学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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八幡の誕生日には投稿したかったですが、間に合いませんでした。
今回から夏休み編です。


第二十六話 真夏の日の買い物

「ふぁぁぁぁー」

 

 部屋の中で一人、歩きながら欠伸をする。そして目的地である冷蔵庫に向かいゆっくりと進む。

 

「……最近は早く起きっぱなしだったからな。偶にはのんびりするのも悪くねぇな。プリキュアは最高だったし」

 

 本日は日曜日。時刻は九時を少し回った所。毎週の楽しみである、スーパーヒーロータイムからのプリキュアを見終わったばかりだ。

 何時もならこの後は鍛錬なのだが、本日は珍しく完全な休養日だ。その為、この後は撮り溜めたHDを一日かけて見るという至福の時間の予定なのだ。

 

 その為にある物を冷蔵庫から取り出さなくてはいけない。冷蔵庫の前に立ち扉を開ける。目的の物を取り出そうとして―――手が止まった。

 

「……あれ? マッ缶がねぇ? ……あぁ、そうか。昨日の夜、星露と飲み尽くしたんだったか」

 

 先日の夜の出来事を思いだす。寝る前に急に星露が部屋に押し入ってきて、共にマッ缶を飲もうと提案されたのだ。結果、全ての在庫を飲み尽くし、途方に暮れる羽目になってしまった。

 

「で、例の如く通販は届いてない、と。こりゃ昨日の台風の影響か? 船便遅れてるんだろうなぁ」

 

 アスタリスクは北関東のクレーター湖に浮かぶ島だ。当然、物資の流通は本州からの船便がメインとなる。しかし、先日台風が来襲したので船便にも影響が出ている。通販分は期待できそうにない。

 

「どうするかな? 外には出たくないが」

 

 窓の外を見て考え込む。季節は八月。夏真っ盛りの時期だ。日本の夏は湿気が多いためか、気温以上に暑さが感じられる。天気予報では普通に35℃を超える猛暑日の予定だ。

 

 こう暑いと鍛錬にも支障がでる。あの星露でさえ鍛錬時以外の時は、冷房の効いた部屋で机に顎を乗せ、ぐてーっとしているのが日常なのだ。妙な所で年相応の姿を見せる、我が妹君である。

 

「…………仕方ねぇ。買いに行くか。建物の中は涼しいだろうしな。ついでに星露の分も買ってくるか」

 

 考え込んだ末、外出を決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、建物の中はやっぱ涼しいな」

 

 目的地である大型の百貨店に到着した。アスタリスクを移動する際は、長距離はモノレール。近距離は地下鉄で移動するのが基本である。

 移動途中の交通機関には冷房が効いているので、暑さに苦しむことはない。だが、地上に出れば話は別だ。日本の夏特有の暑さが容赦なく襲い掛かってくるからだ。

 

「さて、飲み物売り場はこっちだったな。マッ缶の在庫があるといいが……」

 

 そもそも、アスタリスクに於いてマッ缶の扱いはかなり悪い。元々は関東地方の極一部にしか販売されていない飲み物で、アスタリスクの自販機では見かけたことすらない。

 アスタリスク内でマッ缶を手に入れるには、百貨店や巨大なデパートなどの限定された場所でしか買う事が出来ない。しかも、八幡以外にもマッ缶愛好家がいるらしく、売り切れに遭遇することも度々あるのだ。

 

 そして百貨店の地下二階、飲み物売り場に到着した。此処には世界中の飲料が売られている。陳列された飲み物、マッ缶は隅の方にあるのでそこに近付き―――在庫が残っているのを発見した。ただし一本のみだ。

 

 一本だけでも無いよりマシだと思い手を伸ばして―――横から同じようにマッ缶を取ろうとした手が見えた。

 

「―――あ?」

「―――む?」

 

 お互いの視線が絡み合う。隣にいるのは水色の髪を持つ幼い少女だった。八幡と同様にマッ缶に向かって手を伸ばしている。目はくりくりと大きく、顔立ちはあどけない。一瞬、夏休みを利用しての観光客かと思ったが、胸元に星導館のバッジがあるのを見て、その可能性はなくなった。

 

「そちらの欲しいものはアレか?」

「―――ああ。そうだ」

 

 主語を出さずとも、互いの目的は一緒だと直に分かった。

 

「そちらに引く気は?」

「ない。マッ缶の愛好家として、その選択肢はあり得ない」

「……だろうな」

 

 こちらの問いかけも否定される。だが八幡とて譲る気は毛頭ない。目の前にいる見た目年下の少女には悪いが、引くわけにはいかないのだ。

 

「わたしは星導館中等部三年、沙々宮紗夜。そちらの名前は?」

「……界龍第七学園中等部三年、范八幡」

 

 同い年だった。少女の見た目は完全に年下に見えたのでこれは驚きだ。内心動揺しながらも顔には出さず、こちらも名前を告げる。すると紗夜はこちらを睨みながら次の言葉を口に出す。

 

 このアスタリスクで揉め事が起これば―――解決方法は一つだけだ! 

