私は誰でしょう?   作:岩心

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本日二度目の投稿です。


8話

 ハリー・ポッターは、自分にとってハロウィーンとは宿命づけられた厄日なのだろうかと真剣に考えた。

 

 グリフィンドールのゴースト『ほとんど首無しニック』の頼みで、ちょうどハロウィーンに行われる彼の亡くなってから五百周期が経ったのを祝う絶命日パーティー(死んだ日を祝うというおかしなゴーストの風習)に出席することになってしまった。

 ニックと約束してしまった後で知ったことだが、今年のハロウィーン・パーティーは、ハグリッドが育てた巨大カボチャの提灯が飾られ、ギルデロイ先生がコネで予約した『骸骨舞踏団』が余興で行われるという。これには、『絶命日パーティーに生きている内に招かれた人って、そんなに多くないはずだわ。これはぜひ行かなくっちゃ!』なんて、意気込んでいたハーマイオニーも『そんな、ギルデロイ先生が、今年のハロウィーンに準備してくれたイベントに参加しないなんて……』と大いに落胆した。それでも、『約束は約束』と律儀な彼女に引っ張られて僕とロンは絶命日パーティーに行った。

 

 そして、感想は、一言で言うと最悪だ。

 外部から招かれた『めそめそ未亡人』やパトリック卿率いる『首無し狩りクラブ』のゴーストたち、それからホグワーツ城内に住み着いた他のゴースト、ハッフルパフの『太った修道士』やスリザリンの『血みどろ男爵』、ポルターガイストのビープスに三階の女子トイレに取り憑いた『嘆きのマートル』も参加していた、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿の絶命日パーティー。

 出されている食べ物は、どれも腐っている。ゴーストたちは風味を味わうのだというけど、強烈な異臭に鼻が曲がる思いをした。会場にいるのも自分たち以外はどれもゴースト。中には『血みどろ男爵』のように血塗れなのもいるし、『首無し狩りクラブ』の連中は皆、頭が取れてそれを玩具のようにポンポン投げ合うという始末。霊体が身体を通り過ぎるたびに悍ましい寒気が走る。ニックはそれをとても羨ましそうに見ていたけど、これっぽっちも共感はできそうになかった。

 

 そんなわけだから僕たちは最低限の挨拶をして義理立てしてから絶命日パーティーを抜け出して、途中からでもハロウィーン・パーティーに参加できないかと玄関ホールに向かう階段へ行った……その時だった。

 

……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……

 

 それは、骨の髄まで凍らせるような声。息が止まるような、氷のように冷たい、毒を含んだ残忍な声。

 

 ……殺してやる……殺す時が来た……

 

 そして、“そいつ”は誰かを殺す気だ。

 

「ハリー、いきなりどうしたんだ?」

 

 またその声は、ロンとハーマイオニーにはわからない、僕にだけしか聞こえないものだった。

 絶命日パーティーの影響で変な幻聴? いいや、違う。この幽かな声は、確かにある。

 

 ……血の臭いがする……血の臭いがするぞ!

 

 ――僕は、駆け出した。

 当惑する二人を置いて、その声がする方……三階へと向かい、床にトイレから流れ出た水溜まりを作っている、突き当りの廊下でそれを見た。

 

 

 秘密の部屋は開かれたり

 継承者の敵よ、気を付けよ

 

 

 血の色のような赤い文字。それをチラチラと照らす松明の腕木に、尻尾を絡ませてぶら下がっている管理人アーガス・フィルチの飼い猫、ミセス・ノリス。

 一目で異常な状況だとわかる。そして、この異常な状況にいるところを見られたら疑われるだろう。

 

「なんてことを……」

「ここを離れよう、ハリー、ハーマイオニー」

「ロン、助けてあげるべきじゃないかな」

「僕の言う通りにして。ここにいるところを見られない方がいい」

 

 しかし、こちらが何かしらアクションを起こすよりも早く、このタイミングでハロウィーン・パーティーを終えた学生たちがワッと廊下に現れて、僕たち三人が事件現場にいるところを目撃された。

