学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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ランキング15位になっているのを確認。
やる気が急上昇したので頑張って完成させました!

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



第十七話 界龍での日常 黄辰殿の人達

 界龍での八幡の生活は、千葉に住んでいたころと変わらず早朝から始まる。

 八幡が寝泊まりしている場所は黄辰殿の一角にあり、そこを自室として使用している。だが、最初用意されていた部屋はとても広く落ち着かなかった為、星露に頼み込んで別の部屋を用意してもらった経緯がある。それでも千葉に居た頃の自室よりかなり大きな部屋なのだが。

 

 まだ見慣れぬ部屋の天井を見ながら目覚め、次にトレーニングウェアに着替える。そしてまだ朝日が昇りつつある黄辰殿の外へ出て、そのまま校内を走り出した。

 校内といってもその大きさは広大だ。なにしろ界龍第七学院は初等部から大学まで揃っている。その広さは六校の中でも随一だ。

 

 人の習性はそんなに変化するものではない。

 千葉に居たころも朝早く起きてランニングを行っていたが、それは界龍においても変わりはない。

 

 ただ、以前と違う点もある。

 

 八幡がランニングをしていると前方に人の姿が視認できた。目的はこちらと同じでランニングをしているようだ。徐々に近付いてきてすれ違う。そしてすれ違いざまに――――

 

「おはようございます」

「…おはようございます」

 

 互いに挨拶を交わした。そして暫くするとまた人の姿を見かけ、同じくすれ違いざまに挨拶をする。千葉に居たころはランニング最中に人を見かけることは殆どなかった。それはまだ時間が早すぎるためだ。

 

 しかし界龍と言う学園ではこの時間でも人の姿が確認ができる。皆、己の鍛錬の為である。ある者はランニングをし、又ある者は道場で稽古を始めるのだ。

 

 その証拠にランニング途中に道場の傍を通り過ぎると、中から複数の掛け声が聞こえてきた。八幡の記憶が確かならば、この道場は水派・木派所有の道場ではなかったはずだ。

 

「……早いな。もう始めてるのか」

 

 界龍で有名な流派は木派と水派の二種類である。これらは万有天羅の管理下にあり、規模、人員共に界龍における二大勢力を築いている。

 しかし他の流派が無いのかというとそうではない。様々な流派、様々な武術が存在する界龍では、小規模ながら数々の武門が存在する。それは学校の部活動であったり、サークル、同好会など、呼び方は様々だが、各自が己の強さを求め今日も鍛錬に勤しんでいる。

 

 武に力を入れている界龍第七学園ならではの特徴ともいえるだろう。

 

 学園を一周し黄辰殿が見えてきた。朝日が昇り辺りが明るくなってきたこの時間帯は、界龍の生徒がさらに活発化する時間帯だ。そこら中から人の声が聞こえてきた。

 

「さて、と」

 

 両頬を手で叩き気合を入れる。黄辰殿に戻れば朝の鍛錬が始まる。

 

 ――――ここからが本番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 朝の鍛錬は黄辰殿の道場で毎日行われる。鍛錬は模擬戦が中心で基本的に相手は星露が務めていた。

 が、先の大乱闘の件以降、星露が雪ノ下陽乃の要望を渋々受け入れ、八幡の相手は星露を含めて複数の人物が交代制で行っている。最も、付き添いで星露がいるのには変わりはないのだが。

 

 そして本日の相手は――――

 

「ぐぁぁぁっ!」

 

 強烈な一撃を受けその衝撃により吹き飛ばされる。吹き飛ばされた八幡は壁に叩きつけられ、そのまま崩れるように床に倒れる。

 

「……終わりか?」

「まだ……です」

 

 八幡の相手―――武暁彗は静かに語りかける。

 それに対し八幡は何とか絞りだすように返事をする。所々痛む身体を何とか起こし再び構える。

 

「そうか……ではいくぞ」

 

 静かに戦闘が再開される。

 言葉と同時に暁彗が動きこちらに迫る。それに対しこちらも痛む身体を無視して前に出る。受け身になっていては勝負以前の問題だ。何とかペースを握るべく、暁彗の動きを予想し刀での連撃を繰り出す。

 

 しかし通用しない。斬撃も、刺突も、抜刀も。己が持つ技を全て駆使しても届かない。その拳をもって全て防がれる。

 

「ならっ!」

 

 焦る八幡は星辰力の密度を上昇。攻撃力とスピードを上げさらなる攻勢に出る。それに対し暁彗は防戦一方―――ではない。八幡は気付かされる。あちらが反撃に出ないのは、こちらの様子を窺っているに過ぎないと。

 

【覇軍星君】武暁彗が本気を出せば今の八幡など鎧袖一触だ。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 自らを鼓舞するように叫び星辰力全開。己が出来る最高の威力を以って刺突を連続で繰り出す。直撃さえできれば如何に覇軍星君といえどもダメージを与えられるはず!

