学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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リクエストに応え、総武編からアップします。



閑話 残されし者たち

 大きな部屋に幾つもの机と椅子が並んでいる。そして全ての机には人が座っており、本をめくる音とノートに何かを書く音が微かに響く。他には時折、音量を下げた声で隣の人と話している人達がいた。

 

 その中に二人の少女いた。雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣である。

 彼女達も周りの人と同様に行動していた。そして由比ヶ浜結衣が悪戦苦闘しながら書いたノートを、隣の雪ノ下雪乃へと見せる。

 

「……終わったよーゆきのーん」

「はい、お疲れ様。由比ヶ浜さん。じゃあ、答え合わせをするから少し休憩ね」

「はーい」

 

 返事をすると、結衣は机に上に顔を乗せ、そのまま下を向く。結衣にとっては待ちに待った休憩だ。もうこのまま眠りに付きたいくらいだ。

 

 そんな結衣の状態を見た雪乃は注意をする。

 

「……行儀が悪いわよ、由比ヶ浜さん」

「だって、やっと休憩だよ。もう疲れたよー」

「それは仕方がないわ。現状でも予定より遅れてるんだから。ペースを上げないと間に合わないわ」

「それは分かってるけどさ……」

 

 雪乃の言葉に渋々頷く結衣。そんな彼女に苦笑する雪乃。だが目線は素早くノートをチェックし、尚且つ手を動かしている。そして数分の時間でチェックが終わった。

 

「正解率は三割といった所ね」

「……総武高校の合格はどのぐらいかな?」

「あそこも進学校だから……そうね。七、八割ぐらい正解すれば安全圏かしらね」

「そっかーまだまだ先は長いなー」

「でも、以前よりは格段に良くなっているわ。以前は、その、色々と問題だらけだったわ」

「……うん。でも、ゆきのんが毎日勉強を教えてくれてるおかげで、少しは分かるようになってきたよ。ありがとね、ゆきのん」

「なら、これからも厳しくいくわよ。覚悟はいいかしら、由比ヶ浜さん?」

「う、うん。が、頑張るよ、私!」

 

 現在二人が場所は市の図書館だ。そして行っているのは受験勉強であった。中学三年である雪乃と結衣は、夏休みを利用して受験勉強の真っ最中なのだ。と言っても、問題があるのは結衣だけなので、実質雪乃が結衣の家庭教師をしている状態だ。

 

「とりあえず、今日はこのくらいにしておきましょうか。続きはまた明日。今日間違えた所は、夜に必ず復習をするように。いいわね?」

「はーい。分かりました。ゆきのん先生ー」

 

 そう言うと二人は帰り支度を始める。時刻は既に夕方だ。朝から図書館で勉強を始め、昼休憩を除いてずっと勉強をしていたのだ。

 

 そして帰り支度が整い二人が図書館を後にする。入口から外に出ると日はまだ明るかった。暗くなるまではもう少し時間の余裕があった。

 

「ねえ、ゆきのん。帰りに少し寄り道しない? 時間あるかな?」

「今日は……少しだけなら大丈夫よ。何処に行くのかしら?」

「うーん、甘いものが食べたいからミスドかな? どう?」

「ええ、いいわ。なら、行きましょうか」

 

 二人は揃ってミスドへと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへーお待たせ―」

「……由比ヶ浜さん。それは何かしら?」

 

 ミスドに到着し、先に食べる物を決めて席に着いた雪乃。そんな雪乃は結衣が持ってきたものを見て、呆れながら突っ込みを入れる。

 

「何ってドーナツだよ?」

「それは分かるわ。私が言いたいのはその量よ。いくら何でも食べすぎじゃないかしら」

 

 トレイに盛られたドーナツが山盛りになっていた。少なくとも夕食前に食べる量ではない。

 

「……そんなに食べて夕ご飯が食べれるのかしら?」

「大丈夫だよ。このぐらい余裕だって」

「そう……」

 

 雪乃は少し考え込み、そして目の前にいる結衣のある部分を見てぽつりと呟く。

 

「……それが成長のコツなのかしら」

「何か言った、ゆきのん?」

「な、何でもないわ!」

「?」

 

