学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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お久しぶりです。

一月下旬にインフルエンザに掛かり一週間寝込んでいました。
初めて掛かりましたが、辛かったです。

後、コードギアス 復活のルルーシュを見てきました。
最高でした。見てない人は是非見て下さい。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



第十六話 界龍での日常 木派と水派

 壁に掛けられた時計が針を刻むと、突如辺りにチャイムが鳴り響く。

 それに反応し教師が授業の終わりを告げる。次に簡単な連絡事項を話すと、教師は教壇を離れ一日の授業が終わりとなった。

 そして生徒たちから喜びの声が上がり、皆周囲の友人たちと雑談を話し始めた。

 

 学戦都市アスタリスクは戦うための都市だ。六校ある学園に所属する生徒は各々の望みを叶えるため、鍛錬を積んで星武祭に挑戦する。それ故に、何も知らない部外者はアスタリスクの生徒は常に戦いだけをしているイメージが強い。

 しかしそれは誤解である。生徒達も学生であるために一日の始まりは授業から始まる。国語、数学、社会といった一般教養はどこの学園でも変わらないが、専門とされる内容は学園ごとに特徴的だ。

 

 例えばクインヴェール女学園は一言で言うとお嬢様学校だ。所属する生徒も貴族に連なるお嬢様が多く、作法や礼儀といった特殊な社会で必要な事項を学ぶことは必須だ。これは学園は違えど、聖ガラードワース学園も同様の事がいえる。

 

 そして多くの生徒が所属するがゆえに、生徒たちも千差万別の考えを持っている。戦いを好む者と嫌いな者。己を鍛えることだけに執着する者。力に酔いただ暴れることだけをよしとする者。研究だけのために学園に所属する者。本当にバラバラだ。

 星脈世代も一人の人間なのだから、その辺りは星脈世代も非星脈世代も何ら変わりない。

 

「八―――。―――八幡!」

「………ん?」

 

 声がかけられ意識が覚醒する。完全に眠っていたわけではないが、終わりの授業が数学だったため、半分聞き流して仮眠している状態だった。

 目を開けると目の前には一人の女―――男性がいた。

 同じクラスメイトである彼の名は趙虎峰。星露の四番弟子にして木派を統括する拳士である。

 

「……すまん、何だ?趙」

「もう!聞いてなかったんですか?授業、終わりましたよ」

 

 辺りを見渡す。授業が終わり雑談する生徒や何処かに出掛ける生徒達の姿が見える。

 

「その様子だと眠っていたようですね。はい、これ」

 

 虎峰は一冊のノートを差し出す。恐らく今行われていた授業のノートだと思われる。

 

「……いいのか?」

「いいですよ。ただし交換条件です」

 

 ふふんと笑いながら虎峰は言う。

 

「今日は師父との鍛錬はお休みでしたよね。だったら僕と一緒に木派へ「だーめー!」

 

 横から声が掛かり何かが飛び込んでくる。そしてそのまま虎峰へと抱き着き、動きを封じた。

 

「八幡はこの後私と一緒に水派へ行くのー」

「……セシリー」

 

 飛び込んできたのは同じくクラスメイトのセシリー・ウォン。星露の三番弟子にして水派を統括する道士である。

 二人は八幡へと振り向くとアピールを始める。

 

「うちの門下生が八幡と手合わせしたいと言っています。日本刀を使う生徒は界龍には少ないですし、それを抜きにしても八幡ほどの使い手と鍛錬すると僕もやる気が出ます。是非木派に」

「それを言ったら水派の方がいいよー。師父だって星辰力コントロールの修行が大事だって言ってたじゃん。それに星仙術だったら私でも色々と教えられるよー」

 

 二人がお互いに利点を話すが、両者とも同時に話すので八幡には聞き取ることが出来なかった。

 それに気付いたのか、二人は互いを睨みつける。

 

「……セシリー。ここは僕に譲ってくれませんか?というか放してください!」

「駄目だよー。この前は譲ったんだから今日は水派だよ。このままズルズルと木派に所属させる気でしょ?ここは譲れないなー」

 

 二人はくっついたまま言い争いを始める。当事者の八幡は置いてけぼりとなった。

 

「ふぅ、何でこうなったのやら?」

 

 ぽつりと呟く八幡だが、これには原因がある。

 

 八幡が界龍へと到着したその当日。星露に案内され、道場で彼女と戦うことになったのはもう二週間前の出来事だ。

 奇襲を何とか防ぎ、その後、全力を以って彼女と戦った。まあ一撃も入れることが出来ずに敗北という結果に終わったのだが。

 

 だが、その戦闘の模様が木派と水派に目を付けられる結果となった。

 普段は仲の良い虎峰とセシリーだが、二人は木派と水派を統括している立場だ。優秀な人員がいれば勧誘するのは当然の事である。

 ましてや、范星露の身内で彼女のお墨付きとあれば引く道理はない。

 

「……あなたも大変ね」

「まあ、見てて飽きないけどね」

 

 そこに別の人物たちから声が掛かる。

 そちらを見ると、隣のクラスである黎沈華と黎沈雲の兄妹がいつの間にかそこにいた。

 

「俺はどちらでもいいんだがな……」

 

 木派にしろ水派にしろ学ぶ事はいくらでもある。

 本日の星露との鍛錬は休みなのでどちらでも構わない。

 

「なら話は簡単だ」

「そうね」

 