 

「…………」

 

 しかし左右交互に放った刺突は紙一重で避けられる。しかも余裕をもってだ。身体能力が、体術のレベルが違い過ぎる。

 

 暁彗が刀身の下から掬い上げるように拳を上げる。刀身が弾かれ、同時にそれを持つ右腕ごと跳ね上げられた。その結果、八幡の体勢が崩れ懐ががら空きになる。

 

「しまっ――――!?」

 

 その隙を逃す暁彗ではない。一瞬で密着するように八幡に接近。八幡の胸元に手を置き発勁を放つ。

 

「破っ!」

 

 雲脚と共に暁彗の一撃が放たれた。強烈な発勁。まともに喰らえば戦闘不能は免れない。

 

 だが

 

「……避けられたか。やるな八幡」

「ぐぅぅっ!……はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 暁彗が呟く。その冷静な口調には僅かばかりの感嘆が含まれていた。

 暁彗の一撃を躱せないと判断した八幡は、発勁が発動する直前に無理やり身体をずらした。その結果、発勁の発動は許したものの、その威力を散らすことができた。

 

 しかし直撃を免れてもダメージは深刻。もう動くことが出来ない。

 

「そこまでじゃ!」

 

 そこで星露が止めに入った。これ以上続けるのは危険。そう判断しての事だった。

 暁彗は戦闘態勢を解除し一礼。八幡も何とか身体を動かし同じく一礼をする。

 

「………ありがとう……ござい……ました」

 

 そう呟くと八幡はそのまま前方へ倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「痛つつっ!あーーしんどっ」

 

 朝の鍛錬が終わった八幡は汗を流すために浴場へと足を運んでいた。身体から汗を流し風呂に入ろうとすると、先程受けた痛みがぶり返す。我慢しそのまま湯の中に浸かる。

 

「はぁぁぁー。いい湯だー」

 

 お湯が傷に染みるが、それ以上に風呂の気持ちよさに思わず声が出る。鍛錬の後の風呂は骨身に染みる。まだ一日は始まったばかりだ。この後授業が普通にあるので、少しでも体力を回復させないと倒れてしまう。

 

「あの二人はまだやってるだろうな……」

 

 范星露と武暁彗。残った二人はまだ鍛錬を続けている。二人の日課だ。しかしあの二人が戦う所を見ると、ある事を思い出してならない。

 

「………最高の失敗作、か」

 

 大師兄 武暁彗のことを星露はそう評していた。そのときの星露の様子は明らかにおかしく、八幡の中では印象に残っている。表情は怒りを露わにし、口調は唾棄するように吐き捨てていた。

 

 ――――だが、そこに別の感情が含まれていると思うのは気のせいだろうか?

 

 最初におかしく思ったのは二人の鍛錬を初めて見たときだ。その激しさと二人の技の応酬に魅了された。が、それ以上に気にかかった。

 

「あの星露が戦いを楽しんでなかった……」

 

 范星露は自他ともに認める戦闘狂だ。彼女は誰かと戦うときは常に笑う。そこには強者も弱者も関係ない。戦うことに生きがいを感じ、喜び楽しみながら戦闘をする。

 

 ――――唯一の例外が武暁彗なのだ。

 

 武暁彗は強い。【覇軍星君】の二つ名を冠し、界龍序列二位である彼の実力は、星露を除けば他の追随を許さない。アスタリスク全体を見てもトップクラスの実力があるのは間違いないだろう。

 

 極めて無口であまり感情を表に出すことのない彼だが、本人の性格は非常に真面目である。その性格故に星露や陽乃に揶揄われているのを目撃したこともある。普段の様子から察するに、范星露が武暁彗を嫌っているわけではない。

 

「……大師兄、か」

 

 決して悪い人物ではない。むしろ八幡にとっては好感の持てる人物だ。不満を上げるとすれば、戦うときにあまり手加減をしてくれないことだろうか。

 彼と初めて戦ったときから感じていた。お互いに対峙していても、幾度ぶつかり合おうとも。彼はこちらを見ていない。視線はこちらを捉えていても、彼の瞳からは何の感情も読み取れないのだ。

 

 自身の考えが正しければ、彼が見ているのものは――――

 

「ふぅー俺が気にしてもしょうがないか……」

 

 あの二人の関係は自分より遥かに長い。聞いた話では、星露がアスタリスクに来る以前からの関係だという。ぽっと出の自分が口を挟むことではない。否、挟んではならない。

 

「さて、上がるか」

 

 それは本人たちが解決すべき問題なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂場から上がり身体を拭いた後に制服に着替える。そして浴場の入り口から出ると、次の目的地へ歩き出す。時間帯的には朝食の準備が始まってるはずだ。

 風呂に入ったお陰で体力は少し回復した。今日の朝食は何かなとぼんやり考え曲がり角を曲がると―――目の前に急に人影が現れぶつかってしまう。

 

「あたっ!」

「きゃっ!」

 

 軽い女性の悲鳴。慌てて前を見ると、ぶつかった女性が後ろに倒れそうになっている。反射的に手を伸ばし相手の手を掴む。

 

「……すみません」

「いえいえ、こちらこそすんまへん」

 

 目の前の女性に謝ると、相手も又こちらに謝ってくる。

 

「申し訳ありません。少しぼうっとしてたみたいで」

「かまへんで。ウチも同じみたいなもんやから」

 

 お互い様ということで笑って済ませ、手を放して朝の挨拶を交わす。

 

