学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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気付けば12月も終盤。一年も過ぎればあっという間ですね。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



第十五話 後始末

 激動の一日が過ぎ夜が明けた。

 捕らわれの姫は無事救い出され、悪者は退治されて捕まった。

 これが物語の出来事なら、ハッピーエンドを迎えたと言っていいだろう。

 

 ―――しかし物語は現実ではない。

 

 現実は物語のように上手くいくことは少なく、必ずしも結末がハッピーエンドとも限らない。

 仮に結末がハッピーエンドを迎えたとしても、そこで終わりではなく先へと進んでいく。

 

 つまり何が言いたいかというと

 

「だからたまたまだって言ってるじゃん、ヘルガ」

「それで私が納得すると思っているのか?雪ノ下陽乃」

 

 後始末はまだ終わっていないのだ。

 

 

 時は先日の夜へと遡る。

 雪ノ下陽乃がマフィア相手に大暴れを開始し少し時間が経った後、八幡は目的のビルへと辿り着いた。

 ビルの中では何が起こったのか理解できぬまま混乱し、無暗やたらに走り回るマフィアたちの姿が確認できた。そしてその混乱に乗じ、八幡はビルへと侵入を果たした。気配を殺し、星仙術で姿を消した八幡を確認できたものは誰もいなかった。

 

 誘拐犯が人質を取ったとして、監禁する場所はどこになるだろうか?

 それを考え、最初に思いついたのが地下だった。地下への階段はそう時間を掛からず見つかったので、階段を下って探索を開始した。

 

 そして地下一階の一番奥の部屋。ドアの前で見張りらしき男が二名いるのを確認できた。他の部屋には人の気配は全くなかった。恐らく間違いない。

 

 そこで能力発動。相手の影を媒体とし、闇がロープ状に変化し男二人の首を締め上げる。男二人は星脈世代だったが実力は大したことはなく、ほどなくして男たちは気絶した。

 

 見張りらしき二人を無力化し扉の前に立つ。部屋の中へと声を掛けると、数秒の沈黙の後に小声で返事が返ってきた。扉から離れるように伝え、星辰力を込めた蹴りで扉を吹き飛ばす。

 

 部屋の中にいたのは、グリューエルによく似た顔の金色の髪の少女。

 こちらを見詰めるその表情は無表情であり、感情を押し殺しているように見えた。

 

 助けに来たと事情を説明すると、緊張に張りつめた表情が崩れる。そしてこちらの胸に飛び込み、声も出さずに泣き始めた。

 

 そして二人で建物を出て、爆音と炎が周囲を破壊しているのを見届けながら脱出した。助けた彼女をクインヴェールまで送り届けると、校門の入口で待っていたグリューエルは、妹の姿が確認できると走り寄り思いっきり抱きしめた。

 

 そして二人は泣きながらお互いの無事を喜んだ。

 

 そんな二人の邪魔をしては悪いと、無言でその場を後にした八幡は再び歓楽街に戻った。

 現場付近まで来ると、陽乃にやられたと思わしきマフィアの連中が倒れている他、破壊され何とか原型を保っている建物の数々が目に入る。

 

 

 ここまでは問題なかったのだ。

 

 

 突如、轟音が響くと八幡の視界に二人の女性の姿が飛び込んできた。二人は戦闘しながら徐々にこちらに近付いて来る。女性の内一人は雪ノ下陽乃だったが、その後の光景が八幡には驚きであった。

 

 信じられない事に雪ノ下陽乃が近接戦で圧倒されていたのだ。そして陽乃の相手を見て八幡は判断をする。下手をすれば星露並みの使い手だと。

 

 やがて陽乃が吹き飛ばされ八幡の近くに着地する。横目で八幡の存在を確認した陽乃は、にやりと笑い八幡に告げた。

 

「八幡くん、援護!」

 

 陽乃が助けを求めたことにより、相手がマフィアの切り札だと判断した八幡は彼女に直に答えた。

 

「了解!」

 

 そして陽乃に続き、八幡もその女性へと立ち向かっていった。

 