 双子は八幡の両肩にそれぞれの手を置く。

 

『水派にいけば解決だよ』

「お前たちもか……」

「こら、そこ!」

 

 双子の勧誘に気付いた虎峰が声を上げる。

 

「何を勝手に話を進めているんですか!」

「いいぞー二人とも!そのまま連れていっちゃえー」

「ふふ、悪いね。趙師兄。そういう事だから」

「彼は私たち水派が頂くわ」

「そんなのは認めません!」

 

 不敵に笑う双子に対し虎峰は抵抗の意志を見せる。

 

「そもそも、何故あなた達双子が八幡に絡んでいるのですか!」

 

 虎峰が叫ぶ。双子が他者に自ら関わるなど、これまではなかったことだ。

 

「ふっ、それは簡単だよ。趙師兄」

「それは、彼が私たちの同士だからよ!」

 

 虎峰の問いに沈華が断言する。

 

「同士、ね」

 

 その言葉に八幡は先日の出来事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 それは転校初日の挨拶の後。星露との戦闘に見事に敗北した後、八幡に主要メンバーの紹介が行われることになった。

 武暁彗、趙虎峰などのその場の面子の紹介が進んでいき、残りは双子だけとなった。

 

「……黎沈雲だ」

「……黎沈華よ」

 

 同じ背格好でよく似た顔立ちをした二人が淡々と自己紹介をする。

 その名前に反応し思わず二人を見つめる八幡。とある理由があったからだ。

 

「……何?」

 

 じっと見つめられたのが気にかかり、黎沈華が問いかける。

 

「ああ、すまん。二人のことは前に聞いたことがあったものだから」

 

 そう言うと、八幡はとある方向へと顔を向ける。釣られて双子もそちらの方向を振り向く。

 そこには笑顔で手を振る雪ノ下陽乃の姿があった。

 

 雪ノ下陽乃の姿と八幡のこちらを気遣う表情を見て双子は悟る。

 

 

 ――――ああ、この人は私たちと同じだと

 

 

 次の瞬間には、双子の手が八幡の両手を掴んでいた。

 

「私たち仲良くなれると思うの!」

「ああ!僕たちはきっと分かり合える!」

「……苦労してるんだな」

 

 三人は思った。人は分かり合えると。何も喋っていない。何も伝えてはいない。だが、それでも理解することが出来るのだと。

 

 それは

 

「三人とも。えらく仲がいいね?」

 

 雪ノ下陽乃の被害者としてだ。

 

 きょとんとした表情でこちらを見る陽乃には分からないだろう。否、分かるとこちらの身が危険となるので、分かってもらっては困るのだが。

 

 ともかく

 

『同じ学友としてよろしく頼むよ、同士八幡』

「……ああ」

 

 そんな感じの自己紹介だった。

 

 

 

 

 

 

 

 八幡の目の前で虎峰とセシリー、そして双子の口論が今なお続いている。お互いに自分の意見を譲らず平行線を保っているので、このままでは決着がつきそうにない。

 

「…………む」

 

 そこで覚えるのある気配が接近するのに気付いた八幡。

 

 次の瞬間

 

「八幡はおるかー!」

「八幡くんいるー!」

 

 教室の別々の出入り口から范星露と雪ノ下陽乃が同時に姿を見せた。

 二人はそれぞれの声に気付き互いに視線を交わす。

 

 教室中に緊張が走る。

 

「む、陽乃。八幡に何用じゃ?」

「え、暇だったら一緒に鍛錬しようと思って来たんだけど。星露こそ、今日の鍛錬は休みじゃなかったっけ?」

「気が変わった。今日も儂に付き合ってもらう予定じゃ」

「……なるほど、そういうことね。虎峰!」

「は、はい!何でしょうか?」

「八幡くんは何処?」

「え?八幡ならそこにって……いない!?」

 

 虎峰の視線の先に八幡の姿はない。虎峰の声に反応し周りの人達も周辺を探すが見当たらない。ほんの数秒前までそこにいたはずなのに完全に姿を消していた。

 

 星露と陽乃が八幡の気配を探す。

 

「うーーん……そこね!」

「ふむ……そこじゃ!」

 

 二人は気配を探し、そして僅かな違和感を見つける。瞬時にその場に移動し何もない空間に触れる。するとその空間から八幡の姿が現れた。その場所は窓から近い場所だ。どうやら透明になりながら移動していたようだ。後数秒経っていたら窓から脱出をしていただろう。

 

「………なぜバレた?」

「隠形に関しては合格じゃ。しかし移動の際に僅かに気配が漏れておったぞ。それでは儂らを誤魔化すことは出来ん」

 

 振り向く八幡ににっこりと笑う星露。星露と陽乃の二人に制服を掴まれている。これでは逃亡は不可能だ。

 

「さて、どうして逃げようとしてるのかな、八幡くん?」

「いや、二人揃ってとか嫌な予感がしないんですが?前みたいに一度の複数相手とか絶対無理ですから」

 

 最近の鍛錬を思い出す。二人で鍛錬するのは特に問題ない。しかし陽乃と星露が合わさると別問題だ。両者揃ってこちらに掛かってきたり、弟子の武暁彗やアレマ・セイヤーンを加えて同時に相手をするなど、無茶ぶりにも程があるからだ。

 

「ふむ、なるほど」

「それもそうね」

 

