「……どうしてこうなった?」
八幡は思わず呟く。自分の置かれている状況が理解できない。否、理解はしているが、置かれている状況に納得ができなかったからだ。
「はぁっ!どうしたの!もっと本気でかかってきなさい!」
「おらっ!へっ!この程度じゃ張り合いがねぇなぁ!」
同行者の二人が黒服の男達を素手で吹き飛ばす。吹き飛ばされた男は気絶し立ち上がることができない。
「はぁぁー」
大きく溜息を付く。その隙を付き黒服の男が八幡の背後から襲い掛かる。だが、それを軽く躱しながら相手の腕を取り投げ飛ばす。受け身を取れなかった男は、そのまま気絶した。
「へーやるじぇねぇか、八幡!」
「……どうも」
同行者の称賛の声を浴びながら八幡は考える。
「……ほんと……どうしてこうなったんだろうな?」
呟きながら今日の出来事を脳裏に思い出していった。
「八幡くん、今日これから暇?」
雪ノ下陽乃に誘われたのは、学校と鍛錬の終了後の夕食の席でのことだった。
「暇と言えば暇ですよ。今日この後は瞑想ぐらいですから。なぁ星露?」
「うむ、今日の鍛錬は一通り終わっておるからのう」
星露の返事が返ってきたことで、陽乃は嬉しく笑う。
「じゃあ、お姉さんと一緒にお出掛けしよっか?」
「この時間からですか?一体何処に?」
「それは行ってみてからのお楽しみかな」
八幡は少し考え込んだ。
「……殴り込みとかじゃないですよね?」
「違う違う。普通に遊びに行くんだよ。私以外にも一人いるけど、その子と一緒にね」
「俺が一緒だとお邪魔じゃないですか、それ?」
「大丈夫、大丈夫。とってもいい子だから」
陽乃の笑顔に嘘はないと感じ八幡は返事を返す。
「まあ、いいですよ。陽乃さんにはお世話になってますから」
「よし!決まりだね。じゃあ、夕食後私服に着替えてから出掛けよっか」
「はい。分かりました」
後から思えば、この時点で怪しいと思うべきだったのかもしれない。
「……陽乃」
「なに、星露?」
梅小路 冬香は面白そうな笑みを浮かべ、武暁彗は我関せずとした態度をし、范星露は苦笑していたのだから。
「ほどほどにの」
「分かってるって♪」
雪ノ下陽乃は、これ以上なくいい笑顔だったのだから。
「……何か見られてませんか?」
「そう?気のせいじゃないかな?」
陽乃の言葉に一旦納得するも、周囲の視線を観察する。
「…………やっぱり見られてるよな」
そう小声で呟きながら歓楽街を二人並んで歩いていく。
陽乃は気にしていないが、道行く通行人の視線は陽乃に集中しているように見えた。最初は彼女の容姿に注目しての視線かと思ったが、それだけではないようだ。
視線には二種類ある。一つは一般人からの視線。主に羨望や好奇心などの正の感情だ。
しかし堅気以外の人間からは違う。こちらに注目しつつ、絶対に陽乃とは目線を合わせない。そこから感じる感情は、動揺、恐怖、怯えなどの負の感情だ。
この人は歓楽街で何をやらかしたんだと思いつつ、待ち合わせと思われる場所に向かって歩いていく。そして暫くすると大声でこちらに呼びかけてくる人がいた。
「おーい!師匠ー」
一人の女性が大きな声でこちらに向かって手を振っている。
「はーい!イレーネ!」
陽乃もまた手を振りその女性へと歩いていく。八幡も陽乃の後に続く。
「ごめん、待たせたね」
「いや、こっちも今来たばっかりだから問題ないって。それよりさ」
イレーネと呼ばれた女性がこちらを向きニヤリと笑う。
「師匠が男連れなんて珍しいじゃん。何?彼氏?」
聞かれた陽乃は、八幡の腕を取りいきなり抱きついた。
「ちょっ!?」
「へへーいいでしょー」
いきなりの事に驚きを隠せない。腕に感じる柔らかな感触に動揺し、思わず顔が赤くなってしまう。
「相変わらず八幡くんの反応は面白いねー」
「……俺を揶揄うのはそんなに楽しいですか?」
「うん、もちろん」