「おはようございます、梅小路先輩」

「おはようさんどす。八幡はん」

 

 女性の名前は梅小路 冬香。長い黒髪と京都弁が特徴的な八幡の先輩である。

 

「ふぁぁぁぁ~。まだ眠いわー」

「……また徹夜ですか?身体に悪いですよ」

「そないは言うたて、昨日の実験は中々いい感じやったんや。しょうがあらへん」

 

 悪びれずに答える様子を見る限り、懲りる気配はないようだ。

 彼女な界龍の中でも少々特殊な立場のいる人物で、本人は万有天羅の門下を自称している。が、正式には客分の身である。普段は黄辰殿の奥で日々術の研究に勤しんでいる。

 

「八幡はんは今から何処へ行くんどすか?」

「自分は朝食の手伝いをしようかと。先輩はどちらに?」

「ウチか?ウチは眠気覚ましに一風呂浴びるつもりや」

「……そうですか」

 

 その様子を少し想像してしまった。そしてそれに気付いたのか悪戯っぽい笑みを浮かべる冬香。

 

「な、何ですか?」

「う~ん。ウチと一緒にお風呂に入りたいんかな~と思うてな」

「……冗談は止めてください」

「かんにん。かんにん。顔が赤くなって、やっぱり八幡はんは揶揄いがいがあるな~」

 

 普段は優しくおっとりとした冬香だが、このように時折こちらを揶揄ってくる。本人は楽しそうだが、あまり冗談にならない冗談は止めてほしい所だ。

 

「ほな、また後でな」

「はい」

 

 冬香と別れ再び歩き出すと、少しして目的の場所であるキッチンに到着した。入口から中に入り声を掛ける。

 

「おはようございます。陽乃さん」

「あ、おはよー八幡くん」

 

 そこにはエプロン姿の陽乃が忙しなく動き回っていた。

 

「何か手伝いましょうか?」

「大丈夫だよ。後は仕上げだけだから。それに」

 

 陽乃が八幡の様子を見る。

 

「大分扱かれたみたいだね。もう少しで出来るから休んでて」

「いや、流石に何もしないというのは……」

 

 黄辰殿の朝食は基本的に陽乃が作ることが多い。だが、それに甘えて何もしないというのは別問題だ。

 

「そう?じゃあお皿とお椀。後、箸の準備をお願いしていい?」

「分かりました。お安い御用です」

 

 簡単な頼まれごとだがこれ以上何も任せてはくれないようだ。了承して準備を始める。

 

「ふっふ~ん。ふふ~ん」

「………」

 

 楽しそうに朝食の準備をする陽乃の姿を眺めながら、食器の保管場所へと足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、朝食が出来上がり少し時間が経つと残りのメンバーが集まってきた。キッチンから隣の部屋へ料理を運び、皆で朝食を食べ始める。各々が料理を口に運ぶ。

 

「うーむ。また腕を上げたのう、陽乃」

「いや、これ料亭の味って言われても信じますよ、俺は」

「…………」

「うーん。いい味付けや」

「今日の料理は良い感じに出来たからね」

 

 星露は一口食べて唸り陽乃の腕を褒め、八幡はあまりの美味さに舌鼓を打った。暁彗は無言で黙々と料理を食べ続け、冬香は料理の味を堪能している。そして陽乃は皆の称賛の声に喜びの顔を見せる。

 

「……今朝の朝食は京都料理なんですね」

「そうだよ。冬香のリクエストでね」

 

 今朝の献立は向付に汲み上げ湯葉。一飯一汁として白ご飯、京白味噌の豚汁、うるめいわしの丸干し、焼き海苔、お漬物である。

 八幡は味噌汁を一口飲む。ほんのりと甘く、そして優しい味が舌全体に感じられる。

 

「実家からいい湯葉と白味噌が送られてきてな。せっかくやから陽乃に頼んだんや」

「なるほど……でも」

「どうかしたの?」

 

 今更ながら気になることがあった。

 

「今更ですけど、どうして陽乃さんが料理してるんですか?食堂があるからそっちで食べてもいいと思うんですが」

 

 黄辰殿にはないが校内には食堂が何か所かある。学生のために早朝から営業している為、食べるだけならそちらでもいいはずだ。

 

「あーそれね。一応理由はあるよ」

「どんな理由ですか?」

 

 すると陽乃は目を細め周囲を睨みつける。

 

「元々自炊はたまにしてたんだよ。料理は嫌いじゃないからさ。ただ、鍛錬やら実験やらに集中して、まったく朝ご飯を食べない人達がいるのを何回も見かけてね。それで見るに見かねて、かな」

「それって……」

 

 八幡も周囲を見る。

 

「ふむ、そんな輩がどこにおるのやら?」

「ぬぅ………」

「あらーそれはいけまへんなー」

 

 視線の先には惚けて誤魔化す三人の姿が見える。

 

「ま、最初からこんなに上手だったわけじゃないよ……どっかの誰かさんにダメ出しを何回も喰らったせいかな?」

「え、それはどういう?」

 

 八幡が疑問に答えたのは一人の女性だった。

 

