学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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一部キャラにアンチ的な表現があるかもしれません。

ご注意ください。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



閑話 雪ノ下陽乃の訪問記 後編

「それは本気で言っているのか、陽乃?」

「もちろん本気で言ってるよ、静ちゃん」

 

 二人の女性が話をしていた。

 一人は総武中学教師の平塚静。もう一人は雪ノ下陽乃だ。

 

「いくら何でも大袈裟じゃないのか、それは?」

「あら、どうしてそう言い切れるの?」

 

 平塚は陽乃の言葉を否定する。

 

「……私はあいつらを信じている」

「信じたい、の間違いじゃないかな?」

「…………」

 

 だが完全には否定しきれない。それは彼女自身にも思う所があったからかもしれない。

 

「ま、今日はそれを確かめに来たんだけどね」

「陽乃、お前……何があった?」

 

 平塚は陽乃の様子がいつもと違うのに気が付いた。

 陽乃の様子は、見た感じは確かにいつもと変わらない様に見える。

 

「色々だよ、静ちゃん……本当に色々あったんだよ」

「……そうか。だが、確かめると言ってもどうする気だ?」

 

 だが、長い付き合いのある平塚には分かる。それは

 

「簡単だよ。今からあの子たちに会って聞けばいいんだから」

 

 表情は笑みを浮かべているが、瞳がまったく笑っていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっはろ~~!!」

 

 ドアを開けて部屋の中に入る。そこには二人の女子生徒が椅子に座っていた。

 

「……姉さん」

 

 一人は陽乃の妹で奉仕部部長の雪ノ下雪乃。

 

「……陽乃さん」

 

 そしてもう一人が、奉仕部の部員である由比ヶ浜結衣である。

 

「ふぅっ。何の用かしら、姉さん?」

 

 溜息を付き姉に問いかける雪乃。その口調は冷たく、他者が見れば話しかける事すら覚束なくなるほどだ。

 

「ふ~ん。機嫌悪いね、雪乃ちゃん。ねぇガハマちゃん。何かあったの?」

「え~~と、その~~」

 

 誤魔化す様に口ごもる結衣。そんな彼女を一瞥し陽乃は雪乃へ向き直る。

 

「ま、いいや……ところで、比企谷くんの姿が見えないけど、どうかしたの?」

「!」

「!」

 

 陽乃の言葉で二人の動きが止まる。

 

「あの、ヒッキーは休みで……ここ二週間ほど学校に来てないんです」

「そうなんだ?」

「……はい」

「………」

 

 勿論陽乃が知らないわけがない。その辺りの工作をしたのが彼女自身だ。彼の両親に休みの連絡をいれさせたのだから。

 

「そういえば校内歩いて来る途中で聞いたんだけど、比企谷くんってば凄いこと言われてたね。銀行強盗に巻き込まれたとか、落ちこぼれの星脈世代が街で暴れてるとか、酷い話だと銀行強盗の一員で警察に捕まった、とかもあったね」

「…………」

「それ、は……」

 

 面白おかしく話す陽乃に狼狽える結衣。だが沈黙していた雪乃が口を開く。

 

「それがどうかしたの?私には何の関係もないわ」

「ゆきのん……」

「ふ~ん。同じ部活の仲間なのにそういう事いうんだ」

「……仲間なんかじゃないわ」

 

 絞りだすように雪乃は話し始めた。

 

「姉さんが何を勘違いしてるか知らないけど、私とあの男は仲間なんかじゃないわ。一人で勝手な行動を取って、嫌われるようになったのはあの男よ。その結果、校内中で嫌われ者になったのも自業自得だし、それで二週間も学校を無断欠席している引きこもり谷くんなんて、私は仲間なんて認めないわ!」

 

 口調がきつく感情的になる雪乃。そこに込められていたのは拒絶、落胆、失望などの負の感情だ。

 

「そう……ちなみにガハマちゃんも同じ意見?」

「え!?いや、私は、その………」

 

 驚く結衣。狼狽しながらも何かを話そうとする。だが、雪乃の方をちらりと見た瞬間、彼女の怒っている様子を見てしまい、結局俯いたまま次の言葉は出てこない。

 

「……因みに、雪乃ちゃんたちは噂に関してどう思ってるの?」

「………噂、ですか……その、いくらヒッキ―でも、そんな事しないんじゃないかなと……」

「あら、分からないわよ。由比ヶ浜さん」

 

 雪乃は結衣の言葉を否定する。

 

「火のない所に煙は立たない。校内中で噂になっている以上、まったく出鱈目とも限らないわ」

「それは、確かに、そうかもしれないけど………」

「……………」

 

 一度口から出た不満は止まらない。

 

「大体あの男は前からそうよ。自分勝手な行動ばかりとって、周りの事なんて少しも考えないんだから」

「…………ゆきのん」

「……へぇ~。比企谷くんってば前からそんな感じなんだ……雪乃ちゃん、詳しく教えてもらってもいい?」

「ええ、いいわ。存分に教えてあげるわ」

 

 そう言うと、雪乃は話し始めた。

 比企谷八幡との出会い。奉仕部の出来事。そして比企谷八幡の行動の数々を、彼女は語っていく。それは彼女が、今まで己の内に溜め込んだものを全て吐き出すかのようだった。

 

 雪ノ下雪乃にとって男性とは煩わしいものでしかない。それは、幼い頃から今までの人生で体験したことが起因となっている。だが今年の春に変化が起こった。

 

 比企谷八幡。平塚静が奉仕部に強制的に入部させ、人格矯正を頼まれた人物である。捻くれた性格と腐った目を持ったその男を当初、雪乃は他の男と同様に、否、それ以上に毛嫌いをしていた。

 だが、その判断は徐々に修正されていくことになる。由比ヶ浜結衣を加えた奉仕部は、三人で様々な依頼を解決してくことになり、その行動により雪乃の中で八幡の存在は徐々に大きくなっていた。

 

 それは本人には名前の付けられない感情だ。彼女は認めないだろうが、彼に対する少なからぬ好意もあったのかもしれない。

 

 それ故に今、心に蠢く感情が抑えられないのだ。有象無象の他の男子生徒なら特に何も感じない。だが彼は違う。本人は認めないが、八幡に感情移入するからこそ反発する心は酷くなった。だから現在、彼女は声を荒げ八幡の事を話し続けている。

 

 雪ノ下雪乃は未熟だ。特にその精神がだ。幼少時からの体験により、彼女は異性、同性問わず敵対する者に対して容赦がない。一の攻撃を加えられれば二にも三にも反撃をし、気に入らない事があれば言葉を用いて論破する。その行動は少々行き過ぎと言わざるをえないが、それは彼女の身を守る防衛本能だったのだろう。

 

 彼女は気付かない。いや、気付くことが出来ない。その過剰な対応により傷ついた少年がいたことを。その彼が限界を迎え、今どのような状態になっているのかもだ。

 

 感情の赴くまま饒舌に話す雪乃は、向かいに座る姉の様子が徐々に変化している事にも気付けない。今までで一番の仮面を被り感情を押し殺そうとしている事も。笑みこそ浮かべているものの、その瞳がまったく笑っていない事も。

 

 姉が自身の拳を強く握り、手を出すことを必死に押さえつけている事すら、気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけよ。分かったかしら、姉さん」

「……うん、色々分かったよ。教えてくれてありがとね、雪乃ちゃん」

「…………」

 

 雪乃の話は終わった。結局、八幡に対する愚痴やら文句ばかりの内容だった。

 それに対して結衣自身は思う所がある。いくら何でも言い過ぎではないのだろうかと。

 