笑顔を共に勢いよく頷かれると、八幡は脱力するしかできなかった。そして八幡の反応に満足したのか、陽乃もその腕を放す。
「紹介するね、イレーネ。彼はこの前うちに転校してきた八幡くんだよ」
「……范八幡です」
軽くお辞儀をしてこちらの名を告げる。
「で、八幡くん。こっちがイレーネ。見て分かる通りレヴォルフの生徒だよ」
「イレーネ・ウルサイスだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
レヴォルフの制服を着た女性、イレーネ・ウルサイスが自己紹介をした。
「で、連れてこられたのが此処か」
あの後、どこかのビルの地下へと入り、連れてこられたのが今現在いるカジノであった。JAZZと思われるBGMが店内を流れ、周囲の客は思い思いにゲームに参加している。ある者はルーレットを、ある者はディーラの元でポーカーを。そして八幡はというと。
「………お、当たりだ」
目の前のスロットマシンの絵柄が横一列揃った。軽快なBGMと共にスロットマシンからコインが排出され、それらがケースに積み上げられる。
星脈世代用に改良されたスロットルマシンのようで、通常よりも回転がかなり速いマシンだ。だが八幡も目には自信がある。見事にコインを稼いでいた。
「しかし……どう見ても普通のカジノじゃないよな」
辺りをちらりと見て呟く。客層もさる事ながら、従業員の気配が明らかに一般人のソレではない。
「……目を付けられても面倒だ。あまり稼がないようにするか」
何事もほどほどが一番だ。目立って目を付けられると面倒ごとしか生まない。しかし、荒稼ぎしなければ問題はないだろう。
「なぁ、ちょっといいか?」
横から声が掛かる。そこに視線を向けるとイレーネ・ウルサイスがこちらに近付いていた。
「どうかしましたか?ウルサイスさん」
「イレーネでいいよ。後、その丁寧口調も止めてくれ。むずかゆいったらありゃしない」
「……分かった、イレーネ。それで何か用か?」
「師匠が連れてきた男に興味があってね」
イレーネがニヤリと笑う。
「……男って、別に陽乃さんと付き合ってるわけじゃないんだが」
「それは分かってるさ。ただ、あんなに男に甘える師匠は初めて見たからね。気になったのさ」
「そうなのか?」
「ああ、昔の師匠とは大分違うね」
イレーネの言う陽乃の過去に少し興味が湧いた。
「昔の陽乃さんはどんな感じだったんだ?」
「……あたしが感じたイメージは孤高の人って感じだな。誰よりも強さを望んで、誰よりも強くあろうとした。だけど、どこか張りつめていてさ。余裕がないっていうのかな?よく笑ってたけど、何か偽物って感じだったね」
八幡が最初に会った陽乃もそんな感じだった。
「けど、最近の師匠は前より親しみやすくなったよ。三ヶ月ぐらい前に久しぶりに会ったら、まるで別人だったからびっくりしたよ」
「……そうか」
三ヶ月前というと陽乃が雪ノ下家と縁を切った頃になる。実家と縁を切ったことが、彼女の精神的負担を軽くしたのだろう。
「そういえば、陽乃さんのことを師匠って呼んでるみたいだが、何の師匠なんだ?」
「うん?ああ、簡単だよ。これさ」
イレーネは手に持ったケースを八幡に突き出す。そのケースにはコインがいっぱい詰まっていた。
「アタシもカジノにはよく行ってね。けど、自分で言うのもなんだけど弱くってさ。負けまくってたんだよ。けど、ある日勝ちまくっている師匠を見かけてね。思わずその場で弟子入りを頼んだのさ」
「……あの陽乃さんがよく受けたな」
「まあ、最初は断られたさ。けど、しつこく頼んで弟子入りさせてもらったよ。おかげで借金も減ったしね」
「借金?」
「おっと、余計なことまで言っちまったな。まあ、師匠のおかげでアタシら姉妹も大分助かってるって話さ」
「……なるほど」