 相手が星猟警備隊の隊長、ヘルガ・リンドヴァルと知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在、二人は警備隊の詰め所でヘルガ・リンドヴァルから取り調べを受けている。

 

「いやぁ、二人揃ってやられちゃうとは私達もまだまだだねぇ」

「……すみません」

「はぁ、とりあえず君は悪くない。私のことは知らなかったようだからな。問題なのは私の事を知らせなかったこいつだ」

 

 そう言うとヘルガは陽乃を睨みつける。しかし当の陽乃は気にせず上機嫌な様子だ。そんな陽乃にヘルガはため息を一つ溢し、続きを話し始める。

 

「……さて、もう一度確認するぞ。雪ノ下陽乃。貴様がなぜあの場所にいて、マフィアたちを潰したのかだ」

「だから何度も言ってるじゃん。後輩たちがレヴォルフの連中と揉めてピンチになったから助けに来たって……それに今回マフィアを潰したのはヘルガ達警備隊だよ」

 

 実際にマフィアを捕まえたのは警備隊だ。ある意間違っていない。

 そして陽乃の言葉を直訳するとこうなる。マフィアを潰した功績はそちらに譲る。私たちは無関係だから放っておけと。

 

「……それで納得しろと?」

「その方が丸く収まるでしょ。色んな意味で」

「…………」

 

 押し黙るヘルガ。陽乃の提案に利があったからだ。

 星猟警備隊はアスタリスクにおける警察の立場に位置する。ヘルガはその創始者にして現隊長の地位にあり、数々の事件を解決してきた。

 しかし、そんな警備隊でもマフィアの組織は中々手が出せない。それはマフィア自体が統合企業財体と結びつきが強いからだ。悪事の証拠が見つかっても統合企業財体から圧力がかかり、証拠自体が潰されるというのも日常茶飯事だ。

 

 そのような事態を苦々しく思っているヘルガにとって、今回の事件は渡りに船だ。治安維持を名目にマフィア組織に強行突入することができた。既にマフィアの関係者百人以上を逮捕済み。建物からは悪事の証拠が数々見つかっており、上手く行けば複数のマフィア組織を壊滅させることができるだろう。

 

 それにここまで大騒ぎになれば、さすがの統合企業財体も事態を秘密裏に抹消することは出来ない。正に絶好の機会だ。

 

 そしてマフィア達にとっても、警備隊に捕まったという事実の方が都合がいい。マフィア組織が一人の女子学生に潰されたなど、面目がまるで立たないからだ。

 

「納得してくれるよね、ヘルガ?」

「……まあいい。この件はここまでとする」

 

 渋々了承するヘルガ。そして彼女は八幡の方へと顔を動かした。

 

「君も災難だったな。この馬鹿に付き合わされて」

「まあ、慣れてますから」

「……そうか。苦労してるんだな」

 

 警備隊長に同情された。陽乃の無茶ぶりには此処でも変わらないらしい。

 

「ところで、君は界龍の生徒か?各学園の実力者は大体把握しているつもりだが、君は初めて見るな」

「はい。昨日初めてここに来ました」

「そうか。名前は?」

「范八幡です」

「范?君はもしかして「うちの特待生じゃよ」

 

 幼い声がヘルガの台詞を遮る。

 その声にヘルガは驚く。この場所で聞こえるはずのない声が聞こえたからだ。

 三人が声の方へ振り向くと、范星露と傍に案内と思わしき警備隊の隊員が一人いた。

 

「案内ご苦労」

「は、はい。失礼します!」

 

 星露の言葉に緊張した隊員が返事を返し、そして去っていった。

 

「迎えに来たぞ。八幡、陽乃」

「あら、星露自らお迎えとは珍しい。どういった風の吹きまわし?」

「六花園会議に向かう途中での。そのついでじゃ」

 

 陽乃の質問に軽く答える星露。

 

「范星露!」

「おお、ヘルガ・リンドヴァルか。久しいの」

 