 星露と陽乃は向き合う。お互いに威圧感を放ち周囲の生徒は問答無用で巻き込まれる。誰もが動く事ができず二人の様子を固唾を呑んで見守る。

 

「さて陽乃。儂が八幡の相手をするからおぬしは引っ込んでおれ」

「えー、いっつも星露ばっかり相手にしてずるい。私だって八幡くんの相手がしたい」

「こちらが譲る道理はない。大人しくその手を放せ」

「……譲らない、と言ったら?」

「………仕方がないのう」

 

 両者の威圧感がさらに増す。その威圧は場の空間が歪んだと誤認させるほどに凄まじいものだ。

 そして星露と陽乃が互いに集中しぶつかると思われたその瞬間

 

 ――――八幡が一瞬の隙を付き窓から飛び出した。

 

『あっ……』

 

 教室中の人が窓の方を見つめていた。虎峰が、セシリーが、双子が、クラスメイトが。

 そして彼らは次に残された星露と陽乃を見る。窓の方を見て少しだけ動きを止めていた二人だが、次の瞬間には

 

「待つのじゃ、八幡!」

「待ちなさい、八幡くん!」

 

 八幡と同じく窓を飛び出し彼を追いかけていった。

 星露と陽乃がいなくなったことにより、重圧から解放された生徒たちは思わず息を吐く。

 

「……今日は無理ですね」

「……そうだねーでも次は水派だからね、虎峰」

「……分かりましたよ」

 

 先程までの喧噪が嘘のように周りは静かになる。毒気を抜かれた二人はもう苦笑することしか出来なかった。

 あの様子では今日八幡を誘うのは無理だろう。

 

「えーい!しつこいぞ、陽乃!」

「八幡くんの前に星露からだよ。出番だよ、アレマ!」

「星露ちゃん覚悟!」

「よいぞ!まとめて掛かってくるがよい!」

「…………はぁぁ」

 

 結局この日は大乱闘で一日が終わりを告げる。

 後日の相談の結果、水派、木派の順に八幡が訪れることで決着がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 集中、集中、集中。

 

 己の中にある星辰力を引き出し身体に纏わせる。次いで、右腕、左腕、右足、左足、身体の一部へと順番に星辰力を集中していく。

 力は強く、細かく、流れるように。そして指の一本一本へ微細に渡らせ、留め、そしてまた流す。それを順に何度も行う。

 

 星辰力とは星脈世代が持つ特殊なオーラだ。星辰力のコントロールは星脈世代の基本技術であり、星辰力を利用することで攻撃力や防御力を増加させることができる。星辰力が強ければ強いほど基本的に戦闘において有利となる。如何に強い能力や煌式武装を持っていたとしても、星辰力の差が星脈世代にとって絶対的な差であることに変わりはない。

 

 王竜星武祭の覇者、オーフェリア・ランドルーフェンは史上最強の魔女と呼ばれている。だがそれも能力だけではなく、無限ともいわれる星辰力を持っているからこそ、彼女はそう評されている。

 

「…………足りない」

 

 八幡はぽつりと呟く。以前より星辰力の制御は出来ている。数か月と比較すればそれは顕著だ。

 だが足りない。己の中から飛び出したあの時の星辰力を。周囲の万応素を喰いつくそうとした闇の能力を。全てが解放され、暴走したあの時の感覚を思い出せば、絶対に足りないと断言できる。

 

 星辰力を循環させたコントロール。それが今行っている修行の名称だ。

 己の星辰力を限界まで引き出し、身体の隅々まで流し制御する。それを身体の部位毎に行い、循環させながら何度も繰り返すのだ。

 

 足りないのは制御力だ。自分の中に眠る膨大な星辰力と、暴走の切欠となったあの能力をコントロール出来るほどの制御力。今使用できる能力などあくまで一部だ。力に呑まれ、暴走するなど二度とあってはならない。

 

 ――――おぬしなら必ず出来る。その日が待ち遠しいのう。

 

 今制御できる自信は欠片もない。だが必ず出来ると星露は言った。自身を信じられなくとも、あの妹の言う事は信用できるし、信頼もしている。だからそれに応えたい。

 

「…………ふぅぅ」

「お疲れー」

 

 一時間ほど続けた後、星辰力を戻す。するとそこに声が掛かる。横を見るとセシリーがちょこんと座りながらこちらを見ていた。

 

「はい、どうぞ」

「ああ、すまん」

「気にしない、気にしない。いいものを見させてもらったお礼だよー」

 

 見守っていたセシリーからタオルとスポーツドリンクが差し出された。そこで気付いたが顔中汗まみれになっていた。よほど集中していたのか、セシリーがこちらを見ていたのにも気付けなかったほどだ。

 タオルで汗を拭きドリンクを飲む。冷たく甘いドリンクは疲れた身体を回復させてくれる。

 そして飲み終わった際に気付く。この道場にいる生徒の視線が己に集中している事に。疑問に思いセシリーに問う。

 

「なんでこんなに見られてるんだ?」

「そりゃそうだよ。アレだけの星辰力を循環させ、尚且つそれを長時間制御するなんて芸当、出来る人は少ないよー。私だって無理なんだから」

「そうか?陽乃さんなら普通に出来るだろう?それに大師兄や星露だって」

「いや、あの人達を基準にしたら駄目だって」

 

