学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

10 / 40
今回、メインヒロイン予定の一人が登場します。
多分この人がヒロインと読めた人はいないはず。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



第十話 一つの終わり、そして始まり

 遠く、遠く、遠く。

 

 速く、速く、速く。

 

 少しでも遠くの場所へと、少しでも人がいない場所へと。

 

 己が全力を以って駆け抜た。

 

 そして……

 

「ここら辺でいいか……」

 

 目的に合う場所へと到着する。

 

 辺りを見渡せば人が誰もいない月明りのみがりを照らし、周囲を山で囲まれた草原地帯。周囲に誰もいないこの場所なら、迷惑をかけるわけでもなく終わりを迎える事ができる。

 

 空に浮かぶ月が最後の目撃者なのは、この身には過ぎた話だ。

 

「色んな事があったな」

 

 己の最後を前に自身の人生を振り返る。

 

 剣術との出会い。妹との確執。両親との不和。

 小学生の時はもっぱら苛めの対象だった事も思い出す。星脈世代からは星辰力が少ない落ちこぼれだと馬鹿にされ、非星脈世代からは化物と蔑まれた。だがそれも自身の選択が招いたことだ。ボッチだったことに不満などあるはずがなかった。

 

 しかし中学二年の時に変化が訪れた。

 

「………奉仕部か」

 

 その言葉が口から出た時の心境は自分でも分からなかった。

 

 

 ____ここでの部活動を命ずる。異論、反論、抗議、質問、口答えは一切認めない。

 

 ____ようこそ奉仕部へ、歓迎するわ。頼まれた以上責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。

 

 ____何でヒッキーがここにいるの!

 

 様々な依頼。様々なトラブルを解決してきた。色んな問題はあったものの、徐々にその場所が特別だと思えるようになってきた。

 

 だが

 

「どうすればよかったんだろうな……」

 

 文化祭と修学旅行。奉仕部の関係を破綻へと導いた二つの依頼。

 最終的には八幡の自己犠牲で何とか解決を迎えたのだが。

 

 ____貴方のそのやり方、嫌いだわ。

 

 ____人の気持ちをもっと考えてよ。

 

 

 自身の身体を覆う闇が一回り大きくなる。歯を食いしばり何とか抑えようとするが止まることはない。

 

 残り時間は後少しだ。

 

「小町、親父、お袋、雪ノ下、由比ヶ浜、平塚先生」

 

 己の家族、そして奉仕部の関係者の名前を口ずさむ。大切な家族、大切な仲間だと思っていた存在。

 

 だが今は違う。

 

「雪ノ下さん。あなたの気持ちがよく分かりますよ」

 

 ――――――ねぇ、比企谷くん。知ってる?愛と憎しみは表裏一体なんだよ。

 

 大切だから。尊いから。その気持ちが強ければ強いほど憎しみは大きくなった。そして自身の能力がその気持ちを加速させていることも。

 

「……陽乃さん、ルミルミ」

 

 最後に会った二人を思い出す。自身のために死力を尽くしてくれた二人。別れの際には泣きそうな顔で引き留めてくれた。そんな二人の気持ちに少しだけ救われた。

 

 闇が巨大化していく。もう止める事すら無駄と感じ、流れに身を任せる事にした。自身の奥に眠る扉が完全に開かれているのが分かった。巨大な星辰力と共に能力が奥底から解放されていくのが感じ取れた。

 

 最後に思ったのは

 

「……そういえば、シルヴィア・リューネハイムの曲、聞いてなかったな」

 

 そんなどうでもいい事だった。

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時が過ぎただろう。

 数十分、あるいは数時間だろうか。比企谷八幡は再び目を覚ました。

 起き上がり身体を動かすが特に支障はない。だが以前とは決定的に違う所があった。

 

「……いい気分だ」

 

 先程まで悩んでいたのが嘘のようだ。家族の事、学校の事、奉仕部の事、全てがどうでもよかった。

 

「簡単な事じゃねぇか。邪魔なものは全部壊して殺せばいい!何でこんな事が思いつかなかったんだ!」

 

