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お待たせしました、第27話となります。
駄文ですが、どうぞよろしくお願いします。
清楚ちゃんはその本質はともかくとして、読書が好きだ。九鬼から25歳に誰のクローンかを教えられるとのことだが、それまでに知識と教養を身につけろと言われているらしい。
まあ、歴史上の項羽が持つ暴君としての気質を、少しでも抑え込むためだろうとは、予想はつく。
とりあえずは、そういう始まりだったが清楚ちゃん自身は本を読むことが好きになった。それこそ、部屋の本棚が義経ちゃんや弁慶ちゃん達より2倍くらいの面積を占めるくらいには蒐集してるし、九鬼に頼んで新刊とか色々仕入れているらしい。
「それでね、修二君、この作者さんって、現役の大学生らしくて、でも、文章の構成とか語彙の使い方とかが、ああ、ずっとこの人は物語を書くことに触れてきたんだろうなってくらい多様でね」
清楚ちゃんは楽しそうに、俺にお勧めの作者だと、何度か耳にしたことのある名前と代表作を教えてくれる。九鬼がクローンたちのために作った学校、そこに併設された図書館には、一般的な蔵書が保管されている。たった四人のために、随分と贅沢な施設だが、それだけ九鬼がこいつらに金をかけているとも言える。
そんな小さな図書館で、俺はそこの主である清楚ちゃんと二人っきりで読書会をしていた。
「ほんと、本を読むのが好きなんだな。清楚ちゃんは」
「うん、本を読んでる時って、その世界の中に入り込んで、主人公になれたみたいに思えて。あ、もちろん、空想って分かってるよ? それでも、彼らみたいに自分らしく居れたらって」
「自分らしく、か。やっぱ、気になるか? 自分が何者か」
「そりゃあ、気になるよ。自分がだれか分かってないのに、将来をなんて考えられないよ。特に私たちはクローンなんだから、たった一つの自分のルーツを秘密にされちゃ、不安で不安でしょうがないよ」
今は昔ほど癇癪を起してまで知りたがったりはしないけどね、そう気恥ずかし気に言う。
「ねぇ……修二君はさ、私の正体を知ってるんだよね」
「そうだな」
「修二君が仲良くなったら教えてくれるって言ったけど、そろそろいいんじゃない?」
「んー、好感度は溜まってきたけど。今度はイベント起こさないとなぁ」
「イベントって、ほんと修二君ってそういうの好きだよね」
男の子はだいたいがギャルゲー好きなんだよ。たまに現実に帰ってこれないやつもいるが。
「今度は自分で考えてみるといいさ。俺がどういうやつかはこの一か月で分かっただろ?」
「あはは……そうだね。すごい意地悪で、すごい俺様キャラで、まるで暴君みたいな男の子。顔立ちはかっこいいのに、その不敵な笑い方で台無しにしてる。下品なこともいうし、大雑把だし、子供っぽいし」
あるれぇ? 清楚ちゃんの口から出てくんの、悪口ともいえる言葉ばかりなんだけど?