 瞬きもせずカッと見開いたまま硬直している猫を見て、生徒たちは、余韻に浸るよう楽しく弾ませていた会話を止めてしまう。そんな静けさの中、クラップとゴイルに人垣を押しのけさせて最前列に出たマルフォイが叫んだ。

 

「継承者の敵よ、気を付けよ! 次はお前達の番だぞ、『穢れた血』め!」

 

 ・

 ・

 ・

 

「私の猫だ! 私の猫だ! ミセス・ノリスになにが起こったというんだ?」

 

 飼い猫ミセス・ノリスを見た途端、管理人フィルチは恐怖のあまり手で顔を覆い、たじたじと後退り、すぐに最も近い所に居た僕たちを目が飛び出さんばかりに睨んだ。

 

「お前だな! お前が私の猫を殺したんだ! あの子を殺したのはお前だ! 俺がお前を殺してやる! 俺が……」

「アーガス!」

「落ち着いてください、フィルチ管理人!」

 

 マクゴナガル先生、スネイプ先生、ギルデロイ先生と、数人の先生を従えて現場に到着したダンブルドアが、金切り声を上げて首を絞めようとするフィルチを制し、ギルデロイが襲い掛かろうとしたフィルチを手で力尽くで押さえる。ダンブルドアは素早く僕たちの脇を通り抜けて、松明の腕木に巻き付いたミセス・ノリスを回収する。

 マクゴナガル先生とスネイプ先生は野次馬な学生たちに早く自分たちの寮へ帰るよう人払いをした。

 

「アーガス、一緒に来なさい。ポッター君、ウィーズリー君、ハーマイオニーさん。君たちもおいで」

「校長先生、私の部屋がここから一番近いです。すぐ上です。どうぞご自由に」

「ありがとう、ギルデロイ」

 

 ・

 ・

 ・

 

 ギルデロイ先生の部屋は、フィッグ家と同じように書物に溢れていて、ギルデロイが指パッチンをすると部屋の蝋燭に火が灯る。

 書斎机の上に、ダンブルドア先生はミセス・ノリスを置いて検分する。折れ曲がった長い鼻の先がスレスレを掠めるくらいに、間近に半月形の眼鏡を寄せるダンブルドア先生。マクゴナガル先生も身を屈めて同じくらい目を凝らして見ている。スネイプは一歩引いたところから、にやり笑いを必死に噛み殺しているかのような奇妙な表情を浮かべている。

 それからこの部屋の主であるギルデロイは、カップに紅茶を淹れて、部屋に常備している甘めのお菓子と一緒に、ぐったりと隅の椅子に座り込んでいる僕、ロン、ハーマイオニーに配膳する。

 

「『安らぎの水薬』を入れてあります。それから甘いお菓子もお食べ。不安でしょうが、これで気を落ち着けられるはずです」

 

「ありがとうございます、ギルデロイ先生」

 

 絶命日パーティーに参加した直後ということもあって、少し甘めの紅茶であったけどとても甘露に思えた。かぼちゃパイも空きっ腹に助かった。

 

「フィルチ管理人も、どうぞ」

 

「なあ、私の猫は? やはり私の猫は死んでしまったのか!?」

 

「いいえ、彼女は死んではいませんよ。――私の涙腺がまったく緩みませんから……」

 

「死んでない?」

 

 涙も枯れ、激しくしゃくりあげるフィルチの背中をさすりながら、宥めるギルデロイはそう断言する。

 同意するように身を起こしたダンブルドアが優しく言った。

 

「アーガス、猫は死んでおらんよ」

 

 声を詰まらせたフィルチが、指の間から飼い猫を覗き見る。

 

「それじゃ、どうしてこんなに――こんなに固まって、冷たくなって?」

 

「石になっただけじゃ。ただし、どうしてどうなったのか、わしには答えられん……」

 

「あいつに聞いてくれ! あいつらがやったんだ!」

 

 涙で汚れ、まだらに赤くなった顔をくしゃりと歪ませ、吐き出すように言うフィルチ。生徒たちに意地悪な管理人のフィルチは嫌われ者だったけど、この時ばかりは少し同情していた。でも、だからといって、濡れ衣を被せられて、これで退学となっては堪らない。