 旧友に対して話しかけるように挨拶する星露。だがヘルガにとってはそうではない。宿敵に遭遇したかのように激しく睨みつける。

 しかし星露はそれに取り合わない。ヘルガを無視して二人を呼ぶ。

 

「行くぞ。二人とも。早く行かねば会議に遅刻してしまう」

「は~い。行くよ、八幡くん」

「は、はい。でも…いいんですか?」

「いいの、いいの。話はもう終わったから」

 

 立ち上がる二人。星露を先頭にその場を立ち去ろうとする。

 

「待て!范星露!」

「何用じゃ、ヘルガ。もう話は終わったであろう?」

「……その件はいい。一つ聞かせろ」

 

 マフィアの件よりも遥かに気になる事があった。

 

「界龍の特待生と言ったな。彼、范八幡とお前はどんな関係だ?」

「八幡と儂か?」

 

 范星露と同じ姓。それに名前を呼んだときの親しげな声。無関係のはずがないとヘルガは確信した。

 

 ヘルガの質問に対し、星露は自身の右手を動かす。

 人差し指以外を折り曲げて自身の口へ持っていくと、星露はそれに答えた。

 

 

「それは秘密じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 警備隊の詰め所を後にした三人は、車中で話をしていた。

 

「だいぶ敵視されていたな……」

「ヘルガのことか?彼奴とは昔戦ったことがあっての。今でも思い出せるぞ。アレは楽しかったのう」

 

 八幡の言葉に笑顔を浮かべる星露。

 ヘルガの様子から判断するに無理やり闘いを挑んだのだろう。

 

「私も見かけたら挑んでるよ。まあ、負けっぱなしだけど」

「……そりゃ嫌われますよ」

 

 師にも弟子にも無理やり闘いを挑まれているのなら、嫌われるのも無理はない。

 

「そういえば星露。今から六花園会議なんだよね?」

「そうじゃよ」

「じゃあ、虎峰どうしたのさ?あの子がいないんだけど」

 

 陽乃は今気付いたとばかりに車中を見渡す。

 普段ならお付きとして一緒に行くはずの人物がいなかったからだ。

 

「倒れたぞ」

「……え?」

「おぬしがヘルガ相手に戦闘したので、迎えに行くと言ったら無言で倒れおった」

「あらら」

「まったく、何が原因か知らぬが倒れるとは情けない」

「………それって心労が原因なんじゃ」

 

 八幡が思わず突っ込みを入れる。

 話には聞いたことがあるが、界龍一の苦労人の名は伊達ではないようだ。

 

「そういえば、さっき言ってた六花園会議って何だ?」

「ああ、説明したことはなかったな。月に一度、各学園の生徒会長が集って行う定例会議の事じゃよ」

「定例会議ね。どんな内容なんだ?」

「そうじゃな。季節ごとの行事や星武祭の進行の確認。それに各学園ごとに議題を提出して多数決による可否と言ったものもあるが、ぶっちゃけ腹の探り合いじゃな。各学園が自分たちに有利になるように進め、牽制しあっておるからのう」

「……俺なら出たくないな。その会議」

「私は結構興味あるけどね。楽しそうだし」

「ほほ、その手の事が好きなものには楽しいがの。見てて飽きん」

 

 そんな話をしながら車は目的地へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 アスタリスクの中央区、商業エリアと行政エリアにホテル・エルナトと呼ばれる超高層ビルがある。

 このビルの最上階にはドーム型の空中庭園が広がり、四季折々の花々が咲き乱れている。

 

 六花園会議は月に一度、六つの学園の生徒会長がこの場所に集い行われている。

 

「すまん。少し遅れたの」

 

 星露が歩きながら庭園の中央部へと向かう。周囲を軽く見渡せる小高い丘の上には、ぽつんと設えられた洋風の四阿。

 そこにはアスタリスクをそのまま縮小したかのような六角形のテーブルが備えてあり、六つの椅子のうち四つが埋まっていた。

 星露は空席の一つの所定の席に座り五つ目を埋めた。

 

「ようこそ、公主。あなたが遅刻とは珍しいですね」

 