 由比ヶ浜結衣にとって比企谷八幡は恩人だ。入学式の際に飼い犬を助けてもらい、その事から彼に惹かれていった。そして今年彼がいる奉仕部に入部して、雪ノ下雪乃と共に三人で今まで過ごしてきた。結衣にとって二人は大切な仲間だった。だが最近はそれが崩れ去ってしまっている。

 

「………じゃあ、私はそろそろ帰るわね」

「あら、もう行くの?まだまだ話足りないのだけれど」

「ええ、今日は色々忙しいから」

 

 陽乃が椅子から腰を上げて立ち上がる。

 

「ねぇ、雪乃ちゃん」

「……何かしら?」

 

 そして陽乃が雪乃へと話しかける。

 

「もし、もしもだよ。比企谷くんが学校に出てこなかったらどうする?」

「……別に。どうする気もないわ。ああ、でも平塚先生がいるから、結局は奉仕部に連れ戻されるんじゃないかしら」

「……そう」

 

 結衣も雪乃と同意見だ。平塚に連れ戻され彼は奉仕部に戻ってくる。そうすれば前と変わらない三人での日々を送れる。雪乃は彼にお怒りのようだが、自分が取り成せばそのうち怒りも収まるだろう。そう結衣は思っていた。

 

「じゃあね、雪乃ちゃん、ガハマちゃん」

「……ええ」

「はい」

 

 陽乃が教室から出ようと扉へ向かって行く。雪乃は手元の本へと視線を戻した。結衣は雪乃が入れてくれた紅茶を飲むために、ティーカップを口に含み飲み干す。そして机にカップを置き、ふと陽乃の方を見る。相変わらず歩く姿も格好いいなと思いながら見ていると、陽乃がこちらへと振り向いた。

 

 そして陽乃の顔を見た瞬間、結衣の動きが凍ったように止まる。

 

「………さようなら」

 

 そう言うと陽乃は教室を出ていった。

 教室に静寂が戻る。しばらくすると、雪乃は手元の本から視線を外し結衣に話しかける。

 

「結局、姉さんは何のために来たのかしら?ねぇ、由比ヶ浜さん」

「……………」

 

 返事が返ってこない。

 

「……由比ヶ浜さん?」

「……あ、ごめん。何だっけ?」

「どうしたの?顔色が悪いようだけど」

 

 雪乃は結衣の顔色が悪くなっている事に気付く。

 

「……ねぇ、ゆきのん。陽乃さん、様子が変じゃなかったかな?」

「そうかしら?いつもと変わらないと思ったけれど」

「そう、かな?」

 

 確かに表情も口調も以前会った時と同じに見えた。

 

 だが

 

「……何か怒ってるような感じがして」

「姉さんが?」

「……うん」

「気のせいじゃないかしら?」

 

 妹である雪乃でさえ姉の様子はいつも通りだと感じた。

 

「……そうだよね。気のせいだよね」

「ええ、そうよ……由比ヶ浜さん。紅茶、もう一杯どうかしら?」

「……うん。貰おうかな」

 

 そうだ。妹の雪乃が感じたのなら間違いはないはずだ。そう結衣は思いこんだ。

 

 最後に振り向いた時に見た陽乃がこちらを見る視線。それは今までに感じた事がないほどに冷たく、そして何か怖いものが感じられた。

 

 それが殺気と呼ばれるものだと気付かなかったのは、彼女にとって幸運だったのだろう。

 

 二人は知らない。もう比企谷八幡が学校に戻ってこないことを。

 

 二人は知らない。彼女らの知る彼が二人のことをどう思っているかを。

 

 二人は知らない。比企谷八幡が名を変え、新たな家族を得たことを。

 

 

 そして翌日、比企谷八幡が転校したことを二人は知る。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、手を出せ」

「……うん」

 

 陽乃は平塚に向かって右手を差し出す。その右手は真っ赤な血で染まっていた。陽乃が自身の怒りを抑え込むために自らの手を強烈な力で握り、その結果起こった事だ。

 

「治療なんていらないのに」

「そういうな……このぐらいはさせてくれ」

 

 弱りはてた口調で平塚は言う。無言で頷いた陽乃の手を取り治療を始める。今いる場所は保健室なので、治療に使用するものには事欠かない。

 

「……あんな事になっているなんて思わなかった」

「…………」

 

 呟くように平塚が話し始める。先程の陽乃と奉仕部の二人とのやり取りを、彼女は廊下越しに聞いていた。

 

「あいつの悪い噂が校内で流れているのは知っていた。だがあの二人なら、そんな噂に流されないと思っていたんだ……いや、こんなのは言い訳でしかないな」

「静ちゃんは放任主義だからね。気付かなくてもしょうがないよ」

「………そうか」

 

 優しい口調の陽乃。だが今はその優しさが苦しく感じられる。いっそ責められた方がましというものだ。

 

「でも、本当にしょうがないよ。あの三人の関係は元々おかしかったんだから」

「……どういうことだ?」

「あの三人は依存した関係だったからね」

「依存だと?」

 

 陽乃は頷く。

 

「そう。比企谷くんは奉仕部という場所に。雪乃ちゃんとガハマちゃんは自分以外の二人にだね」

「比企谷だけ違うのか」

「そうだよ。彼だけ違うね。彼にとって奉仕部は特別だったと思うよ。最初はどうだったかは分からないけどね。自分が居ても許される。家でも居場所のなかった彼にとって奉仕部は居心地がよかったんじゃないかな……だからこそ、他の二人とズレが生じたんだろうけどね」

「ズレ?どういうことだ?」

 

 平塚の質問に陽乃は答える。

 

「ガハマちゃんは元々の好意から、雪乃ちゃんは今まで周囲にいないタイプの男の子だったから。二人は徐々に彼に惹かれていった」

「…………」

 

 平塚は黙って聞く。

 

「雪乃ちゃんもガハマちゃんも楽しかったでしょうね。何を言っても怒らない彼が。受け入れてくれる彼が。あの二人が気付いているかは知らないけど、雪乃ちゃんクラスの暴言を言われ続けたら普通の男の子は怒って退部してるよ、奉仕部なんて」

「……そうだな」

 

 雪乃と結衣が色々言い、八幡は捻くれながらもそれを受け入れる。奉仕部では見慣れた光景だった。

 

「……照れ隠しもあったんだろうけどさ。特に雪乃ちゃんは素直じゃないから。比企谷くんへの好意なんて絶対に認めないだろうし」

「まあ、雪ノ下はそういう所があるな」

「逆にガハマちゃんは分かりやすいね。比企谷くんが好き好き~ってオーラが駄々洩れだし」

「あれは直ぐに分かるな。しかし、比企谷だって二人のことを憎からず思っていたのだろう?」

 

 頷く陽乃。

 

「そうだね。比企谷くんも二人のことを好意的に見ていたのは間違いないと思うよ……違うのは優先順位だね」

「優先順位?」

「そう。雪乃ちゃんとガハマちゃんにとっては他の奉仕部メンバーが大事だけど、比企谷くんにとっては奉仕部という場所が何より大事だったんだよ」

「それの何が違う?雪ノ下も由比ヶ浜も同じ奉仕部で、あの三人がいる場所が奉仕部じゃないか」

「違うんだよ、静ちゃん……」

 

 陽乃は悲しそうな表情で首を横に振る。

 

「比企谷くんが依頼を解決するためにどんな手段だってとってきたよね。それこそ自分を犠牲にしてでも」

「ああ、そうだ」

 

 それは奉仕部に深く関わった人なら誰でも知っている事だ。

 