そこまで言うとイレーネは笑顔から一転、神妙な顔に変化する。
「……なぁ、こっちも一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「あーアンタが知ってるかどうか分かんないんだけどさ、師匠って妹さんがいるんだよ」
「………妹」
心臓がドキリとした。
「そう。雪ノ下雪乃って名前らしいんだけどさ。そいつの話が最近師匠から全然出てこなくってさ。何か知らないか?」
「………いや、知らない」
胸の奥が騒めく。
「そっか。妹好きのあの人がその話題を避けてるようだからさ。ちょっと気になったんだよ」
「…………そうか」
心が乱れる。無意識に考えないようにしていた。だが、一度その名を聞けば強制的に考えさせられる。
そして脳裏にフラッシュバックが起こった。
――――私のような女の子と話が出来れば、大抵の人間と会話が出来ると思うわ。少しは更生したんじゃないかしら。
――――貴方の事なんて知らなかったもの……でも、今は貴方を知っている。
――――貴方のそのやり方、とても嫌い。
「――――――い!――――――おい!」
「!?」
肩を揺さぶられて意識が覚醒する。目の前でイレーネが八幡の肩に手を置き揺さぶっていたのだ。
「……どうかしたか?」
「どうかしたかじゃねぇよ!いきなり動かなくなったからびっくりしたぞ……それに顔色悪いぞ」
「…………そうか。悪い。ちょっと外行ってくるから、これ預かってくれ」
「ああ、分かった」
イレーネにコインのケースを預けて一旦外へと向かった。
建物の外に出ると夜の風がその身に当たる。少し歩き、風当たりのよい場所へと移動した。
「はぁぁーーーー。ふぅぅーーーーーー」
深呼吸を何度か繰り返す。すると気分が少しだけ落ちついてくる。
「変わってねぇな、俺」
自分の心の弱さが嫌になってくる。かつて共に過ごした同じ部活の人物。彼女たちに対する想いは今でも整理が付いていない。
「………俺はどうしたいんだろうな?」
その答えは――――まだ出ない。
10分ほど外で休憩して店の中に戻った。すると様子がおかしい事に気付く。店内が客の騒めきで喧しくなっているのだ。嫌な予感がしつつ二人の姿を探すと、騒ぎの中心に陽乃がいた。
「……陽乃さん?」
「ああ、八幡くん。どうしたの?」
「それはこっちが聞きたいですよ。何やってんですか?」
「痛ててっ!はっ、放せぇ!」
陽乃がディーラーの手首を捻上げていた。
「この人がイカサマしてたからね。それで締め上げてるの」
「な、何を証拠にそんなっ!ぁぁぁぁっ!?」
「はい。黙って」
「……証拠はあるんですか?」
当たり前の話だが、証拠がなければイカサマは認められない。
「はい。これ」
「………なるほど」
陽乃が手首のスナップで飛ばしてきたカードを受取る。触った瞬間に何か違和感を感じた。咄嗟に星辰力を流し込み干渉すると、カードの絵柄と数字が変化した。完全なイカサマである。
「これまた凄いイカサマですね」
「そういった能力よ。普通の相手なら誤魔化せるんでしょうけど、ね」
「ぐぁぁぁっ!?」
陽乃がディーラの手首をさらに締め上げる。
「……何か手馴れてませんか」
「師匠に掛かればプロのディーラーも形無しだよ。大したもんさ」
イレーネがいつの間にか傍に来ていた。
「で、師匠。そいつどうすんの?」
「うーん。まあ、相手の対応次第かな」
陽乃の視線が別方向へ向けられる。するとそこには一人の男がいた。
「この落とし前はどう付けてくれるのかな。支配人さん?」
「……何のことでしょうか?」
「おいおい!これだけあからさまなイカサマしといて、それはないだろう」
「イカサマですか?そのような事実無根のことを責められても、こちらも困ってしまうのですが」
支配人の男が目配せをする。すると従業員たちが陽乃たち三人を取り囲むように動く。更に奥の方から増援と思わしき黒服の男達も駆けつけてくる。