 

「不撓の証たる赤蓮の名の下に、我沙々宮紗夜は汝范八幡への決闘を「もーらいっ!」なっ!」

 

 沙々宮紗夜が決闘を申請しようとしたその瞬間に、誰かがマッ缶を掻っ攫った。

 そしてその犯人はこちらに目もくれず走り去っていく。

 

「いやー! やっと一本GETできたよ!」

「はぁ、漸くか。じゃあ、急いで学園に戻るぞ。この暑い中いつまでも外には居たくない」

「悪かったって。でもありがとね、カミラ。付き合ってくれて助かったよ」

「それはいいんだが。その甘ったるい飲料をよく飲む気になれるな。糖尿病になるぞ」

「ちっちっちっ、分かってないなーカミラは。研究の疲れを取るのに、このマッ缶は最適のアイテムなんだよ」

「……私には分らんよ」

 

 遠ざかる二人組を眺めた後、八幡は隣にいる少女を見る。少女は完全に固まっていた。

 

「……決闘、するのか?」

「………………いや、しない」

 

 沙々宮紗夜の悲しみに暮れた呟きが、八幡の耳に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、こんな所でマッ缶の愛好家に会うとはな。本当に驚きだ」

「それはこちらも同意見。わたし以外であの飲料を飲む人に会ったのは初めて」

「……さっきの人も飲んでるみたいだったがな」

「アレはアルルカントの制服だった。今度会ったら絶対にぶちのめす」

「……気持ちは分かるが穏便にな」

 

 二人揃って外を歩く。アスタリスクで数少ないマッ缶愛好家の二人は意気投合し、先程の出来事を振り返っていた。そして紗夜先導の元、マッ缶の次の売り場へと向かっていた。

 

「それにしても、沙々宮がマッ缶の売り場をこれだけ知っているのは驚いた。売り場のデータまで貰って本当によかったのか?」

「それは別にいい。数少ない同士を助けるのは当然の事」

 

 八幡が手元のウィンドウに目を通す。そこには、アスタリスクのMAPに幾つかのアイコンが強調され表示されていた。その全てがマッ缶の売り場を示している。八幡も入学以降マッ缶の売り場を探していたが、これだけの売り場は把握していなかった。

 

「……しかしよくこれだけの売り場を把握してるな。直接店に確認しに行ったのか?」

「いや、違う。お店に連絡して一件ずつ問い合わせをした。時間は掛かるけど確実に知ることが出来る」

「なるほど。その手があったか」

 

 八幡の確認方法は直接店を訪れることだったので、その方法は思いつかなかった。そんな話をしながら歩いていると、八幡はふと気になることがあった。目的地は大通りにあるはずなのに、今いる場所は細道に入っているのだ。

 

「……なぁ、沙々宮」

「なんだ、范」

「これ、道間違ってないか? 明らかに目的地に向かってない気がするんだが」

「……そんな事はない、多分」

 

 紗夜は地図を睨みつけながらこちらの質問に答えた。そんな彼女を見て八幡は気付く。

 

「お前、もしかして方向音痴か?」

「…………地図が分かりにくいのが悪い。わたしは悪くない」

 

 普通に地図を見れば迷う事はないはずだが、紗夜は己の過ちを認めない。そんな彼女を見て八幡は提案する。

 

「とりあえず、次の場所へは俺が連れて行こう。いいか?」

「……頼む」

 

 八幡の提案を沙々宮紗夜は受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。此処を曲がればもうすぐ次の目的地だ。やっと此処まで来たな」

「うん、助かった。わたし一人では此処まで辿り着けなかっただろう。感謝する」

「……方向音痴も大変だな。それにしても、次の場所にマッ缶が残っていればいいんだが」

「そればかりは時の運。期待するしかない」

「それはそうなんだがな」

 