 慌てる雪乃に首を傾げる結衣。とりあえず注文したドーナツを食べることにした。そして食べ終えると結衣が何かを思い出し、空間ウィンドウを開く。

 

「そういえば、ゆきのん。昨日こんなの見つけたんだ」

「何かしら?」

 

 結衣がウィンドウを流し、雪乃がそれを見る。そしてそれを見た雪乃の動きが止まる。

 そこに載っていたのは彼女にとって見覚えがありすぎる人物だったのだ。

 

「―――姉さん」

「うん。見つけた時はびっくりしちゃった。知り合いがテレビに出てたんだもん」

 

 ウィンドウに流れ出したのはとあるニュースの動画。今年冬に行われる王竜星武祭。それに出場する有力選手の紹介だった。

 

「陽乃さんってアスタリスクに行ってたんだね。何て言ったっけ? 陽乃さんの言ってる学校。ええっと……」

「―――界龍第七学園ね」

「そうそう! その学校の序列三位ってニュースには紹介されてたけど、陽乃さんが三番目に強いってことなんだよね。凄いね、陽乃さん!」

 

 知り合いが有名人だった事に興奮する結衣。だが彼女は、雪乃が画面を注視しながら動揺していることに気付いていない。そんな雪乃は動揺する自らの心を押さえ、結衣の言葉を訂正する。

 

「正確には少し違うわね。序列三位だからって三番目に強いとは限らないわ」

「そうなの?」

「ええ。序列というのはあくまでも目安。必ずしも、その順番通りに強いわけではない。勿論、弱い人が序列の上にいけるわけではないけれど」

「へー、詳しいんだね、ゆきのん」

「……まあ、人並みにはね」

 

 結衣は雪乃の知識に感心した。彼女はこういった事に詳しいのだ。

 

「それで、そのニュースはどんな内容だったのかしら?」

「ええっと、色んな学園の強い人が紹介されてたよ。ほら! アイドルのシルヴィア・リューネハイムさんとか!」

「そう……彼女は確か前回の王竜星武祭にも出場していたわね」

「うん。そう言ってた。他に印象に残っているのは……前回優勝した人の事を一番話してたよ。えーと名前は……」

「―――孤毒の魔女、オーフェリア・ランドルーフェン」

 

 結衣の台詞の最後を雪乃が引き継いだ。

 

「そうそう、その人。今回の王竜星武祭もその人が勝ちそうだってさ。解説の人はそう言ってたよ」

「無理もないわね。恐らく姉さんでも勝てないもの。孤毒の魔女には」

「……そんなに強いんだ」

「ええ…………」

 

 そこで二人とも沈黙する。少しして結衣が何か言いにくそうに再び話を始める。

 

「……そういえば、最近陽乃さんも来ないね」

「………………ええ。そうね」

 

 長い沈黙の後、雪乃が肯定の返事を返す。雪乃も昨年の秋から陽乃に会っていない。その前までは、頻繁に顔を出していたのにも関わらずだ。

 

 何かが起こっている。その予兆を感じたのは、比企谷八幡が転校したその日の夜、母 冬乃から呼び出されたときだ。

 

 ―――雪乃。陽乃はもう帰ってきません。これからはアナタに雪ノ下家の仕事を手伝ってもらいますよ。

 

 そう告げられ、雪ノ下雪乃は実家に戻ることになった。そしてそれ以降は、雪ノ下家のパーティーにも頻繁に出席をしている。

 

「…………ヒッキーが転校して、小町ちゃんもいなくなっちゃって、平塚先生も他の学校に行っちゃった。そして陽乃さんも……」

 

 二人にとって近い関係だった比企谷八幡が転校した。予兆も何もなく突然の出来事だった。何も聞かされていなかった二人が、その日の放課後に八幡の家を訪ねてみたものの、既にもぬけの殻であった。そう、文字通り誰もいなかったのだ。

 

 これは二人が知らない事であるが、八幡が星露と契約を交わした際、彼の両親は界龍系列の会社に入社している。そして転勤という形で両親は引っ越しをし、比企谷小町も転校を強要された。

 

 ―――全ては八幡の情報漏洩を恐れたためだ。范星露はそこにかなりの力を入れていた。

 