 真顔で忠告するセシリー。きょとんとした顔をする八幡を見て彼女は思う。八幡が制御していた星辰力は、彼女自身の星辰力とほぼ同等の量になっていた。それだけの星辰力を出し、長時間制御するのは自身には不可能だ。出来るとすれば学園でもほんの一握りの人物だろう。

 

 ――――そこら辺は無自覚なんだ。陽姉の言っていた通りだねー。

 

 雪ノ下陽乃はセシリーに語っていた。彼の自己評価は恐ろしいほど低いと。どれだけ凄いことをしても当たり前の様に受け止め、時には卑下し、自身の功績すら誇らないと。

 

 師父である星露から兄と紹介された范八幡。彼を水派に招いたのはやはり正解だった。本人には自覚がないだろうが、彼の努力している姿は他者に刺激を与える。その結果、他の生徒達も以前より遥かにやる気がまし、鍛錬にも熱が入っている。水派を統括する身とすれば歓迎できる話だ。

 

「さて、と」

「休憩は終わり?」

「……ああ」

「よし、じゃあ私の出番だね」

 

 そう言うとセシリーは自らの前に空間ウィンドウを複数開く。

 映し出されているのは界龍の生徒たちの姿だ。

 

「さて八幡。復習だよ。星仙術とはどんなものかな?」

「界龍が開発した万応素のコントロール技術で、扱う人は道士と呼ばれる。魔女や魔術師は基本的に一つの能力しか使えないが、星仙術は技術としてある程度汎用化してるので鍛錬次第で複数の能力を使用可能。ただし、魔女や魔術師の才能がなければ使用することが出来ない、と言った所か?」

「うん、概ね正解だね。捕捉するなら複数の能力を使用できるけど、個人によっては差が出来ることかな。その人の才能によって使用できる能力は大きく変わってくるよ。得意な能力は人それぞれだからねー」

 

 空間ウィンドウの生徒達が動き出す。それぞれが呪符を取り出し様々な能力を発動させている。

 

「ウォンは何が得意なんだ?」

「私は雷かな。武器に纏わせて使用したり、遠距離からの広範囲攻撃に使ったりしてるよ」

「なるほど、便利だな」

「八幡は星仙術はどのぐらい出来るんだっけ?」

「一応空を翔けることは出来るぞ。最初に習ったのがそれだったからな。後は能力の補助や拘束技ぐらいか。最近はひたすら模擬戦をしたり、星辰力コントロールの修行をしてるから習ってないが」

「……空を翔けるのが最初なんだ。初心者に習わせる技じゃないねー」

「そうなのか?」

 

 八幡の返しにセシリーは苦笑しながら頷く。そして同時に、師父の八幡に対する期待の大きさに改めて気付かされる。

 転校初日の師父との戦闘で八幡が飛べるのは目撃した。自由に室内を飛び回るその姿は、星露や大師兄、雪ノ下陽乃ほどではないが、かなりの完成度だった。

 そして後日、星露から話を聞かされセシリーは驚愕した。八幡が本格的に修行を開始して僅か三か月しか時が経っていないというのだ。それが本当なら恐るべき才能だ。

 

 師父の意図を考える。模擬戦ばかりをしているのは足りない戦闘経験を増やすため。星辰力コントロールを重視するのは能力の制御のためと思われる。師父の話が本当なら星辰力も能力も未だ発展途上という話だ。

 

 ならば自分が為すべきことはそれ以外の分野だろう。

 

「とりあえず星仙術もイメージが大事だから、色々と考えてみるといいよー」

「イメージ……能力と一緒か?」

「そうだね。ただ、星仙術は能力よりも応用できるよー。うちで言えば双子の二人は幻惑系が得意だし、陽姉は炎系の攻撃術や補助系かな。後は知ってるかもしれないけど、師父や大師兄は色んな属性を呪符なしでも星仙術が使えるよー」

「……呪符なしか。アレは凄いよな」

「呪符なしで術が発動出来るのは師父と大師兄だけだよ。陽姉はもう少しで出来るって言ってたけどね」

「そうか。あの人も大概だな」

「八幡も同類だと思うけどなー。陽姉に聞いたよー。一対一で負けたって」

「そんな事まで話してたのか、あの人は……あれは反則勝ちみたいなもんだ。今勝負したら普通に負ける」

「へーそうなんだー。でも陽姉言ってたよ。八幡は絶対強くなるって」

「まあ、目標があるからな」

 

 遠い目をして八幡は語る。その目に映る目標は誰なのか。セシリーには分かる気がした。

 

 范八幡。突如現れたその人を星露は自らの兄だと紹介した。血は繋がっていないらしいが二人はとても仲が良い。二人でいる所を遠目に見たことがあるが、その姿は兄に甘える妹。もしくはその逆で、姉に甘える弟のようにも見える。実年齢を考えれば後者だろうか。

 八幡が来てからの星露は常にご機嫌だ。毎日楽しそうに八幡を鍛え暴れ回っている。少し前まで元気がなかったので、弟子としては師父の喜ぶ姿が見えて何よりだ。

 

 ただ、セシリーには一つ気がかりな事があった。家族である星露と、元々の知り合いである雪ノ下陽乃。それ以外の人物と話すときの八幡に何処か壁を感じるのだ。嫌われているわけではない。避けられているわけでもない。ただ、話すこと自体に遠慮しているというか、酷く言えば怯えているようにも感じられるのだ。

 

 ――――まあ、星脈世代には色んな過去があるからねー。聞くのは野暮ってもんかな。

 