 二人で愚痴りながら曲がり角を曲がる。すると次の目的地である大型のスーパーが見えてきた。

 二人は歩くスピードを上げ、スーパーの入り口付近までやって来たが―――そこで騒動が起こっているのを発見した。

 

「や、やめて下さい。私達が何をしたって言うんですか」

「そ、そうです。ぶつかった事は謝ったじゃないですか」

「あぁ! そりゃねぇぜ、お嬢ちゃんたちよ。お前さん達がぶつかったせいで、こいつは怪我したんだぜ。見ろよ、この痛そうな顔を。こりゃ大怪我だぜ」

「あぁぁっ! 痛てぇ! こりゃ骨折してるかもしれねぇぜ」

「おぉ、それは大変だ。これは慰謝料を要求しなきゃいけねぇな」

 

 数人の見慣れない少女の姿が見えた。胸元にはクインヴェールのバッジをした少女達。そして彼女たちを十人ほどの男達が取り囲んでいた。モヒカンなどの特徴ある髪型に、ガラの悪い服装の数々。それを見れば、男達が何処の所属かは一目で分かった。

 

 ―――レヴォルフ黒学院だ。

 

「……またお約束というか、ベタなことをやってるもんだ」

「あんな大昔の手法で因縁を付けるとは、流石はレヴォルフ。あのモヒカンと一緒で時代遅れな連中だ」

「しかしモヒカンなんて初めて見たな。あんな髪型をするのは、某世紀末漫画の登場人物だけだと思っていたんだが、実在したんだな。これは驚きだ」

「……私も読んだことがある。確かにあの漫画のやられ役によく似ている。これはびっくり」

「おい! そこの二人組!」

 

 二人でレヴォルフの連中を見ながら感想を言い合っていたら、相手がこちらに気付いた。

 

「何こっち見てんだ! 文句でもあるのか! あぁっ!」

「いや、文句というか―――感想?」

「そう。お前たちが如何にベタな存在かを話し合っていた。いや、実に感心した。今時あんな方法でイチャモンを付ける人間がいるとは実に驚きだ」

「んだとっ! このチビ! なにがイチャモンだ!!」

 

 紗夜の言葉に男は大きな声を上げ、一人の男がこちらに近付いて来る。その様子を見て紗夜がこちらに目配せする。その意図に気付き八幡は頷く。

 

「いや、男が数に任せて少女を取り囲むって時点で既にアウトだろ。しかも怪我してないのにイチャモン付けるとか、見苦しいにも程があるぞ」

「所詮、こいつらは数だけが取り柄の雑魚の集まり。その内、某世紀末漫画の様にヒャッハーとか言うに違いない。うん、きっとそうだ」

「ああ、それは一度聞いてみたいな。リアルで聞くとどんな感じか凄い気になる」

「て、てめぇら! 黙って聞いてれば好き放題言いやがって!」

「おい! この二人を逃すな! 囲め!」

 

 二人の挑発に男達は完全に乗せられた。少女たちの周りに居た男達も彼女達から離れ、こちらに駆け寄ってくる。

 

 それを確認した八幡は少女たちに目線を送る。すると一人の少女と目が合う。次に軽く頷き、こちらの意図を伝える。そして少女がはっとした表情となり、こちらも軽く頷いた。

 

 男達が八幡と紗夜の二人を完全に取り囲んだ。八幡と紗夜は背中合わせでそれに対応する。男達が煌式武装を取り出し、それを展開した。因みに怪我をしたと言った男も元気に煌式武装を構えている。

 

 そして二人が作った隙を付いて―――少女たちが全力で逃げ出した。

 

「なっ! しまった!」

「おい! 逃がすな、追え!」

 

 少女たちが逃げた事実に慌てる男達。慌ててその後を追おうとする。

 

 しかし―――

 

「―――それは止めた方がいい」

 

 沙々宮紗夜の姿を見て動きが硬直する。彼女の手にも煌式武装が展開されていた。しかしそれはとても巨大で、少女が扱うには余りにも不釣り合いに見えた。

 

「……おい、沙々宮。それは何だ?」

「―――三十八式煌型擲弾銃ヘルネクラウム」

「擲弾銃ってグレネードランチャーか」

「正解。よく知ってるな」

 

 紗夜が己の煌式武装の名を明かす。彼女の身体の二倍以上の大きさであるその巨大な煌式武装を軽々と持ち、少女を追おうとした男達に照準を合わせていた。これでは後を追えない。追おうとすれば背中を撃たれてしまうだろう。

 