フラグ管理ミスったか? いやいや、意外と
「あれ? ハンサムとかって言葉を期待してたんだけど、ダメ出ししかされてなくない? もしかして清楚ちゃん俺のこと嫌い?」
「ふふふ、そんなことないよ。でも、ちゃんと見てるんだよ、修二君のこと」
清楚ちゃんの顔を見れば、いたずら染みた笑みを浮かべている。俺は本を閉じ、天を仰ぐ。
してやられた、俺を攻略しようと、清楚ちゃん自身も恋愛スキルを少しずつつけ始めていやがる。もともと、恋愛小説も読んでたみたいだし、地頭もよさげだからなぁ。
「一本取れたかな? ふふふ、いつも修二君余裕そうだから、からかいたくなっちゃった」
「ちくしょー! ばかやろー! お前んちでカレー作って数日はカレー臭漂わせてやんからなぁ!」
俺は本をしまい、図書室から走り出す。
side:葉桜清楚
図書室から彼が出て行ったのを見送ってから、私もそっと席を立つ。そのままぐるっと机を回り込み、彼の座っていた席をそっと、指先で撫でる。ありえないはずなのに、まだ彼のぬくもりがわずかにそこに残っているように思えた。
「君が来た時から、よく見てるんだよ。修二君は、分かってるのかな?」
突然現れた破天荒な少年。クローンの私たちにとって、初めてのことばかりだった。遊ぶことも、勉強することも、本を読むことも、なぜか初めてのように感じた。それはきっと、彼がありのままの私たちをみてくれていたからだろう。ただの義経を、ただの弁慶を、ただの与一を、ただの葉桜清楚を。彼は私たちに何も求めてこない、ただ、自由を自身の有様で見せてくれた。
あの気難しい与一君も、今じゃすっかりお兄ちゃん呼びして懐いている。
「そう、すごい優しくて、すごい気配り上手な、いつも私たちのことを考えてくれてる男の子。見ると安心するような笑顔で、そして……そして……」
自身の胸に手を充てる。とくりとくりと、いつもより僅かに早い鼓動に、苦しさを感じる。
きっと、この胸の中の感情に名前を付けるなら、それはきっと、とても素敵な名前なのだろう。
「修二君……」
名前を呼ぶだけで、幸せな気持ちになれる。本の中でしか知らなかったこと、本の中では決して知れなかったこと。
ああ、私は、あなたに恋をした。
きっと彼は走り続けるのだろう。生きるということに、誰よりも真剣な彼だからこそ。私たちのところに来たのだ。
そのことが少し寂しくて、でもだからこそ、その姿に憧れと恋を抱いた。
「ほんと、ずるいよね」
そう呟いた時、私の中で誰かが囁く。
ならば、自分のものにしてしまえばいい。俺たちにはその力がある。
「……え?」
呆けた声を上げてしまう。そんな私に構わず、声は続ける。
迷うことはないだろ? 欲しいものは手に入れる。俺ならそれができる。
それは私の声だった。でも、知らない私。
「あなたは……誰?」
俺はお前だ。ずっとお前の中に居た。ずっと、閉じ込められたここから、外を見ていたんだ。最近は退屈しなかったぞ。
「……なん……で、あなたは……出てきたの?」
お前の心が俺を求めたからだ。あいつを手に入れたいという願いを叶えるために、俺の力を欲したからだ。
頬が吊り上がり、笑みが私の意に反して浮かび上がる。窓に映ったその顔は、見たことのないような、凶暴な、笑顔だった。まるで、覇王のように、彼のように、不敵な声で声は続ける。
俺もお前と同じだ、清楚。あいつが欲しい。あいつを俺のものにしたい、これが恋か。ふはっ、心地よいな。
「……違う……私は、そんな……」
違わないさ。俺はお前だ。好きになる男も、考えてることも、求めるものも、全部一緒だ。
心が揺れる。彼女の言葉を、不思議と信じられた。
ふと、視線が彼の読んでいた本へと映る。中国の古代史、一人の覇王についての本だった。
「────項羽」
さあ、手に入れよう。俺たちの恋を。なあ、葉桜清楚。
「「力 山を抜き 気 世を蓋う」」
詩が聞こえた。
それは、一人の覇王の末期の祈り。