「それは彼にとっては奉仕部は唯一の居場所だから。その居場所を失うことを彼は最も恐れたんだよ。依頼を解決できなければ居場所がなくなる。それはもう強迫観念の域だったと思うよ」

「…………」

 

 平塚は絶句する。

 

「だから平気で無茶をしたんだよ。自分の居場所を守るためにね。それが彼にとっての当たり前だったから……だけど、彼にとっての誤算は他の二人がそうじゃなかったってこと」

「…………」

「比企谷くんだって他の二人の事は大事だったと思うよ。だから、修学旅行で告白なんて手段を使っても、他の二人が分かってくれると信じていた」

「…………そういう事か」

 

 平塚はようやく陽乃の意図を理解した。

 

「彼にとっては奉仕部という場所が一番大事で、それを守るために当たり前に手段を取った。だけど他の二人は違う。それぞれの一番が違うからお互いの認識にズレが生じてるんだよ。そもそも、依存先である彼が自分たち以外に告白なんて許せるわけがない。嫉妬心も相まって強く拒絶してるんでしょうね。愚かな子たちよ。ちょっと考えれば分かるでしょうに」

「まあ、比企谷から告白なんて普通は考えないからな。私も聞いた時は耳を疑ったぞ……よし、これで終わりだ」

 

 平塚の手が止まり陽乃の治療が終了した。包帯が巻かれた自身の手を見て陽乃は礼を言う。

 

「ありがと、静ちゃん……深く関わって好意を持っていたからこそ強く拒絶する。その気持ちは分からなくもないけどさ」

「……お前は変わったな、陽乃。人のことを気遣うお前が見れるとは思わなかった。界龍での生活は楽しいか?」

「楽しいよ。それこそ今までの人生が碌でもなかったと思うほどにはね」

 

 陽乃の笑みにつられ、平塚も笑みを溢す。

 

「そうか、よかったな。しかしアスタリスクか……」

「星導館出身としてはどんな感じ?」

「懐かしいな……星脈世代にとってあそこほど居心地のいい場所はなかったよ。しかしお前が序列三位とはな。才能があるとは思っていたが、そこまでいくとは思わなかった」

「ふふん、凄いでしょ。でも、私もまだまだだよ」

 

 謙遜する陽乃。そんな陽乃に平塚は呆れる。

 

「どこまで強くなるつもりだ、お前は」

「本当に私なんてまだまだだよ。ちょっと前に負けたばっかりだし」

「お前がか?相手は覇軍星君か?それとも万有天羅か?」

 

 界龍序列二位と一位の二つ名を上げる平塚。界龍で陽乃の上に立つ人物はこの二人だけだ。

 

「……学園には入学してない子だよ。来年にはうちに入る予定だけど」

「おいおい、そんな奴がいるのか。末恐ろしい奴だな、そいつは」

 

 陽乃は名前を上げなかった。まさかそれが自分の教え子だとは平塚は思いもしないだろう。

 

「……静ちゃんは卒業後にアスタリスクに残ろうとは思わなかったの?」

「いきなりどうした?」

「同じ教師なら、アスタリスクで教師をする選択はなかったのかな~と思ってね」

「私は冒頭の十二人どころか序列二十位にもなれなかったんだぞ。上が承知しないさ」

「優秀な星脈世代が優秀な教師とは限らないよ。静ちゃんならアスタリスクでもいい教師になれたと思うよ」

「そうか?ありがとな。だけど、私は今の生活に満足してるよ……あの街は居心地がいいが、それ以上に身に振りかかるトラブルが多すぎる」

 

 苦笑する平塚。

 

「……そっか。じゃあ、私はそろそろ行くね。比企谷くんの件に関してはよろしく」

「ああ、こちらで上手く処理しておくよ……転校先が不明な件に関しても、な」

 

 平塚は比企谷八幡の転校手続きの書類を陽乃から受け取っている。家族からではなく他人の陽乃からだ。それが意味するものを平塚は何となく察していた。だがそれに関して深く突っ込むことはしない。世の中、知らない方がいい事などいくらでもある。

 

「陽乃。最後にいいか?」

「うん、何?」

「…………比企谷に会ったらすまなかったと伝えてくれ」

 

 比企谷八幡を奉仕部に誘わなかったら今回の件は起きなかった。更生のつもりで奉仕部に無理やり入れたが、結果がこれでは彼に対して申し訳ないと平塚は思っていた。

 

「……何でそんな事を?そういう事は自分の口から言うべきだと思うよ、私は」

「確かにそうだがな……アイツもお前も、もう帰ってこないのだろう?」

「!……どうしてそう思うの?」

「何となく、だよ……時期はいつでもいい。アイツがこの場所を忘れたいのなら言わなくてもいいぞ」

「………いつでもいいんだね?」

「ああ、お前の判断に任せる」

 

 見つめ合う両者。陽乃は平塚の顔をじっと見つめ、やがて小さく溜息を溢す。

 

「ふぅっ、分かったよ。比企谷くんにはいつか伝えるね」

「ああ、頼む」

 

 陽乃は怪我をしている右手を平塚の前に差し出す。平塚はそれを右手で軽く握り握手をした。

 

「じゃあね、静ちゃん」

「お前も元気でな、陽乃」

 

 それが二人の別れの挨拶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 平塚と別れ陽乃は校舎を出る。時刻は18時を過ぎている。冬に入ったこの時期では、日は既に落ちているため辺りは真っ暗だ。学校内は多くの外灯に照らされており歩くのに支障はない。校門へ向かう陽乃だが、前方に二人組の男子生徒を発見する。そしてその片方は知り合いだ。

 

「……ああ、そういえば疑問点が一つあったわね」

 

 雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。二人の話を聞いても疑問に思う事が一つだけあった。その謎を解くカギとなる人物が前方にいる。陽乃は小走りで駆け寄り二人組に声を掛ける。

 

「やあ、隼人。こんな所で会うなんて奇遇だね~」

「陽乃さん!どうして此処に?」

 

 知り合いにいきなり声を掛けられて驚く葉山。

 

「雪乃ちゃんに会いに行った帰りだよ。ちょっと話し込んできちゃってね」

「そう、ですか……」

 

 返事をしながらも少しだけ後ずさりをする。とても嫌な予感がしたからだ。目の前にいる陽乃は笑顔でこちらを見ているが、目が一切笑っていない。まるで獲物を見つけた猛獣が目の前にいる感じだ。

 

「隼人君!この綺麗なお姉さんはいったい誰っしょ?」

「君とは初めてかな?私は雪ノ下陽乃。雪ノ下雪乃の姉よ。よろしくね」

「雪ノ下さんのお姉さん!俺の名前は戸部翔って言います!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 普通に話しかけている戸部が葉山には羨ましかった。今の陽乃の機嫌は控えめに言っても最悪だ。雪ノ下陽乃と昔から接している葉山にはそれがよく分かった。

 

「ところでお姉さん。隼人君とはどういったご関係で?」

「あら、知らない?雪乃ちゃんと隼人と私は昔からの知り合いでね。所謂幼馴染ってやつだよ」

「そうだったんですか!隼人君も水臭いっしょ~そんな事隠してるなんて~」

「あ、ああ。すまない……態々言う事でもないと思ってね」

 

 二人は仲良く話しているが、そんな事は葉山には関係なかった。一刻も早く此処から逃げ出したい。それが今の葉山の心中だ。

 

「二人で帰っている所悪いんだけど、隼人にちょっと用があってね。貸してもらえると助かるんだけど」

「え!い、いや俺はこれから戸部と二人で遊びに行こうかなと」

「俺は別に構わないですよ!じゃあ、隼人君。また明日!」

「お、おい!戸部!」

 

