学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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第二話なんとか完成しました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。


第二話 魔王とのお茶会

比企谷八幡は雪ノ下陽乃が苦手である。

 

 

「私は紅茶にするけど、比企谷くんは何を頼む?」

「じゃあ、ホットコーヒーを一つ」

 

魔王に捕捉されたのは10分前の事、抵抗むなしく囚われの身となった八幡は

捕虜としてとある喫茶店に連れ去られていた。

 

「あれ?今日はコーヒーに練乳は付けないの?いつも一緒に頼むのに」

「……たまたまですよ。そういう気分なだけです」

「そっか。ここのコーヒーはブラックでも美味しいからね。

 比企谷君も気に入ってくれて何よりだよ」

 

本音を出していないのに、正確に心情を読み取られる。

魔王に隠し事はできないようだ。

 

「それにしても、最近の比企谷くんは付き合いが良くなってきたね。お姉さん感心してるよ」

「それは、ここ毎日付き合わされていますからです。諦めも付きますよ。

 というか、どうして俺の居場所が分かるんですか?ストーカーは勘弁してほしいんですが」

「ストーカーなんてしてないよ。私の行く場所に比企谷くんがたまたまいるだけ」

「……五日間連続でもですか?」

「もちろん♪」

「はぁ……」

 

思わず溜息をつく。

 

 

始まりは四日前の今週月曜日の事であった。

 

今日と同じく街をブラついていた所、背後から近づく気配に気付いた。

振り返って見れば、驚いた表情の雪ノ下陽乃が手を挙げたまま固まっていた。

 

雪ノ下陽乃のそんな表情は珍しいと思っていたら

次の瞬間には、とてもいい笑顔をした魔王が降臨していた。

 

もちろん逃げ出そうと試みたが無駄に終わった。

 

魔王からは逃げられないのである。

 

 

「あの………雪ノ下さん?」

「うん?なぁに?」

「さっきからこちらをずっと見ていますが、何か顔に付いていますか?」

「ううん。見てるだけだから気にしないで」

ふと気付くと陽乃がこちらをじっと見つめていた。しかも笑顔で。

ここ連日付き合わされているが、気付けばじっとこちらを見つめているのだ。

 

 

重ねて言うが、比企谷八幡は雪ノ下陽乃が苦手である。

 

 

最初にあった時は綺麗な容姿とその社交性、何より完璧な仮面を被ったその表情に戦慄した。

妹である雪ノ下雪乃からの扱いには、多少の同情と共感を覚えた。

文化祭の時は、わざと文化祭を混沌に陥れたその手口に違和感を感じた。

 

そして今は―――

 

 

仮面を取り外し、素の笑顔でこちらの接してくるその態度に困惑している。

 

 

 

比企谷八幡の特技の一つに人間観察がある。

昔の習い事の中で、人をよく見ろと教えられた。

相手の表情、視線、動き等 様々なものを観察し、相手の状態を把握するものだ。

その影響で、人間観察は癖のようなものになっている。

 

ふと陽乃へ視線を向けてみる。

こちらを見つめる瞳は優しく、柔らかい笑顔を浮かべており、楽しそうな雰囲気だ。

最初に出会った頃からはとても想像できない。

 

「どうかした?比企谷くん」

 

今度は、こちらがじっと見つめていた事に気付かれたようだ。

 

「ああ、いや……何でそんなに楽しそうかなと思いまして」

「比企谷くんとお話してるからだよ?」

 

何を当たり前の事を言っているのかといった感じで答えられる。

その予想外の答えに八幡は動揺する。

 

今の彼は嫌われ者である。家では妹に避けられ、学校では居場所がない。

そんな彼にとって、雪ノ下陽乃とのひと時は掛け替えのないものになりつつあった。

 

だからこそ……

 

「雪ノ下さん。やっぱり俺はあなたが苦手です」

「どしたの急に?私は比企谷くんのこと好きだけどな~面白いし」

 

 

比企谷八幡は雪ノ下陽乃が苦手であるが………決して嫌いではない。

 

 

 

 

 

 

 