「へー。そういう態度で来るならこちらにも考えがあるよ」
「……陽乃さん。あんまり挑発しない方がいいのでは」
「もう遅えよ。連中、こちらを潰す気満々だぜ」
イレーネの言葉を確かめるように周りを見る。従業員たちが煌式武装を取り出し構えている。
「ひぃふぅみぃっと、一人頭ざっと十人って所かな?」
「へっ!上等だ。やってやろうじゃねぇか!」
二人は応戦する気のようだ。三人を取り囲む黒服の男達も殺気を漲らせ、今にもこちらを襲い掛かろうとしている。一触即発の状況だ。
「………やれ」
支配人の男の言葉が戦闘開始の合図だった。
そして話は冒頭の状況と相成る。しかし雪ノ下陽乃、イレーネ・ウルサイス、范八幡。何れも冒頭の十二人クラスの実力者三人が相手となると結果は一目瞭然だった。
「はぁ、こんなものか。つまんないな」
「まあ、場末のカジノじゃこんなもんだよ、師匠」
「……やってしまった」
黒服の男達と従業員は全員床に倒れている。尚、この騒動の最中、他の客たちは全て逃げ出している。その為、陽乃たち以外では無事なのはたった一人だけだ。
「さて、残るはあなただけね」
「ひ、ひぃっ!」
「年貢の納め時だな。支配人さんよぉ」
「だ、黙れ!き、貴様らこんな事してタダで済むと思うなよ!」
支配人の男が吠える。
「人の心配より自分の心配した方がいいんじゃないかな?」
「な、何だと!」
「もうそろそろ着く頃だと思うんだけどね」
陽乃の言葉を証明するかのように、出入り口付近が騒がしくなっていた。
「な、何の騒ぎだ」
「警備隊のご到着だよ」
「何!?」
「アタシが呼んだんだよ。師匠に頼まれてね」
「そりゃこれだけの騒ぎになったんだから、警備隊呼ばないとね。あれ?顔色が悪いね。支配人さん」
「………」
支配人の顔色が見るからに青くなり、呆然としていた。
「どうしたんですか、この人?」
「まあ、こんな裏カジノじゃ疚しいことはいっぱいあるんでしょ。しかも従業員はこんな有様。証拠を隠す時間はないとくれば、しょうがないんじゃないかな」
「……なるほど。で、俺たちはこれからどうします?このまま警備隊に話をしに行きますか?」
それに異を唱えたのはイレーネだ。
「そんな事する必要はねぇよ。このままトンズラしようぜ。連中に付き合ってたら時間が幾らあっても足りゃしねぇ」
「そうだね。じゃあ、二人はこのまま逃げていいよ。突破口は私が開いてあげるから」
陽乃が星辰力を解放し、そして獰猛な笑みを浮かべる。
「二人は後から来てね。じゃあ、行くよ!」
陽乃はそう言うと出入り口へと駆け出していった。
「おし!じゃあ師匠に任せてアタシたちも行くか」
「陽乃さんのあの様子……誰が来てるんだ?」
「……そりゃ警備隊と言ったらアイツしかいねぇだろ」
「…………まさか」
その予想は大当たりだった。
「はっはっはっ!勝負よ、ヘルガぁ!」
「通報があるから来てみれば!またお前か!雪ノ下陽乃!」
「今日こそ勝たせてもらうよ!」
「くっ!いいかげんにしろ!貴様の後始末に何度付き合わされてると思ってるんだ!」
「私が勝つまでよ!」
二人の激突で夜の街は一層騒がしくなった。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫か」
カジノを脱出した八幡は、途中でイレーネとも別れ走っていた。そして暫く走った後に裏路地に入る。周りに人がいない事を確認し安全圏に入ったと確信すると、そのまま建物の壁へ背を付けて休憩を取る。
遠くからは陽乃が引き起こしている戦闘と思わしき音が微かに聞こえる。予想が当たっていれば、相手はヘルガ・リンドヴァルのはずだ。
「……会うたびに挑むって言ってたもんな、あの人」