 邪魔なものは壊し、立ちはだかるものはすべて殺せば何の問題もない。そして自分にはそれを成すだけの力がある。

 

「ハハハハハハハハッ!!」

 

 自身の能力はすぐに把握できた。闇の能力。闇は全てを呑み込み吸収する。そのイメージ通りに能力を発動する。

 すると、周囲の万応素が集まり星辰力へと変換され自身の力となっていく。周囲の万応素を全て喰らいつくすかのように闇が全てを呑み込んでいく。

 

 そんな時だった。

 

 

「力に呑まれておるのう、おぬし」

 

 

 背後から声が聞こえた。

 振り向くと蝶のように髪を結った一人の童女が佇んでいる。

 

「……誰だお前?」

 

 警戒を強め問いかける。闇夜が広がるこの空間で半径一キロにあるものは凡そ把握できている。先程まで周囲には誰もいなかったはずだ。だがこの童女は今ここにいる。

 

「うむ、まずは自己紹介からいこうか。儂の名は范星露。よろしく頼むぞ、比企谷八幡よ」

 

 あどけない表情で自己紹介をしてくる。しかもこちらの名前を既に知っているとなると、ここにいるのは偶然ではない。そこまで考えて思い出した。范星露、その名前に聞き覚えがあると。

 

「……界龍序列一位、万有天羅」

「その通りじゃ。知っておるなら話が早い。陽乃から話を聞いて、是非おぬしには会ってみたいと思うてのう」

「……仇討ちですか?」

「そんな大層なものではない、ただの興味本位じゃ……しかし闇の能力とは、儂も長年生きておるがその様な能力を見たのは初めてじゃ」

 

 そこまで言ってあどけない表情から一転、真剣な表情へと変化する。

 

「先程も言ったがおぬし、自身が力に呑まれておるのに気付いておるのか?」

「……だから何だっていうんです。力は力。それに呑まれようがどうしようが、あなたには関係ありませんよ」

「おぬしの今の状態で正気を保っているのが不思議に思うてのう。暴走しているはずなのにしっかりと意識は保っておる……じゃが、性格に変化は生じておるようじゃの」

 

 冷静にそして正確にこちらを観察してきている。その様子に苛立ちを隠せない。

 

「要件を早く言ったらどうですか」

「せっかちな男は嫌われるぞ?まあよい。話は簡単じゃ」

 

 にっこりと笑いながら星露は結論を言った。

 

 

「儂と闘ってもらうぞ、比企谷八幡」

 

 

 

 

 

 

「……う……うぅっ……ここ……どこ?」

「気が付いた?」

「…………陽乃さん」

 

 鶴見留美が目を覚まし隣を見ると、雪ノ下陽乃が椅子に座ってこちらを見つめていた。

 自身がベッドに寝かされている事と、陽乃の顔に治療の跡があることで、ここが病院であることに気付いた。

 

「私……どうして?…!そうだ!八幡は!八幡はどこに!?」

 

 自身が何故倒れていたかを思い出した留美は陽乃に問いかける。

 それに対し慌てる事もなく陽乃は宥めるように話す。

 

「比企谷くんがどこにいるのか私にも分からないけど、もう心配はいらないわ」

「……どうしてですか?」

「私達が倒れてから直ぐにね。私の師匠が来たの」

「陽乃さんの……師匠ですか?」

「そう。比企谷くんの事はあの人に任せたわ。必ず比企谷くんを連れ戻してくれる」

「でも……」

 

 いくら陽乃の師匠が強いとはいえ、尋常ではないあの強さを目撃した留美には、その言葉を信じきることが出来なかった。その不安を和らげようと陽乃が留美の頭をゆっくりと撫でながら断言する。

 

「大丈夫よ。あの人は最強だから」

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ!楽しいのう、八幡よ!」

 

 范星露が笑いながら八幡に話す。その獰猛な笑みは童女には似つかわしくないものだが、本人が特に気にしている様子はない。

 

「そこかっ!!」

 

 八幡の叫びに反応し空中に闇の球体が出現する。闇夜に出現したそれは八幡の意志の元、任意の場所に現れる。范星露を取り囲むように出現した無数の球体は通常なら回避不可能なはずだ。