注文した品が届き、テーブルの前に置かれた。

陽乃は紅茶の香りを楽しみながら、ティーカップに口を付けている。

八幡も、最近癖になっているブラックコーヒーを飲み始めた。

 

どことなくのんびりとした空気が流れる中、八幡はふと思いついたことを問い掛けた。

 

「そういえば、雪ノ下さんに聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「何?お姉さんに興味あるの?いいよ、答えてあげる!でも、スリーサイズはちょっと恥ずかしいかな」

「…違います。雪ノ下さんは、確か地元じゃなくて県外の高校に通ってましたよね?」

「そだよ。君と同じ総武中学に通ってたけど、2年の終わりに転校したね。

 ちょうど君と入れ違いかな」

 

確かに、八幡が入学した時には陽乃はもういなかった。

もし魔王がいたとしたら目立たないわけがないだろう。

 

「ここ最近毎日地元にいるようですが、学校はいいんですか?」

「ああ、そういうことね。うん、学校の方にはきちんと許可を貰ってるから大丈夫だよ」

「………実家で何かあったんですか?」

「う~~~ん。まあ、色々とね。雪ノ下家も含めていくつか用事があるんだ」

「……そうですか、ありがとうございます」

「別にいいよ、大したことじゃないから」

 

どうやら実家絡みのトラブルか何かのようだ。

気にはなるが、部外者である八幡が口を出すのはよくないだろう。

 

 

「……比企谷くんって私の通っている高校知ってる?」

「いえ、知りません。雪ノ下も詳しくは言っていませんでしたから」

「なんだ、雪乃ちゃんも冷たいな~お姉さんの事、話してないんだ」

 

八幡の返答にどこか納得したように話す陽乃。

姉である陽乃を八幡以上に苦手あるいは嫌悪している雪乃が

進んで姉の話をする事はないので、それは当然の事だ。

 

「そんなに有名な学校なんですか?」

「うん、アスタリスク」

 

衝撃の事実が陽乃の口から飛び出す。

全国、いや世界中から入学希望が殺到するアスタリスクへの門は狭い。

星脈世代だから誰でも合格できるわけではない。

 

大会で優秀な成績を残しスカウトの目に留まるか

年2回ある受験時に、大量の受験者の中から驚異的な倍率を勝ち残るしか道はない。

 

《 魔女 》や《 魔術師 》の場合はまた別の話になるが……

 

 

ともかく、アスタリスクに入学できたという事実だけで

星脈世代の中ではステータスになるのが現在の世の中である。

 

こんな身近に通っていた人がいるとなれば驚きの事実だ。

 

(……考えてみれば、この人なら当然の結果か)

 

 

雪ノ下陽乃

 

世の中の男が殆どが見とれるであろう容姿を持ち、スタイルも抜群。

この事実だけで、六花の一つクインヴェール女学園に余裕で合格できるだろう。

 

しかし、八幡が考えているのはそこではない。

 

(……星辰力の量が異常に多いんだよな、この人。流れも凄くスムーズだし)

 

もちろん、陽乃は全力で星辰力を発していない。

正確な星辰力の量は分からないが、感じ取れるかぎりでも彼が知っている星脈世代の誰よりも多い。

 

(……雪ノ下の倍、あるいはもっと上か?)

 

妹の雪ノ下雪乃も優秀な星脈世代だ。星辰力の量も相当なものだった。

だが、姉の雪ノ下陽乃の星辰力は文字通り突き抜けているのだ。

 

星辰力だけで見る限り、アスタリスクでやっていくのには何の問題もないだろう。

だが―――

 

「正直意外です。雪ノ下さんがアスタリスクを選ぶとは思いませんでした」

「そう?私だって星脈世代だよ。アスタリスクに憧れる気持ちはあるよ」

 

それは事実だ。星脈世代のほとんどがアスタリスクに憧れ、そこを目指す。

何しろ、星武祭で優勝すれば統合企業財体があらゆる望みを叶えてくれるという謳い文句だ。

国家が疲弊した今、それに成り代わった統合企業財体に叶えられない望みはほぼないと言っていい。

 

だが疑問が残る。雪ノ下陽乃がそんなものに釣られるのだろうか?