本当に言葉通りだとは流石に予想できなかった。それを考えると、今日の外出も仕込まれていた可能性がある。
「さて、とりあえず帰るか。陽乃さんも適当に切り上げるだろうし」
何だかんだで引き際を間違える人ではない。相手が時律の魔女といえども、逃げるだけなら何の問題もないだろう。彼女の実力はよく知っているので心配する必要はない。
八幡は再び歩き出す――――とはいかなかった。
「八幡くん?」
横から聞き覚えのある声がする。確認すると、そこには見覚えのある人物がいた。
「……リューネハイム?」
「やっぱり八幡くんだ。これまた奇遇だね。どうしたの、こんな所で?」
最初に会った時と同様に、変装したシルヴィア・リューネハイムが其処にいた。彼女はこちらに近付いて来る。
「付き添いでちょっと遊びに来ただけだ」
「付き添い、ね。こんな時間に歓楽街に遊びに来るだなんて、八幡くんは何時からそんなに悪い子になったのかな?」
「悪い子って。何だよそりゃ」
「ふふっ。冗談、冗談。私の勘が正しければあっちで起こってる騒動に関わってる気がするんだけど、どうかな?」
チラリと陽乃が戦っている方向を見て、シルヴィアが問う。
「………まあ、否定はしない」
「そっか。結構好戦的なんだね、八幡くん」
「別に自分から喧嘩を売ったわけじゃないんだが……」
そこで一つ溜息を付く。
「そういうリューネハイムこそ。前回は聞かなかったが、態々変装してまで歓楽街に何の用事なんだ?歌姫のお前さんがこんな所にいるなんて、バレたら只じゃ済まないぞ?」
キツイ口調で忠告する。世界の歌姫であるシルヴィア・リューネハイムが歓楽街に遊びに来てるなんてバレたら、マスコミが黙っている訳がない。だが、彼女がそれを理解してないとも思えない。
「それは十分に分かってるよ………人を探してるんだ、私」
「人を?なら、お前の能力を使えば……って、もう試してるか」
彼女の探査能力の凄さは前回経験済みだ。それで見つかっているのなら、彼女が此処にいるわけがない。
「アスタリスクに反応は合ったんだけどね……それ以上は絞り込めなかったんだ」
「それで足を運んで探してるわけか」
「……うん」
シルヴィアの表情に陰りが出る。その表情を目撃した八幡は焦りが生じる。
「あーすまん。俺なんかが聞いていい事じゃないな」
「ううん。別に気にしなくていいよ。八幡くんが言いふらすとは思ってないから」
シルヴィアは首を横に振りながらこちらに微笑む。
「………八幡くんは蝕武祭って知ってる?」
「蝕武祭?いや、聞いたことがない」
「そっか……蝕武祭は星武祭では物足りない人達が作った、非合法・ルール無用の大会でね。ギブアップは不可能で、試合の決着はどちらかが意識を失うか、もしくは相手の命を奪うかの二択しかない。正に狂気の大会だよ」
「……そんな大会がアスタリスクにあるのか?」
「今はもうないけどね。星猟警備隊の隊長、ヘルガ・リンドヴァルの手によって完全に潰されたから」
「そうか……」
蝕武祭の内容に戦慄する八幡。だがそれ以外に気にかかる事がある。
「もしかして、探してる人は蝕武祭の関係者なのか?」
「うん。蝕武祭に出場してたみたい」
真剣な表情で頷くシルヴィ。
「あの人があんな大会に参加してたなんて、私も信じられない。だけど、蝕武祭の関係者だとしたら、この再開発地区にいる可能性が一番高いんだ」
「なるほど。だから変装してまで探してると」
「そう。中々時間が取れないから、頻繁には来れないんだけどね」
苦笑しながらシルヴィアは答えた。
生徒会長とアイドルを兼任している彼女がとても忙しいのは、八幡でも想像が付く。それでも探している人がとても大事な存在なのだろう。自らの立場を顧みずひたすら探し続けているのだから。
つまり――――
「……恋人か?」
「……え?」
「いや、そんなに大切な人なら、探している人は恋人かと思ってな」