 

 だが

 

「甘い!甘い!甘いぞぉっ!!」

 

 空中を自由自在に駆け廻る范星露には掠りもしない。雪ノ下陽乃と同系統の技術なのだろう。足に星辰力を集中し虚空を蹴りながら移動している。だがスピードが桁違いだ。星辰力を感じながら辛うじて動く先をを読み、能力を放ち続けるも闇の球体のスピードよりも范星露の動きの方が圧倒的に速い。

 

 そして次の瞬間には―――

 

「っ!!!」

 

 星露の掌打により八幡が吹き飛ぶ。八幡の身体が宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられそうになり―――何とか受身を取って立ち上がる。

 

「ほう。闇を集中させて儂の一撃を防いだか。大したものよ。攻撃にも防御にも優れたその能力は、まさに変幻自在と言ってもいいじゃろう、しかも……」

 

 星露は右手で己の右頬を撫でる。手を離し右手を確認するとそこには赤い血が付着していた。

 星露が攻撃を加えるその瞬間、闇を集中し防御フィールドを形成。そして相打ち覚悟で攻撃を加えたのだ。

 

「儂に一撃を喰らわせるとは!くっくっくっ、気に入った!気に入ったぞ!八幡!!」

 

 その言葉と同時に星露の全身から押し潰すような威圧感が放たれた。並みの人間ならプレッシャーだけで気を失う空間の中、両者は激突する。

 

「もっとじゃ!もっと儂を滾らせよ!比企谷八幡!!」

「……殺す!!」

 

 

 

 

 

 

 11月某日未明。

 関東地方北部において二人の星脈世代の闘いが発生した。

 しかしそれを観測したものは誰もおらず、草原だったその場所は一夜で荒れ地と化した。

 翌日、地元住民が発見し警察が調査に入るもその原因が判明する事はなかった。

 

 

 

 

 

 

「―――む―――――熱が――――のう」

 

 まどろみの中、声が聞こえた。

 

「しか―――――そろ―――起きても―――――」

 

 どこか聞き覚えがあるその声を切欠に、意識が徐々に覚醒を始める。

 

「しょうが―――着替え―――済ます―――」

 

 そして意識が覚め目を開けると……

 

「……お、目が覚めたか。八幡よ」

 

 パンツ一丁の比企谷八幡の身体を濡れたタオルで拭いている童女の姿がそこにあった。

 自身の姿を見て彼が最初に取った行動は

 

「何でもしますから許してください」

 

 土下座して謝ることだった。

 

 

 

 

 

 

「くっくっくっくっくっ!」

「…………そこまで笑う事はないんじゃないですか」

「いや、すまんすまん。介抱してその様な反応をされるとは思ってなかったからのう」

「半裸の男に幼女が迫る絵面が、犯罪の匂いしかしないのが悪いんですよ」

「確かにその通りじゃが、儂の意志でやっておるのだから勘違いしたおぬしが悪いのではないか?」

「……まあその通りです」

 

 機嫌がよさそうに笑う范星露とぶすっとした表情の比企谷八幡。

 あの後、星露に身体の汗を拭いてもらい寝間着に着替え直した八幡は、布団に入り上半身だけ起きて星露と話をしていた。

 

「水を飲むか?おぬしが倒れて三日経っておる。喉が渇いておるじゃろう」

「……いただきます」

 

 コップを受け取り水を飲む。喉が渇いていたのか入っていた水を全て飲み干した。

 一息ついた八幡は向き直り話を続けようとするが、星露の手によって横に寝かされる。

 

「まだ熱が出ておる。横になっておれ。聞きたいことは色々あるじゃろうが、体調が回復してからでも遅くはあるまい」

「ですが……」

「安心せい。雪ノ下陽乃、鶴見留美、そしておぬしの妹である比企谷小町も全員無事じゃ。強盗を含めて死者は誰も出ておらん」

「そう……ですか。ありがとうございます、范星露さん」

「星露でよい。それに敬語は不要じゃ。時におぬし、腹は減っておるか?」

 

