私は誰でしょう?   作:岩心

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本日、二度目の投稿。


5話

 商談に成功して上機嫌なダーズリー夫妻がぐっすりと就寝した夜、階段下の物置をギルデロイはそっと鍵穴を指の腹で撫でてあっさり開錠。杖や箒などを取り戻し、同じようにヘドウィグも回収。その間に、僕はおじさんたちへ置手紙を残した。

 荷物は、検知不可能拡大呪文が施された鞄が僕とギルデロイのひとつずつで、持ち運びにそう手間取ることもない。事前にヘドウィグを飛ばしてむこうのお宅にこちらの事情を説明し緊急避難することを乞う手紙を送った。

 それから、夜が明ける前にギルデロイのオートバイで出発。

 ギルデロイの腰に掴まりながら、箒に乗るような疾走感に不謹慎ながら雄叫びを上げそうになって……いきなり逆走してきたトラックがバイクを撥ねようと迫って来た。雄叫びが絶叫になる。

 

「『アレスト(うごきよ)モメンタム(とまれ)』!」

 

 その前に、ギルデロイが手のひらを向けて唱えた呪文によって、暴走車は衝突せずに停止する。急にハンドルが利かなくなったかと思えば、ハンドパワーのようなもので止められたトラック運転手は目を白黒とさせていた。見ていた他のマグルからも注目を集めてしまったけれど、ギルデロイが高々と右手を掲げてからの、指パッチン。彼の鮮やかな忘却術で、三分間の記憶は綺麗さっぱりと喪失してみせ、マグルの観客たちがぼうっとしている間に、再発進する。

 

「心配はいらないよハリー。魔法使いは交通事故などでは死なないと言っただろう?」

 

「はい……でも……今のって、しもべ妖精の仕業なんですよね?」

 

「ハハ、中々ヤンチャな妖精さんのようだね」

 

 笑い飛ばしてくれたけど、言いたいことが分かったのだろう。

 このままドビーの反対運動がエスカレートすれば大怪我どころでは済まなくなりそうだと。手紙をストップさせて拗ねさせる計画がなんてかわいらしいものだったと今は思える。

 でも、このハリーが初めて出会った魔法使いは頼もしかった。

 

「なら、仕方がない。あまり他の人に迷惑を掛けたくはありませんし、実は私も少し……限界です。一気に空を飛んでショートカットしましょう。しっかりと捕まっていなさいハリー。私のシーカー時代の飛行テクニックを体感させてあげます!」

「え、これ箒じゃ――」

 

 ギルデロイのオートバイは魔法の呪文がかけられており、周りから見えなくする透明ブースターや、空まで飛ぶことができた。さらにドラゴン噴射なる加速装置も備わっていた。まさしく魔改造バイク。

 ブースターボタンを押した瞬間、耳を劈くギャーッという咆哮と共に、灼熱の青白い炎が排気筒から噴き出した。周囲の景色が線になって見えるほどの加速世界の中、必死にギルデロイにしがみついて……オッタリー・セント・キャッチポール村の外れにある親友のロン、ウィーズリー家『隠れ穴』に到着した。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 ハリーから手紙が来た!

 もう一ダースくらい『家に泊まりにおいで』って手紙を出したのに返事がなかったハリーから、急に『今から行くから家に泊めさせてほしい』とハリーのヘドウィグが手紙を運んできた。

 どうやら向こうはだいぶ切羽詰まった状況にあるようで、すぐに僕はパパとママに相談した。

 もしかしたら、ハリーが話してくれたマグルの伯父夫婦にひどい目に遭わされているかもしれないって。フレッドとジョージに、こっそりパパの魔改造車で救出に向かおうかと作戦会議してた時、ものすごい音が家の外から聞こえた。

 庭に隕石でも落ちてきたかのような音だった。

 皆で慌てて外に出るとそこには……力無くぐったりとするハリー。

 それを抱きかかえる、キラキラと眩いオーラを放つ貴公子なイケメン。

 降りる姿も様になっていて、その輝く貌の魔力のせいかバイクが白馬に見えた(それとハリーがお姫様に見えた)。よく話に聞くけど本物は凄かった。ハーマイオニーが、『あの人に握手してもらってから洗ってないの。これは私が一番になるまでの誓いよ』と自慢げにしてたのを思い出す(その後で、『スコージファイ』と手を清めてやったらガチギレされた)。