 けれども、ダンブルドア先生は、フィルチの訴えを真に受けることはなく、キッパリと言ってくれた。

 

「二年生がこんなことをできるはずがない。最も高度な闇の魔術をもってして初めて……」

 

「あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう!」

 

「僕、ミセス・ノリスに指一本触れていません!」

 

 部屋にいる全員の視線が集まる中、僕は大声で無実を訴えた。

 すると、これに口出ししたのは意外にもこれまで影の中から静観していたスネイプだった。

 

「校長、一言よろしいですかな」

 

 口元にかすかな冷笑を作るスネイプに、不吉感が募る。これまでの経験上、スネイプは僕に有利な発言はしないことを確信していた。

 

「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。大体連中は何故三階の廊下にいたのか? 何故三人はハロウィーンのパーティーに居なかったのか?」

 

「絶命日パーティーです。ニックに誘われて、僕たちはそっちにいました」

「ゴーストが何百人も居ましたから、私達がそこにいたと、証言してくれるでしょう――」

 

「それでは、その後パーティーに来なかったのは何故かね?」

 

 やっぱりスネイプは僕らの突かれたくないところを追及してきた。

 頬のこけ落ちた顔に、勝ち誇ったような笑いをちらつかせるスネイプは続けて問う。

 

「何故あそこの廊下に行ったのかね?」

 

「それは――つまり――」

 

 心臓が早鐘のように鳴る。

 ロンとハーマイオニーがこちらを見る。

 正直に、自分にしか聞こえない姿のない声を追って行ったと答えて、スネイプが満足のいく答えになるのか。いいや、そうはならない。あまりに唐突で、下手な言い訳だと断ぜられるのが落ちだろう。

 

「僕たち疲れたので、ベッドに行きたかったものですから」

 

「夕食も食べずにか? ゴーストのパーティーで、生きた人間に相応しい食べ物が出るとは思えんがね」

 

「僕たち、空腹ではありませんでした」

 

 ロンが大声で言った。そう、空腹になるギリギリ低空飛行であったものの、胃袋は沈黙を保っていた。

 それで、口元についているお菓子の食べかすを見咎めて、スネイプは不機嫌に、ギルデロイ先生を睨む。

 

「ギルデロイ……」

 

「客人をもてなすのは当然でしょうスネイプ先生。先輩もいかがです? かぼちゃパイ」

 

「結構だ」

 

 にこやかに笑みを向けるギルデロイ先生に、スネイプは余計な真似をしてくれたなと言わんばかりに舌打ちする。

 

「ポッターが真正直に話しているとは言えないですな。すべてを正直に話してくれる気になるまで、彼の権利を一部取り上げるのかがよろしいかと存じます。我輩としては、彼が告白するまでグリフィンドールのクィディッチ・チームから外すのが適当かと思いますが」

 

「スネイプ先生。あなたが寮監を務めるスリザリンの一生徒が、徒に生徒達の不安を煽ったことについてはどうお思いですか。それも前回、注意したはずの極めて侮辱的な差別用語を使って、です。これはあなたが徹底していなかったからでは、スネイプ先生。確か、彼もスリザリンのクィディッチ・チームでしたが、意識が改善されるまで寮代表選手から外すのが妥当ではないでしょうか?」

 

 そのときになって、気づいた。顔は笑っているけれど、ギルデロイ先生は目が笑っていなかった。

 ギリッとスネイプの口から歯軋りさせる音が響く。

 

「今回の件とクィディッチは関係のない話だ」

「でしたら、こちらも関係ありませんねセブルス」

 

 スネイプの言葉尻をとらえて、マクゴナガル先生が鋭く切り込んだ。

 

「この猫は箒の柄で頭を打たれたわけでもありません。ポッターが悪いことをしたという証拠は何一つないのですよ」

 

 ダンブルドア先生も、煌めく青い瞳で僕と一度目を合わせると、深く頷いて言った。

 

「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」

 

「私の猫が石にされたんだ! 刑罰を受けさせなけりゃ収まらん!」

 

「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ。スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」

 

