか? やはりアルルカントでしょうか?」

「……そうね。煌式武装ならやはりそこね。アルルカント内における研究クラスによる派閥の抗争。対立は激化しウィルスによる争いへと発展。その結果内部情報が流出し、それが偶然にもソルネージュに流れた。そういう筋書きにしましょうか」

「分かりました。準備しておきます」

 

 こうして二人の姉妹以外、誰も知らぬところでアルルカントの騒動が決定した。その内容は無茶苦茶で、他人がそれを聞いても冗談だと疑わないだろう。

 

 ―――しかしこの姉妹にはそれを成す力があった。

 

 ある研究者が偶然見かけた光景。

 それは空間ウィンドウを自在に操り、研究所内の不可侵領域にハッキングをしている二人の姉妹だった。研究者は慌ててそれを止めた。そして気付く。いくら内部からとはいえ、その領域にアクセスできる技術は並みのハッカーを優に超えている。そして研究者は問うた。何故こんなことをしたのかと。

 

 そして姉妹は答えた―――ただの暇つぶしと。

 

 研究者たちは歓喜した。予定とは違う性能だが、この二人を鍛えれば必ずモノになる。その日から戦闘関連の実験はなくなり、情報関連の実験へと変更された。

 

 だが研究者達の思惑は外れ計画は凍結・破棄へと動いた。同時期に別の研究所の計画が成功したからだ。しかもその実験体の性能が比類なき化け物だったのが運のつき。姉妹の力は有用であったが、唯一無二ではない。そう判断された。

 

 ―――結果的にフラウエンロープの判断は誤りだった。二人の化け物を世に放つことになったのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよし、と」

「ありがとう、ヒルデ。まだ時間があるわね。少し休憩しましょう」

「はい。そうします」

 

 約束の時までまだ時間がある。アルルカントへの仕込みも終わったので特にやる事はない。再開発地区のとあるビルの中で姉妹は待つことにした。少しするとグリューエルは妹がウィンドウを見て難しい顔をしているのに気付く。

 

「何を見てるの?」

「あ、いえ。ちょっとニュースを」

 

 少しだけ慌てるグリュンヒルデ。何かと思いウィンドウを見ると一人の少女が映っていた。

 

「―――オーフェリア・ランドルーフェン」

 

 レヴォルフ黒学院序列一位。史上最強の魔女。そして姉であるユリスの親友。姉の目的の一つが彼女を取り戻すことだと二人は知っている。

 

 実はこのオーフェリア・ランドルーフェン。姉妹にとってはある意味恩人にあたる人物だ。向こうはまったく知らないことだが、二人は彼女に感謝している。

 

 ―――彼女が自身の研究所を破壊してくれたおかげで、二人は逃げ出すことができたのだ

 

「ユリス姉さまは彼女に勝てるでしょうか?」

「……難しいわね。彼女は文字通り史上最強の魔女よ……後三年でユリスお姉さまがどれだけレベルアップ出来るか。それに掛かってるわ」

 

 ユリスが今年の王竜星武祭に出場しないのは確認済み。次回は三年後だが、やはり難しいと言わざるを得ない。グリューエルが見た限り、アレに対抗できるのは万有天羅のみ。ユリスには言いたくないが、王竜星武祭を諦めるのも一つの手だと思う。

 

 そんな話をしていると―――突如空間に変化が起こる。縦横無尽に線が走り―――そして数瞬後に板張りの広間へと置き換わった。

 

「―――早いの、二人とも」

 

 聞きなれた声が背後から聞こえる。二人はそちらへ振り向き、挨拶をする。

 

「お疲れ様です、星露さま」

「ご足労いただきありがとうございます」

 

 界龍の序列一位 范星露の姿がそこにあった。

 

「うむ、ぬしらも早いの。やる気があってよいことじゃ」

 

 星露は満足そうに頷く。

 

「さて、普段なら直ぐにでも稽古を付けてやるのじゃが、その前にぬしらに一つ聞きたいことがあっての」

「珍しいですね、なんでしょうか?」

「うむ、大したことではない。ただの雑談よ」

 

 星露は口元をニヤリと広げ姉妹に問いかける。

 

「ぬしらunknownは知っておるか?」

 

 その単語を聞いて―――二人の表情には変化はない。

 