 そして、その姿を見て玄関を飛び出したママに向けて、声色にまで色気を漂わすその第一声。

 

 

「失礼、マダム。おトイレを貸していただけませんか?」

 

 

 よく見たら、イケメンは、少し内股気味だった。

 その後、ママが『一生このトイレは洗いません!』と問題発言したけど、次に下痢気味なパパが入ったらすぐに目を醒ましてくれた。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 人間、たとえ魔法使いであってもトイレの時は、油断する。

 ホグワーツにて、女子トイレに住み着いているあるゴーストに男子トイレだというのに幾度となく奇襲された経験から私は、それを学習した(またはトラウマになった)。

 しもべ妖精の奇襲を警戒していた私に用を足す余裕はなく、あれからずっとハリーを安全地帯に送り届けるまで我慢していたが、滑り込みセーフだった。あのまま尿意を催した状態で、ドビーの妨害に延々と付き合っていたらアウトだったかもしれない。

 さて。

 

「いやあ! アーサーさん、あなたは実にいいお車をお持ちだ! おお、中には拡大呪文がかけられているんですね。バイクには活用できそうにありませんが勉強になりますなあ」

 

「私の方こそギルデロイさんがこの良さを理解してくれて感激ですよ。後であなたのバイクを見せてもらってもいいかな? このドラゴン噴射がとても興味深い」

 

「どうぞどうぞ。我ら同志に遠慮なんていりませんよ。運転しちゃっても結構です。はいこれ鍵。設計図もあとで送りましょう」

 

 子供は子供たちに任せ、大人同士の難しいお話(趣味)。

 魔法省の『マグル製品不正使用取締局』に勤めるアーサーさんは、魔法界と非魔法界のハーモニー、つまりはロマンを追求するとてもイイ人だった。

 これほどに気が合う人はそういない。今度、ロックハート・ブランドの整髪剤を贈ろう。

 

「ロックハートさん、あなた、朝食の準備が出来ましたよ」

 

 モリーさんは私のサイン本を額縁に飾っているくらいのなかなか熱烈なファンだったけれども、いい奥さんだ。

 うん、一度だけ、私が黒子の魅了でリリー先輩を落とした時に、ジェームズ先輩とスネイプ先輩が(最初で最後の)結託したことがあってから(当時新入生であった私にあれはかなり大人げなかったと思う)、絶対に相手のいる女性には手を出さないことを心に決めている。

 でないと、最後の最後に癒しの水をもらえずに直前で零される予感がするのだ(その相手のイメージ図は何故か、スネイプ先輩だ)。

 

 さて……この納屋に、“サルビオ(のろいを)ヘクシア(さけよ) プロテゴ(ばんぜんの)トタラム(まもり) マフリアート(みみふさぎ)”と無言呪文で掛け終わったところで、本題に入るとしよう。

 

「申し訳ありません、アーサーさん。突然押しかけてしまって。ハリーを受け入れてもらえて感謝します」

 

 居住まいを正し、頭を下げた私に、アーサーさんはゆるゆると頭を横に振る。

 

「そう畏まらずともよろしいですよギルデロイさん。息子の友人なら、私はいつだって歓迎しますよ。モリーだって喜びますし、子供達だってそうだ。それで、ロンからとても訳ありだと聞いたんだが」

 

「ええ、『屋敷しもべ妖精』に狙われましてね。いえ、彼が言うには、ハリー君に警告をしに来たと」

 

「警告とは?」

 

「今年のホグワーツに闇の罠が仕掛けられるそうです」

 

「闇の罠……!」

 

 アーサー・ウィズリーの表情が険しいものに変わる。

 

「それは、本当ですかなギルデロイ」

 

「ご在知の通り、人ならざるしもべ妖精の証言に信頼性はほとんどありません。ですが、私は、かなり信憑性はあると思っていますね」

 

 この事はすでにハリーの避難の件も含めて、フィッグさんよりホグワーツへ手紙を飛ばしてもらっている。

 

「しもべ妖精が仕えることから、上流階級の魔法族。魔法使いに怯えた様子からして、主人は闇の魔法使いである可能性が高い。ハリーが前学期にて、『あの人』と対決していたことを知っていたのでおそらくは昨年、ホグワーツにお子さんを通わせていた……そして、これがその『屋敷しもべ妖精』、ドビーの写真です」

 

