私は誰でしょう? 作:岩心
ハリー・ポッターは、この一週間を思い返す。
ジニーは無事だった。
三階の女子トイレでは、ロンが待っていてくれて、『ダンブルドア先生が校長室に待ってる』と教えてくれた。ハーマイオニーは負傷して医務室に運ばれたそうだ。僕たちはそのまま校長室へ、意識を失ってる先生は不死鳥フォークスに医務室へと運ばれた。心配だけど、先生の代わりに見てきた僕が、『秘密の部屋』での出来事を話さなければならない。
校長室には、停職が解かれたダンブルドア先生がいて、副校長で僕たちグリフィンドールの寮監マクゴナガル先生、そして、ウィーズリーおじさんとおばさんがいた。
ジニーが、無事な姿に胸をなでおろしたおじさんとおばさんに抱きしめられて、僕とロンは勝手な行動を取ったことをマクゴナガル先生に叱られ、そして、同じように抱きしめられた。
それから、僕は『秘密の部屋』での一部始終を語った。
トイレのどこかに『秘密の部屋』の入口があることに勘付いた僕は気絶させられ、『秘密の部屋』へ連れて来られた。『スリザリンの継承者』を名乗るトム・リドル、ジニーに取り憑いたヴォルデモートの会話、ギルデロイ先生が僕に渡したお守りのマッチを基点に煙突飛行で駆け付けてくれたこと、バジリスクを呼ぼうとしたトム・リドルに『吼えメール』の飛び出す絵本で牽制し、それから、作戦を立ててバジリスクを倒し、トム・リドルを降した。そして、先生はヴォルデモートに囚われたジニーを魔法で救ってくれた。
僕は夢中になって語った。物語でも紹介されているギルデロイ・ロックハートの勇姿を生で見たその感動を伝えようと、言葉はつたないけれど、気持ちいっぱいこめて語った。聞き手は魅せられたように質問も挟まずに聞き入ってくれて……ただ、ダンブルドア先生だけは悲痛な面持ちで目を瞑っていた。
それで、ジニーが五十年前のヴォルデモートの日記を使っていたことがバレてしまい、おじさん、おばさんはもうカンカンにジニーを叱り、ダンブルドア先生が『もっと年上の、もっと賢い魔法使いでさえ、ヴォルデモート卿に誑かされたのじゃ』と二人を宥めて、ジニーが不安がっていた退学にすることはないときっぱりと言ってくれた。
そこで、ホグワーツ理事長ルシウス・マルフォイが校長室へ入ってきた。『屋敷しもべ妖精』のドビーと一緒にだ。ダンブルドア先生が、校長職に復職したと聞いて、やってきたんだろう。ダンブルドア先生は、今回の黒幕、ジニーに日記を忍ばせたのは、ルシウス・マルフォイの仕業だと見抜いていた。証拠がない、でもダンブルドア先生は奴に釘を刺した。
ルシウス・マルフォイはダンブルドア先生に睨まれて歯軋りすると校長室から出て行き、ダンブルドア先生は皆の無事を祝おうとマクゴナガル先生に宴の準備を依頼した。
それから、するべきことがあった僕はダンブルドア先生と書斎机を確かめに先生の部屋へと場所を移す(その後、妹を利用したことに義憤に駆られたロンの機転で、ドビーがマルフォイ家から解放されたという)
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“スプリガン”。
最初に呼んでほしいと教えてくれたその名を唱えると書斎机の左下の引き出しが開く。
検知不可能拡大呪文がかけられた見た目よりずっとスペースのある空間。ダンブルドア先生に『ハリーにはまだ早い』と止められて中には読むことはできないものがあったけれど、そこには彼が
まずは、僕の後見人についてのこと。
これまでギルデロイ先生が代役を務めていたけど、僕には本当は父さん母さんから後を任された後見人がいた。
その人は、シリウス・ブラック。魔法界では大量殺人犯で、闇の陣営でヴォルデモートの右腕と称された悪党、そして、僕の父さん母さんを裏切った人物……だけど、本当は違った。
ダンブルドア先生ですら知り得なかったけれど、ギルデロイ先生は、独自に調査し、アズカバンまで足を運んでくれたそうで、本当はピーター・ペティグリューなる亡くなった魔法界の英雄が真犯人。そして、先生はピーター・ペティグリューが、ロンのペットネズミであることまで突き詰めていた。先生は、先輩のひとりであった彼を疑い切ることはできず、この一年間、向こうに怪しまれないよう注意しながら見張りつつ観察していた。でも、ピーター・ペティグリューは、いずれ僕を闇の陣営に手柄を立てるために虎視眈々と狙っているとシリウス・ブラックは訴えていた。