「unknownですか? 聞いたことないですね」

「私も知らないですね」

「ふむ、なら詳しく説明するとするか」

 

 星露は愉快な口調で説明を始める。

 

「unknownは近頃とある界隈で噂になっておる正体不明の輩。俗にいうハッカーという奴じゃな」

「ハッカーですか。不法アクセスなどをする人達の事ですね」

「そんな人達がいるんですね」

 

 双子は感心したような表情をする。それを見て星露は笑みを浮かべる。

 

「うむ。その噂が流れ始めたのはおよそ数年前。今まで被害にあっているのは主に統合企業財体の下部組織が中心でな。それに統合企業財体中枢も被害が遭ったという噂もあるぞ」

「さすがにそれは嘘では? 統合企業財体に手を出して無事に済むとは思えません。あくまで噂に過ぎないと思います」

「そうです。すぐに捕まってしまいますよ」

 

 常識的に考えればそうなる。統合企業財体にも凄腕のハッカーが揃っているのだ。安易に手を出せば逆探知されて終わりのはずだ。

 

「事の真偽は定かではない。しかし各所に被害が出ておるのもまた事実よ。国籍、名前、性別、その能力も含めてすべてが不明。故にunknown。そう呼ばれておる」

「正体不明ということですか」

「しかし何故そのような事を私たちに?」

「こやつのしでかしたことが面白かったからのう」

 

 だからと星露は言う。

 

「―――興味が沸いたから個人的に少し調べてみたのじゃ」

 

 星露の視線がグリューエルとグリュンヒルデを捉える。

 すると周囲に緊張が走った―――気がした。

 

「こやつの手口は主に二つ。一つはデータの盗難じゃ。じゃがこれ自体は珍しくもない。どこの企業でもやっておることじゃからな。六花でも関わる者は多かろう」

 

 エンターテイメントの極みである星武祭。そしてアスタリスクにある六つの学園。表舞台は華やかに見えるが、裏舞台はドロドロしたものだ。

 

「しかしもう一つの方が興味深い。このunknownに脅迫された者たちがおるらしくてな。その者たちは一見被害者に見えるが、その実態は横領、賄賂、癒着など数多の犯罪行為に手を染めた者たちよ。驚くべき真実というやつじゃ」

「……unknownは犯罪者を専門に脅している、ということですか?」

「そう! そして此処からが面白い所よ!」

 

 無邪気に星露は笑う。

 

「脅された者はその後、特に何事もなく暮らしておる。unknownは犯罪者を脅すがそれだけじゃ。金銭などを直接要求したりはせん。不思議なことにな」

「確かにそれは不思議ですね」

「司法の手に委ねないのですね。目的が見えません」

「うむ! さらに面白い事実があるぞ!」

 

 星露の興奮は収まらない。

 

「脅された者たちじゃがな。その後、何故か出世しておるのじゃよ。一人の例外もなくな。これを摩訶不思議と呼ばずになんと呼ぶ? 面白いじゃろう」

「全員が出世ですか? それはさすがに……」

「……意味が分かりません」

 

 その返答を聞き幼女は笑みを深める。

 

「儂が思うにunknownの能力は極まっておる。統合企業財体に入り込み、無事で済んでおるのがその証よ」

 

 星露の視線は姉妹を外さない。その一挙一動を逃さないように。

 

「このunknownの犯行については不可解そのもの。これだけでは奴の目的までは掴めぬ―――じゃがそれはどうでもよい」

 

 彼女の目的は私的な好奇心だ。犯行の手口や目的に関してはどうでもいい。

 

「儂が知りたいのはunknownがどうして生まれたのか。その一点に尽きる―――そこで汝らの意見を聞いてみたいと思ったのじゃ」

「unknownが生まれた理由、ですか」

「それは……」

 

 姉妹は互いを見る。妹が探るように姉を見る。しかし姉は目力でそれを制し自らが前に出る。そして質問に答える。

 

「そうですね―――偶然ではないでしょうか?」

「……偶然、じゃと?」

「はい。偶然です」

 

 グリューエルは断言する。

 

 そう―――偶然だ。目的を果たすための手段がなかった。そして偶然にもその力があった。

 それが原因でunknownは生まれた―――それがすべてだ。

 

 だから、以下に起こったことも偶然でしかない。

 