 取り出したのは、魔法処理を施したカメラ。

 ルーン文字を刻んであるフィルムに記憶の糸を垂らし入れてからセット。そして、シャッターを押すと記憶を写真にして映し出したのが現像される。

 簡易的な『憂いの篩(ペンシープ)』だ。『憂いの篩』がビデオなら、これはまさしくカメラである。

 私が強く記憶したドビーの顔写真を、アーサーさんに渡す。

 

「これが、その妖精……羨ましいものですな。うちにもしもべ妖精がいたらと思ったことがありますよ。ま、うちには庭小人がいますけどね」

 

「ほう。それは興味深いですね。あとで見に行かせてもらいましょうか。それでしもべ妖精の方の心当たりは?」

 

「生憎とありません。しかし、今の話を聞いてあてはまるのといえば、『例のあの人』の腹心の部下であったあそこだと私は思いますけどね」

 

「このしもべ妖精はひどく虐待されている。できれば首実検のような直接的な探りは入れないでほしい」

 

「評判通りな方だ、あなたは」

 

 アーサーがクックと口元に手を当てて笑みを漏らす。

 

「ホグワーツにはダンブルドア先生がいます。……そして、今年は微力ながら私も、生徒を守ります」

 

「おお、それはもしや?」

 

「ええ、私が今年度の……」

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 初めてみた魔法界の魔法族の家。

 あちこちに部屋をくっつけて数階建ての家になったような『隠れ穴』……こんなに素敵な家は生まれて初めてだ。

 ドビーがやってきて、ダーズリー家を出て、僕はこの家のロンの部屋に泊まることになった。最高だ。人生って本当に何があるかわからない。

 

 それから僕はロンと魔法界の文化交流(という名の遊び)に興じたり、時々全く手を付けてなかった宿題をしたり、

 同じ寮対抗選手のフレッドとジョージとクィディッチの模擬戦や、誕生日プレゼントの箒手入れセットで自分たちの箒を調整したり、

 監督生のパーシーは何か忙しいらしく部屋に籠ってなかなか出てこず、妹のジニーは顔を見るたびに何かしら物をひっくり返したりするのでまともに会話したことはない。

 ウィーズリーおばさんは、癖髪(あたま)から靴下(つまさき)までの身だしなみにおせっかいを焼いたり、食事のたびに無理やり四回もおかわりさせたり、ウィーズリーおじさんは、夕食の席になるとハリーを隣に座らせてマグルの生活について矢継ぎ早に質問してきた。

 でも、共通して言えるのは、ウィーズリー家の皆がハリーを好いているらしいという事だった。

 

 そして、ギルデロイは『隠れ穴』に泊まるようなことはほとんどなく、夕方になると『頼まれごとの準備』だとかでひとりどこかへと行ってしまうけど、足繁くこの家に訪れてはお菓子やイタズラグッズなどのお土産を持ってきてくれた。特にあのバタービールというのは素晴らしく美味しい飲み物だった。でもどこで買ってきたのかって訊いても、『三年生になれば飲めるようになる』としか答えてくれなかった。

 それから、ウィーズリー家との仲もとても良好だった。

 まず、ファンであるウィーズリーおばさんはギルデロイが『隠れ穴』に来るたびに声が一オクターブ上がるくらい上機嫌に。お土産の花束を渡されてはうっとりしている。ウィーズリーおじさんとも趣味が合うようで、マグルの電化製品や互いの作品などを肴にして持参してきたオグデンのオールド・ファイア・ウィスキーを飲んで意見を交わしている。この事には口の五月蠅いおばさんだったけど、ギルデロイのおかげで大目に見られているようだ。ロンたちも『パパ(親父)とこんなに話が合うなんて』って驚いていた。

 フレッドとジョージも、イタズラグッズで遊んでいたら、何かに気付いて耳打ちでコッソリ確認し、握手……今では“偉大な先輩スプリガン”と尊敬の眼差しが向けられている。双子の夢について相談を受けたというギルデロイも乗り気になっているようで、二人には僕とロンの土産にはない開発途中の未発売品なイタズラグッズなどを渡したりしている。何でも先達者として後進への支援だそうだ。

 それからあのパーシーでさえもギルデロイと交流を深めた。ふくろうでしょっちゅう手紙を送っていた様子から察したギルデロイがパーシーと話をしたことをきっかけに、引き籠っていた部屋に入れて、何かを助言している。どんなことを話ししたのかと訊いたけどギルデロイは皆に内緒だと教えてはくれなかった。