 止める間もなく走り出す戸部。そしてそれを呆然と見つめていた隼人だが、彼に休み暇など無い。

 

「いい子ね、彼。さて隼人」

「!は、はい!」

 

 戸部がいなくなった途端、途方もないプレッシャーが彼を襲う。

 

「私ね。隼人に一つ頼みごとがあるの」

「頼み事、ですか?」

「うん、そう。聞いてもらえると助かるんだけど?」

 

 口調は丁寧だが実質脅しの様なものだと葉山は感じた。もし拒否などしたら、どんな目に遭わせられるか分かったものじゃない。首を縦に振り了承の意を伝える。

 

「ありがと……海老名 姫菜って子に会いたいの。今すぐに」

「ひ、姫菜に。でも、どうして?」

「それをあなたに教える必要はないわ」

「で、でも姫菜にだって用事があるだろうし、今すぐになんて」

「そうね。でも、そんな事関係ないわ」

 

 陽乃のプレッシャーがさらに増す。仮面に抑えきれないほどの感情が星辰力と共に漏れ出し、葉山を押しつぶさんと迫る。その結果、動きが凍るように止まり呼吸が困難になった。

 

「私は連れて来いって言ってるの。分かる?」

「は、はい……わかり、ました」

「うん、いい子ね」

 

 陽乃に屈服し了解の返事をすると、陽乃からのプレッシャーは瞬く間に消えた。葉山は呼吸を取り戻し思わず息を何度も吸う。そんな葉山を冷たく見据え、陽乃は端末から一つのデータを取り出し彼へと送った。

 

「一時間後。此処に連れてきなさい。一秒でも遅れたらどうなるか……聞かなくてもいいわね」

「…………はい」

「じゃあ、一時間後にそこで。待ってるわよ~」

 

 軽く手を振り陽乃は歩き出した。時間が止まったように動きを止めていた葉山だが、陽乃の姿が見えなくなると漸く動く事が出来るようになった。

 

「……何が起こっているんだ?」

 

 呆然としながら思わず疑問を口に出す。いつもの陽乃とはまったく様子が違った。提案を拒否したら殺されるとすら感じた。だが今はそんな事を考えている暇はない。

 

「……姫菜に連絡しないと」

 

 落ち合う場所は駅の近くだ。一時間もあれば余裕で間に合うが、海老名に用事があればその限りではない。

 海老名に用事がないことを祈りつつ、葉山は彼女に連絡をするため端末を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……此処に来るのは今日二度目ね」

 

 陽乃は喫茶店の席に座りながら独り言を溢す。午前中に比企谷家の夫妻と会って以来なので、それから半日ほどしか経っていない。

 この店を選んだのは、マスターが知り合いで内緒話をするなどには都合がいいからだ。それに貸し切っている為、店内には陽乃とマスターしか人がいない。

 

「……来たわね」

 

 どうやら待ち人が来たようだ。店の前にタクシーが止まり男女二人組が降りてくる。あれから時間にして四十分しか経っていない。もう到着した所を見ると脅しつけたのがよほど効いたようだ。二人組が店の中に入ってきた。

 

「ここよ」

 

 手を振り場所を教える。すると二人がこちらに向かって歩き近付いて来た。

 

「お待たせしました、陽乃さん」

「……こんばんは」

「こんばんは、海老名 姫菜ちゃん。私は雪ノ下雪乃の姉の雪ノ下陽乃よ。よろしくね」

「……はい。よろしくお願いします。あの、私に会いたいとお聞きしましたが」

 

 海老名は警戒をしていた。葉山から連絡を貰った時に、彼の様子が尋常ではなかったからだ。それに雪ノ下雪乃とはそんなに仲がいいわけではない。そしてその姉が自分に会いたい理由なんて想像もできない。

 

「うん。あなたに聞きたいことがあってね……その前に隼人。もう帰っていいわよ」

「……え?」

「私はこの子に聞きたいことがあるけど、あんたに聞きたいことはないの。だから帰っていいわよ」

「で、でも……」

 

 帰れるというのは正直嬉しい。しかし海老名だけ残すというのも不安だ。彼女がどんな目に遭うのか分からない。

 

「安心しなさい。彼女には話をきくだけ。特に何もする気はないわ」

「……分かりました。ごめん、姫菜。そういう事だから」

「え、ええ」

 

 海老名を残し葉山は早々と立ち去って行った。

 

「さて、立ち話もなんだし。座って座って。態々来てもらったお礼に、お姉さんが何でも奢ってあげるわ」

「は、はい。分かりました」

 

 陽乃に促され席に座る海老名。渡されたメニューを開き飲み物と軽食を注文する。

 しばらくすると注文した品が届いた。

 

「さて、まずは食事からね。話はその後。じゃ、食べよっか」

「……はい、いただきます」

 

 状況に流されていると自覚する海老名。しかし好意で奢ってもらえるものを断るというのも失礼な話だ。とりあえず目の前の料理を食べてから考える事にした。

 

 そして暫く時間が経ち食事が終わった。食後のコーヒーを飲み終えて落ち着いた頃に海老名は切り出す。

 

「それで私に聞きたいという事は何でしょうか?雪ノ下さん」

「聞きたいことは一つ。比企谷くんのことだね」

「っ!」

 

 予想外の人物の名が上げられ動揺する。要件があるとするば妹の雪ノ下雪乃の事だと思ったからだ。

 

「比企谷くんがあなたに告白したって聞いてね。どんな人物か知りたくなったの。それで、隼人に頼んで連れてきてもらったというわけ」

「……そうですか」

「で、どうなの?彼に告白されたって聞いたけど、付き合ってるの?あなたたち」

 

 動揺がさらに増す。目の前の人物から怖い何かを感じたからだ。こちらを見つめる表情は笑みだが、それが余計に怖い。瞳が嘘は許さないとこちらに語ってくるかのようだ。

 

「……付き合ってません」

「あら、どうして?私だったら喜んで付き合うのに」

「そ、それは………」

 

 葉山隼人の様子がおかしい理由が漸く分かった。こんなに笑顔で、だけれどこんなに怖い人物がいるなんて海老名は考えた事もなかった。

 

「言ってあげようか?それはあなたが比企谷くんに何かを頼んだ。そしてその結果、彼があなたに偽の告白をした。そうでしょう?」

「ど、どうしてそれを?」

「簡単だよ。戸部君が告白のサポートを奉仕部に依頼し、その後あなたが奉仕部を訪れた。その話は雪乃ちゃんから聞いたからね」

「……それだけで?」

「だって、比企谷くんがあなたに告白なんてするわけないじゃん。そのぐらい私でも分かるよ。雪乃ちゃんたちは気付いてないみたいだけどね」

 

 怖い、怖い、怖い。笑顔とはこんなにも怖いものだったのだろうかと海老名は思った。怒られている訳ではない。問い詰められている訳でもない。なのに怖くて怖くて堪らない。

 

「…………はい。あなたの言う通りです。私がヒキタニ君に頼みました」

 

 海老名は白状し全てを話した。戸部からの好意について葉山に相談したこと。奉仕部に相談したこと。遠回しに依頼を頼み、それに気付いた八幡に依頼した事。全てだ。

 

「ふ~ん、そういう事ね。ま、予想通りか」

「…………あの、雪ノ下さん」

「何かな?」

「私はこれからどうすればいいんでしょうか?」

「どういうこと?」

 

 海老名の質問の意図が分からず聞き返す陽乃。

 