 そう聞かれた途端、八幡のお腹がぐぅぅ~と鳴り響く。

 

「ふっ、食欲があるのは良い事じゃ。ちょっと待っておれ」

 

 そう言うと星露は部屋を出ていく。

 一人取り残された八幡は仰向けの状態で辺りを見渡す。

 部屋全体に畳が敷かれており、その上に自身の布団と隣にもう一つ布団が置かれ、枕元には桶に入った氷水にタオルが入っていた。和室様式の寝室の様だ。勿論、見覚えはない。

 

「……どこだろうな、此処」

 

 

 

 

 

 

「ほれ、あ~~んじゃ」

「いや、一人で食べれるから」

「何を言うておる。病人は大人しく言う事を聞くものじゃ。ほれ、あ~~~~ん」

 

 差し出されたスプーンに口を付ける。煮られた米と絶妙な塩加減のおかゆは、ほどよくよい味が出ている。

 

「……美味い」

「それは何よりじゃ。もっと食べるか?」

「……いただきます」

 

 食べ進めるにつれ食欲が湧いてきた。そして気付けば鍋は空になりお粥を完食していた。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様じゃ。うむ、食欲は十分じゃな。後は熱が下がるのを待てばよいが……」

 

 星露は己の手を八幡のおでこに当て熱を測る。

 

「まだ熱が高い。もう少しかかるじゃろう」

「……熱なんて罹ったことはなかったんだがな」

「星脈世代は基本的に医者いらずじゃなからな。おぬしの場合、星辰力の解放により身体の方が変化に付いていけなくなったのじゃろう。まあ、後数日といった所か」

 

 星露の言い分に納得する八幡だが、ふと気になる事があった。

 

「……そういえば、この家には他に人はいないのか?」

「どうしたのじゃ、急に?」

「いや、家族の人がいるなら挨拶をしたいんだが……まさか一人じゃないだろう?」

「一人じゃな。ついでに言えば、儂に血縁のある家族はおらんぞ」

「……さっき俺が倒れて三日と言ったな。その間の看病ってまさか……」

「うむ、儂一人じゃ。別に気にすることはないぞ。たかが数日の看病なぞ、昔経験済みじゃから問題はないしの」

「あーその、だな……すまん」

「そういう時は、謝るのではなく礼を言うものじゃぞ」

 

 星露の助言に従い目の前の幼女の頭に手を伸ばす。そして頭を撫でながらお礼を言う。

 

「ありがとう星露…………って、どうかしたか?」

 

 こちらを見つめる星露の表情に思わず疑問が生じる。きょとんとした表情でこちらを見つめる幼女。嫌がっている訳ではなさそうだが、喜んでいる訳でもない。敢えて言えば、戸惑っているというのが一番近いだろう。

 

「いや……頭を撫でられたのは初めてじゃと思うてのう」

「……そうなのか?」

「…………うむ」

 

 続きを促された感じがしたので、もう少し撫でてみる。

 

「ふむ……存外悪くない。もう少し続けてもらってもよいか?」

「……まあ、別にいいが」

 

 星露の頼みを聞き頭を撫で続ける。

 万有天羅と呼ばれる存在が頭を撫でられそれを受け入れる。星露の弟子達がこの姿を見ても夢か幻、もしくは敵の精神攻撃と断言しただろう。

 傍から見れば、兄が妹を撫でているしか見えないその光景はしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

「陽乃よ。身体の方は大丈夫か?」

『ええ、何とか。あ、そういえば頼まれていた情報操作は完了したよ』

「うむ、ご苦労。とりあえず、これでひと段落ついたのう」

 

 范星露は雪ノ下陽乃と空間ウィンドウでお互いの状況を報告していた。

 

『……比企谷くんはどう?元気にしてる?』

「身体の方は問題ない。今は熱を出しておるがもうすぐ治るからの……問題なのは心のほうじゃな」

『…………』

「身体の傷と違い心の傷は確認しようがないからの。彼奴が心にどれだけの傷を負っているかは誰にも分らん」

『……家族のもとに帰してあげるのは無理かな?』

「止めておけ。妹の比企谷小町の名前を出すだけであれだけ動揺しておったのじゃ。彼奴の境遇はおぬしから軽く聞いておるが……今度は無事ではすまんぞ」

 