 そして平塚静。奉仕部の顧問で総武中学の教師でもあった彼女だが、今年の春から別の学校への勤務となった。学校間でよくある人事異動だ。この辺は特に誰も関与していない。

 

 そして平塚静がいなくなったことにより、正式に奉仕部は廃部となった。

 最も、昨年のとある依頼により雪ノ下雪乃は生徒会長となり、由比ヶ浜結衣も役員になった。そして今でも生徒会で忙しい日々を送っている。奉仕部の廃部は必然的だったのかもしれない。

 

 ―――すまない。雪ノ下、由比ヶ浜。全ては私の責任だ。

 

 平塚が別れの際、二人に掛けた言葉であった。

 

「……彼は逃げ出したのよ、由比ヶ浜さん。自分でやった事に背を向けてね。そんなのは許されないわ。逃げ出したという事は、相手の言い分を全て認めたと言っているようなもの。自分が間違っていないと思うのなら、逃げ出さず最後まで戦うべきよ……少なくとも私はそうしてきたわ」

「ゆきのん……」

 

 雪ノ下雪乃には比企谷八幡が理解できなかった。自らを省みず、己を犠牲にした彼のやり方は知っている。その方法は有用だと認めても共感は出来ない。だがそれでも、奉仕部の一員として理解しようと努めたのだ。

 

 ―――あの日の告白までは。

 

 だからこそ納得できない。することが出来ない。彼のやり方を認めるという事は、雪乃のこれまでの人生を否定するという事だ。だがそれでも、彼の事をちょくちょく考える自分がいる事に、雪乃自身は気付いていた。

 

 結論から言うと、彼女はまだ八幡の事を振りきれていなかった。

 

「そういえば夏休みに入る前のことなんだけど。ちょっと気になった事があるんだ」

「……気になること?」

 

 重くなった空気を変えるべく、結衣が別の話題を出す。雪乃もすぐさまそれに乗った。

 

「……姫菜のさ。元気がないんだ」

「海老名さんの?」

「うん……去年の終わり頃からちょっと変だったんけど、最近はずっとぼうっとしてるんだ。何を話しかけても上の空みたいな感じ」

「本人には尋ねてみたの?」

「聞いたよ。でも、何を聞いても大丈夫だって、そればっかりで」

 

 結衣は悩みを打ち明かし俯く。同じグループの友人の様子が変なのに、何も出来ない自分が悔しいのだ。

 

「……そうね。可能性の一つとして上げるなら、進路のことかもしれないわね。私達も中学三年生。進路のことで悩んでいるのなら、一人で悩んでいてもおかしくはないわ。まあ、予想の一つでしかないけれど」

「……進路。うん、確かにその可能性はあるかもね……でも、進路かぁ」

「進路がどうかしたのかしら?」

 

 雪乃が結衣を見る。すると結衣は何か考え込んでいるように見えた。

 

「うちのクラスにも星脈世代が何人かいるんだけどさ。こんな話が出てるんだ。高校受験でアスタリスクを受けようって。ほら、記念受験みたいな感じで」

「……呆れるわね。目的もなく、アスタリスクを受験するというの?」

「うん。受かったら儲けものって話してたよ。それで優美子も乗り気になっちゃってさぁ。私も一緒に受けようって誘われてるんだ。それで、ゆきのんにちょっと聞きたい事があるんだ」

「何かしら?」

「アスタリスクの受験ってどんな感じなのかな。いつ行われるの?」

「……そこからなのね」

 

 結衣の質問に雪乃は少し呆れる。

 

「アスタリスクの受験は大きく分けて二種類あるわ。推薦と一般受験の二種類ね。推薦の方は、星脈世代の公式の大会で優秀な成績を収めた人が選ばれるから、普通の人には関係がないわ。で、一般受験のほうだけど―――」

 

 そこで雪乃は一呼吸置く。

 

「一般受験は年に二回。元々、アスタリスクは春と秋の二回に入学式があるから、受験もそれに合わせて年二回行われることになっているわ」

「へー二回もあるんだ」

「ええ。最も、秋の入学の受験は既に申し込みが終わっているでしょうから、次に受験するのは来年ね……此処までは大丈夫かしら?」

「うん。大丈夫だよ」

 