この事実を知り、その日のうちにダンブルドア先生が、ロンのネズミ、非合法の『
また、シリウス・ブラックが冤罪であるという論証をまとめた投稿記事、この原稿はすでに『ザ・クィブラー』へ送られている。ハグリッドをアズカバンに送った魔法省、また『十分な証拠もないままにいたずらに人を貶める中傷記事を書くのは同じ物書きとして如何なものだろうか?』とその記事を書いたリーター・スキーターを痛烈に批判している内容だった。
それから、『分霊箱』という、回収されたトム・リドルの日記、レイブンクローの髪飾り(指輪)と同じヴォルデモートの分断された魂を封じ込めた物品が、ブラック家にあり、仕えるしもべ妖精に預けられていること。それはダンブルドア先生に途中で取り上げられて詳細を読ませてもらえず、我々大人の魔法使いに任せなさいと諭された。
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宴の後。
僕はもう一度、ダンブルドア校長先生に呼ばれた。
『秘密の部屋』での出来事、“ジニーをヴォルデモートから解放したギルデロイ・ロックハートの魔法を知りたい”。記憶を見せてほしい。頼まれて、『憂いの篩』で僕はダンブルドア先生に強く記憶に焼き付いているあの背中を見せた。
「ギルデロイ・ロックハートは、
深く篭った声で感想をくれたダンブルドア先生は、その後で、ギルデロイ先生の杖に、直前呪文を唱え、改めてジニーからヴォルデモートを祓った魔法を鑑賞する。
そして。
ダンブルドア先生は、僕に言った。
「ハリー……この呪文は、君の母上が君を守るために使った魔法と同じ。とても古い魔法じゃ。……自らの剣に刺される覚悟でこの術を放ったギルデロイ先生は、おそらく……何もかも、忘れてしまっていることじゃろう」
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石になった女子学生ルーナ・ラブグッドがマンドレイ薬で無事復活し、学期末試験。
ギルデロイ先生は目が覚めていなかったけれど、試験の準備はされており、内容も事前に通達されている。授業も自習であったけれど、後半が生徒同士で教え合う授業であったので問題なかった。
試験用に用意された飛び出す絵本から演劇チックに出てくる七種の闇の生物への対応をこなしていくゲームのような試験だ。だから、他の教員が採点するだけで試験官代役は務まった。
この一年間で、すごく上達した成果を披露するよう試験に挑み、好成績を収めていった。……これを先生に見せられないのが残念だ。
僕はダンブルドア先生に告げられたことを、誰にも言っていない。みんなのショックが大き過ぎる。特にジニー(それにハーマイオニー)。きっと先生は、ジニーが気に病むのを望んでない。あれから、多くの学生(『占い術』の先生も交じってた)、その中でもウィーズリー家(あとハーマイオニー)はギルデロイ先生にお礼がしたいと何度も押しかけてきたけれど、でも、ダンブルドア先生は校内の医務室に一週間眠り続けるギルデロイ先生の見舞いは面会謝絶で断っている。
そして、この一週間経った頃に、先生が検査のために聖マンゴ疾患傷害病院に搬送されることが決まった。
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この一週間を思い返した僕は、真夜中、寮を抜け出す。
医務室に常駐しているマダム・ポンフリーの目を掻い潜るために『透明マント』を羽織り、カーテンの仕切りに遮られた先生の眠るベッドに忍び込む。
「………」
当然ながら、ギルデロイ先生は眠っている。
僕は忸怩たる想いで、目を閉ざす彼を眺める。あの『秘密の部屋』であった出来事を思い返すに――改めて、自分が生還できたことの奇跡を思い知る。そして、その奇跡を起こしたのは彼だ。なのに、彼はその奇跡の代償に“死んだ”。
本当に忘れてしまったのだろうか……?