 星露は八幡の様子を思い出す。比企谷小町の名前を出した途端、動揺と共に能力が無意識に出かかっていた。その様な状態で妹や家族に会わせれば、どうなるかは予想が付く。

 

『もう……無理なのかな……私と一緒で』

「……能力は人の本質を表す。おぬしには以前言ったことがあったの」

『……うん』

「あの夜に出会った彼奴は能力に完全に呑まれておった。先程話した彼奴とは似ても似つかぬ姿じゃったよ」

『それは……』

 

 星露の語る八幡の様子に陽乃は言葉が出ない。

 

「本人にとって余程の事があったのじゃろう。あれだけの能力と殺意はそう簡単に生まれるものではない。家族か、友か、それとも別の要因か。原因までは分からぬが……」

 

 そこで一旦区切る。

 

「人の温もりに飢えているのは確かじゃな。人の善意に臆病で妙に遠慮しがちになるくせに、変な所で大胆であったぞ、彼奴は」

『えっと。比企谷くん、星露に何かしたの?』

「ふふっ内緒じゃ。そうじゃ陽乃よ。八幡にこの様な提案をしようと思っておるのじゃが」

 

 そう言うと、星露は陽乃に向かってあるデータを送る。

 

『……えっ!ちょっ!これ本気、星露!』

「うむ、本気じゃ。冗談でこの様な提案はせぬぞ、儂は」

『それは分かるけど!』

「まあ、あくまで提案するだけ。選択するのは彼奴じゃ。で、おぬしはどう思う?」

 

 考え込む陽乃。

 

『……条件次第では受けると思うよ。正直、比企谷くんが自分の問題に気付いていないとは思わないから』

「ふむ、やはりそうか。そういえば陽乃。おぬしはこれからどうするつもりじゃ?」

『しばらくは総武にいるよ。留美ちゃんの事も気になるし、調べたいこともあるから。それに、提案の結果次第では私が動いた方がいいでしょ?』

 

 陽乃の答えに星露は満足し頷く。

 

「うむ、そうじゃな。それと鶴見留美の件じゃが、貴重な治癒能力者じゃ。何とか勧誘できぬか?」

『無理じゃないかな。まだ小学生だし。親御さんが許すとは思えないよ?』

「……まあ仕方ないか。それとなく勧誘だけはしておいてくれ」

『了解……そういえば気になったんだけど、学園にはどういう言い訳してきたの?万有天羅がアスタリスクからいなくなったら大騒ぎになると思うけど』

「あの時は急を要しておったからの。暁彗にしばし留守にするから連絡は不要とだけ伝えたぞ」

『……えっと、それだけ?』

「それだけじゃな」

 

 星露の答えに思わず苦笑いする陽乃。

 

『……学園の諜報工作員が大慌てしてそう。それと虎峰が胃痛になってるかも』

「大袈裟じゃな。儂がいない程度で」

『それだけ万有天羅の影響力が凄いんだけどね……ごめんね、私の不手際でこんな事になって』

「気にする必要はない。それにそのおかげで彼奴に出会えた」

 

 星露は思い出す。あの夜の死闘を。

 

「八幡は素晴らしかったぞ、陽乃よ。時間と共に高まる星辰力。状況に合わせ変幻自在に変化する能力。そして最後まで諦めず儂を殺そうとする殺意と鬼気……最高の一夜じゃった」

 

 うっとりとした表情で語る星露。その表情はまるで

 

『恋する女の子みたいな表情してるよ、星露』

「そうかえ?……まあ、あながち間違いともいえぬか」

『……え!マジで!?』

「才に惚れ込む。そういう意味では惚れたかもしれん。正直、今から鍛えるのが楽しみで仕方がない」

『あ、そういう意味なんだ。それなら納得』

「……ところで陽乃。惚れたというのは儂だけかの?」

『…………何のことかな?』

 

 ニヤニヤとした表情で見てくる星露に思わず視線を逸らす陽乃。

 