 あとジニーについては何故か僕の頭をポンポンとやや小突くように撫でられた。

 ロンもすぐにギルデロイと親しくなった。魔法界のマンガ『マッドなマグル、マーチン・ミグズの冒険』を皮切りに話を広げて、ペットネズミがマイブームだというギルデロイにスキャバーズを見せたり(スキャバーズはどこか落ち着きがなさそうだった)、それからオートバイの二人乗りであのかっ飛んだドライブ。失神しかけたみたいだけどロンはその日興奮しっ放しだった。

 僕も、ニンバス2000の箒の手入れの仕方でお手本を見せてもらったり、遅れている宿題もロンと一緒に講師してくれた。

 一番厄介だった魔法薬学の宿題も、“ひねくれ者だけど腕は素晴らしい先輩”にご指南を受けたギルデロイの目の覚めるような講義と、いつもの映像授業。

 ギルデロイが記憶を篭めて執筆したノートでは、時々教科書とは外れた手順もあったけど、魔法薬の出来は皆作業時間を大幅に短縮させて成功していた。教科書通りにやるのが確実だけれど、中にはより効率的な方法もある。余裕があるのなら自由に模索してみるのもまた一興、ただし危険だから絶対にひとりでやらないことと厳重に注意はされたけど、これは、新学期ハーマイオニーを驚かせてやれるかもしれない(自分を除け者にして個人授業を受けた時点でハーマイオニーはお冠だった)。

 

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 『隠れ穴』の生活からちょうど一週間が経った日に、学校から手紙が届いた。

 朝食の席で、おじさんから渡された封筒には、去年と同じく九月一日付のキングズ・クロス駅の9と4分の3番線からホグワーツ特急のチケットに新学期用の新しい教科書のリストも入っていた。

 

『二年生は次の本を準備すること。

 『基本呪文集(二学年用)』

 ミランダ・ゴズホーク著。

 

 『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』

 ギルデロイ・ロックハート著。

 『グールお化けとのクールな散策』

 ギルデロイ・ロックハート著。

 『鬼婆とのオツな休暇』

 ギルデロイ・ロックハート著。

 『トロールとのとろい旅』

 ギルデロイ・ロックハート著。

 『バンパイアとバッチリ船旅』

 ギルデロイ・ロックハート著。

 『狼男との大いなる山歩き』

 ギルデロイ・ロックハート著。

 『雪男とゆっくり一年』

 ギルデロイ・ロックハート著。

   この七冊のうちどれか一冊』

 

 ……学年の違うフレッドとジョージ、パーシー、ジニーとも確認したけど、同じようにギルデロイ・ロックハートの本が一冊指定されていた。

 

「ギルデロイの本のオンパレードだ! 『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生はロックハートのファンだぜ――きっと魔女だ」

「でも、こっちは助かったぜ。この前、偉大な先輩からこの一式を贈呈されたからな」

 

 フレッドとジョージが互いの顔を見合わせて、儲け、とハイタッチ。

 そう、ギルデロイの本ならこの前、当人からウィーズリー家に七巻一セットを贈呈されたのだ。

 このうちのどれか一冊でいいのなら、ロン、フレッド、ジョージ、ジニー、パーシーで五人分は余裕だ。僕もシリーズ一式をギルデロイからもらっている(原本はねだっても貸すまでだったけど)。

 

「ダメ。これはギルデロイさんから直々に頂いた貴重なサイン本よ。額縁に飾って保管しないといけません」

 

 熱烈なロックハートファンのおばさんから抗議が上がったけれど、普通の教科書と同じくらいの値段の本を五人分購入するのはウィーズリー家の財政事情を考慮するとやや厳しいし今年から新入生のジニーのローブや杖の学用品を揃えなくてはならない。それに、この前、ギルデロイが、『ギルデロイ・ロックハートのガイドブック――一般家庭の害虫』の扱いに対し、出来れば家宝にしないで普通の書物として読んでほしいと言われている。

 ここはおじさんが宥めて説得し、ロンたちはサイン本を教科書にすることを許可された(ただし、絶対にページに折り目、ジュースの染みやお菓子の食べかす、また表紙に傷などつけないよう丁重に扱い、それぞれ大事に保管することと厳命された)

 