 

 

「……あんな動物園のような場所にですか?」

「…………へぇ~それはどういう意味かな?」

陽乃の目線がすっと細くなり、今までの優しい視線から相手の考えを探る視線へと変化する。

出会った頃を思い出すが、こちらの方が八幡にとっては慣れているので気楽だ。

 

「雪ノ下さんも分かっていますよね。アスタリスクの特殊性が。

 何でも望みが叶うという餌に吸い寄せられた学生を、アスタリスクという檻に閉じ込める。

 星脈世代じゃない人達にとって、俺たち星脈世代は狂暴な動物と変わりませんからね。

 ハチミツに群がる蜂のように、星脈世代はいくらでも集まります。

 星武祭はさながら、動物同士を戦わせる猛獣ショーといったところでしょうか?

 俺にはわざわざ見世物になる人の気が知れません」

 

その答えに、陽乃はきょとんとした顔をする。

そして何かを堪えるよう肩を震わせ、ほどなくして笑いだした。

 

「ふふふっ!猛獣ショーって、凄い表現するねぇ比企谷くん。やっぱり君は面白いねぇ!!

 ……でも、間違っていないね」

「……分かっていてアスタリスクに行ったんですか、何故?」

 

八幡には陽乃の考えが理解できなかった。

彼にとってアスタリスクとは、学生同士を闘わせる見世物小屋の様なものだ。

エンターテイメントとしてみる分には面白いが、自ら行きたいとは思わない。

 

「………………本物が欲しかったから」

「!!!」

 

少しの沈黙の後、呟くように放たれた陽乃の台詞に、八幡は驚愕の表情を見せた。

それは彼が長年欲していたもの、追い求めていたものと一緒だったから。

 

「……昔の私には雪ノ下家が全てだった。母親の言う事を聞いて指示に従う。

 親の敷かれたレールに載るだけの人生に、何の疑問も持たなかった。

 成績は常に1番で教師の覚えも良かったし、友人もたくさんいた。

 でもね、彼らが見ているのは雪ノ下家の長女であって、雪ノ下陽乃個人を見てくれる人は誰もいなかった。

 ……父親も……母親も……雪乃ちゃんでさえも……

 そんな日々から抜け出したくて、逃げ出したくて………」

 

陽乃は訴えかけるようにその心情を吐露し始める。

その表情は真剣そのものので、とても嘘をついているようには見えない。

 

「……そんなとき星武祭を見たんだ。欲望うずまくあの都市で。見る前はくだらないと思ったよ。

 君と一緒で、たかが見世物に一生懸命になる気持ちが分からなかった。

 けどね、直接星武祭を見てその考えは変わったよ。

 確かに、比企谷君の言う通り星武祭は見世物かもしれない。

 でも、あそこでなら…アスタリスクでなら、私の求めるものがあると思った。

 雪ノ下家の長女としてではなく、雪ノ下陽乃として本物を見付ける事ができるって……」

 

話し終えた陽乃の表情は、いつの間にか晴れやかな笑みを浮かべていた。

そして、そんな陽乃を見ていた八幡は思わず見惚れてしまった。

元々整った容姿をしていた陽乃だが、今の笑みは今日一番綺麗なものだったから。

 

そして同時に陽乃がとても羨ましかった。

自分では見付けられないものを、彼女は見付ける事が出来たのだから。

 

「……そうですか」

 

綺麗な笑顔を浮かべる彼女に、八幡はそんな返事しか返せなかった。

 

 

 

 

 

 

「………さて、そろそろ帰ろうか?結構遅くなっちゃったし」

「……そうですね」

 

窓の外を見てみれば、辺りはすっかり暗くなっていた。

思った以上に長く話し込んでいたようだ。

 

「……秘書の都築を呼ぶけど、送っていこうか?」

「大丈夫です。それに自転車がありますから」

 

陽乃の提案をやんわりと断る。

徒歩なら提案を受けてもよかったが、自転車で来ているためそのまま帰る事にする。

 

「そっか……今日もありがとうね、比企谷くん。楽しかったよ」

「……まあ、俺もつまらなくはなかったです」

「ふふっ、比企谷くんは素直じゃないな~でも、それでこそ比企谷くんだけどね」

 