 ―――統合企業財体の関連組織に突如として上層部の癒着に関するデータが流れ出し、何の関りもなかった一般社員が呆然としたのも偶然だ。

 ―――ある日突然、統合企業財体全体で謎のウィルスが発現し、人体実験のデータが殆ど消失したのも偶然だ。

 ―――ウィルス騒動の延長で、統合企業財体同士が争う結果になったのもまったくの偶然だ。

 

「ふむ、運命でもなく必然でもない。あくまでも偶然だと、そう言うのじゃな?」

「はい、その通りです。運命とか必然とかそういう言葉は好みませんので」

「ふむふむ、なるほどのう」

 

 星露は興味深そうにグリューエルを表情を見る。その澄ました笑顔に変化はない。見事なまでの仮面の作り方だ。

 

 この数年でリーゼルタニアの国内状況は変化しつつあった。

 

 ―――国の内部に蔓延る複数の汚職事件が表に明るみになり、邪魔な人間が排除されたのも偶然だ。

 ―――企業内部で黒い噂が絶えなかった人物がまともに働きだし、出世を果たしたのも偶然だ。

 ―――とある企業では内部告発が原因で大量の離職者を出した。その穴埋めに地元の一般市民が雇われ、国内の雇用状況が少しだけ改善したのも偶然だ。

 

「―――すべては偶然の産物です。それ以外には考えられません」

 

 グリューエルは明るい笑顔でそう言い切った。

 それを聞いた星露は自らの顔を俯かせる。その状態で暫くすると突如その身体が震えだす。

 

「くっくっくっくっ! ハハハハハハッ! なるほどなるほど! すべては偶然か。それならば仕方ないのう」

 

 星露は景気よく笑いだす。グリューエルの回答がツボに入ったようだ。腹を抱えて笑い続けている。そんな彼女にグリューエルは問いかける。

 

「こちらも一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うん? よいぞ。言うてみよ」

「ありがとうございます……何故unknownに興味を持たれたのですか? アナタは世の中の些事には興味を持たない方だと、個人的には思っていました。間違っていますか?」

 

 グリューエルは自身の疑問を投げかける。集めたデータによれば、范星露という人物は強者に関することには興味を持つが、それ以外のことは強い関心を持たないタイプだと思っていたのだ。

 

「うむ、間違ってはおらんな。理由は儂がunknownに好感を持っておるからじゃな。統合企業財体に真っ向から喧嘩売る輩は珍しい。儂個人としても応援したい程じゃ」

「なるほど。ありがとうございます」

 

 星露個人は統合企業財体にいい印象はない。それに逆らう者を応援するのは当然のことだ。

 

「……そうじゃな。グリューエルよ。ぬしに一つ頼みがある」

「頼みですか? 私で叶えられることならよいのですが……」

「なに、そこまで難しいことではない」

 

 軽いお使いを頼む感じで星露は言う。

 

「儂個人はunknownを好んでおる。もしおぬしが偶然unknownに出会うようなことがあれば伝えよ―――困りごとがあれば儂を訪ねてこい。多少の便宜は図ってやるぞ、と」

「……なるほど、分かりました。私たちにはまったく関係ありませんが、偶然出会うようなことがあれば伝えておきます―――その時は遠慮なく力を借りに参ります、と」

「うむ。頼んだぞ」

「―――はい」

 

 二人は揃って笑いだす。二人とも笑顔を浮かべているが、他者から見れば近寄りたくない部類の笑みだ。

 それが証拠に―――

 

「―――はぁ」

 

 二人から取り残されたグリュンヒルデの溜息がそれを証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、思ったより雑談が長引いたが、そろそろ本来の目的である稽古に移るぞ」

『―――はい!』

 

 姉妹は揃って返事をする。自らの煌式武装をそれぞれ取り出して構えを取る。此処からは一瞬の油断も許されない。星辰力を高め戦闘態勢に入る。

 

 その様子に満足し―――星露は告げる。

 

「―――では、始めるぞ」

『はい。万有天羅!』

 

二人の夜はまだ始まったばかりだ。




改めましてお久しぶりです。
私生活がゴタゴタしておりましたので、長らく投稿できませんでした。
まだしばらくは落ち着かないと思うので、投稿は不定期になります。ご了承ください。

オリキャラを書くのは本当に難しいと思いました。原作キャラとの絡みが上手く出ていれば幸いです。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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