 誰にだって話せないことはある。短い期間しか共に過ごしていないが彼は界龍の仲間だ。強さを求め努力するその姿は好ましいものがあるし、教室でめんどくさそうに対応している性格も別に嫌いではない。

 

 いつか気兼ねなく話せる仲間へと。そんな風になれたらいいと思う。

 

「よーし!じゃあ続きをやろっか。界龍の道士の動画はいっぱいあるから、それを見て星仙術の参考にするといいよ。分からない所は私が教えてあげる」

「……いいのか?ウォンも自分の鍛錬があるだろう?」

「いいの、いいの。せっかく水派に来てくれたんだからね。教えてあげるのが私の役目だよー」

「…………じゃあ、頼む」

「うん、任せて!」

 

 笑顔で話すセシリー。その裏表ない言葉に動かされたのか、八幡も素直に頼むことにした。

 そして両者は座りながら動画を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた刀と突き出された拳が衝突し、互いの武器が弾けあう。刀を持つ少年は弾かれた刀の勢いを殺さず、身体を回転させ次の一撃を放つ。

 それに対し、もう一人の少年は脚部に込めた星辰力を活かして高速移動。刀の有効射程から即座に離脱する。お互いの距離が離れた二人は、動きを止め互いを睨む。

 

「……速いな、趙」

「八幡こそよく付いてきますね。ですが!」

 

 范八幡と趙虎峰。二人の模擬戦は片方が優勢となっていた。

 両者の戦闘スタイルは似ている所がある。八幡の刀藤流はスピードを生かし、手数をもって相手を制する。

 

 それに対し虎峰は――――

 

「くっ!」

「反応が遅れてますよ!」

 

 瞬時に背後に回られ、放たれた拳を振り向きざまの一撃で辛うじて防ぐ。しかし次の瞬間には虎峰は目の前から姿を消す。何とかその軌道を目で追おうとするが捉えきれない。星辰力の動きを感じ取り、それを頼りに身体を動かす。

 しかし模擬戦は現在二十戦目。疲労が溜まり、長時間戦闘が続くにつれ、徐々に身体の反応が遅れていく。

 

 ――――反応出来ない!

 

 虎峰の高速移動に八幡は苦戦していた。

 

 趙虎峰は木派きっての稀代の拳士だ。彼は星仙術を使えない。星仙術に対する才能がこれっぽちも無かったからだ。だがその実力を疑う者は界龍には存在しない。

 

 界龍独自の洗練された体術もそうだが、それ以上に厄介なのが脚部に込められた星辰力である。繊細な星辰力コントロール技術により、脚部に留めた星辰力が爆発的な速度を生み出しているのである。

 

 星辰力量だけでいえば今現在の八幡は虎峰より上である。星露との修行でも星辰力コントロールを最優先に行い、星辰力を集中しての高速移動も一応取得済みだ。しかし虎峰ほどのスピードを出すまでには至っていない。

 模擬戦序盤では虎峰の動きに何とか競り合うことが出来ていたが、中盤から終盤になるにつれ動きが鈍り反応速度が格段に落ちていった。

 

 如何に八幡に才能があるといっても彼の戦闘者としてのブランクは長い。その錆び付いた身体では幼い頃から鍛え続けている趙虎峰を、界龍第七学院序列六位 天苛武葬を長時間相手にするには荷が重すぎた。

 

「っ!」

 

 正面からの虎峰の一撃を刀で受け止めるも、その衝撃を殺せず身体ごと後方に吹き飛ばされる。空中で体勢を整え、左手で床に手を付きながら両足で踏ん張り何とか着地する。

 顔を上げ虎峰の方を見て―――そして気付く。

 

「よく防ぎます。ですがこれで!」

 

 虎峰の両手に星辰力が集中している。界龍の拳士特有の現象だ。拳に込められた星辰力の一撃は流星闘技にも匹敵する。

 八幡は身体を起こし体勢を整える。そしてそれを待っていたかのように虎峰が動く。

 

「いきます!」

 

 小細工なしの真っ向勝負。脚部に込められた星辰力を利用し、初速から最高速に近いスピードで虎峰が急接近。

 

 回避は――――不可能。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 八幡は残りの星辰力を振り絞り迎撃を選択。横薙ぎに振られた刀が虎峰へと放たれる。虎峰を沈めるだけの威力が込められた一撃が彼へと迫る。

 

 しかし虎峰の対応が上をいく。前傾姿勢を深くし潜り抜けるように八幡の一撃を回避。頭上を刀が通過する。

 もう八幡の攻撃手段はない。そう確信した虎峰は脚部の星辰力を活かして加速。八幡の懐へと侵入する。

 

 そして止めの一撃を放つべく星辰力を右拳を繰り出し―――――

 

 

 ――――頭部に何かの衝撃を受けそのまま吹き飛ばされた。

 

 

「っ!何が!?」

 

 虎峰は吹き飛ばされ倒れそうになる。しかし飛ばされながらも両手を床につけ、手の力だけで跳躍。空中で身体を回転させ見事着地する。そしてそのまま後方へとジャンプし、八幡から距離を取る。自身が受けた攻撃の種類が分からなかったからだ。

 虎峰は体勢を立て直す。しかし頭部に痛みが発生し、同時に立ち眩みを起こす。先程の攻撃の影響だろう。自身の視界が揺れているのを虎峰は自覚した。

 

 虎峰の星辰力を活かした高速移動。一見弱点がないように見えるが実はそうでもない。星辰力を脚部に留めなければならない性質上、その発動には極度の集中力を必要とする。何らかの攻撃を受け、星辰力が乱れてしまうと高速状態は解除されてしまうのだ。

 勿論、星辰力を集中すれば再度の発動は可能だ。しかし頭部の傷の影響で集中力が乱れている。先程までのスピードを保持するだけの星辰力の集中は現状では困難だ。

 

 多少時間が経てば回復するだろうが、目の前の相手はそれを許すほど甘くはない。

 

「そこだ!」

 

 虎峰に出来た隙に乗じ八幡が追撃に来ていた。最後のチャンスとばかりに八幡が猛攻に出る。

 

 

 連鶴が――――解き放たれる!