「それはどなたのことを言うとるんや、陽乃?」

「……忘れたとは言わせないわよ、冬香。人がせっかくご飯を作ったのに、味が濃いだの、出汁の取り方が甘いだの、食材が勿体ないだの散々言ってくれたじゃない」

「そないなこと覚えがありまへん」

「まったくもう。大体冬香はねぇ――――」

 

 そのまま言い争いを始める二人。責める陽乃に躱す冬香。そんな二人の様子に八幡は思わず目を丸くする。

 

「どうした、八幡?そんなに驚いた顔をしおって」

「ああ、いや……あんな陽乃さんは初めて見たと思ってな」

 

 今までの思っていたイメージとの違いに戸惑いを隠せなかった。誰かと軽口を叩き合うその姿は、ただの友達だけの関係とは思えなかったのだ。

 

「……仲がいいんだな。陽乃さんと梅小路先輩は」

「そうじゃな……じゃが、あの二人があのようになるとは、最初は想像もつかなかったがのう」

「どういうことだ?」

 

 隣の席にいる星露に手招きされたので、耳を寄せると小声で話してきた。

 

「……初対面の時のいざこざが原因での。あのままいくと殺し合いに発展したかも。そう思わせるほどに、あの二人は仲が悪かったのじゃ」

「……マジか?とてもそうは見えないが」

 

 八幡も小声で返事をしてから二人を見る。

 

「そこまで言うのならウチも言わせてもらいます。陽乃、あんさんはもう少し大人しくしはった方がいいんやないか?」

「どういう意味?」

「ぶっちゃけて言うと……嫁の貰い手がなくなるで」

「い、言ってくれるじゃない」

 

 口論はなおも続く。だが二人の表情は決して悪いものではなく、お互いに楽しんでるようにも見える。

 

「ま、あの二人にも色々あった。そういうことじゃな」

「そう、なのか」

 

 何があったかは分からない。だがそんな関係もあるのだと感心し――――少しだけ羨ましかった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝食が終われば学校の教室へと向かい、そのまま授業が始まる。最初は普通に授業を受けていたのだが―――限界はすぐに訪れた。

 

「だ、大丈夫ですか、八幡?」

「なんだか眠そうだねー」

「……………ああ」

 

 声を掛けてくる虎峰とセシリーに何とか返事を返す。

 朝の鍛錬の疲れと痛みは抜けきれず、時間と共に眠気が襲ってきたのだ。何とか耐えてはいるが限界は近い。

 

「今朝の鍛錬は大師兄が相手でな……」

「ああ、そういうことですか」

「うん、納得した」

 

 八幡の一言で二人は納得した。大師兄を相手にするとどうなるか。八幡より暁彗との付き合いが長い二人にはよく分かった。

 

「とりあえず、後一限で昼休みです。そこまでは頑張ってください」

「……次の授業は何だったっけ?」

「うーんと、数学だよー」

「もう駄目だ。後は頼む」

 

 そのまま机にうつ伏せになり眠りに入る。

 

「八幡!寝ないで下さい!」

「いいんじゃなーい。別に」

「駄目です!起きて下さい!」

「………すぅぅ」

 

 虎峰は八幡の体を揺らし何とか起こそうとする。しかし起きる意思がまったく感じられない。

 

「……仕方ないですね。アレを使いましょう」

「アレ?」

「師父に教えてもらった対八幡最終兵器です」

 

 虎峰はカバンからある物を取り出した。

 

「八幡起きて下さい。起きてくれたらこのMAXコーヒーを「くれるのか!趙!」え、ええ」

「おお!すっごい効き目」

「……予想以上です」

 

 瞬時に起きた八幡に虎峰はMAXコーヒーを渡す。

 

「ああ、久しぶりのマッ缶だ!」

「嬉しそうですね」

「そのコーヒーがそんなに好きなの?」

「ああ……俺の魂の飲料と言ってもいい」

「へーよく分かんないけど凄いね。でも、八幡がそれ飲んでるの見たことないよ?」

 

 学校では三人でいる事が多いが、そのコーヒーを見たのは初めてだ。

 

「アスタリスクでは売ってる場所が殆どないんだ。そして売り場があっても数が少ないときてる。だからまとめ買いをして、自室で大切に飲むようにしてるんだ。だけどな……」

「どうかしたんですか?」

「……星露が最近マッ缶を気に入ったらしくて、一緒に飲むことが多いんだ。それで消費量が倍に増えた。丁度今在庫0なんだよ」

「師父も飲んでるんだーどんな味なの?」

 

 興味が湧き問いかけるセシリー。それに答えたのは虎峰だった。

 

「……飲んだことがありますが、ものすごく甘いです。僕はちょっと苦手ですね」

「あーなるほど。師父の子供舌にヒットしたわけだ」

「で、これを何処で仕入れたんだ?」

 

 マッ缶の出所が気になり虎峰に質問をする。その真剣な目つきに虎峰は思わず後ずさりをしてしまう。

 

「えーと、師父から貰いました。困ったときに使ってみよ、と」

「なんだ。どっかで買ったわけじゃないのか……せっかく仕入れ先が増えると思ったのに」

 