世界最高峰の魔法使いダンブルドア先生の言葉を疑ってることは決してない。それでも信じたくなかった。ただ、記憶を失いそれが現存する魔法では戻せないと告げられても、ギルデロイ・ロックハートが何事もなく目覚めてくれたらという願望が強かった。
透明マントを脱いで、ベッド横の椅子に腰かける。
「スプリガン……」
呼びかける。この魔法使いは、この一年間ホグワーツの先生として僕に様々なことを教えてくれたけど、それよりも初めてこの魔法界に招待してくれて、僕の世界を色鮮やかなものにしてくれた、そんな印象の方が強く残る。自然口からこぼれ出たのはその名であった。
本当に忘れているのか……知ることはすごくすごく怖いけれど、目覚めてほしい。明日にはホグワーツをいなくなってしまう。だから、今日しかない――
「…………っ、ん」
ハッとした。
呼びかけに反応し、彼の瞼が反応する。徐々に瞼が開き、青い瞳が見えた。何と声を出していいかわからず戸惑う。すぐにマダム・ポンフリーに報せるべきかと思ったけど、言葉は出なかった。
うぅ……、と額に手をやりながら上半身を起こした彼は、小さく僕の方へ首を傾げて、問うた。
「君は、誰だい?」
その言葉は無垢なほど真っ白であった。
小さく息を止め、逸らした視線を下に落とす。
ああ、先生は、記憶が死んでしまったのだ。僕たちを救うために高い代償を支払ったために。
「あの、どうしたんだい? 急に……とても辛そうに見えるよ」
心配そうな彼の声。僕は……こんな僕にそんな声をかけてくれるのが、許せなかった。
ギルデロイ・ロックハートは僕たちのために“死んだ”。なのに、彼が僕を心配するなんて、……そんなのはダメだ。
このままだと吐き出してしまいそうなものを呑み込むために、深呼吸した。
顔を上げる。上手く笑顔を作れているかは、わからないけれど精一杯に頑張った。
「いいえ、大丈夫です……僕は、大丈夫ですから」
真っ新な彼はじっと僕の顔を眺めて、ふっと息を零す。
「どうやら“私”の知り合いみたいだね。その、つかぬ事を訊くけど……」
心を必死に閉ざそうとする僕だったけど、次の質問で打ち砕かれる。
「私は誰でしょう?」
哀しみの衝動が胸の辺りまでせり上がって来た。
でも、僕は昇ってくるものを噛み殺し、飲み込む。
そして、答えるために、辞書を引くように記憶に色濃く残る彼との思い出を思い返した。
この人は、何だ?
先生?
作家?
いや、違う。違う。そんな言葉じゃまとまりきれない。
この人は――
「あなたは、ギルデロイ・ロックハート……僕のヒーローです」
これしかない。
この言葉が、相応しかった。
恥ずかしげもなく、誇らしく、僕は言った。
「サレー州、リトル・ウインジング、プリベット通り四番地にお住いの、ハリー・ポッター君」
くしゃり、と癖髪の頭の上に手が置かれた。でも、それに気づけないほど、今の発せられた言葉に、呆然と、僕は心囚われた。
え……
今、なんて……僕、名前なんて……言ってないのに……
「ハハッ、驚きましたか? こんな夜遅くに人の寝顔を見ようとするイタズラ小僧にお灸を据えたんですよ」
「先、生……。記憶、あるんですか……?」
「……ええ、忘れちゃいませんよ、ハリー君」
〇 〇 〇
あの後、散々泣き喚いたハリー少年は、当然、ここの医務室の主マダム・ポンフリーに見つかった。
私は背中を校医に押されて部屋から追い出される彼に手を振り……それから、声を掛けられた。
音もなく気配もなくいつのまにやら先程ハリー少年がいたのとは反対側のベッド脇に現れた老人が問う。
「ギルデロイ……これで、良いのか?」
……実は一日前に目が覚めていた。
それからこの老人、アルバス・ダンブルドアより渡された、“私”が付けていた日記を読ませてもらった。十歳に
それで一通り読み込んで、目が疲れて寝たところで、ハリー少年が現れたという話だ。
つまりは……
「お主は、本当は覚えておらんのだろう。ハリーのことも」
そういうことだ。
“記憶”はない。あるのは、“記録”だけだ。ここにいる私は、“私”がこれまでしたことを知識として覚えた、別人である。しかし、確かに“私”の“記録”は引き継いだ。
「ええ、これでよかったんだと思いますよ。日記を見れば“私”はそう望まないことも、そして、私自身もそう思いましたから……ひょっとしたら、薄らと覚えているかもしれません」
自然にあの子の頭に手を置いたのも無意識だった。
頭で忘れたことも、体は覚えているのだろうきっと。試しに指をくいっと曲げ『アクシオ』と念じながら、花瓶に集中してみると、勢いよくそれが飛んできた。狙った手元から大きく暴投して顔面横スレスレを掠り、壁にぶつかって割れる……うん、要練習のようだ。
「……非常に残念じゃ、ギルデロイ先生には、『闇の魔術に対する防衛術』の教授を続けてもらいたかったんじゃがのう」
「流石に辞退しますよ。今の私は、リハビリを頑張らないといけません。ウソを本当にするためにね」
「ギルデロイ……お主……」
「どうやら、私は、ヒーローですから、格好悪い真似はできないみたいだ」
検査入院を終えたら、とりあえず世界を巡ろう。まずは“私”がした冒険譚をなぞらえて、“ギルデロイ・ロックハート”を実感しようと思う。
幸いお金には余裕がある。
「……やはり、これは、お主に渡そう。きっと、
ダンブルドア老が差し出したのは、青い宝石が嵌め込まれた鷲の指輪。
「いいのですか? それはとても貴重なものに見えますが……」
「本来なら壊さねばならなかったものじゃ。元々、髪飾りは、失われておることになっておるし……それにホグワーツが管理すべき遺産は髪飾りであって、指輪ではないからの」
妙な屁理屈を捏ねられる方だな、ダンブルドア老は。
記憶を失くした私でもこの指輪の価値は直感的にピンときた。
『計り知れぬ叡智こそ、我らが最大の宝なり!』
創始者のひとり、ロウェナ・レイブンクローは、教える生徒に知恵と機知のあるものを選んだ。研ぎ澄まされた心、知性、独創性、平静こそを要求する。
彼女、レイブンクローは、イノシシ(Hog)に湖の近くの崖まで案内されるという夢を見て、このホグワーツ魔法魔術学校の場所と名前を決めたのだそうだ……というのが覚えた
「では、自信がつくまでは預からせてもらいます」
指輪(髪飾り)を嵌める――その瞬間、チラリと視界の隅に、光り輝くイノシシが過ぎった。
「どうかしたかの?」
「今、そこに……いえ、何でもありません」
目元を揉んでから、目を開くと、イノシシはいない。
ダンブルドア老の反応からして、私にしか見えなかった……つまりは、幻視か?