 ダンブルドア先生が穏やかにそう言うと、フィルチは滂沱の涙を流しながら、『お願いします』とローブに縋りついて嘆願する。

 そのとき、話がついたのを見計らって、ギルデロイ先生が口を開いた。

 

「ダンブルドア先生、ひとつ許可していただきたいことがございます」

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 ホグワーツ一年目の『闇の魔術に対する防衛術(就いた魔法使い魔女は一年目で皆辞めていく教授には呪われた学科)』の教授ことギルデロイ・ロックハートは、この度、“私闘がしたいので”そのお題目として『決闘クラブ』を開催した。

 

 午後八時。大広間の長い食事用のテーブルを取り払い、一方の壁に沿って、金色の舞台を用意させてもらった。何千本もの蝋燭が上を漂い、舞台を照らし、天井はただ今の時刻に合わせて夜を演出する黒のビロードで彩られている。

 

「静粛に」

 

 煌びやかな深紫のローブを翻して、舞台に立ち、観衆に手を振る。

 ざっと見ただけで集まっている生徒の中には、アンソニー・ゴールドスタイン、マイケル・コーナー、テリー・ブート、マーカス・ベルビィ、ロジャー・デイビース、パドマ・パチル、チョウ・チャン、マリエッタ・エッジコム、ルーナ・ラブグッドなどのレイブンクロー生が最前列を占めていて、他にも生徒の中で最も優秀であろうセドリック・ディゴリーがいるハッフルパフ生、ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの三人組に、こちらにグッと親指を立てるのは双子のフレッドとジョージ、それから私が立つ舞台端の反対側にスリザリン生もいる。

 杖を持った学生たちが興奮した面持ちで舞台上を見ている。ほとんど学校中の生徒が集まっているだろう。

 ミセス・ノリスが石のように硬直した、『秘密の部屋』からまだ一週間と経っていない。ホグワーツに正体不明な謎の脅威がいることに怯える生徒たち。彼らは『決闘クラブ』で少しでも対抗できる術を得ようとしているのだろう。

 

「ダンブルドア校長先生から、わたくしがこの小さな決闘クラブを始めるお許しを頂きました。レイブンクローの寮監フリットウィック先生は、決闘チャンピオンであったのをご在知ですかな。ホグワーツが誇る呪文学の教授はとてもお強いですよ。その先生のご指南を受けた護身術を皆さんにも伝授したいためです。――助手のスネイプ先生と一緒に、ね」

 

 満面の笑みを振りまいてから、私と相対するよう舞台の反対側に立っているスネイプ先輩を見る。お怒りだ。上唇が捲れていて、とても苛立ちを抑えきれていないご様子。あちらにスリザリン生しか集まっていないのは、スリザリン生以外があんな表情のスネイプ先生に近づきたくないからだろう。とても客商売は無理な人だ。

 

「こちらのスネイプ先生には、訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、ご親切にも手伝ってくださるというご了承を頂きました。彼の杖捌きはとても参考になるかと思いますよ。皆さんの魔法薬の先生は、実戦経験豊富な魔法使いでありますからね」

 

 不機嫌な先輩に代わって紹介したら、ますます眉間にしわが寄り機嫌が悪くなり、下唇まで捲れた。激おこだ。後輩として先輩を立てたつもりなのに。……まあ、親切にもと語ったけれど、助手役を、OKサインを出したダンブルドア校長先生の前で頼み込んだから、断ることもできなかったんだろう。それにこれが私闘だというのは引っ張り出されたあちらも気づいていらっしゃる。

 キャーキャーと黄色い声援を送る生徒たちに手を振りながら、舞台中央まで歩み寄ると、黒装束を纏う先輩は威厳ある口調で苦言を呈してきた。

 

「まったくあの連中と同じ、目立ちたがり屋で傲慢であるな。その輝く貌でいったい何人落としたのかね?」

 

「ハハ、考案してくれたより効能ある軟膏のおかげでその心配はなくなりましたよ、スネイプ先輩」

 

 もっともこの魔法薬は私のために改善を考えたものではないのだろうけど。

 

「子供の喧嘩に大人が出る幕はないとは思っていた。どの寮監も程度の差こそあれ依怙贔屓はするのだろうけど、あなたの態度はいささか目に余る」

 