 雪乃の確認に結衣は頷く。

 

「で、此処からが大事なのだけれど、アスタリスクは世界中の星脈世代が入学を希望する場所。当然、その敷居もかなり高いわ。倍率にしても相当高いでしょうね」

「そっかぁ。世界中の人が集まるんだもんね……あれ? そうなると、受験生はアスタリスクに態々受験に来るの? そうなると凄い人数になりそうなんだけど」

「それは違うわ。受験自体は、世界中にある統合企業財体の各支部で行われることになっているわ。希望する学園に願書を提出してね。ただ、その願書も普通の願書とは少し異なる点があるわ」

「異なる点?」

 

 結衣が疑問を口に出すと、雪乃はそれに軽く頷く。

 

「普通の願書は名前や住所、それに学歴や資格を書くものだけど、アスタリスクへの願書はそれだけでは足りないわ。自身が魔術師や魔女だった場合、それを証明する書類も一緒に提出しなければならない。魔術師や魔女の場合、市役所から証明書を貰う必要があるわね」

「…………魔女」

 

 結衣は魔女という単語を小さく呟く。しかし雪乃はそれに気付かず説明を続ける。

 

「そして願書が受理されれば受験票が送られてくるわ。毎回多くの人数が受験するらしいから、受験日も何日かに分かれているらしいわね」

「……受験。筆記試験だけ?」

「いえ、違うわ。勿論、筆記試験もあるのだけれど、他にも試験があるわ。実地試験として、星脈世代には星辰力の測定が必須事項のはずよ。星脈世代として最低基準の星辰力がなければ、アスタリスクに行く資格すらないのだから」

「星辰力の測定かぁ。どれだけあれば合格か分からないね」

「そこまで高い基準ではないはずよ。タダでさえ星脈世代は人数が少ないのだから、それなりの星辰力があれば合格するのは難しくないわ。他には、能力者なら合格しやすいと聞いたことがあるわ。能力者は星脈世代の中でも更に少ないのが理由ね。後、例外事項として上げると、星脈世代ではない一般人でも受験は可能よ。その場合は研究者を目指している人達ね。特にアルルカントは研究がメインだから、星脈世代に限らず優秀な人材を募集しているはずよ。他の学園でも独自の審査方法があると聞くし、何処の学園を希望するかで色々対策も異なるでしょうね」

「そ、そうなんだ」

 

 雪乃の説明が終わった。その余りの詳しさに結衣は驚いてしまう。と同時に、彼女の中である疑問が生まれた。

 

「ありがとう、ゆきのん。でも、凄い詳しいね。やっぱり陽乃さんに教わったの?」

「いえ、違うわ。姉さんではないわ」

 

 雪乃は結衣の質問をはっきりと否定した。実際、陽乃が界龍に入学してから何度も雪乃に会っているが、彼女は界龍での生活を何も語ったことはない。雪乃自身も興味がなかったので、どうでもよかったのだが。

 

 幼い頃の記憶が蘇る。姉と自分がまだ幼稚園だった頃。二人で母にせがんで色んな話を聞いたことを。

 

「じゃあ、誰に教えてもらったの?」

「小さい頃―――母に教えてもらったわ」

「お母さんに?」

「―――ええ」

 

 雪乃がそう答えると、突如彼女の前に空間ウィンドウが開かれた。その画面を見て、雪乃は眉を顰めた。

 

「……ごめんなさい、由比ヶ浜さん。急用が出来てしまったわ。今日はこの辺で失礼するわ」

「分かった。じゃあ、また明日だね」

「ええ。また明日」

「うん!」

 

 自分が頼んだ分のお金を残し、雪ノ下雪乃は店を後にした。店を出てしばらく歩くと見覚えのある車が待機していた。雪乃は扉を開け後方の座席へと乗り込む。

 

「待たせたわね。出してちょうだい、都築」

「分かりました。雪乃お嬢様」

 

 雪乃が車に乗り込んだのを確認すると、都築は車を走らせた。

 

「それで、急な要件とは何かしら。今日の予定は丸々空いていたはずだけど」

「……冬乃様から、お嬢様にパーティーに出席させよと伺っております」

「……それは断ったはずだけど」

「申し訳ありません。ですが」

「分かっているわ。都築が悪いわけではないもの。気にしないで」

 