「半分は任せてもらって構わない。そちらもいけるか、范?」

「まあ、この程度の連中なら大丈夫だろう……普段の鍛錬に比べれば朝飯前だ」

「なるほど、じゃあ問題ないな」

 

 観察した限りでは動きは素人同然。恐らく序列入りすらしてないような連中だ。ならば何の問題もない。

 

「っ! なめるんじゃねぇ! いくぞ、てめぇら!」

「おお! やってやるぜ!」

「レヴォルフをなめるんじゃねぇ!」

 

 気合だけは十分とばかりに男達が二人に襲い掛かる。

 それに対し―――

 

「さっさと片付けてマッ缶探しだ」

「……どーん」

 

 八幡は無手で突っ込み、紗夜は己の煌式武装を発射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……疲れた」

「……同じく。こんなに時間が掛かるとは思わなかった」

 

 疲れ切った二人が荷物を持ちながら道を歩く。因みに戦闘自体は直に終わった。二人に掛かればレヴォルフの一般生徒など問題にもならない。

 

 ―――だが別の問題がその後に発生した。

 

 それは戦闘終了後、逃げ延びたクインヴェールの生徒が警備隊を連れて戻って来たのだ。結果、八幡と紗夜は警備隊の事情聴取に捕まり、時間を取られることになってしまった。

 

「とりあえず、マッ缶が見つかったことだけが唯一の救いだ。そう思わなきゃやってられん」

「これで見つからなければ、アルルカントへの殴り込みも検討していた」

「まだ言うか。少し気にしすぎじゃないのか?」

「よく言うではないか。食べ物の恨みは怖いと。横取りされたマッ缶の恨みは忘れない。そう絶対に」

「……あの人とお前が会わない事を祈るよ、ホントに」

 

 二人は両手にビニール袋を持っていた。勿論、中身は全てマッ缶だ。事情聴取から解放後、幾つかの店を周り、在庫を全て買い占めたのだ。

 

 時刻は夕方より少し前。真夏なので日はまだ高いが、予定よりかなり遅くなってしまった。折角の休日が台無しだと、げんなりとしながら歩く八幡に紗夜は声を掛ける。

 

「それにしても范も剣を使うのだな。少し意外だ」

「…………どうして分かった」

 

 声のトーンを変化させる。今日は刀を持ち歩いてないし、先程の戦闘でも無手で対応した。普通ならバレるはずがない。

 

「私も昔、幼馴染から少しだけ剣を習ったことがある。剣士の動きはそれなりに分かってるつもりだ。それにさっきの戦闘で動きも見せてもらった」

「なるほど。動きで判断されたか。大した観察眼だ。でも、こちらだって驚いたぞ。沙々宮のその煌式武装。凄いな、それ」

「ふふん。お父さんの自慢の一品だ」

 

 紗夜が胸を張って誇らしげにする。

 

「その手の煌式武装はアルルカントの専売特許かと思ったが、他の学園にもあるんだな」

「確かに技術力ではアルルカントが六花で一番。だが、お父さんの煌式武装はアルルカントにだって負けはしない。私はそう思ってる」

「そうか……」

 

 父親の煌式武装に随分と自信があるようだ。だが先の戦闘で見せた破壊力は確かに侮れない。しかしその口調から、アルルカントに少し思う所があるようにも思えた。

 

 八幡はとりあえず別の話題を口にする。

 

「……沙々宮は序列外だよな。少し前に見た星導館の在名祭祀書には載ってなかったと思うが」

「うん。それは間違いない」

「お前の実力なら冒頭の十二人になれると思うんだが、狙う気はないのか?」

「ない。冒頭の十二人になったら、色んな生徒から沢山試合を申し込まれる。それはとてもめんどくさい。なら序列外の方が気楽でいい」

「すげぇ共感できる。めんどくさいよな、そういうのは」

 

 思わぬ所で共感し、互いに頷き合う。序列上位にもなれば、毎月決闘を申し込まれるのはほぼ確実だ。八幡的にもそれは避けたい。ただでさえ鍛錬で忙しいのに、他の生徒の相手なんてしてられないのだ。

 

「范の方も序列外なのか。あの動きならかなり出来ると見たが」

「……俺の方は大したことないぞ。普通にやられまくってるからな」

「ほう。界龍はそんなに強い奴が多いのか」

「ああ。うんざりするほどにな」

 

 アスタリスクに来て約二ヶ月と少し。毎日ボコられるのは今も変わらない。虎峰に対しては多少勝利をもぎ取る事が出来るようになったが、現状の勝率は約一割。他のメンバーには未だ勝てないままだ。