 上がったテンションが一気に落ちる。在庫が切れた翌日にいつもの売り場に補充に向かったが、マッ缶は売り切れだった。どうやら八幡以外にもマッ缶愛好者がいるようだ。

 

「とりあえずありがとう、趙。通販分が届くのはもうちょっとかかるみたいだから本当に助かった」

「あ、通販でも普通に注文してるんですね」

「よっぽど好きなんだねー」

 

 こんなに喜び、そしてテンションの高い八幡を二人は初めて見た。

 

「じゃあ、もし売ってる所を見つけたら教えてあげる」

「僕も出掛けた時に見かけたら連絡しますね」

「……ありがとう。二人とも」

 

 二人の優しさに思わず感動する八幡。思わず喜びで涙が零れそうになる。

 

「だから、もう寝るなんて言わないでくださいよ?」

「大丈夫だ。帰ったらマッ缶が飲めると思えば、今日一日を乗りきれる」

「あ、先生来たみいだよー」

 

 セシリーが廊下に歩く数学の先生を発見した。

 

「じゃあ、後一限頑張ろー」

「ええ、昼はいつもの場所だそうです」

「ああ、分かった」

 

 三人はそれぞれの席に戻っていた。そして教師が教室に入ると、昼休み前最後の授業である数学が始まった。

 

 ちなみに八幡はその数学の授業を珍しく寝ることなく、最後まで受けることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 学校の食堂というと、安い、早い、味もそれなりに美味しい。そんなイメージが強いかもしれないが、それはアスタリスクにおいても例外ではない。

 序列上位にもなれば金銭に不自由することはないが、学生の大半は序列外で裕福ではないのだ。その為、普段の食事を学校の食堂で済ます人もかなり多い。

 

 各学園に共通して言えることだが、アスタリスクは世界中から星脈世代が集まる都市だ。学生の国籍もワールドワイドで、そんな学生の食欲を満たすために学園には複数の食堂が設置されているのが基本である。量が多くお手頃な値段の食堂から、一般学生には手が出しにくい値段の高い場所まである。最上級の場所だとテーブルマナーが要求されるレストランもあるほどだ。

 

 各学園で力を入れている料理が違うのも特徴の一つだ。例えばガラードワースではイタリアンやフレンチなど欧州系の料理が。クインヴェールは女子学園であることから甘味系が美味しいので有名だ。毎年春に行われる学園祭では、料理目当てに各学園を巡る人たちもいるほどだ。

 

 ちなみに、界龍第七学園はアジア系の生徒が多く所属している。その為、料理の種類は日本を含めたアジア系が主であるが、万有天羅の影響で特に中華料理に一番力を入れている。

 

 八幡の昼食は日によって変わるが、中華料理を食べる回数が以前と比べてかなり増えた。星露の影響である。

 

「お待たせしました。日替わり定食ランチ二つ、チンジャオロース、麻婆豆腐定食です」

「ありがとうございます」

 

 注文した料理が店員から届けられ、各自の前に置かれる。

 

「今日はチンジャオロースか」

「うむ、儂は昔からこれには目がなくてのう」

「好きですよね、師父」

「美味しそーだねー」

 

 好物の料理が目の前に置かれ星露の目が輝く。今回八幡と虎峰は日替わりランチ、セシリーは麻婆豆腐定食を注文した。

 

「……そういえば今日は陽乃さんがいないんだな?」

「陽乃はクラスの連中と食べに行くと連絡があったぞ」

「そっか。じゃあ食べるか」

「うむ。そうするか」

「………待ってください。師父!八幡!」

 

 料理を食べようとした二人を虎峰が止める。

 

「どうしたのじゃ?」

「どうしたではありません。二人とも。それは何ですか?」

 

 虎峰の視線は二人の料理を捉えていた。

 

「日替わりランチだな」

「儂のはチンジャオロースじゃな」

「そうですね……では何故、八幡のサラダに入っているはずのトマトが師父の所にあり、師父のチンジャオロースのピーマンが八幡の所にあるのですか?」

 

 料理に嫌いな物が入っていた二人は先の会話中、瞬時にお互いの皿に嫌いな物を移していたのだ。

 

「二人とも!そのような好き嫌いはしないでください」

「そうではないぞ、虎峰。儂はピーマンの味が少々飽いたからであって、別に嫌いというわけではない。それに、八幡が食べたいと言うておるから少し御裾分けしただけじゃ」

「その通りだ。俺も別にトマトが嫌いなわけじゃない。それにな、趙。互いの物を交換することで色んな味が楽しめるんだ。その結果、料理を美味しく頂けて誰も損しない。WIN-WINな関係だと思わないか?」

「うむ!八幡はいいことを言う」

「こ、この二人は……」

 

 二人の言い訳に虎峰は呆れかえる。

 

「……セシリー。あなたからも二人に注意して下さい」

「まーまー。二人ともまだまだ子供だからしょうがないっしょ」

「だ 誰が子供じゃっ」

 

 范星露。心はさておき身体と舌は8歳である。

 

「はぁー二人とも。せめて一口くらいは食べて下さい」

「……しょうがないか」

「……一口だけじゃぞ」

 

 二人は渋々苦手な物を口にする。

 