 懐から杖を取り出して、舞台上にしか聞こえないような小声で続けた。

 

「……先輩を『穢れた血』と言って、あなたは後悔したのではないのか」

 

 蟠りを捨てろとは言わないが、意識を徹底させるべきだろう。

 純血主義を尊重するスリザリンの寮風なのだとしても、あのような言葉を平然と吐けるのは余りにも問題があり、また彼自身にとっても不名誉な傷になる。

 そして、この文句は先輩にも劇的であった。

 唇をわなわな震わせ、歯を剥き出しにして言う。

 

「口が過ぎるな。その面を二度と人前に出せぬようにしても構わんのだぞ」

 

「踏み込み過ぎたことは謝罪しよう。だが、ここであの子と彼女は違うのだと言うようであれば、あなたに先輩の言葉は届いてなかったということになる。ならば()()()()()()()()私に引く意思はない」

 

 またスネイプ先輩には新入生の時にねちっこくしてやられた恨みも持ってるわけで、つまりは、個人的にも決闘するに相応しき理由がある。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 これからハリー・ポッターの前で始まるのは、初めて見る、魔法使い同士の決闘。それもあのスネイプとギルデロイ先生との決闘だ。模擬決闘だと言うけれども、舞台上の只ならぬ雰囲気から両者の本気度が窺えるだろう。

 

「先生……」

 

 ハーマイオニーが手を合わせ祈りながら爪先立ちでぴょんぴょんしながら舞台上を見つめている。

 マグルの彼女が『穢れた血』と呼ばれたことを発端として、僕たちにマルフォイの反省不十分であればスネイプに文句を言うという約束をしたギルデロイ先生が、今こうして決闘を行う。見方によれば、“ハーマイオニー・グレンジャーのために、ギルデロイ・ロックハートが戦う”という風にも見えなくない。

 そのことに責任を感じているようで、でも同時に嬉しくもあるというのが、現在のハーマイオニーの心境だろう。

 

「凄い目をしてるぞ。ギルデロイ先生のこと殺す気なんじゃないかあれ?」

 

 ロンが耳にささやいた。

 同意するように僕も頷く。

 ギルデロイ先生、あんな鬼のような表情をしたスネイプが前にいて、本当によく笑っていられるなと思う。僕なら回れ右して、全速力でスネイプから逃げている。

 舞台上で何か話をしてたみたいだけど、なんだろう? そういえば、スネイプは『闇の魔術に対する防衛術』にご執心であると噂に聞いたことがあるけど、その関係だろうか。

 

 シーンとした観衆に向かって、ギルデロイ先生は説明を始める。

 

「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています」

 

 ギルデロイ先生とスネイプが舞台中央で向かい合って一礼する。ギルデロイ先生は折り目正しく腰を折り、深々と頭を下げる礼で、スネイプはその下げられた頭を見下ろしながら、尊大に顎を引いただけだった。それから二人とも杖を剣のように前に突き出して構えた。

 そして、両者、それぞれ舞台の端に間合いを取って、ギルデロイ先生が説明を続けた。

 

「三つ数えて、術比べを始めます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません」

 

 ウソだ。歯を剥き出しにしているスネイプの強面は殺気立ってるとしか言いようがない。

 

「一――二――三――」

 

 ・

 ・

 ・

 

 空を切り裂き、素早く弧を描く杖。

 両者とも無言で、相手から目線を切らず、念力を集中させて振るわれる杖から放たれる閃光が舞台中央で相殺されて弾ける。舞台の床は熱せられて、亀裂が走った。

 それは、杖先が届き合う距離ではないけど、レイピアで互いを突き合うフェンシングの試合のように激しい応酬だった。

 恐怖と高揚感の入り混じった気持ちで見守る。ここにいる皆、ただ立ち尽くし、見守るしかない。余計な横槍など入る余地はない。

 震える。

 そして――ゾクゾクする。

 ただ呪いを放つだけでなく、次に放つ呪文を読ませぬと決して声を出さず、相手の呪文を見破らんと目を凝らすその決闘に、昂るものさえ覚える。

 だってそうだろう? 今目の前で繰り広げられているのは、二人とも学生レベルでは手の届かない域にある、紛う事なき一流の、これまで想像だにできなかった、高レベルの魔法の戦い。

 もちろん、怖い。恐ろしい。

 でも、体の芯が震え、血が沸き立つような、感動がある。

 

 ……あれ?