八幡の言葉に一瞬固まるシルヴィア。だが、八幡の言っている事を理解すると笑って否定する。
「違う、違う。そもそもウルスラは女の人だよ。私に歌を教えてくれた先生なんだ」
「そ、そうか。すまん。変な勘違いをした」
「残念ながら、私に恋人がいたことはありません」
そうシルヴィアが締めくくると、二人はなんとなく並んで歩き出す。
「これからどうするんだ?まだ、ウルスラさんを探すのか?」
「ううん。今日はこのまま帰るつもり。八幡くんは?」
「俺も界龍に戻る予定だ」
「あっちはいいの?」
シルヴィアが陽乃がいる方に視線を向ける。
「問題ない。あの人ならどうとでもなる。楽しみを邪魔するのも悪いしな」
「……八幡くんがそう言うならいいけど」
二人は大通りに出ると、歓楽街の外へ向かって歩き出す。
「あ、そういえば八幡くん。一つ頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……内容によるぞ」
「グリューエルちゃんとグリュンヒルデちゃんがね。君に会いたいって言ってるんだ」
「あの二人が?」
八幡の脳裏に、あの夜会った二人の姿が浮かび上がる。
「うん。あの時のお礼を改めてしたいんだって」
「別に礼なんかいらないぞ。こっちが勝手に首を突っ込んだだけだしな」
「本人たちは納得してないみたい。恩人にお礼をしないなんてリースフェルト家の名が廃るって。すごい剣幕で詰め寄ってきてね。押し切られちゃった」
「そこまで言うか……」
シルヴィアの口調から考えると断ることは難しそうだ。
「………分かった。二人に会えばいいんだな?」
「うん。ありがとう。二人とも喜ぶよ。あの日の最後、気付いたら八幡くんがいなくなってた事、気にしてるみたいだから」
「二人の邪魔をしたら悪いと思って、こっそり抜け出しただけなんだが……ところで、いつ会えばいいんだ?」
「その辺は二人を交えて応相談かな。また連絡するね」
「……ああ」
初めて会った時以来、二人は不定期に連絡をする仲になっていた。と言っても、シルヴィアが一方的に八幡に連絡しているのだが。
連絡してくる時間は主に就寝前。時間的にも短い時間でのやり取りだ。その内容も大したことはない。最近あった事を話したり、お互いに愚痴を言い合ったりする。そんな些細な内容だ。
そして暫く歩いていくと、歓楽街の外れへとやって来た。此処からクインヴェールと界龍へ行くには方向が違う。つまり二人の別れの時だ。
「じゃあ、此処からは別方向だね」
「…………」
「……どうしたの、八幡くん?何か考え込んでるみたいだけど?」
シルヴィアは八幡の様子がおかしい事に気付いた。
「……ちょっと、な」
「?」
「あーそのーなんだ」
「どうしたの?」
「……リューネハイムは、今後もウルスラさんを探しに歓楽街に行くんだよな?」
「そのつもりだけど?」
「そう、だよな……」
考え込む八幡。そして何かを決断したのかシルヴィアに話しかける。
「その、な。女の子が一人で歓楽街を行くのは危険だと思うんだ」
「うん。でも大丈夫だよ。荒事に対処できる実力はあるから」
「そうだろうな……ただ、歓楽街だと色んな輩がいるじゃないか。レヴォルフの連中やヤクザにマフィアもいるんだし、一人だと万が一があるかもしれないじゃないか。それに――――」
シルヴィアは八幡が考えてることに気付く。
「………もしかして心配してくれてるの?」
「………………悪いか?」
照れてそっぽを向く八幡。その顔色は赤く染まっている。それを見てシルヴィアはクスリと笑う。
「うーん。そんなに心配してくれるのなら、八幡くんにボディーガードになってもらおうかな、なんて」
「……別に構わないぞ」
「……え?」
八幡の返答にシルヴィアが固まる。冗談で言ったつもりだったのに予想外の返答をされたからだ。
頭をポリポリと手で掻きながら八幡は言う。