「……ヒキタニ君が学校に来なくなってもう二週間が経ちます……私、こんな事になるなんて思わなかったんです」

「……そう」

 

 海老名姫菜。彼女は彼女で精神的に追い詰められていた。確かに告白の阻止の依頼をした。だが、その結果が今の現状になるなんて予想もしていなかった。彼が学校に来なくなり悪意の噂は更に加速した。その噂を聞き続け彼女の心も限界に近付いていた。

 

「私にこんな事言う資格がないのは分かっています……でも、誰にも相談できなくて」

「…………」

 

 泣きながら頭を深く下げる海老名。そんな彼女を陽乃は見つめる。

 

「顔を上げなさい」

「……はい」

 

 顔を上げる海老名。その表情はまるで刑の執行を待つ被告人の様な感じだ。

 

「じゃあ、一つだけアドバイスしてあげる……何もしなくていいよ」

「……え?」

 

 言われたことが理解できず硬直する海老名。

 

「明日には分かる事だから言うけどさ。比企谷くん、転校するんだって」

「……転校?」

「そう。静ちゃん、じゃ分からないか?平塚先生が言ってたよ」

「え、でも……」

「さすがにこの状態で学校に通わせるのは無理だと思ったんでしょ。ま、しょうがないよね」

「……じゃあ、せめてヒキタニ君に連絡を」

「それは無理。本人に連絡が取れないんだって。そりゃ彼だって話す事なんて何もないでしょ。誰とも話したくないだろうし」

「そ、そうですか……そうですよね」

 

 陽乃の返答に落ち込む海老名。

 

「もう帰りなさい。遅くなると家族が心配するでしょ」

「…………はい」

 

 余程ショックだったのだろう。よろめきながらも出口に向かい歩き始める海老名。そんな彼女に陽乃は声を掛ける。

 

「海老名ちゃん。一ついいかしら?」

「……何でしょうか?」

 

 海老名の返答に対し、陽乃は少しだけ威圧を放つ。すると、海老名の身体がピクッと動きそのまま硬直する。

 

「人の名前を間違えるのは失礼な事よ。相手の呼び方が分かっているなら尚更ね。覚えておきなさい」

「……はい。ごめんなさい」

 

 逃げるように海老名は店から出ていった。

 

「ちょっと脅かしすぎたかな?ま、別にいいか」

 

 少しやり過ぎたかと思ったが、陽乃は特に気にしなかった。

 海老名に語った事は別に嘘ではない。転校することは本当だし、連絡が取れないのだって別に嘘ではないからだ。

 

 それに

 

「……今更、本当のことを言ったってどうにもならないよ」

 

 噂というのは実に厄介なものだ。最初に本当のことを話していても、人を経由する度に色々と変化する。そして時間と人の数が増え続けると、より大袈裟に語られるというのもよくある話だ。それは面白い話、特に悪口などはその典型的なものだ。

 

「例え真実の噂を流してもどうなることやら。余計に酷くなる可能性もあるのよね」

 

 例えば、海老名姫菜が修学旅行に関する真実を語ったとしよう。それで比企谷八幡の噂は止まるだろうか?確かに止まる可能性はある。だが、逆にもっと酷くなる可能性もあるのだ。

 

 人は真実よりも面白い話や悪口を好む。今更八幡の噂が嘘だったと流しても、どれだけの人がそれを信じるだろうか?彼の事をよく知っている人物ならまだしも、知らない人が信じる可能性は低い。これだけ広がった噂を止めるのは不可能に近いのだ。

 

「彼がいなくなった方が平和だよ、海老名ちゃん」

 

 人は熱しやすく飽きやすい生き物だ。人の噂は七十五日という諺が示す通りに、時間が経つのが唯一の解決方法だ。彼がいなくなればさすがに噂も沈静化していくだろう。

 

「……彼女はどうするのかしらね?」

 

 海老名姫菜が何を選択するか陽乃は少しだけ気になった。先程問いかけられた時には何もしないでいいと言った。もし、謝罪するべきだと言ったら彼女はその通りにしただろう。

 

「私が言った通り何もしないのか、それとも謝罪する道を選ぶのか……どうでもいいか」

 

 だが、陽乃にとってはどうでもいいことだった。それは本人の選択する事だからだ。

 

 雪ノ下陽乃もかつて間違いを犯した。文化祭に委員会に乱入しその進行を引っ掻き回したことだ。その尻拭いは最終的に八幡が負う事になってしまった。今思えば愚かな事だが、あの当時は心に余裕がなかったのだ。

 

 そしてその件は、最終的に陽乃が八幡に謝罪をして、彼に許してもらった。

 

「謝った所で、八幡くんも困るでしょうしね」

 

 もし海老名が八幡に謝ったとしよう。すると八幡はどう思うだろうか。喜ぶ?それとも怒る?いや、きっと困惑するだろう。恐らく偽告白をする前から、彼は現状の予想をしていたはずだ。リスクとリターンの計算が速い彼ならそれぐらいは容易いものだ。

 むしろ噂を否定し、海老名が悪意に晒される事の方が彼は望まないだろう。そんな底抜けに優しい人物が陽乃の知る八幡だからだ。

 

 だからこそ陽乃も

 

「好きになったんだろうな~私も」

 

 何時から彼の事が好きだったのだろうか?明確な時期は分からない。ただ、気付けば好きになっており、最近それを自覚した。

 

「さて、そろそろ行くかな」

 

 席を立ちあがり会計を済ませる。

 

「今日はありがとね。マスター」

「こちらこそ。この店で貸切なんてする人はいないからね。儲けさせてもらったよ」

「もうちょっと宣伝とかした方がいいよ、マスター。せっかくこんなに美味しいのに」

「道楽でやってる店だからね。静かな方がいいよ」

 

 頑固なマスターに苦笑を漏らす。飲み物も食べ物も陽乃が認めるほど美味しいのに、この店は驚くほどに知名度がない。大通りに接していない裏路地に構えた店であり、そもそも看板すら立てかけてないからだ。店の中も小さく、そもそも従業員はマスター一人だけ。まさに知る人ぞ知る隠れた名店。そんな感じの店だ。

 

「……もうここには来ないかもしれないんだ」

「何だ。アスタリスクに戻るのかい」

「ええ。そしてもう帰ってこないかもしれない」

「……そうか。陽乃ちゃんの彼氏も?」

 

 一瞬、誰の事を言われたか分からなかった。だがすぐに理解した。この店に一緒に来たことがある男性など八幡だけだ。

 

「彼氏じゃないよ……今の所はね。多分彼も戻ってこないと思うよ」

「そうかい。それは寂しいね。陽乃ちゃんも彼も、折角この店を好きになってくれたのに」

「私も寂しいよ……そうだ!私が来れないのなら、マスターがアスタリスクに来てよ」

「ふふっ、僕がアスタリスクに?」

「……冗談よ。さすがにそんな無茶な要求はしないわ」

「まあ、機会があれば悪くないかもね。あの街には行ったことがないし、興味はあるよ」

 

 冗談で言ったつもりが案外好感触だった。

 

「じゃあ、もし本当にアスタリスクに来るのなら連絡して。相談事なら何でも乗るから」

 

 陽乃は端末から連絡先をマスターに渡すと、彼はそれを受取った。

 

「分かったよ。もしその時があれば連絡する」

「約束だよ、マスター」

「ああ、約束だ」

 

 マスターが返事を返すと陽乃は嬉しそうに店を後にした。今日は辛いことが多かったが、嬉しいこともたくさんある。決して悪いことばかりじゃないのだ。

 

 だが気持ちを切り替えなければいけない。両頬を両手で叩き気合を入れる。次が最後の目的地だ。そこが本日一番の山場になるのは決まっている。

 