 使用人に母への文句を言ってもしょうがない。溜息を付きながら諦める。そんな雪乃に、都築は追加の情報を話す。

 

 ―――それが彼女の機嫌を、さらに悪くするものと知りながら。

 

「……今回のパーティーには付き添いとして、葉山の坊ちゃんが一緒だそうです」

「……知ってるわ。だから嫌だったのよ」

 

 雪乃は嫌悪の表情を隠さない。昔は仲が良かったが、気付けば葉山隼人と雪ノ下雪乃の仲は悪くなっていた。

 

「でもしょうがないわ。母の言いつけだもの。葉山くんが相手だろうと我慢すればいいわ」

「よろしくお願いします、雪乃様」

 

 自分が仕える少女に対し、都築はそう答えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の真ん中で二人の星脈世代が対決をしていた。一人は直剣を両手で持つ少年。正面から相手に向かって加速する。

 

 対する相手は銃使いの少女。片手でハンドガンタイプの銃を連射する。幾つもの弾丸が少年へと迫る。しかし少年は直剣で防御、あるいは回避しながら接近しようとする。少女はそれを見て、後方へとジャンプし距離を取る。

 

 そして少女が試合会場の壁際まで追い詰められた。もう下がる事は出来ない。やぶれかぶれとばかりに銃を連射。しかし焦っているのか、殆どが男の子に当たらず、後方へと流れていく。

 

 チャンスと判断した男の子は、一気に差を詰め後数歩の距離まで縮め―――後方から弾丸が直撃した。

 

「がっ! な、何が!?」

「……後ろががら空きだよ」

 

 少女の言葉に少年は後ろを見る。すると外した、又は回避したと思われる弾丸が空中にそのまま待機しているではないか。

 

 その数―――ざっと三十。

 

「―――いけ」

 

 少女が小さく呟く。その言葉を皮切りに、待機していた弾丸が少年に一斉に襲い掛かった。様々な方角から襲い掛かってくる弾丸を少年は直剣で切りつけ、又は星辰力で全力で防御する。幸いなことに一発の威力は大きくない。

 

 このまま耐え切れそうだと少年が思った所で―――

 

「いや、こっちを無視しちゃ駄目でしょ」

 

 少女の言葉が再度届く。慌てて少女を見る少年。そこには―――銃の先端に集中された星辰力の塊が既に完成していた。

 

 ―――流星闘技だ! 

 

「―――シュート」

 

 それが少女―――比企谷小町の勝利の瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう。比企谷小町さん」

「……ありがとうございます」

 

 表彰式で優勝カップを渡される。この表彰も何度目だろうかと、比企谷小町はふと思った。だがどうでもいいかと直に思った。表彰も、優勝も、今となっては何の価値もないのだから。

 

「あなたの今後の活躍に期待しています」

「………………」

 

 掛けられた期待への返事に、答えることは出来なかった。

 

 そして表彰式が終わり、控室に荷物を取りに戻る。そして後は帰るだけだと入口に向かった所で―――男性が一人待機していた。

 

「比企谷小町さん。ちょっとよろしいでしょうか?」

「…………何でしょうか?」

 

 こうやって大会の帰りに待ち伏せされるのも何度目だろうか。彼らの目的を小町は既に知っていた。

 

「どうでしょうか。例の件、考えてもらえないでしょうか」

「……何度来られても、答えは一緒ですよ」

「そう仰らずに。こちらとしても可能な限りの条件は出しますよ。是非、我が学園に」

 

 彼、もしくは彼らは全てスカウトが目的だった。今回は一人のようだが、場合によっては何人にも待ち伏せされたこともある。こういった人達に付き合っていたらキリがない。小町は経験からそれを知っていた。

 

「私なんてスカウトするより、他の有力な学生を探した方がいいと思いますよ?」

「そんな事ありません! 比企谷さんの実力は既に証明されています。今年に入ってからのあなたの実力は凄い勢いで伸びているのですから。これは成長期を除いても大したものです!」

「……そうですか」

 

 自身の実力を褒められても、小町の心には何も響かなかった。今更実力が伸びても―――何の意味もないのだ。

 