 

 瞬きも忘れるくらいに見つめ、なんとなく気づく。スネイプが、どこか感情が剥き出しになっているようで、杖の振りが何となく大振りで精彩を欠いている。ギルデロイ先生側で、先生の背後から決闘を見ている僕の瞳、お母さんを知ってる人に会う度に母と同じと称されたグリーンの瞳と、目が合った……ギルデロイ先生から注意が僅かに逸れた、その一瞬だった。

 

 目も眩むような紅の閃光。それがギルデロイ先生の杖から放たれ、ハッとしたスネイプも遅れて同じ様に杖から同じ色の閃光が放たれた。それは相殺されることなく、舞台上で交差して、それぞれ両者の杖を持つ腕に当たった。

 互いの杖がクルクルと宙を舞い、そのまま交換するように互いの手に相手の杖が収まる。

 それを一瞬早く、呪文を放つのが僅かに早かったギルデロイ先生は、掴み取ったスネイプの杖を下ろし……たが、

 

「引き分け、ですか」

「いいやまだだロックハート」

 

 掴み取ったギルデロイ先生の杖で、スネイプは呪いを掛けようとした。

 卑怯だ! とロンが叫ぶのが見えて、ハーマイオニーが顔を手で覆うのが見えて、油断する方が悪いと向こうでマルフォイのヤツがせせら笑うのが見えて……そして、オモチャを握って唖然とするスネイプの姿が見えた。

 

「っ、貴様、まさか……!?」

 

 なんと、スネイプが呪いを掛けようと振り上げた杖がキーキーと大きな声を上げて、巨大なゴム製のおもちゃのコウモリになってしまった。

 

 

「いやというほどわかってますよ、あなたのねちっこさは。そんなに白黒つけるのがお望みならば、そういたしましょう、プリンス」

 

 

 相手から奪った杖は下ろしたまま、スネイプに向かって人差し指と中指を拳銃の様に伸ばして突き出した右手から、再び、そして今度こそ模範演技の幕を下ろす紅の閃光が放たれた。

 

「『エクスペリムアームズ(ぶきよされ)』!」

 

 ()()()()スネイプは防ぐことも叶わず、舞台から吹っ飛び、後向きに宙を飛び、壁に激突し、壁伝いにズルズルと床に滑り落ちた。大の字になったままピクリともせず、ノックアウトされたのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ヒュゥ! さっすが我らの偉大な先輩スプリガン!」

「バサッとクールに決めてくれたぜ!」

 

「フレッド、ジョージ。とてもいい出来だ。これは売れます」

 

「『グレートキャッスル★ホグワーツスター』のお墨付きをいただけたイタズラグッズ」

「スネイプを騙したってのも『騙し杖』の商売文句に良くないか」

 

 ワッと沸いた歓声にも負けず声高に、フレッドとジョージが喝采を上げた。

 まさかあれってオモチャ!?(あとでウィーズリーの双子から『騙し杖』という独自開発のイタズラグッズだと教えられる)

 そうなると、この決闘、杖を持っているように見せかけてずっと杖無しでやり合っていたの!?

 

「今の模範演技で見せたのは、『武装解除の術』です――ご覧の通り、相手の武器を弾き、上手く当てれば杖を奪い取るだけでなく、相手の身体を吹っ飛ばしてやることもできます。とても実戦的で、使える呪文です。これから皆さんには、この『武装解除の術』の練習をしてもらいます。私とスネイプ先生……は、そっとしておいてもらい、私が皆さんのところへ下りていって、指導しますので、まず二人組を作ってください」

 

 改めて、この近所の魔法使いは凄いと実感した。

 この『決闘クラブ』に、参加した学生らは『武装解除の術』を学べただけでなく、ダンブルドア校長先生だけではない、頼りになるホグワーツ教師の存在に、学内に蔓延していた『秘密の部屋』への不安を和らげるのであった。


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