 目的地は雪ノ下邸。会う人物は雪ノ下冬乃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 慣れ親しんだ道をゆっくりと歩く。幼少時には妹と一緒によく近所に探検に出かけた道だ。大きくなると車で移動するのが当たり前になり、歩くことは少なくなった。この道を歩くのは最後になるかもしれないので、思い出と共に心に刻み込む。

 

 雪ノ下邸が見えてくると、巨大な星辰力を感知した。どうやら目的の相手もこちらに気付いたようだ。星辰力は精神状態で大きく変わるので、よく知る人物なら星辰力でその人の精神状態を図るのも難しくない。感知した星辰力の相手はかなり怒っているようだ。まあ、陽乃にとっては予想通りだ。

 

 門を潜り屋敷へと向かう。星辰力は更に巨大化し辺りの気温が下がっていくのが感じ取れた。それも気にせず入口の扉を開け屋敷へと入る。

 

「ただいま~」

 

 目の前の人物に声を掛ける。

 

「……お帰りなさい、陽乃」

 

 陽乃の母、雪ノ下冬乃が待ち受けていた。その口調に一切の温かみはなく、とても家族に話しかけているとは思えない。彼女の星辰力が陽乃を押しつぶさんと圧力となって襲い掛かる。

 

「陽乃、あなたに話があります」

「ちょうど良かった。私もお母さんに話があるんだ」

 

 だが陽乃も負けていない。彼女も星辰力を放ちその圧を押し返す。その星辰力は冬乃にまったく劣っていない。

 並大抵の星脈世代ではその光景を見ただけで心が折れるだろう。対抗できるのは各学園の冒頭の十二人クラスの実力者ぐらいだろう。お互いに本気を出していない現時点ですらその状態だ。

 

「単刀直入に言います。比企谷八幡の居場所を教えなさい」

「比企谷くんの?どうしてお母さんがそんな事を知りたいのさ?」

「……惚けても無駄ですよ」

 

 冬乃はウィンドウを操作し動画を再生する。そして陽乃の目の前にその動画見せつけるように送ってきた。

 

「あなたと彼の戦闘は見させてもらいました。何故あなたがこんな所にいたのかは知りませんが、彼の居場所を教えればそれは不問とします」

「ふ~~ん。やっぱりお母さんだったんだね。ま、気付いたのが星導館だったから予想出来た事だけど」

 

 陽乃は動画を見ながら母へと返事を返す。そして動画の再生速度を数倍に速めチェックを始める。

 

「……知っていたのですか?」

「そりゃ分かるよ。私たちの戦闘が銀行の監視カメラで撮られてるのは分かってたしね。映像が他所に漏れるのはしょうがないよ」

「……………」

「それに留美ちゃんに唾を付けるのが早すぎだよ。星導館だけなら雪ノ下家が連絡したとすれば辻褄は合うしね。比企谷くんの事も漏れたとみるべきでしょ」

「……なるほど」

 

 母の質問に答えながらも動画のチェックが終了する。動画は所々虫食い状態のようだ。音声はなく、映像も途中で途切れている。自身が本気を出し八幡を倒すところまで動画は記録されていた。治癒関係は病院経由か役所経由で漏れたようだ。だがこれなら問題ない。ウィンドウを閉じ、母へと視線を写す。

 

「……それで、比企谷くんに会ってお母さんはどうするつもりなの?」

「決まっています。星導館にスカウトして入ってもらうためです」

「スカウトね。比企谷くんがそれを受けるとは思えないし、断られる可能性のが高いと思うけど?」

「関係ありません。こちらとしても可能な限りの条件を出すつもりです。それに断られる心配はありません」

「……脅すつもり?比企谷くんか、もしくは彼の両親を」

「…………」

 

 沈黙が正解を表していた。条件に頷かなかったら、脅してでも入学させるつもりだったのだろう。やはり陽乃の予想は当たっていたようだ。

 

「やり方が汚いよ、お母さん。いくら星導館の今シーズンの順位がビリになりそうだからって、そこまでする?」

「……あなただって彼をスカウトするつもりだったのでしょう、陽乃。そもそもあなたが星導館に入学していればこんな事をする必要はありませんでした」

 

 元々冬乃は陽乃のアスタリスク入りに反対だった。しかし自身の出身校である星導館なら許可を出すと妥協したが、陽乃はその提案を蹴り、界龍へと渡った。

 

「まさかとは思うけど、留美ちゃんもそうやって脅す気だったんじゃないでしょうね」

「必要とあれば、そうします」

「っ!」

 

 陽乃から更なる星辰力が噴き出す。怒りの感情に反応し飛び出したのだ。しかしそれに反応することなく冬乃は話を続ける。

 

「彼の事は調べさせてもらいました。剣術のブランクはあるようですが素晴らしい実力です。将来的にはあなたに勝つことも不可能ではないでしょう」

「……ま、否定はしないよ」

 

 将来どころか、暴走状態ならば現時点でも陽乃より実力は上になる。

 

「それでは陽乃。もう一度聞きます。比企谷八幡はどこにいますか?」

「残念ながら私は知らないよ。彼が何処にいるかなんて」

「……嘘ですね」

 

 冬乃は陽乃の言葉を否定した。

 

「確かにあなたは知らないかもしれません。しかし、心当たりはあるはずですよ。違いますか?」

「……やっぱりバレちゃうか」

 

 誤魔化そうとするがやはり無理のようだ。相手は雪ノ下陽乃の最上位互換だ。全てを誤魔化せるとは端から思っていない。

 

「でも、話す気はないよ。それはお母さんも分かるはずだよね」

「……そうですね」

「だったら答えは一つだね」

「どうするというのですか?」

「私は現役のアスタリスクの学生。お母さんはアスタリスクの元学生。だったら解決方法はただ一つだよ」

「……正気ですか?」

 

 冬乃は娘の正気を疑った。

 

「ええ、勝負しましょう。お母さんが勝てば比企谷くんの居場所の心当たりを教えるわ。留美ちゃんに関しても私は口を挟まないと約束する。そして私は界龍を退学して家に戻るわ。ただし、私が勝ったらその逆。比企谷家や鶴見家には何もせず、星導館は手を出さないと約束してちょうだい……そして私はこの家から出ていくわ」

「……いいでしょう。その条件で戦いましょう」

 

 冬乃は少し考え込んだが、その提案を受けた。何故なら彼女には勝てるという確信があったからだ。

 

「じゃあ、外へ行きましょうか」

「ええ」

 

 二人は扉を出て外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……お母さんと戦うのも久しぶりだね」

「最後に戦ったのがあなたがアスタリスクに行く前ですから、大体二年半ぐらい前ですね」

 

 二人は広い庭でお互いに向き合っていた。両者の距離は約二十mだ。

 

「しかし陽乃。忘れている訳ではないでしょうが、一応言っておきます。あなたは私に勝ったことがないのですよ?」

「勿論、忘れるわけないよ。何戦したかは覚えてないけど、一度も勝ったことがないのは覚えているよ」

 

 そう。雪ノ下陽乃は母親に一度も勝ったことがない。冬乃が直ぐに戦いを了承したのもそれが原因だ。

 

「確かに界龍に行ってあなたは強くなりました。それは認めましょう。しかし現時点では私の方が上です」

「さて、それはどうかしらね」

 

 銀行での八幡との戦いの記録。あれを見ても尚、冬乃は娘に負けないと確信を持っていた。そしてそれは陽乃も同意見だ。

 