 それからハーマイオニーからの手紙も届いた。

 緊急避難について詳しくは説明していなかったけど、まずはハリーの無事であることに安堵していることと、それから今度新しい教科書を買いにロンドン・ダイアゴン横丁に行くので会わないかとお誘いの手紙だった。

 

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 煙突飛行を失敗して、夜の闇(ノクターン)横丁に間違って飛んで行ってしまい、迷子に。そこで怪しげな店『ボージン・アンド・バークス』にドラコ・マルフォイとその父親ルシウス・マルフォイがヒソヒソと商談しているのを目撃し、バレないように息を殺して通りを抜け出そうとしたら幸運にもハグリッドに出会った。

 おかげで、夜の闇横丁から出られたハリーは、ウィーズリー家の皆、それにハーマイオニーと合流した。

 

「ちょっとどうして、ギルデロイ・ロックハート様がロンの家に泊まってることを私に教えてくれなかったのよ!」

 

「泊ってないよ! ほら、今日の買い物についてきてないだろ。ギルデロイはとても忙しい魔法使いだから、時々だよ時々」

 

「と・き・ど・きでも夏休みに一緒にいたんでしょ! しかもギルデロイって呼び捨て? ロン、ハリー、ちゃんと話を聞かせてもらいますからね!」

 

 とまあ、拗ねてぷりぷりとするハーマイオニーに、ロンとギルデロイの話をして盛り上がったり、質問厨な学年最優等生様に辟易としながらもグリンゴッツ銀行でお金を下ろして、教科書を買いに『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』へ。

 そこでまたマルフォイ親子と遭遇し、ウィーズリー家とお互い仲の悪いマルフォイ家、ルシウスとアーサーおじさんがひと悶着を起こしたけど、ハグリッドが割って入って仲裁してくれた。

 そうして、学用品を買い揃えて、魔法界の玄関口である『漏れ鍋』に向かったところで、

 

「ハグリッド、君、学校のキャベツを食い荒らしているから、『肉食ナメクジの駆除剤』を買いに行ったはずなのに、一体どこをほっつき歩いているんです?」

 

 銀髪に頬に傷……『七変化』で“スプリガン”に変装しているギルデロイがいた。

 『山篭りをしている先輩に定期報告とお薬を届けに』としばらくウィーズリー家に顔を見せなかったけど、今はハグリッドと行動を共にしているようで、

 

「まったく、私が代わりに買っておきましたが! 我々はウィンドウショッピングをしに来ているわけではないんですよ」

 

「お、おう、すまねぇな。助かった」

 

「まさか、またドラゴンの卵に惹かれたとかではないですよね?」

 

「そりゃ違うぞ! ちょいっとハリーが迷子になってたんでな保護したんだ」

 

「ハリーが迷子に? それは本当ですか?」

 

「そうだぞギルデロイ。なんか煙突飛行で失敗しちまったみたいでな。夜の闇横丁に飛んじまったんだ」

 

「ギルデロイ!? ね、ねぇ、ハグリッド、もしかして、その人、ギルデロイ・ロックハート様なの?」

 

「あん? そうだが、ハーマイオニー、何をそんなに驚いて……ああ、今のギルデロイは変装しちまってるからな」

 

「……もう私はハグリッドと同行するのは遠慮しよう。いくら注意しても名前を呼んでしまわれては、サイン用紙が千枚あっても足らないだろうからね」

 

 やれやれ、と嘆息しながら、手慣れた感じの指パッチンで『マフリアート(みみふさぎ)』をこの周囲に掛ける。

 そして、こちらを向いたギルデロイは挨拶前の礼儀で帽子を取るよう変装を解いてから、ウィーズリー家の皆に会釈し、僕に軽く手を振る。それからぽろっと漏らした名前に劇的に反応し、今では熱視線を送っているハーマイオニーに微笑を向ける。

 それにハーマイオニーは、いつもの屹然とした口調はどこへやら、クィレルのようなどもりっぷりで(後でからかってやろうとロンと無言で頷き合った)、

 

「あ、あの! 私、去年に……!」

 

「ええ、憶えていますよ。ハーマイオニー・グレンジャーさん、でしたね。『泣き妖怪バンシーとナウな休日』にサインを書いた」

 

「はいっ! そうですっ!」

 

「ハハ! 元気のいい返事だ。それにマクゴナガル先生からも話を聞いていますよ。試験で満点以上の成績を出した学年最優等生の魔女だと」

 

「ああ。ハーマイオニーが使えねぇ呪文は、今までにひとっつもなかったぞギルデロイ」

 