「「時 利あらずして 騅 逝かず」」
それはすべてから見放されてしまった、暴君の末路。
「「騅 逝かざるを 奈何せん」」
もはや、救いはなく、終わりを待つだけのその男は。
「「虞や虞や 若を奈何せん」」
それでも最期は、愛する者を想った。そんな恋の唄。
side:三人称
その時、世界が揺れた。大気が震え、その迸る気が世界を蓋う。
日本の、ドイツの、アメリカの、世界中の実力者が覇王の、絶対的強者の目覚めに気づいた。
「おいおい、ネタ晴らしする前に目が覚めちまったのか」
カレーの具材がめいいっぱいに入ったビニール袋を抱えた少年が、困ったように笑う。次の瞬間には、ビニール袋だけが残され、少年の姿が掻き消える。
「寝起きにカレーはねぇか? えぇおい」
少年は風を切り、軽やかに島内を駆け抜ける。その楽し気な闘気は世界を包む気の中で、綺羅星の如くその存在を、俺はここに居ると告げる。
やがてたどり着いたのは、クローンたちのために作られた学校のグラウンド、そこで恋焦がれるように、覇王は待っていた。
「修二ぃいいい!!」
まさに暴風、荒れ狂う気の圧力が彼女を中心として巻き起こる。今確かに、世界の中心はこの小さな島国の、小島であった。
夜の帳が訪れる直前、夕暮れが世界を紅く染め上げる。そんな夕暮れと同じ目で、彼女は修二を見つめる。
「えーと、なんかイメチェンした? 清楚ちゃん」
「んはっ! 遅かったな、修二」
まるでデートの待ち合わせに来たかのように、彼らは言葉を交わす。
「えーとあー、どっちの名前で呼べばいい? てか、そんなふうになるんだ」
「今の俺は項羽だ。清楚なら今もここにいるから心配する必要は無いぞ」
胸を指で叩き、項羽は笑う。
「そんなことよりもだ、修二、聞けい!」
高らかに、そうあるのが世界の摂理であるかのように。
「我が伴侶となれ! そして世界を共に統べるのだ!」
覇王の宣告に、少年は鼻をほじりながら答える。何の気負いもなく、世界の王だろうと、その態度を貫かんとばかりに。
「え、やだよ。世界征服とか、面倒くさい」
世界が壊れたかのように、悲鳴を上げた。
何ともまぁ、項羽ちゃんがこんな壊れ性能のスペックとはなぁ。
「修二ぃいいいい!!」
暴風を纏った拳が突き出され、まともに受け止めた腕が砕けそうになる。気を回復に回してなければ、瞬時に押し殺されそうになる暴力を全力で受け流す。
「何だよ! 随分と熱烈じゃねぇか!」
「黙れ! 覇王たる俺を振り、あまつさえ面倒くさいだと!? その無礼、万死に値する!」
一撃一撃が重すぎる。骨が軋み、筋肉がちぎれ、血肉が弾け飛びそうになる。
「んはっ!」
「オラァ!」
拳同士がカチ合い、衝撃で地面が砕ける。飛び散る石片が、ゆっくりと飛び散るのを錯覚する。
その表情から見えるのは凄まじいまでの赫怒と僅かな悲嘆。
項羽ちゃんは腕を引き、体を捻ると共に後ろ回し蹴りを繰り出してくる。それを避け、綺麗な脚を脇に挟み込む。
「こんな世界、征服してどうすんだよ! あと! 伴侶に関しては俺でよければだよ! 早とちりすんなすっとこどっこい!」
「ッァ!?」
ジャイアントスイングよろしく、振り回して校舎へと叩きつける。コンクリートが砕け散り、粉塵が舞う。
「やったな、清楚! だが、俺の願いにも応えてもらうぞ! 修二!」
粉塵を吹き飛ばし、ロケットのように項羽ちゃんが飛び出てくる。その勢いのまま振われた拳が、俺の顔面を殴りつけ、今度は校門へと俺が叩きつけられる。
「夫婦初の共同作業が世界征服とか、どこの魔王だってんだよ!?」
「俺は覇王なんだぞ。生まれながらの王である故に、人の上に立たねばならぬ」
「……ふぅー、なるほどねぇ」
何となく見えたわ、クソが。やっぱ、武士道プランはただの偉人と交流パーティーをするだけじゃねぇなぁ。
項羽ちゃんを王、義経ちゃん達を将、そう思えば、何となくしっかり来始める。やろぉ、若者との交流とか言っておきながら、やることは国取りか?