「ああ、そういえば星露からお母さんに伝言があってね。一応言っておくよ」

「万有天羅からですか……聞きましょう」

 

 にたりと笑いながら陽乃は伝言を伝える。

 

「泣き虫は治ったか?ですって」

「くっ!?」

 

 その瞬間、冬乃の身体から莫大な星辰力と白い何かが飛び出す。飛び出した白色は彼女の中心として周囲数十mをドーム状に包み覆い囲む。勿論、陽乃もその中に取り込まれた。その正体を陽乃はよく知っている。

 

「どういうつもりですか、陽乃?」

「何のことかな?私はただ伝言を伝えただけだよ」

 

 にやにやと笑いながら母に返事をする。それを見た冬乃は、怒りが込み上げてくるが無理やり押し込める。娘がこちらを挑発しているのは明白だ。しかし、挑発に乗り我を忘れて勝てるほど娘の実力は低くない。

 

「……いいでしょう。本気でいきますよ」

「そうこなくっちゃ。それが私の望みでもあるんだから」

 

 冬乃が手を前へとかざし能力を発動する。すると、ドーム状に包まれた中に白い雪が降り始めた。白い雪は地面へと舞い降り芝へと付着し―――その周囲1mが氷で包み込まれた。

 勿論、陽乃へも雪が降り注いでいるが、黒の炎を纏った彼女にはその能力は通用しない。雪は炎に消され効力を発揮していない。しかし周囲は次々と氷へと閉ざされていく。

 

「氷雪結界。相変わらず凄い威力だね」

 

 呆れたように言う陽乃。この結界こそ陽乃が母に勝てない一番の理由だ。

 

「黒炎で防ぎましたか。しかし私の見立てではその炎は数分が限界のはず。その時間内に私を倒すのは不可能です」

「ま、確かにお母さんの言う通りだよ。さすが氷雪の魔女。星導館元序列三位の力は伊達じゃないね」

 

 雪ノ下冬乃

 星導館全盛期の時代に於いて序列三位の座を勝ち取った女性。そしてアスタリスクの歴史の中でも有数の氷系能力者だ。氷雪の魔女の二つ名を持ち、勉学、実技共に優れ当時の生徒会長も務めた事もある。文字通りの才女と呼ぶに相応しい人物だ。

 彼女の氷雪結界は、結界を展開しその中に雪を降らせる。そしてその雪に一欠けらでも触れれば瞬くまに氷漬けにされてしまうものだ。この能力により、雪ノ下冬乃はアスタリスク内でトップクラスの実力を誇っていた。

 そして彼女は先代 万有天羅と交戦した事があり、当時の彼女は泣かされた経験がある。これは本人にとって黒歴史でもあり、トラウマでもある出来事だ。

 

「ねぇ、お母さん。聞いていいかな?」

「……何ですか?」

「お母さんは銀行の映像。最後までちゃんと見た?」

「勿論見ましたよ。あなたが比企谷八幡を倒した所で映像が終わっていましたね」

「そうだね。じゃあ、何で彼を倒した私が、彼の居場所を知らないと思う?」

 

 その質問に眉を顰める。娘の質問の意図が読めなかったからだ。時間を掛ければ掛けるほど、こちらが有利になるのは娘だって分かっているはずだ。その事が分からない娘ではないはずだ。

 しかし時間を掛けるのはこちらに有利なのは間違いない。冬乃はその質問に答える。

 

「……あなたではなく、界龍の手の者が彼を隠したのでしょう?だからあなたは彼の居場所を知らないのです」

 

 そう断言する冬乃。しかし陽乃は笑って母の言葉を否定する。

 

「違う違う。そもそも前提が間違ってるね……負けたんだよ、私」

「……何ですって?」

「あの映像には続きがあってね。漫画の主人公みたいに比企谷くんがパワーアップしちゃってさ。私はコテンパンにやられちゃったのよ。そして彼は何処かに逃げちゃって行方不明。それが真相だよ」

「何を……馬鹿な……」

「お母さんなら私が嘘を言っているか分かるでしょ?」

「……………」

 

 確かに嘘は付いていないようだ。しかしそんな話が簡単に信じられるわけがない。

 

「それが本当だとして……何故私に教えたのですか?あなたを倒す実力があるのなら、絶対に星導館に連れていきますよ。それこそどんな手段を用いてもね」

「うん。その心配は皆無だから問題ないよ」

「何を言って……」

 

 冬乃が呟いた瞬間、今度は陽乃から強烈な星辰力と黒炎が噴き出す。

 

「お母さんの失敗は、監視カメラが途中までだと気付かなかったということ」

 

 星辰力は極限に高まり冬乃の知る陽乃の星辰力量を軽く超えていく。それは雪ノ下冬乃の星辰力をも遥かに超えていた。それと同時に、黒炎が陽乃の周囲を駆け巡り氷を消滅させていく。

 

「そんな!?」

「そして私もまた、あの後にパワーアップをして壁を越えたということだよ」

 

 冬乃の驚きをよそに黒炎はさらに駆け巡る。次に結界全体にも炎が走りそれに干渉していく。そして徐々に結界が薄くなり、やがて消滅した。

 

「陽乃……あなた……」

「八幡くんの心配?そんなの必要ないよ……だってお母さんは此処で私が倒すんだからね!そうしたら、この件はこれ以上漏れる事はないからね!」

 

 漸く、漸く冬乃は陽乃の企みを把握した。自らの実力を誤認させ、比企谷八幡と鶴見留美から手を引かせる事が目的だと。そして一度交わした約束をこちらが破る事はない。それも見越しての事だったのだろう。

 

 黒炎が陽乃の体を覆う。それは冬乃が知る炎よりも熱く、そして漆黒に煌めいていた。そして両腕に漆黒の炎を纏い、陽乃は冬乃を睨みつけている。

 

 その姿と相手の星辰力を確認して冬乃の頭脳は冷静に判断を下す。自分は娘には勝てないと。

 しかし戦う前から負けを認めるほど、雪ノ下冬乃は落ちぶれていない!

 

 冬乃は星辰力を全開にして陽乃を迎え撃つ。

 

「来なさい、陽乃!」

「行くよ。お母さん!」

 

 両者が激突し氷と炎が干渉しあった。

 戦いはその後二十分ほど続き、そして決着が着いた。

 

 勝者が誰だったのかは―――予想通りだったと此処に記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅぅ、疲れたな~」

 

 疲労を隠さずに雪ノ下陽乃がその場に座り込み、そのまま地面に向かって背を倒した。そして大の字に仰向けになりながら、夜空の星を見上げる。

 

「星が綺麗ね~~」

 

 満天の星空が自分の勝利を称えてくれている。そんな気分になるほどに、陽乃の気持ちは高まっていた。

 

「………勝ったんだ、本当に」

 

 ぽつりと呟く。そうすると改めて実感が湧いてきた。何しろ生まれて初めての母に勝利したのだ。

 星辰力も能力もこちらの方が上。本来なら直に決着がついてもおかしくなかったが、さすがは雪ノ下冬乃だ。技術と経験は向こうの方が上の為、かなり粘られた。こちらが壁を越え、漆黒の炎の制限時間が伸びていなければ、恐らくやられていただろう。

 

「また、強くなれた」

 

 右手を空中に挙げそのまま握りしめる。傷口が再び開き、巻かれた包帯は真っ赤に染まっていたが、そんな些細な事はどうでも良かった。

 

「……陽乃様」

 

 そこに横から声が掛かる。

 陽乃が寝たまま首を声の方に向けると、執事の都築の姿がそこにあった。

 