 

 

 刺突、刺突、右薙ぎ、左切り上げ、右薙ぎ、逆袈裟――――

 

 八幡の刀が生き物のように途切れることなく獲物へと襲い掛かる。

 虎峰はそれらを拳で弾き、躱し、何とか距離を取ろうとする。しかしここで離されれば八幡に勝機はない。喰らいつくように必死に追い縋る。

 

「うぉぉぉぉっ!」

「くっ!」

 

 連鶴のスピードが段々上がっていく。そのスピードは虎峰でさえ反応するのが困難となり、幾つか掠り傷を負ってしまう。

 このまま押し切れると判断した八幡はさらにスピードを上げる。

 

 そして連鶴の波状攻撃に耐え切れなかったのか、虎峰の防御に綻びが見え始める。連鶴でそれをこじ開け防御している腕を弾く。そして虎峰が体勢を崩し胸元ががら空きになる。

 

 校章が――――見えた。

 

「!もらった!」

 

 校章目掛けての斬撃。最後の力を込めスピード重視の大振りの一撃を放つ。

 

 しかし

 

「甘いです!」

 

 体勢を崩したのは虎峰の罠だった。軌道を誘導された一撃はしゃがむことで回避され、逆にカウンターで腹部に蹴りの直撃を許してしまう。

 

「破っ!」

「くぅぅっ!」

 

 苦悶の表情を浮かべ八幡が痛みに耐える。後方に流される身体を何とか押し留め、倒れるのだけは阻止する。

 しかしその隙に虎峰には距離を取られ、逃げられてしまった。

 

 両者が再び向き直る。

 

「……危ない所でした。しかし先程の攻撃はいったい?」

 

 距離を取ったことで余裕が出来た虎峰は、先程直撃を受けた攻撃の正体を探ろうとする。刀での攻撃ではなく殴打の類だったはずだ。八幡に対する警戒を怠らないまま、自身の周辺を探っていく。そして八幡の腰に携えた物を見て、答えに辿り着く。

 

「なるほど、鞘ですか」

「……正解だ」

 

 正解を導き出した虎峰に疲れ切った声で八幡が答える。

 八幡が持っている鞘。それが先程受けた攻撃の正体だった。

 

 八幡の右手から放たれた刀の攻撃を回避し懐へ飛び込んだ。そして攻撃手段がないと高を括って油断した結果、無防備になった頭部へ左手での鞘の一撃を叩きこまれたのである。

 

「見事です、八幡」

「嫌味か?全然効いてないように見えるが?」

「そんな事はありません。こっちもギリギリですよ」

 

 掛け値なしの本音だ。予想外の一撃を受けた上、もう少しで校章を破壊される寸前まで追い込まれたのだ。

 称賛こそすれど、嫌味など言うわけがない。

 

 しかし八幡にとっては額面通りには受け取れない。

 文字通り全ての力を振り絞った。だが、それでも尚届かなかったのだ。

 

「……はぁっ、界龍の壁は厚いな」

 

 八幡はぽつりと呟く。

 界龍の冒頭の十二人、その上位の力。理解はしていたつもりだったが、実態は予想以上の猛者ばかりだ。

 

 そんな考えをした自身がどんな表情をしたのか、八幡は知らなかった。

 

「……八幡もだいぶ染まってきましたね」

「……何がだ?」

「いえ、何でもありません」

「?」

 

 虎峰が軽く答える。

 自覚がないのなら別に気にすることではない。嘗ての自身にも自覚がなかった。

 

 ――――界龍に所属する生徒は戦闘狂が多い。

 

 他の学園からそう揶揄されるほど界龍には実力者が揃っている。通常、アスタリスクに来る学生は星武祭優勝を目指している人が大半だ。だが界龍に入学する生徒は例外が多い。

 

 彼らは自身の鍛錬の為に、強くなるためだけに界龍に入学する。序列争いですら興味を持たない生徒もいるほどだ。

 三代目の万有天羅が就任したことで、同じ志を持つ者はさらに増えた。皆、范星露の強さに憧れ、その強さを追い求める者達だ。

 

 彼らの浮かべる表情と、目の前にいる八幡の表情がそっくりだったのだ。

 昔の自身の姿を見ているようで、虎峰は思わず苦笑した。

 

「……さて、そろそろ決着を付けましょうか」

「そう、だな」

 

 会話をして時間を置くことにより、両者ともある程度回復した。

 虎峰は頭の痛みが。八幡は体力が。お互いに足りないものは補充できた。

 

 次が最後の一撃―――言葉にせずとも二人は理解していた。

 

「これで最後です!」

 

 虎峰が頭部の痛みを無視して再び脚部と両腕に星辰力を込める。

 