「ほら、食べてみたら案外美味しいでしょう?」

「うむ。まあ悪くはないのう」

「……俺は駄目だな。やっぱりこの感触が苦手だ」

「じゃあ、口直しにこれをどうぞー」

 

 セシリーが自身の麻婆豆腐の皿を押し出す。

 

「ああ……うん、美味い」

「でしょー。師父と虎峰もよかったらどうぞ」

「そうか?じゃあ儂も少し貰うとするか」

「では僕の分もどうぞ。皆で食べましょう」

 

 皆の料理を分け合いながら昼食は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業が終わると再び鍛錬の時間だ。黄辰殿に戻り、星露の指導の下そのメニューをこなしていく。

 途中で夕ご飯を挟んだが、その後も尚鍛錬を続けた。そして鍛錬が一段落して一休みしている最中に、星露から声を掛けられた。

 

「八幡。まだいけるか?」

「……ああ」

「よし。では、次のメニューの前に質問じゃ」

「質問?一体なんだ?」

 

 八幡の隣に星露がちょこんと座る。

 

「おぬしが界龍に来て暫し経った。他の弟子たちと比べてもかなりキツイ鍛錬を課しておるが、よくこなしておる」

「……いきなり褒められると嫌な予感がするぞ」

「別に他意はない。頑張っておる者を褒めるのは当然じゃ。しかしおぬしは他の弟子たちにはまだ勝てん」

「そうだな。それは間違ってない」

 

 星露の指摘する事実に頷く。今朝も大師兄に手も足も出なかったばかりだ。

 

「そこで質問じゃ。おぬしが他の者達に勝てぬのはどんな理由があると思う?」

「……理由か」

 

 八幡は考える。星辰力の量、身体能力、技の練度、能力の制御。ぱっと思いつくのはこんな所。どれも不足しているのは自覚している。だが違う。それらと勝てない理由は別問題だ。

 

「…………反応速度、か?」

「ほう。何故そう思う?」

「どんな強さがあっても反応出来なければ意味がないからだ。例え星辰力がどれだけ多くても、どんなに強い能力を持っていても、反応出来なければ宝の持ち腐れだ」

「うむ!正解じゃ。満点をやろう」

 

 そう言うと星露は八幡の頭を撫でてくる。そして八幡はそれを気にせず素直に受け入れる。頭を撫でられるのもすっかり慣れてしまったからだ。

 恥ずかしい気持ちがないと言えば嘘にはなるが、どうせ誰も見ていない。それに他者がいる所では星露は頭を撫でるようなことはしない。自由奔放な性格だがその手の気遣いが普通に出来るのだ。

 

 ――――それに気付いたのは、范星露の事を少しは理解したからだろうか?

 

「……むしろ、今までの俺の相手が反応速度に優れた人達ばっかりじゃないか。気付かない方が難しいぞ」

「ふふ、中々鋭いではないか」

 

 初期の段階から反応速度を鍛えるのを重視していたのだろう。冬山での生活から今に至るまで。思い返せば心当たりはたくさんあった。

 

「まあ、気付いた所でやる事に変わりはない。反応速度を鍛えるには、己より速い者と相手をすることが一番じゃからのう」

「ま、そうだな」

 

 とりわけやる事に変わりはない。つまり八幡がこれからもボコボコにされるということだ。

 

「勿論、他の事を疎かにするではないぞ。錆びた身体を研ぎ澄まし、星辰力を限界ギリギリまで酷使することで質と量を向上させる。そして他者と戦うことで己の技術を高めよ。そして――――」

 

 星露の右手が八幡の胸に添えられる。

 

「能力とは己の内面。言い換えれば心の内より出でるものじゃ」

「心の内……」

「身体を鍛えろ。技を磨け。そして精神を安定させよ。心技体が揃って、初めておぬしの能力は真価を発揮する」

「………心、か」

 

 その意味を考える。身体を鍛えるのは理解できる。技を磨くのも当然ことだ。少なくともアスタリスクに来る前より、その二点に関しては強くなっているのは間違いない。

 

 だが心は?

 

 ――――自身の心は以前より、あの頃より強くなっているだろうか?

 

「焦るな、八幡」

 

 その心を見透した星露が八幡を止める。

 

「今はまだ雌伏の時。焦る必要はどこにもない。負けることで落ち込むやもしれぬ。勝てない自分に苛立つこともあるじゃろう……だから大丈夫じゃ」

「……分かってるさ」

「うむ、八幡はいい子じゃな」

 

 胸に添えられた手が再び八幡の頭を撫でる。

 

「……子供扱いは止めてくれ」

「儂から見れば子供のようなものじゃよ。可愛いものじゃ」

 

 そう言うと星露は微笑ましい笑みでこちらを見る。普段の年相応の無邪気な幼女としての態度ではなく、遥か年上の大人としての態度だ。時折、彼女は二人きりになると八幡に対してこの様な顔を見せる。

 

「それに嫌というわけではあるまい?」

「…………その言い方はズルいと思うぞ」

 

 星露の思うがままに頭を撫でられる。揶揄い口調とは裏腹に、その手つきは優しくそして温かい。

 そしてその手を振り払おうという気は――――やっぱり起こらない。

 

 撫でられるたびに何かが満たされていく感じがするのだ。だからだろうか?普段なら絶対に考えられないのに、ついその身を委ねてしまうのは。

 

 分からない。分からない。分からない。

 

 自身に渦巻くこの感情は―――いったい何なのだろうか?