「人間素直が一番じゃぞ。特に八幡のようなタイプなら尚更じゃ」

『……………余計なお世話だよ』

「年を取ると若者の世話を焼きたくなるからの。まあ年長者の助言と思って参考にするがよいぞ」

『……肉体年齢一桁が何言ってんだか』

 

 拗ねてそっぽを向く陽乃を星露は嬉しく思った。アスタリスクに来た当初の彼女は、行動に余裕がなく常に張りつめていた。それに比べたら随分と素直に、そして年相応な感情を出すようになったものだ。

 それを嬉しく思いつつ星露は陽乃との会話を続けていった。

 

 

 

 

 

 

「………惚れた、か」

 

 氷水の入った桶からタオルを取り出して絞る。そして絞ったタオルを眠る八幡のおでこにのせ、星露は呟いた。

 

「才に惚れた。それは間違いないのじゃが……」

 

 そう言いつつ、星露は己の心を測りかねていた。

 万有天羅の名と力を知った者の行動は主に二つ。警戒し恐れるか、崇拝し崇めるかのどちらかだった。

 

 だが目の前で眠る人物の取った行動はそのどちらでもなかった。

 

「……初めてじゃったのう」

 

 恐れるでもなく崇めるでもなくあるがままに。それこそ普通の幼子に接するように頭を撫でられた。只それだけの行為に動揺を隠すことが出来ず、その心地よさについ身を任せてしまった。

 

「頭を撫でられて喜ぶとは……精神が肉体に引きずられすぎではないか」

 

 八幡の顔をじっと見つめる。顔に汗が流れているのを発見し別のタオルで拭きとっていく。

 

「うむ、これでよしと」

 

 星露には一つの確信があった。この者を鍛えれば本気で闘う事ができる。いや、将来的には敗北を知ることすら出来るかもしれないと。

 その結論に至った瞬間、歓喜により全身が震えた。

 

 だが現状ではそれは不可能だ。

 

 あの夜に最後に見せた極大の星辰力は再び鳴りを潜めている。恐らく制御できる一定以上の星辰力は、身体が無意識に封じているのだろう。恐るべき自己意識だ。

 しかし精神的に危うい今の状態では、再び暴走する可能性も否めない。そして暴走して出せる力など火事場の馬鹿力に過ぎないし、自滅する力など星露の好む所ではない。

 

「まずは身体を鍛え能力を制御させる。同時進行で知識の教育と星仙術の仕込みといった所か。時間がないからハードスケジュールじゃな」

 

 修行のプランを考えていく。土台がなければいい建物は作れないのと同様に、基礎をしっかりしないと一定以上強くなることはできない。

 

「……比企谷八幡」

 

 最初は興味本位だった。己の目的の為だけに弟子にして鍛え上げる。これまでと同様に変わらない――――はずだった。

 

 だが今は、それ以上を望んでいる自分がいる事を星露は自覚した。

 

「儂はおぬしが欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 二日後 早朝

 

 八幡が目覚め横を見ると、もう一つの布団は折りたたまれそこに星露の姿はなかった。

 すっかり体調が良くなったと感じ布団から出ると、枕元に着替えが置いてあった。

 星露が用意してくれたのかと思い、寝間着から着替えをする。

 

 部屋を出て廊下に出ると不意に外の景色が見たくなった。玄関に向かい扉を開ける。

 

 

 最初に感じたのは眩しい朝日の光と冷たい風。次に目にしたのは辺りに広がる一面の雪景色。ふと足元に一つの足跡があるのを発見する。足跡を辿り歩いていくと、崖際に見覚えのある後ろ姿が見えた。近付いていくと

 

「良い所じゃろう?」

 

 こちらを見ずに声を掛けてきた。そのまま歩みを進め隣に並ぶ。

 

「おはよう……いい景色だな」

「うむ、おはようじゃ。ここは昔、弟子と各地を彷徨っていた時に発見した所。万応素が他の地より濃いのが特徴でのう。修行にはもってこいの場所じゃ」

 

 現在いる場所は標高の高い所にあるようだ。近辺は山と森が広がる景色。それらは全て雪で白色に染め上がられていた。近場に建物は何も無く、八幡が出てきた日本家屋一軒のみに見える。