「………ああ」

 

 八幡も全身と刀に星辰力を纏う。

 

 そして両者が同時に走り出し――――――激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の刀?」

「はい。業物みたいですだから気になっちゃって。転校時には持ってなかったですよね?」

 

 模擬戦が終了し一段落。立ち上がる余力もなく疲れ切った二人はその場に座り込み、応急手当てを済ませ雑談をしていた。

 そんな中、虎峰は八幡が持つ日本刀が気になり問いかけていた。

 

 アスタリスクに所属する生徒は煌式武装を使用する生徒が多い。というかそれが普通だ。ただの日本刀を使用する八幡は、ある意味異色の存在なのだ。

 

「転校したときはまだ税関を通過してなかったからな……この刀は先生から頂いた物だ」

「先生?刀藤流のですか?」

「ああ」

 

 アスタリスクに出発する前日、最後の立ち合いの後に八幡はその刀を譲り受けた。

 

「……先生が昔使っていたらしくてな。名前は【鶴姫】だ」

「鶴姫……いい刀ですね」

「ああ……」

 

 二人で鞘から抜き取られた鶴姫を見る。

 素人目から業物と判断できるその刀は、波打つ波紋がとても美しく、見ているだけで惹かれるものがあった。

 

「それに界龍には日本刀型の煌式武装もないみたいだからな。そんな訳でこの刀を使ってるわけだ」

「なるほど。界龍の煌式武装は中華系統の者が多いですからね。でしたら、序列戦に参加してみるのはどうですか?序列上位になれば統合企業財体に煌式武装の注文を掛ける事もできますよ」

 

 虎峰は八幡の実力を高く評価していた。現状の実力でも、界龍の冒頭の十二人の下位の位置なら狙えると思っている。

 

「いや、星露から序列戦の参加と決闘は禁止されてる。模擬戦ならいいらしいが」

「師父から?それは本当ですか、八幡?」

「ああ、絶対に駄目だと言われたな」

「……そうですか」

 

 八幡の答えに虎峰は考え込む。序列戦にしろ決闘にしろ参加するのは本人の自由だ。

 例外があるとすれば――――

 

「………なるほど。そういう事ですか」

「分かるのか?」

「ええ、その内師父から話があると思うので、僕からは言えないですが」

「そうか。まあ元々参加する気はないがな。目立つのは苦手だし……」

 

 序列上位、特に冒頭の十二人ともなればアスタリスク中から注目される事になる。

 目立つことが苦手な八幡にとってはデメリットしかない。

 

「もったいないですね。冒頭の十二人になれば色々と優遇されますよ。金銭面とか住む場所とかも……いや、八幡には必要ありませんか」

「そうだな。特待生として金はそれなりに貰ってるからな。それに住んでる場所は……」

「黄辰殿ですからね。驚きましたよ、僕」

「……俺だってそうだ。てっきり寮住まいだと思ってたからな」

 

 黄辰殿。それは界龍にとって特別な意味を持つ建物である。

 その扉を開くことが出来た人物は特別な称号《万有天羅》を継承することになる。范星露はその扉を開けた三人目、三代目の万有天羅だ。

 

 ちなみに黄辰殿はとてつもなく広い。建物の規模とは比例しないその大きさは、中の空間が弄られているとの噂もあるほどだ。建物内部は色々な設備があり、八幡も全体像を把握できていない。客人を迎える謁見の間、鍛錬に使用する巨大な道場。星仙術の実験場等は確認済みだ。

 

 そして黄辰殿には住居としての設備も完備してある。二代目 万有天羅の意向で巨大な浴場も設置されているほどだ。そんな黄辰殿には現在、八幡も含めて数人が暮らしている。

 

「何じゃ。黄辰殿はそんなに嫌か?」

「いや、嫌というわけじゃないんだが、豪華すぎるのがちょっとな」

「ああ、それは分かります。無駄に豪華ですよね、あそこ」

 

 八幡と虎峰は庶民の出だ。二人にとっては華美で巨大な住居は落ち着いて過ごすことが出来ない。

 

「ふむ、そういうものか?」

「そうですよ、師父………師父!?」

「いつの間に……」

 

 しれっと会話に加わっている星露に二人は驚愕する。気配も違和感も全く感じ取れなかった。

 

「……いつから居たんだ、星露」

「おぬし達が戦ってる最中、最後の一戦の途中からじゃな。隠れて見物させてもらったぞ」

「まったく気付きませんでした」

「無理もない。お互いに集中しておったからの」

 

 からからと星露が笑う。が、八幡と虎峰は苦い顔をする。星露が本気で隠形をすると二人では発見できないレベルだが、見つけられないのが悔しいことに変わりはない。

 

「出てきたという事は俺たちに何か用か?」

「うむ、二人とも。今の時間を確認してみろ」

 

 言われた二人は、空間ウインドウを取り出し時間を確認する。すると時計は20時30分を表示していた。

 それを見て驚く二人。木派所有の道場に二人で入ったのが17時過ぎだったのに、予想以上に時間が過ぎていたからだ。

 

「明日も授業があるじゃろう。いい加減切り上げよ」

「そうですね。じゃあ僕も寮に急いで戻ります。今なら食堂も間に合いそうですから」

 

 ちなみに男子寮の食堂は21時まで営業している。今からならギリギリ間に合うだろう。

 