 柔らかな笑顔で出迎えたのは、淡い金髪と整った顔立ちの青年、聖ガラードワース学園生徒会長のアーネスト・フェアクロウだ。

 

「さて、全員揃ったので始めようか。皆、忙しい身分だからね」

「まだ一つ席が埋まっておらんようじゃが?」

 

 星露は空席の一つを見ながらアーネストに問う。

 

「アルルカントは欠席すると学園から連絡がありましてね。何でも生徒会長が体調不良だとか」

「はっ、あそこは今内紛の真っただ中だ。来るわけねぇよ」

 

 口を挟んだのはレヴォルフ黒学院の総代 ディルク・エーベルヴァインだ。不機嫌そうに顔を歪めながら吐き捨てる。

 

「なるほどのう。しかし今日は珍しい顔が見られるものじゃ。のう、歌姫殿よ」

 

 納得した星露は、普段は空席となることが多い席へと視線を向け話しかける。

 

「あはは、たまには生徒会長としての義務を果たさないとね」

 

 苦笑しながら答えたのは、クインヴェール女学園の生徒会長 シルヴィア・リューネハイムだ。

 彼女は世界中にツアーに行くため、六花園会議を欠席することが多いのだ。

 

「寝不足か、歌姫殿?何やら疲れた顔をしておるようじゃが」

「……大丈夫だよ。昨日少し慌ただしかったものだから」

「そうか。無理はするなよ」

「え、ええ。ありがとう」

 

 星露はシルヴィアの体調を気遣うが、その事にシルヴィアは驚く。

 星露が他人の心配をするとは思わなかったからだ。

 

 続けて星露はディルクの方へと顔を向ける。

 

「おぬしも寝不足のようじゃの、小僧。目の下に隈が出来ておるぞ」

「ちっ、余計なお世話だ」

 

 ディルクの顔色は悪く目の下には隈が出来ていた。恐らく一睡もしていないと思われる。

 

「………そういえば」

 

 そこで残りの一人。星導館生徒会長のクローディア・エンフィールドが声を上げる。

 

「先日、再開発地区で一騒動あったそうですね。警備隊が動いて、マフィアの方々が多数捕まったと聞いています。レヴォルフのトップであるあなたも、その関係で色々とお忙しいのでは?」

「……関係ねぇよ」

 

 ディルクは無関心とばかりに会話を断ち切り、口を閉じる。

 話し合う気がないと感じたクローディアは、苦笑し別の人に話しかける。

 

「公主にも一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何じゃ、千見の盟主?」

「先日の騒動に界龍の生徒が関わっているとお聞きしましたが、それは事実でしょうか?」

 

 その言葉でわずかに場の空気が張りつめる。

 その場の視線が星露へと集中し彼女の発言に注目が集まる。

 

「事実じゃよ……何じゃ?そんなに驚いた顔をしおって」

「いえ、随分と簡単にお認めになるものだと思いましたので」

「確かにうちの生徒が関わっておるの。まあ、被害者としてじゃがな」

「……どういうことでしょうか?」

 

 クローディアの目が細まる。

 

「うむ、先日転入生を案内しておったうちの生徒が、運の悪いことにマフィア同士の抗争に巻き込まれてしまったの。そこを警備隊に助けられ保護されというのが事の顛末じゃ」

「……こちらがお聞きした話とは随分と違いますね。一人の生徒がマフィアを潰したという情報も入っていますが」

「ガセネタを掴まされたの。先日の一件はマフィア同士の抗争による争い。それが真実じゃよ」

 

 断言する星露。

 クローディアは星露を見詰めお互いの視線が交錯するが、暫くするとクローディアは軽く溜息をする。

 

「……分かりました。ありがとうございます」

「うむ。別によいぞ」

「どうやら話が終わったようだね」

 

 話し終わるのを待っていたアーネストが再び口を開く。

 

「興味深い話題だけどそこまでにしようか。先日の件に関しては、警備隊の方から後日発表があるだろうからね。うん、それじゃあ改めて今日の最初の案件だけど、今年の夏に行われる星脈世代の六花見学会に関してから――――」