「ああ、都築。お母さんの具合はどう?」

「はい。星辰力切れで意識を失っているだけなので、明日には目を覚ますでしょう」

「怪我は?」

「かすり傷程度ですね」

「そう。ならよかった」

 

 都築の返答に安堵する。何しろ限界を超えて日が浅いのだ。力の加減が効かないのでやり過ぎかと思ったが、軽症で済んで何よりだ。

 

 寝転んだ状態から起き上がり、そのまま伸びをする。

 

「う~~~ん。さて、そろそろ行くわ」

「……そうですか。寂しくなります」

 

 都築も分かっていた。雪ノ下陽乃がもう戻ってこないという事が。

 

「都築には感謝してるわ。お母さんやお父さんと喧嘩した時に、仲裁してくれたのは都築だったからね」

「雪ノ下家に仕える執事としては当然の事です」

「それでもよ……ありがとね」

「はい。しかし陽乃様。その手の包帯だけでも交換した方がよろしいのでは?」

 

 陽乃の右手を見て都築が提案する。真っ赤の染まった包帯は確かに交換した方がいい。

 

「戻りながら自分でするわ。此処にいるとお母さんが何時起きてくるか分からないからね。引き留められても面倒だし」

「それはないかと思います」

「そう?」

「はい。あの方は人にも厳しいですが、自分にはさらに厳しい方です。例え口約束でも、一度交えた約束を違えることはありません……陽乃様が出て行こうとしても、もう止めることはないでしょう」

「そうだね……あの人は……そういう人だったね」

 

 確かに都築の言う通りだった。昔から誰に対しても厳しく子供にも容赦のない人だったが、約束を破った事は一度もなかった。

 

「……次期当主は私ではなく雪乃ちゃんになるわ。苦労を掛けると思うけど、皆で支えてあげて」

「はっ。家臣一同、全力を以って雪乃様を支えてみせます」

「うん。あなた達がいれば問題ないわ……ごめんね。私はこの家では我慢できないのよ」

「確かに、陽乃様が居て下されば雪ノ下家は安泰でしょう。執事としてそう思います。ですが……」

「ですが?」

「……私個人としては、陽乃様を応援させていただきます。どうかご随意に自らの信じた道をお進みください」

「ありがとう。やっぱり都築は最高の執事だわ」

「その言葉は、執事としてこれ以上ない誉れです」

 

 雪ノ下陽乃は歩き出した。自らの生家を後にし、新たな道へと進むために。

 

「行ってらっしゃいませ、陽乃様」

「行ってくるね、都築!」

 

 見送りは家族でもない執事ただ一人。だが彼女の心はこれ以上ないぐらいに晴れ渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!界龍に帰るとしますか!!」

 

 そして雪ノ下陽乃は走り出す。体力も星辰力も限界に近い。しかし今はただひたすら走りたかった。走りながら彼女は叫ぶ。

 

「ああ~楽しみだな~!」

 

 雪ノ下陽乃の心は完全に解き放たれた。今後の彼女は鎖に捕らわれることなく、自由に生きていくだろう。

 

 星露とは戦いたいし、暁彗には借りも返したい。もしくは、アレマと共同で星露に再び挑んでもいいだろう。セシリーや冬香とはもっと遊びたいし、虎峰にまた女装をさせてもいいだろう。黎兄妹には以前やり過ぎてしまったので、少しだけ優しくしてもいい。

 でも、まずは自分がいない間に荒れているだろう木派と水派の取りまとめだろうか?もし、両者の仲がまた悪くなっているのなら、門下生全員に再び勝負を挑んでもいい。今の自分なら全員まとめて相手にしたって勝てる自信がある。もし負けたとしても、何度でも挑めばいい!

 そういえば久しくカジノにも通っていなかった。いきなり弟子に志願してきたあの少女を見に行かないと、また借金が増えているかもしれない。妹好きに悪い子はいないので、見に行ってあげよう。

 

 だが一番の楽しみは

 

「八幡くん!早く界龍に来なさい!たっぷりと相手してあげるんだから!!」

 

 比企谷八幡との再戦だ。星露からは彼の星辰力が再び低い水準まで抑えられていると教えてもらった。彼が自分を打ち負かした領域に辿り着くのは時間が掛かるだろう。だったらやる事は一つだ。

 

「星露に暁彗、アレマに私。個別でもいいし全員で鍛えてもいいね!他の子は忙しいから駄目だろうけどさ!」

 

 何しろ星露の本気と渡り合ったと彼女から聞いたのだ。勿論、力負けはしたそうだが、それでも今の自分では辿り着けない領域だ。彼は鍛えればそこまでいける事が確実なのだ!そして星露曰く、それよりも強くなることだってありえるかもしれないと言う。

 

 そんな話を聞いたら抑えられるわけがない!

 

「私が好きになった男の子なんだから、私より強くなるって信じてるよ!!」

 

 心の赴くままに叫ぶ。今見ている世界が、以前と同じだとはとても信じられなかった。

 

 世界はこんなにも広かっただろうか?世界はこんなにも明るかっただろうか?

 

 気持ちが落ち着けば今のこの状態を後悔するかもしれない。自分でも可笑しいと思うほどにテンションが高まっているのだから。

 

 だけど今だけはこの状態に身を任せていたい。

 

 

 だって

 

 

 世界はこんなにも輝いているのだから!!

 




 閑話二つ目 後編をお送りしました。

 気付いたら何故か二万字をオーバーしていましたので、中編、後編に分けようかとも考えましたが、一通り読んでみてこれは一気に読んだ方がいいと判断しました。
 
 長い話になりましたが、読んでくださりありがとうございます。


 この話は、時系列としては一つ目の閑話と同じ時期になります。

 一応、陽乃さんは学園に戻るころにはテンションが収まっていますので、ご安心下さい。しかし以前よりははっちゃけた性格になります。

 陽乃さんの活躍により、虎峰は書類や統合企業財体の等の対応での胃痛は抑えられますが、逆にフリーダムになった性格になった陽乃さんが色々暴れるので、そちらによる胃痛が発生することになります。頑張れ、虎峰。


 一つ、原作とは違う展開として補足事項です。

 星導館のシーズンの順位がビリの可能性について

 学戦都市アスタリスクで原作の前シーズンの各学園の順位ですが、星導館学園が第5位、そしてクインヴェールが不動のドベだというのはご存知かもしれません。

 星導館の生徒会長であるクローディアは、前シーズンの星導館は大した活躍が出来なかったと明言しています。つまり各星武祭の順位は、ベスト16か最高でもベスト8がいい所でしょう。もしかしたら最悪、全選手予選落ちの星武祭もあったかもしれません。ただ、獅鷲星武祭でクローディアのチームは予選突破したかな?チーム ランスロットと戦った記憶はありますが、何回戦が覚えていません。また原作を確認しないといけませんね。

 対するクインヴェールですが、戦律の魔女 シルヴィア・リューネハイムが王竜星武祭で準優勝。チーム・ルサールカが獅鷲星武祭でベスト8だという事は分かっています。

 うん。何故星導館がドベじゃないのか作者には分かりませんでした。まあ、順位付けに関しては、星武祭でのポイントの配分が分かりませんし、星武祭以外にもテストで多少ポイントが貰えるらしいので、細かく計算するとクインヴェールが負けてる可能性もあります。

 しかし原作でも星導館とクインヴェールでは、ポイントの差は僅差ではないかな~というのが作者の考えです。

 長々と書きましたが、今作品では王竜星武祭の結果次第では星導館がドベになる可能性があるとだけ覚えておいてください。

 さて、次回はいよいよアスタリスクに突入です。次回も頑張りますので、よろしくお願いします。

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