八幡の回答にも素直に喜ぶ陽乃。

彼の捻くれ具合は、今に始まったことではないからだ。

それに、彼の顔を見てみると頬が少し赤くなっている。照れている証拠だ。

 

 

「………ねぇ、比企谷君くん……ちょっといいかな?」

 

照れている八幡に、陽乃は表情を引き締め緊張した感じで声をかける。

そんな陽乃の様子から真剣な話と受け取ったのか、八幡もすぐに返事を返す。

 

「何でしょうか?」

「明日も会うことってできないかな?休日で申し訳ないんだけど……大切な話があるんだ」

いきなりの誘いに少し戸惑う。普段なら断る所だが………

「いいですよ、別に。暇ですから」

自分でも驚くほど素直に了承の返事を返した。

 

「ありがとう。時間は何時から大丈夫かな?比企谷くんに合わせるよ」

「……じゃあ、昼からでいいですか。午前中は家の掃除とかがあるので」

「比企谷くんが家の掃除してるの?忙しいようなら明日じゃなくてもいいんだけど……」

「……いえ、土日は誰も家にいないですから、俺がやるしかないんですよ」

「誰もいないって、小町ちゃんも?」

「ええ、まあ。それより待ち合わせ場所と時間はどうしましょう?」

 

妹の話題になりそうだったので、強引に話題を戻す。できればその話をしたくはない。

そんな八幡の様子が少し気になったが、陽乃もそのまま話を続ける。

 

「……そうだね……じゃあ12時にここでいいかな?お昼ご飯は私が奢るからお腹空かせて来てね」

「分かりました」

 

話がまとまった所で、八幡は帰る準備をする。

陽乃の方は、お迎えが来るまで店の中にいるようなので座ったままだ。

 

会計は陽乃が払う事になっている。

八幡も払おうとはしたのだが、こちらが誘ったからだと聞き入れてもらえなかったので、諦めた。

最近は陽乃の言葉に甘えて奢ってもらってばかりである。

 

席を立ったと同時にふと気になった事を思い出す。

どうしようかと思ったが、目の前の陽乃に尋ねてみる。

 

「……そういえば雪ノ下さん」

「どうしたの?」

「結局アスタリスクのどこに通ってるんですか?確か六校ありましたよね?」

「………そういえば言ってなかったね」

 

その問いに少し考え込む陽乃。

 

「………それは明日教えてあげる。明日の話とも関係があるからね」

「……そうですか。分かりました。じゃあ、俺はこれで」

 

気にはなるが、陽乃に答える気はないようだ。

明日分かるなら別にいいかと思い、店を出ようとする。

 

 

「………比企谷くん」

 

そんな八幡の背に陽乃の声が届く。

何かと思い振り向く八幡に彼女は告げる。

 

「明日、私を見つけてね……」

「………それはどういう?」

 

「じゃ、またね」

 

八幡の疑問には何も答えず、陽乃は笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で、俺は断らなかったんだろうな……」

 

喫茶店で陽乃と別れてから、八幡はずっと考えていた。

普段の彼なら祝日の誘いなど断っているはずが、今回はすぐに受け入れた事を。

今までの自分ならあり得えないことだ。

自らの心境の変化に戸惑いつつ、一つの理由が思い当たった。

 

「……………本物か」

 

彼女は言った。アスタリスクに本物があると……

今までアスタリスクに興味など無かったが、今日陽乃の話を聞いて少しだけ興味が湧いた。

 

「……明日聞いてみるか」

 

分からない事は聞く。それが一番早いし確実だ。

彼の求める本物とは別だが、雪ノ下陽乃が本物と称したものが気になるのも事実だ。

妹もアスタリスクを目指しているので、学園内の話を参考までに聞いてみるのも悪くはない。

 

そんな事を考えつつ八幡は帰宅への道を歩いて行った。

 

少しだけ笑顔を浮かべた自分に気付かないまま……

 

 

 




陽乃の学校は次話で登場しますので、興味がある方は予想してください。

しかし、小説を書くのは難しい。書き始めて改めてそう思います。
頻繁に更新は無理ですが、なるべく投稿できるよう頑張ります。

では、次回もよろしくお願いします。

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