 

 アーネストの言葉を皮切りに会議は本格的にスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

「……………はぁ」

「どうしたの八幡くん。溜息なんかついて」

 

 六花園会議が行われている中、八幡と陽乃はホテル・エルナトの一室にいた。

 各学園の生徒会長の付き人は最上階に上がることができないので、別室で待機するのが通例だ。

 

 二人がこの部屋に通されてから二時間ほどが経過していた。

 

「……落ち着かないんですよ、この部屋」

「どうして?」

「陽乃さんは慣れてるでしょうけど、一般人にはこんな高級ホテルなんて無縁なんですよ。まったく寛げません」

 

 ホテル・エルナトは各国のVIPや著名人が泊まることが多い。当然、使用されている家具や調度品も今まで見たことがないような高級品ばかりだ。

 

「ははは、そんなの気にしてもしょうがないって」

 

 からからと笑いながら陽乃が答える。彼女は手を動かし、目の前のテーブルに用意されているクッキーを一枚手に取る。そしてそれを自分の口に運ぶ―――ことなく八幡の方へと手を伸ばしてきた。

 

「八幡くん。あ~ん」

「……自分で食べられます」

 

 陽乃のあ~んを拒否する。

 

「ほら、あ~~ん」

「いや、だから自分で」

「いいから、あ~~~ん」

 

 しかし陽乃はめげない。立ち上がり身を乗り出し、テーブル越しに手を伸ばしてきた。

 

「……自分の分は自分で食べます。陽乃さんも自分で取った物は自分で!?」

 

 無理やりクッキーを口に押し込まれた。一度口に入れたものは仕方がない。

 そのままかみ砕くと、サクサクとした触感とほどよい甘みのある美味しいクッキーだった。

 

「美味しい?」

「………はい」

「そう。なら良かった」

 

 にっこりとほほ笑む陽乃。そんな陽乃の笑みに見惚れ、少しばかり頬が熱くなる。

 

「仲睦まじいのぉ、ぬしら」

 

 部屋の入口の方から声が聞こえた。二人がそちらに振り向くと、いつの間にか扉が開いており星露がそこにいた。

 

「待たせたの、二人とも。会議も終わったので界龍に帰ろうと思うたが、その前に客人を連れてきたぞ。二人に話があるそうじゃ」

 

 そう言うと星露は部屋に入る。そして星露の後にもう一人が部屋に入ってきた。

 

「!」

「あらら、これまた予想外の人物のご登場ね」

 

 目にしたのは鮮やかな紫色の髪の少女。

 クインヴェールの制服を着たその人物は、八幡にとっては先日振りの再会だ。

 

「失礼します。急に押し掛けてごめんね。どうしても話したいことがあったから」

「別に構わないけど、どんな用事かしら。シルヴィア・リューネハイムさん?」

 

 クインヴェール生徒会長 シルヴィア・リューネハイムの登場だ。

 

「先日の件でお礼を言いにきたの。星露に話をしたら、お二人が此処に来ていると聞いたものだから」

「ああ、その件ね。え~と、シルヴィアちゃんでいいかしら?」

「はい。私の方は陽乃さんとお呼びしても?」

「それでいいわ。その件なら別に気にしなくてもいいわよ。私はただ手伝っただけだし……でも、そうね。お礼をいいたいのなら彼に言ってくれるかしら。彼の頼みがなければ私は動かなかったわ」

 

 陽乃から八幡の方へと話が振られた。陽乃の言葉に納得すると、シルヴィアは八幡の方へと歩み始めた。

 座ったままでは失礼だと八幡を椅子から立ち上がると、シルヴィアは八幡の近くまで来ていた。

 

「こんにちは」

「……こんにちは」

 

 始めは挨拶から。

 

「改めて、うちの生徒を助けてくれたことにお礼を言わせて。君がいてくれたからあの二人を無事に助けることができた。本当にありがとう」

「あの二人は大丈夫だったか?」

「ええ、二人とも何の問題もなかった。君のおかげだよ」

 