 

 その何かを考えると自身の心がそれを否定する。だが一方で、その手の温もりを感じると自身の心はそれを肯定する。二つの相反する想いが自身の中で蠢いているのを感じた。

 

「今はまだ考えなくてもよいぞ」

「……何で分かるんだ?」

「……そのような辛い顔をしていれば、な」

「………………そっか」

 

 星露が八幡をそっと抱きしめ、その頭を胸に抱く。すると子供特有の温かい体温が八幡を包み込んだ。

 

 ――――ああ、そうか。

 

 唐突に思い出す。あの日、あの夜、あの最後の時のことを。

 

 あの闇に呑まれ感じたものは――――虚無感と憎悪。

 自身の中から何かが零れ落ちていくような感覚。そして代わりに湧き出たのは、この世の全てを憎む激しい憎悪と破壊衝動だった。

 

 あのままいけば街を壊し、人を殺し―――いきつく先には破滅しかなかっただろう。

 そんな時に現れたのが范星露だった。

 

 一目見て分かった。この存在には勝てないと―――だがどうでもよかった。

 ちょうどよかったのだ。持て余す力をぶつけられる存在が、態々目の前に現れてくれたのだから。

 

 だから殺すつもりだった。万応素を喰らい、星辰力を増やし、能力を発現させ、全身全霊をぶつけた。その結果、自身が死ぬことになろうがどうでもよかった。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 ――――楽しかったぞ、比企谷八幡……もう大丈夫じゃ。

 

 倒れこんだ自身の身体を受け止めた彼女は、傷だらけの手でこちらを抱きしめ、そう言った。

 

「……俺って単純だったんだな」

「何のことじゃ?」

 

 この手が、この温もりがあるから――――きっと堕ちることがなかったのだ。

 

「……ありがとう星露。元気、出た」

「うむ。ならよし!」

 

 身体から温もりが離れていく。

 それに名残惜しさを感じるのは―――決して悪いことではないはずだ。

 

「で、次はどんなメニューだ?」

「よし、では続きをいくぞ!」

 

 そして八幡は鍛錬の続きを開始した。

 今はただ無性に身体を動かしたい。その衝動に身を任せながら。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、終わったぞ。星露」

「……………」

「……星露?」

「……む……うぅむ……!ふぁぁ~~」

「……眠いのか?」

 

 全ての鍛錬が終わったのは、夜も更け深夜に差し掛かろうとした頃だった。

 星露に声を掛けたが返事がない。再度呼びかけるとそれに反応するが、とても眠そうな感じだ。

 

「……うむ……この身体は……まだ、子供だからのう……時折…ひどく……眠くなるときが……あるのじゃ」

「大丈夫か?」

「ふぁぁぁ~……むぅ、限界じゃ」

 

 瞼を手でこすり眠気を堪えているが駄目のようだ。

 肉体年齢を考えればとっくに寝ている時間だ。范星露とて例外ではないのだろう。

 

「……部屋まで連れていこうか?」

 

 提案をする。眠気で思考回路が働かないのだろう。深く考えずに彼女は答えた。

 

「……うむ、すまぬが……頼む」

「おっと!」

 

 それが限界だったのだろう。星露の身体がこちらに倒れてきたので、両手を使って優しく受け止める。

 どうしようか考えた後、星露の身体を自身の背にのせた。

 

「……軽いな。ま、当然か」

「すぅぅ……」

 

 肉体年齢は8歳だから軽いのは当たり前だ。

 しかしこの8歳児が界龍最強の万有天羅だと言うのだから、世の中は不思議なものである。

 

「行くか……」

 

 そして八幡は眠りについた星露を背におんぶしたまま、彼女の私室へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あら八幡はん。奇遇どすなぁ」

「梅小路先輩。こんばんは」

 

 星露の部屋に向かう途中、制服姿の梅小路 冬香に出会った。

 

「こないな所でいったい……あらあら」

 

 八幡の背にいる星露の存在に気付いたようだ。

 

「星露が眠っちゃったので部屋に連れて行こうかと」

「……そうどすか」

「はい。では、失礼します」

「八幡はん。ちょい待ち」

 

 挨拶をして立ち去ろうとした所を冬香が呼び止める。そして冬香は唐突に空間ウィンドウを開いた。

 

「どうしたんですか?」

「ちょい待ってなー。うん、ちょっち横向いてー」

「は、はぁ?」

 

 言われるがまま横を向く。

 

「はい、チーズ」

 

 そして写真を撮られた。

 

「何でいきなり写真を?」

「こないな可愛らしい星露はんの姿、残した方がいいと思うてなぁ」

「……なるほど」

 

 思わず苦笑しながらも同意してしまう。眠りに入った星露の姿は、普通の幼児そのもので確かに可愛らしい。本人にバレたら絶対にタダではすまないが。

 