「正直放っておく方が心配だ。いくらリューネハイムが強いのが分かっていてもな」
「でも、私の都合で八幡くんに迷惑をかけるわけにはいかないよ」
「別に迷惑なんて思ってない。それに探すなら一人より二人だ。人手は多い方がいいだろう?」
「そうだけど……」
八幡の提案にシルヴィアは返事を返せない。彼女自身は、私事に他の人を巻き込むのは本意ではないのだ。
「まあ、気が向いたらでいい。別に押し付けるつもりはないからな」
「……うん、ありがとう」
シルヴィアは八幡にお礼を言った。その気持ちは素直に嬉しかったからだ。
「じゃあ、またね。八幡くん」
「……ああ」
そして二人は別れの挨拶を交わし、それぞれの学園へと向かって行った。
夜が更け、外灯のみが周囲を照らす道をシルヴィーはのんびりと歩く。目的地のクインヴェールまでは後少し。今日もまた探し人は見つからなかった。いつもなら気落ちするだけの帰り道だが、今日は少しだけ違った。
「……どうしよっかな?」
ぽつりと呟きながら、彼女は先程の提案に悩んでいた。
―――――別に構わないぞ。
范八幡。少し前に奇妙な縁で出会った男の子。
初対面の少女を身を挺して助けた少年の事を、シルヴィアは殊の外気に入っていた。
初めて出会ってからは、時折通信で連絡を取りあっているのだが、それがシルヴィアの最近の楽しみになっている。そしてその少ない交流の中で、彼女は彼の事を知っていった。
シルヴィア・リューネハイムは自他共に認める有名人だ。アイドルとして、歌姫として、彼女の知名度は世界最高峰だと言っても過言ではない。それ故に、彼女は色んな視線に晒される。同性からの視線はまだいいのだが、異性である男性からは、好意以外にもいやらしい目で見られることも多いのだ。
だが、八幡からはそういったものを感じない。だから、彼と話している時は自然体で話すことが出来るのだ。
アイドルとしてではなく、歌姫としてでもなく、一人の少女として自分の素を出せる。それが今のシルヴィアにとっては、とても心地よいものだ。
「思わず頷きそうになっちゃった……」
彼女にとってウルスラのことは自分だけの問題であり、他の人に手伝ってもらう様なことではない。だが、何の思惑もなく善意で手伝うと言われた為、素直に断ることが出来なかったのだ。
「ホントにどうしよう?」
断るのは簡単だ。だが本当にそれでいいのかと自身の心に疑問が生じる。人手が多い方が色々と便利なのは間違いないのだ。
「……とりあえず保留かな。まずは八幡くんの事を二人に話さないと。喜ぶだろうな、二人とも」
二人の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
「范八幡くん、か」
范星露と同じ姓を持つ男の子で界龍の特待生。范星露との繋がりがあるか気になったので、個人的に軽く探ってみたが、それ以上の情報は見つからなかった。だが、まったくの無関係とも思えない。
彼のことを自身はどう思っているのだろうか?ふと、そんな考えが彼女の脳裏を過ぎる。
「―――色んな意味で気になる男の子、かな」
彼の正体が。その実力が。そして彼自身のことが。色々な意味で気になるというのが、一番しっくりくる答えだ。
「そうだ!私もあの二人と一緒に八幡くんに会いに行こっ!」
突如良い考えが閃いた。もう狙われる可能性はないとは思うが、用心のためにボディーガードとして二人に付いて行けばいいのだ。変な輩が居たとしてもそれで対処できる。
「よし!そうと決まればスケジュール調整しないとね。ペトラさんとも相談しなくっちゃ♪」
シルヴィアは自身の機嫌を表すかのように、軽やかな足取りでスピードを上げ、そしてクインヴェールへと向かうのだった。
陽乃とイレーネ、そしてシルヴィアとの話でした。
次回は双子も絡む予定です。