 シルヴィアは嬉しそうに笑った。

 自身の所属する生徒が助けられたことが本当に嬉しく、そこには偽りの感情はまったく感じられない。

 

「そう言えば自己紹介してなかったね」

「……そうだな」

 

 お互い名前だけは知っている。

 しかしあの夜に出会ったことは秘密のため、対外的には初対面だ。

 

「私の名前はシルヴィア・リューネハイム。君の名前を教えてもらってもいいかな?」

 

 シルヴィアは柔らかな笑顔で自己紹介すると、その手を差し出してきた。

 

 こちらを見詰める紫の瞳とその嬉しそうな笑顔。

 テレビの向こうだけに存在したシルヴィア・リューネハイムが、今自身を見つめている。

 

 昨晩は色々と緊迫した展開のため気にならなかったが、改めて本人を目の前にすると緊張してきた。

 

 躊躇いながらも差し出された手を握る。

 至高の歌姫、世界最高のアイドル。そう呼ばれた彼女の手は温かく、そして驚くほどに柔らかかった。

 

 だが、生徒の安否に一喜一憂し、今喜びに満ちた彼女の表情を見ると、シルヴィア・リューネハイムもただ一人の女の子なんだと何となく思えた。

 

 その事実に心が揺さぶられる。胸の奥に何かを感じる。何故かは分からないが動揺し頬が熱くなる。

 

 

 その結果―――

 

 

「范八幡でしゅ」

 

 

 噛んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、シルヴィアと軽い雑談をした後に別れることになった。彼女自身はとても忙しく、今回の対談も無理を言って時間を空けたそうだ。

 

 そして別れる間際に、八幡と陽乃はシルヴィアからプライベートアドレスを受取ることになった。

 

 ――――いつでも連絡して。忙しいときはすぐに出られるか分からないけど。

 

 悪戯っぽい笑みがとりわけ印象に残った。

 

 そして三人は車で界龍に向かうことになったが、その移動中に日が暮れて時刻は夕方となった。

 車中から西の水平線を見ると、日が沈む太陽と共に赤く染まった雲が夕焼け雲として広がっている。

 

「もうすぐ界龍に着くぞ、八幡」

「やっとか。何だかえらく長くかかった気がするな」

 

 本来なら先日中に到着する予定だったが、トラブル続きにより大幅に遅れてしまった。

 

「さて、界龍に到着したらどうするの星露?もう結構遅い時間帯だけど」

「ふーむ……とりあえず、主だった面子に八幡を紹介するとするか。陽乃、頼むぞ」

「分かったよ。連絡しておくね」

 

 そして二十分後、八幡達は界龍第七学院に到着した。

 

 界龍第七学院の外観は、アスタリスクの六学園で最も特徴的だ。

 敷地全てを中華風の建造物が埋め尽くし、まるで迷宮のようにそれらが全て回廊で繋がっている。建物と建物の間には風雅な庭園や巨大な広場が点在し、地図がなければ自分がどこにいるのか分からなくなるほどだ。

 

「見られてるな……」

 

 星露を先頭に校内を歩く三人だが、道行く人の注目の的となっていた。

 界龍序列一位の范星露に序列三位の雪ノ下陽乃。界龍が誇る二人が一緒の上、見慣れぬ人物が同行しているのでは無理もない話だが。

 

 だが星露と陽乃は特に気にせず歩いていく。二人にとってはいつものことなので特に気にする様子もない。八幡は遅れずに二人に付いて行く。

 

 そして目的地であろう一つの建物に到着した。二人の後に続き中へと入っていく。

 建物の中は広々とした空間が広がっていた。壁際には個々の備品であろう大量の煌式武装が備え付けられていた。どうやらここは道場らしい。この広さなら、百人以上が一斉に鍛錬を行ったとしても何の問題もないだろう。それ程の広さだ。

 

 そして道場の中央に十人ほどの人が待機していた。三人が近付くとその中の一人がこちらに話しかけてくる。

 

「お待ちしてました、師父」

「うむ、出迎えご苦労……虎峰、おぬし倒れておったが大丈夫なのか?」

「……はい、何とか」

 