「でも、私はスカウトなんて受ける気はありません―――失礼します」

「―――分かりました」

 

 男の話を拒絶し、小町は立ち去ろうとする。男は今回も失敗かと思ったが、しつこく迫っても相手に悪い印象を与えるだけ。此処は引き下がることに決めた。スカウトとは根気が一番大事なのだ。

 

 だが一つ気になることがあり、男は小町に問いかける。

 

「ですが比企谷さん。一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」

「……なんですか?」

「あなたは何故星脈世代の大会に出場し続けているのですか? 強さを追い求めるようには見えないし、アスタリスクのスカウトを受けるわけでもない。それが如何して?」

 

 スカウトの男の率直な疑問だった。比企谷小町という少女を、男は職業の関係上昔から知っていた。あちこちの大会に出場するも、実力が及ばず惜しい所で敗退。スカウト対象になるにはもう少し実力が足りない。それが男の下した判断だった。他のスカウト達もそうだろう。

 

 ―――だが今年になってから明らかに彼女は変わった。

 

 どんな状況でも彼女は変わらない。相手に負けても悔しがることもなく、相手に苦戦しても焦る事もなく、相手に勝っても喜ぶこともない。

 

 普通の少女としては明らかにおかしい。だが、その実力は本物だ。何処で身に着けたのか、彼女の銃から放たれた弾丸は、全て彼女のコントロール下にあり、それで幾度も優勝を掻っ攫っていった。

 

 こちらが調べた限りでは、両親の希望でアスタリスク行きが望みだったはずだ。初優勝後、簡単な仕事だと思いながら比企谷小町の家を訪ね―――すげなく断られたのは男の記憶に新しい。

 

「……理由、ですか?」

「はい。よろしければ教えていただけると」

 

 純粋な疑問だった。渇望もなく、欲望もなく、悪く言えば惰性で大会に出場しているようにも見えたのだ。

 

 そして比企谷小町は男の質問に答えた。

 

「そんなの―――私が一番知りたいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

「あら。お帰りなさい、小町」

 

 帰宅した小町を母は出迎えた。

 

「今日は早かったのね。どうだった、大会は?」

「勝ったよ」

「……そう。おめでとう」

「別に。大した相手じゃなかったから」

「手、洗ってらっしゃい。お父さんももう直ぐ帰ってくるから、それまで部屋にいなさい」

「……うん」

 

 ようやく慣れた新たな家の廊下を歩く。二階へ上がると自分の部屋へと入った。手に持った荷物を適当に床に置き、ベッドに横になり仰向けになる。

 

「……何やってるんだろうな、私」

 

 天井を見上げながら、ぽつりと呟く。

 

 戦うことが嫌いな自分。だけど、今だにやっていることは戦うことばかりだ。これでは、昔と何ら変わりがない。

 

「―――お兄ちゃん」

 

 兄がいなくなった。それに気付いたのは気を失った翌日。目覚めた際に母から教えてもらったことだ。それから毎日、病院を抜け出してまで兄を探しに行った。

 

 ―――でも見つからなかった。

 

 そして二週間後、両親が二人で出かけた。とても珍しいことだった。そして二人が帰り―――兄はもう家族ではないと知らされた。訳が分からなかった。

 

「―――おにいちゃぁん」

 

 涙が出てくる。家族ではないと知らされた時、天罰だと最初に思った。父が、母が、そして自分が、兄に対して冷たくしたから、兄は愛想を付かしたのだと。だからしょうがないと―――自分に言い聞かせた。

 

 ―――でも駄目だった。

 

 手に煌式武装を展開する。銃型の煌式武装。兄との繋がりはもはやこれしかない。兄は剣を、自分は銃を。幼少の頃にお互いで闘ったこともある。兄は勿論、手加減をしてくれた。

 

 ―――あの時と一緒で。

 

「さびしいよ。おにいちゃん」

 

 涙が溢れるのを拭こうともせず、比企谷小町はひたすら泣き続けた。

 




雪ノ下雪乃に由比ヶ浜結衣。そして比企谷小町。残された者たちのお話でした。

次回も閑話ですね。主役はあの二人の予定です。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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