しかし……イノシシを見た途端、確かに少し黒子の辺りがブルッと何かを覚えた気がする。イノシシが苦手だったりするのだろうか?
ダンブルドア老が去り、私は枕の下に忍ばせた日記を手に取る。
『私は誰でしょう?』
日記を読み込んだだけでは己がわからず、つい訪ねてしまったあの質問。それに回答してくれた彼の想いで、この心が定まった。
「ああ。今は嘘八百であろうが、いずれなってみせるさ。私は、
勝手で申し訳ありませんが、キリがよく、書きたいところが書けたので(それと集中力が切れてきたので)、これで完結ということにさせてもらいます。
とりあえず、もし続くとして、三巻目の大まかな展開。
ギルデロイ・ロックハートは、とっとと聖マンゴを出ると、『七変化』で別人に変装して(ロード・ギルデロイ二世を名乗る?)、夢で見るイノシシの後を追いながら自分探しの旅に(周囲には新たな取材旅行)。半年くらいしたら、『バジリスクとばっちりスクールライフ』を出版社に送りつける。
ハリーのフィルチ家には、ギルデロイとバトンタッチして、シリウス・ブラックが居候。互いに距離感を計っている感じの夏休みになる。それとシリウスは、ブラック家のクリーチャーからダンブルドアと『スリザリンのペンダント』を回収する。
ハリーは、三年目のフラグは潰したので、平穏に……学校生活を送れたはず? それと明確な目標の出来たハリーは勉強意欲が増し、真似妖怪の授業から(直接は遭遇してないけど、幻像で見たのが結構印象が強かった)吸魂鬼に恐怖を覚え、ハーマイオニーやルーピン先生に守護霊の呪文を習ったりする。
ロンはふくろうを貰う機会は逃したけれど、代わりにドビー。マルフォイ家の色々をアーサーおじさんに教え、日記の件もあってルシウス・マルフォイは理事長職を辞める。宝くじが当たって新しい杖も手に入り、また恩義を感じるドビーに敬われて、卑屈なところが改善方向に。
ハーマイオニーは、新学期の教授変更にテンションが落ちるけど、誕生日に買った猫クルックシャンクスが偶然ブリーダーをしていたペットだと知って(ハリー情報)、テンションが上がる。新刊が出るとさらにハイテンション。ただ、『占い術』の教授とはファンとして譲れぬ一線があって、早々に決裂する。
ルーピン先生は色々と苦労した。多分前任者のせいで『闇の魔術に対する防衛術』の授業のハードルが相当高くなった。一年目でやめるという呪われたジンクスが、一年目で過労でやめるというブラックなジンクスに?
ピーター・ペティグリューは、一度は魔法省に捕らえられたが、原作シリウス・ブラックに代わってアズカバンを脱獄する。
四巻目からは……どうでしょう。ピーター失踪から警戒度を上げたダンブルドアに乞われて、『七変化』でもって生徒に潜入する展開を考えたりしましたが、流石にこれは無理か。
原作でも二巻以来に登場する五巻目で、不死鳥の如く復活するのかな? 『フェニックスとフェスタな学級崩壊』か『レジスタンスのレジェンドな革命運動』? または『トードと
あとイノシシは真のレイブンクロー生と認められた者が視られる暗示という原作のホグワーツ建城の夢見の設定を織り交ぜた独自の設定です(黒子持ちとしては不吉感が漂いますが)。
頭を休めて気が乗ったらまた書き始めると思います。
では、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。