「~~~っ!!」

 

 顔真っ赤にして俯いて、煙まで噴いているハーマイオニーはいっぱいいっぱいだ。一緒に過ごしたことをしつこく文句言われたけど、この調子では目と目を見て話せるようになるのに夏休みだけじゃとても足らないだろう。

 こりゃだめだ、とロンと肩を竦め合って、一分も経たずにもう限界な学年最優等生の魔女がこれ以上の醜態をさらす前に回収に出る。ロンがハーマイオニーを連れて下がり、僕がギルデロイとハグリッドに話しかける。

 

「それで、ギルデロイとハグリッドは一緒に行動してるみたいだけど、どうしたの?」

 

「おうよ、実はなハリー、ギルデロイが今年のハロウィーンを盛り上げようって、コネがあるっつう『骸骨舞踏団』に」

 

「それ以上口が滑るようなら、『シレンシオ(だまれ)』だぞ、ハグリッド」

 

「え? 何じゃお前さん、まさかまだハリーに言っとらんのか?」

 

「君はサプライズというのをわかっていない。大体ダンブルドア先生からもパニックになるから控えるようにと言われているだろう。……というわけで悪いね、ハリー、それは機密事項だ」

 

 ギルデロイは口元に人差し指を立ててそう言うと、ウィーズリー家に『明日に寄ります』とおじさんおばさんに挨拶し、それからグレンジャー夫妻へ。

 一体どんなことを秘密にしているのだろうか気になるけど、メガネを外しポケットにしっかりしまう。余所見をして一日に二度も、帰りの煙突飛行まで失敗するのは流石に恥ずかしいだろう。

 

 ・

 ・

 ・

 

 僕の夏休みの後半、『隠れ穴』で過ごした一ヶ月間は、時計の針が早回しされてるのではないかと疑うくらい、あっという間だった。プリベット通りで過ごした夏休みの前半よりも楽しかった。

 最後の夜は、ウィーズリーおばさんが魔法で作った豪華な食事に舌鼓を打ちながら、ギルデロイも参加してみんなで騒ぎに騒いだ。

 おかげで翌朝の出立日に寝坊しかかって、てんやわんや。途中、忘れ物があって道を引き返したりしたけれど、ギルデロイのバイクで駅まで渋滞に巻き込まれないルートを先導してくれたおかげで余裕もって駅に到着。

 キングズ・クロス駅について、皆でホグワーツ特急へ(ギルデロイが9と4分の3番線へ行く堅い柵の前で、指を鳴らしたけど何だったんだろうか?)。

 

 硬い金属の障壁を通り抜け、ホームに到着。視界が開ければ、紅色の機関車ホグワーツ特急が煙を吐いていた。その煙の下で、ホームいっぱいにあふれた魔女や魔法使いが、子供たちを見送り、汽車に乗せていた。

 僕たちも、ウィーズリーおじさん、おばさんに見送られながら後尾車両へ。満員のコンパートメントを通り過ぎ、誰もいない車両を見つけ、そこに鞄トランクを積み込み、ヘドウィグを荷物棚に載せて、それから窓よりウィーズリー夫妻に別れを告げながら手を振る。そして、汽車はシューと煙を吐き、動きだした。出発……と、ここまでずっとスプリガン(に変身しているギルデロイ)がついている。

 

「いやあ、懐かしいですねこの風景。初心に帰りますよ」

 

「ねぇ」

 

 もうごく自然に車窓の景色を楽しんでいる彼に思わず訊ねる。

 

「大丈夫なの?」

 

「ああ、バイクなら安心してくれ。アーサーさんに鍵を預けている。しばらくあの家に引き取ってもらうことにした」

 

「違うよ。その、もう汽車、発車しているんだけど」

 

 一緒に別れの挨拶をして、おじさんもおばさんも止めたりしなかったけど。

 魔法使いなら移動している汽車から飛び降りて途中下車したりすることもできるんだろうか。余裕なギルデロイを見て、そう思ったが……

 

「そろそろ明かすとしましょうか」

 

 ロンと見合わせる。

 戸惑う僕たちに、ギルデロイは茶目っ気な笑みで、

 

「私が、今年度の『闇の魔術に対する防衛術』を務めるギルデロイ・ロックハート教授だ。なので、これからはきちんと名前に先生をつけるように、ハリー君、ロン君」


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