 虎峰と呼ばれた人物が返事を返す。しかしその顔色はすこぶる悪い。

 

「お帰りー陽姉。心配したよー」

「ただいま、セシリー。いやーヘルガは強敵だったよー」

「あはは、師父の言った通り本当に警備隊長と戦ったんだ。で、勝ったの?」

「まさか。二対一で挑んだけど勝てなかったよ。私も修行が足りないわ」

「二対一?一人じゃないんだ?」

 

 セシリーの視線が八幡の方へと向かう。

 

「もしかしてそこの彼と一緒に?」

「ええ、そうよ」

「へー転校生が来るって聞いてはいたけど。転校初日に警備隊長に挑むなんて凄いねー、君」

「……なりゆきです」

 

 感心するセシリー。しかしそれに関しては、なりゆきとしか答えようがなかった。

 陽乃的には絶対に確信犯だっただろうが。

 

「……あれは雪ノ下大師姉に巻き込まれた口ね」

「……ああ、恐らくね。気の毒に」

 

 遠巻きに見ていた双子が八幡に対して小声で同情する。

 

「さて、皆もこやつの事が気になっておるじゃろうから、自己紹介をすませるか。八幡」

 

 八幡が一歩前に出て挨拶をする。

 

「えー界龍に転校してきました、范八幡です。よろしくお願いします」

 

 シルヴィアの時と同じミスはしない。気を付けていたので何とか噛まずに言えた。

 八幡の挨拶に驚く一同。それは聞き覚えのある名字が聞こえてきたからだ。

 

「……范?」

「うむ、そうじゃ。ちなみに儂の兄じゃ。皆、仲良くしてやってくれ」

『……………え?』

 

 ありえない言葉が耳に飛び込んできた気がした。全員が自身の耳を疑う。

 そして一瞬の沈黙の後にそれは起こった。

 

『えぇぇぇー!!』

 

 複数の驚きの声が上がった。

 

「ど、ど、どういうことですか、師父!」

「へー師父の家族なんだーよろしくー」

「星露はんの家族ですかぁ。初耳どすぇ」

「……兄?あの師父の?」

「……似てないわね」

「…………師父の」

 

 驚く者、受け入れる者、疑問に思う者。その反応は様々だった。

 そして星露の出自を知る者の驚きは特に大きかった。

 

 

 ――――范星露に身内などいるはずがないのだから

 

 

「うむ、驚いているようじゃな。次に皆の紹介もしようと思ったが」

 

 周囲の反応に満足する星露。

 

 しかし

 

 

「――――気が変わった」

 

 

 不意打ちといわんばかりに、星露は八幡に襲い掛かった。

 

「っ!どういうつもりだ、星露」

「うむ、防ぐか。鍛錬は怠っておらんかったようじゃな」

 

 いきなり放たれた星露の拳を八幡は掌で受け止めていた。

 その反応に星露もご満悦だ。

 

「……三ヶ月も待たされたのじゃ。もう我慢できん!」

 

 星露から威圧感が放たれる。空気が淀み、その圧倒的な威圧感は八幡のみならず周囲にも襲い掛かる。

 無事なのは序列最上位、武暁彗、雪ノ下陽乃、梅小路 冬香の三名のみだ。

 

「皆もおぬしの実力を見たいじゃろう。今の全力を見せてみよ!」

「………はぁ、分かったよ」

 

 言葉では止まらない。この状態の星露は満足させるまで相手にするしかないのだ。

 八幡は溜め息をつきながら自身の星辰力を解放する。

 

「!これはっ!」

「おー!これは凄いねー」

「あらあら、まあまあ」

 

 周囲の驚きの声が聞こえた。だがそこに意識を持っていかず、目の前の相手だけを見据える。

 そうしなければ一瞬で倒される!

 

「行くぞ、八幡!」

「お手柔らかにな!」

 

 そして両者が激突した。

 




今回は界龍到着までのお話でした。

次からしばらく日常回の予定。

では、次回もよろしくお願いします。

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