 

「―――ほんと、まだまだだよ。俺は」

「……そういう風に自分の強さに謙虚になれる人は強い―――綾斗もそうだった」

「綾斗? 誰だ、そいつは?」

「天霧綾斗。私の幼馴染。ちょー強い剣士」

「強い剣士ね。沙々宮よりも強いのか?」

「勿論。私なんて相手にならない。強くてとてもカッコいい」

 

 自分よりも強いと紗夜は断言する。しかも頬を染めながらだ。どうやらその幼馴染は男で、しかもその彼に好意を抱いているだろうと八幡は確信した。

 

 そんな話をしていると十字路が見えてきた。此処で二人の帰り道は別となる。

 

「じゃあ今日は助かった、范」

「ああ、こちらも助かった。データありがとな」

「気にするな。お互い様だ」

 

 そう言って二人は別れた。八幡も駅の方へと歩き出し、道中ぽつりと呟く。

 

「天霧綾斗、ね。あの沙々宮が敵わないとなると……今の俺のレベルじゃ厳しいかもな」

 

 剣士とガンナーの違いはあれど、沙々宮紗夜という少女の実力は相当なレベルだった。それがまったく敵わないとなると今の八幡では恐らく勝てない。

 

 ―――あの時の力を引き出せればまた別だろうが。

 

「……無理だな。少なくとも今はまだ」

 

 自身の実力は自身が一番分かっている。再封印された星辰力の封印はまだ解けない。いや、解いてはならない。それは范星露にも厳命されている。

 

 ―――いいか八幡。その封印された星辰力と能力は解いてはならんぞ。使いこなせると確信するまでは絶対に駄目じゃ。分かったな。

 

 厳重に抑え込まれたあの時と違い、今の封印はかなり緩い。恐らく己の意志を固めれば解けてしまうだろう。だが今の段階で封印を解けば、短時間で再び暴走してしまうのも間違いない。

 

「まあ、気長にいくか」

 

 今は星露の言う通り基礎固めの時期だ。身体を鍛え、精神を研ぎ澄ませ、その力を扱えるように。それが出来るようになれば、八幡の望みに一歩近づける。

 

「はぁ、帰るか」

 

 そんな日が来るのは遥か先か。はたまた近日のことか。まだ見ぬ未来を考えながら、八幡は界龍へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまっと……あれ? 何で冷房が効いてるんだ。切ったはずなのに」

「おお、遅かったな。八幡」

 

 八幡が自室に帰ると星露がそこに居た。

 

「俺の部屋にいたか、星露。ちょっとトラブルに巻き込まれてな。ほれ、お土産」

「おお! マッ缶ではないか! おぬしの冷蔵庫に在庫も無かったからな。どうしようかと思ったぞ」

 

 八幡がマッ缶を一本投げると星露が喜んでそれを受取る。

 

「とりあえず、買えるだけ買ってきた。これで暫くもつだろ」

「うむ、よくやった……しかしかなり汗をかいたようじゃな。Tシャツがビチョビチョじゃぞ」

「まあ、こんだけ暑けりゃな。ちょっと歩いただけでこうなるさ。とりあえず風呂に入ってくる」

 

 夕飯前に汗を流しておきたい。そう考え、風呂に行くことを星露へ告げると、彼女は何故かニヤリと笑う。

 

「そうか。なら行ってくるといい。夕餉はもうすぐじゃぞ」

「あ、ああ。行ってくる」

 

 何故か嫌な予感がしたが、汗だくのままは気持ち悪いので風呂場へと向かった。

 

 

 ―――後で考えれば部屋のシャワーで済ませれば良かったと、八幡は後に語った。

 

 

「ほれ。背中を流してやるぞ、八幡」

「ちょっと待て! 何で普通に入ってきてる。ここ男湯だぞ」

「安心せい。入口の札は立ち入り禁止にしてある。問題ない」

「いや、問題しかないと思うんだが」

「ほれほれ、いいから座れ。背中が洗えんじゃろうが」

「……分かったよ」

 

 そして二人はお互いの身体を洗い、一緒にお風呂に入った。

 

 その後、夕飯の席で二人で風呂に入ったと星露が自らバラし、八幡は女性陣にからかわれる事になったのだが―――それはどうでもいい蛇足の話だ。

 




今回は沙々宮紗夜の登場回でした。

次回は閑話ですかね。総武編か、別のお話か。どちらかになる予定です。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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