「そういえば二人とも。今日は儂が腕を振るって夕餉を作ってみた。食べるか?」

「そうか。今日の献立は?」

 

 問う八幡。それに対し星露は胸を張って答える。

 

「回鍋肉じゃ」

「おお、それは美味そうだな。どうする、趙?」

「……いえ、僕は遠慮しておきます。今日は疲れたので早く休みたいです」

 

 少し考え虎峰は断った。

 星露の作る料理は天下一品で味も保証されているが、二人の邪魔をするのは悪いと思ったからだ。

 

「そうか?では帰るぞ、八幡」

「ああ。またな、趙」

「ええ、お疲れ様です。八幡、師父」

 

 歩き出す二人を見送る虎峰。

 しかし疲労のピークを迎えた八幡は、歩みが遅く身体はふらついている。

 

「……ふむ、疲れておるようじゃな」

「…………まあな」

 

 それを聞いて星露がニヤリと笑う。

 

「そうか!では儂がおぶってやろうか?」

「……それ見た目がやばくないか?幼女虐待的な意味で」

「そのようなものは気にせずともよい」

「いや、俺が気にするって。普通に歩くよ」

 

 じゃれ合いながら帰る二人。

 ゆっくりしか進めない八幡に歩調を合わせ、星露は共に歩いていく。

 

 やがて二人の姿は遠ざかり見えなくなった。

 

「……仲がいいですね、あの二人は」

 

 虎峰が呟く。仲がいい二人に微笑ましいものを感じた。

 

「さて、僕も急ぎますか!」

 

 そして虎峰は寮に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「それで虎峰との模擬戦の結果はどうだったのじゃ?」

「…………0勝20敗。全敗だった」

 

 黄辰殿の中を歩いていく二人。歩きながら先程の模擬戦の結果を報告していた。

 

「ふむ、まあそんなものじゃな。現時点では仕方なかろう」

 

 特に気にした様子のない星露。

 虎峰は界龍序列六位の実力者だ。勝てなくても気にする必要はない。

 

「……なぁ星露」

「何じゃ?」

 

 だが八幡はそう思っていない。

 

「俺は……強くなっているか?」

 

 范星露。雪ノ下陽乃。武暁彗。趙虎峰。アレマ・セイヤーン。

 転校してからの二週間でこれらの強者と戦ってきた。しかし全て全敗。一勝すら出来ていない。

 

 趙虎峰とはそれなりに勝負が出来ていると思うが、他の人物達にはまったく歯が立たないのが現状だ。多少弱気になっても仕方がないだろう。

 

「ふむ、八幡。少ししゃがめ」

「……は?」

「よいから。しゃがむのじゃ」

 

 言われるまま腰を落とし、しゃがんでみる。星露が近寄りその顔が近くに映る。

 そして星露がその手を伸ばし、八幡の頭を撫でてきた。

 

「……ぬしは良くやっておるよ」

 

 星露は優しく語りかける。慈しむように、愛でるように、幼子をあやすかの如くゆっくりと頭を撫でていく。

 

 ――――八幡が自身の期待に応えるべく必死に努力しているのを知っている。

 

 ――――本当は甘えたいのに、甘える資格がないと決めつけているのも知っている。

 

 ――――誰よりも優しくて、でも不器用な性格で損な生き方しか出来ないのも知っている。

 

 

 しかしそれらを指摘しても本人は否定するだろう。だから行動で示す。

 傷ついた心が癒されるように。自分に価値がないなどと思わないように。

 

 この気持ちが少しでも伝わると願いながら――――ゆっくりと思いを込めて。

 

 

 星露の手が八幡の頭から離される。二人は何も喋らずに、お互いの顔を見つめ合うのみだ。

 

「…………星露」

「うん?」

 

 八幡は悩む。気恥しい。だけど言わなくてはならない。しかし何を伝えていいのか分からない。

 

「………………ありがとう。もう少し頑張ってみる」

 

 結局伝えたのは無難な言葉――――だけどそれで充分だった。

 

「うむ!期待しておるぞ!」

 

 満面の笑みを浮かべる星露を見て、間違っていなかったと思えた。

 

 それだけで充分だった。

 

「さて、儂も腹が減った。急ぐぞ八幡」

「……まだ食べてなかったのか?」

「うむ、ちなみに陽乃達も待っておるぞ。急がなくてはな」

「ああ……」

 

 

 二人は再び歩き出す。

 

 どちらが言うまでもなく、いつの間にか手を繋ぎながら。

 

 その姿は家族と呼んで差し支えない程に、自然なものだった。

 

 




今回は虎峰とセシリー。そして少し双子が絡んだお話となりました。
しばらくは、複数のキャラにスポットを当ててお送りする予定です。

そして今回の話が15000字を突破。恐らく過去最長ですね。
おかしいな。ここまで長くする気はなかったのですが

読者の皆様は文字数の多い小説はどう思うのか少し気になります。
楽しんでもらえればいいのですが………

そして今回は前話から間隔が空いてしまいました。
半分まで書いた所でスランプが発生。一か月ぐらい放置状態が続きました。
しかし感想や評価の一言によりやる気がアップ。五日ほどで残り50%が仕上がりました。

読者の感想は、執筆活動に必要な養分みたいな感じだと最近凄く思います。
もし投稿間隔が空いたなら、激励の意味を込めて応援メッセージや感想を頂けると執筆が速くなる……かもしれません。

では、次回もよろしくお願いします。


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