「それが本当にやりたいことなら、いいけどよ……そりゃまた気が遠くなる夢だわな」
「んはっ、だからこそやり甲斐があるのだ」
その夢は遺伝子が持った本能か。それ程までに、項羽という覇王の素質は大きいものか。まあ、その辺りはどっちでもいい。どうでもいい。
ただ、彼女のその純真さを、婆の小汚い夢のために浪費させるわけには、いかねぇなぁ。
「項羽ちゃん、悪りぃ、その夢ぶっ壊すわ」
「なに……?」
「世界征服とか、今時小学生の夢でも書かれてねぇよ」
校門から飛び出し、飛び蹴りを項羽ちゃんにぶちかます。体をくの字に折り曲げながら、地面に跡をつけて後退する。
「俺を、覇王を、馬鹿にするなぁ!!」
「ぐ、おぉ!」
しかしそのまま足を掴まれ、地面に叩きつけられる。そして、そのままマウントポジションを取られる。
「俺は清楚と違う! 覇王なんだ! 項羽なんだ!」
全力の拳が振るわれる。地面が陥没し、蜘蛛の巣状にひび割れる。拳が赤く染まり、血の滴が空に飛ぶ。
「覇王じゃない項羽なんぞに、意味はなかろう! 王であることにこそ、俺の存在意義がある!」
振るわれた拳を掴み、引き寄せると共に頭突きをかます。怯んだ隙に、マウントを取り返す。そのまま項羽ちゃんの顔を覗き込む。
「項羽ちゃんよ! お前、清楚ちゃんの中で何見てやがった! 王? 世界征服? んなこと俺は知ったことねぇんだよ!」
「……でも、俺は……項羽で、覇王で……」
「お前はうん千年前から蘇った項羽か? それとも、俺が知ってる項羽ちゃんか? 答えろや、えぇ? おい!」
覇王であることが項羽ちゃんのアイデンティティなんだろうが、それがある限り、マープルとやらの思惑から抜け出せない。なら、ぶっ壊すしかあるめぇ。
「……う、うぅ、世界征服……」
いや、マジで世界征服好きなんか。マープルうんぬんは以外関係なかったりすんの?
「安心しろよ。世界征服とかしなくても、その心が王足らんとすれば、王であるんだよ」
「……」
項羽ちゃんの雰囲気が和らいでいく。いや、まるっきりガラリと変わる。
穏やかな笑みを浮かべて、彼女は申し訳なさそうにする。
「……ごめんね。あの子が迷惑かけちゃって」
「清楚ちゃんか。項羽ちゃんは?」
「ちょっと、ね。拗ねて寝ちゃった。せっかく目覚めたからって張り切ってたのに」
ちと、悪いことしちまったな。
「でも、届いたと思うよ。修二君の言葉、項羽にも」
「……そうか。何か、余計なお世話だった気がしちまうな」
「ううん、嬉しかったよ。私と項羽、どっちのことも考えてくれてるのがわかったから」
清楚ちゃんが俺の手を取る。そのまま、自身の頬へと当てる。火照った頬は、ほんのりと温かい。
「マープルの考えていることや、項羽の世界征服とか、そういう難しいことはひとまず忘れてください」
清楚ちゃんは、傾国の笑みを浮かべる。
あぁ、たしかに、こんだけ美しければ、世界なんて軽く取れそうだ。
「好きです。付き合ってください」
「……項羽のと答えはおんなじだよ。俺でよければ、喜んで」
俺が微笑むと、清楚ちゃんは笑いながら涙を流す。清楚ちゃんの上からどき、手を取って起こしてやる。
「あ、ただ俺、他にも彼女居るんだけど」
「は?」
清楚ちゃんの目が紅く明滅する。気が膨れ上がり、拳を振りかぶる。
俺はその日、天高く吹っ飛んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は清楚ちゃん覚醒編でした。
早い時期で覇王ちゃんが目覚めさせちゃいました。覇王ちゃんポンコツ可愛くて好きなので、早く出したかったです。
そろそろ幕間で、他のヒロインとの話を書きたいとも思い始めたり。
ではでは、これからもよろしくお願いします。