ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか 作:征嵐
聖杯。至高の聖遺物である聖血──神の子の血を受けた杯だ。それはあらゆる願いを叶えることが出来る、万能の願望器であるという。
そして、それを求めて7人のマスター魔剣が争う催しがある。名付けて、聖杯戦争。
7人の魔剣は、それぞれ7つのクラスに分類される。最優のクラスとされる、
それぞれのクラスに、毎回の聖杯戦争ごとに違った魔剣が召喚される。今回はこうだ。
セイバー:魔剣グラム
ランサー:ゲイボルグ=ゼロ
アーチャー:オーア·ドラグ
キャスター:カタストロフ·イデア
アサシン:ソードブレイカー
ライダー:???
バーサーカー:ジャガーノート=ルナ
この記録では、ライダーの視線から、今回の聖杯戦争を追っていく。
◇ ◇ ◇
side:ライダー
どうも、ライダー···マスターです。どうしてライダーなのかは分からないけど、自分の魔剣たちと争うというのは、特に殺し合うというのは気分が良くない。聖杯というのがどれだけのモノなのかは分からないけど、魔剣たちが僕を殺してまで欲しいものなのは明らかだ。ただ、僕が殺されれば今回の聖杯戦争に参加していない魔剣たちにも影響が出てしまう。それは大変よろしくないので、ここはみんなを説得していこうと思います。
まずは初日の夜。とりあえず歩き回ってみることにした──のだが、このフユキという土地には馴染みがなく、直ぐに迷ってしまった。仕方なく川沿いを歩き、途中で見つけた橋の上に登ってみる。うーん、あそこが仮拠点だから···と、帰る算段を付けたのもつかの間、まだ内側に残っている魔剣たちが警告を発した。
『あるじ···あそこに二人いる。』
「ん? どこ? ···あー、ほんとだ。」
遠くに目を凝らしてみれば、河港付近のコンテナ倉庫で火花と魔力が散っている。どうやら、既に戦闘になっているようだ。
「遠いなぁ···。」
歩こうが走ろうが、地図読めない族の僕には辛い道のりだ。と思ったが、また脳に直接響いた声で、一気にその問題は解決する。
『マイマスター。
「···はい?」
──僕は、風になった。
◇ ◇ ◇
足場となっていた風が、アスファルトを削る。その摩擦を利用して一気に減速し、停止する。いや、うん。確かに凄く速かった。が、待て。まず一言。
「マビノギオンとかシャドウゲイトとかさぁ!! 転移できる魔剣はいっぱい居るじゃん!! なんで風ダッシュ!?」
『他の子は燃費が悪いじゃない。それに、あの程度の距離で転移するのも格好がつかないわよ。マイマスター。』
「カッコつけようとはしてないんだけど···。」
嘆息。そして──回避。
風を巻き上げることすらせず、流れるように振るわれた大剣の一閃を、転がって回避する。体幹をずらしただけの最小限の動きでは、あの大剣が切り裂いた空気が刃となって襲ってくる。結果、大袈裟なほどの回避が必要となり、隙ができる。当然、残る一人もそれを見逃すような甘い魔剣ではない。神速としか形容できない刺突が襲う。それも──地面を無様に転がって──回避。一撃多斬。一回しか繰り出されていない筈の攻撃が、三つの穴をアスファルトに穿つ。
「···おいで。」
素早く立ち上がり、右手に一振りの大鎌を顕現させる。この場の魔剣たちにおいて、有利か、或いは互角に立ち回れる人選だ。
「あら、やっぱり貴方も来ていたのね。···マスター。」
「君が"剣の領域"から消えていた時は、本当にどうしようかと思ったよ。グラム。」
「ねぇアナタ。ここは引いてくれないかしら? 私はコレを倒さなきゃいけないの。」
「落ち着いて、ゼロ。僕は君たちが戦うところなんて見たくない。」
右側にセイバー···グラムを、左側にランサー···ゼロを据え、両手を広げて「落ち着け」というジェスチャーをする。
「マスター。邪魔をするなら貴方から殺すわよ?」
「えぇ、そうね···。お願い、アナタ。これが最後通喋よ?」
「なんか好戦的ですね二人とも···。」
本気の殺意を向けられ、一瞬で腰が引ける。仕方ないんだよぅ···怖いんだよぅ···。
「!?」
「!!」
二人の脚に力が籠るのを感じる。が、それは僕の首を落とし、心臓を貫く為にではない。もっと消極的な、退避の為の動き。
「危ないわよ、マスター様。」
「えっ。」
上空から聞こえた声に釣られて顔を上げれば、夜空の満月をバックに、背中から六枚の翼を生やした少女がスカートをはためかせ、微笑を浮かべて空に佇んでいた。
「イデア···!?」
クスクスと、距離を考えれば聞こえる筈のない笑い声が聞こえ、そして、イデアが手に持つ杖を軽く振るった。
極光が放たれる。──光というのは、質量を持っていないくせに膨大なエネルギーを持っている。どういう理屈なのかは知らないが、とにかくそういうモノなのだ。では、光が質量を持つとどうなるのか。結果は明快。万物を消し飛ばす死刑宣告の具現となる。
「っ!!」
タイミング的には、イデアが杖を振るうのと全くの同時。右手の大鎌をくるりと回す。続いてグラムとゼロを抱き抱え──るのは流石に無理なので、まずはゼロを、続いてグラムを順番に抱き抱えて移動する。滅びの光の影響が無いと考えられる地点──川の反対側にある公園まで。
移動を終えたタイミングで、崩壊の極光が着弾し、コンテナ倉庫が消滅する。近隣住民には、あとでジャメヴの記憶処理を施しておこう。
「危なかった···。」
「助かったわ、ありがとう、マスター。」
「イデアちゃんまで来ていたなんて···。アナタ、規格外の魔剣は出さないようにしてね?」
「うん···。」
竜王クラスは特にね。──あれっ。
「マスター? どうしたの?」
「アナタ、大丈夫? 顔色が凄く悪いわよ?」
いや、あの、えっと、そのですね。はい。とりあえず竜王クラスが"剣の領域"に居るかどうかをチェックしたんですけどね?