「……梅小路先輩」

「何どすか?」

「一つ頼んでもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。早起きした星露は道場へと急いで向かっていた。

 昨日は不覚にも途中で寝落ちしてしまった。しかし今日はそんな事のないようにと気合を入れている。起きたと同時に八幡を呼び出しているので、彼はもう道場へ向かっているはずだ。

 

 しかしその途中で。

 

「星露はん、星露はん」

「うん?何じゃ、冬香ではないか」

 

 梅小路 冬香が星露を待ち伏せしていた。

 

「おはようさんどす、星露はん」

「うむ、おはようじゃ。どうした?このような朝早くに」

 

 徹夜することが多い冬香は基本的に朝に弱い。そんな彼女を早朝から見かけるのは珍しいことだ。

 

「こないな物が手に入ったさかい、是非星露はんに見てもらとうて」

「ふむ、写真か。いったい何の――――」

 

 写真を見た瞬間、星露の動きが止まる。

 

 

 ――――そこには、八幡の背中で可愛らしく眠っている幼女の姿が映し出されていた。

 

 

「どないどすか?中々の自信作だと――――」

 

 冬香が次の言葉を言い切る前に、写真がこの世から消滅した。

 

「あらら、勿体あらへん」

「…………冬香」

「何どすか?」

 

 星露の全身から押し潰すような威圧感が放たれた。その威圧を前にして正気を保てる者は殆どいないだろう。

 

 だが冬香には通用しない。

 

「そないなプレッシャーを放たれても全然怖ないどす。顔が赤いどすぇ、星露はん」

「!――――っっ!?」

 

 照れ隠しの威圧が完全にバレていた。頬が真っ赤の状態では誤魔化しようがない。

 

「………何が望みじゃ?」

「望みなんかあらへんよ。しいて言うならこんなに可愛らしい写真は、皆で共有しよう思ただけどす」

「や、止めよ!そんな事をされたら儂の立場というものが!!」

 

 星露は完全に慌てていた。この様な写真が流出してしまったら威厳がまるでなくなってしまう。

 

「と、特にこんな写真が他学園に流出してみろ!六花園会議で何を言われるやら!」

 

 予知夢など持たぬ星露だが容易に想像できる。子供だからしょうがないという生暖かい視線を向けられることが。そしてどんな状況でこうなったのか、しつこく聞かれるだろう。

 

 さらに、星導館の腹黒生徒会長に何を言われるか分かったものではない!

 

「確かに他学園に流出するんはよろしゅうあらへんな。そら止めときまひょ」

「そ、そうじゃろ………ちょっと待て」

「どないしはりました?」

「今、他学園と言ったな?……まさか、学園内の誰かに渡したりしてないじゃろうな?」

「渡したで?」

「冬香ーー!!」

 

 星露の絶叫が響く。

 

「だ、誰じゃ!誰に渡した!?」

「教えてどないするつもりどすか?」

「取り返しにいくに決まっておるじゃろう。さぁ、言え!」

「そうどすか?……残念どすなぁ。折角喜んどったのに――――八幡はん」

「そうか!渡したのは――――何じゃと?」

 

 その名前を聞き冷静さを取り戻す。

 

「お、おぬし~~~」

「ふふっ。可愛らしいお姿、堪能させてもらいました」

 

 最初から流出する気はなかったことに漸く気付く。目的は自身を揶揄う事だったのだ。

 

「……儂を揶揄うのはおぬしぐらいじゃぞ、冬香」

「かんにん、かんにん。それで写真の件どないしはるおつもりどすか?八幡はん、残念に思うやろなぁ」

「……………そちらはよい。それより写真のデータはどうした?」

「安心しとくれやす。データは八幡はんに渡してこちらの分は消去済みどす。で、これがウチが持つ最後の写真どすさかい、記念にどうぞ」

 

 冬香から同じ写真を受取った。

 

「では、ウチはこれで」

「二度はないぞ、冬香」

「分かっとります」

 

 上機嫌なまま冬香は立ち去って行った。アレで引き際は心得ているので、二度と写真の件を持ち出すことはないだろう。そう判断した星露は溜め息を付く。

 

「それにしても………」

 

 改めて写真を見ると、八幡の背中に完全に身を任せ、呑気に寝ている自身の姿が映っていた。

 

「幸せそうな顔をしおって。こやつめ」

 

 一応、写真は残しておくことにした。

 




今回のお話は黄辰殿の人達が中心のお話でした。

虎峰とセシリーは黄辰殿の人間ではないですが、この二人は使いやすいので、何かと重宝しそうな感じです。

逆に冬香さんは難しい。特に口調が。京都弁は変換サイトを使用してますが、あってるかどうか分からないので、誤字等あれば遠慮なく報告していただけると助かります。

そして今回、星露の可愛さを表現すべく頑張ってみました。可愛いと思ってくれたら大成功です。可愛いかな?この星露?


別件になりますが、誤字報告、感想、高評価、いつもありがとうございます。
前回、長い文章はどうかと後書きで書きましたが、長いの好きとメッセージを送ってくれた方がいたので安心しました。

上手い人は上手く文章をまとめるのでしょうが、中々難しいですね。

では、次回もよろしくお願いします。

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