 

「体調は回復したようじゃな」

「ああ……一つ聞いてもいいか?」

「よいぞ。言うてみい」

 

 お互いの視線が絡み合う。

 

「……あの日俺は妹や陽乃さんと闘った。その結果、建物を壊したり色んな人を傷つけた。普通なら警察につきだされてもおかしくないはず……どうしてだ?」

「何じゃそんな事か」

 

 にたりと笑いながら星露が答える。

 

「圧力を掛けて情報操作をした。故におぬしが警察に捕まる事はない」

「……そんな事が可能なのか?」

「今の世が統合企業財体の支配下なのは知っておろう。奴らの利益になるのなら、ある程度の事は見過ごされるのが常じゃ。儂とて奴らほどではないが多少の権力は持っておる。今回はそれを利用させてもらった」

「…………何故?」

「うん?」

「……何故そこまでして俺の事を?」

 

 八幡には分からなかった。星露の言葉が正しいのなら、それは自分の為にしたという事になる。それ程の価値が自分にあるとは思えない。

 

「……聞いていた通り自己評価が低いのう」

 

 よく聞けよと言い星露は続ける。

 

「仮にもおぬしは雪ノ下陽乃を倒したのじゃ。界龍の誇る序列第三位をな。壁を越えた今の彼奴を倒せるのは、アスタリスクでも両の手で足りるほどしかおらん」

「……だが、あの時の俺は」

「暴走しておったからか?それも含めておぬしの力じゃ。例え今制御できなくとも、鍛え続ければ何れ使いこなすことができよう」

「……あの力をか?」

 

 脳裏を過ぎる黒い闇。妹を倒し、知り合いを倒し、そして最終的には―――

 思い出し身体が震え始めるが、手に被さられた温もりがそれを止めた。

 

「……すまぬ。思い出させてしもうた」

 

 ばつが悪そうに星露が話す。彼女の両手は八幡の左手を包み込んでいた。

 八幡は星露を改めて見る。小さな身体、小さな手、とてもあの夜に相対した相手とは思えなかった。

 

「……そういえばお礼を言ってなかった」

「お礼?」

「ああ……あの日、俺を止めてくれてありがとう。あのままだとどうなっていたか分からなかった」

 

 頭を下げて礼を言う。

 

「気にするな。儂の目的にもかなうことじゃ」

「目的?」

 

 頷く星露。

 

「儂の目的は一つ。否、おぬしに会って三つに増えたな」

「……多いな」

 

 そうじゃなと笑い星露は続きを話し始める。

 

「一つ、おぬしの実力の見定めじゃな。陽乃を倒したという実力者に是非とも会ってみたかった。結果は……最高じゃった」

 

 嬉しく笑う星露。

 

「二つ、おぬしには暫く此処で儂と共に生活をしてもらう。今のおぬしは抜身の刃も同然。己を鍛え、その能力を制御せぬ限り日常生活もままならんからの」

 

 その言葉に八幡は頷く。それは自身でも自覚していたからだ。

 

「そして三つ………」

 

 突如言いよどむ星露。

 八幡が星露の顔を見ると、彼女は不安げな表情でこちらを見ていた。

 迷子で彷徨う子供の様にその瞳は不安げに揺れている。

 

「最後は……何だ?」

 

 ゆっくりと続きを促す。

 すると迷いが消えたのか、真剣な表情でこちらを見上げくる。

 

 

 そして彼女は言う。

 

 

 ―――――比企谷八幡の運命を変える提案を

 

 

 

 

「八幡よ……おぬし、儂の家族になる気はないか?」

 

 

 

 




物語において主人公の闇落ちは基本。
そして、闇落ちした主人公がより強い力に敗れるのはお約束と言っていいでしょう。

というわけで、序列三位では勝てないので序列一位にお越しいただきました。

メインヒロイン 范星露。需要はあるのだろうか?


一応、俺ガイル編はこれで完結。次回からは修行編になります。なるべくさくっと終わらせたい所。アスタリスクまでもう少しです。

では次回もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。