「···誰が居なかったの? まさかとは思うけれど···。」
いや、流石にジ·エンドとかペシェは居るんだけど···はい。ドラグ様が居ません。
「今頃気づいたのか、小僧。」
その愉快そうな声は──!!
背後からした声につられて振り向く。居た。全体的に金色でゴージャスなロリータが。居た。
「セイバーにランサー。それに小僧か。共同戦線でも組んでいるのか? 構わんぞ、同時に相手をしてやろう。」
「ドラグ様···小僧はクラス名じゃないよ···。」
うーん、非常によろしくない。グラムは龍に対して特攻が付くとはいえ──いやいや、つい癖でグラムとゼロを運用する方法を考えていたが、敵じゃん。駄目じゃん。
──敵?
──いや、待て。
そもそも前提がおかしいだろう。7人で殺し合う。なるほどそれっぽい。だが、
僕が多少の躊躇だけでみんなを「敵」と認識したのも不自然だし、そもそも行動として「迷ったから橋に登った」時点でおかしい。イデアが居ないなら居ないで、ワイバーンとかカタストロフとかを使って飛べばいい。橋に登るなんて行動にはまず出ない。おかしい。何かが──。
「···。」
「···。」
「···。」
「···みんな?」
さっきまで鳴っていた剣戟音が止んでいる。どころか、川辺だというのに水の音すら聞こえない。完璧な、あり得ざる静寂。
「気付いちゃったんですねー。マスターさん。」
「!?」
すぐ背後から聞こえた「音」に──聞き慣れた声に驚き、跳躍して距離を取る。
「酷いですねー、マスターさん。そんなに驚くようなことですかー?」
「···ルナ。君の仕業か。」
ルナはクスクスと笑うだけだが、その態度は完全に肯定を示していた。
「僕の認識も、魔剣たちの認識も、まるごと全部狂わせたのか。」
「それが分かる程度には頭のいいマスターさんで安心しましたー。」
うふふー、なんて、棒読みの笑い声を交えて話すルナの目は、魅入られそうなほどに赤く輝いていた。
「なんの為に?」
「それを探すのが、マスターさんの役回りですよー。ユウシャサマ。」
衣擦れの音が背後から聞こえた。少しだけ首を回してルナを視界に納めたまま背後を確認する。グラムがキョロキョロと周りを確認している。ドラグ様とゼロは相変わらず武器をだらりと下げて項垂れたままだ。
「グラムさんだけは返してあげますねー。あとの四人を倒して、或いは仲間にして、私の所まで来られたら元に戻してあげますねー。」
あ、そうそう。他の魔剣を使うのはナシですからねー? なんて宣ったルナが一際両目を輝かせる。···苦笑にもならない「苦い笑い」が浮かぶ。今の一瞬で「剣の領域」がロックされた。握り締めていたアダマスが粒子となって霧散する。
「マスター、これは?」
「後で説明するよ。」
すぐ横に来たグラムに囁く。
「じゃあマスターさん。頑張ってくださいねー。」
ルナが空気に溶けて消えて行く。振り向けば、ゼロとドラグ様も消えていた。これは、あれか。
四天王を倒してルナも倒そう!! みたいな、ロールプレイングなアレだな。うん。初期装備がグラムとかいうチートスタートだし、なんとかなるだろ。
とはいえ。僕達の冒険は、まだ始まったばかりだ!!